現在時刻は西暦1999年7月20日、7時00分39秒(日本時間)。
38秒前、ジョルノたちが吉良吉影の家に向かった。社王グランドホテルにて待機。
37秒前 、ジョルノに声をかけると行ってきますと言われる。
36秒前、ジョルノたちの話を聞く。
35秒前、───────話を聞く。
34秒前、─────────聞く。
「ここが1番最初か」
琢馬は一気にページをめくった。そして。
1999年7月20日、7時59分38秒(日本時間)ジョルノたちが吉良吉影の家に向かった。社王グランドホテルにて待機。
全く同じ記述を見つけた琢馬は冷や汗が浮かんだ。何度読み返しても、読み返しても、最初に見つけた記述から延々と同じ日の同じ出来事を繰り返している。異常だ。今まで見たことがないパターンである。
琢馬に自覚はない。なのにこのスタンドには記述がある。魂に刻まれた記憶を本は覚えている。精神たるスタンドは知覚できている。つまりここにある記述は間違いなく真実である。たらり、と汗が滲む。
「......なにが起こっているんだ?」
今、この瞬間にも間違いなく同じことをこのホテルにいる全ての人間が繰り返しているのだ。気づいていないだけで、気づいてしまっただけで、琢馬のおかれている状況は一変した。知らないだけで瞬きをする暇もないその一瞬で、激変したのだ。
先に読んだことが起こる度に琢馬は未来を示す日記帳と化したことを悟るのだ。
胸ポケットに差した万年筆も、内ポケットに仕込んだスローイングナイフも、左手首に付けてあった腕時計も、なにもかもがいつもと同じだ。そのままだ。それなのに、それが今、無性に恐ろしくてたまらないのである。琢馬の長い人生を綴ったこの本には、本にだけは今回のような異常な事態はたしかに記録されている。あったのは間違いないのだ。
読み返すだけで、気分が悪くなりそうな記憶だ。最近比重が増えすぎてきた禁止区域に指定した方がいいかもしれない。誰かに読ませれば、立ち眩みを起こさせることくらいできるかもしれないと、琢馬は考えた。
辺りの景色を見渡す。いつもの社王グランドホテルだ。
「......」
法則があるとすれば、明日また同じ日がやってくるはずだ。琢馬は時計を見た。
異様に一日が長く感じた。本を手放したらおかしさが知覚できなくなることは明白で、ずっと出しっぱなしにしていた。結局その日、ジョルノ達は今までの本の記述のように帰っては来なかった。
そして琢馬はジョルノ達になにかあったかもしれないから双葉親子が心配だ、待ちたいとスタッフに申し出た。了解を得てホテルに泊まった。
翌日。
琢馬は一人暮らしをしているアパートで目を覚ました。本を開いたまま寝ていた。血の気が引いた。タクシーを呼んで社王グランドホテルに向かい、双葉親子が昨日と同じように朝食をとっているところに出くわした。同じような会話をして、ジョルノ達が降りてくるのを待っていた。作戦会議をしているためだ。琢馬は望んで部外者でいたから入れないのである。
現在時刻は西暦1999年7月20日、8時00分39秒(日本時間)
1日繰り返す事に1分遅くなっている。
「こんな所にいたんですね、琢馬」
琢馬はぶわっと汗が吹き出すのを感じた。
「ジョルノ......」
琢馬は恐ろしくて本を手放すことが出来なかった。ジョルノは何回目かわからない繰り返しを知覚できないらしい。
「どうしたんです?ひどい顔だ」
「......」
汗が止まらない。
「ひとつ相談があるんだが」
「なんです?」
訝しげなジョルノに琢馬は本のページを破いて渡した。説明するのが難しかったのだ。一寸の狂いもなく伝えるには今まさに更新中のページを読んでもらうに限る。
「......」
自動生成されたページがなにごともなかったかのように補填される。ジョルノは目を通す。
「......?!」
目を見開く。
「これは一体......」
琢馬と同じように汗をかき、青ざめている。
「俺は待っていたからな。こいつは蓮見琢馬の記憶しか記述しない。だから俺はお前がすでに60回帰って来なかったという事実しかわからない。今から行くってなら時間があまりにも足りない。こいつをやるからツバメにして寄越せ、ジョルノ」
琢馬はメモ帳を渡した。
「......ありがとうございます。このメモ帳、空条さんたちに見せても?」
「ああ」
琢馬はこちらの様子を伺っている人間を見つめる。いつも空条承太郎と岸辺露伴とジョルノしかいない。現地集合なのかと思ったが、1番最初と比べて1時間も遅くなっているのにどういうことか気になった。
「なぜほかの連中はいないんだ?」
「家族に捕まったとか、目覚ましが電池切れだったとかで遅れるそうなん現地集合する予定なんですよ。ほんとは7時集合だったんだけど」
「......大丈夫なのか」
「うん、大丈夫だ。吉良吉影が一礁電器に出勤したあと侵入するからな。帆波夏帆の口利きで管理してる男が手引きする段取りなんですよ」
「信用できるのか、そいつは」
「さすがに初対面じゃあないですよ、こんな大事な時に。あの男は信用できます。僕が保証する。帆波家の奇病を治す約束があると言ったら喜んでくれた、いい人だったからな」
「帆波親子を可哀想に思って雇われてたやつなのか」
「そういうことです」
「だが、お前は60回も帰ってこれなかったんだ。気をつけろよ。お前だけじゃあない。色んなやつが行ってるはずなのに、1回も帰って来ちゃあいないんだからな。はっきりいって異常だ」
「......そうですね......たしかにそうだ。教えてくれてありがとう、琢馬。なにが起こっているかはわかりませんが、用心するにこしたことはありませんよね」
琢馬は空条承太郎に呼ばれて走り去るジョルノを見届けた。その日もジョルノ達は帰って来なかった。
「......鉄塔に住む男、スーパーフライ、電波を食うサボテン、電波を食う虫、そして帆波奈帆子、休眠中の一礁一......吉良吉影......あと2日......」
何枚にも及ぶメモ帳を余すことなく見つめて記憶する。
「なにが2日なんだ......?一体なにが......」
最後のメモには「あと2日」とだけ書いてある。血がついているメモ用紙を握りしめ、琢馬は唇を噛んだ。命の危険が迫りながら、直前まで琢馬に情報提供をするためにジョルノが必死で繋いだスタンドが傍らにいるはずだった。琢馬がメモを受け取って送り返そうとしたら白紙に戻ってしまったのだ。スタンドが問答無用で解除されたということは、それはすなわちジョルノの死を意味する。ジョルノは琢馬に賭けたのだ。
丸一日をジョルノからメモをうけとることに費やした琢馬の心に起こった微妙な選択の波、幾千もの思いに満ちた決断の断層。それはこの手元にある本を読むことでしか他者は理解することは出来ない。琢馬の心の奥底に潜む嘆きや叫び、ひらめき、錯綜。乱れる親切と意地悪、それよりももっと深い親切と意地悪、いろんなものが混じり合って動きがたくなりひとつにかたむいた。
琢馬は息を吐いた。
「これは卒業試験のようなものだとかんがえておく。ジョルノたちが帰ってきた日は、母の復讐が終わる日だ。本来なら双葉照彦は交際すら反対する理由を千帆に話しているはずだからな。こんな状況だから言い出せないだけだ。本来なら明日から真の意味で俺の人生はスタートする。だが、その明日が来ないんじゃあ意味が無いからな。そのせいで、面倒な目にあうかもしれないが、まあいいだろう」
今ここではっきり決めた方が、時間や手間の無駄が省けるとばかりに琢馬は心を決めた。決意が固まり、その足取りはしっかりと地に着いている。無意識のうちにわずかに顎をあげて琢馬は微笑していたが、そこには決意した人間がみせる妙な冷たさがあった。
「これから戦いが始まる。準備はいいか、THEBOOK」
琢馬はスタンド使いたちの個人情報を手に入れるため立ち上がったのだった。
朝陽が昇りカーテンの隙間から部屋に向かって一筋の光が射した。琢馬は飛び起きる。いつもはないはずの本が手元にあることに驚き、最新のページを読むことから一日が始まる。自分が洞窟の突き当たりにある、ぬれた手触りのコンクリートの壁にタッチし、あとは来た道を戻るしかないことに気がつくのだ。そして来た道を戻る、全力で戻ろうと決心した。
ダークブラウンの表紙を持つ、古びた本のスタンドにはいつの間にかTheBookというタイトルが示されていた。
この世に「自分」という存在が生まれる前から、本体が見たり聞いたりした出来事を全て記録しているこの本は、本体が意識して聞く聞かないに関わらず、出来事は史実のように全てが自動的に記録される。厚さは文庫本程度だが、どれだけめくっても裏表紙に辿り着くことはなく、これから経験していく事柄のページがまっしろに続くのみである。
そして、本に書かれた記憶を他人に見せることで、その人物に本に書かれた経験と全く同じ状態に陥らせることができる。
交通事故に遭ったという記憶を読ませれば、相手は車に轢かれたように重傷を負い、インフルエンザにかかった記憶を読ませれば、相手は一瞬にしてその症状にかかる。
この能力にかかると記憶さえも改竄され、標的は自分の身体に現れた異変をその記憶のとおりに考えてしまう。
ただしこの能力は本体である琢馬にも及んでしまう。
だから琢馬は電話をかけるのだ。
「もしもし、東方仗助君のご自宅ですか。俺、いや僕は蓮見琢馬、高校の先輩なんですが......」