ジョルノが4部に出るようです   作:アズマケイ

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インスタント0 その2

トーストの焼ける匂いと、珈琲ポットからのたてたばかりのほろ苦い香りが、僕達の周りに生温かくたちこめていた。

 

隣ではご飯と味噌汁と漬物だけの簡素なものとはいえ、あつあつの炊きたてを食べる味はまた格別だとサラリーマンがもりもり食べている。

 

野菜も卵も豆腐も、納豆も醤油も焼きノリも、それぞれに個性的な香りを放ち、そうしたもろもろの食べ物が朝の膳に渾然とした朝のムードをかもし出す。

 

どこの旅館でも出す朝食だがうまさがぜんぜん違う。何となれば、すべてが地のものだからだ。寒い時期だったら、一晩たって味が染みた豚汁もありだろうと同僚と談義している。

 

朝食を食べる時間があったら少しでも寝ていたいと愚図る子供に、母親が朝食は眠っている脳を活動させるめざまし時計だ。何も食べないでいると勉強も仕事もはかどらないと励ましているのが見えた。

 

ホテルの朝食は一品一品の料理がおいしく、ボリュームも申し分なし。最初の頃に、アクセントで、デミタスカップ入り味噌汁が出てくるが、これもまた洒落てて美味だった。焼きたてのパンと自家製のバターやジャム、別に凝ったものではないが、栄養満点のメニュー。

 

充実した一日が始まりそうなモーニングセットである。

 

僕はコーヒーカップを持ち上げた。甘ったるい香りが、湯気と一緒にテーブルクロスの上を漂った。 コーヒーにたっぷり生クリームと砂糖を入れるので、ケーキ屋のような匂いがする。琢馬はトーストの上で、バターナイフをカリカリいわせている。

 

サンドイッチとジュースと、サラダと卵料理とベーコンとコーヒーの、僕がこの世で一番好きなタイプの朝ごはんだった。

 

朝一番に執拗な電話で叩き起された僕は社王グランドホテルにて、琢馬に呼び出されていた。朝食時間のようでちらほら宿泊客が見える。僕は金を払って琢馬と共に朝食をとっていた。

 

 

 

「あと2日の意味をかんがえるべきじゃあないか?」

 

琢馬はそう言ってスタンドのページをやぶいて僕に渡してきた。

 

「これで丸丸一日が経過したわけだがどう思う」

 

「......1分ごとのズレがさらに大きくなってるのか」

 

「加速している。繰り返すごとに始まりが遅くなっていく。このペースだと次は2日目まであっという間だぞ。君がいってたあと2日がやってくる」

 

「......」

 

「そもそも、なんだって繰り返しているんだ?吉良吉影からすれば君らが死んだ方が好都合じゃあないのか?リセットしてどうする。本末転倒じゃあないのか?」

 

「気づかなかった......帆波奈帆子のスタンドかと思っていたんですよ。過去現在未来のものをもってこれる、みたいな」

 

「君が最後に寄越した記録によれば写真を実体化するようだからてんで違う。あの場所に人がいないんなら、吉良吉影しかいないだろう」

 

「たしかに......たしかにそうですね。言われてみれば」

 

琢馬に言われたことはもっともだ。僕はもっと吉良吉影と帆波奈帆子が共闘する理由について考えなくてはならなかったらしい。

 

行く先の違う二人が同じ馬に乗って道を進んでいる。あるポイントまでは道はひとつだが、その先のことはわからない。にもかかわらず彼らのチームワークは緊密で、隙がない。

 

無駄がない。とてもシステマチックだ。ダブルプレーをとることを生き甲斐にしている二塁手と遊撃手のコンビのように。距離はゼロになっている。問題に対して、一緒になって立ち向かおうとしている。

 

一人一人の気持ちが東や西や南へてんでに背を向けているのとはわけがちがう。皆、円陣をつくって、こちらへ向いて下さいと願っても、一人一人が一国一城の主になりすぎているのはよくある話だが、空中分解はありえなさそうだった。

 

この一体感を薄気味悪く感じた。 親兄弟のような血管や臓物すら共有しているかのような。

 

吉良吉影は平穏に暮らしたいという。帆波家にかくまわれて仕事を斡旋してもらい生活する現状はだいたい希望通りのはずだ。女性を絞殺して手首を切断するというものも、帆波奈帆子の写真を実体化させるスタンドがあればある程度は融通がきくのだ。吉良吉影は僕達を排除したがっているが、今のこの繰り返しはその願望とは背反する。その願望が叶う、なおかつ未だに不透明な帆波奈帆子の理由こそがキーのように思われた。

 

考えてみよう。

 

愛する夫が奇病に感染し、自分や娘まで感染した。国は本腰を入れて治してくれず、感染させろと強要までしてくる。平穏を手に入れるためにこの町の行政に食い込む事業者となり、行政を取り込み、医療関係者のトップを感染させてやる。

 

21年間で膨大な労力を払ってまで手に入れた平穏を殺人鬼ひとりを雇い、かくまう。あまりにも不釣り合いだ。なにか、なにかあるはずなのだ。21年間の努力をかなぐり捨ててもいいくらいのなにかが、悲願が。僕は奇病の治療しか思いうかばない。

 

「......だがスピードワゴン財団に治療をして欲しいなら、僕が帆波夏帆にかけた約束の時点で吉良吉影と手を切るはずだ」

 

そうしなかったのは人間のドロドロしたところをしこたま見てきたからかもしれない。

 

「まさか、僕達を奇病に感染させる気なのか?」

 

なんとなく呟いた言葉だったが、驚くほどにしっくりとくる。あの女性が口走った言葉や感情を鑑みるに、僕の約束が信じられないと考えた方がよさそうだ。

 

「父さんが目覚める日?」

 

僕の電話に帆波夏帆は不思議そうに繰り返した。

 

「父さんは90日でサイクルを繰り返しているから、明日くらいじゃあないかしら」

 

僕は唾を飲む音がやけに大きく聞こえた。

 

「間違いない?」

 

「嘘言ってどうするのよ。それがどうかした?」

 

「いや......」

 

僕は言葉を濁す。

 

「君、僕との約束、話したか?」

 

「どうして?話すわけないじゃあないの。母さんは人間不信が極まっているのよ。そんなこというわけないわ」

 

「......そうか」

 

「ただ、その代わりに動物たちは嘘をつかないからって偏愛しているところがあるわね」

 

それは21年間、人間のエゴに振り回されたが故の行き着く果てのようだった。悪魔の背に乗っているように、いつ振り落とされるかわからない、嘘と虚飾にまみれた口のうまい人達に辟易としたらしい。

 

 

帆波夏帆は特に恐ろしい四つの敵として疑惑、恐怖、驕慢、欲望と云う言葉を並べていた。そのあたりに一層の反抗的な精神が起こったのだろうと感じた。それらが帆波一家にとって敵と呼ばれるものだったのだろう。心はおぞましくも苦々しい猜疑のために苦しんだに違いない。

 

「......もし、帆波奈帆子さんが僕の話を聞いていたとしたら、どうすると思う?」

 

帆波夏帆はしばらく考えた後、馬鹿げた発想だと前置きした上でいう。

 

「怒るでしょうね。わたし達の苦労がこんな簡単にデウスエクスマキナ的な解決方法があっていいわけがない。つかみ取らなければ運命は近づかない。そう考えるはずよ」

 

さんざん騒がしただけで、彼女たちをさんざん引っ掻き回したあげく、肝心なことにはなにもふれず頭上をすうっと通過してきた現実があったらしい。あまりになめらかな通過で、答えが出る前の手数が、どこかにはぶかれているような空隙を感じたという。

 

平穏を振り捨てようとすればするほど、この懐疑は執拗にとりついてきたと帆波夏帆は他人事のようにいうのだ。大人は背負うものが多すぎて、子供ほど簡単には全てを捨てられなかったらしい。

 

「......試している訳じゃあない。信じられない訳じゃあない。そんなものはとうに通り過ぎてきた過程なのよ。母さんが欲しいのは揺るぎない事実よ。確証なのよ。安心が欲しいのよ、きっとね」

 

「対等な立場を得るために?」

 

「そう、それよ。いつだって後ろ盾がないわたし達はなり上がらなきゃあ誰も守ってくれなかったもの」

 

「覚えがある話だ」

 

「そりゃよかったわ。セーフティネットからすり抜けてしまう絶望感は当事者でしか自覚しようがないもの」

 

ここまで会話してから、僕はしばらく沈黙した。

 

「わたしは何かしなくちゃあいけないかしら」

 

「いや、まだなにも起こっていないからいい。取り返しのつかない寸前だってことがわかっただけで充分だ。ありがとう」

 

「そう、ならいいわ。ところでいつまで学校休むつもり?」

 

「明日には学校にいくさ」

 

「わかったわ」

 

明日が来ればの話だが、といいかけた言葉は飲み込んだ。電話を切った僕は息を吐く。琢馬のモーニングコールにより強制的に叩き起されるであろう仗助先輩たちにどうやって説明しようか頭を巡らせる。とりあえず僕は今から琢馬のところに向かわなければならない。

 

「読んでるだけで頭が痛くなってくる......琢馬はよく正気を保っていられるな」

 

「僕は記憶できるが、そこから新たなる発想を生み出すことはできないからな。思い出すことに特化しているからこそだ」

 

「シャッター記憶法みたいに?」

 

「そうだ。おかげでわかりやすいだろう?」

 

「ええ、うんざりするほどに。......琢馬......ありがとう、ほんとうにありがとう」

 

「適材適所だ。僕は爆弾魔には勝てない」

 

僕はため息をついた。琢馬は感情を伝えることを完全に放棄して、詳しくはその紙束を見ろとばかりにたんたんとしている。それがかえって堪える。

 

琢馬のスタンドの本に記された繰り返される同じ日。辞書並みの分厚さなのは、それだけ僕達がなんらかの原因で全滅してしまい、巻き戻っているからだろう。誰か一人でも生き残って一礁一によるスタンド攻撃を受けることが帆波奈帆子の目的であり、最終地点なのだ。その時点で勝利が確定するのだ。

 

今のところ、僕達は吉良吉影を待ち受けるために帆波奈帆子を撃破し、カラスからログハウスの鍵を入手。電気をいれて鉄塔やアンテナを起動し、電波虫のデストラップを解除という一連の流れを夕方までにしなくてはならないのだ。

 

そのまま吉良吉影と交戦することになったらただではすまない。不安の芽はつまなくてはならない。だが今回からは負けたら最後、次のループから全員奇病に感染する強制イベントが発動することになる。

 

何重にも張り巡らされた計略には舌を巻くばかりである。それだけ僕達を奇病に感染させることでスピードワゴン財団に本気で治療法を確立するよう圧力をかけるつもりなのだ、帆波奈帆子は。

 

それだけ普通の人間への未練が捨てきれないのだろう。昔の思い出が金貸しのように責めたてるのだろう。

蛇のような執拗さで、追究せずにはいられないという顔をして。そうやって帆波一家を浸し始めているのだ。

 

逆をいえばそうやらないと生きてこれなかったのだろう。これに関してだけは囚人のような執念さを持っているようだから。胸に歯を立ててその心臓をかみ破ってしまいたいような狂暴な意地を感じる。

 

 

執念深く何度も同じことを繰り返す帆波奈帆子の目的が果たされたら、おそらく吉良吉影どころの騒ぎではなくなる。報復としてこの町にパンデミックでもされてみろ、町は一瞬にして沈黙の夏を迎えることになるのだ。しかも時が水泡の中を動くように同じことの繰り返しの先には必ず起こる強制イベントとなる。

 

エサの出てくるボタンを何万回でも押し続ける猿のように繰り返しても、毎日同じ仕事、同じことの繰り返しの先でも訪れる結末は同じになるのだ。これを自覚した瞬間に僕らはきっと吉良吉影という最終目標より奇病の治療法の確立が優先事項となるだろう。僕達が拒否してもスピードワゴン財団が許さない。

 

「琢馬がいてくれてよかった」

 

僕は不意に琢馬の記憶が記された本のページがもう一度読みたくなった。何の前触れもなく、あの紙の感触や、文字の形や、夜の空気を思い出したくなったのだ。四個のカタカナが全部とろとろに溶けてしまうくらいまで、何度も読みたいとたまらなく思った。焦燥感にも似た感情だ。

 

もうやり直しが効かないことがわかったからでもある。

 

地獄のパノラマ絵を、一方から一方へ見まわして行くように、おんなじ恐ろしさや気味悪さを、同じ順序で思い出しつつ、いつまでもいつまでも繰返して行くばかり。突破できそうな隙間がどこにも見当らないが、なにがなんでも見つけなくてはならないのだ。僕は。

 

僕は空条さんに声をかけられるまで、偏執狂のように読み返えし読み返すのをやめることは出来なかったのだった。ちなみに琢馬はいつの間にか双葉親子の所に行ってしまい、いなくなっていた。

 

「どうした、ジョルノ。えらく早いな」

 

僕は空条さんに紙束を渡すのだ。

 

「時間がありません、空条さん。お願いしたいことがあるんですが、いいですか?」

 

 

 

 

 

早朝、ドナテロはリュックを背負い、自転車にのりながら空を見上げる。

 

「アンダーワールド」

 

呼ばれたスタンドのヴィジョンは本体の命令に応じる。昨日スピードワゴン財団が電力会社から得た情報により電気を供給しているときの記憶を掘り起こす。それは奇妙な光景だった。タケノコのように伸びていくアンテナ、鉄塔、そして電線、付随する電子機器、電柱たち。同じものがすぐ隣に並んでいくのだ。片方は電気が通らず、片方は電気が通る。

 

あきれるくらい高いアンテナ、あるいは鉄塔は町の背後にそびえたつ山なみに挑むように、その銀色の触手を空中にはりめぐらしていた。風が吹くたびにゆらぎが反響して輪唱のように重なっていく。

 

それは羽音だった。耳をつんざく暴力的な音量でそれは響く。巨人の悲鳴のようなその不吉な音は、山々に反響してぐるぐるとまわりを取り囲んでいく。電波虫がアンテナや鉄塔に吸い寄せられていった。

 

電信柱につながれた街灯が昼だというのにあたりを照らし出す。蜘蛛の巣のように張り巡らされた、暗い臓物のように宙に垂れ下がった電線にも電波虫がうごめいている。黒々とした太い電線が空中で蛇のように絡み合い、変圧器が据えられているだけだが、もはや輪郭すらみえない。

 

「気持ちわりぃ」

 

ドナテロはぞわぞわする体をさする。北アメリカに分布するオオカバマダラを思い出してしまう。夏の間カナダなどで発生を繰り返したオオカバマダラは8月の下旬、蛹から羽化した成虫は交尾もせず、南へと移動を始める。花の密を吸いながら栄養を蓄え、ひたすら南へと飛び続ける。夜は木陰などで休みをとりながら、南へ移動するにつれその数がぐんぐん増え続けていく。

 

その数なんと、数千万から1億とも言われ、最終地点の南米メキシコまで、3000キロ以上もの空の旅を毎年繰り返すのだ。

 

やがて越冬地に到着した蝶たちは松などの木にとまり、越冬の準備を始める。オオカバマダラの越冬地はカリフォルニア州太平洋沿岸数カ所と、メキシコの主に2カ所に集中しており、ロッキー山脈西側の蝶たちはカリフォルニアに、東側の蝶たちはメキシコに集まるのだそうだ。

 

あれほど多くはないだろうが、気持ち悪い虫なだけあって蝶より好感度が低いのは無理もないだろう。

 

「こっから見えるくらいだ、成功したみたいだな」

 

安堵の息をはきながら、ドナテロは自転車に乗るのだ。

 

「でもまあ、これで兄貴の役にはたてたかな」

 

ドナテロは笑うと鉄塔の山から離れていった。視界の隅には手を振るジョルノが見えたからである。

 

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