「えっ......テスト?」
一瞬仗助の時が止まった。
「なんのだっけェ......?」
冷や汗をダラダラ流しながら仗助は康一に聞いた。
「やだなァ......忘れてたの、仗助くん?理科だよ、理科。皆山先生、言ってたじゃないかァ」
「げっ......マジで!」
仗助の頭にはウケない変顔ばかりする冴えない中年が浮かんだ。理科の皆山は冒頭の15分を使っていつも小テストをしている。その点数と中間、期末の点数が理科の成績に直結すると常々言っていたはずだ。小テストからしか出題範囲はないとも聞いており、真面目にプリントをとっておいて丸暗記すればまず赤点は免れる。
「やべェ......やべえぞ......すっかり忘れてたァ......!」
「あ......そっかあ......頑張れ仗助くん」
康一から同情めいた眼差しを向けられ、代わってくれと切実に仗助は思った。
なにせ仗助の家はこないだまで修羅場だったのである。仗助の父親、ジョセフ・ジョースターの浮気が18年目にしてバレてしまい、代理人として空条承太郎が来訪するはずだった。直前になって音石の件でジョセフ自身が社王町に来てしまい、しかも透明になるスタンド使いの赤ちゃんがジョセフにしか懐かず帰るに帰れなくなってしまったのだ。孤児が確定した赤ちゃんの母親を殺した犯人を見つけなくてはならない。それに6ヶ月の赤ちゃんを連れて太平洋を横断するのはハードスケジュールすぎるということで、しばらくはいる、となった。
仗助からすれば、まじかよォという話である。良平には承太郎が代理人である、と伝えてあった。そのまま地獄の三者面談かと思っていたら、夜勤から帰ってきた良平がいったのだ。
「ところで仗助、ジョースターさんはワサビ食えるのか?」
あ、終わったな、と仗助は思った。承太郎が泊まっているホテルはバレている。アメリカの不動産王が来訪したとあれば警備関係は相当ドタバタする。しかも上からの圧力で不審死が相次ぐ事件の捜査ができない、音石明に面会を求める空条承太郎と虹村億泰、スピードワゴン財団職員とくれば、相当地元はイラついているらしい。何隠してやがるんだ仗助ぇ、と肩をばしばし叩かれて尋問する警察官の顔をされて囁かれた時には生きた心地がしなかった。
そしてせっかくの特上寿司だったのに全然味がしない4者面談がようやく終わったのである。なんというか、通訳の承太郎が言葉をだいぶ忖度してくれたおかげでスムーズだった気がしてならない。表面上は淡々とした話し合いだった。遺産相続の件は東方家は関わらないという方針が一貫していたし、良平も娘が既婚者と知りながらジョセフと不倫関係になったことを鑑みて冷静に話していた。18年という歳月がだいぶん双方を冷静にしていた。
ただ、ひとつだけ。仗助は若い頃のジョセフに似ている、という笑い話になった時だけ、良平は修羅となった。東方仗助は東方家の長男として、社王町に生まれて育ち、母親と祖父の影響を受けて育ってきた。じいちゃんみたいにこの町を守りたいといってくれる仗助の性格はそうやって育まれてきた。それだけは忘れてくれるな、それだけだった。
長い長い沈黙の後、承太郎はそうですねという言葉を通訳したがジョセフが零した英単語にそういう意味があるとは聞いたことがなかったのである。
そういうわけで前の授業なんてそっちのけで地獄の四者面談で頭がいっぱいだった仗助は、ヤバい状況におかれていた。
アンジェロの事件をはじめとして、なにかと学校をサボりがちな仗助はわりと危ないのだ。
「やべえ......マジでなんとかしねぇと補習だ......こんなことしてる場合じゃねえってのによォ」
留年にはならないギリギリの救済措置だとは知っているが、この町に潜む殺人鬼を一刻も早く捕まえたい仗助からすれば余計なお世話だった。ただ、良平にバレたらやばいし、朋子にバレてもお小遣い減らされるし、間違いなく補習も留年も避けなくてはならない。
「......んんー、どうすっかなァ......」
理科の皆山はテストを使い回すタイプではなく、自分で1から全て作るタイプの教師だ。準備室には今の時期になると補習の生徒のために用意されたわら半紙の山があると仗助たちに恐れられているのだ。
「プリント、どっかいっちまったんだよなァ......」
適当に置いていた仗助が悪いのだが、こないだから見当たらないのだ。ジョセフと承太郎にひとめ会いたいあまりに家中を掃除しまくった朋子がどうやらゴミと一緒に捨ててしまったのである。今からプリントをもらって最近成績急上昇中の康一に教えてもらうという手もあるが、由花子との勉強会を邪魔しなければならないというハードルがある。友達を捕まえて、という手もあるが、賄賂の居所があやしい。最近財布が緩みがちな仗助は気がついたら残高3桁の再来を非常に警戒していた。うーん、うーん、と必死で考えていた仗助は、ふとジャンプを回し読みする友達から聞いた噂話を思い出す。
「......そういや、皆山先生ってテストを準備室で作ってるって噂があったよーな......」
邪な考えが仗助に過ぎる。にや、と笑った仗助をみた康一はこの上なく悪い顔をしていたとのちに語っている。
「失礼しまーす。ごみ捨てに来ましたァ」
「東方が当番だったのか、ちゃんと捨てにいけよ。ぱんぱんだぞ」
「すいませーん」
仗助は掃除の時間、友達と場所を変わってもらった。掃除の時間、ごみ捨て担当がこないと異臭がするゴミ箱は近寄り難いのだ。ジト目のクラスメイトをくぐり抜け、仗助は理科室のゴミを出し、袋を入れ替えた。そしてゴミが少ないはずの準備室のゴミを移し替える振りをして、ゴミ袋にいれる。1階の外れにあるゴミ捨て場に移動した仗助は、こそこそ人通りが少ない中庭ににげた。
「さあて、入ってるかなァ」
生徒が理科準備室にゴミを捨てることは掃除の時間以外はあまりない。仗助の予想通り紙ゴミがやけに多いのがわかる。
「オープンッてな!」
がさごそひっくり返しながら、ティッシュなどのゴミを避けつつ、わら半紙をさぐる。
「あったあった、俺の狙い通りだぜー!」
そこにはテストの問題を作るにあたって作成されるはずの書き損じや下書きがある。皆山はなぜか手書きで作ることにこだわる教師だった。今どきパソコンもつかわず、である。だからこそ可能な手段だった。ほかの教師だったらパソコンを盗まなくてはいけないからハードルがバカ上がりする。フロッピーを盗んでしまうとさすがにバレて取り返しがつかない騒ぎになってしまうのだ。それは避けたかったのである。
「えーっと......だーくそ、クシャクシャにしやがってェ......読めねえじゃねえか」
皆山は上下にスライドする黒板がどちらも真っ白になるくらい書く教師だ。びっちり書き込まれている。崩れ文字で非常に読みにくい。授業中は説明も聴きながらだから問題ないが、後からだと非常に苦労するのだ。そういう意味ではわかった気にさせる天才なのかもしれない。
「解読結構時間かかりそうだなァ......これはプリントもらって穴埋めを丸暗記した方がはやいか......?」
がしがし頭をかきながら仗助は考える。
「......ん?」
脇に挟んでいたビニール袋が落ちてしまう。仗助は慌ててゴミを拾い集める。
「あれ......?なんだこれ?」
そこにはハサミで切られたと思われる髪の毛が落ちていた。
「うわっ、気持ちわりぃ」
少ないながらも三つ編み、いやミサンガみたいに輪っかになっているのがわかる。
「しかもひとつじゃねーし......」
仗助は直接さわりたくなくて、袋を手袋のように装着することにした。
ミサンガといえば、手芸の色とりどりの刺繍糸を何本もあわせて編み、模様をつけて輪っかにしたものだ。仗助の周りでも恋人同士や友達同士で同じものをつけているのをよく見かける。
たしか、1993年にJリーグが開幕した際、ヴェルディ川崎に所属するラモス瑠偉や北澤豪がチームの勝利などを祈願してミサンガを身につけていた事がきっかけとなり、Jリーグブームの高まりと共に国内に広まったはずだ。手首や足首などに巻きつけて使用し、紐が自然に切れたら願いごとがかなうという縁起担ぎの意味があったはず。
「やっぱあれミサンガだよなァ......」
気持ち悪いから見なかったことにして捨ててしまおうかとも思ったが、たくさんの髪の毛で出来ているのだ。どうみてもオカルトアイテムである。下手な扱いをして呪われたり祟られたりしたら困る。なにせスタンドや幽霊なんていう超常現象が普通に転がっている社王町なのだ。呪いのひとつやふたつ、あったっておかしくはないのである。
結局捨てるに捨てられず、仗助はロッカーにしまいっぱなしにしていた。今度の休みにでも近くの神社の神主さんにでも相談した方がいいかもしれない。
「クッソォ......気になりすぎて勉強に集中出来ねぇぜ......」
人はそれを責任転嫁、もしくは現実逃避ともいう。
観念した仗助は解読に時間がかかりそうなテストの草案よりも今までの小テストのプリントを取りに行くことを選んだのだった。
「失礼しまぁーす!」
がらららら、と引き戸をあけたら勢いが良すぎて跳ね返る。仗助の体にぶつかるが幸い頑丈な体はその程度ではダメージが受けなかった。いきなりの音に驚いたのかまばらな視線が仗助にむく。
「皆山センセーいませんかァ?」
近くにいた学年主任がここの席だよと教えてくれた。
「あれ、センセーは?」
「まだ帰ってきてないな。まだ片付けが終わってないんじゃないか?」
「あー、理科準備室っすか」
「そうそう」
「しつれーしましたァ」
仗助はめんどくせえなあと思いながら職員室から出て理科準備室に引き返した。なにやら生徒と話し込んでいるのが見えたが、深刻そうではないので仗助はそのままドアをあけた。
「皆山センセー、ちょっといいっすかァ」
「ん?ああ、東方か。......ちょっと待っててくれるか。なんだ、どうした?」
生徒は仗助に会釈すると奥の方で待っているようである。仗助も軽く挨拶した後皆山に視線を移した。
「実はァ、小テストのプリント、お袋が間違って捨てちまったみたいで......プリントもらってもいいっすかァ?」
「あー、はいはい、プリントな。毎年似たような事件が相次ぐからとっておいてあるんだよ。俺の机の右下の引き出し、上から3番目にあるから持ってっていいぜ」
「アハハ......ありがとうございまぁす」
「俺はちょっと用があるから後よろしくな」
「リョーかいっス」
仗助は二度手間かよと思いながらも理科準備室をあとにして、また職員室に向かうことにする。一日にこう何回も職員室にいくなんてなかなかないんじゃないだろうか。やはり目をひくのはひくようで、好奇心にかられて聞いてきた先生に話をすると最近忙しかったもんながんばれよと返ってくる。どうやら仗助の家庭事情は職員室でも噂になっているらしかった。居心地の悪さを感じながらも言われた引き出しを開けてみる。
「皆山センセにしちゃきれーな机だな」
いつも適当に授業をしているイメージしかないが、綺麗に整理整頓された引き出しは仗助の目的のファイルをあっさりと見つけてくれた。
「あったあった......ん?あれ、なんか引っかかってる?」
でかいファイルだからだろうか、奥の方でひっかかっているのか取れそうにない。ガチャガチャ乱暴に触ってみたがどうにも上手くいかない。仗助はこっそりクレイジーダイヤモンドを起動した。長らく使われているせいでガタがきている引き出しの滑りがよくなる。
「よっしゃ、取れ......」
目的のファイルの取得に成功した仗助は笑みを浮かべたが、引っかかっていたファイルの角を見て絶句する。
髪だ。また髪の毛が大量に挟まっている。どうやら引き出しを直したことで上の段に張り付いていたクリアファイルが落ちてきたようだ。
(ゆ、由花子の仕業かァ......?康一に皆山がなんかしたとか?いやでもなあ......)
山岸由花子の髪とは全く違うものが引き出しいっぱいにひっくり返されている。
ちぢくれた髪の毛。長い縮れ毛。渦巻状の毛。パーマをかけたように巻き縮れている毛。縮れた薄い頭髪もじゃもじゃに縮れた髪が短く刈り込まれたような、火であぶったように縮れている髪。きれいなウェーブがかかっている癖のある髪。だいたい天パと呼ばれるいろんな髪が散らばっている。
時間がたつとまるでワタアメのごとくフワフワと宙を舞い始めるのだった。
仗助はたまらず引き出しをしめる。
パーマも染め粉もとれかかってるせいか赤茶けて精気がなく、毛先から心意気が抜け散っていってる感といい、むりくりミサンガにしようとしている根性は認めるが純粋に気持ち悪かった。
無言でお目当てのファイリングしてあるプリントを探そうとぱらぱらめくっていく。1枚2枚と抜けがないように回収していく。
「ひっ」
意味ありげに伸ばした長髪の塊がファイルに挟まっている。長々と後ろに伸ばした髪は脂気も無く手入れもしていない髪。一筋一筋が極めて細く、色素を含んでいないような細く短い髪。細くやや赤みを帯びたしなやかな白髪。
恐怖で頭の毛の全てが針のように強ばるのがわかる。
(おいおいおいマジかよ、皆山先生いろんな髪の毛集めてんのかァ?変人じゃねーか......)
どっかのドラマで髪の毛を結い上げた女性のうなじはエロいとか、髪を梳く動作はエロいとか、そんな話をしていた気がする。でもこれは明らかに一般的に見てもおかしいといえる性癖だ。
(......ぜんぶ根元から抜かれてやがるしィッ!)
普通なら髪の毛をざくざく切ったらないはずの根元の白いところが全部揃っている。ということは、ここにある髪の毛はすべて毟られたか抜かれたということだ。
(まさか......まさかなァ)
ふと思い立ってしまった仗助は怖いもの見たさでで引き出しをまた開けてしまう。
(やっぱり全部引っこ抜いたやつじゃあねえかァ......!!)
1人分なら白髪を抜いてあげたみたいな好意的な解釈ができるが、さすがにこれは擁護のしようがない。ここまでくると仗助は我慢できなくなり、引き出しを閉めるなり職員室をあとにした。
向かうは自分のロッカーである。
まばらな生徒たちとすれ違い、一目散に向かった仗助は、コンビニ袋を漁った。
(やっぱりこれも全部髪の毛根元から抜いてやがるぅうう!!)
怖いなんてもんじゃなかった。ここに今この瞬間髪の毛のミサンガを手に持って見ている自分がいるという事実がただただ恐ろしかった。
(どうする......どうする......捨てるか?見なかったことにするかァ......?!)
仗助は今まさに全力で頭をめぐらせていた。とりあえずビニール袋ごとポケットにしまい込み、仗助は歩き出す。じっとしていても発狂してしまいそうだったからだ。
気がつけば理科準備室に立っていた。
(開いてる......!)
いつもなら鍵がかかっているはずだがあっさり扉は仗助を招き入れた。薄暗い部屋に入り、明かりをつけ、仗助は机の下にある冷蔵庫を躊躇なく開く。いつもなら鍵がかかっているはずのそれはなぜか開いていた。
(うげェッ!?)
たまらずあげそうになった悲鳴を堪える。冷蔵庫の中にはたくさんの髪の毛が鉢植えに植えられていたのだ。
「みたな......見ちゃったな、東方」
ビクッと肩が跳ねる。おそるおそる振り返ると先生が立っていた。
「あ、あのよー、先生」
「バレちまったもんは仕方ない」
「ひっ」
「なんてなー!まさか同士と会えるとは思わなかったぜ、いいよな髪の毛!持ち主のこと想像するとゾクゾクするっつーかさー!いやあさか東方が同士だとはなー!先生やっててよかった!」
(あ、あれー?)
想像の斜め上をカッ飛んでいった現実に仗助は狼狽するが慌てて取り繕うのだ。
「わかってるよー、皆まで言わなくても。でもな、こういうのは自分で集めてこそだ。いいスポット教えてやるからそれで我慢しろ」
(なんかちげえー!)
チャイムがなるまでフェチ談義に付き合う羽目になった仗助は、帰る間際にプリントの試作を入手することが出来たのだった。なんとか補習は回避したが、この日から先生の視線がやけに温かいのは気の所為ではない。
商店街のスピーカーの割れたアナウンスが響き渡る。S市駅から駅ビルの脇を抜け、道玄坂を登っていくと見えてくる古びた商店街。その商店街のはずれで恒例の福引大会が行われていた。は何十年もこぢんまりと店を構えていた。
風がアーケードの下を刺すように吹き抜ける。線路と直角に交わる格好で、商店街が東に伸びているシャッター商店街に束の間の喧騒が訪れていた、細い路地が商店街となって住宅地に延びている。食物の匂いのする商店が肩を擦り合うようにして並んでいる。そこに人だかりができていた。
狭い商店街の通りには天幕がずっと張り渡されて、昏くらい涼しい影をつくっている。夕方の商店街は西日のトーンで統一されていた。異国のバザールのように。「大安売り」と赤と白に染めぬかれたのぼりが次々にはためいて、道をふちどっていた。
「にひひひひ、オラは親孝行だど」
重ちーはチラシを握りしめながら笑っていた。ようやくネズミを媒介にした感染症から復帰できたばかりの彼は、久しぶりの学校の帰りである。
そこにはたくさんのチラシについているはずの抽選券が握られていた。ハーヴェストたちによる町中のゴミからの収集のたまものである。
「ちなみに何回分ですか?」
聞いてきたのはジョルノである。自分の不注意で重ちーが感染してしまったことを気にしていた。だから本調子ではないであろう重ちーになにかあっては困ると一緒に帰っているのだ。
「ええっとお~30回分だど」
「そんなに?さすがに怪しまれて怒られませんか?」
「大丈夫だど。ママがここの常連だから、ずぅっと前からみんなこんな感じだど。買い物のレシートでもできるから」
「ああ、なるほど。みんなやってるってことは暗黙の了解ですか。切り取ってしまえばわからないパターンですね」
うんうんと勝ち誇ったように重ちーはいうのだ。
「最初に出ちゃ困るからって~一等はわざと入れられてないんだど。だから夕方にきたんだど」
「不正操作もご愛嬌ってわけですね」
「あら~~いらっしゃい、重ちーくん。今回も来てくれたのねえ。こないだみたいになにか当たるといいわねえ」
「こないだはラジオだったかしら?」
「それは前のよ。こないだは牛肉1年分」
「なにかしら当たってるのよねえ!すごいわあ」
毎回一等が当たる訳じゃあないらしい。たんに重ちーが欲しいものが一等じゃないだけのようで、回す回数が回数だからか商店街スタッフもなんの疑問も抱いてはいないようだった。ジョルノは腕まくりをしながら抽選券をさしだす重ちーにやる気を感じる。
(ハーヴェストによる不正操作はさすがだな......中にいる個体は目を回さないんだろうか)
群体型スタンドの利点を生かし、フィードバックを許さないとはさすがである。さすがに重ちーが意識してやっている気配はしないけれども。とにかく初めから約束された勝利である。カラカラカラ、と忙しなくがらぽんが回される。15回目くらいでからんからーん、とベルが鳴らされる。あたりの人だかりがざわついた。
「おめでとうございまあす!一等の海外旅行1週間!」
「ありがとうだど」
「はあい、こちらがパンフレットです!好きな方を選んでお母さんかお父さんと旅行会社さんに持っていってねえ」
残り15回を回して可もなく不可もなくな品物を荒稼ぎした重ちーは大満足な様子だった。
「ジョルノもやるど?」
「そうですね、ティッシュくらいならいくらあっても困らない」
「うんうん。オラはパパとママにプレゼントするどー!親孝行だなあ~~!パパたちを心配させちゃったから~これがゴメンなさいの代わりだど!」
にししししと笑う重ちーの隣で近くで買い物したレシートの束が使えるのなら、1回分くらいならできそうだ、とジョルノは財布を探る。ガラガラと回したジョルノは落ちてくる玉の色を見ていた。
「おめでとうございます!2等の食器洗い乾燥機をさしあげまーす!こちらは引換券ですね。期日以内に電気屋さんまで取りに来てくださーい」
「おー、すごいどジョルノ!たった1回であてるなんて!」
重ちーの反応を見て、ハーヴェストが気を利かせて手助けしてくれたわけじゃないらしいことに気づいたジョルノは、リアルラックに驚くのだ。
「......食器洗い乾燥機か......置く場所あるかな」
最近建物移動したばかりでまだダンボールが山積みの官舎を思い出したのか、ジョルノはためいきをついたのだった。
「んんー?嬉しくなさそうだど、ジョルノ?」
「この前、水道管が破裂して部屋を移動したばかりなんですよ。保護者が入院したせいで僕一人じゃあなかなかダンボールの片付けが終わらないんだ」
「うわわわわ、それは大変だったど」
ど」
「おかげで床に穴が開くし、水浸しになるしで酷い目にあいました」
「そんなに!?ありゃりゃ、だから神様がその分いいことをって気を使ってくれたのかなあ~?」
「もしそうならキッチンの広さに気づいてほしかったですね」
ジョルノは苦笑いした。
私立S市公園は、大きな庄屋が所有していた広大な庭園を一般に公開することから始まったとされる、丘の上にある公園だ。シダレザクラなど数百本あまりがこの地に植えられている。時を経て、戦後の荒廃や樹木の老衰によって木々の本数が少なくなったため、シダレザクラの名所として甦らせようという気運が高まり、植樹が行われた歴史がある。今では、サクラの名所として広く知られ、サクラの季節になると花を楽しむ多くの人たちで賑わいを見せている。この町だと5月半ばまで楽しむことができる。
サクラのほか、ウメ、ツバキ、フジ、ハギなども植えられ、季節ごとに彩りを添え、噴水彫刻は、夏になると涼しさを演出してくれる。クロマツの並木も美しく、四季を通して市民に広く親しまれ、市内有数の憩いの場になっている。
その主要な施設を通り過ぎ、クローバーの茂った丘の斜面を登っていき、丘の緑の縞に黒い影の糸が織り込まれるふっくらした大きな饅頭を並べたような柔らかい丘の起伏に到達する。丘が、三角の頂上から両足をふんばったように、二つの小尾根を左右に投げ落とす様子が一望できるその場所でちょっとした名所がある。
僕が来たときも初夏の兆しが見え始めた5月の丘が紺碧の空に女の脇腹のような線をひとしおくっきりと浮き出させる。丘の群れが、薄化粧した女のように、白く霞んで静まり返っていた。見晴るかす平原の中に、島のようにひとつ取り残されている丘陵の真上に、真っ白な電話ボックスがあるのだ。
溪間からは高く一日日の当るこの平地の眺めほど心を休めるものはなかった。僕にとってはその終日にあいた眺めが悲しいまでノスタルジックだった。
真っ白なペンキで塗装された木製の電話ボックスは、長年の風雨に晒されて老朽かしてしまっている。台風に見舞われるたびに転倒したり故障したりするトラブルに見舞われながらもその電話ボックスはこの公園の象徴的な存在として、我が物顔で陣取っているのだ。
軋んで開けにくいドアを開けてみると、そこには電話線が繋がっていない黒電話、そして一冊のノートとボールペンがある。
「......ほんとに電話線が切られているな......」
ちぎれたまま放置されている電話線を指で絡めながら僕はあたりを見渡す。倒産した施設からもらってきたという話は本当らしい。僕はボロボロのノートに手を取り、ぱらぱらとめくってみた。そこには老若男女様々な人間がさまざまな感情を抱いたままここに来たことがうかがえる。その文章に触れるだけで背筋が伸びる想いがした。
この電話ボックスではルールがある。来訪者はどこにも繋がらない電話で今は亡き人、あるいは二度と会えない人に思いを伝えたり、ノートに気持ちを記載したりする。ただそれだけだ。ノートの最初にはこう書いてある。
この電話は心で話します。静かに目を閉じ、耳を澄ましてください。風の音が又は浪の音が、或いは小鳥のさえずりが聞こえたなら、あなたの想いを伝えて下さい。
この電話は、若くして亡くなった子供ともう一度話をしたいとの思いから、両親が設置したものだ。切なる願いから設置されているからか、とても静かなところだ。
「............かかる、わけがない」
この電話を通して在りし日の人と会話するための場所がここなのだ。まかり間違ってもそんな噂がたってはいけないだろう。亡くなった人と会話ができる、会いたい人と会話ができる、願いがひとつ叶うなどという興味本位や好奇心で慰霊の人を順番待ちにさせるような噂など。ただ出処が双葉千帆なのだ。あの無自覚のうちにスタンド使いの事件に巻き込まれたり、囲まれていたりするあの女子高生なのだ。それだけで信憑性が増してしまう。
琢馬はその話を聞いた瞬間にひどく不快な顔をして、聞かなかった振りをした。双葉は双葉で父親の入院生活を支えなくてはならず取材にいけそうにない。だから調べてきて欲しいと頼まれてしまったのだ。いつもなら絶対にやらない。だが琢馬から借りているネックレスの一部は爆弾魔が捕まるまで返せそうにないと謝りにいったら協力しろと言われたのだ。仕方ない、等価交換である。
「......」
試しに黒電話をとってみたが電話線すら繋がっていないのだ。無音の受話器があるだけである。
「そもそも僕はかける相手がいない......あの人もDIOもドリーム・シアターであっただけで充分だ......誰にかけろっていうんだ」
こういうとき、曰く付きの電話というのは置き去りにされた時限爆弾みたいに思える。利用されるのを待つばかりで、自分自身でコミュニケーションを取れないことに苛立っているようにも見えるからだろうか。ときどき電話機の方にちらっと目をやるが禿げた黒の電話があるだけだ。腹立ちまぎれに、叩きつけるように受話器をおいた。黒い電話が金属質の音を立てた、それきりだった。
「............帰るか」
一応ノートを読んで内容だけは頭に入れておく。電話ボックスから出ようとした僕はけたたましくなり始めた黒電話に体が飛び跳ねた。慌てて振り返ると間違いなく黒電話がなっている。放置された携帯電話がじゃんじゃん鳴っているわけがない。電話のベルが鳴った。ベルの音が頭の中に進入してきて、緑色のギザギザした光を放つ。轟音に聞こえた。トンネルを抜けていく特急列車に乗っているみたいだ。
ベルの鳴り方から、相手が普通の人間じゃないことは容易に想像がついた。うまく説明できないのだが、スタンド使いになってからというもの遭遇する確率が高すぎるからか、いつだってそれとわかる。ベルの鳴り方が特殊なのだ。文章に文体があるように、今まさにかかっている電話は独特なベルの鳴り方をしている。せわしなく神経質な鳴り方をするのだ。まるで指先で机の表面をとんとんと執拗に叩き続けているみたいに。
僕はおそるおそる手にとった。受話器の向こうからエーデルワイスが聞こえてくる。保留音だ。汗が全身から吹き出すのがわかる。
まるで重力が均衡を失ってしまったような深い沈黙があたりにみちた。氷河にとじこめられてしまった五万年前の石のような深く冷たい沈黙だった。僕のまわりの空気の質をすっかり変えてしまったのだ。
コールが何度も何度も重なる。尋常じゃあない数だ。どれだけ中継地点をすぎればいいのだろうか、と少し苛立ち始めたころ、ようやく誰かがいる気配がした。そしてコールがやんだ。
「Hello, Can you hear me? 」
やけに幼い子供の拙い英語が聞こえてくる。僕は言葉がでてこない。
「Are you still there?」
僕はカラカラの口で辛うじて言葉を紡ぐことに成功した。
「May I ask who's calling?」
受話器の向こうの子供はくすくすと笑っているのがわかる。
「You ask for a wake-up call for 7:00AM,daddy」
「............Haruno......?」
「Yeah, funny daddy」
けらけらと幼い僕が無邪気に笑っているのが聞こえてくる。背筋が凍るっていうのはこんな感じなんだろうかと他人事のように考えている自分がいた。電話限定のドリーム・シアターだろうか。ならば周りにスタンド使いがいる可能性が高いだろうと周りを重点的に探してみたが見つからない。
(これは一体どういうことなんだ?)
赤ん坊に毛の生えた程度のぎゅっと抱きしめたいくらいあどけないころが自分にもあったのかと他人事のように僕は考えていた。ころころと転がる子犬のような態度で汐華初流乃は父親と勘違いしている僕に電話を続けている。世界は自分を中心に回っていて、誰もが優しくしてくれると本気で信じ込んでいるような態度だ。
ドリーム・シアターでみた目のくりくりした悪戯好きそうな小利口で生意気そうな子供を僕は思い出す。育ち盛りで買ったばかりの服がすぐに着れなくなるからか、ぶかぶかの服を着せられていた。西も東もわからない小鳥のような声をあげる子供が受話器のむこうにいる。
考えてみても、ただでさえ幼少期の記憶はあいまいだというのにこんな電話をしたかどうかなんてなおさらわからなかった。探りを入れてみようと僕は会話を続ける。いつもと口調が違うと汐華初流乃は不思議がっている。向こうはイギリス英語でこちらがアメリカ英語だからだろう。
母からの愛情をエネルギー源として動く、小動物のように汐華初流乃は話し続けている。
何事も心得ながら白々しらじらしく無邪気を装っているらしいこの子供が敵の間諜のようにも思えた。さんざん脱線しまくった後で、汐華初流乃はなんのようだと聞いてくる。
僕はなんとなく、最近はなにをして遊んでいるのか聞いた。汐華初流乃は父親の日記に落書きするのが好きだと答えた。時々アメリカにいく父親に拗ねているようで、その罰なのだという。こうすれば父親はいつだって謝ってくれて遊んでくれるというのだから驚きだ。DIOが一体なにを思い、なにを考え、僕を扱っていたのかいまいちよくわからない。
僕はなんとなく父親の日記を読んだことがあるか尋ねた。汐華初流乃は今までクレヨンで塗りつぶすことしか考えたことがなかったようで素敵なイタズラを思いついたという声で笑った。
やがて電話するのも飽きたのか電話からはなにも聞こえなくなってしまった。しばらく待ってみたがなにも聞こえない。僕は受話器をおいた。
まわりを見るとチラホラ人がこちらを伺っているのがわかる。僕はそのまま電話ボックスをあとにした。
ステイツ・ワーキング
破壊力:なし
スピード:なし
射程距離:なし
持続力:5分間
精密動作性:なし
成長性:なし
私立s市公園にある電話線が繋がっていない電話ボックス。スタンド使いが近くにいる場合ベルが鳴り、その人間の人生における分岐点にいる平行世界の自分と電話が繋がる。そこでの会話によっては歴史改変が行われるが電話ボックスの中にいる人間だけは助かる。
この瞬間に世界は分岐した(黒髪の日系イタリア人が日本に家出した世界になっていたかもしれない)