仗助が双葉千帆を見つけたのはたまたまだった。ジョルノのお見舞いをかねて病院にやってきたはいいが、手ぶらはさすがにまずいだろうと直前で気づいて売店に駆け込んだとき見えたのだ。
メモリー・オブ・ジェットという凶悪なスタンド使いである双葉照彦の一人娘にして、吉良吉影に人質にとられている仗助の同級生。由花子の小学生からの友達で近所に住んでいる一般人。
そしてジョルノの友達で同じ施設出身の一年先輩と両片思い中、とここまで思い出してから隣にいる男子生徒がそいつだと仗助は気がついた。ジョルノがいっていた表情筋が完全に死んでいる無表情な青年だったからだ。
(へええ~~なんだよなんだよ2人してジョルノのお見舞いかァ~?)
キョロキョロしているものだから、迷子になっているのだろうと考えた仗助は親切心から声をかけようとかんがえた。仗助も始めてくる場所だったが承太郎から話は聞いているのでどこの病室にいるか知っているのだ。
(ジョルノの言った通りじゃねーか、上手くいったんだな~)
億泰が隣にいたらまたジェラシー感じて勝手に号泣してしまいそうな流れだが、億泰と康一はすでにジョルノの所にお見舞いに行っているはずだ。これ幸いと声をかけると双葉千帆は驚いたように顔を上げた。身長差的に見上げるほどだから驚いたようだ。
「ええと、あなたは......由花子さんとこの前お茶してた......ええと、広瀬君の友達の......」
「東方仗助、だったな。ジョルノから話は聞いている。人間の言葉がわかるからって、人の話にわりこむのはマナー違反なんじゃあないのか」
仗助は思わず口笛を吹きたくなった。ジョルノが施設での思い出を語る時によく出てくるこの先輩は、言っていた通り極めてクールな性格で、感情表現も滅多に行わないのは間違いなさそうだ。
見下し気味に挑発する面がみられるが、この状況では仗助を警戒するのは恋人をほかの男に近づけたくない彼氏として正常な働きである。由花子がいたら次第点をつけていたに違いない。だから気にしなかった。
「あっ、思い出した!汐華君の友達の!」
「刈りあげた髪に、太い首......まるで、トーテムポールみたいだな」
ビキッときたが仗助はこらえた。我慢した。イラァッとしてその仏頂面に1発ぶちかましたくなったが仗助はこらえた。仗助のハーフゆえのタッパのよさとリーゼント、改造制服とくれば筋金入りの不良だと思われても無理はないと仗助は自覚しているのた。これはたんなる彼女を守るためのムーブであり他意はない。
「琢馬先輩」
咎めるような声に琢馬と呼ばれた先輩は無表情のまま双葉を見返した。
(やっぱ思った通りだ、ジョルノのダチのセンパイじゃねーか。そっかそっかァ~)
ちょっと気分が落ち着いてきた仗助はまあまあと手を開き、なにもする気は無いのだとアピールしながら話しかけた。
「初対面なのにいきなり声掛けてスイマセン!迷ってるみてーだから声をかけたんすよ。センパイたちジョルノのお見舞いにきてるんすよね?」
2人は顔を見合わせた。
(いいなあ~いちいち見つめあっちゃって~キラッキラしてんなァ~青春だなァ~~)
仗助はにやにやしながら待った。
「......そんなところだ」
「やっぱり!そうだと思ったんですよ。よかったら案内しますよ、俺!ジョルノがどこに入院してるか知ってるんで!」
仗助の発言を聞いてちょっかいをかけるような不届き者ではないと思ってくれたのか、蓮見琢馬は頼むと言ってきた。よかったと仗助は一安心である。
「了解っす」
あとは赤い矢印をひたすら追いかけていくだけである。
「汐華君入院しているの?」
双葉は驚いたのか、目を瞬かせる。心配そうな顔になる。
「道端の草をカレーに入れたせいで食中毒になったらしい」
「えっ、どうして?」
「スイセンとニラを間違えたらしい」
「......普通、カレーにニラって......?」
「施設では入れなかったな」
「葉っぱの形も匂いも味も全然ちがうと思うんだけどなあ......汐華君......」
双葉のなんとも言えない表情と蓮見の呆れを含んだ言葉に、仗助は笑いを堪えるので必死だった。実際は最初の嘔吐で全て吐き出してしまう食中毒事故と違って、直接致死量の毒を体内にぶち込むわけだから訳が違うのだ。
「保護者が入院した途端にこれだ、いきなり一人暮らしはハードルが高かったのかもしれない」
「......人って見かけによらないんだ......汐華君、なんでもできそうな雰囲気あるのに」
人って見かけによらない、のあたりで双葉の視線は一瞬仗助に向いた。腹筋が割れそうなくらい笑いたくてたまらない仗助はそれどころではなくて気づかなかった。
「意外だな......調理学習の時は誰よりもきちんとしていたのに」
「まあ、猿も木から落ちるっていいますからね!」
仗助は蓮見から何を考えているんだかよくわからない視線を向けたが、仗助は案内役のために前を向いたためかち合わなかった。
エレベーターと階段を使って仗助は2人をジョルノの入院部屋に案内する。ただの食中毒のわりに個室のジョルノはすでに回復しているようで、康一達と話をしていた。
「よォ、遅れてわりぃ。ジョルノ、お客さんだぜ」
ジョルノは目を丸くした。
「琢馬!まさかあんたまで来るとは思わなかった」
「食中毒って聞いたけど、大丈夫なの?汐華君」
「......ああ、うん、もう大丈夫です。二度と馬鹿な真似はしない」
ジョルノはうんざりという顔をした。
「まさかあんたまで野次馬に来たんです?」
蓮見は首を振った。
「千帆」
「はい?」
「ジョルノに見舞いの品を持って来るのを忘れたから、売店に行ってきてくれ」
「あっ、そういえば!ごめんね、汐華君!」
双葉は蓮見から無理やりお札を握らされると、あわてて元来た道を引き返していった。ドアを閉めた蓮見はジョルノを見た。
「ジョルノ、いつまで待っていればいいんだ?殺人鬼が見つかるまで千帆の安全が保証されないじゃあないか」
少し苛立ちを伴った声色に、仗助たちは驚いて蓮見を見た。ジョルノは申し訳なさそうな顔をする。
「思っていた以上に事態が込み入ってきてまして......」
「お、おいおい、ジョルノ、話していいのかよ?」
「心配いりません、みなさん。琢馬は僕がスタンド使いだって知ってるんだ。ゴールド・エクスペリエンスをコントロールできないせいで毎日起こった怪奇現象をまじかで見てきたのだから」
その言葉に誰もがジョルノのスタンドが視認可能だということを思い出す。仗助だって祖父の怪我を治してあげたことがあるから覚えがある話だ。
「それに双葉千帆は琢馬と暮らしてるんだ。注意喚起するくらい構わないでしょう?」
同棲までしてるのか、と仗助達は驚いたが、吉良吉影の潜在的な人質となっている双葉が彼氏という強力な拠り所があるとするなら喜ばしいことのように思えた。なるほどだからあそこまで敵対心を剥き出しにしていたのかと仗助は考えた。
「帆波家と一礁家には近づかないようにしてください。吉良吉影を匿っている可能性がある。あと変な泣き方をする若いカラスにも」
「随分と多いな」
「仕方ないじゃあないか」
「わかった。じゃあ電気製品のトラブルは注意しなきゃあいけないな。一礁電器店はアフターサービスがいいから評判がいいんだが」
「そうなんです?」
「ああ。あそこの老夫婦が引退後、息子が継いだんだがアフターサービスが充実してるんだ。そのかわりしょっちゅう旅行に行くから予約がいる」
「作業員がいませんか?電工の」
「電工?ああ、養子に入った甥かなんかだな。鉄塔管理する会社で働いてるからほとんど家に帰らない。たまに休みがあると趣味のために山に行く」
「山?」
「山だ。施設からみえる鉄塔だらけの山があるだろう?あの山だ。あの鉄塔、トランシーバーのために自分で立てたらしいぜ」
「その話、本当ですか?」
「ああ。こないだ、施設のクーラーが壊れて一礁電器に頼んだ時、甥が継いだらあの山に電話した方がはやく予約が出来るって笑い話を院長がしていたのを聞いた」
ジョルノ達は目を丸くしたのだった。そして、しばらく話し込んだ後、双葉が帰ってくるのといれ違いで彼らは帰っていった。
「......双葉の調子は大丈夫なんです?」
ジョルノの問いかけに双葉はぎくりとして蓮見を見た。蓮見はバレていたのかと悪びれもせずにいう。
「琢馬が僕の見舞いなんて来るわけがないと思ったんだ。それだけ情があるなら9か月前来てるはずだからな。仗助先輩が勘違いしたみたいだが」
「ああ、その通りだな」
「......体温を測ってまた来てくれと言われたの」
「そうですか。なんと言っていいのかわからないけれど、体に気をつけて」
双葉はうなずいた。仗助は縁遠いから気づかなかったのだろうが、この病院の売店の先には小児科、内科、そして産婦人科があるのだ。
ジョルノは仗助たちが持ってきてくれた新聞を見ていたのだが、気になる記事をみつけた。直ぐにテレビ欄を確認してテレビをつける。主婦向けのワイドショーがニュースを読上げている。たまらずジョルノは体の違和感を堪えて病室を出ると、ニュースステーション横の公衆電話のコーナーにいく。そしてぶどうヶ丘高校に電話をかけた。林先生に繋いでもらうためだ。
しばらくして、林先生に取り次いでもらえた。
「ええ、そうよ。その新聞に出てる事故に巻き込まれた少年Aは噴上裕也君ね」
普通ならばなんの接点もないはずの噴上裕也について、なぜ知りたいのか疑問に抱くだろう。なのに林倫子は気にする素振りすら見せない。ブレない女性である。
「ええ、ニュースで詳しくやっていたわね。大型トラックが逆走してきて、それにまきこまれた玉突き事故、よそ見による事故が重なって、結構な事故だったみたいよ」
一時は意識不明の重体だったようなのだが、今は意識を取り戻して命に別状はなくなったという。全身打撲、粉砕骨折、全治に何ヶ月かかるかわかったものではない大怪我だそうである。
「ニュースだと今の状況までは言ってませんでしたね。どうして知っているんです?」
「どうしてもなにも噴上裕也君から電話があったのよ。お見舞いに来てくれってね」
「いったんです?」
「どうして?」
「どうしてって」
「彼には3人も世話を焼いてくれる取り巻きの女の子がいるじゃあないの。3人平等に愛情を振りまけるならば問題ないわ」
ジョルノは沈黙した。
「ところでその電話はいつありました?」
「そうねぇ......3時間ほど前ね」
「3時間......」
「よほど暇なのか知らないけれど、お腹が痛いと嘆いていたわ」
「なんですって?」
「君と同じ食中毒みたいなのよ。何故か手料理が食べたいと言っていたわね、私は彼に手料理を食べさせたことなんてないのだけれど。1度も」
「なんですって?」
「スイセンによる食中毒なんですって。なに、美しさの秘訣は毒の摂取なの君たち」
「知りませんよ、そんなこと」
「そうよね......病院も違うみたいだから。やっぱり噴上裕也君は病院の食中毒かしら。スイセンをニラと間違えて出荷するなんて事故、去年もどこかの農家がやらかしていたわね」
「......あの、林先生」
「なにかしら」
「噴上裕也さんがどこに入院しているか知りませんか?」
「ええとたしか、ぶどうヶ丘病院だったかしら。5階の525号室」
「ぶどうヶ丘病院......わかりました。ありがとうございます」
「ところで汐華君」
「はい」
「雑草じゃあなくて、スーパーでちゃんとした野菜を買うべきよ。少なくても自己責任にはならないから」
「..................わかりました、気をつけます」
耳タコが出来るほど聞かされた言葉に辟易しながら、ジョルノは受話器を置いたのだった。
すぐに10円を入れて康一の家に電話をかける。母親が出てくれたがまだ返っていないようだ。一人暮らしで大変だろうけれどお大事にねと苦笑いされた。次は億泰。何回鳴らしても出ないので諦めた。今度は仗助。何度掛け直しても留守電になってしまう。帰っていないようだ。
社王グランドホテルにかけたが、承太郎はドナテロを連れて出かけたきりまだ帰っていないそうである。双葉と居るはずの琢馬は論外として、ジョルノは祈るような思いで露伴に電話をかけたのだが何度コールしても出ない。固定電話も携帯電話もダメだ。
「あぁクソッ!どうしたら......!」
ジョルノはふとカバンの中に入っているネックレスに目をやった。
「そうだ、これを使えば!」
ゴールド・エクスペリエンスを呼び出したジョルノは、グッチのダイス型ネックレスをツバメに変えた。
ジョルノはツバメに公衆電話の番号を託してはひたすら談話室で待ちわびていた。あまりにも掛からないので少しでも苛立ちを抑えようと、近くの自販機でお茶を買った。
すると、いきなりコール音が響き渡った。コール音が深い底無しの虚無の中におもりを垂らすようにいつまでもいつまでも鳴り響いている。
ジョルノの心はどうしようもなく震え混乱した。強い横風を受けたときのように、ジョルノの体は揺らぎ、息をすることさえ困難になった。慌てすぎて落としそうになり、逆さまにかけそうになりしながら、なんとか受話器をとることに成功する。
受話器を耳に当て、コール音のくぐもった音を数える。肩と耳で受話器を挟み、会話を待った。
「もしもし、いきなりどうしたんだい、汐華君。僕は今作業員の男を探すためにスケッチと隠し撮りでいそがしいんだが」
少し遠くにあるその静かな声は、ケーブルを抜けて駆けてくる。ジョルノは目を閉じて、なるべく冷静を装いながら声をだす。
機械の中で響きを変えた声だ。酸欠の金魚のように口を動かして、通話のふりをする。ものすごく遠くの方で露伴が尋常じゃなく慌てているジョルノの気配を感じ取ったのか喋っている声が聞こえた。
気が動転しすぎて長い廊下の向こうの端から聞こえてくるような声だった。小さくて乾いていて、妙な響き方をした。内容までは聞き取れなかったのか、露伴が繰り返し聞いてくる。途切れ途切れに話し続けていた。
携帯電話を握る手に力が入る気配まで伝わってくる。手で受話器を囲って周囲の雑音が入らないようにしたのがわかった。
「康一君達が帰ったのは何時だ、汐華君ッ!」
記入するボールペンの音が聞こえた。筆圧が強い。
電話はいやに遠く、おまけに混線していたので、必要以上に大きな声でしゃべらねばならず、そのためにお互いのことばから微妙なニュアンスが失われていた。
それでも、ジョルノが康一達の危険を知らせて、スタンドの本体である噴上裕也の入院場所とスタンドの脅威について伝えるのは充分だった。
電話をかけすぎたせいで小銭がもうない。時間切れを知らせるアラームが鳴る。
「あなただけが頼りだ、露伴先生!」
途中で通話が切れてしまう。舌打ちをしたジョルノは受話器を置いた。長いこと公衆電話を占領していたせいで談話室は人だかりが出来ていた。ジョルノの殺気立っている様子に驚いたのか距離が明らかに置かれているのがわかる。ため息をついたジョルノは病室に戻ることにした。
「......またやらかした......僕としたことが......」
あのスタンドはジョルノを何らかの方法で居場所を特定することが可能なようで、テレポートすることが出来ていたはずだ。遠隔操作ながら本体が何らかの方法で情報を共有できるのだ。普通に考えたらジョルノが入院した以上、見舞い客の中に仲間がいるとわかればテレポートから襲撃することなど明らかなことではないかと。
単純なことに気づかなかった。願わくば仗助たちの誰かがテレポートの能力を鑑みて上手く対処してくれることをいのるばかりである。
「ダメだな......まだ本調子じゃあないみたいだ......休まなければ......」
そして数時間後。
大惨事だったと仗助に聞いたとき、ジョルノは申し訳なくてたまらなかった。ジョルノの見立てどおり、ジョルノのいる病院までテレポートしてきたスタンドは、帰ろうとした仗助たちに襲い掛かってきたという。
病院がすぐ近くということもあって、自転車の康一が真っ先に捕まり栄養失調になった。仗助と億泰はそれぞれわかれてバイクで逃げた。1度はまいたかと思われたが、ガソリン切れを狙っていたようで、億泰がやられた。仗助が逃げているさなかにジョルノから連絡を受けた露伴が康一を発見して本体探しを始めた。
ぶどうヶ丘総合病院の5階の525号室。いきなり入ってきた有名人に驚いたものの、露伴のファンだった噴上裕也はサインを強請った。露伴はくれてやる代わりに、今回の事故の怪我の回復をハイウェイスターと名づけられていたスタンドで行うことを禁止したのである。
ヘブンズ・ドアーによりあらかたの人生を流し読みされてつまらない人生だと吐き捨てられた噴上裕也は露伴によるねちっこい嫌がらせを受けることになったのだった。
仗助はハイウェイスターがいなくなったことを確認して、億泰が行くはずだったルートを逆走してきて倒れている億泰を発見。近くの店で電話を借りて救急車を呼んだ。
残念ながら栄養失調は病気だからクレイジーダイヤモンドでは治せなかったのだ。付き添いで救急車で運び込まれた先がジョルノの入院している所であり、康一と同じ部屋で点滴を受ける羽目になったのは笑い話といえる。
露伴から帰ってきたツバメにくくりつけられた手紙により事態の収束を把握したジョルノである。
「噴上裕也か......逆恨みじゃねーか、俺たち関係ないし......」
「僕も関係ないんですけどね......」
どこか疲れた様子でジョルノはため息をついたのだった。退院することが出来たら、みんなで噴上裕也のところへ是非ともお礼参りにいかなくてはならないだろう。