黒いスーツに黒縁のメガネ、黒いストレートヘアのキツそうな女である。
「あなたが東方仗助さん?」
「そうっすけど......」
「私、S市港湾事務所の帆波奈帆子と申します。こちらの事務所は施設整備と管理を行っております。所在地
〒××× - ××××。S市社王町湊区×丁目×-×。S港国際ビジネスサポートセンター5階」
渡された名刺には、組織についてや事務所の各班の担当業務が書かれている。総務班は経理会計事務、工事等の入札・契約、物品の出納・管理
、所内の連絡調整等。港政班は港湾施設使用のための調整、港湾施設等の使用許可・使用料の調定、水域占用・臨港地区内行為届出の許認可、船舶の入港に関する事務処理、港湾統計調査等。工務班は工事・調査等の設計・積算及び監督、港湾施設・海岸施設等の維持管理許認可に関わる技術的審査、災害の復旧等。
連絡先として電話番号やメールアドレスが書いてある。見た限りでは本物のようだ。
「えーっと......オレになんの用っすか?」
「実はですね、東方仗助さん。うちの事務所が管理する倉庫街に関する損害賠償請求についてお話がありまして」
「へ?」
仗助は目が点になった。
「これ、あなたですよね、東方さん」
ずい、と渡されたのは監視カメラに写った東方仗助だ。バイクに乗ってしきりに後ろを気にしている。そして車を解体してガソリンだけ抜きとったり、倉庫という倉庫に穴をあけまくっている写真があった。
仗助はぶわっと汗が吹き出すのがわかった。
「ひ、ひひ人違いじゃないっすかねー?」
「いえ、あなたに間違いありません。その特徴的なシルエットの人間が他にこの町にいるとでもお思いで?」
「それはァ......えーっと......つうかなんの損害賠償請求っすか。なんにもないんじゃ?」
「なんにもなくてわざわざ来ませんよ」
帆波と名乗った女性は笑いもしない。
「見ていただけませんか?」
「は、はあ......」
仗助はそのまま黒塗りの車に連れていかれた。
「な、な、なんでだよ、直しっむぐぐ」
「直し?今、直しっていいました?」
「いーや、なんでもないっす!」
仗助が驚くのも無理はない。そこにはバラバラに解体された車や穴だらけの倉庫、といった惨状が形成されていたのだ。クレイジーダイヤモンドでなおしたはずの場所やものが尽く元に戻っている。
たしかにこれは防犯カメラが設置されていれば仗助のところに話が行くのも無理はないだろう。
「ま、まじかよ......えーっと、一応参考までにおいくらかかるんすか?これ直すのに」
帆波は冷徹に答えた。仗助は血が凍る。
「あなたは高校生のようだから御両親にお話が行くと思うのだけれど、今日いらっしゃいますか?」
「あーっとぉー今日はダメっす。じいちゃん夜勤だしぃーお袋今日から1週間帰ってこねえしぃー」
「なるほど、わかりました。なら1週間後にまたお会いしましょう」
「わ、わかりましたぁー!」
威勢のいい返事に逃亡の可能性なしと踏んだのか、帆波はうなずいた。そして生きた心地がしないまま、仗助は黒塗りの車に乗り込み、通学路でまた下ろしてもらえたのだった。
さよーならーと黒塗りの車が見えなくなるまで一礼していた仗助だったが、見えなくなるや否や大急ぎでいつもとは違うバスにのる。そして乗り継ぎと徒歩によりぶどうヶ丘総合病院の5階525号室にやってきた。
「おいこら、噴上裕也ァ───────ッ!!!」
いきなり大声で怒鳴りつけられた全身包帯でもはやミイラ男状態の噴上裕也は仗助が犯人だと気づいて青ざめる。動けもしないのに壁にぴったりくっつこうとしてじたばたしていたが、仗助に首根っこつかまれて宙ぶらりんとなる。ハイウェイスターの大暴走により多大な迷惑をかけられた仗助たちに苛烈なお礼参りをされてしまった噴上裕也は、また入院期間が伸びていたのだ。目の奥にまだ怯えが残っているのは、仗助の一撃が一番痛かったからだろう。
「おめーのせいで湾岸事務所から損害賠償請求が来ちまったじゃねーかァっ!!払えねーよ、どうしてくれるんだ!元はと言えばお前がオレを追いかけ回すのがいけないんだろー?」
「痛い痛いいただただッ!!いきなりなんのことだよー!やめろーやめてくれー痛いっ!!ナースコールすんぞごらー!ナースステーションで説教くらいたくなかったらやめるんだ!」
スイッチをおそうとした噴上に仗助は舌打ちをしながらも宙ぶらりんはやめてあげた。ベッドに戻すのも何だか雑だが無理もない。ぐおおっとのたうち回っているが仗助は無視した。お礼参りの時にはジョルノがただちにナースコールを蝶に変えてしまったために噴上を助けてくれる人間がいなかったのだ。今ここにジョルノはいない。仗助は噴上を見下ろした。
「はああああああ、まじでどうしよう。1週間で払えるわけねーだろうが、お袋やじいちゃんにバレたらまじで終わりなんだよ!勘弁してくれよー」
「だから、さっきからなんの話だよ」
「ぜってーオレと噴上で折半だろ、それ以外みとめないからな」
「だからなんの話だって聞いてるんだけど!?人の話聞けよぉー!!」
噴上の切実な叫びにようやく我に返った仗助は事情を説明するのだ。噴上は顎が割れんばかりに口を開いてから損害額を聞いて、ゼロがだいぶ書き間違えてねーかと震え声で聞いた。間違いない。実際に現場を見たから間違いない。業者は保険をかけているからそちらに損害はないが、湾岸事務所は保険を扱っているようだから話がいったに違いない。仗助の言葉に噴上は真っ青になるのだ。
「いやァーだってあれは出来心っつーかァー......逆走してきたトラックに玉突きしやがった車、脇見運転しやがった車、みんな養分すいとっても意識回復するのが限界だったんだからアイツらが悪いっつーかァ......」
「どーやって説明すりゃいいんだよ!写真に映らねえハイウェイスターをよォ!なあ、噴上裕也君よォー?」
「ま、マママジですまねえ、仗助!まさかんなことになるとは思わなかったんだよ!仗助のスタンド、ちゃんと車とか倉庫とか直しながら逃げてたじゃねーか、だから大丈夫だろって思い込んでたぜ......」
「すまねえですんだら警察は......てちょーっと待てよ......だよな?やっぱオレちゃんと直してたよなあ?」
「ああ、匂いが遮断されてたから間違いねーぜ」
「あ、判定方法それなのね」
「仕方ねえだろ、どういうわけかスタンド使い始めてから尚更鼻が利くようになったんだからよ」
「へー......しっかし、よかったぜ。黒塗りの車に連れてかれて、クロスーツの人らにかこまれてたらなんか自信なくなっちまってよォ......よかった......オレの記憶は正しかったんだよな!」
「それやべー人らじゃねえのか......?」
「いや、名刺はちゃあんともらったぜ?」
受け取った噴上裕也は、げ、という顔をした。
「よりによって帆波奈帆子かよ」
「あれ、知ってんのか?」
「俺がこないだ仲間と他の組に殴り込みにいって派手に暴れたらよー、全部洗い出しやがって損害賠償請求してきやがったババアじゃねーか」
「げえっ......暴力団にも屈さねえって相当肝が座ってる人じゃねーか......!なんだって直したやつが元に戻ってるのかは知らねーけど、なんとかしてオレがやったんじゃねーって言わなきゃやべーやつだ!」
「同情するぜ、仗助......このババア払えないってわかったら取立ての鬼になるからな」
「知ったふうな口聞くんじゃねーよ、噴上!お前も手伝うんだよ!!」
「や、やっぱりそうなるのね......頼むからクレイジーダイヤモンドで治してからにしてくれよ......」
「仕方ねえなあ」
ナースステーションを避けながらこっそり病院を脱出した仗助たちは倉庫街に来ていた。
「んんー......こりゃひどいなァ」
噴上裕也は大惨事となっている周りを見渡す。
「一応これでも頑張った方なんだぜ......人がいねーで障害物が多いとこ選んだつもりなんだからよォ......」
「ありゃすまんかったな、仗助。まさか俺もこんなことになるとは思わなかったんだよ......」
「だいたいワープってのが反則クセーんだよ!何キロ出してもガンガンおいついてきやがって!こうでもしなきゃ逃げらんねーと思ったんだよ!無理だったけど!」
「仕方ねーだろ!こっちはなんのルール違反もしてねーってのにあんだけ大事故に巻き込まれちゃ、法定速度守る方が馬鹿らしくなるっての!」
「それについては同情するけどよォ......それとこれとは話が別だぜ!」
「そりゃそーだわな......」
「でも噴上にもいいとこあるじゃあねーか。ジョルノの匂いで見舞い客かどうか判断してたのに千帆達は襲わなかったみてーだしよ」
「そりゃそうだろ。高校生カップルが病院から出てくるなんてそりゃ理由はひとつしかねーんだから。野暮ってもんだぜ」
「えっ、なんでだよ?」
「えっ」
「えっ」
「......お前さー、そのモテっぷりでコウノトリが赤ちゃん運んでくるとかお花畑から連れてくるとかかんがえてんじゃねーだろうな?」
「え?なんで今その話になるんだよ?関係なくねーか?」
「いやだからお前......まあいいや、そういうお年頃なんだな......」
「よくわかんねーがすげえ馬鹿にされた気がする......やめろよその目」
噴上は生あたたかい目を仗助に向けたのだった。
「気を取り直して、早速探すか。頼むぜ噴上」
「わかったよ。俺だって数千万なんていくら折半でも限度があるからよォ」
噴上裕也はさっそく匂いを嗅ぎ始める。まずは仗助の匂いが残っているかどうかの確認だ。出入りが激しい場所ならばそもそも仗助だけを犯人と決めつけるのは早急すぎる。冤罪事件によくある証拠ありきなせいでちゃんと監視カメラがない可能性もあるからだ。
匂いをかぎながら噴上裕也は歩いていく。ハイウェイスターにおいかけられながら逃げていた仗助はバイクに乗っていたのだ。それなのにわかるのだから犬以上の成果は期待するなと言われたが、それ以上である。すげえなあと仗助は思っていた。
迷うことなく仗助の経路を辿っていく。
1時間ほど歩き回り、噴上裕也は首を振った。
「ダメだな、仗助とハイウェイスター、そんでもってあのババアの匂いしかしねえ。あんま人気がない場所選んだっていったよな、仗助。まさにその通りだぜ」
「つまり、目撃者は......」
「期待できないだろうな」
仗助はガックリと肩を落とした。帆波奈帆子の匂いがしたって保険関係の業務に携わる職員なのだからいて当然だろう。
「警察に被害届出されないだけマシだな」
「まじか......」
「スタンドで触れたから指紋とかはでねーが、仗助しかいなかったのは科学捜査でわかっちまうだろうな。俺がわかるんだ、警察犬なら一発だろ」
「うげえ」
「ちょっと引っかかることがあるといやあ、こんだけの被害がでてんのに警察に届けねえのと、帆波奈帆子の匂いしかしねえことだな」
仗助は目を瞬かせた。
「言われてみりゃそうだ。普通なら色んな人間が出入りするよな」
「逆に怪しいぜ」
「お、いい感じじゃねーか。つまり」
「「帆波奈帆子のが怪しい」」
実際に言葉にしてみれば疑惑が頭の中に暗雲みたいに広がる。嘘と本当がごちゃごちゃになって、全てのものが疑わしく見える。
「俺ん時みてーにスタンド使いって手はねーのか?」
「言われてみればそうかもしれねー......損害賠償請求で頭がいっぱいでそこまで頭が回ってなかったぜ」
「おいおい大丈夫かあ?」
「しかたねーだろ!」
「気持ちはわかるけどよ」
噴上は苦笑いした。
視界がひらけた今、すべてのそれらしくないものたちが、実はこっそりと仗助を監視しているようにも思えてくる。
「これは巧妙に仕掛けられた罠かもしれない」
この名刺を信頼しないわけではない。事実はこのとおりであったに違いない。しかし、表通りから建築の正面を眺めるような感じがしていた。この倉庫街のどこかに見えざる工作がほどこされているような気がした。
「じゃあまずは......ここで何があったか調べねーとな」
コーヒーポットから噴きあがっている湯気が、低い天井に当たってゆっくり店内に拡がっている。真っ赤なテーブルクロス、ロシア製の木のスプーンやコーヒーカップなど、細かいところまで雰囲気ムンムンの料理店である。ショーケースの中には可愛らしい自家製チョコレートや焼き菓子たちが、お行儀良く並べられて、穏やかな時間が流れる店内にて。
お店の中に入ると、お茶をしながら、ゆったりとした午後の時間を楽しむ女性たちの姿がある。外のざわめきは消えて、代わりに楽しそうな声が行き交う客席。空調と換気扇の音、時々コーヒーカップとソーサーがぶつかる音だけが聞こえた。
ジョルノとドナテロがいるのは、真上にエアコンがあり冷風が直撃する絶好のポジションである。コーヒーの残りを飲もうとしたが、カップが空になっていることに気づき、ソーサーに戻した。カップはソーサーに当たって、予想もしなかった大きな乾いた音を立てた。その音を聞きつけたようにウェイターがテーブルにやってきて、二人のグラスに氷の入った水を注いだ。
隣の席では太った一家が熱心に食事を頬張っている。
店の中には煙草とウィスキーとフライド・ポテトと腋の下と下水の匂いが、バウムクーヘンのようにきちんと重なりあって淀んでいる。
喫茶店の扉のカウベルが鳴る。ジョルノとドナテロは入口を見もしない。暑い日とあってどこも冷気を求めて人がごった返しているのだ。
コーヒー一杯の値段は安くないが、席と席とのあいだに距離がとられているので、他人の耳を気にせずに話をすることができる。
ジョルノは腕きき弁護士が重要な契約書を読むときのような鋭い目つきで、メニューに書かれている内容を隅々まで二回ずつ読んだ何か大事なことを見落としていないか、どこかに隠された巧妙な抜け穴があるのではないか。そこに書かれている様々な条件や条項を頭の中で検討し、それのもたらす結果について熟考した。利益と損失を細かくはかりにかけた。
注文が決まったらメニューは閉じた方がいい。そうしないとウェイターは永遠にやってこないとドナテロは主張する。さすがに初めての日本でチップ制がないのは慣れないようだった。
味がわかる客がカウンターの向こうに座ると、マスターはびびっと電流を感じるのかもしれない。この薄汚れた壁の喫茶店は若者が好んで来るような店ではないが、いつ来ても席が空いていて、ジョルノ達を排除する雰囲気が微塵もなく、居心地がよかった。
「いつもよりコーヒーが美味しい......マスター気合い入ってるな」
「そうか?」
不思議そうにドナテロはいった。
2人の席は隅近くではあったが、それだけ中央の喧騒から遠ざかり、別世界の感があった。外国人2人が英語を話しているとでも思っているのかもしれない。周りの客は批評的に見くらべて好き勝手食っちゃべっているのが聞こえたがジョルノは無視した。
ここでは孤独な客が他所のテーブルを眺めたりしながら時を費すことはそう不自由なことではない。お好きにどうぞというやつである。
「まだ決まんねーのかよ、ハルノ」
うんざりした様子でドナテロはいった。
「もう少し待ってくれ、2つに絞ったから」
「はあ?2つだと?ならどっちも頼めばいいじゃねーか。それだけで腹いっぱいにするとか頭おかしいと俺は思うけど」
「そういう訳にはいかないよ」
「なに兄貴ぶってんだよ、1歳しか変わらねえ癖に」
「空条さんにはステーキハウス奢ってもらったんだろ?僕はまだだ」
「何張り合ってんだよ......。退院祝いに奢るっていってんのにまた今度でいいとかいいやがって。ぜってー毎回そうなるんだ、俺は知ってるぜ」
「だから譲ってあげたじゃあないか」
「うっせえな、さっさとメニュー決めろよ」
「はいはい」
ジョルノは笑い、ドナテロは面白くなさそうに鼻を鳴らした。ドナテロは弟というものになりたくてたまらないようだ、とジョルノは思っている。扇の骨のように離れてばらばらに成っていた腹違いの兄弟が不思議な邂逅を果たしてまだ日が浅いというのに、10年の歳月を埋めようとしているとさえ感じられる。
今まで一人っ子みたいなものだったジョルノは不思議でならない。兄ではなく弟という立場にドナテロは固執しているようだ。普通は自分が上がいいといいそうだ。アメリカは日本ほど上下関係を意識しないらしいから。だから余計不思議なのだ。
そんなジョルノの考えを知ってか知らずか、ドナテロはボソリというのだ。
「俺の中での家族のあり方ってのは、スピルバーグの映画に出てくる幸福な中流家庭のような明るい世界なんだ。もちろんDIOにんなもん無理だって知ってるし、ヴェルサス家でも高望みだとは知ってるさ。でも望むのは自由だろ」
「たしかに自由だな」
「だろ」
ドナテロにとってジョルノはおもちゃの家のような存在らしい。育ちざかりの子供にとって、血液のように必要なものらしい父と母の揃っているごく普通の家庭。ことごとくその普通に恵まれなかったにしては、ドナテロもジョルノも自然な雰囲気があるからかもしれない。
父にとって、妻ほど愛した存在はかつてなく、この先もいない。歳を重ねるにつれて妻に似ていく娘の姿が祝福である。そんなごく普通の家庭。ホームドラマの世界。
目の前で体験しているのが信じられないが、かなってしまうとこうも呆気ないものだと、なあんだと思ってしまう。それが普通なのかもしれないが、完全に感覚が狂っているジョルノにはよくわからなかった。ただ、なつかしい風景の一つとして遠ざかってゆくことが、祝福なのだろうとはぼんやり思う。
「その素っ気なさがいいんだよ」
「家族らしいそっけなさってやつ?」
「そうそれだ、俺がいいてーのはさ。友達と来る時とは違うだろ?こーいうのは」
「そう?」
「そう。無関心だと平気で家に置いていきやがる。テストだって運動だって俺のが優秀だってのに、マックにすら連れていきやがらねえ。姉貴にはレストランその場で予約するくせに。俺ん時はいつもやる気のねえアルバイトのベビーシッターへの電話だ」
「それは酷いな」
「それがおかしいって誰も言わねえのが一番いかれてる。孤児院でもなんでも置き去りにしてくれりゃいいと何度思ったことか。それでも、それなりに愛してくれてるとは思ってたんだぜ?俺へのの金を着服してると知るまではな」
「......ドナテロは偉いな、尊敬するよ」
「はあ?なにが?」
「よく殺さなかったな。僕なら殺してる」
「はは、日本人にしちゃずいぶんと過激なこと言うな」
「こればかりは国や人種は関係ないよ、本人の資質だ。だから僕は義父を殺そうとして川に突き落としたし、ドナテロは瀕死の襲撃者から逃げたし家出をした。僕よりよっぽど賢い。効率的だ。家出の時の話なんて考えたこともなかった」
「なんだよなんだよ。いきなり褒め殺しとかやめろよ、こえーな。何企んでやがる」
「何言ってるんだ、ドナテロ。素直に受け止めたら?」
「そのメニュー表から目を離してたら信じてたよ」
「あはは、バレたか。実は候補が3つに増えたんだ」
「いい加減にしろよ、馬鹿兄貴」
結局ジョルノは諦めてケーキをふたつ選んだ。
マシュマロのような口ざわりで適度の甘みにバナナの風味。甘さは強いがどこか控えめで、滑らかで繊細。個人的には一昔前のショートケーキのようにバタークリームが死ぬほど甘いのが好みだがここにはないので妥協したが、おいしいショートケーキは生クリームの香りが違う。
今まで何個もショートケーキを食べてきたが、これほど上品で、かつ、しっとりしたケーキは食べたことがないとジョルノは思うのだ。
「毎月22日はショートケーキの日なんだから、食べ歩きするべきだな」
「はあ?」
「カレンダーを見ると上に15(いちご)が乗っているだろ?」
「日本だけじゃねーか」
ドナテロの呆れ顔も無視してジョルノはケーキを堪能する。
しっとりと焼き上げられたスポンジケーキと口当たりなめらかなホイップクリーム、それに真っ赤に熟れたイチゴの甘酸っぱさ。この三位一体のバランスの取れた味わいすばらしい。
ふわふわのスポンジケーキの間にたっぷりのホイップクリームとイチゴをサンドされ、さらにケーキの上にも柔らかくホイップした生クリームとイチゴが飾られている。
白いホイップクリームでデコレーションしたショートケーキには、いちごが欠かせない。そのあざやかな赤い彩りはもちろん、適度なすっぱさもぴったりのアクセントだ。
生クリームを最初に少しだけペロっとなめてみると、いちごの香りがほんのりする。良質でフレッシュな生クリームだからそこ、こういう自然な移り香がある気がする。
「よくもまあそこまで語り倒せるな......専門家になれよ」
「DIOの残党がこの世界から1人もいなくなれば、それもありかもしれないね」
「ほんとにな」
一方でドナテロはチーズケーキを食べていた。チーズそのままを食べているような濃厚さは、キメの細かいしっとりとした生地とよく合う。チーズのうまみが口の中で静かに広がる。
チーズケーキはアレンジの余地が広くて、作り手たちはいろんなことをしたくなる。それを抑えて、この店ではあえて、余計なことはいっさいしない潔さが、目の前のチーズケーキのおいしさの理由だ。
残念ながらドナテロが選んだのはそこまで考え抜いてではない、もっと消極的な理由だ。目の前で生クリームたっぷりのショートケーキとごてごてのデコレーションがされたチョコレートプリン。この2つの甘さの権化を食べているジョルノを見ていると胸焼けしそうというシンプルな理由だ。
コーヒーで流し込みながら食べているのをジョルノは睨む。誰のせいだとドナテロはぼやいた。
「もう大丈夫なのか?」
「おかげさまでね、スイセンの悪夢は忘れられそうだ」
「そーかい。そりゃよかったな」
ようやくチョコレートプリンに取り掛かり始めたジョルノを見ながらドナテロは小さく笑った。
「モテる男は大変だな」
「完全なる八つ当たりだけれどね」
「とんだ災難だったな、兄貴」
「本当にそうだ......本当に」
ジョルノはうんざりという顔をした。
プレイボーイだった友達がいっていたが、女に好かれる男というものはいつも心の奥に赤ん坊の皮膚のような柔らかいいたいたしいところを持っているという。蜜にたかる蟻みたいに女が寄ってくるらしいのだが、目の前の兄のどこら辺がそうなのか、ドナテロはさっぱりわからなかった。
たしかに外見だけ見れば女の矢印が集中する男の代表のような容姿をしているとは思うが。どちらかといえば恋を向けられて、その囲みを手際よく繰りぬけながら、どこかにいってしまうタイプ。
「我慢比べだよな、相手は」
「僕と?」
「兄貴じゃない、自分とだ」
「よくわからないな」
「そーいうとこがだ」
「?」
ジョルノは不思議そうにドナテロを見た。からららん、とベルが鳴る。こちらに近づいてくる足音に2人が視線を投げると、そこには仗助と噴上がいた。
なんでジョルノがいるって前もって教えてくれなかったんだよ、と噴上裕也は呑気にしゃべりはじめた仗助を恨めしげに見た。病院近くの公衆電話からどこかに電話をかけていた仗助に連れてこられたのは最近できた小綺麗な喫茶店だった。
その店の奥にいる外国人を見た時点で、噴上はげげえとなった訳である。
宇宙がこの部屋ひとつになったような緊張が、部屋いっぱいにはりつめる。乾いた空気に扇を一振りしたような笑いが紛れこみ、無理矢理中断したような、おさまりの悪い空気が残る。
部屋の空気が湿気を吸ったように重たい。空気が濃く重くドロリと液体化して、生温かい糊のようにねばねばと皮膚にまといつく。とても空気が重い。まるで鉛の箱に押し込められて海の底に沈んでいくような気がする。
空気が重苦しくなった。立っている噴上たちが、それぞれ見えない綱を引っ張り合っているようだ。息苦しくなる。
もちろんこれは単なる噴上の被害妄想からくる勝手な苦手意識からだ。仗助たちの冤罪を晴らしてくれるのはアメリカ人であり、日本語が喋れないから誰かしら通訳はいるという話はあった。ただ赤ん坊をしているジョセフや吉良吉影やDIOの協力者の調査に追われる承太郎を頼れなかっただけだ。
ジョルノはというと、約1名から発せられる気配により僅かながら大部屋の空気の変化に気づいていた。熱気が薄れた。ジョルノは我関せずといったようすで奇妙なほど落ちつき払っている。喧騒は相変わらずだが、殺気立ったところがない。以前のようなヒリヒリとするような乾いた空気が、微かだが湿りけを含んでいるとは思えなかったからだ。
強くこわばった人間がうろついているだけで、空気が張りつめて影響を受けるのだ。ジョルノは無言だった。それでますますまずい雰囲気になってきた。
仗助が冤罪により損害賠償請求をふっかけられているから助けてくれという頼みを通訳してくれと頼まれたジョルノはため息をつくのだ。
「あのですね、仗助先輩。物事には順序ってもんがあるでしょう。あんた、こないだ僕になんていいました?ピンはねした分必ず返すっていいましたよね?それをなんです?舌が乾かないうちにお願いごとですか?この僕に?いい度胸してますね、あんた」
「そ、それはァ......うーん......そうなんだけど!よ!まじで頼むよジョルノ!シャレになんねー事態なんだって!!」
「土下座なんてパフォーマンスはいりませんよ。辱められるのは僕だからな」
「ぐうー!仕方ねえ......今、これだけ......今これだけなんだよ!みろよこれ、すっからかんだろ!?今度必ず返すから......!」
「まったく......最近ジョースターさんと静のために買い物しすぎて金銭感覚おかしくなってやしませんか?ありがたく受け取りますがね......あと2万5000円ですよ」
「高くね!?」
「まさか利子も付けないで返す気なんです?なんて誠意がない人なんだ、あんたは」
美形が凄むと迫力があるのは万国共通の認識らしい。ドナテロはなにをいっているのかはさっぱりかわからないが180もある仗助が165しかないジョルノに下手に出るのはなかなかに面白いものがある。ニヤニヤしているドナテロにジョルノはため息をつくのだ。
「あれ、いいのかよ?」
「まだだ、これを片付けてから」
たしかにエプスレッソコーヒーとチョコレートプリンを食べる仕事がジョルノには残っている。仗助はジョルノが無視して家族団欒を再開したと思ったのか、絶望的な顔をしていた。
「仗助なんて?」
「あとで説明するよ」
「ついでに横で居心地悪そうにしてるやつは?」
「噴上裕也。さっきいってたハイウェイスターの本体だ」
思わずドナテロは吹いた。
「兄貴面白すぎだろ、順番がおかしい」
「なにがだ、好きなことを優先して何が悪いって?だいたい頼み事をしてきたのはあっちだ。僕のタイミングをはかってなにがわるい?」
「兄貴も大概だなァ......」
まあ、タイミングが悪いわなとドナテロは思った。退院祝いに水をさされてジョルノは怒っているのだから。ドナテロがジョルノの立場になっても怒るかもしれない。
「えーっと、ちょっとまっててくれ?」
「ウェイット?今ドナテロのやつ、ウェイットっていったか、噴上!」
「え?あ、おう、まあ、そうなんじゃねーの?汐華がケーキ食うの待ってろって俺には聞こえたぜ」
「オーケーオーケーいくらでも待つぜ!」
日本語訛りのオーケーしかわからないドナテロだったが浮かぶのは苦笑いだった。
そしてジョルノが通訳をしたのはそれから30分後の話である。
「いつぐらいです?」
「エエエ......んなの覚えてねェよ......」
「だいたいでいいんだ」
「えっとぉ......たしか、たしかだ、ジョルノんとこにお見舞いにいって帰ってる途中だったはずだから......」
「6時くらいですっけ」
「そうそう、放課後にこっち来て、長居したからそんくらいだな」
ジョルノは詳細を伝える。
「アンダーワールド」
ドナテロからスタンドのヴィジョンが発現する。
「おーすげえ」
「仗助がハイウェイスターに追っかけられてるぜ」
「こうしてみるとシュールだなおい」
たんたんと時間だけがすぎて行き、ハイウェイスターは無力化されて姿を消した。仗助は億泰と合流すべく元の道を戻り始める。
「やっぱり直ってますね」
「すげえなクレイジーダイヤモンド」
「こっからが本番だぜ」
空がすっかり暗くなり始めたころ、近づいてくる影がある。
「ビンゴだ!」
「やっぱり帆波奈帆子じゃねーか、あのババア」
黒縁メガネに黒いスーツの女がヒールを鳴らしながら歩いてくる。手には防犯カメラの映像を引き伸ばしたと思われる紙がある。いや、写真だ。写真を拡大コピーしたものだ。
「インスタント0!」
帆波奈帆子が叫ぶと、突如倉庫街が一転する。
「なんだこりゃ」
「オレのクレイジーダイヤモンド解除しやがった!」
「これは一体......」
「あっという間に元通りだと......?まじかよ」
そこにはクレイジーダイヤモンドで再生されたはずの倉庫街が見るも無残な形となっていた。
「調査体制に移行します」
「ん?」
帆波奈帆子はそう宣言すると電話をかけた。
「見てください、みなさん。あれを!」
ジョルノが指さす先にはたくさんの人だかりがある。いや、同じ黒スーツの女がたくさんこちらに向かってくるではないか。
「なんだこりゃ気持ちわりい」
「ババアの大行列ってか?笑えねーぜ」
「これは......」
「さすがに偽物だろうけど、こんなに作るなんてスゲーな」
18から32歳までの帆波奈帆子その人だった。たくさんいる。誰もが黒いスーツを着ている。全て同じ顔の女性達が作業しているのは異様な光景だった。
「スタンドか?」
「だとしたら一体なんの能力だよこれ......」
「検討がつきませんね」
「俺とはちげーみてえだな......」
ジョルノ達は息を呑む。
「何だかわかんねーけど、やっぱり帆波奈帆子さんのせいじゃねーかあっ!」
「でっち上げだでっち上げ!」
「えーと......よかったのかこれ?」
「一応デジカメで撮っておきましょうか」
「ナイスアイデアだぜ、ジョルノ。ドナテロ、さっきのスタンド発動するとこ撮りてーからまた再生してくれ!」
ジョルノはまたドナテロに通訳する。いいぜとドナテロは頷くとアンダーワールドを再発動させた。
そして翌日、仗助は噴上と共に湾岸事務所に殴り込みをかけた。
(うわっみんな同じ顔じゃねえか......)
(知ってたけど気味悪いな......)
(つーか怖くね?)
(おい、早く話しかけろよ仗助がメインだろ)
(わわわかってるよ!)
「誰かと思えば東方仗助さんじゃありませんか。どうされましたか?」
受け付けにいた帆波奈帆子が話かけてくる。
「どうもこうもないっスよ!あんた、オレが直した車や倉庫、わざと元に戻して損害賠償請求だなんだって因縁吹っかけてきてるじゃねーかっ!」
ぴくりと眉が動くのを2人は見逃さない。かかった!と仗助はニヤリと笑った。
「なんのことです?」
「言い逃れは出来ないっすよ!これ、あんたがやったって証拠があんだからな!動かぬ証拠ってやつがよ!」
デジカメの映像をプリントアウトした紙を仗助は帆波奈帆子に突きつけた。受け取った彼女はその紙をなめるように見つめる。
「あら、驚いたわ。時を止められるだけじゃなくて、巻き戻せるスタンド使いのお仲間でもいらしたんですか?調査不足だったわ」
「んなっ、なんだと!」
「まるでこっちのこと把握してるってやっぱりあんた、吉良吉影の仲間かっ!」
警戒態勢に入る仗助たちを見ても帆波奈帆子は平然としている。
「あら、調べるのは当然でしょう?密入国して不法移民を連れてくるような人のお仲間なんてマークされて当然だと思いなさいよ。10年前と同じような手口を使おうったってそうはいかないわ。今回もきっちり請求させていただきますからね」
「......ん?」
「んん?」
「あ、あれー?オレの想定してた流れと完全に違う流れなんだけどこれ」
「なんか勘違いされてる気配がプンプンするぜ、仗助」
仗助と噴上は顔を見合わせた。
「勘違いですってェ!?5月に入ってからアメリカの不動産王所有の船が無許可で停泊したり、スピードワゴン財団の船が無断で占領したりしてるもんだからこっちは苦情が殺到しているのよッ!!こちらが通報してもなんでか行政は動いてくれないんだから、私たちが仕事をするしかないじゃないのッ!!」
いきなりヒステリックに叫び始めた帆波奈帆子に仗助はようやく事態を把握したようで、あーといいながら視線を彷徨わせる。
「あのー、もしかしてオレに請求したのは......」
「あなたがジョセフ・ジョースター氏の息子さんだからよ」
「やっぱりいいい!ンなことだろうと思ったぜチクショー!オレ関係ないじゃねーかっ!」
仗助の叫びに帆波奈帆子は怒り狂う。
「ですって......関係ないですってェエエ工ッ!?!言うに事欠いてなんてこと言うのこのクソガキはァッ!!」
「うをっ!?」
「あんたが、穴開けて、直した倉庫、完璧に、100パーセント、直せた保証は、誰が、してくれるって、いうのよォオオン!!」
ばしいっと紙が突きつけられる。
「ここらへんやっぱり引き伸ばされて壁が薄くなっちゃってるじゃないのオオオ!!阪神・淡路大震災で改定された耐震基準ギリッギリでやってるのよ、うちはァッ!おかげで貸倉庫として機能しなくなっちゃってんのよ!どーしてくれんだこのクソガキいいいっ!!」
「やべえぞ仗助、言い返す要素が微塵もねえ」
「や、やっぱり噴上もそう思う?」
「思うっつーか......ド正論すぎてうっかり納得しちまったぜ」
「クソっ......なんでよりによってんな倉庫に穴開けちまったんだ、オレッ!」
「わかっていただけましたか、東方仗助さん」
「は、はいっす......」
「私が元に戻したのはですね、被害額を正確に算出するためです。それともあれですか、半端に直したせいで全部立て替えなんて悪夢により損害賠償額が2倍になっても払っていただけますの?」
ぶんぶんぶんと仗助は首を振った。
「あ、あのー......買取とかで妥協出来ません?」
噴上の言葉に帆波奈帆子は笑顔のまま絶対零度の眼差しを向ける。あ、やばい地雷踏んだと気づいたがもう遅い。
「今ですね、社王町においても建築基準法違反や耐震偽造がバンバンバレて建築業界は阿鼻叫喚ですの。ただでさえ負債扱いの倉庫をスピードワゴン財団に売り飛ばしたなんてバレたらどうなるかわかってていってらっしゃいます?」
「すんませんした」
帆波奈帆子はいうのだ。
「という訳です。お支払いいただけますよね、東方仗助さん」
仗助はなにもいえなかったのだった。
「私だっていたいけな高校生にこんなことはしたくないのよォ〜〜!でもね、でもねェエエ工?耐震偽装スレスレの倉庫作った会社に訴訟しても支払われるかは不明だしぃー、トカゲのしっぽ切りになりそうな男がこないだから行方不明なのよォオオン!だ、か、ら、匿ってる分きちんと支払ってもらいますからねェエエ工ッ!!というわけでっ!スピードワゴン財団にはよろしく伝えてくださいなッッッ!」
帆波奈帆子の意味深な言葉の意味をといただそうとした仗助たちだったが、そのまま事務所を追い出されてしまったのだった。
仗助から事情を聞いた承太郎はやれやれだぜとぼやいた。
「スピードワゴン財団はそういった手続きや交渉はちゃんとしてるはずなんだがな......」
「エッ......じゃあなんで帆波さん、あんなに切れてたんだろう?」
「スピードワゴン財団相手ですからね、行政が余計な手回しをしたもんだから現場が混乱してるのかもしれませんよ」
「あー......お役所仕事ってやつか......」
「多分、10年前ってのはDIOの手下たちのことでしょうね。バカ正直に僕を日本に入国させるわけがない。しかも仗助先輩の監視や仲間を増やすために億泰先輩の父親や吉良吉廣を潜伏させていたんだ。相当使ったはずですよ。しかも僕は3年前まで戸籍がなかった。不法移民てのはきっと僕のことだ」
「トラブルや犯罪は起こりまくってそうだな、治安の悪化に貢献か。20年前ならバブルだなんだでゴリ押せたかもしれねーが、今の不景気じゃ無理か」
「あ、あ、あー!なるほど!そういうことか!やっぱ勘違いによる逆恨みじゃねーかッ!10年前はまだオレのことスピードワゴン財団は気づいてねえっての!」
「資金繰りが厳しいのかもしれませんね。建築基準法違反の物件かかえこんでなくても、最近は貸倉庫ってのは流行らないのかもしれない。だからカフェだなんだとやっているのかも」
「へー、手広くやってるんだな」
「僕が聞いていたのは再開発の責任者って話だったんだけどな......」
「うげ、マジで何人いるんだよ、帆波さん」
「しかしDIOの手下からもきちんと徴収したらしいな、そいつ」
「うげっ......すげえ度胸......」
「度胸どころの話じゃありませんよ」
「全くだぜ......。DIOの手下だろうが取り立てするってことは、そりゃ暴力団だろうがオレだろうがあんな態度で来るよなぁ......」
がっくりと仗助は肩を落とした。
「仗助の件はハイウェイスターが原因だからな、俺が掛け合っておいてやる。スピードワゴン財団が払ってくれるはずだ」
「まじすか!よかったァー!」
仗助は素直に喜んだ。
「帆波奈帆子の言っていた、匿ってるってのは、双葉照彦のことだろうな」
承太郎は難しい顔をする。
「何者なんすかね、あの人」
「帆波って名乗っていたなら、間違いなくこの町に20年前から住んでる岩人間ですよ」
「えっ」
「僕はその娘が彼女ってことになっているんだ。挨拶にいきましょうか」
茶化すジョルノに承太郎はやめとけと釘を刺す。承太郎に説明を丸投げしていたジョルノは、仗助とともに双葉親子が泊まっている部屋に向かった。
「この女性のこと知ってます?」
アンダーワールドで再現して撮影した帆波奈帆子の写真を見せると、さっと顔色がわかりやすいくらいに変わった。
「いつ......いつ、撮影されたものだい?」
「いつってそりゃ、昨日ですよ」
「きのう......昨日だとッ!?本当にかッ!?この女は......やはり化け物だ......餓死したはずなのに」
怯え切った顔で男は言う。餓死という言葉に愛人のオリカサハナエを思い出したジョルノは顔をゆがめる。仗助は初めてこの男が会社の不正がバレそうになるたびに、一般人をメモリー・オブ・ジェットに閉じ込めて殺していたことを知った。なによりも邪悪なのはその身勝手な動機で何人も屠って起きながら、自分は哀れな犠牲者だと被害者だと本気で信じている顔である。
「たしかにみた......私は見たんだ......雪の中で微動打にしない......帆波奈帆子を......脈だってとった......なのにどうして......」
ぶつぶつぶつと双葉照彦は罪を告白し続ける。悪いことをしている自覚が一切ない時点で懺悔にすらならないが。
「こんなことならあの男に頼めばよかった」
仗助はカッとなって胸ぐらをつかみそうになるが、ジョルノが制した。
「湾岸事務所の倉庫街はたしかに私がかつて担当していた物件だった。うちの会社の不正に気づいて損害賠償請求をすると言ってきたんだ。あまりにもしつこいからメモリー・オブ・ジェットの餌食にしてやった......その矢先だ。私がこの怪我をして吉良吉影に脅迫されたのは」
なるほど、双葉照彦が露骨に吉良吉影側に引き入れられるきっかけはその優秀なスタンド能力だけじゃなく、そういった因縁もあるらしい。
「生きているだと......?」
信じられないという顔をする男を見ながら、仗助はあの同じ顔をしたたくさんの女たちを思い出して身震いする。スタンド使いでなければなんだというのだ、妖怪じゃないか。
「湾岸事務所に行ったことはないんすか?」
いや、と双葉照彦は首を振った。
「本社に情報を持って帰られる前にスタンドを使うつもりだったのだ......口振りからして本人しか知らないようだったから」
「あー、そうっすか」
あの事務所を見る限り、情報共有ができるタイプのスタンド使いのようだから無駄だっただろうなと仗助はぼんやり思う。本当に目の前のおっさんは他にスタンド使いに会ったことがなかったのだ。初めてあったと認識したのが帆波奈帆子、そして吉良吉影。なんとも運が悪い男である。
(胸くそわりぃけど......双葉さんの父親だし......何度も殺されかけてるみてーだし......今回は見逃してやるぜ)
もし次があったらただじゃあおかないと胸に秘めながら仗助は帆波奈帆子についての情報を集めていく。とりあえず家族に連絡される悲劇は回避されたのだった。