ジョルノが仗助と乗車したバスが停留所に到着した。
「それじゃあ、約束のお金、利子つけてキチンと返してくださいよ。期限までに話が行かなかったら露伴先生と東方巡査にバラしますからね」
「わーったわーった、必ず返すよ!だから心配すんなって、な?な?だからこの通り!」
「これ以上なにを譲歩しろっていうんです?まさか利子つけるなって図々しいこと言うんじゃあないだろうな?」
「まあまあ、そこんとこをなんとかさ!頼むよ、ジョルノ~!」
「約束破ってピンハネするあんたが悪いんですよ、仗助先輩」
「おっしゃる通りです、マジでごめん!」
「土下座はいらないですよ。パフォーマンスにしかならないですからね」
「手厳しーなあ......」
「じゃあ、僕はここで降りるので失礼しますね」
「おう、またな」
「ええ、仗助先輩もね」
ジョルノは手を振る仗助ごと走り去っていくバスを見つめていた。角を曲がり見えなくなったところで手を下ろして歩き出す。
「......?」
何かに見られているような気がして振り返るがなにもいない。
「......」
上を見るがカラスがいる訳でもない。
「............考えすぎかな」
ジョルノは通学路を歩き始めた。ただいまジョルノは一人暮らし状態である。アヌビス神に憑依されて四肢の複雑骨折という重症を負った保護者は病院に入院中だ。
奇病に関して隠匿の疑惑があるTG大学病院ではなく別の病院に入院できたのは空条さんのおかげだから感謝である。面会謝絶状態であり、妻だったことがある女性が介抱に足繁く通っていたりするものだから面会にはあまり行かないでいた。たまに電話するくらいである。
「......?」
ちらちらとジョルノは頻繁に後ろを気にしていた。誰かに見られているような気配が消えないのだ。肩を竦めては不思議そうな顔をして歩き出す。走り出す。また歩き出す。ちがう道に入ってみても、一定の距離の間隔を保ったままおってきている。近づくでもなく遠ざかるでもなく、なんとも微妙な距離感だ。落ち着かなくてソワソワしてしまう。
その足跡はさながらなめくじが通路に残す粘液のようだった。ナメクジの歩いた痕のように、うっすらと赤い線が延びている。無数のグミ状の足跡のような形がジョルノを追跡してきたのだ。
ジョルノは目を丸くしてあっけに取られた。
「なっ、なんだあれは!?」
「……お前を追い詰めるには、これで充分だよなぁ~ッ!ガチンコ対決だぜ、コラァ~ッ!」
「ゴールド・エクスペリエンスッ!生まれろ、新しい生命ッ!!」
ジョルノは咄嗟に足場を生成して上に逃げる。
「なんだと~~ッ!?お前も能力が使えるのかァ!」
足跡から人型のスタンドが生まれる。そいつはいきなり蔦を鷲掴みした。
「なんだって!?」
急激に蔦が枯れ始めたてはないか。ジョルノはギョッとしてぐらつき始めた足場から離れる。あっという間にしおしおになり、元の石ころに戻ってしまった。ジョルノは距離を取りながら走り始める。
「逃がすかよ~~ッ!!」
また人型のスタンドが足跡に変形した。そして、圧倒されるようなスピードでぐんぐん追ってくる。ジョルノは死に物狂いで逃げるが、スタンドは小刻みに路地を折れながら走ってくる?そのスピードはまったく緩まない。行き交う人は不思議そうにジョルノを見ていた。
ぐんぐんとスタンドの足跡が近づいてきた。ジョルノは犬がよくやる走り方のように、一生懸命に駈け出しては後ろを見るが、スタンドは追い払っても追い払ってもついてくる。
餓え疲れた旅人の後をつける狼のように、執念深く追ってくる。
やがてジョルノもばててきてしまう。スタンドは一向に衰える様子はなかった。
「......まいたのか?」
いつの間にかいなくなっていた足跡。ほっと息を吐いた瞬間、反対側の壁に足跡が張り付いていたものだからジョルノは呼吸を忘れた。
逃げる間など与えないとばかりに正体不明のスタンドは一瞬でジョルノを捕らえた。ジョルノに身を守る術は残されていなかった。
「搾り取ってやるよォ~~!お前の養分を1滴残らずよォ~!」
ジョルノは顔がひきつるのがわかった。体内の栄養が根こそぎ吸い取られていく。立っていられない。ジョルノは崩れ落ちた。意識が遠のいていく。下手をしなくたって死に至るような攻撃だった。
遠隔自動操縦型のスタンドのようだった。なんらかの方法で標的をどこまでも追跡し、体内に侵入して養分を吸い取る。 追跡対象にある程度引き離されると、大体の位置を臭いから予測してテレポートすることもできる。
自動操縦型のスタンドとしては、あの爆弾戦車と違ってかなり融通が効くタイプであり、近距離攻撃においても相手の養分を吸う事でかなりの効果を発揮する強力な万能型スタンドのようだ。
ただし、対象のエネルギーを吸収するのが目的であるためか、スタンドそのもののパワーは低いようで、ジョルノを轢き殺す気配はない。
ジョルノがゴールド・エクスペリエンスで攻撃した際、分裂した足跡一体のみにしか効果が及ばなかったため、足跡型の形態が本来の姿であり、群体型のスタンドであるという可能性もある。だが、群体型スタンドだとしても、有効な攻撃があることをすでにジョルノは知っているのだ。
突然攻撃が止んだ。ジョルノは眼を開けた。スタンドはジョルノを見つめている。
「な、何をしやがったァ~!!」
正体不明のスタンドは悶絶する。ありとあらゆる匂いがある。猟犬をも超える尋常ならざる嗅覚がその猛毒を感知したのだ。
息も絶え絶えになる中、ジョルノは自我があり、意思疎通が出来るとわかったスタンドに声をかけるのだ。
「かかったな……今すぐに、僕の養分を吸うのを止めろ……でないと……死ぬぞ」
それは最初の警告にして、最後の通告だった。
「よ、養分……?バカなッ!?お前......お前......なにを......」
「繰り返す……養分を……養分を吸うのを……止めるんだ……」
「な、なにしやがったんだァ───────!!」
掴みかかってくるスタンドだが、パワーはないのか宙ぶらりんになることはなかった。ジョルノに触れていると猛毒を吸収してしまうと学んだからなのかもしれない。
「簡単なことさ......僕自身に......毒を打ち込んだだけだ......さあ......やめろ......僕もろとも......死ぬぞ......」
スタンドはギョッとした様子でジョルノを見る。ジョルノの爪には毒性の植物が生えている。自分の身を犠牲にしてまで一撃喰らわせようとしてくることに明らかに衝撃を受けているようだった。
「ぐええええっ!!」
正体不明のスタンドは悶絶する。
そしてぐったりとしたままその場に崩れ落ちたジョルノを置き去りにして走り去っていく。朦朧とした意識の中でジョルノは公衆電話がなにやりごちゃごちゃうるさい音がしているきがした。
「勘違いするんじゃあねーぜ!おれは......おれはっ、おれがかっこ悪いと思うことがしたくねーだけなんだからなッ!!ちょびっとばかしイラついて懲らしめたかっただけでェ......その、エーット......こ、殺すつもりはねーんだからなッッッ!!」
よくわからない啖呵をきりながら、スタンドは去っていった。しばらくして救急車のサイレンが響いてきたとき、ジョルノは助かったのだと悟ることになる。公衆電話の緊急ボタンがほんのちょっぴり歪んでいたとあとからジョルノは知るのだった。
海岸から道路をひとつ隔てた広い敷地に、その病院は建っていた。もともとは財閥関係者の別荘だったものが、生命保険会社の厚生施設として買い取られ、それがまた近年になって病院の分院として建て替えられた。だから古い趣のある木造の建物と、新しい三階建ての鉄筋の建物が混在して、見るものにいくぶんちぐはぐな印象を与える。
窓の外には防風の役目を果たす松林が広がっている。密に茂った松林はその療養所を、活気のある現実の世界と隔てる大きな仕切り壁のようにも見えた。
今週に入って入院する人間が多すぎて、大型病院から満室になっていった結果、ジョルノはこの病院にところてん方式で担ぎ込まれたというわけだ。
病院に到着した救急車のハッチが勢いよく開き、弾けるように救急車の外に転がり出る救急隊員。車内に残った救急隊員との連携により、手際よく担架が降ろされたジョルノはそのまま赤いランプが眩しい部屋に担ぎ込まれた。
翌日には、車輪のついたベッドでジョルノはお見舞いの桃を食べていた。ベッドの下にジャッキがついていて、ちょうど腰のあたりで曲がり、上半身が寝たまま30度の角度まで起こせるのだ。
綺麗な絵が飾られている。じっと見つめていると、いかにもこの病室へ優しい使者たちによる迎えが来そうに思えるほどだった。
病室に入ったのはジョルノだけだった。白い壁の部屋がいっそう真っ白に見えた。白紙に戻す、の「白紙」にふさわしい白さだった。
ジョルノは緊急搬送されてから処置室の暗い部屋から出て本館二階の普通病室に移された。個室だったが窓から溢れている外光が眼に痛かった。
その窓枠の下には届けられた花がいくつもならんでいた。知り合いの人たちの見舞だが、赤い、華やかな色はこれまでの灰色の壁だけの部屋とは別世界だった。ジョルノは地獄から帰還したような気持ちになった。
「やっぱり急ごしらえの策なんて弄するもんじゃあないな......」
ジョルノは軽く落ち込んでいた。いつもならありえないミスだったのだ。なにせ正体不明のスタンドによる極度の栄養失調より、カウンターとして仕掛けた自分の自爆が原因の入院なのだから。栄養失調により急激に免疫が落ちたことに気づけなかったジョルノのポカミスだ。そのせいで重度化した植物の毒性の方がダメージが大きかった。
「......ちょっと浮かれていたんだな......僕としたことが......」
真っ向勝負でスタンドバトルを仕掛ければよかったのだ。たとえば公衆電話を植物に変えれば枯れた瞬間に電気ショックなり与えられたかもしれないのだ。生物から栄養を吸収していたのは確認したが、無機物からそれが可能なのか検証すれば良かった。あるいはカウンターダメージを狙って生物を当て続ければ、群体スタンドかどうかわかったかもしれない。
「ダメだ......無駄なことばかり考えてしまっている......落ち着け、落ち着くんだ」
とりとめのないことばかり考えてしまうのは、恐ろしい時は過ぎ去った証でもある。面会が可能になった瞬間からいろいろな人々がジョルノの寝台の周囲に出入りしはじめた。笑い声もした。茶器が運び込まれる。
最も恐怖や不安や必要に満ちていた時は自分から遠のき、鳴りを鎮めていた世間が、再びさり気なく姿を現したのを見る。一種の清新さと皮肉とを、日常生活の復帰から感じた命拾い、もしくは九死に一生を得るとはこういうことをいうのだろう。
病院特有の強い消毒液のにおいは実に9ヵ月ぶりである。重ちーの例をかんがみて、病院が行政側に報告しなくちゃいけない珍しい植物を避けたのは功を奏した。
そのかわりに道端の草をカレーに入れたせいで食中毒になったというかなり間抜けな診断をされてしまったが仕方ない。誤診なのだがスピードワゴン財団のカバーストーリーに頼るまでもないからお間抜けな笑い話は受け入れるしかないだろう。
病院内は外来受付が終わり、靴音が響くぐらい静かだったコの字になったこの病院の中庭には、木々の間を縫うように遊歩道が設けられており、パジャマ姿の入院患者やその家族が、何日ぶりかで降り注ぐ柔らかな陽射しを楽しんでいる。
消毒液と見舞いの花束と小便と布団の匂いがひとつになって病院をすっぽり覆って、看護婦がコツコツと乾いた靴音を立ててその中を歩きまわっていた。
「......僕で3人目か」
看護師がいっていたから間違いない。吉良吉影、あのスタンドの使い手、そしてジョルノ。同じ症例で病院に運ばれたのはこの県でたったの3人。これから調査は容易だろう。
「これで暫く動けないなりに頑張ったはずだ」
病院の広い中庭では、浴衣を着た十数人の患者が看護婦の指導で体操をしているのが見える。車椅子に座った子供達が黄色いボールを投げ合って中庭で遊んでいる。三人、みんな首がとても細い。
捕球しそこなうと一人の看護婦がボールを拾う。一人よく見ると手首から先がツルンとして何もない子供がいて、彼は看護婦がそっと浮かせたボールを腕で打ってゲームに参加している。打ったボールは必ずよそへ逸れるが、子供は歯を見せて笑っていた。
今日一日安静にしていろ、というお達しだった。胃を洗浄して抗生物質を飲み、点滴をうったらそのうち治る、というかそれ以外にできないと言われた。著しく免疫が下がっているために下手に薬を処方できないらしい。
いつもならさっさとゴールド・エクスペリエンスで抗体を作って治すのだが、そういわれてしまうと重症化という現実を知ってしまった精神状態ではやめた方がいいだろう。
スタンドは思い込みの力だ。ジョルノは理論を組み立てながらも若いがゆえの勢いでスタンド能力を成立させているところがあった。今の状況でゴールド・エクスペリエンスを使えばどうなるかわかったもんじゃない。ただでさえ意図しない暴走という前科があるのだから。
「......TG大学病院が一番いいんだけどな、カルテがあるから......今となっては恐ろしくて行けやしないが」
ジョルノはため息だ。考え事をしながら食べていたら、とうとう桃がなくなってしまった。名残惜しそうに指を濡れティッシュで拭き取り、皮ごとゴミ箱に捨てる。あたりが桃の芳香剤をばらまいたような華やかな香りが立ち込めていた。
「......さてどうするかな、いきなり暇になってしまった」
こういう時携帯電話がないとやることが一気になくなってしまうから困りものだ。誰かしら見舞いに来てくれたら色々と捗るのだがままならないものである。なにせ今日は平日だ。
学生達はみんな学校に行っているし、空条さんたちだって奇病に侵されたカラスによる二次被害を被った人達に流布するカバーストーリーで大わらわに違いない。ドナテロあたりが来てくれたらいいんだが、ミステリの根幹を揺るがすような規格外のスタンド使いは可哀想に朝からこき使われているだろう。
「......寝るしかないんだな」
暇で暇でたまらないと案外睡魔は直ぐにやってくる。ジョルノは久しぶりに惰眠をむさぼることにしたようだった。