ジョルノとドナテロのすぐ横の道路をサイレンの音がけたたましく走り抜ける。パトカーや救急車のサイレンが近づき、周囲はあっという間に騒音の渦となっていく。面倒なことになる前に逃げ出してよかった、とうしろをチラチラと振り向きながらジョルノは思った。
何人も遊具の下敷きになったものだから、対向車線からまた来た救急車のサイレンの音が、ドップラー効果で奇妙に歪みながら高まって来る。パトカーのサイレンの音が、獲物を追いつめていく勢子の掛け声のように響く。
迷宮入り間違いなしの連続殺人事件だ。スタンドによるバトルだったから指紋すら残らないに違いない。サイレンが町じゅうを震わさんばかりに響かせながらすれ違うパトカーの東方巡査には悪い気しかしないのだった。
あまりのサイレンの連鎖に犬の遠吠えが止まない。家族の死を告げる死神の泣き声のような、長く尾をひく吠え方だ。日本中のパトカーが集まってきたのではと思われるほど、凄まじいサイレンの音が夜空にこだまする。あの時の惨状を思えば当然といえば当然といえた。
「なあ、持って来てよかったのかよ、それ?」
ドナテロは自転車のカゴに置かれたカラスの銅像をみていうのだ。不気味すぎて置いて行きたそうだったから説き伏せて運んでいるのだ。
「あたりまえだろ。もし目を覚ましてみろ、ポルターガイスト現象で野次馬もろとも大惨事だ」
「そりゃそうだけどさ......どこに持っていくんだ?」
「社王グランドホテルだよ。知っての通り、スピードワゴン財団職員達が詰めてるからな。スタンドの扱い方はよく知ってるみたいだからこういうのはプロに任せる」
「ぜってえ帰りたくない......」
「ドナテロの宿泊先だろう?」
「知らなかったんだよ、んなやべーやつらと一緒に過ごす羽目になるなんて!」
「それについてはご愁傷さまだな。はやく正気を捨てた方がいいんじゃあないか?」
「諜報部のヤツらと同じこと言うんじゃねえよ!」
ドナテロはパトカーのサイレンに負けないくらいの声を上げる。赤くとがったようなランプとためをはるくらい真っ赤になって怒るのだ。ジョルノは声を上げて笑った。
「しかし、パトカー来すぎじゃねーか?」
「きっと他の場所でも未解決確定の事件が起こったのさ。調べているのは僕達だけじゃあないからな」
「あー、兄貴といた仗助ってやつ?」
「他にもいるよ、たくさんね」
「なるほど......そりゃパトカー何台あっても足りないな」
四方八方から湧き上がって、波のように押し寄せるパトカーの連鎖である。病院を横切ると、病院に到着した救急車が見えた。赤色灯の赤い斑模様を病院の壁面にぐるりと投げかけ、サイレンだけがやんだ。直後、晴れた空から静寂が降りてきて、スポットライトのように救急車の回りに無音の空間を作りあげた。
けたたましいサイレンとともに近寄ってきたパトカーが、我に返ったかのように音を止め、停車する。赤色灯が、逮捕劇を盛り上げる照明装置に見えた。慌ただしいことである。
交差点の赤信号が、先ほどまで僕たちを照らしていたパトカーの灯りを彷彿させる。ジョルノたちは渋滞を横目にすいすいと自転車を走らせる。案内人はツバメだ。
「日本のパトカーはあれだな、白黒の」
「パンダみたいな?」
「そうそれだ。POLICEって書いてあるからわかるけど」
「パンダの群れに見える?」
「ずいぶんうるせえパンダだな」
一台ではない。めったにない大事件に勇んでやってくるパトカーの群れだ。またすれ違った。サイレン音がそのまま和音を作っているようにも聞こえた。三台のパトカーが縦に並んで、次々に走っていった。
スピーカーから、耳をつんざく暴力的な音量でそれは響く。巨人の悲鳴のようなその不吉な音は、山々に反響してぐるぐると町を取り囲んでいく。ピーピーと消防車がサイレンを鳴らして走っていった。
「火事まであったのか?」
「さあね」
ジョルノたちは途中でまた警察のパトロール車と出会った。一台は無線でなにかを会話しており、もう一台は比較的ゆっくりとした速度で背後からジョルノたちを追い越していった。
「曲がるよ、ドナテロ」
「ほんとに坂多いな、この町は!」
「日本は山ばかりだからな」
「そんなんだから地震がよく起こるんだ」
「当たってるよ」
ジョルノは軽口を叩きながら坂を一気に駆け上がった。
ツバメはジョルノがまだ行ったことがない古集落のエリアに入ってきた。昔ながらの日本家屋が並び、路地が次第に細くなり、路上駐車しているために自転車でなければ苦労しそうなところである。自転車で正解だったといっていいだろう。
「......戻ってこい」
ジョルノはツバメに命じた。ある家の真上を軽く旋回したあとでツバメはジョルノの所にもどってくる。
「どうしたんだよ」
「まだ早い。空条さんに深入りしないで帰ってこいって言われているんだ。前科があるから」
「ふうん、そうなのか。兄貴がいうなら今日の任務は終了?」
「ああ、そうだよ。ありがとう、ドナテロ」
ドナテロはどこか得意気だ。ちら、とジョルノは1度だけ振り返る。そこには町の電器屋さんがあった。
ジョルノとドナテロは社王グランドホテルに帰ることを決めた。ツバメを元のアクセサリーに戻して、ジョルノはカバンにしまい込む。
「やばかったよな、あのカラス。しかし、なんだって直ぐにおかしいってわかったんだ?」
「前に作ろうとしたことがあったんだ。今の僕にはまだ出来ないけれど」
ついでだからとジョルノは話し始める。日本で日常的に見られるカラス属のカラスは、留鳥のハシブトガラスとハシボソガラスの2種である。日常語ではこれらの全身が黒いカラスを通常は区別することはない。
産卵数はハシブトガラスが2から5羽、ハシボソガラスが3から5羽程度。巣立ち後も2、3ヶ月程度は家族で群れを組んで生活する。成鳥はつがいでほぼ一年中固定された縄張りを持つが、若鳥は群れで行動する。
「この時点でおかしいだろう?」
「言われてみりゃたしかにな」
「今まで遭遇したカラスはいずれも若鳥だ。群れで暮らしてないってことは、空条さんの言う通り命令されて縄張りを決めてるみたいだな。おそらく、ひとつの巣から巣立ったやつらだ」
「多くて5羽もいんのかよ」
「違うよ、ドナテロ。親がいるから最大7羽だ」
「2羽岩になってんだろ?まだ5羽もいんのかよ、こんなのが?冗談だろ?」
「冗談じゃないから困ってるんじゃあないか」
自転車を走らせながらジョルノたちは会話を続ける。英語で会話する彼らを物珍しげに通行人は見つめていた。
今頃立ち入り禁止になっているであろう公園。おそらくこれからカラスのねぐらであろう神社や公園は被害にあったりカラスの銅像を回収して回ったりするために封鎖になっていくと思われる。
ジョルノたちはツバメを追いかけている。えらく低い位置を滑空し始めた。もしかしたら雨が近づいているのかもしれない。
ドナテロはさっきから沈黙を守っている。追いかけるジョルノは言葉を選んでいたが、舌をかみそうになって辞めてしまった。
「まずいな」
「なにが?」
「遠くの街は雨かな、霧がかかってる」
「げっ、雨かよ」
「こんなことでもなきゃ、ね。天気の間を目指して出かけてみるのもたまにはいいだろうって思うんだけどな」
「オレは嫌だぜ、日本の夏はジメジメしていて余計暑く感じてんだからよ」
「雨上がりの匂いは好きだけどね」
「晴れてた方がいいに決まってる」
「毎日何を悩んでいたのか、迷っていたのか、馬鹿らしくなるから雨は好きだ。僕は」
「ふうん」
興味なさげにドナテロは返した。
「げ」
「あ」
ジョルノは嬉しそうな顔をする。ドナテロは嫌そうな顔をする。雨がポツンと降ってきたのだ。ポツンと。そのうち本降りになりそうな勢いで強まっていく。街中を洗い流してくれそうな勢いになるにちがいない。また後日。始まるであろう本格的な調査を前にジョルノたちは一旦ホテルに戻ることにしたのだった。
部屋というより広めの廊下といった感じの狭い台所とは程遠い。
「長居客向けのキッチンは充実してるんだな」
流しの中には無秩序に食器が放り込まれている。
流しの排水孔には角切りの小さなじゃがいもが詰まっていて、表面に油が渦を巻く汚い水が溜まっていた。そのヌルヌルして糸を引くじゃがいもを爪で挟んで取り出すと、水がようやく減り始め、鳥肉の屑は円を描いて穴に吸い込まれていった。
丸いガラスのポットの水が沸騰するのを待っている。しばらくすると、ガラスの表面が白く濁り湯気が昇り始めた。小さな蛍光灯に照らされて、しんと出番を待つ食器類、光るグラスが浮いている。
台所は、天火を使うとストーブをたいたごとく熱気につつまれていた。
料理をあまりしない人間の後片付けはこんなものだ。
エジプト料理の歴史は古代エジプトまでさかのぼることができると言われ、古代ギリシア・古代ローマ・トルコとの交流の中で食の文化が進化してきた。
豊富なナイル川の水源のおかげで、穀物や野菜、果物などの農作物が豊富に栽培されている。地中海やナイル川から摂れる魚介類も豊富で料理にもよく使われ、肉類ではイスラム教の影響で豚肉は食べず、羊肉・牛肉・鶏肉を使った料理が食べられている。
エジプト料理では食事はサラダとスープから始まり、肉料理や魚料理と一緒にパンや米が添えられる。米がよく使われ、ご飯を炊くときに短いパスタを入れることがある。
肉料理を食べる時は白いご飯で、魚料理の時は揚げ玉ねぎで味付けしたご飯と一緒に食べる。ゴマペーストのタヒーナはエジプト料理にはかかせない調味料で、パンはもちろん肉料理などの主菜にもつけて食べ、豆料理が多く、ソラマメやひよこ豆がよく使われる。
米とパンとどちらがいいか、という問題がまず持ち上がったのだが無難にパンに落ち着いた。ホテルに備え付けの設備ではパンが焼けないからだ。
カメユーにあった冷凍ピタパンを活用することで落ち着いた。
鶏肉は一口大に、玉ねぎは皮をむいて、ざく切りにする。鍋にバターを溶かし、にんにくを加え、にんにくがきつね色になったら鶏肉と玉ねぎを入れ、表面に焼き色を付ける。
300cc ぐらいの水を加え、沸騰したら弱火にし、40〜60 分、柔らかくなるまで茹で、その間にモロヘイヤの葉を摘み、ざっくりと切っておく。モロヘイヤを加え、1、2分茹で、塩こしょうで味付けする。モロヘイヤと鶏肉の炒め物完成である。
胡瓜は縦十字に切り、1㎝幅のいちょう切りにする。トマトは洗ってそのまま胡瓜と同じ大きさの角切りにする。皮はむかず、種もとらない。紫玉ねぎは5㎜の角切り、青唐辛子は縦半分に切れ目を入れてから小口切り。にんにくと日本の調味料もボウルに入れる。
青唐辛子がうりきれていたため、しし唐辛子を代用した。ボウルにレモンしぼり汁と塩を加えて和える。器に盛り付ければ出来上がり。冷蔵庫で少し冷やして味をなじませて完成。こちらはエジプト料理風のサラダだ。
ドナテロはコリアンダーリーフかイタリアンパセリを欲しがったが見つけられなかったので泣く泣く諦めた。
茄子はガクを除いて、竹串などで4~5か所穴を開ける。焼いているときに爆発しないように穴を開けるのだ。茄子3本を魚焼きグリルの強めの中火で25分間グリルする。茄子が焼けたら、ラップやホイルでふわっと包むか、蓋付き容器に入れて15分間蒸らす。
茄子の皮をむき、包丁で細かくたたく。しっかりと細かく刻む。小さなフライパンにオリーブオイルとにんにくを入れ、弱火でにんにくの香りがほわっと立つまで炒める。次に刻んだ茄子を加え、オリーブオイルとなじませるように炒めて、茄子の水分を少し飛ばす。2分間ぐらい。
火を止め、玉ねぎ、塩、練りごまペースト、レモンしぼり汁、調味料を加えて混ぜる。味見をして塩が足りないようなら塩を加えて調整し、粗熱が取れるまで置く。または器に入れかえて冷蔵庫で冷やす。オリーブオイルをまわしかける。出来上がり。ババガンヌージは鶏肉が嫌いなジョルノのメイン料理である。
フムス(ひよこ豆ペースト)は頑としてドナテロが嫌がったため却下された。
冷凍そら豆は解凍し皮をむく。フードプロセッサーはないので頑張って潰した。エジプト塩は手に入らなかったからそれっぽい調味料で代用した。
パン粉、にんにく、小麦粉、塩コショウを加えて混ぜ小さいコロッケ状に丸め、表面にごまをまぶす。揚げ油でカラっと揚げる。タネが柔らかめだが揚げるとしっかりする。コロッケのように衣をつけないので簡単だった。
本来はたまねぎと大量のパセリのみじん切りが入ったりソースもアラブ特有の練りゴマを使ったりするようだが手に入らなかった。
これでそら豆のコロッケ、ターメイヤの完成だ。ドナテロはたぶん食べないだろう。
ピタパンに好きな材料を詰め込んで食べるわけである。ようはサンドイッチのようなものだ、不味いわけがない。ドナテロはあの時食べたものには遠く及ばないと残念がっていたが、DIOが雇ったプロの料理と比べるべきではないだろう。
「バミヤも作りたかったのによ......」
「オクラが入ったトマトの煮込みならいいけど、また鶏肉が入ってるじゃあないか。ダメだね」
「どんだけ嫌いなんだよ」
「僕が記憶を失う前からきらいなら筋金入りなんだ、諦めてくれ」
ドナテロは肩を竦めた。
「やっぱなんちゃって料理になっちまうな」
「だからプロと同じ味は無理だ」
「そうじゃあない。環境とか現地でしか手に入らない食材とか結構あるだろ?」
「ああ、言われてみれば確かに」
「今回は予算たりねーからデザートできなかったし」
「香辛料が軒並み足りないね」
「エジプトいってみてーな」
「DIOの舘はもうないだろうけどね」
「なくてもアンダーワールドで掘り起こせばいい」
「その発言だけ聞いたら空条さんあたりが飛んできそうだ」
「スピードワゴン財団の連中と一緒に行けばいいんだよ、料理なんてたくさん一気に作った方がうまいに決まってるんだ。ここにある料理がなんか足りねえと思ったら、やっぱそれもある」
「大量につくれば味が均一化するからな、家庭料理は特においしくなるのかもしれない」
「あーあ、どっかにDIOに雇われてた料理人再雇用されてねーかなあ」
「スピードワゴン財団にいそうだけれど」
「わかんねえ......」
「聞いてみたら?」
「そうだな」
「しかし、作りすぎたね」
「次いつかわかんねーし、別にいいんじゃねーの?好きに食ってもらえば」
「たしかにそうだ。きっと驚くだろうけどね」
ジョルノは笑いながらドアを開ける。
「なにやってんだよ、じいさん」
「い、いやあ、美味そうな匂いがしてたからのぉ」
ジョセフはきゃっきゃと笑う静を免罪符に入る気満々だったようで慌てて抱き上げた。
「いやあ、こういう料理は10年振りじゃのう」
「やっぱり旅の途中で食べたんですか?」
「聞きたいか?お前さんの父親を殺す旅の道中話になるがのう」
「ええ、ぜひ」
「DIOの手下に襲われたオレとしちゃ是非とも聞きてえな」