ジョルノが4部に出るようです   作:アズマケイ

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マネキンヴィレッジ

殺人事件により封鎖されていた駅ビルがリニューアルオープンしたからか、駅前の交差点では大勢の人が行き交っている。一秒たりとも風景がじっとしていることがない。まるで街が生きているように見える。

 

人間の身体で例えれば社王駅は心臓だ。文化村通りやセンター街など、あちこちに延びた道路は血管で、道行く人たちは血液にあたる。心臓は今日も大量の血液を街の隅々にまで送り出す。

 

人々が忙しげに行き交う駅前の広場

は人波で埋まる。アーケードが並ぶ北口に比べれば、南口はまだ街の整備が進んでいない分、再開発の余地が残されている。少し奥に入れば、そこには古い・狭い・低いの三拍子揃った雑居ビルが肩を並べる空間だ。

 

流れる音が激突しては混合し、それに押し潰されないよう道を行く一人一人が引き連れている音もまた巨大なため、大声で叫んでいるように感じられた。

 

待ち合わせであちこちに立っている人々。文庫本を読んだり、道行く人を眺めたり、待ち合わせの相手を発見して駆け寄ったりしている。ロータリーに並ぶタクシーの色とりどりの行列が、人を乗せては羽ばたくように駅を離れて行く。

 

その一角を陣取って熱心にスケッチをしているのは岸辺露伴先生だ。声をかけた僕に露伴先生は構えていたカメラをおろしたのだった。空条さんからの呼び出しに来なかったのは何故か聞いた僕に、やりたいことがあるからさと答えた。

 

「なんですってッ!?それ本当なんですか?もう現れたッ!?」

 

「ああそうさ、僕も驚いたよ汐華君。もうジョースターさんから話はいってると思ってたんだが、まだみたいだな。注意した方がいい。話は早い方がいいからね」

 

なんと露伴先生はスタンドの矢でいられたと思われる少年と交戦したというのだ。

 

吉良吉廣が明かした矢の隠された効果を空条さんから聞いたばかりの僕は驚くしかなかった。スタンドの矢が選んだ人間は必ず心の中に潜む特殊な能力、スタンドを発現し、決して死なないのだという。そして矢に選ばれた人間はどういう訳かいった人間の味方になりたくなるらしい。

吉良吉影は僕達の存在に気づいているのだ。

 

間違いなく仲間、あるいは手を組む人間を増やすに決まっている。すでにDIOの協力者たちがいままで僕達の敵となってきたのだから間違いない。困るのは奇病とスタンドをふりまく人間とスタンドを発現させる矢をもつ吉良吉影が協力体制にあるという事実だ。普通に考えたら敵の増殖は2倍だ。しかもスタンドの矢を吉良吉影が必ずいる訳では無い。

 

今まで僕らを観察していたと思われるカラス、岩になるカラスが戻って来ない、しかもカメラ越しに僕らが再起不能にしたのはわかっているはずだ。新たなる脅威を差し向けてくるに違いなかった。まさかすでに現れていたなんて驚きである。

 

「ああくそ......なんだって僕はその場にいなかったんだッ!影を操る上に岩になる奇病にかかったカラスだと......?なんて怪奇現象だ!妖怪じゃあないだろうなッ?!最近流行りのジャパニーズホラーや世にも奇妙な物語にありそうなゾクゾク感がたまらないじゃあないかッ!!汐華くん、君のゴールド・エクスペリエンスで再現出来ないのかい?」

 

勝手に熱くなっている露伴先生に僕はため息をついた。呆れ気味に首を振るとやって見なくちゃわからないじゃあないかと露伴先生は詰め寄ってくる。僕は1歩下がった。近い。

 

「無茶を云うもんじゃあないですよ、露伴先生。未確認生物を作れっていってるようなもんじゃあないか。岩になる奇病がどういうものか理解できなきゃあ無理だ。未知のウィルスなんだから」

 

「そりゃあそうだが......ッ!!ああくそ、どこかに未知のウィルス作れるスタンド使いはいないのかッ!!!」

 

「露伴先生......本末転倒ですよ。敵増やしてどうするんです」

 

「そんなの決まってるじゃあないか!しかる機関に送り付けて報告書を君に読んでもらうんだ。理解できるってヘブンズ・ドアーで書いてもいい。それで完璧だ!」

 

「......あんたね......」

 

「ああくそ、吉良吉影のやつ、ウィルスの研究者をうっかりスタンドの矢でいったりしないだろうか!」

 

「それ絶対空条さんに言わないでくださいよ」

 

まるで聞いちゃいない露伴先生に僕はためいきをついた。岩人間がもしかしたら医者のひとりやふたりいて大学病院に蔓延っているかもしれない。明らかに黙っていた方がよさそうだなと僕は判断して口を貝のように閉ざす。そうやって指示を出した空条さんは実に賢明な判断をしたと思ったのだった。

 

「しかしだな、吉良吉影の外見がわかったのはデカイな。見つからないのは不可解だが、平穏無事な生き方に執拗に固執しているようだから、転職はしていると僕は見ている。だからここで粘ってみるよ」

 

スケッチの振りをしながら盗撮を繰り返している露伴先生をみて、わかりました、と僕はうなずいたのだった。

 

「あ!だが!また岩になる動物や人間を見つけたら必ず知らせてくれ!すぐにでも飛んでいくからなっ!いいね?」

 

「ああ、はい、わかりましたよ露伴先生」

 

「必ずだぞ!」

 

もう見つけているやつは対象にならないから僕は帆波一家については黙っていることにしたのだった。どのみち空条さんからの調査待ちなのだから同じである。恨むならホウレンソウをきちんとするよう指導してきた空条さんにいって欲しいものである。

 

「......しかし遅いなあ......」

 

「誰を待っているんだ?」

 

「仗助先輩ですよ。じゃんけんで一緒に回ることが決まったんだけどなァ......」

 

じゃんけんの言葉になぜか露伴先生は冷や汗を浮かべていた。

 

「昨日ならわかるんだがなァ......ジョースターさんと静の離乳食を買いに行くのを見かけたから」

 

「こんなことなら仗助先輩の私物なにかもらっておけばよかったな」

 

「......ふむ、そういやそうだな。君に預けておけば連絡がとれるんだな」

 

「携帯電話の利便性には負けますがね......僕もはやく契約できる年になりたい」

 

「はは、14で孤児じゃあさすがに無理だな」

 

「残念ですよ、とてもね」

 

「じゃあこれ君にやるよ」

 

「......なんですこれ、サイコロ?」

 

「引き出しをひっくり返した犯人なんだ。無理やり出したから角が傷ついちまった。これじゃあ4しか出ない」

 

「それはダメですね」

 

「だろう?」

 

「ありがとうございます」

 

「なんだ、不満そうだな。ケチだとでも思ってるんだろう?そりゃサイコロ型のネックレスなんだぞ、ほらチェーンもやるよ」

 

「なんだってそんなものバラしてるんですか」

 

「ホワイトゴールドのサイコロチャームが凶器だったもんだからモデルにしたまま戻すのを忘れていたんだ。思い出したはいいが傷がついてイラついたから捨ててやろうと思ってたんだよ」

 

「やっぱりゴミじゃあないですか」

 

「なに、サイコロとしては使えないがネックレスとしては充分だろ?税別24800円したんだからな、大事にしてくれよ」

 

「......はあ」

 

「東方仗助に直してもらえばいいじゃあないか」

 

「いや、それくらいなら修理に出しますよ。クレイジー・ダイヤモンドは無くなったものは直せない」

 

「あー、そういやそうだったな。それなら今度保証書もってくるとしようか」

 

「あ、あるんですね」

 

「多分どっかにあるはずだ」

 

「期待しないで待ってますね」

 

それじゃあ、と僕は露伴先生と別れを告げたのだった。仗助先輩どこにいるんだろう?

 

 

 

 

 

 

「やあ、どうしたんだい?君は確か美術の林先生んとこにいつもいる......ええとたしか汐華初流乃君だったかな?」

 

「あなたは?林先生を知ってるってことは、あなたもぶどうヶ丘高校の先生ですか?」

 

「うん、そうそう、私は倫理を教えている杣木(そまぎ)って言うんだが」

 

「杣木先生が僕に何のようです?」

 

「君は東方を探しているようだから」

 

「......僕はここで1度も口に出てないんですが、どうして知っているんです?」

 

「どうしてってそりゃあ、東方が君を探していたからさ。課外授業をほっぽいてね」

 

「東方先輩、補習があるなんて言ってなかったけどな......」

 

「ああ、そりゃ言わないだろうね。ついさっき私が思いついたわけだから」

 

僕は杣木先生から距離をとる。さっきから言ってることが支離滅裂だ。高校だから今日が休みの日だからってかならず休みになる訳じゃないことくらいわかるが、東方先輩が補習をほっぽいてくるなんて思えない。

 

あの人は進学するためにあらゆる学習の遅れを取り戻すために必死なのだから。万が一留年になったら説教してくる人間が警察官の祖父、教師の母親、こないだからは不動産王の実父まで加わってしまったのだ。吉良吉影の行方を探すなら拘束時間が短くなるよう努力するはずである。なお正攻法かはさておいて。

 

僕の疑問を置いてきぼりにしながら杣木先生は語り始める。

 

「思考実験て知ってるかい?中学生には早いかもしれないが」

 

「タイトルは忘れましたが、本を読んだことがあります。頭の中で想像するだけの実験ですよね」

 

「そう、それだ。すごいな、君はまだ14歳だろう?よく知ってるね。思考実験てのは科学の基礎原理に反しない限りで、極度に単純・理想化された前提、例えば摩擦のない運動、収差のないレンズなど、により遂行される実験のことだ」

 

「それで?」

 

「まあまあ聞きたまえよ」

 

杣木先生は知識をひけらかすのが好きな先生のようで、聞いてもいないのに話し始めた。

 

思考実験という言葉自体は、エルンスト・マッハによって初めて用いられた。

 

思考実験の例としては、古代ギリシャの「アキレスと亀」やガリレオといった古典から、サンデル講義で有名になった「トロッコ問題」、映画『マトリックス』のモチーフとなった「水槽の中の脳」、アインシュタインと量子力学の闘いといった先端科学までわたる。

 

有名な例としては、アインシュタインが光の速度と慣性系の関係についての洞察から特殊相対性理論に達した考察が挙げられる。

 

実際に実験器具を用いて測定を行うことなく、ある状況で理論から導かれるはずの現象を思考のみによって演繹すること。いわゆるシミュレーションも実際の対象を使わない点で共通するが、シミュレーションはモデルを使って行うものであり、少なくとも具体的な数値や数式を用いて詳細な結果を得る。これに対して、思考実験はよりあいまいで概念的な結果を求めるものを指す。

 

とりわけ科学史上、特殊な状況に理論を当てはめることによる帰結と、実験を必要としない日常的経験とを比較することによって、理論のより深い洞察に達してきた考察や、元の理論を端的に反駁し、新たな理論の必要性を示すとともに、それを発展させるのに利用されてきた考察を指すことが多い。

 

「こないだ授業で取り上げたはいいんだが、この前提条件を理解しないで第3の答えを出したがる生徒が多すぎてね。おかげで完全に大喜利大会になってしまったんだ」

 

思い出しただけだろうに、イラついたような雰囲気をただよわせはじめた杣木先生。僕は息を飲んで見つめていた。

 

「やれ、脱線するだの、作業員はどんなやつか教えろだの、どうでもいいことばかり質問や答えを考えやがって。それが死を忌避する正常な思考回路だとは理解できるんだが、さすがに貴重な50分間のためにこちらがどれだけ準備してきたかと思うと少々イラついてね。私は考えたんだよ。くだらない雑談や例外の余地がない完璧な前提条件を提示してやったらみんなちゃんと授業をうけるんじゃあないかと」

 

なあ、マネキンヴィレッジ。

 

杣木先生が虚空に視線をなげかけて呟くやいなや、周りが突然白い空間に変貌した。

 

「!?」

 

「トロッコ問題あるいはトロリー問題って知ってるかい?ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?という倫理学の思考実験。フィリッパ・フットが提起し、ジュディス・ジャーヴィス・トムソン 、ピーター・アンガーなどが考察を行った。人間がどのように道徳的ジレンマを解決するかの手がかりとなると考えられており、道徳心理学、神経倫理学では重要な論題として扱われている有名な思考実験だ」

 

杣木先生の発言に従うように様々なものが僕の前に構築されていく。

 

「まず前提として、以下のようなトラブルが発生したものとする。線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。そしてA氏が以下の状況に置かれているものとする」

 

数字やローマ字が宛てがわれたマネキンやトロッコや線路が現れた。

 

「この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?」

 

どうなるか具体的にトロッコが動いて説明してくれる。マネキンがボーリングのピンみたいにコミカルに飛んだ。

 

「なお、A氏は上述の手段以外では助けることができないものとする。また法的な責任は問われず、道徳的な見解だけが問題にされている。あなたは道徳的に見て「許される」か、「許されない」かで答えるものとする」

 

「つまり単純に5人を助ける為に他の1人を殺してもよいかという問題ってことですね」

 

「そう、まさにそうだ。理解が早くて助かるよ。みんな汐華初流乃くんみたいにまともな生徒なら授業も楽なんだが。功利主義に基づくなら一人を犠牲にして五人を助けるべきである。しかし義務論に従えば、誰かを他の目的のために利用すべきではなく、何もするべきではないというわけだ」

 

さて、と杣木先生はいうのだ。

 

「君ならどうする、汐華初流乃くん」

 

突然僕の前に線路がどんどん構築され、トロッコが現れたかと思うと僕は乗せられていた。

 

「レバーをひくだけで方向の切り替えが可能だ。やってみてくれるかい」

 

「ええ、いいですよ」

 

僕は動き出したトロッコに捕まりながら前を見つめる。

 

足元はグレーチング(格子状の鋼材)で線路が見える状態のようで、列車の鼓動が伝わってくる。まるでその場でトロッコに乗っているようだ。スピードは、平均時速25kmとメーターが教えてくれる。自転車並みの速度は風を切る爽快感と景色の両方が楽しめるちょうどいいスピードだ。白の空間でなければよっぽどよかっただろう。

 

僕は5人の作業員とされているマネキンを轢き殺した。

 

「なるほど、君はそちらを選んだんだね」

 

「はい」

 

「いやあ、ありがとうありがとう。まともに答えてくれたのは君が初めてだよ。そうかそうか、やはりマネキンでやらなくっちゃあならなかったんだな。感情バイアスはやはり強力だ」

 

「......マネキンでやらなきゃいけなかった......?杣木先生、そのまえは何でやってたんです?」

 

「ああ、そうだな。このさい感情バイアスの影響も実験していいかもしれないな」

 

トロッコが戻っていく。

 

「さっきまでは授業の理解を深めるために生徒達でやってたんだよ」

 

僕の前には助けてくれと叫ぶ仗助先輩たちがいた。

 

 

 

 

 

 

感情バイアスとは、感情的要因による認知と意思決定の歪みである。

 

すなわち、人間は一般に以下のようにする傾向がある。

 

たとえ相反する証拠があっても、心地よい感覚をもたらす肯定的な感情効果のあることを信じたがる。好ましくない、精神的苦痛を与えるような厳しい事実を受け入れたがらない。

 

これらの要因は個人的かつ自己中心的(自己中心性)であるか、対人関係や集団の影響(同調、同調圧力)に結びついている。

 

その効果は認知バイアスと似ており、認知バイアスの一種と見なされることもある。通常の認知バイアスと比較して特殊なのは、その原因に個人の欲望や恐怖があり、その人の推論を妨げる効果がある点である。

 

神経科学の実験によって、人間の脳内の異なる領域にあると考えられている感情と認知が、意思決定プロセスでどのように相互作用し、感情が推論に勝ってしまうかが示された。

 

人間は時としてより理性的な結論を想定することが可能であるにも関わらず、過度に楽天的、あるいは過度に悲観的な結論を導きだす傾向にあるのだ。

 

「これが直に見せてもらえるなんていいねえ」

 

僕の前にはトロッコがあり、5人の作業員の姿をしたぶどうヶ丘高校の生徒がいた。僕を見て怯えている。

 

「仗助先輩まで......何をしたんです?」

 

「どういう訳かどいつもこいつもちゃんと答えを出さないままだったんだ。何もしないっていう答えならよかったんだが、止めようとしたり自分が引かれようとしたり、スタンドを使ったりしてね」

 

「どうやらスタンドは物理攻撃やスタンド攻撃が無効らしい」

 

「だから言ってるだろう。前提条件や第3の答えはおよびじゃあないんだ」

 

「なるほど......鬱憤バラシには最適だったんですね」

 

「心外だな、私はちゃあんと思考実験について理解して欲しいだけだよ」

 

「生徒に学問のトラウマ植え付けてどうするんですか」

 

「大丈夫さ、悪い夢から覚めたと思うだけだ」

 

どうやらもう試したあとらしい。

 

「さあ、汐華初流乃君。もう一度聞くよ。5人を救うために1人を犠牲にすることは許されるだろうか」

 

トロッコが動き出す。

 

「気をつけて、ジョルノ君!」

 

「ソマちゃんのヤロー!俺達が授業台無しにしたからって逆恨みしやがってぇ!」

 

「何したんです、先輩たち」

 

「そりゃどっちも助けようとするだろ、普通よォッ!」

 

「仗助君とクラスメイトなんてどっちが大事か選べるわけないじゃあないかッ!」

 

「ああ、要するに時間切れだったわけですね。ところで君たちのスタンドでも脱出は無理なんです?」

 

「無理!」

 

「ダメだぜ、ぜんっぜん動けねえ!」

 

「そうですか」

 

「雑談はいいけれどちゃんと実験に参加してくれよ、汐華初流乃君」

 

「だあくそー!こっからだしやがれ!」

 

「ほ、ほんとにひいちゃうのォッ!?」

 

「恨むならちゃんと質問に答えなかった自分を恨むんだね、広瀬、東方」

 

「こんのやろー、ソマちゃんめ!覚えてろッ!」

 

「往生際が悪いよ、東方」

 

雑談に興じながら僕はレバーをずっと握っていた。仗助先輩たちがどこか余裕なのは心のどこかで僕が助けてくれると考えているからなのかもしれない。

 

僕はたんたんと前を見すえていた。

 

「え?マジで?」

 

「ジョルノ君......もしかしてよそ見してる?ねえ、もうすぐ来ちゃうよ切り替える場所ッ!」

 

「聞こえてるよな、ジョルノ!?」

 

「え、嘘だろジョルノ君ッ!?」

 

トロッコは無慈悲に迫り来る。

 

交通事故っていうのは大抵はヒヤリとする程度で終わるが、時には大きな事故に巻き込まれることもある。それでも赤の他人でいられるのは関係ないと思っているからだ。そりゃ杣木先生だって怒るだろう。

 

トロッコに跳ね飛ばされて、仗助先輩たちはひかれた。即死だった。

 

倒れた車輪はゆっくりと回っていて、エンジン部から流れ出した黒いオイルが路面に伝わって下水の中に滴り落ちている。

 

ボンネットは山形に盛り上がり、バンパーもヘッドライトもぐしゃりと押し潰されている。フロントガラスも粉々だったが、センターピラーはひしゃげてなく、大破といっても衝撃はリアシートにまでは及ばなかったと想像できる。

 

はじめはブレーキ音だった。タイヤが滑った。ずいぶん長い間タイヤが鳴っている気がした。僕の身体が勢いよく浮いた。そして、どん、と衝突音がした。なすすべもない。

 

バンパーが潰れる感触があった。シートベルトが肩に食い込む。浮いた身体はバウンドして、座席に跳ね返った。あっという間のことだった。頭の中が揺れる。突然の痛みと驚きが瞬時に湧いた。気を失うほどではなかったが、言葉も出なかった。しばらくしてから、僕は顔を上げた。

 

轢き殺されたはずの遺体はない。消失している。おそらく杣木先生の言う前提条件てやつには必要ないからだろう。僕はため息をついた。

 

「そうそうこれこれ!これでいいんだよ、汐華初流乃君。やっと答えてくれる生徒が現れて助かった」

 

杣木先生はいうのだ。

 

人の道徳的判断は理性と理論よりも、直観と感情の影響を受けていると言うことを杣木先生は教えたかったらしい。そしてどのような要因が非道徳的と判断されるのか身をもって考えさせたかったらしい。

 

行動の原理は、行動による害(例えば誰かが死ぬような出来事)は行動しなかったことによる危害よりも、非道徳的だと判断される。

 

意図の原理は、意図を持ってとった行動は、意図を持たずにとった行動よりも非道徳的だと判断される。

 

接触の原理は、肉体的な接触を伴う危害は、肉体的な接触のない危害よりも非道徳的だと判断される。

 

神経哲学者ジョシュア・グリーンによれば、人を直接死に追いやるとき、人は強く否定的な反応を示すようである。

 

米Time誌の記事によれば調査対象の実に85パーセントが5人を救うためでも1人を突き落とさないとした、とのことである。また現実では殺人の理由は多岐にわたるが、犯罪や事故が進行中であるという理由で殺人が行われることは皆無である。したがって実際にこのような場面に遭遇した場合、人は五人を見殺しにする可能性が高いようである。

 

「案外多いんですね」

 

「そうだね、そうだとも。感情に振り回されるのは人間の特権だからな。東方たちも大人しく質問に答えなかったから悪いんだ、まったく。できたら他の派生問題にも答えて欲しいんだが......ダメかい?」

 

「これから用事があるので」

 

「そうかあ、それは残念だな」

 

「今回に限って言えばですけど。僕は仗助先輩と康一先輩しか知りませんからね......感情バイアスはあまり関係なかった気がしますけど」

 

「いやー、てっきり最初と違う方を選ぶかと思ったよ。ひねくれてわざと判断したかと思ったがちがうようだしね、よかったよかった。だが君の意見も最もだな。参考にさせてもらうよ」

 

ご協力ありがとう、と杣木先生はスタンド能力を解除した。そこには第3の答えを出してしまったと思われる仗助先輩たちが汗だくで転がっている。

 

「ひ、酷いじゃあないか、ジョルノ......!」

 

「なんの躊躇もなかったね......なんか落ち込んじゃうよ」

 

僕はため息をついた。

 

「よく話を聞かなきゃあダメですよ、先輩たち。杣木先生は言ってるじゃあないですか、思考するのが実験だって。今回は轢き殺すかどうかが主題じゃあない、むしろノイズになるからやるわけない」

 

「そーいうとこがたまらなく怖い時があるぜ、ジョルノ......」

 

「なにがです?質問には答えなきゃあダメじゃあないですか。国語の問題答える時自分の心情なんか考慮しないでしょ」

 

 

 

マネキンヴィレッジ

破壊力 - C

スピード - C

射程距離 - A(実験中に限る)

持続力 - A

精密動作性 - C

成長性 - C

 

思考実験の前提条件を完璧に再現できる。第3の答えや前提条件を邪魔する被験者を思考実験の犠牲者とすることが出来るが現実世界にフィードバックは一切ない。精神的ダメージはあるかもしれない。

 

本体 杣木 樹(そまぎ いつき)

愛称はソマちゃん。吉良吉影にスタンドの矢でいられたブドウヶ丘高校の倫理講師。生徒が第3の答えを用意したせいで授業が出来ずイライラしていたらいられた。

 

 

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