社王グランドホテルを後にしようとしていた僕は、空条さんに声をかけられた。セリフを読むように淡々とした口調で、こちらがひやりとするほど空々しい声である。
「じじいに何を言われたのかはしらねえが」
機械的で少しの温かみもない様子で、素っ気ないほどきっぱりと告げる。ツンと取り澄まし、他人の感情をまるで無視した口の利き方だ。
「じじいが勝手にそう思っただけだ。俺じゃあねえ」
相手を押しのけるような口調は、これ以上冷ややかには言えないと思えるほどの響きであたりに溶けていく。
「あの時、俺がどう思ったのか、どう感じたのか、どう決断したのか。それは俺だけが知っているべきものだ。勝手に憶測でものを言うのは勝手だが......」
じろり、と僕を見下ろしてくる。
「勝手に期待したり失望したりするのは結構だが、迷惑をかけるんじゃあねえぜ。ただでさえてめえには手を焼いてるんだからな、ジョルノ」
わざとつっけんどんな仕草ばかりしているように見えるのは、僕の気の所為だろうか。取り付く島もないほど事務的な声なのは、あえて内心を悟られまいとしているからだろうし。
そこには有無を言わせぬ響きがあった。その声は冷蔵庫に長いあいだ入れっ放しにしておいた金属製のものさしのようにどこまでも硬く冷ややかだった。そうするしか空条さんは誤魔化し方がわからないのかもしれない。ぽきっと木の枝を折ったように無愛想というか、言葉が足りない印象を受ける。
空条さんの発する言葉があまりに冷たいので、もしここに仗助先輩や康一先輩がいたら今すぐ逃げ出したいとコソコソおしゃべりしたに違いない。僕も違う意味で空条さんの前から忽然と姿を消したい気分だった。
「どう扱っていいか困っている僕にジョースターさんが余計なことを言うから不機嫌なんですか?」
空条さんは眉を寄せた。
「なにをいってる」
「あまりにもタイミングが良すぎるじゃあないですか。博士号をとるための論文で部屋につめているって聞いてましたが」
「......」
「DIOの協力者や正体不明の爆弾魔がいるんだ。しかも被害者は静の母親。アンタがなんの対策も講じないでホテルにジョースターさんを泊めるとは思わない。貸切でもしているんじゃあないですか?監視カメラのひとつやふたつ、ありそうですよね」
「肉の芽のくだりで俺に向かって話してたのはどこのどいつだ」
「お互い様じゃあないですか」
息が吹きかかった空気がその場で凍っていくのではないか、とも思える沈黙が流れていく。不機嫌さを凝縮して、すごみさえ感じる低音で、空条さんの舌打ちが聞こえた。僕は小さく笑った。
僕達は歩道を歩いていた。空条さんが論文の気晴らしに歩きたいから付き合え程度の軽口を叩いたからだ。いいですよ、とうなずいたはいいが空条さんは本気でそのつもりだったようで、海岸まで歩かされた。いつまで付き合えばいいんだろう、と思っていたら。
空条さんはおもむろに岩場にさしかかると靴や靴下をぬぎ、服の袖をまくしあげて海に入ってしまったのだ。まさかこのままフィールドワークに突入するつもりじゃないだろうな。懸念が不幸にも当たってしまったと気づいたのは、クーラーボックスをもってこいと言われたときである。
「......新種のヒトデですか」
零れた声は呆れと若干の疲れがにじんでいた。すっかり砂だらけになってしまった靴をひっくり返して、僕は中の痛みの原因を追い出しにかかる。手渡された濡れタオルで、海水でべとべとになってしまった服のあちこちを拭った。
「露伴先生はきちんとお金を払ってくれるっていうのに、ずいぶんとこき使いましたね、アンタ」
「ほう?」
「......待ってください、僕は今ものすごく後悔しています。訂正させてください、さっきの発言はあきらかに軽率だった」
「先人に習ってゴールド・エクスペリエンスが必要な時には金を払うとしようか」
「......しまった」
くつくつと空条さんは笑っている。論文に行き詰まりをみせているのは事実だったようで、僕のゴールド・エクスペリエンスの存在に今気づいたという様子で目がぎらりと光ったのだ。さっきの不機嫌さはなかなか出てこない文章によるイライラも混じってるんじゃあないだろうな、と今僕は疑っている。
「俺は海洋生物を専攻して、今に至るまで研究を続けてきた。今回の論文のテーマは新種を発表することだ。地球上に未だ眠っている誰も知らない名も無き生物に名前を付けるということだな」
「......なかなか夢がありますね」
「そうだろう。新種かどうかわかるのは、なにも発見した時に限らない。知識が豊富で勘の鋭い研究者なら、採った時にこれは見たことのない生物と思うかも知れないが、はっきりと結論を出すには相当な労力と時間が必要だ」
僕は冷や汗が流れるのがわかる。今まさに逃がしてたまるかという圧力を感じているのだ。相当な労力と時間に貢献しろ、報酬は払うからと顔に書いてある。
「持ち帰って顕微鏡でじっくりと観察し、図鑑を片手に名前を調べる。もし図鑑に載っていないとなると、論文などの文献に当たらなくてはいけない。これまでに発表されてきた数々の論文を、歴史をさかのぼりながら辿る。全く情報のない種類なら、1800年代の海外の文献を調べることだってある。海外の古い文献は簡単に入手することができず、欧米の博物館や図書館にコピーを依頼することもある。文献を過去にさかのぼって調べていき、顕微鏡を使って多くの標本を慎重かつ詳細に精査した結果、それが新種だと分かった場合、ようやく論文にとりかかれるというわけだ。正体不明の生物の名前を調べるだけであれば、早くて数日以内に終わる。手元に資料がない場合は数週間から数ヶ月かかることもある。そういう意味では図鑑上のヒトデを実体として作り出せるのは便利だな、ジョルノ。大幅なロスの改善だ」
ああやっぱりそうか、嫌な予感があたってしまったと僕は軽率すぎる自分を嘆いた。
「明日からこい、ジョルノ」
「人付き合いが荒いって言われたことありませんか、空条さん。僕の予定を聞きもしないなんて」
「どうせ、これから探偵ごっこでもするつもりなんだろう?こうでもしなけりゃ勝手にまた一人で行動するじゃあねえか」
「バレましたか」
「あの母親の遺体の第一発見者はてめぇだからな。遺体の一部から生体探知ができるってのはアンジェロの時にやってたと仗助から聞いてる」
僕は肩を竦めた。
僕はポケットからハンカチを取り出す。なにもないがそこには確かに哀れな犠牲者、静の母親の遺体が存在している。
「ゴールド・エクスペリエンス」
僕はツバメを生み出した。
「まちな、もっと適任がいるぜ」
「なんです?」
「ハリオアマツバメの方がいい」
「ハリオ......海外のツバメですか?」
「そうだ。夏季にユーラシア大陸東部で繁殖し、北半球における冬季になるとオーストラリアやパプアニューギニアへ南下し越冬する。中華人民共和国南部やヒマラヤ山脈では周年生息する。日本では繁殖のため飛来する夏鳥だ。社王町に来たっておかしくはない」
「なるほど......なら悪目立ちはしないか」
「全長21cm。体形は太い。尾羽は短く、羽軸が針のように露出している。全身は黒褐色、背中は灰色の羽毛で覆われ、額や喉、腹部側面から尾羽基部の下面にかけての羽毛は白い」
「ちょっと色が珍しいんですね」
「だがこいつは1日の大部分を飛行して過ごし、地上に降りることは無く岩場に爪を引っ掛けて休む。だから人間の目に止まることは少ないはずだ。ギネスに登録されてる世界最速の鳥だ」
「それはハヤブサでは?」
「降下した時ならば正解だ、ジョルノ。水平移動ならハリオアマツバメに軍配が上がる」
にやりと笑った空条さんは空高く舞い上がった鳥を仰ぎみた。
私の名前は吉良吉影。 年齢は33歳。
杜王町東北部の別荘地帯に住んでいて、独身だ。結婚はしていない。 仕事はカメユーチェーン店の会社員で、毎日遅くとも夜8時までには帰宅する。 どこにでも居る平々凡々な人生、それこそが私が最も重要視している人生の価値観だ。
ドラマや小説でよくあるような刺激的な出来事なんて真っ平御免だ。代わり映えのない日々をただただ安心して過ごし、悩みもなくくつろいで熟睡できること。それこそが、私の求めているものだ。
しかし今、私は平穏とはほど遠いこの状況に、闇雲に爪を噛む。 今こここの場所で、窮地に陥っているという事実。隠れている事実に、歯噛みする。
まずこの状況がいったいどういう事か、という問題もある。 私は私以外に不可思議な力を使う男に出会った。その時父の秘密を知った訳だがそれだけだ。まったくもって冗談じゃあない……!
吸血鬼、波紋、スタンド、スタンドの弓矢、そしてジョースター一族、スピードワゴン財団。どこのハリウッド映画だ?B級映画顔負けのとんでも展開じゃあないか。いつもの私なら直ちに善意の通報しているところだが、男がスタンドの矢をよこせと言ってきた時点ででたらめな狂言ではないことに気づいてしまったのだ。
もちろん、そもそも私は無力なただのサラリーマンではない。 どんな逆境、苦境に陥っても、それを文字通りに消し飛ばせるだけの特別な力がある。
スタンドというらしいその力。私のスタンドがどれほど効果的に使えるかが分からない。 確実に、そう確実に、私の平穏の邪魔をするものたちを吹き飛ばし、始末できるという状況や確証が欲しい。それが確保されるまでは渡せないと言ったのだ。
そしたらこの町に潜むスタンド使いを提示されて、私は卒倒しそうになった。なんだこれは、なんだってこの町にはスタンド使いがうじゃうじゃいるのだ!?
ジョセフ・ジョースターの隠し子に吸血鬼DIOの子供!監視下におくためにかつて配下がたくさん潜んでいた関係で、今なお犯罪率が高いというのだ。訳が分からない......父がこの社王町に住み始めた理由がわかってしまったが、まさかその一人が父だとは!なんてことだ、私の平穏は仮初のものだったのか?!
私はため息をつくしかないのだ。まさか、虹村形兆とかいう男がスタンドの矢で妊婦をいって、生き残った女をよりにもよってあの時仕留め損なうとは。
なんて運が悪いんだ。通りで最近爪の伸びが悪いはずだ。
「......さて......そろそろお別れかな」
私はサンジェルマンの袋にいる彼女を見つめる。
「さみしいよ......実にさみしい......だが君のせいで私は今ピンチに陥っているんだよ。悪く思わないでくれ、私は今まで1度たりとも乗り越えられなかったトラブルなどないのだから」
紙袋の中には透き通るような皮膚をしたしなやかな彼女がいる。白い餅のように柔らかいえくぼのたくさん彫られているから気に入っていた。絹ハンカチのように頼りないほど柔らかい。愛おしくて頬を擦り寄せた。
ふっくらとしてほの温いその手の甲に、私は和菓子の求肥を指先で撫でる時のような快さを感じたものだがこれもお別れだ。
手のひらには、いつもと同じ何本かの深いしわが刻まれているだけだ。それは太陽の下では、火星の表面に残された水路のあとのように見える。じっと両手をそろえてみていると爪の一ツ一ツが黄色に染って、私の十本の指は蚕のように透きとおって見える。
指は長くしなやかで、肌は白く不透明だ。何度も品種改良され、温室で大切に育てられた植物のようでした。指のいろいろな部分に表情がある。薬指の爪が微笑んだり、親指の関節が目を伏せたりするんだ。
惜しい、実に惜しい。だが彼女が悪いのだ。イタズラばかりするのだからお別れだ。
私はスタンドを呼び出した。
「さあ、消えてくれ。そして汐華初流乃の生体探知を妨害するんだ」
にい、と私は笑った。音もなく爆発した彼女。私はスタンドを解除し、遊歩道に戻る。
「......だめですね、見失ったみたいだ」
少年の声がきこえる。私は振り返ることなく歩き去っていった。
ジョースターさんに用がある、と連絡してきた露伴先生は静にスタンドを使いたいと申し出てきた。いきなりの宣言に驚いたジョースターさんは理由を聞く。たしかに推定生後6ヶ月前後の静の記憶にそれだけの価値があるとは思えない。邪な予想をしてしまったのか、眉を顰めるジョースターさんに露伴先生はあわてて弁明するのだ。
「この子の仇は、僕の仇だ。だから、記憶を見せてもらおうと思った、それだけですよ」
僕はジョースターさんと顔を見合わせたのである。
「ヘブンズ・ドアー!」
露伴先生は静にスタンドを発動した。漫画を見たことがない赤ん坊でも発動出来るのか固唾を飲んで見守っていた。どうやら露伴先生の並々ならぬ気力により実現したようである。
「よ......読みにくいな......!」
「どうします?」
「仕方ない、なんとか解読するぞ」
ファンデーションで浮かび上がっている透明な文字をひとつひとつ読みながら、露伴先生は該当の記述を探す。
「あったぞ、ここだ」
母親が誰かに声をかけられて、嬉しそうだと静は考えた。知らない男に声をかけられた。腐臭がして怖くなって泣いた。ベビーカーが動き出し、ずっと腐臭が消えない。静は気分が悪くなり大暴れする。そのうち近くのレジャーシートに降ろされ、オムツをかえられる。ミルクを飲まされる。ベビーカーに染み付いた腐臭から逃れられて静は安堵する。
また腐臭が近づいてきて泣いた。隣で男と母親のやり取りが聞こえてくるが言葉が理解できない静には言葉として記憶に残らない。すべてカタカナ、あるいはひらがな。音だけ並べられた単語たち。
そして吹き飛ばされた。母親が庇ってくれた。大泣きしたが母親が抱きしめてくれたから落ち着いた。母親がいつまでたっても目を覚まさない。そのうち芝生を知らなかった静は生まれて初めての土に楽しくなってきてハイハイを始めた。
露伴先生は犯人と思われる男の特徴を読み上げる。
そしてジョースターさんと仗助先輩と出会ったというわけか。
「......あまりにも普通......あまりにも普通な男だな。これは探すのが難しくないか......?」
露伴先生の言葉に僕は息を飲んだのだった。
忙しく行き交う時間と人の流れの中で、焼きたてのパンとコーヒーでホッと一息つける空間をご提供しているのがここ、サンジェルマンだ。作りたての調理パンやフレッシュなサンドイッチをはじめ、おやつに食べたい菓子パンやドーナツまで、ボリューム感と値ごろ感のある品揃えで、忙しい毎日の食生活を華やかにしてくれると人気がある。
1970年から店の中にパン窯を持ち込み、焼きたてのパンを提供する「オーブンフレッシュベーカリー」というスタイルで歩み出したのは、ここが発祥だ。
ヨーロピアンスタイルの食事パンやフランスパンをはじめ、フレッシュサンドやデニッシュ、日本ならではのお馴染みパンまで。素材にいっそうのこだわりをもった自信の商品を、職人がひとつひとつ丁寧に焼き上げている。
「やけに詳しいな」
「重清君のお気に入りのカツサンドがあるんですよ。お見舞いの差し入れによく買いに行くんです。せっかくここまで来たんですから、寄りませんか?」
空条さんの返事を待つまでもなく、僕は中に入った。ツバメを一度ゴールド・エクスペリエンスで解除し、そのままハンカチをポケットにしのばせる。トレーとトングを持ち、僕はあたりを見渡した。
(ゴールド・エクスペリエンス)
焼きたてのパンのいい香りがする場所にハエなんていない方がいいのだが仕方ない。さすがにそのまま上空で旋回しているツバメを突撃させる訳にも行かないのだから。とまったやつは僕が買い取ることにしよう。
チョコレート風味の生地に、ダイスチョコをのせて焼き上げてあるチョコマフィン。あるいはたっぷり濃厚なカスタードクリームが贅沢に入っているリッチカスタードクリームパン。いつものパンをトレーに乗せて僕は場違いなハエを追いかける。
「.......カツサンドにとまっている.....」
人気のカツサンドは最後のひとつになっていた。僕は慎重にトレーにおく。ゴールド・エクスペリエンスを解除し、またハンカチにくるんで透明な遺体をかくした。
「どういうことだ......?」
途中まではたしかに大通りを真っ直ぐツバメは進んでいたのだ。いきなり方向転換してしまい、疑問に思いながらも空条さんとおいかけた先で僕はサンジェルマンにたどりついたわけである。
そしてこのカツサンドにたどり着いたのだ。静の母親の遺体の一部が、カツサンドに。そんな馬鹿な。さすがに指紋レベルの探知はできないはずだ、一体このカツサンドになにが......?
「......穴が空いているな」
ラップからソースがブチュッっと出ていることがわかる。カツ自体は薄いタイプであり、半固形のソースがたっぷり入っているせいだ。子供がいじくり回して放置したのだろうか。一瞬頭に嫌な想像が出来てしまい、僕はカツサンドに視線を落とす。
薄いハムカツと白っぽい卵マヨネーズ。指に付着してポタポタと垂れないほどの重厚さを持ったシャリアピン風のソースのサンドイッチである。
2時までに行かないと売り切れるため、重清君のお見舞いはいつも土日になってしまう。平日の昼間に買いに来れるサラリーマンかOLか、旦那のいない間に贅沢したい主婦か、重清君のように抜け出す悪い子か。ダメだな、対象が多すぎる。
ちら、とうしろを見ると空条さんは表で待っているようだ。早く来いと目配せされてしまう。仕方ない。なにがいいだろうか、2メートルはありそうな海洋冒険家の好物なんてわからないが。とりあえず僕と好みは微塵もかすりそうじゃないので肉系だろうか?ざっと見渡して、適当にとることにする。
黒胡椒の効いたパストラミベーコンと、優しい味わいのたまごサラダのサンド。フランクフルトにさっぱりとしたキャベツの酢漬けをのせた、食べごたえのある調理パン。かもの肉を挟んだサンドイッチも目に入ったが頭が認識を拒否したのでスルーを決め込む。
僕はそのままレジに向かった。
「ずいぶんと時間がかかったな」
「イタズラされた跡がある商品を買おうとするのはこの国では少々時間がいりますからね。サービス精神も時には邪魔だ」
「そんなに欲しいものがあったのか」
「ええ、ありましたよ。いつも買ってるやつなので店員が覚えていてくれて助かりました。はい、どうぞ」
サンジェルマンの紙袋を渡したら空条さんはしばし固まる。
「返品は不可です。僕は今甘いものが食べたい気分なんだ」
「......そうか、ありがとう」
「それより行きましょうか、後で説明しますから」
「ああ」
僕達は近くの公園に向かった。
「気持ちの悪い話をこれからするんですが、どうします?後?先?」
「食う気が失せる性分に見えるか?」
「なら食べながら聞いてください」
コーヒーを並べながら僕はチョコマフィンにかぶりついた。大手術を終えた外科医か看護士のように僕達は平然と食を進める。
「こいつが方向を急に変えたのは、始めに補足した対象が突然なくなったからですね。そして、この世界で唯一残ってるところにたどり着いた」
「まさかパンか?」
ギョッとして食べかけのサンドイッチに視線を落とす空条さんに僕は眉を寄せた。
「たいがいアンタも失礼なやつだな。僕を一体なんだと思ってるんです。こっちですよ」
「......そうか」
僕は指を突っ込んだせいで包装が破けているカツサンドを差し出した。空条さんはジト目の僕から視線をさりげなく外しながら昼食を再開する。
「遺体から離れていこうとするツバメがいた時点で、僕はアンジェロみたいに居場所を特定しようと考えていました。でも、今日歩き回ってわかりましたが、色んなところに行きましたよね。そして最終的にはこのカツサンドだ」
「......なるほど、深読みするほど恐ろしくなるパターンか」
「そうです。僕は収集癖があるやつが犯人かと思っていたんですが、相当な変態が犯人らしい」
「遺体の一部を常に携帯している......ってやつか、やれやれだぜ」
空条さんはカツサンドが入った紙袋をみる。
「ホテルに帰ってスピードワゴン財団にDNA鑑定をしてもらうことにするか。あとは静の母親の行動範囲と俺たちが行った場所に重なるところがないか調査だな」
「どれくらいかかりそうです?」
「3日ほどかかるな」
「僕の時より早いんですね」
「あたりまえだろう。お前の片方の父親はずっと前に死んでいるんだからな。それにじじいを始めとしたジョースター家とも照合する必要があったんだよ」
「ああ、そうか。言われてみればそうでしたね」
「今回はここに混入しているであろう爪や皮膚の一部が静の母親のDNAと一致するか調べるだけだからな」
「たしかに簡単だ」
カスタードクリームパンをコーヒーで流し込みながら、僕はうなずいた。気づけば空条さんはすでに完食している。足りなかっただろうか。まあそこまで気を回す必要も無いだろう、ほんの気まぐれなのだから。空条さんにまた困惑の目を向けられる前に僕は余計な考えを振り払った。
「監視カメラがあれば楽なんだがな......」
「ベーカリーに監視カメラはなかなかないですよね、デパートの中ならありそうですけど」
「全くだ」
ご馳走様でした、と昼ご飯を片付けたはいいものの、肝心の犯人探しはまた振り出しに戻ってしまったのである。