「おんやあ?」
蜂の巣になったドナテロを想像していたアレッシーだったが、忽然と姿を消したドナテロに目を剥く。
「どこかなあ~!どこいったあ~!かくれんぼかあ~?!」
クローゼットだったはずの場所がなぜか壁になっており、辺りを見渡してみるとさっきまでと部屋の間取りが違うではないか。おかしい、おかしすぎる。一体なにがおこったのかわからずアレッシーは混乱した。
ドアを開ける。広間で繰り広げられる、深夜までの狂乱のカラオケ合戦の余波が、畳や壁のどこかから響いてくるような部屋がある。鮮やかな服を着て飛び回る少女のような明るさと新鮮さがあるホテルが出現した。さっきまでは格安ホテルだったというのにだ。
「ドナテロのやつぅ~~なにしやがったあ~どこだここ~~!」
制服がよく似合うスマートなドアボーイがいそうだ。暗い廊下の奥に羊の剥製やら、埃だらけの毛皮やら、黴臭い資料やら、茶色く変色した古い写真やらが積みかさねてある。果たされざる想いが乾いた泥のように隅々にしっかりとこびりついているようなホテルだ。
全ての家具は色褪せ、全てのテーブルは軋み、全ての鍵は上手く閉まらなかった。廊下は磨り減り、電球は暗かった。洗面台の栓は歪んでいて、水がうまくたまらなかった。
ロビーは体育館みたいに広く、天井は吹き抜けになっていた。ずっと上の方までガラスの壁が続き、そこから陽光が燦々と降り注いでいた。フロアには大きなサイズのいかにも高価そうなソファが並び、その間に観葉植物の鉢が気前よくたっぷりと配されていた。
人々の思いや時の残滓が、その床の軋みのひとつひとつに、壁のしみのひとつひとつに留まっている。
本館のロビーは広々として天井が高く、ほの暗く、巨大で上品な洞窟を思わせた。ソファに腰をおろして何ごとかを語り合っていたであろう人々の声すら聞こえてきそうだ。臓腑を抜かれた生き物のため息のようにうつろに響いた。
カーペットは厚く柔らかく、極北の島の太古の苔を思わせた。それはアレッシーの足音を、蓄積された時間の中に吸収していった。ホテル全体が何かしらの呪いで大昔からそこに縛りつけられ、与えられた役割をきりなく繰り返している一群の幽霊のように見えた。
広々とした廊下に人の気配はない。どこまでも静かで、どこまでも清潔だ。一流のホテルらしく、隅々にまで気が配られている。食べ終わったルームサービスの食器がそのまま長くドアの前に放置されているようなことはない。エレベーターの前の灰皿には吸い殻ひとつない。花瓶に盛られた花はついさっき切られたばかりという新鮮な匂いを放っている。
「どーこーだー!でてこいー!」
叫んで回っていると、ようやく足音が聞こえた。アレッシーは斧を振り上げた。そして、後ろの部屋と廊下を隔てている壁を力任せにぶち壊す。煌煌とした光が部屋の中に飛び込む。
「あたりいい!逃がすかよぉ~~~」
ドナテロは影から逃げるように走り出す。
「逃がさないぜ~~」
間髪入れず機関銃の乱射をかます。軽トラックが羊を追いやるように撃ちまくる。炸裂音と、薬莢の落ちる音、硝煙が視界を覆い隠し、感覚を麻痺させる。束の間の悦楽に酔い、目を開ける。硝煙の隙間から逃げるドナテロが見えた。
「お楽しみはこれからだねぇ~~~」
またかよ、とアレッシーは舌打ちをした。
ドナテロは追い立てられるように、その部屋へ入った。扉に鍵はかからない。通路が塞がれている。むやみやたらに銃弾がばら撒かれ、行手を阻まれてはほぼ選択の余地なく、追い込まれる。
「ようやく会えたねぇ~~、ドナテロ様よぉ~~!かくれんぼは終わりかあい~!」
にやにやにやとアレッシーは笑う。
恐怖の方が言葉よりも先にくる。ドナテロは一言も紡げない。震えるばかりだ。追い掛け回された記憶が、体を縛りつけ、それは心さえも束縛する。それでもドナテロはいった。
「おじさん......にげたほうが......がいいよ......」
「あ~ん?」
「みなかった......の......?たくさんの......ばくだん......」
「爆弾だあ?」
「ここ......まえの......ほてるなんだ......てれびでみた......どおんて......どおおんて......こわれるんだ......おじさんも......ぼくと......ここでしぬの?」
しぬの?ドナテロの言葉がプレッシャーとなってアレッシーを圧倒する。汗がどっと噴き出す。子供になる、若返る。それでも、何か変わらず残るものがあるのだろうか。それとも、この餓鬼はこの歳の時に既に、このプレッシャーを持つに足る体験をしていたと言うのだろうか?
「なぁ、ドナテロ様よ~。もう一度だけ言う。こっちに来い。そうしたら助けてやる。でなけりゃ、お仕置きだ。言ってる意味が分かるよな、ドナテロさまよぉ~~」
銃口が火を噴き、灼熱した銃弾が飛ぶ。床に落ちる、鉛の音をとても遠いものとして認識しながら、その光景をドナテロは見ていた。
「きこえないんだ?かちかちって......コチコチって......きこえるのに......」
アレッシーはたらりと汗が流れる。そういえばコードや黒い機械がたくさん並んでいたような気がする。
「や、やめてくれ~~、俺に近づくなぁ~~。なんてな」
怯えたアレッシーの声が嘲るものになる。
「お前は覚えているよな?俺がここで何をしていたのか。それとも餓鬼になっちまって全部忘れたか?なぁ、ドナテロ様」
「おじさん......しぬんだね......ぼくと......ここで......いっしょに......」
にまり、とドナテロは笑う。ただでさえ、幼い顔が不自然に悟ったような顔をして笑うものだから歪んだように見える。本人に言わせれば、嬉しさのあまりの笑みが満面に零れた、とでも言う所だろうが、見る者には恐怖しか与えない。
「どこから撃ってやろうか?右足、左腕、手の平でもいいぜ。時間はまだまだたっぷり在るんだ」
愛用のマシンガン-通称サイドワインダー。1980年代にアクア社から製造されたものだ。連射速度は毎分約900発。セミオートとフルオート選択でき、銃身が短いため、楽に持ち運びが出来る。
その大きさからは考えられないほどの威力を持つ。黒い銃口がゆらゆらとさ迷うように揺れている。別段アレッシーが震えている訳ではなく、単に標的の恐怖を煽るためにしているだけのことだ。相手が無力な子供だからこそ、こんな嬲るような真似が出来る。
「反抗的、だねぇ~~。だからと言って怯む俺じゃぁないよ。餓鬼が大人に勝てると思ってんのかよ!!」
アレッシーがドナテロを蹴り飛ばそうとしたその刹那。
「ぼくと......おじさん......どっちがいきのこるか......しょうぶだね」
爆発で起こった熱気で焦げる。地響きがして、黒煙の柱が立ちのぼった。重々しい響きとともに、黒い煙が一すじ薄くなびいていく。炎を噴く。さらに巨大化して、天に向かって猛々しく咆えていた。
百のマグネシウムを瞬間眼の前でたかれたと思った。それと、そして1/500秒もちがわず、自分の身体が紙ッ片きれのように何処かへ飛び上ったと思った。ガスの圧力で、眼の前を空のマッチ箱よりも軽くフッ飛んで行った。それ切り分らなかった。どの位経たったか、自分のうなった声で眼が開いた。
ぐわうんと自身を破壊して、炎と猛炎が、割れた口から、一丈も噴騰した。 火と、焼け土とが、滝となって、ざっと落ちてきた。
一瞬何が起こったのかわからなかった。ちょうど雷のように、光と音がほんの少し違和感をなしてずれたような感じだった。向こうの角に見えるビルの上が明るくなり、急に火が出て、鈍い音と共にガラスの破片がスローモーションで闇に降りそそいだのだ。
ほんの数秒後に、眠っていた街のすみずみから人がわらわらととび出して来てとたんににぎやかになり、遠くからパトカーや消防車のサイレンの音が近づいてきた。
不謹慎だけど、花火みたいだった。それがドナテロのみた最後の記憶だ。
「ああ、そうか......オレは賭けに勝ったのか。へへ、ざまあみろ」
格安ホテルの通路でなぜか満身創痍、かつボロボロな状態でドナテロは目を覚ました。男が気絶したことで子供になってしまうスタンド能力は解除されたらしい。
おそらく肋骨をはじめとしたあらゆる骨や筋肉が傷ついているに違いない。どこか出血しているのか、どんどん血の水たまりは広がっていく一方だ。少し離れた場所には砕けた斧と暴発したマシンガンと共に転がっているアレッシー(なおドナテロは名前をしらない)がいる。
生きているのか死んでいるのかはわからないが、激痛を堪えながらもふらふらとドナテロは体を起こした。口を切っているのか生温かな鉄の味がする。そして壁をつたいながらエレベーターに向かって歩き出した。
「......スタンド......そうか......これがオレのスタンドか......オレだけのスタンドかァッ......!手に入れてやったぜ、親父や兄貴が持ってたスタンドをッ......オレは手にいれてやったんだッ!」
はっきりと自覚したからだろうか、その目にははっきりとスタンド像がうつっていた。目元にパイプのような器官が付いている以外は、鼻や口などの顔の部位が無い人型のスタンドだ。こちらを心配そうに見つめていると思ったら、口もないのにいきなり喋り始めたではないか。しかも本体に直接触れないのにこちらを気遣うような仕草をしてくるものだからドナテロは面食らった。
「大丈夫カイ、ドナテロ......ハヤク救急車ヲ呼ボウ」
「───────ッてめえ、喋れるのかっ!?」
「そんなコト、些細ナコトダ......ドナテロ......君がコンナトコロデ死ヌヨリ遥カニネ」
本来ならば気絶してもおかしくない重症なのだが10年間求めて止まなかったものを突然手にすることになった高揚感によるアドレナリンがドナテロから正常な判断を完全に奪っていた。
「笑えるぜ......スタンドに心配されるだと」
「イツダッテ心配シテイタ......イツダッテ傍ニイタカラネ」
「バカ言うんじゃねえよ、この10年間の不運はだいたいてめえのせいじゃあねえか」
「ソレは違ウ......ダンジテ違う......君ガキヅカナカッタからだ」
「無茶いうんじゃねえよ......あの気持ちわりぃ肉の芽?あんなん植え付けられて脳みそ吸われてたんだぞ。覚えてるわけねえだろうが」
「其れもソウカ」
「つうか喋れるなら教えやがれ、おせえんだよ」
「必要トシナカッタのは君ダロ?」
痛いところをつかれたドナテロはガシガシと頭をかいた。この10年間周りを求めるばかりで自分で自分を求めなかったのは事実だからだ。とりあえずあのおっさんには感謝しなければならない。
あの頃の自分にならなければ色んなことを思い出すことがないまま屈折した人生を歩んでいたに違いなかった。暗黒時代ともいうべきこれまでの不運たちは間違いなくスタンド能力の無意識の暴走であり、今この瞬間からドナテロは制御が可能となっているのだ。
ドナテロ・ヴェルサスがDIOのスタンド能力覚醒に伴い手に入れた能力は「地面の記憶を再生する」こと。
地面が記録している過去の出来事を、地面から掘り起こして再現する。
再現された記憶は、毎回必ず同じ結末を辿り、変わることは決してない。例えば墜落した飛行機の場合は予定時刻を迎えると必ず墜落する。しかし、「墜落事故に生存者がいる」ような場合でも再現されるので、生存者がいた座席に座れば事故を回避できたりする。
また記憶から蘇った人々は、なぜか自分がどんな末路を辿るのかを知っているらしい。 あくまで「再現するだけ」なので、本体自身にも操作が不可能という、自動操縦型に近い挙動を取る。通りで無意識に発動すると大惨事になるわけだ。
直接戦闘力は無いが、地面から呼び起こした空間から逃れようとする者がいると妨害をするようで、うっかり本体まで巻き込んでいたのかもしれない。
基本的に「再現された記憶」の結末は誰にも変えることはできないが、その記憶に何らかのアクションを取ることは可能だと今回よくわかった。
今回の場合は立替前のホテル爆破の記憶をこのスタンドが掘り起こしてくれたのだ、ドナテロを助けるために。
ついでにいえば冤罪事件の真相は無意識のうちに発動してしまったスタンドがウォルマートで3日不法滞在と万引き、無銭飲食をした事件を掘り起こして再現したのである。やはりだいたいこいつのせいだとドナテロはスタンドを睨んだ。
有効活用するためには滞在する予定の街や場所ので起こった出来事や発生した日時・時間を記憶しなければならない。再現したい内容を選んで地上へ具現化できるようにならなけれは。
「新聞が読みてえな」
「退院シテカラダ」
「入院は嫌だ、場所がアイツらにバレちまう」
「血みどろデ滞在スル気カ」
「ちっ、めんどくせえ......!病院再現は出来ねぇのかよ」
「無理ダ、ココにタッテイタ記憶はナイ」
「使えねえな」
「使いコナスのは君ノ仕事だ、ドナテロ」
ドナテロは舌打ちをした。宿泊予定の部屋にたどり着くと最後の力を振り絞って電話をかける。
あの日、肉の芽をとってくれた男が怯える自分に身分を明かしてくれたことを昨日の事のように覚えている。旅の目的、DIOを、自分の父親を殺さなければならない理由。
信用出来ないなら待ってろと男はなんの躊躇もなくドナテロの前で電話をかけていきなり渡してきたのだ。向こうには今にも死にそうな女の声がした。日本語はてんでわからなかったが、英語はぎりぎりわかった。母親が死ぬのだという男の話は本当だった。
「繋がらなきゃ、それまでだなァ」
ドナテロは電話が繋がるのを待った。あの時とは違うコール数と待機時間。祈りは通じた。
「MOSIMOSI」
あのときから少し変わった女性の声がする。ドナテロは空条承太郎に変わってくれと口火を切った。
まさか数時間以内にドクターヘリが飛んできてこの国最高の医療を受けることが出来た上に連れ戻されるくらいなら死んでやると大暴れしたらテキサス州ダラスにある本部にまで連れて行ってもらえるとは思わなかったのだった。
「所デ名前ハそろそろ考エテクレタ?」
「うるせえよ、てめえのせいでオレがどんだけひでー目にあったと思ってやがる。こっちはとんだ暗黒時代をだな」
「暗黒時代......時間ジャナイ空間ダ、暗黒空間ダ」
「は?なにいってやがる、おいまて、まさかこれで決まりとかいうんじゃねえだろうな?やめろ、おいやめろ!やめろっつってんだろうが!」