倉庫のひとつひとつはかなり古びていて、煉瓦と煉瓦の間には深い緑色の滑らかな苔がしっかりと貼りついている。高く暗い窓には頑丈そうな鉄格子がはめられ、重く錆びついた扉のそれぞれには貿易会社の表札がかかっていた。
のっぺりとしたコンクリートの壁には冷凍倉庫に使われていたころの名残りの配線や鉛管がもぎり取られたままところどころにぶら下がっていた。様々な機械やメーターやジャンクション・ボックス、スイッチのあとには、それらがまるで巨大な力でむりやりむしりとられたかのように、ぽっかりと穴があいていた。
頭の上に、びっくりするほど巨大なガスタンクが青白い照明を浴びて、気球のように浮かんでいる。
「......ゴールド・エクスペリエンス」
僕は下駄箱に入っていた紙切れを案内人の犬に変える。迷うことなく走っていく後ろ姿を追いかけていくと、蔦だらけの放棄されたと思われる倉庫にたどり着く。
「くうーん」
中に入りたいよう、とがりがりシャッターを悲しげにひっかいている犬においついた。がしゃんがしゃんと飛びかかろうとしては失敗し、慈悲をこうように僕を見上げる。
「ゴールド・エクスペリエンス」
ぶわっと蝶が舞い上がった。
「───────ッ」
ひどい腐臭が頭をおかしくしそうだった。それはまさしく陰惨な殺人現場だった。アンジェロが死刑囚となるきっかけとなった3人目の少年の末路を彷彿とさせる。
錆び付いたナイフからは鉄と血の臭いがした。顎の下に差し込み、下腹部まで真一文字に分厚い筋肉を引き裂いていった形跡がある。死後十二時間を経た屍体内部から体温は完全に抜け切っている。カッターで肋骨を折り、一本一本除去して左右の臓器を取り出し、並べられているのが見えた。
頭に切れ目を入れ、後頭部から額へと頭皮を剥いでいったようだ。顔の表面、目や鼻や口の部分に、ゴワゴワとした剛毛がかぶさり、頭皮の白い裏側が無影灯にさらされる格好だった。皮一枚で顔が作られているのがよくわかる。
僕は吐き気がした。
明らかに後は縫合するだけだった。空になった胸腹部に、折りたたんで丸めて新聞紙を入れてボリュームを持たせ、縫い合わせてある。頭部も同様に縫うと、全身をきれいに洗って浴衣を着せる手筈だったのだろう。はらわたが抜かれた分、解剖前より痩せて見える。空洞のブリキの人形のようだ。死のかたまりみたいなもの。
近くには山盛りのカセットテープとラジカセが置かれている。
人と呼ぶにはあまりにも変わり果てた姿だった。座ったままの死体は、ボタンで蓋の開く電気ポットのようだった。首の端の皮一枚で繫がり、まるで頭部そのものが、首から出る血液の柔らかい蓋であるかのように。
身体から力が抜けていた。魂が蒸発してしまったかのようだった。
この遺体そのものより、誰かが殺したという事実が怖い。そこにある意思や感覚が怖い。犬が悲しげに遺体の前で鎮座しているのがいたたまれなかった。
「......どういう、ことだ?帆波さん......いや、違うな、あの筆跡は帆波さんじゃあない」
腐爛した子供の死骸が裸のまま、捨ててある。変色した皮膚のところどころが、べっとりと紫がかった肉を出して、その上にはまたあおばえが、何匹も止まっている。そればかりではない。一人の子供のうつむけた顔の下には、もう足の早い蟻がついた。
うじが湧き、堪らなく臭い。それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。死んでから幾日も経ち、内臓なども乾きついてしまった蠅がよく埃ほこりにまみれて転がっているにしては、ずいぶんと活きがいい遺体だ。
置かれたままの制服にある生徒手帳を開くと、それは帆波をいじめていた女子生徒のものだった。
「......っ!」
思わず固まる。足元が滑る。こけてしまった僕はつい遺体に手をついてしまった。ずるり、と嫌なヌメリがある。
「......なんだこれ、抜け殻みたいだな」
そこには薄い薄い膜がはっていた。
その音は僕に、ねじれに似た奇妙な感覚をもたらした。痛みや不快さはそこにはない。ただ身体のすべての組成がじわじわと物理的に絞り上げられているような感じがあるだけだ。雑巾みたいに絞り上げられていく感触がそこにはあった。
「ゴールド・エクスペリエンスッ」
構えをとかないまま距離をとる。
忘れられないくらい奇妙で怖いえたいの知れない想い出が湧いて来る。
それは不思議な光景だった。細分化された遺体のパーツが、そこにじっとりとこびり付いた粘着質の膜が、じっと中をのぞきこんでいるように感じたのだ。あきらかにそこだけがなにか人間ではないなにかがいて、別の時間性が流れているように感じられたのだ。そして自分たちを巻きこまんとしている。あるいはもう既に一部を巻きこんでいる。その新しい体系に喜んで身を委ねているように僕には思えた。
そのときまた、ふいにさっきの感じが襲って来た。いいしれぬ圧迫感、ゆがむ空気、苦しい呼吸。 ただただみじめな胸の苦しみだけが満ちてくる。ものがちゃんと手につきそうもない。
「スタンド攻撃なのかッ......?!」
ゴールド・エクスペリエンスは僕の困惑を強調するようにおぼつかない。
「......あれはッ!」
膜が立ち上がっていた。かつて女子中学生だった皮膚から剥がれ落ちた膜のようなものが人の形になっていく。浮遊し始めた制服やらなんやらがひとつにまとまっていく。
「......!?」
えぐい光景と音だった。人形が、顔が汚れ鼻が欠けするうちにオバケのように気味悪くなる。紐を引くと同じセリフを話す人形のようになっていく。気づけば胸の蓋を開けると銀色の電池が入っていて、話すとき目が光るように作られた人形のような、雲母の皮膚を持つマネキン人形がそこにいた。
「あんたは......」
「きてくれたのね、ジョルノ君」
「帆波さん......」
帆波の声だった。つい、と右手が向けられる。にたあ、と遺体から生成されたマネキンが笑う。側だけはどうみても帆波志帆だが僕は首を振った。
「いや、違うな」
「じゃあ誰かしら」
「帆波夏帆だな、あんたは。帆波さんはこんなとき、きてくれたのね、なんて言わない。来ちゃったんだ、というはずだ。悲しげな顔をして。それに彼女は左利きだ。右利きじゃあない」
「ふふふ、ずいぶんと志帆のことをわかってるふうな口を利くじゃない。あたってるのがムカつくわ」
「亡霊がスタンドを使うなんて、本当になんでもありだな。どうして帆波志帆に害を与えるんです?あんたのせいであきらかに彼女は孤独だ」
「そんなこと些細な問題じゃないの。わたしがいないとあの子はすぐいじめられる。いくつになってもそう。わたしがいないと暴力を振るわれるようになる。何度言っても男を好きになる」
「それはあんたがそういう男を育てる天才なだけじゃあないのか」
「知ったふうな口を利くじゃない」
帆波夏帆の周りに四角い物体がいくつも出現する。1.2.3.4.5.6と数字が割り振られていく。まるでこの世に角度は90度しか存在しないかのように視界一面に四角い物体が出現した。
「志帆は、わたしの妹は弱い子なのよ。あなたになにがわかるのよ」
ごうっと箱がとんでくる。そしていきなり広がった。
「ゴールド・エクスペリエンスッ」
とっさに殴り返すと軌道がかわり、近くにあった鉄くずが中に入ってしまった。その箱が消えた瞬間に均等に6つにわかれてしまった。がしゃがしゃんとコンクリートに転がっていく。
「植物が根付かない......それもすべてスタンドってわけか。そうやって勝手に帆波志帆に敵対する人間をバラしてきたってわけですか」
「そうだとして何か問題あるのかしら」
「帆波志帆は無事なんでしょうね?」
「わたしが志帆を害するわけないじゃないの」
猟奇的な笑顔を浮かべて帆波夏帆がいった。
頭上には100面ダイスがある。ここまでくるともはや球体だが、僕目掛けて飛んできたそいつは、展開して平面になり襲いかかってくる。なんとかかわして逃げると、コンクリートを飲み込んだそいつがまた浮遊した。100もの均一な鉄の塊と化したそれらがこちらに向かって降りかかる。僕はゴールド・エクスペリエンスのラッシュでなんとか防ぎきる。全てがオオカバマダラに姿を変えて飛んでいく。帆波夏帆に近づこうとするが浮遊する大小様々なダイスが邪魔をした。
「ちィッ!」
進行方向を変えた僕は跳躍して樹木の足場をリアルタイムで生成し、一気に移動する。樹木を飲み込んで裁断しようとしてきたダイスは内側から崩れて霧散した。
天井を支える鉄骨を分解し始めたダイスにギョッとした僕は、降り注ぐであろうドーナツ型の鉄の雨から逃れるべく移動した。落下速度と重さを考えたら樹木でカバーするのは無理だ、貫通してこっちが怪我をする。
「ゴールド・エクスペリエンスッ!」
ラッシュにより僕の近くのものはオオカバマダラとなり、距離があるものは足元から生成された群生植物に飲み込まれて幹の中に閉じ込められていった。
「どうしたの、ジョルノ君。逃げてばかりじゃ何も出来ないわよ?植物園にでもするつもり?」
くすくす帆波夏帆は笑っている。出入り口を塞ぐような形で立ち尽くす彼女目掛けて僕はゴールド・エクスペリエンスを発動する。足に絡みつく草のつるが進行を邪魔する。
「へえ」
「いいですね、それ。少なくても鼻がつぶれる悪臭は誤魔化せそうだ」
いろんな可能性を潰され、いくつかの行動を制限されることになった隙を狙って本体であろう彼女を攻撃する。彼女はなんの躊躇もなく蔦を引きちぎり、その攻撃をかわした。カウンターが発動して一瞬体がズタズタになって吹き飛ぶが笑い声は止まらない。
「びっくりするじゃないの。せっかく用意した体が無くなるじゃない、やめてよね」
また膜だ。膜がちぎれ飛んだ腐乱死体を回収してひとつの肉体を生成していく。
「こ、これはッ!?」
帆波夏帆を作り上げていくはずのパーツたちが様々な生物に変化していく。蛇に噛まれ、蔦に全身を拘束され、クワガタに指先を挟まれている。
「無駄ァ!」
僕は雄叫びと共にパワーで吹き飛ばした。夏帆は宙を舞い、不自然な格好で壁に激突して崩れ落ちる。
慌てて立ち上がろうとしたが、それよりも僕の行動が素早かった。支えの「手首ごと」弾き飛ばす。
「うぎゃあぁぁぁ!」
一瞬にして両手首を切断された夏帆はその迸る鮮血によって襲い来る恐怖と、灼熱感にも似た激痛に悲鳴を高らかに奏でる。
「悲鳴を上げても無駄だ、誰も来ないからな」
僕は冷ややかな瞳で夏帆を見下ろして続ける。箱が僕を分解しようと襲ってくるが、夏帆を盾にすれば静止した。
「帆波志帆はどこです?」
「ううぅ……。こ、こんなことが……ゆ、許されると、おおお……思っているの!?」
「許されない?誰にです?決して許されることのない罪はあんたにあるんだッ!無駄無駄無駄無駄無駄ァー!」
ゴールド・エクスペリエンスの集中砲火により弾き飛ばされる。また帆波夏帆はバラバラになって吹き飛ばされる。
「痛いじゃないの」
「......」
本来なら致命傷となるはずの毒を打ち込んだのに帆波夏帆の精神は傷つきもしていないようだ。やはりこの女は人間ではないらしい。
「まさか、あんた......」
朽ち木を打つが如く何の手答えもない。手ごたえのなさに苛立ちが募る。自分の発した言葉が水に落ちた油のようにぎらぎらと浮いてるだけなのに気がついた。
「あんた......まさか、本体がないスタンドか?」
「だとしたら?」
「帆波志帆は無事なのか?」
「だから言ってるじゃないの。あの子が望む限りわたしは生き続けるのよ」
にたあ、と帆波夏帆は笑う。
「そうか」
僕はゴールド・エクスペリエンスを発現した。
「じゃあ、どれくらい生命に変えれば死ぬんです?」
僕の目の前には小学生くらいの少女がいる。彼女の容姿にはもともと物語風なところがあった。それがさらに若くなったことで物語に出てくる恋する乙女そのままの風情だった。
日かげの花のように誰に知られずこっそりと小さくなった少女となった。より不気味な美しさが増した。
若々しい生命の力に悩まされているようにさえ見える。月明かりに照らされたつるつるした笑顔は日常に見せるそれとは全く違って、本当に時間をこえてここにいるように若く、希望に満ちていた。
「あーあ」
幼い姿になった帆波夏帆は残念そうにためいきをついた。倉庫の中は決して枯れることのない植物園と化している。ようやくだ。ようやく自分を維持するので精一杯になるまで弱体化するのに成功した。なかなかに骨が折れる作業だった。思い込みの強さがスタンドの強さに繋がるという特性上、自我に目覚めてしまったスタンドほど厄介なものは無いのだ。
「いいかげん、帆波志帆を解放しろ。どこにいるんです?」
「仕方ないわね、そこまで言うなら案内してあげるわよ」
どこまでも尊大な姉だ。
時代の移り変わりと共に、大型で老朽化した倉庫の建物が利用されることがなくなってきた。建替えもされずそのまま、治安も悪くなる、人が寄り付かなくなる、そんな建物に目をつけたのはアーティストの人達だ。
高い天井や古くて味のある建物に惹かれ、アトリエにしたり、改装して住居にしたりする人が増えて、町も魅力と活気を取り戻したという例がたくさんある。古い建物を取り壊さなくてもそんな素敵な利用方法があるのだ。
日本では観光地になっているところもある。古い大型の倉庫街は、その建物の美しさと立地で多くの人を惹きつけることに成功している。海の近くや運河沿いに立ち並ぶ倉庫は、その景色の良さを利用して、ショッピングセンターやレストランなどが入る商業施設に変貌を遂げている。
様々なイベントなども行われている。一時は老朽化に悩まされて利用方法や解体するかどうか困ってしまったこともあるかもしれないが、今では立派な観光地になっている古い倉庫街はたくさんある。
昔の倉庫はとても大きな建物であることが多いので、解体費用を捻出するだけでとても大変なことだ。それでも、建物の外観が美しく、ある程度の改装費をかけてでも保存したいという地元の要望がある古い倉庫は、美術館や博物館などに転用されている。広いスペースをうまく使った転用方法だ。
そう、帆波夏帆は言う。
「わたし達の母はこのあたりの設計を任された建築家であり、母の実家は不動産屋なの。帆波家の所有するものもあるわ」
「ああ、なるほど。そもそもここは君たちが自由に立ち入れる場所なのか」
「この町からの依頼で、この倉庫街の再生を任されているから実質責任者ね」
「だから、平気で犯行を重ねられたってわけか」
「そうね。否定はしないわ」
帆波夏帆は薄暗い倉庫街を歩く。だいぶ歩いてくると雰囲気がかわってきた。
「この辺りはクリエーターが集まりだいぶ活気を取り戻してきたエリアよ」
都市再生の成功事例として予算委員会で挙げられる予定だという、以前は鉄道の操車場と倉庫街だった場所がここらしい。車社会の到来で貨物輸送からトラック輸送にとって代わるのに応じて、見捨てられた都心部の空洞エリアだという。
1980年代に使われなくなった倉庫が貸倉庫として活用されるようになり、次いでニューヨークなどを参考に倉庫がロフト物件として活用されるようになった。
すると、東北地方の中心都市近くに住居兼ギャラリーとなる広いスペースが低賃料で借りられることに着目した、若いアーティストたちが集まるようになる。それに行政機関が注目するようになり、鉄道会社から地区一帯の広大な土地を取得し、共同で開発したことで本格的な再開発が始まったらしい。
具体的には、公共交通機関をここまで延伸させて町への交通利便性を高めるとともに、建築条件を緩和するなどして、多様性のある街づくりを推進していく途中らしい。
古い倉庫などがレンガ造りの外観を活かしながら、ギャラリーやカフェ、ブティックなどにコンバージョンされる一方で、建築家がデザインした新築の複合ビルも建つなど、異なる事業者が異なるデザインの建物を提供し、個性的な町になってきている。
「......たしかにずいぶんと賑やかなエリアだ」
住居やオフィス、商業施設を別々にゾーニングするのではなく混在させることで、多様な目的で訪れる人が行き交い、町が活気づく。ショップやギャラリー、カフェやレストランが建物の1階に店舗を構え、華やかな街並みをつくり出し、建物の上層階はオフィスや住宅などを混在させる。
また、住宅についても、低中所得者から富裕層向けまで、古い倉庫を改修したロフトやアパートメントから高級高層コンドミニアムまでと多様性を持たせている。倉庫ほどの広さで蔵書の多さでも有名だが、同じ棚に新書と古書、ハードカバーとペーパーバックを並べる書店としても知られているチェーン店も出店予定とのこと。
こうして若いクリエーターからエリート層、リタイア層まで多様性に富んだ居住者が移り住むようになり、独自のコミュニティが生まれる。毎月第一木曜日は、ギャラリーを夜遅くまで営業してイベントが実施され、観光客も集めている。
「古い建物を持たない街は、思い出を持たない人間と同じなのよ。だからわたし達はここに住んでいる」
取り壊そうとされる古い建物を買い取り、リノベーションするだけでなく、建物周辺の活性化も促す活動をしている帆波姉妹の母親。そのアトリエ兼自宅の巨大な敷地に通された僕は、大きな車庫にたどり着く。あの倉庫街からここまでだいぶ距離がある。ハーヴェスト並に射程範囲が広いスタンドだ、帆波夏帆は。思った以上に驚異的なステータスである。
「......これはなんの冗談です?」
そこには帆波志帆の等身大の石像があった。精巧な彫刻が掘られている。墓が、うずくまった獣のように、黒い地肌だけを見せて、ひっそりと静まりかえっていた。
「なにを言っているの?こうでもしないと、志帆は潮風にさらされて粉を吹いたように風化してしまうのよ。可哀想じゃない」
帆波夏帆は鼻で笑う。
「手伝いなさいよ、あんたがわたしをこの姿にしたせいで志帆の世話がやけないじゃあないの」
墓石の手入れとは思えない、少女がお風呂に使うと思われるものが入ったバケツが渡される。どうやら帆波夏帆はこの石像が帆波志帆だといいたいらしい。どうやら頭まで電波だったようだ。
「あんたには珍しく察しが悪いのねジョルノ君。しかたないわね、スタンドを使ってごらんなさいな」
「......?」
よくわからないままゴールド・エクスペリエンスを使おうとした僕は、植物が根付かないことに気づく。
「───────ッ!?!」
僕は今生命エネルギーを石に注ぎ込んだ。僕は生きている人間に意図的に生命エネルギーを注ぎ込んだことがある。億泰先輩の父親はたしか精神と肉体が乖離し、精神だけがみなぎり肉体が置き去りにされてしまっていたはずだ。それは自律神経とみゃくの矛盾から判定することが可能だが、全く同じ現象がこの石に起きているのだ。僕は帆波夏帆を見た。
「だから何度もいってるじゃあないの。志帆が望む限りわたしはわたしであり続けるのよ。ほら、手伝いなさいよ、ジョルノ君」
僕はそれに応じた。墓を掃き清め、墓石をせっせと洗い、ピカピカに磨く。人間の毛髪の一本一本を忠実に再現している石像を前にすると冷めたい風が吹いて来るように感じる。この石像は生きているのだ。石の不揃いな様子が、普段着をきた人のようで自然な表情が感じられる。僕は石を前にして、しばらく突っ立っていた。黒光りした固そうな石には帆波志帆の面影がたしかにあったのだ。
「スタンド能力にまきこまれたのか?」
真っ先に思いついたのがこれだった。仗助先輩のクレイジーダイヤモンドのごとく石と人間が融合してしまったならありえる話ではないか。
「スタンド能力じゃあないわ。これは呪いよ」
「呪い......誰かにされたってことですね?誰の仕業だ?」
僕は帆波夏帆に詰め寄った。彼女は鼻で笑う。
「帆波志帆よ。彼女自身の呪いなのよ」
「意味がわからない。どういうことです?」
「そもそもアンタは致命的な勘違いをしているわ、ジョルノ君。志帆はこれが普通なのよ」
「なんだって?」
「これは1978年から今に至るまで帆波家を巣食う呪いなの。奇病なのよ。そのせいでわたし達はあんたとは致命的に何もかもが違う」
帆波夏帆は語り始めた。ある帆波家の男が奇病にかかったのは1978年ケープヨークのクレーター跡を調査していたときだった。発病から48時間以内に発症した同僚はトマトケチャップになり、男もまた同じ運命になると緊急搬送されたグリーンランドの救急医療センターの誰もがそう考えていた。石になっていく奇病だった。
進行性骨化性線維異形成症という全身が骨化していく難病は既に存在していたが、男の症例は明らかに異なっていた。正真正銘の石になるのだ。しかも年齢分入る亀裂から皮膚呼吸していることがわかっている。つまり生きているということだ。
未知のウィルスによる感染症にかかった哀れな犠牲予定者として男は医学会に貢献するモルモットとして生かされるはずだった。30日を経過したころ、なんと男は脱皮したのだ。そして僅かに歳をとっていた。その日から男は30日間一睡も取らず覚醒状態となる。あまりにも異質な奇病である。
男は日本に帰りたいという思いつきだけでグリーンランドの権威ある病院の全ての人間に同じ病を感染させた。その病に感染すると高確率でスタンド能力に目覚める。グリーンランドと日本は秘密裏に男の治療を行うという名目で帰国を実現させた。
不幸にも見舞いに来ていた帆波家の人間も感染した。その中に帆波家当主である母親と双子の姉妹もいたのだ。全員がスタンド能力に目覚めてしまった。
「あなたにわかる?14歳から人間によく似た姿なのに人間とは全く異なる性質・成長過程を持つ異種族になってしまう呪いにかかったわたし達の絶望が」
帆波夏帆は笑うのだ。
「あんたは致命的な勘違いをしているわ。わたしは志帆のスタンドなのよ。わたしは絶望に包まれている上に強靭な肉体を手に入れてしまったために変質した精神から生まれいでたスタンドなのよ」
「なんだって?」
「わたしが再生するのはこの奇病の特性が反映しているからよ」
帆波夏帆はいう。スタンドたる彼女はもう出来ないが、帆波志帆は皮膚を岩のように硬質化させることができる。これは、水分を一気に内部へと移動させ乾燥させる細胞システムによるものである。 推定寿命は240歳。
あまりに変異しすぎたために同じ感染者間の性行為によって生殖が可能。まれに人間と恋に落ちる者もいるが、破局する運命にあり、また遺伝学上、人間との間に子供はできない。
姿は次第に変化するのではなく、6年ごとに変態し、脱皮して一気に姿を変えて成長する。 不定期かつ数ヵ月にも渡る睡眠期があるため、勤務時間の決められている職業には就けない。 そのため、非正規の短期雇用や、芸術性の高い職業に就く者が多い。
「まさか、帆波さんは......」
「そうよ。だからわたしは生まれたのよ、休眠期に帆波志帆をするためにね」
帆波夏帆は自嘲する。
「わたし達は死んだら風に吹かれた砂のようになり短時間で崩壊するため、なにも残らないわ。文字どおりね。だから死んでないわよ」
「......君たちは本来なら35さいってことですか」
「そうね」
「............休眠期はいきなり来るんですか?」
「そうよ。ある日突然休眠期が来て、一度眠ると30~90日は眠り続けるのよ。覚醒期は2ヵ月ほど眠らない」
麻薬みたいだな、と僕は思った。