ジョルノが4部に出るようです   作:アズマケイ

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第6話

325号室にある電話を借りて、ジョウサダファンの彼に連絡を入れた僕は、社王グランドホテルに迎えに来てもらうことになった。仗助は僕から受話器を受け取ると、どうすっかなあ、と延々頭を悩ませている。

 

普通なら東方巡査か母親の朋子さんに迎えに来てもらうところだが、そうもいかない。空条さんがジョースター家の代理人としてきている都合上、まだ空条さんのことを話していない仗助は家族とあわせるわけにはいかないようだ。

 

仗助曰く、空条さんはジョセフ・ジョースターさんを連想させる風貌をしているから、たとえ嘘をついても東方の人々には一発でばれてしまうらしい。待ち受けるのは修羅場である。

 

 

 

男手ひとつで東京の大学にやるまで育てあげた一人娘が、自分より年上で家庭を持っている男性と恋に落ちて愛を育んで、一度だけの過ちとは言え不倫で子供を宿した。仗助はよく知らねぇといってるから詳しく語ったことはないんだろう。

 

東方巡査の経験した修羅場は想像を絶するものだろう。たった一度、とはいうものの、下世話な話、朋子さんはジョセフ・ジョースターさん以上に小細工に熱を上げたことをぼそりと語られたことがあると仗助はいう。

 

恋する乙女はなんとやらだ。15年間の沈黙を経て突然現れた代理人の空条さんを目の前にしたら、朋子さんはともかく東方巡査がどんな反応をするのかはさすがに予測ができなかった。仗助が必死に取り繕おうとするのも無理はない。東方家とジョースター家の問題なので、僕は首を突っ込む気はなかった。

 

 

 

写真を見たことがあるのか、映像が残っているのかは知らないが、父親の顔を知っているらしい仗助はずいぶんと躊躇している。

 

ここだけの話、オレがおめーの父親をちょびっとだけ疑ったのは、もしおめーが黒髪で、そのセットしてる髪を降ろしたら、承太郎さんと面影が似てると思ってるからなんだぜと言われたときには、どうしようかと思った。

 

僕はジョセフ・ジョースターという人を知らない。僕はため息をついた。空条さんは調査結果が届き次第、すぐに連絡を入れるからと名刺を渡したので、それを財布の中に厳重に保管するしかないだろう。DNA鑑定なり、詳細調査なりすればすべてが明らかになる。

 

僕の後天的な金髪と癖の強い髪質は突然変異で生まれたものだ。先天性の髪の色は黒だったし、髪質は仗助や空条さんたちと似通っていたことを知っているのは僕だけだ。それが何を意味するのか、僕は未だに知らない。

 

今の仗助に告げられるほど僕は意地の悪い性質はしてないから黙っていた。そんな僕の隣で仗助はどうやってしらを切ろうか悩んでいる。僕と遊ぶ約束をして帰るのは遅いと自己申告したから、遅い時間の帰宅は大丈夫だけど、どうやって帰ろうと悩んでいる。

 

普通に考えたらもうすぐやってくる彼の車に、ついでに乗せて帰ってもらうのがいいと思うんだけど、仗助の反応は鈍い。どうやら今日はひとりになりたい気分のようだ。ナーバスから復活したらまた長電話をかけてくるだろうからほっとくことにする。

 

 

 

エントランスに彼の車が到着する。僕は空条さんと仗助にまた明日と告げて車に乗り込んだ。助手席の窓を開けようとボタンを探った彼だったが、仗助がいいっすよ、と手を振ったので、その手をハンドルに持ち替えた。ルームミラーで僕を窺うので、僕も頷いた。行きましょうって笑うと、うなずいた彼はウインカーを出して車を発進させる。

 

 

「おかえり、初流乃君。ずいぶんとかかったね」

 

「仗助だけじゃぁ納まりが付かなくて、気付いたらこんな時間になってたんです。遅くなってしまってすいません」

 

「と、いうと?」

 

「世間は狭いですね。空条さんは僕の父親のことを知っているっていうんだから」

 

「ほんとうなのかい?」

 

「ええ、驚きました。詳しくは話してくれませんでしたが、ディオ・ブランドーが実在の人で、あの人の空想じゃないとわかっただけで十分です。やっと実感がわいてきました。僕をみるとデッサンやクロッキーを思い出すといわれるのはもううんざりなんだ。どうも突然空から降ってきた存在のように思えていけない。いろいろ調べたいから手伝ってくれと言われたんで、わかりましたっていう話をしてたんですよ」

 

「そうか、なるほど。初流乃君がいいなら私は何も言わないがね、そういう大事な話は施設の方にも通しておくことをお勧めするよ。ところで、仗助君はよかったのかい?」

 

「ええ、いいんです。仗助は乗せられない。だって僕たちはこれからホテルに泊まるんだから」

 

 

頬杖をついて、対向車のライトが前方から後方に流れていくのを見つめながら、僕はいう。神経を研ぎ澄ませて、精神を集中させる。スタンドを呼び出すまでもない。僕が生み出した生命は、まだサンマート近くの方角にとどまり続けているのがわかる。

 

やはり具体的な行動に移すのは朝なのだろうか、はじめてくる土地を深夜に歩き回るのは指名手配犯である死刑囚にはハードルが高すぎる。でもコンビニ強盗の時のようにスタンドによって操作された人間と視界を共有できるのなら、話は別だろうか。

 

とりあえず、注視する必要があるのは変わらない。彼の目が大きくなるのが、鏡になっている窓ガラスごしにうかがえる。彼のハンドルを握る手が白んだ。

 

 

「アンジェロに会ったのかい?」

 

「財布から学生証を見られたんです。ぶどうヶ丘学園に転校したことも、あなたのところにお世話になってることもばれました。施設には戻れない。学校はいけない。官舎にはいけない。どこにも帰れないじゃあないですか」

 

 

彼は少しだけ嬉しそうに笑った。

 

 

「空条さんのところにお世話にならないで、私に連絡してくれたということは、それなりに信頼してくれてるというわけだ。そのまま行方不明になるつもりだったころに比べたら、ずいぶんと歩み寄ってくれたじゃあないか」

 

「そうですか?」

 

「ああ、少なくとも私はそう思うよ」

 

 

アクセルを踏むスピードが速くなる。信号が黄色になったので、強引に横断歩道をつっきったのである。警察官なのにずいぶんと乱暴な運転をする男だと思う。いつだって気分がドライブの乗り心地を左右するのはいかがなものか。だから奥さんに実家に逃げられて離婚の紙を郵送されてくるんだと思いながら、僕はどんどん遠ざかるモズの気配に意識を集中させていた。

 

かすれていく生命の気配。つかえばつかうほど射程が伸びていく生命探知のレーダーでも、さすがにどんどん距離が離されると把握が難しくなっていく。ホテルは彼にまかせた以上、とやかくいうことはできない。明日から学校を無断欠席する理由を説明しないといけないなと思った。

 

でも、彼の苗字を使うことと名前の読み方を僕の通称であるジョルノにすることを許可してくれた学園側にはそのまま真相を伝えた方がよさそうだ。とりとめない話が浮かんでは消えていく。彼はビジネスホテルの名前を告げて、車を走らせる。

 

 

「そういえば、仗助君はタクシーで帰るのかい?」

 

「いえ、東方巡査たちが迎えにくるとおもいますよ」

 

 

しれっと答えた僕に、なんだって?、と彼は声を上げた。彼は東方巡査と付き合いがあるため、僕たちが知らない話をたくさん聞いているのだろう。東方家の事情に内通している分、僕が口走った事実がとんでもないことにすぐ気付く。冗談だろう?と彼は聞く。僕は首を振った。

 

 

「帰れないんじゃないか?仗助君」

 

「ええ、朋子さんが突撃したら、東方巡査が夜勤明けに帰ってくるまで、社王グランドホテルに缶詰めでしょうね」

 

 

彼は絶句しているようだ。

 

 

「仗助もアンジェロに学生証を見られているんです。ぶどうヶ丘学園の高等部に通っていることも、住んでいる場所も、家族の連絡先もばれたのは同じなんだ。5年前は新米警官だったあなたの名前があってもアンジェロは警察だとすぐには気付かない。でも東方巡査はアンジェロの初犯を現行犯逮捕した実績がある上に、最後の事件にも大きく関わってるんです。東方家の修羅場なんてしったこっちゃないですよ」

 

 

僕は彼がどこにいるのかわからない、という名目のもと、所轄の直通電話や官舎にある自宅の電話、よく利用している店、と電話を重ねた。今日ここにきたばかりの空条さんは電話番号を並べられてもどこがどこだかわからない。

 

見覚えがある仗助は目の前に迫る危機に頭がいっぱいで、フレンドリーファイアする気満々の僕の行動に全く気付いていなかった。そのうち一つにヒットしたのが今日夜勤だという東方巡査の勤めている交番だ。

 

ジョウサダの息子さんと会ったから、サインを貰えないか粘ったけどダメだったと社王グランドホテルに突撃した野次馬の世間話をしただけだ。嘘はひとつもついてない。でも東方巡査は生意気な坊主めと笑ってた。やっぱり朋子さんが可愛いんだろう。

 

ジョースター家の親戚筋のことはすでに調べ上げているようだった。あとは想像にお任せするというやつだ。

 

 

 

仗助も空条さんも、僕がどこにいるのかなんて、星の痣で把握できるのだ。二人を撒いて、アンジェロから話を聞くにはこれしか方法がないんだから仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕たちはビジネスホテルをチェックアウトした後、まだKEEP OUTが張り巡らされているサンマートのある通りに車を付けた。タクシー運転手だったというコンビニ強盗が止めていた車は既に移動していて、その付近に付けることができた。

 

逃走経路に路上駐車するにはずいぶんと人目の付きやすいところという印象だ。いくらスタンドで遠隔操作するから、本体は捕まらない自信があるとはいえ、アンジェロにしてはずいぶんと軽率な判断だと思う。もしコンビニ強盗がそのまま逮捕されてパトカーに押し込まれでもしたら、コンビニ強盗の中にあるスタンドと本体はどんどん距離が離れてしまう。

 

空条さんがいうにはスタンドには必ず射程範囲があるとのことだから、その範囲を超えたらスタンドを回収する手段はなくなってしまうのだ。仗助が気付いたにも関わらず、襲い掛かってこなかった、逃げの一手を選択した時点でスタンドの持つ力は皆無、僕のスタンドより攻撃力はないと思われる。

 

つまり人体を内側から破壊する威力はあっても、パトカーを破壊して脱出する手段はない。あの死刑囚が最悪の事態を想定していないとは考えられなかった。もしかして、アンジェロはスタンドの射程範囲のルールを知らないんだろうか。

 

遠隔操作できるスタンド使いは本体が無防備なのが定石だと空条さんは言っていたから、潜伏先に慎重になるのは当然だ。どこに潜んでいるのかわからないから気を引き締めていかないと。少なくてもこの辺りには既にいないことは確定しているので、それだけは安心だった。

 

ぱたんと後方座席のドアを閉めた僕は、行こうか、と手招きする彼についてく。報道陣が黄色いテープぎりぎりに陣取って、物々しい雰囲気で現場検証をしている警察関係者にフラッシュをたいている。野次馬の人だかりをよけて、僕たちは向かいのビジネスホテルに向かった。

 

 

真正面がコンビニ強盗になったことで、報道陣の特需に恵まれている受付嬢やスタッフは忙しそうだ。取材を求められて対応に追われているのか、忙しなく社員証を付けた人間があちこち走り回っている。

 

それでも、宿泊客を送り出した受付嬢は、彼が懐から取り出した警察手帳をみるやいなや真っ先に応対してくれた。事件当日の証言を求められると思いきや、現行犯逮捕をされている人間について聞き込み調査をされるとは思わなかったらしく、え?という顔をした受付嬢だったが、傍らにいた年配の女性が僕に気付いて驚いた。

 

どうやら僕と仗助がコンビニから警察に保護されるのを野次馬がてらみていた人だかりの中に紛れ込んでいたらしい。僕の証言の裏付けのためだと勘違いした彼女たちは、彼に言われて事件当日の宿泊者名簿を見せてくれた。

 

案の定、そこには代表者としてタクシー運転手であるコンビニ強盗の名前がある。記入された同行人は住所、名前、電話番号にいたるまですべてでっち上げなのは彼にとって想定範囲だったらしい。個人タクシーを営んでいる地元民の男がビジネスホテルに泊まるなんてありえない行動だ。

 

差し出されたコンビニ強盗と逃走中の死刑囚の写真を2枚並べられた彼女たちは、スタッフルームから出てきた支配人に話をしに行く。しばらくして、事件当日にシフトで受け付けをしていた女性が支配人と一緒にやって来た。写真の確認を促された彼女は、目を丸くして間違いないと大きく頷くのだ。

 

同行人はすでにチェックアウトを済ませてホテルを後にしている。宿泊客が既に入ってしまったのでさすがに入ることは出来ないが、部屋番号からしてコンビニ強盗に襲撃されたサンマートを見下ろせる部屋であることがわかる。知らないうちにコンビニ強盗の共犯者を泊めていたことにホテルの関係者たちの顔色はどんどん悪くなっていく。

 

彼は淡々とした様子でホテル入口に設置された監視カメラの開示を請求するのだ。もちろん、音声のない白黒画像の向こう側で、変装しているとはいえ、片桐安十郎と思しき男とコンビニ強盗の男が共にチェックインする様子が映っていた。そのテープを回収した彼は、慎重に透明な袋にいれる。

 

そして、どこかに電話しているようだった。しばらくすると、サンマートからいかつい体格をした刑事がやって来る。官舎で何度か挨拶をしたことがある男だ。どうやらコンビニ強盗の担当をしているようだ。学校もいけねえとは大変だなあ、坊主、と同情めいた眼差しとともに、まあ心配スンナや、とばんばん背中を叩かれる。

 

僕は咳き込んだ。初流乃君のおかげで片桐の行方がつかめそうだ、と彼はテープを渡し、スタッフから聴取したメモを男に渡した。目を通した男はうぇという顔をした。どうやら共同捜査になることを予感したらしい。彼とこの男は相性が悪い。ちなみに僕はモズが寄生木にしていた場所からこのホテルを割り出して、アンジェロと会ったとでっち上げただけである。

 

 

「これで管轄外の人間が何をしているんだとどやされることもない。アンジェロの犯行に共犯者がいることを証明できる物的証拠が入手できたわけだ。感謝するよ」

 

 

彼はありがとうと笑う。

 

 

「できればここで待っていてほしいところなんだがなあ」

 

「そんなのゴメンですよ。あなたが僕をおいていくのなら、僕はタクシーを使うだけだ」

 

「わかったよ。ただし、絶対に車から出るなよ」

 

「ええ、あなたもね」

 

 

彼は肩をすくめた。けたけたと彼の同僚は笑っている。お呼びがかかったのかすぐに事件現場に戻ってしまった。無理スンナよ、坊主、とわしゃわしゃされたせいでぐちゃぐちゃになってしまった前髪に、恨めし気なまなざしを向けると不敵な笑みを返されてしまった。

 

ビジネスホテルに髪形をセットできる道具などあるわけもなく、コンビニで買った安い整髪料で誤魔化してもちょっと気を抜くと癖のある髪は飛び跳ねてしまう。うまいことまとめるのに苦労した労力を無駄にした気分だ。

 

崩れたセットは治らない。やっとまとまった巻き毛が不細工になっている。気に入らない。はあ、とため息をついた僕は、ため息をつきたいのは私の方だと小突かれながら、車に戻った。

 

 

僕たちは片桐安十郎を乗せたというタクシー運転手が在籍している運営会社に連絡を入れ、その男が幸い無事だと知らされて、安堵する。どうやらコンビニ強盗一色のニュース番組は逃走後一切足取りが分からない死刑囚のことはすっかり風前の灯。

 

カーラジオが主な情報入手源であるタクシー運転手は片桐だとは思わなかったようだ。故郷に帰ってきた脱サラ組のような顔をして、みょうにきょろきょろとしながら色々と聞いてきたという片桐は、久しぶりの友人たちを訪ね歩く人のように、いろんなところを頼んだらしい。

 

その人が降ろしたという場所を聞いた僕たちは顔を見合わせた。まずは母校だというぶどうヶ丘学園高等部。ぶどうヶ丘学園はミッション系でもあるから、宗教的な繋がりで神父と親しかったという児童養護施設近くの教会。

 

その教会に向かうために指定したルートは僕のかつての通学路だ。次は中学時代に通っていた公立の中学校。そして、僕がお世話になっている官舎を横切り、定禅寺通りで降りたらしい。古くからの知りあいがいるという片桐は、古くからの商店が並ぶ商店街からちょっとはずれた道に進んでいったとのこと。

 

定禅寺通りは仗助の家があるはずだ。彼ははやる気持ちを抑えて、無線機を手にとった。刑事ドラマで訊いたことがある常套句が交わされる。最前線で見せられると彼が現職の警官であることを改めて感じた。しばらくして、彼は車を発進させる。彼が調査から導き出した片桐の所在を確認した捜査本部は、応援を寄越してくれるようだ。個人的な会話を意図して彼は通信をきった。

 

 

「君と仗助君の通学時間帯を狙ったようだが、当てが外れて別の作戦に移ったようだね」

 

「なんだって仗助に狙いを定めたんですかね」

 

「君が私たちに警護されているのは察したようだ。それにあの男は普通の幸せを感じている人間をみると、いい気になっていると感じて踏みつけたくなる衝動に駆られるような男なんだ。ちょっと特殊な事情があるとはいえ、東方家は普通の家庭だし、仗助君はごく普通の高校生だ。朋子さんも東方巡査にも愛されて育った子だ。それをみて虫唾が走ったんだろうさ。誰かに君を誘拐するよう金を積まれたとしても、そっちを優先するような男だ。片桐安十郎という人間はね」

 

 

通信のスイッチを入れた彼は、個人的に×××の一家心中事件にも片桐の匂いを感じているためか、言葉のはしばしが刺々しいように思う。なんで通信をきった、先走るなよと彼の上司と思しき男の声がする。上辺だけの言葉が通り過ぎていく。

 

呆れたように上司はため息をついた。とんだ似た者同士だよ君らはと不名誉な言葉を賜った僕は、なんだって一緒くたにするんです、と身を乗り出して抗議した。そうですよ、と彼は不満げに言った。唯一の救いは東方家は全く別次元の修羅場に巻き込まれていて、自宅は今の所もぬけの殻であるということだろうか。

 

とんだ肩すかしもいい所だろう。もちろん当人たちにとっては15年越しの修羅場が現在進行形で起こっているわけだから、抗議されそうな話だが。事情が事情なだけに今回は東方巡査は意図的に捜査員から外されているようなので、今頃夜勤明けで社王グランドホテルに殴り込みをかけている所だろう。

 

血を見なければいいのだが。今度仗助と空条さんに会うのを想像するのは、脳内が審議を最大に拒否をしているため、棚上げ状態なのだが結果的にはこれがよかったのだと押し切るしかないだろうなと僕は思った。

 

 

「シートベルトを締めてくれ、初流乃君。舌を噛みたくないのなら」

 

 

僕は大人しく後部座席のシートベルトを伸ばした。そして、少しだけ窓を開けて、どんどん速度を増していく対向車を眺めながら、静かに目を閉じた。僕のスタンド自体は空条さんや仗助と同じ、近距離タイプの非常に強力なパワー型に分類される。

 

だから攻撃自体の射程範囲は2メートルがいいところだ。しかし、僕のスタンドによって生み出された生命はその限りではない。僕自身がその存在を感知できる範囲は最大半径5キロメートルが今のところ限界だけれど、僕のスタンドから離れたところでその生命は死なない。

 

もとにはもどらない。僕がその生命に死を命じなければ、基本的にその生命は擬似した種族と同じ人生を歩むことになる。仗助の能力で強制解除されるという相性最悪な展開はともかく、僕の予想するところでは片桐のスタンドはその種類のスタンドではない。

 

だから延々と追尾し続ける擬似生命は、渡り鳥のように片桐を近くで見つめていることだろう。星の疼きはない。社王グランドホテルから程遠い。まだ彼らは動けないようだ。僕にできるのは、すっかり片桐の身体の一部になってしまったKの骨は片桐を追い続けるという事実を確認することだけだ。

 

なんで遺体が片桐を追っかけるんだよ、おめーの生み出せる生き物はその恨みつらみを記憶してるわけじゃあねーんだろう?といった仗助の言葉を思い出す。そんなオカルトチックなものじゃあない。もっとシンプルだ。

 

仗助の想像以上に片桐安十郎という男はサイコパスな男だったというだけだ。僕らのやり取りを聞いていた空条さんが、喰ったのか、とぼそりと呟いたときの歪ませた顔をありありと思い出せる。便所のネズミもげろを吐くようなどす黒い気分になるぜ、と学生帽のつばを掴んで吐き捨てた空条さんは怒っていた気がする。

 

言葉を失った仗助はうっそだろぉ?と僕を見て、だからいいたかなかったし、巻き込みたくなかったんだ、とぼやいたら、そう言う意味じゃあねーぞ!と怒られたのはご愛嬌だ。おめーはKと同い年じゃあねーか、下手したらおめー、アンジェロの餌食になってたかもなんだぞ、わかってんのかよ?と言われた。

 

空条さんが世界で一番やさしい能力と称するだけはある。何を今さら、と笑いたくなってしまったのは内緒だ。僕は頭を振った。集中しないといけない。少しずつではあるが生命探知のレーダーに微弱ではあるが反応があったのだ。

 

 

「どうしたんだい?」

 

「今、どの辺りです?」

 

「もうすぐ定禅寺通りだ」

 

 

僕は目を開けた。突然何かを追い払うようにかぶりを振った僕を心配そうに、ルームミラー越しに見ていた彼だったが、僕が窓を全開にするのを見て、気分が悪くなったと思ったらしい。少しだけ速度を落としてくれた。

 

 

社の都、社王町を象徴するケヤキの並木道が広がっている。中央分離帯にも両脇の遊歩道も整備され、設置されている3列の並木道は、閑静な住宅街と相まってとてもきれいな光景だ。道路標識や信号機が葉で隠れないように、わざわざ下を向く枝は刈り取られ、天井の高い緑のアーケードを潜り抜ける気分になる。

 

多少の雨でも濡れないのがいい。時折見かけるビルや商店はガラスを使った外観をしているためか、ケヤキの並木道や太陽の木漏れ日を映して実際の道以上に広く感じた。遊歩道には、時々有名作家の彫刻が設置され、噴水があるのがわかる。ケヤキを囲む柵はすべてパイプベンチになっていた。

 

 

イチョウの並木道が姿を現したころである。もうそろそろ仗助の家につくだろうというところで、僕たちは水の柱を目撃した。大きく立ち上がる水の柱。どうやら花壇の水やりに設置されている水道に設置されているホースが上を向き、大きく裂けてしまったことで破裂寸前の洪水になっているようだ。

 

モズはまだ遠い。距離的に考えてもスタンドの限界範囲を超えている。もう片桐はもっと先にいるだろう。でも、僕たちはそこを横切ることは出来なかった。染み入る水が白い遊歩道を通り抜け、やがて僕たちの通っている道路にまで流れ出している。

 

もしものことがあったら困るとスタンドを出現させていた僕は、思わず息を飲んだ。その水は真っ赤に染まっていたのである。彼の車が急停車した。ランプを点灯させ、動く意思がないことを明示した彼はあわてて車から遊歩道に向かう。僕もあわてて後を追った。

 

水に薄められた絵の具のようにすじを見せていた赤がどんどんその面積を広げていく。やがて、僕たちは出しっぱなしの水の先で、ぐったりと倒れている中年の男を発見した。近付こうとした僕を彼が止める。首を振った彼は、事件現場を荒らさないようにと事務的な言葉で制した。

 

僕はスタンドを展開したまま、辺りを見渡した。アンジェロはいない。ほんの数十メートル先では、中年の男が死んでいた。鼻を食いちぎられたブルドックが、だくだくと真っ赤な血を流しながら死んでいて、そのすぐ横で両耳から大量に出血をしている男がいるのだ。異様な光景だった。

 

ひしゃげた眼鏡には黒い点がこびり付いている。ありとあらゆるところから出血している男。僕の脳裏に×××の父親が過った。まったく同じだ。彼は携帯を取り出してどこかに連絡している。こうなるとどこにも行けない。現場を引き継ぐ人間が現れるまで、彼と共にいなければいけないだろう。

 

もどかしい気持ちで僕は空を見上げた。ようやく近付いたモズの気配が遠ざかっていく。スタンドの気配まで探知できないのは残念だが、空条さんの見立てでは200メートル範囲にスタンドはいるはずらしい。少なくても今ここで彼が襲われる可能性はないわけだ。少々来るのが遅かったようだが。

 

 

「これで7人目だ。アンジェロの仕業だと立証できないのがもどかしいな」

 

 

はあ、と彼はため息をついた。そういう意味では、養父が片桐によって殺害されたのは唯一の立証事件だから、唯一養父が世間にとって役に立った瞬間なのだろうか、と僕は思った。僕の考えていることに気付いたのか、そんなこと考えるもんじゃあない、と彼が咎める。僕はうなずいた。

 

 

「しばらく長くなるよ。初流乃君は車で待っていてくれないか」

 

「わかりました」

 

 

放り投げられたキーを受け取る。彼の無断駐車している車がレッカー移動されないように、事情を説明する役を買って出るべく、僕は引き返す。気付けば手の平に汗をかいているようだ。乱暴にぬぐった僕は車に引き返す。ちらほらと通行人が異様な雰囲気に気付いて近付いてくるのが見える。

 

余計なことに巻き込まれないようにしようと足早に僕は車に向かって歩いた。どこか遠くでぶどうヶ丘学園の授業を開始する予鈴が鳴り響く音がする。日常が遠い。時間帯が時間帯だからか、ブランチに向かう小さい子供連れの母親か専業主婦か、のんびり散歩をしている老人、私服の人はバイトかパートか非常勤か。そんな感じの顔ぶればかりだ。

 

目を合わさないように遊歩道を歩いた僕は、ようやくたどり着いた車に乗り込もうとして、彼からもらった鍵を探った僕は、近くに座っていた若い少年に声を掛けられた。

 

 

「あんた、ぶどうヶ丘中等部だろ?学校は休みか?」

 

 

僕は舌打ちした。相手も学ランを着ていたからだ。校章からして仗助と同じ高等部の人間だろうけど。明らかに不良の風貌だ。因縁を付けられてはかなわない。こんなときに。僕は無視した。少年はさもあらんと肩をすくめる。

 

 

「オレは待ってたんだぜ、この時を。この瞬間を。ディオ・ブランドーの置き土産に会えるのをなあ、汐華初流乃、てめえをな!」

 

 

気付いた時には遅かった。スタンドを呼び出そうとした矢先、ざく、という音がした。ぎょっとして振り返ると少年は矢のようなもので僕のスタンドを刺していた。スタンドの痛覚が僕に逆流する。

 

すぐ背後で何かが盛大に爆発する音がして、僕の何かがはじけ飛ぶ。スタンドが暴走したような感覚に陥った僕は、鍵を落っことす。少年はそれを拾い上げる。僕はそのまま気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ赤なサイレンを回転させながら真っ白な車体が社王グランドホテルにやって来たのは、すっかり夜も更けて空が白み始めた明け方のことだ。くあ、と欠伸をかみ殺してまぶたをこすっていたオレは、救急隊員の人たちに運ばれていくお袋の付き添いで救急車に乗り込もうとしたところを爺ちゃんに止められた。

 

なんでここにいるんだよ、爺ちゃん!?と大声を上げたオレに、そりゃこっちの台詞だ、大馬鹿と今にもきれそうな顔をしていいやがる。腕を掴まれてひねられて、いでででで、と悲鳴を上げたオレは、爺ちゃんに屈むよう無言の圧力をかけられて、そのまま視線を落とした。

 

 

「一体全体どーいうつもりだ、仗助。なんだって自分の母親にそのけったいな力を使いやがった」

 

 

さあ吐け、今すぐ吐きやがれ、馬鹿野郎、とつかんでいる腕がみしみし悲鳴を上げるもんだから、オレは顔をゆがめた。やっぱりばれちまったようだ。爺ちゃんはスタンドが見えない一般人だけど、30年以上の警察官としてのキャリアがある分、刑事の勘は半端ねえ。

 

だから嘘をつくのが得意なオレでも爺ちゃんの前でだけは隠し事は昔から苦手だった。父親代わりだったっつーこともあるし、男っつーのはこういうもんだと学んできた象徴でもあるから、どうしても甘くなっちまうんだ。

 

ましてや、スタンドっつーもんがイマイチよくわかってなかったころに、壊れちまったモンを片っ端から直しては爺ちゃんにすっげーだろ!とわざわざ見せに行ってたこともあるくらい、その力に対して無頓着だった時期もある。不思議な力に目覚めた、特別な人間だって舞い上がってた時期もあるし、調子に乗っていろいろとやらかしちまったこともある。

 

爺ちゃんがいなかったら補導歴がどうなってたかなんて考えたくもない。そういうわけで、爺ちゃんはスタンドは一切みえないけど、オレの力についてはある程度把握してるところがあった。オレがスタンドの力を使う基準を教えてくれたのは、或る意味爺ちゃんといっても過言じゃあないわけだ。

 

でも、何で分かったのかさっぱり分からないオレは、何のことだか、としらばっくれた。爺ちゃんは全てお見通しとでも言いたげな顔で笑いやがった。

 

 

「コンビニ強盗にも包丁と猟銃埋め込んだのはてめぇだろう。派手に暴れやがって。鑑識が見せてくれた写真にあるコンビニ強盗の腹はみょーに抉れてるじゃあねえか。調べてみたら、肉んとこ、骨んとこ、臓器、へんな感じで捻じ曲がってやがる。まるで穴が開いたところを、無理やり塞いだみたいに繋がってやがる。結んでみたら抉り込んだ拳の形がまんま残っちまってんだよ。もしかしてと思って、こっそり調べたらコンビニ強盗の身体からおめーの指紋が出てきやがる。しかも手の形状が完全に一致しちまいやがった。誤魔化すの大変だったんだぞ。なんだって素手で殴りやがったんだ、その変な力でやっちまえばなんも残らねえってのに。もっと慎重にやりやがれってんだ。そんな矢先に朋子の腹んとこに、まあた似たような形状のへこみがあるじゃあねえか。無関係って考えるほどオレは無能じゃあないんだよ」

 

 

オレは白旗を上げるしかなかった。壊れたものや怪我した生き物を元通りに直す、治す力は、今のところ自動的に発動するもんだから、オレがそれを操作することはできねえ。承太郎さんによれば、スタンドが成長すりゃそのうち治すかどうか選べるようになるらしいけど、今のオレにはまだ無理だ。

 

オレの力ってのは、元に戻すんじゃなくて治す力だ。だから無くなっちまったもんを元に戻すことはできねえし、あるもんだけで治すことになる。他の部分が自動的に引き寄せられて、元の形状に戻ろうとする。ひきのばされて、壊れたところが塞がる。

 

でも、さすがに完璧に元通りってわけにはいかないもんだ。たくさんのパーツがある人間の身体となると、細胞を一つ一つ治すなんてまどろっこしいこと出来る訳がないから、それこそもとに戻る確率なんてゼロに近い。まあこんな感じだろって感覚で治された人間はたまったもんじゃあないはずだ。

 

筋肉の形状、骨の位置、臓器の状態、何かしらのゆがみは残っちまう。逆をいえばそれだけだ。死んでさえなけりゃ、死なないように治してやれる。どんな感じに治っちまうのかまでは保証しないけどな。専門的な治療ってやつは医者に任せればいいんだよ、オレァお医者様じゃあねえんだからな。

 

 

オレは白状することにした。

 

 

「でもよぉ、仕方ねえだろー?アンジェロがお袋を人質にとりやがったんだ。何とかしてひきずりださねえと、お袋が死んじまうところだったんだよ」

 

「あんの野郎、爆弾でも埋め込みやがったのか」

 

「もっとタチ悪いやつだっての」

 

「で、そいつはどこにあんだ、仗助」

 

「え?あ、あー……っと、その、あれだ。専門家んとこに」

 

「ほーお、警察以上の専門家がいるんか、ぜひとも会わせてくれや、仗助」

 

「だっから、爺ちゃんは見えねえんだろーが。あぶねえからやめろ」

 

 

なるほど、そういうことか、と爺ちゃんは舌打ちをした。道理で片桐安十郎の捜査が難航するわけだ、と苦々しげに空を見上げている。どうも常識では説明することができない力の存在を感じることがあったみたいで、大げさにため息をついた爺ちゃんはじとりとオレを見上げた。

 

 

「話はあとでゆっくり聞かせてもらうからな、仗助。空条承太郎っつー人ともじっくり話をしなきゃいけないからな、今度家に連れてこい」

 

 

まじかよぉ、と心の中で絶叫したオレに、にやにやと爺ちゃんは笑っている。逃げるなよ?、とささやく目は全く笑っていなかった。嫌な汗が伝う。ようやく腕を放してくれた爺ちゃんは、お袋が乗せられた救急車に付き添いとして乗り込むと、そのまま救急車に運ばれていった。

 

あー、くそ、無駄に疲れたぞ、おい、と安堵のため息をついてその場に座り込んだオレは、しばらくして高そうな革靴がこっちに向かってやって来たのを確認した。さっきまで国際電話で異国語を話していた承太郎さんは、難しい顔をして遠ざかっていく救急車を見つめていた。

 

 

「帰っちまったのか?」

 

「お袋が救急車にのっちまったんで、付き添いっすね。今度家に呼んで来いっつわれましたんで、とりあえず、あれっすね。この件が片付いたら案内するっすよ」

 

「ああ、そうしてくれると助かる。こっちも覚悟は出来てるからな」

 

「……治しましょうか?」

 

「甘んじてうける。それがけじめってやつだ」

 

 

やれやれだぜ、と承太郎さんはぼやいた。どこまで話した?と聞かれたオレは首を振った。ほんのさわりだけっすよ、と告げると、それもそうかと承太郎さんは言った。いえるわけがない。

 

 

承太郎さんが手配したタクシーを待っていたら、いきなりフロントから連絡が入って、東方朋子様がお待ちです、なんて呼び出しをくらったこと。まさかと思っていってみたらホントにお袋が立っていて、さすがにフロントでさわぎになったらヤバいと承太郎さんの部屋に戻ったら、ショルダーバックに仕舞われていた包丁でぶっ殺されそうになったなんていえるわけがない。

 

多分、どこかでアンジェロのスタンドに意識を乗っ取られたお袋は、そのままスケープ・ゴートとしてここまでアンジェロを案内する役を強いられちまったわけだ。その瞬間、高級ホテルの一室は戦場と化した。お役御免になったらお袋が死ぬ。

 

×××の父親が脳裏をよぎったオレは、頭の中が真っ白になって無我夢中でお袋の中にいるアンジェロのスタンドを引きずり出したってわけだ。今思えば腹を殴って気絶させ、オレのスタンドをお袋の頭めがけて貫通させるなんてとんでもない芸当をよくぞまあできたと思う。

 

躊躇なんてなかった。している暇がなかった。アンジェロがスタンドで人間を操っている間は、その人間の感覚を共有していることはコンビニ強盗との戦闘で分かっていたから、思ったわけだよ。アンジェロのスタンドは頭にいるってな。

 

気付いたら今までになく精密動作でやってのけていた摘出手術は、やればできるじゃねえか、とすっかりゆがんでしまったロゴの帽子を指差して薄く笑う承太郎さんを見て、成功だとわかった。

 

 

ルームサービスに頼んでいた酒のボトルはカラになっていて、そこに押し込めようとした時、オレのスタンドに捕獲されていたはずのアンジェロのスタンドが消えた時にはマジでどうなるかと思ったぜ。まさか液体だけじゃなく、気体になることができるなんて思わなかった。

 

ルームサービスで用意していたコーヒーの湯気にまぎれて天井に逃げ込んだあいつは、あろうことかスプリンクラーを発動させて、すべての部屋を水浸しにしやがった。それからはあいつの独壇場だった。加湿器があたりを覆い尽くす。

 

ライフラインの街中で威力を発揮するタイプのスタンドだと悟った時の恐怖はもう二度と味わいたくないもんだ。逃げようにも気絶してるお袋を庇いながら、ドアを開けたら、連動式のスプリンクラーは廊下や階段にも浸水の被害をもたらしていて、悲鳴を上げて出てくる泊り客に被害が出るとなれば迂闊に動けなくなった。

 

唯一勝ってるスピードとパワーでこっちの身体を乗っ取ろうとしてくるスタンドを返り討ちにして、ひたすらモグラ退治を強いられたわけだ。承太郎さんが液体と同化するタイプのスタンドと戦闘した経験がなかったら、きっと全滅していたに違いない。

 

基本的に姿を目視できないタイプのスタンドは、同化している対象に不純物が混じってしまうと見えるようになるっていう言葉がなかったら、きっと負けていた。まさかアンジェロも部屋中に消火器をぶちまけられるとは思わなかったに違いない。

 

アンジェロのスタンドが感覚共有型だったこともプラスになったと思うんだよ。蓄積してたダメージに加えて、火を消すためにぶちまけられた白い粉によって同化できる液体が粘土化して身動きが鈍くなった瞬間に、そのどろどろの塊のままビンの中に捕まえられたんだからな。

 

 

あいかわらず承太郎さんのスタンドの力はよく分からないけど、瞬間移動してた。目視できないスピードだった。すっげえ、としかいえねえ。窒息死しそうな位真っ白な石灰と一緒に密封されたビン。思いっきり振ってやると気分が悪くなったのか、げえげえしていたけど、石灰が器官に入って窒息しそうになったのか苦しそうに呻いていた。

 

ちなみにそいつは今、承太郎さんの研究資料と一緒に密封したトランクの中に転がっている。飛び込んできたスタッフの真っ青な顔はちょっと申し訳なくなっちまった。申し訳ございません!となにからなにまで用意してくれたスタッフによって、承太郎さんが借りるはずだった部屋はランクが上がって宿泊予定の料金のままという破格の設定になったらしい。

 

スプリンクラーと消火器の誤作動による大惨事だもんな、きっとトップニュースはこれだろう。そういうわけで、きっと何も覚えていないお袋は救急車に運ばれたというわけだ。

 

 

「じゃあ、行きますか、承太郎さん」

 

「ああ、そうだな。アンジェロが窒息死しないうちに話を聞きださねえといけねえ」

 

 

思い込みってのは怖い。目隠しされて、スポイトで滴らせた水を血だと聞かせると、出血多量で死ぬと勘違いした本人が死んでしまうこともあるくらい、思い込みの力っていうのは恐ろしいもんだ。

 

スタンドと感覚が共有しているアンジェロにはいまんとこ、似たような状態が迫っているわけだからなあ、おっそろしいもんだぜ。スタッフが手配したタクシーに乗り込んで、オレたちは半径200メートルから承太郎さんの部屋を覗くことができる高層ビルの建物をしらみつぶしに当たることにしたのだった。

 

感謝して欲しいくらいだよな。もしここにジョルノがいたら、きっとおめー、なんの躊躇もなくぶっ殺されてたとおもうぞ、アンジェロ。案外、理性よりも先に体が動くタイプだと思うんだよ、あいつってさ。白み始めた夜明け前の社王町をオレたちは進んでいった。

 

アンジェロがいそうなところでタクシーを止めては、目印になるはずのジョルノのモズを捜した。餌付けしてある野鳥みたいに、姿を見つけると寄ってくるくらいには懐かれてたから、しばらくたっても来なかったらいないってことだ。たまに死んだカエルとかが枝に挟まっているのを見かけたから、いるっちゃーいるんだろうけどなあ。どこにいるんだか。

 

 

「あの野郎」

 

 

さっきから難しい顔をしてファックスから送られてきた英文を流し読みしている承太郎さんは、ちょっと不機嫌になりながら舌打ちをした。え?と反応したオレに、あ?と顔を上げた承太郎さんは、ああ、独り言だと明るくなり始めた社王町に目をむけた。

 

ちょっと怖かったのは内緒だ。手間取らせやがって、とイラつきながら承太郎さんはためいきをついた。さすがに気になって、どうしたんすか?と聞いてみると、承太郎さんは静かに言った。

 

 

「×××ジョルノ、と名乗ってるようだが、どうやら本名は汐華初流乃というらしいぜ」

 

「しおばなはるの?え、ジョルノがっすか」

 

「ああ、×××は保護者の苗字を名乗っているんだろう。ジョルノは通称か?アンジェロから身を隠すためとはいえ、なんだって隠すんだ」

 

「まじっすか、おもいっくそ日本人じゃあないですか」

 

「生まれはエジプト、育ちは日本。今まで一度も外国にいったことがない日本人だな」

 

「まじかよ、おい。ウエンツかよ、てめー」

 

「あの時、汐華と名乗っていれば調査する必要もなかったんだがな、とんだ無駄足を踏んじまったらしい。どうやらおれはずいぶんと警戒されちまったようだな。まあ、無理もねえが」

 

 

承太郎さんは目を細めて資料を見つめた。

 

 

「まさか日本にいるとは思わなかったぜ。11年探しても見つからねえと思ったら、まさか死んでるとはな」

 

「ジョルノのおふくろさんのことも知ってるんすか?」

 

「ああ。汐華という日本人の女がジョルノの母親なら話は別だ」

 

 

うなずいた承太郎さんは、資料を膝に置いた。その口ぶりからして、期待できるような人間じゃあなかったんだろうことだけは把握したオレは、いたたまれない気分になった。

 

 

「汐華初流乃はディオ・ブランドーの子供だ。もっとも、遺伝子上の父親はジョナサン・ジョースター、ジョセフ・ジョースターの祖父にあたる、とっくの昔に死んだはずの男だがな。つまり、ジョルノは仗助、君の大叔父にあたるというわけだ」

 

 

突然投下された爆弾発言に、思わず舌を噛みそうになったのは言うまでもない。月までぶっ飛ぶ衝撃とはこのことをいうんだろう。デザイン・ベビー、もしくは試験管ベビーという言葉が浮かんだオレに承太郎さんが語ったのは、もっと壮絶なジョースター家とディオ・ブランドーという男の一世紀にも及ぶ因縁の対決だった。

 

終止符を打った男が目の前にいることを知らされたオレは、正直口を閉じることを忘れていた。

 

 

「ジョースター家は日本人の血が混じると、スタンドが人型になるらしいな」

 

 

皮肉めいた物言いは、うっすらと笑みが浮かんでいる。

 

 

「これは俺の仮説だが、ジョルノはジョナサン・ジョースターの身体がDIOに馴染む前に誕生したことで、ジョースター家の影響が色濃くなったんじゃあねえかと考えてる。そうでなければ、DIOがスタンドを使えるようになった直後にスタンドが使えるようになるはずだ。眷属を作って操るのは吸血鬼の力によく似てるが、その源は生命エネルギー、ジョナサン・ジョースターが得意とした波紋に通じるエネルギーだ。もしこんなスタンドだと気付いたら、DIOが生かしておくわけがねえ。吸血鬼にとって波紋は天敵だ。もしくは使えると判断して洗脳したはずだ。俺にとって、DIOという男はそういう男だったはずだ。だから、正直あの男がどうしてジョルノを生かしたのか皆目見当がつかない。そして、DIOを殺したのは俺だ。そのことに関して謝る気は一切ない。俺は間違ったことはしていないからな。だが、おそらくこの街にいる誰よりもDIOという男を知っているせいで、俺はどうしてもジョルノを色眼鏡で見てしまう。そこで聞きたいんだが、仗助、ジョルノはどういうやつだ?君の意見を聞かせてくれ」

 

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