いつまでたっても帰ってこない双葉千帆に嫌な予感がした琢馬は双葉照彦の入院している病室に向かう。行き交う人々はわざわざ1人の高校生が行くところなんて頓着しない。
何故か止まらないエレベーターがあるとしても、すぐ近くの階段を使って降りていくのだ。どうやら中庭を挟んで反対側の部屋に双葉照彦の部屋はあるようだった。太陽に照らされて病室がうかがえる。
琢馬は目を見開いた。そこには色黒の高校生に抱き抱えられている双葉千帆の姿があったからだ。どこかで見た事がある顔だった。
琢馬は視覚になる場所に移動するとTheBookと名付けた革表紙の本を取り出す。パラパラとめくっていった。
「......ジョルノの通学路ですれ違ったことがある。他校の生徒か。名前は宮本輝之輔」
本人と友人同士の会話からの又聞きだったが、名前さえわかれば暇さえあればあらゆる情報を蓄積しようと務めている琢馬には特定が可能だった。
「陰湿ないじめの首謀者として騒ぎをおこして被害者を転校させたことがある。趣味の人間観察、特に人が恐怖する瞬間がみたくて嫌がらせを不特定多数にしかけたせいでクラスの雰囲気が悪化、疑心暗鬼になり互いに不信感が募り、学級崩壊」
施設の仲間がその犠牲になったことがあるのを琢馬は思い出したのだ。普通じゃあないということはこういう状況下だと恐ろしい程に弾圧の対象となるのだ。
「......スタンド使いになるには充分な性質だ」
こぼれた言葉は驚く程に冷え冷えとしていた。
「......宮本、か」
呼んだところで返事はない。ジョルノが愚痴っていた噴上裕也のように特定の能力が異常発達していなければ問題は無いはずだ。病院の廊下のせいか、やけに声だけ反響する。耳に伝わる音は、その張り詰めた空気のせいだろうか、やけに淀んで聞こえる。
「おい、その手を離せ。どうせ病院の入口にあるアルコールなんてしちゃいない汚い手なんだろう?そんな手で千帆に触るんじゃあない」
無機質な目が壁の向こう側の宮本に向けられる。
「千帆になにかあったら許さないからな」
琢馬もまた目が笑っていない人間である。
「双葉照彦になにかあってもだ」
琢馬は歩き始めた。
「俺の人生は復讐を遂げてから始まるのだ。邪魔をするやつは許さない。誰であってもだ」
覚悟なんてものはとっくの昔に完了しているのである。
「......俺が来るのがわかっていて、わざと挑発しているようだな。スタンド使いならば恐怖をかんじさせようとするはずだ......よく考えろ、蓮見琢馬。お前の復讐はこの程度のアクシデントで失敗するわけがないはずだ」
息を吐く。目を閉じる。やはりおかしいと琢馬は思った。誰かがいるのは確かなのに、気配がしない。病院の廊下に隠れられるような場所はないというのにだ。
つまりこれは初めから双葉照彦が誰もいないフロアで入院させられていたということだ。初めから始末されること前提でだ。何故今までできなかったのか、それは双葉照彦のスタンドを突破できる人間がいなかったことを指している。双葉千帆を利用して突破したのがあの宮本であり、たまたまそれが今日だったと考えるならば増援はないはずだ。
なぜまだ双葉千帆は生きている?なぜ殺さない?簡単なことだ。宮本という男子生徒は人が恐怖するところを見るのが好きであり、琢馬が不審に思って来るのを待っているのだ。利用価値があるから殺せないのだ。死んだらただの肉塊だ。恐怖をはりつけていても変化がなければつまらない。
そして双葉照彦の溺愛ぶりを考えれば宮本自身があの病室から出られないと考えていいだろう。愛娘を守るためなら吉良吉影に協力するような男だ、命をなげうってでも守るような行動に出るはずだ。交渉しようとするに違いない。それは勇気ある行動だ。恐怖とはほど遠い。宮本が望む状況ではなくなっている可能性がある。
少しでも堪能しようとすれば、双葉照彦を無力化して、双葉千帆を人質にするはずだ。
ここまで考えて琢馬は体が沸騰するような怒りを覚えた。読書をつまらない雑談で潰されるのとは比較にならないレベルの怒りだった。双葉照彦への復讐のためだけに今まで生きてきた琢馬には許されざる悪行である。
琢馬はわざと止まった。宮本から見て、向こう側の廊下を通ることにしたのだ。宮本が笑うのが見えた。
突然、背後で音がした。発砲音だ。
びくっとなって、一瞬凍った琢馬だったがおそるおそる振り返り、あたりを見渡す。なにもない。
「誰だ?いるのは分かってるんだが」
わざとらしく大声を出す。すると、今度は、別の方向から銃声がする。はっとして振り返るが、やはりなにもない。何がなんだが分からない。押し寄せる不気味さに琢馬は眉を寄せた。
「なんの真似だ?」
そして発砲音に追い立てられるように琢馬は歩く。どうやら宮本は銃の段数までは把握しきれていないようだ。リロードする気配はない。双葉千帆を見せつけるように抱き抱えているままだ。
双葉照彦の病室から声がした。
「君の恐怖を観察したい」
「観察」
「そうだ、観察だ。君は今、恐怖しているね?そうだろう?違うかい?」
あいにく感情を置き忘れたような無表情さは生まれつきだ。宮本は琢馬を知らない。琢馬はその異様な記憶力で知っている。得体の知れない千帆の彼氏に恐怖を抱くのが筋だろうにと琢馬は思った。
「千帆を離せ。何が目的だ、金か?」
「金なんていらないよ。むしろ、今すぐ払いたいぐらいだ。今、君は、とてもいい表情をしているはずだ。その押し殺した表情を見せてくれたら、もっといいんだがなあ」
「ドアを開けろってことか?」
「おっと、そんな怖い声をださないでくれよ。どうせ君にボクを殴りつけることはできっこないし、双葉千帆を救うこともできないんだから」
琢馬は眉を寄せた。勘違いされるのはいつものことだが甚だ不愉快である。琢馬が双葉千帆を大事にしているのは、双葉照彦への復讐における最重要人物にほかならないからである。琢馬は意を決して、ドアを開いた。
一瞬で宮本と双葉千帆は消えて、かわりに静寂があった。
琢馬はすかさずドアを閉めた。
「なアッ!?!」
やはり出られなくて困っていたようだ。何が起きてるのか分からず、宮本は脂汗を流している。
「はぁ......はぁ......何をしたあ!!おまえええ!!!なぜボクが逃げようとしているとわかったァ!」
「そんなに大きい声を出さなくてもいい。千帆を返せといっているんだ。双葉照彦もだ」
宮本はじりじりと距離をとる。琢馬が普通の人間じゃないと気づいたからだろう。だがドアを開けられるのは一般人だけだと思い込んでいるから混乱しているのだ。
「また、しばらく、ボクは消えて君を観察しているよ......しかし、どうして、ボクが逃げようとしていると尾気がついた?」
「あからさまに挑発されたら誰だって気づく」
「ぐう......頭は回るみたいだね......。たしかにそれじゃあ悪手だ」
「俺はジョルノのゴールド・エクスペリエンスは知っている」
「スタンドを知っている、だと?」
「東方仗助、広瀬康一、虹村億泰のスタンドもだ」
「......なんてことだ、予想外だよ」
「それに、双葉照彦のスタンド、メモリー・オブ・ジェットだって知っている」
「............なるほど、ボクがとじこめられてることがわかってたってわけだ」
「ああ」
「なら、話は早い。君がドアを開けたくなるようにすればいいってわけだね」
「やってみろよ、できるものならな」
双葉千帆と書かれた紙切れがよこされる。琢馬は拾った紙切れを確かめるために慎重に指先で確認する。
「これは紙だ。ただの紙だな。しかし万が一ということもある」
琢馬は折りたたまれた紙切れをあけずに、ゆっくりと耳元に近づけた。鼓動がある。紙切れが脈打っているではないか。
「聞こえるじゃあないか。つまり人間がしまわれているのは確かだ、千帆じゃないかもしれないが」
突如、耳元で爆発が起き、狭い中に鳴り響いた。
「ぐッ」
いきなり病室のテレビが吹き飛ぶ。壁に穴が開く。琢馬はかろうじてガードしながらも、吹き飛ばされ、入り口の方へと飛ばされた。その爆音と衝撃はすごかったが、爆弾や発火装置ではない。何か圧縮された空気のようなものが爆発した感じだ。
琢馬は、頬から出血していて壁にもたれて座ったまま、立とうとしない。衝撃音が耳をつんざき、平衡感覚を少し失っていた。そして、手には、先ほどの紙切れがない。紙切れは、琢馬とは反対のベッドの方へと舞いながら消えていった。そして、そこから、宮本の声がした。
「こんな面白い状況に巡りあえたなんて、僕は幸運だな。あんた、さっき、スタンドを知ってるっていったな。だが見えないんだろう。だから避けられなかった。紙切れが双葉千帆であるという可能性を捨てきれなかったからだ」
宮本は紙切れを拾いあげる。
「その前に、あんたを観察させてもらうよ。あんたが何者かは知らないが、僕がスタンドを見せるのはそのあとだ、見えないだろうけれど」
そう言い終わると、再び姿を消した。もちろん、姿は見えないのだが気配を消した。
「あんた、どうも耳がいいらしいんでね......ちょっと小細工をさせてもらう......」
琢馬は黙って聞いていた。ほほの出血は既に止まっている。かすり傷だからだ、打撲の方が強い。
しかし、あくまでも、落ち着いて、ゆっくりと立ちあがり、服についたほこりを落とした。ただ、声の方向に神経は集中していた。あたかもそこに宮本が見えているかのように、眼を一点に向けている。
見えないが覚えているのだ。宮本がヴィジョンを出すタイミング、そして紙切れにするタイミング、紙切れを取り出す動作。あとは双葉千帆と双葉照彦の紙切れがどこか探すだけだ。どうやらあらゆるものを紙切れにするスタンド使いのようだから。
すると、室内のいたるところか、音が鳴り始めた。あらゆるものを無視して発生し始めたではないか。あまりの音のうるささに琢馬は眉を寄せた。
鼓膜が破れるほどうるさいミュージック、騒音にしか聞こえない動物の鳴き声、最近すっかり聞き慣れてしまった救急車のサイレン。不動産がどうのとかいう電話の会話、工事現場の喧騒じみた掘削機の音、連鎖的に発生する爆発音。さまざまな音が、室内にあふれ出した。
だからどうしたという顔をして琢馬は、静かにしゃべり出した。
「お前のスタンドは、なかなか面白い能力じゃあないか。紙の中に、物をしまい込む能力。音までしまえるとはな。きっと人間だってしまい込めるに違いない」
琢馬の反応を見て、恐怖が読み取れない苛立ちからか宮本はイライラとした様子で返した。
「それはアンタがスタンドのヴィジョンを見た瞬間に知ることだ」
宮本は現れた。手には紙切れがある。
「これは双葉千帆だ。ちぎったらどうなるか、賢いあんたならわかるはずだ」
破ろうとしたのだが、琢馬は動じない。さすがに宮本は逆に驚いた。
「な、なんで怖がらないんだよ......彼女が目の前で真っ二つの死体になるかもしれないんだぞ!?」
「だからどうした」
「どうしたって......」
「さっきから執拗に俺を怖がらせようとしているだろう。B級のお化け屋敷やホラー映画だと初めからわかっていて怖がるやつはなかなかいないぞ」
「あんた......つまんないやつだな。一番製作会社に嫌がられるやつだ」
「だからどうしたといってる」
「さすがに今まさに彼女が殺されるって時に、ベルトコンベアに運ばれてく荷物の検品作業員みたいな顔する彼氏とは同情するね」
突然、琢馬のまわりに、紙切れが舞い落ちてきた。琢馬はただちに距離をとる。その紙の中から、弾丸の発射音がいくつもした。そして、琢馬の体をかすめて弾丸が飛んでいく。弾丸の発射が続く。
しかし、琢馬は微動だにせず、宮本を見ている。背後のドアにだけは近づけないようにするためだ。宮本は苛立ちながらポケットを探る。まさかここまで度胸がある無感動なやつが相手だとは思わなかった。おかげで足元が紙だらけである。
かすめた弾丸が琢馬の体に血の線を刻み込み、幾筋にも流れている。さらに、足元で爆発が起き、琢馬はよろめいた。よろめいた先でも、爆発が起き、さらに、後ろへと後退していく。それでも琢馬は宮本から目を離さない。見上げた根性だ。なにかしらの修羅場をくぐりぬけてきたのかもしれないと宮本は思う。
「グッ」
こんなことをされたら、普通の人間は、殺されるという恐怖で心臓が爆発しそうになる。しかし、琢馬は、口をかたく結んだまま、耐えるように無抵抗でいる。
「あんた、よほど自分に自信があるんだな。恐怖で感覚が麻痺しちまったわけじゃあなさそうだ」
宮本は面倒くさそうな顔をする。琢馬は眉をあげる。
「おい、なんだこの匂いは」
「お察しの通りだ。その紙切れたちにはガソリンがたっぷり含まれてる。さあ、そろそろお遊びはやめにしようぜ。あんたはドアを開けなきゃあいけないんだ、そうじゃないとただちに火達磨になっちまうぜ」
宮本の手にはライターがある。琢馬は仏頂面のまま目を細めた。
「人間てのは脆い」
「なんだって?」
「なにせ思い込みだけで人間は呆気なく死ぬからだ。ある患者は余命半年の末期ガンの告知後、がっくりと気落ちし、みるみる体力を失い、告知された余命すらまっとうできず死んだ。だが、実は医師の診断が間違っていたことがわかった、誤診だ。患者はがんなどにはかかっていなかった。彼は「自分はがんで死ぬ」と信じたせいで死ぬことになったんだ」
「恐ろしい話だな」
「自分が虚血性心疾患で死ぬだろうと見なしていたある女性グループはそうでない女性グループと比較して、実際に虚血性心疾患で亡くなる頻度が3.7倍にも及んでいた調査結果もある。プラシーボ効果っていうんだが、こう考えたことはないか?感情移入だってプラシーボ効果の一種だ。ならば、登場人物がおそろしい病気になるような本があるとして、それに感情移入して死ぬことがあるのだろうかと」
宮本はたらりと汗を流した。
「なにがいいたい?」
「もし可能だとして、それは殺人になるのか?事故死か?」
「───────ッ!? 」
「偶然にもお前と同じ紙を媒体にするスタンド使いがいたとして、そいつがこの紙の山の中におそろしい殺人ウィルスの仕込まれた1枚をしこんでいて、うっかりお前が触れたことで発動したとしたら?」
宮本は体が震えていることに気がついた。ついてしまった。気になりはじめるとどんどん症状が悪化していくではないか。咳やのどの痛みなどの呼吸器の症状だけでなく、高熱、全身の倦怠感、食欲不振などの全身症状が強くなっていく。そして頭痛や関節痛・筋肉痛など呼吸器以外の症状が悪化していく。
「ま、まさか、あんたもスタンド使いかっ......?」
「だとしたらどうしたらいいか、あんたはわかっているはずだ。宮本輝之輔」
「クソっ......!」
ぜいぜい荒くなっていく息に苛立ちながら宮本は必死で考える。
「......まてよ」
「なんだ」
「あんた......口も回るみたいだが......そうはいかないぜ......」
「なにがいいたい」
「この症状には......覚えがあるんだよ......そうだ......忘れもしない......大事なテストのとき......ボクはかかっちまったんだ......なにが恐ろしい病だ......これはただの......インフルエンザじゃあないか......」
琢馬は肩を竦めた。事実だからだ。へ、と宮本は笑った。形勢逆転である。
「ほら......ドアを......ドアをあけろよ......火達磨になりたくないだろ......」
琢馬はなにもいわない。ただ宮本を見つめたまま後ろに下がり、ドアを開ける。宮本は笑った。
「そうだ......それでいい......命だけは助けてやる......今回だけは......!次は......ただじゃあ......おかないからな」
宮本は歩き出す。琢馬は口を開いた。
「俺がなぜわざわざインフルエンザなんてちゃちな病気を選んだと思う、宮本輝之輔」
宮本は答えないで廊下にでる。そして目を見開いた。そこには紙が1枚、宮本からみて真正面の壁に貼り付けられていたからだ。
「人間てのは病気が悪化するにはいくつか条件があるんだ。プラシーボ効果もそうだが、著しい体調不良になっていた方がより効果があるからだ」
だらだらと滝のような汗が噴き出してくる。宮本は悟る。これが本命なのだと。この目の前に張りつけられた紙切れがこの男の切り札なのだと。
なにせ今まで感じたことのない激痛が宮本を襲ったからだ。ただでさえインフルエンザが重症化しているこの体にはその激痛は耐えられそうになかった。宮本は相手に精神的、肉体的苦痛をあたえたことはあっても逆は全くといっていいほど経験がなかったからだ。
琢馬はドアを閉め、その場にのたうち回る宮本を見て言うのだ。
「死にたくなかったら双葉千帆と双葉照彦を返せ、宮本輝之輔。さいわいここは病院だ。返してくれたら、ナースステーションまで運んでやるよ」
「ぐうううう」
「睨みつけるのも結構だが、冗談じゃなくやばい状況だと思った方がいい。あんたもコブラ踊りってのは見た事あるだろう?あのコブラは4大毒蛇っていうんだが、それくらいやばい毒だ。ただちに血清治療を受けないとかなりの確率で死亡するからな」
毒蛇!4大毒蛇!頭の中には恐ろしいコブラが焼き付いて離れなくなる。宮本は完全降伏したのだった。
「うっかりジョルノに治してもらった記述を見せなかったからな。神経毒の後遺症がどれくらい残るのかは、おまえの運だぜ」
琢馬から連絡を受けたジョルノはすぐにTG大学病院に飛んできた。タクシーに乗り込むなり、琢馬は紙切れを2枚ジョルノに見せる。
「スピードワゴン財団てのは医療チームぐらいいるんだろう?二人分大至急頼む」
「ええ、いいですよ。でもなにがあったんです?」
「待つのをやめただけだ、埒が明かないからな」
そういって琢馬は事の顛末を話し始めたのだ。社王グランドホテルに保護を願い出た琢馬にジョルノは目を丸くした。
「なぜ驚くんだ?また刺客を放たれちゃ守れないだろう。復讐を遂げる前に死なれちゃ困るんだ」
「あんた、変わったな」
「そうか?」
「ああ」
「俺に言わせればジョルノの方がよっぽど変わってる。今のお前は最近の千帆みたいな顔してるからな。これでお前に預ける理由がなくなっただろうジョルノ。返してくれないか、ペンダントの一部」
そういうわけでスピードワゴン財団の医療チームが双葉千帆と双葉照彦の様子を見ることになったのだった。
琢馬はアクセサリーを組みなおす。そして双葉のところに向かった。
「琢馬先輩......」
「大丈夫か、千帆」
ほろほろと涙を流しながら千帆は頷いた。
「いつも、いつも先輩には助けてもらってばかりです......ありがとうございます、ありがとう」
「あんたに死なれちゃ困るんだ、千帆。今の千帆の体は1人のものじゃあないのだから」
「......はい」
千帆はうれしそうに笑ってお腹をさする。琢馬が見ている目がとても冷めているとしても、いつものことだから気づきもしないのだ。
「千帆に渡したいものがある」
「えっ」
「これだ。渡すのはこれにしようって決めていた。母さんが唯一愛した人からもらったペンダントだ」
「琢馬先輩のお母さんが......じゃあ、形見じゃあ......そ、そんなに大切なものなのに、いいんですか」
「大切なものだからだ。千帆がもってなくちゃあ意味が無い。今回それがよくわかったんだ」
千帆は顔が一気に赤くなるのがわかる。
「ありがとう、ございます......」
「つけても?」
「はい......お願いします......指が震えて、ちゃんとつけられそうにないから......」
「ああ」
千帆は目を閉じた。黒い宝石が胸元にくるようデザインされている美しいものだった。できた、と言われて目を開ける。
「よく聞いてくれ。千帆も命を狙われているとなれば話は別だからな。実は君の父親は超能力者で、やばいやつに君を人質にとられたがために色んなことをさせられていたらしい。俺がこのホテルに2人を連れてきたのは、保護を求めるためだ 」
「保護?」
「スピードワゴン財団、聞いたことないか?」
千帆は目を丸くした。千帆だって知っている世界的な財団である。
「そこには超能力者たち専門の部署があるらしい。ここはそのやばいやつを捕まえるための拠点になっているのだ」
「ほんとうに?まるでジェームズ・ボンドみたいな話だわ」
「紙切れにされてしまったくせに寝言をいうなんて呑気だな、千帆は。俺が来なかったら、今頃どちらかの手が切断されていたかもしれないんだぞ」
「えっ」
思い出したのか、遅ればせながら千帆は青ざめるのだ。
「信じられないなら、父親に聞いてみるといい。言っちゃあ悪いが全ては君の父親が招いたことだからな」
「......はい」
「とりあえず、いこう」
「えっ」
千帆の目が輝いた。今や蓮見琢馬は自分だけじゃなく父親まで助けてくれた恩人となったのだ。それだけじゃなく保護してくれた。よくわからないがすごいことなのはたしかだ。そして千帆と父親のところに来てくれるという事実がなによりも幸福にしてくれる。
「わかりました」
「さあ、お願いしようじゃあないか、千帆。祝福してほしい、この俺を。あなたの家族の一員として、みとめてほしいと」
千帆は大きく大きくうなずいたのだった。