ジョルノが4部に出るようです   作:アズマケイ

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最終話 汐華初流乃には夢がある

露伴先生たちに発見された僕は、仗助先輩と共に肩をかりたり背負われながら鉄塔の山を下り、すぐさま待機していた救急車に担ぎ込まれた。スピードワゴン財団が帆波家で唯一の証言者となった帆波夏帆と急ごしらえで作り上げたカバーストーリーにより、不運にも整備不良の電柱から発生した火災に様々なものが引火した結果、連鎖的に起こった大爆発の巻き添えをくった形となった。

 

どうして僕達があの場所にいたのかという肝心の部分については、行政にまでくい込んでいる帆波家のコネクションをフル活用したことで可もなく不可もなくな内容に置き換わった。急いで駆けつけてくれた承太郎さんが教えてくれた。半泣きのドナテロがなんだってゴールド・エクスペリエンスで治さないんだと怒ったが、規模がでかくなりすぎてスピードワゴン財団では隠匿できないのだ。

 

そして帆波夏帆にはお見舞いと称して不吉な花言葉の植木鉢をもらった。全治3週間をいいことに見舞いにくるであろう帆波志帆に余計なことを言うなという牽制のつもりなのだろう。

 

あちこち検査されて、血を取られて、いろんな科をたらい回しにされた結果、僕は全治3週間の診断をもらった。すっかり日は暮れていた。最悪だ、クレイジーダイヤモンドもゴールド・エクスペリエンスも禁止だなんて想定外すぎる。明らかにテストが間に合わない事態に僕は嘆くのだ。

 

看護婦が消灯の時間を告げる。早くもどるよう言われながら僕は歩き始めた。

 

トイレの入り口に〝採尿後はよく洗って戻しておいてください〟と書いたラベルが貼ってある。病院というところは、やたらに何にでも貼り紙がしてある。

 

ついさっきまでいた診察室では、聴診器やピンセットや血圧計が無造作に置いてあった。その細くくねった管や、鈍い銀色の光や、洋梨型のゴム袋は、なまめかしい昆虫のようだった。カルテに書き込まれたアルファベットの続け文字には、ぞくぞくする秘密めいた美しさがあった。

 

検査は、ローリングするボードの上に寝て、さまざまな角度からレントゲン写真を撮ったのだ。この、うねうねとグラインドする床部は、遊園地の機械仕掛けの装置のようでなかなか楽しい。ラブホテルの回転ベッドによく似ているらしいと仗助先輩はにやにやしながら教えてくれた。

 

仗助先輩は朋子さんと東方巡査になにをやらかしたんだと問い詰められながら連行されてしまったのでもういなかった。保護者にもただちに連絡がいくのが未成年の悲しさである。せっかく何十回も繰り返してようやく明日を手に入れた英雄になんてことをしてくれるのだ。

 

ちら、と好奇心から真っ暗な診察室をのぞくことができた。先生も看護婦もいなかった。そこは放課後の理科室のように薄暗かった。心霊現象はなさそうなので旧劇に興味を失った僕は歩き出す。

 

革靴の底がリノリウムの床の上で神経質な音を立て、現代医学の力の凝縮されていそうな設備が沢山ある中を見舞い客があるいてくる。病院の待合室をサロン代わりのする老人たちに挨拶しながらやってきた。

 

病院には独特の、暗さが漂っていた。人の思いや感情が人工的な薬品で消されたかのような、無表情さがある。病院の窓々にはうるんだ灯がともり、港にはいる満艦飾の船のように見えた。

 

まだ八時前だというのに外来受付の明かりが消されてしまった待合ホールは、薄暗い蛍光灯の中、古びたベンチが並んでいる。 昼間、ここで百人を超す人々が順番待ちをしていたとは思えないほど狭い。

 

人々の姿が消え、夜間の待合ホールに残されているのは、古びたベンチと、カラフルなペンキで床に示された各病棟への矢印だけだ。 ピンク色の矢印は産婦人科へ。黄色い矢印は小児科へ。そら色の矢印は脳外科へ。 薄暗い蛍光灯の下、カラフルな矢印だけが華やいで見える。カラフルな矢印だけが場違いに見える。

 

「こんな所にいたのか、探したよ。大丈夫かい、初流乃君」

 

自販機でココアを飲んでいた僕に保護者の彼が心配そうに声をかけてきた。

 

「退院そうそうすいません」

 

「いや、いいんだ。大変だったね」

 

僕は首をふる。仗助先輩と僕は仲良く入院、ほかの人たちは治療をしたあと帰されたらしいが通院が義務付けられたとのこと。退院した矢先に僕が入院してしまったのだからさぞ驚いたに違いない。

 

「結局僕はなにもできなかったな......」

 

保護者は心底申し訳なさそうにしているが、僕は首を降るのだ。なにもないことが一番いいに決まっている。一般人たる彼にはどうしようもない隔たりが僕達との間には存在しているのだ。

 

「先生から聞いたよ。課題と自習をこなしたら単位として認めると学校から言われたらしいね」

 

「よかったです。下手をしたら進学にかかわるところだった」

 

「ほんとにね、だからと言ってここで勉強はいただけないな」

 

僕は肩を竦めた。保護者は親身になって世話をする気満々だと顔に書いてあるからだ。寝食を忘れてひたすら介護の手を尽くすつもりらしい。

たかが9ヶ月、されど9ヶ月、彼は彼なりに僕に対してそれなりに家族だと思ってくれているようだ。素直に受け取ることにする。最近、僕はようやく家族ってやつがわかってきたからだ。

 

「実は、またやり直すことになったんだ」

 

「昔、奥さんだった人とですか?」

 

「ああ。色々あって、久しぶりに話す機会が増えたから、結果としてそうなったんだ。まだ再婚するのか、恋人からやり直すのかは考えている途中で、お試しってことで同棲を考えてるところだった」

 

「おめでとうございます。よかったですね、2人で暮らせるじゃあないですか」

 

「まあまあ、待ってくれ。話はまだ終わってないよ。まさか初流乃君が入院するとは思わなかったんだ。3人で暮らす気満々だったから家具を新調しなきゃあならないと張り切っていた矢先だから驚いたよ」

 

「......待ってください。今なんていいました?」

 

あまりにも唐突な申し出だったものだから、僕は驚いて聞き返してしまった。

 

仮説の上に築きあげた憶測があっという間に崩れ落ちる感覚があった。

あまりの意外さに、理不尽な仕方で騙し討ちにあったような気に陥る。

全ての想定を上回るくらい、僕は驚いている。

 

「本当ですか。本気でいってるんですか、あなた」

 

永遠に降り止まないような豪雨が、瞬時に止まったかのような驚きがあった。

 

世界がひっくり返ってしまったような気がした。終わってしまったと思っていたこととか、ほんのちょっぴりチリチリとしたこととか、そういうことが全て覆ってしまったようなそんな気がした。

 

僕の稚拙な予想をはるかに上回る意外なことを彼はいうのだ。

 

「まだ君の意見を聞かなきゃあいけないけどね。夏休みいっぱい通わなきゃいけないなら拠点はいるんだろう?それより先はお試しのあとでいいんじゃあないかな。いきなり結論を出さなくても。少なくても、9月までは君の保護者なんだから」

 

「たしかに、たしかにそうですね。まだ結論を出すのは早い。そもそも僕はあなたの奥さんだった人に数える程しかあってないし、気が合うかはまた別の話だ」

 

僕は狼狽を隠すためにうなずいた。夏休みいっぱいは単位をもらうために学校に通いつめなくてはならなくなってしまったのは、まぎれもない事実だからだ。転校先からも課題が出されているのだ。まさかの二重である。互いに調整する気は微塵もないというのだから連携のレの字もない中学にはうんざりである。

 

「さあ、戻ろうか、初流乃君」

 

「わかりました。ところで1人来たんです?」

 

僕は諦めてカバンを彼に持ってもらいながら歩き始めた。松葉杖がなければつらいのだ。彼は笑いながらいった。

 

「まさか。君のベッドの前でソワソワしながら待ってるよ」

 

 

 

 

 

双葉千帆と琢馬が尋ねてきたのは、僕が入院してからちょうど1週間たったころだった。

 

「私、二学期になったら母さんのところに行くの。再婚してるんだけど、事情を説明したら受け入れてくれるっていっていたから」

 

「なるほど。よかったですね、あんたの父親はそれどころじゃあなさそうだ」

 

耐震偽装事件が地方の建築業界を揺るがしている。双葉照彦も建築士として勤め先が疑惑を向けられているため、連日多くの報道陣がお仕掛けてくるのが昼のワイドショーで取り上げられていた。逮捕されるかどうかはまだわからないが、トカゲの尻尾切りで双葉照彦の独断として処理されるかもしれないという。

 

「千帆たちによくない環境だからな」

 

琢馬の言葉に僕はうなずいた。

 

「よくアンタの父親が許しましたね」

 

「私達の関係を?」

 

「そう」

 

「私が許す代わりに、許してもらったの」

 

その言葉に僕は琢馬をみる。琢馬は無機質な顔をしたままなにも言わない。どうやら双葉千帆はすべてを知った上でいっているらしい。どこの聖人君子だといいたくなった。

 

近づいてきた男が実は異母兄弟で、父親が同じで、しかも琢馬の母親は父親に惨たらしい方法で殺されていて。母方の両親は失意のうちに死んでいて。

 

その復讐のために近づいてきた、しかも方法が恋人になって子供をつくることだなんて。復讐対象が幸せな家庭が夢で孫をだくことが夢だと知った上での計画だったなんて。琢馬は双葉千帆に刺されてもおかしくはない。だがその矛先は父親に向けられたようだ。

 

それだけ家出した先で襲われたところを、投げナイフで不良の耳を切断することで助けてくれた琢馬は、大切な初恋であり恩人だということなのかもしれない。たとえそれが母親の陰惨な遺体をメモリーオブジェットから救い出した帰り道が理由だとしてもだ。

 

黒い琥珀のネックレスをつけている双葉ではなく、琢馬に僕は聞いた。

 

「アンタもか?」

 

「千帆は勝手に許しただけだ。でも、僕が許さないよう強いることはできない。千帆が許すよう強いるように」

 

「なるほど......アンタたちの父親は孫を受け入れたわけだ。そのわりにまた入院したようだけど」

 

「ジョルノみたいに火傷したみたいだな」

 

「......とりあえず、おめでとうございます」

 

僕はその不自然さから目を逸らした。母親になろうとしている双葉千帆は誰よりも強くなろうとしているのだ。自分とひきかえに琢馬を産んだ女性のように。そのためならば父親にさえ牙をむく意思が今の双葉千帆にはあった。

 

琢馬はあいかわらず能面をはりつけているものだからわかりにくいが、双葉の方がしゃべっているあたり予想外だったのかもしれない。ややねじ曲がった復讐劇は双葉照彦にだけわたで首をしめつけるように続いていくのだ、きっと。今ここに琢馬がいるということは、一番近くで幸せと絶望を直視しつづけることにしたらしい。

 

変わったな、と僕は思った。

 

双葉のヒト絨毛性性腺刺激ホルモン(妊娠初期に分泌され、黄体が維持されるのを助ける)は、子宮に対して終始同じ態度をとり続けるだろう。彼らは黄体を支え、月経の到来を阻止し、胎盤を形成しつつある。双葉千帆は妊娠しているのだ。

 

まだその存在を下腹部にピンポイントで感じ取ることができる月齢ではないだろう。今はまだ小さい。何かのしるしのようなものにすぎない。でもそれはやがて胎盤を得て、大きく育っていくことだろう。それは双葉千帆から養分を受け取り、暗く重い水の中で徐々に、しかし休みなく着実に成長していくだろう。

 

その小さなものはへその緒から滋養を吸い、刻一刻大きさを増していく。生ぬるい暗闇からの脱却を求め、彼女の子宮の壁を蹴っている。それは光と自由を欲している。

 

親が子を生むように思っているが、親なんてものは、ほんの仮の宿にすぎない。

 

「......写真とかあるんです?」

 

「みたい?」

 

うれしそうな双葉に僕はうなずいた。怖いもの見たさだ。

 

その写真を見せられた時、凍りついた夜空に降る雨のようだと思った。夜空は深く清らかな黒色で、じっと見続けているとめまいがしそうだった。雨ははかない霧のように空を漂っていた。

 

そしてその霧の中に、ぽっかりそらまめ型の空洞が浮かんでいた。そらまめ型の空洞に目を凝らした。夜を濡らす霧雨の音が聞こえてきそうだった。その空洞のくびれた隅にひっかかっているのが赤ん坊だった。それはもろい影の塊で、風がふくと夜の底へはらはら舞い落ちていきそうだった。

 

「看護婦さんがやってきて、歯磨き粉よりもずっと大きいチューブから、ゲル状の透明な薬を絞り出してお腹に塗ってくれるの。その時の感触がとても好き。ゼラチンみたいに澄みきって滑らかな物質が、肌を撫でてくれるの。不思議な気持ちになれるわ。今度はお医者さんが、超音波装置と黒い管でつながったトランシーバーみたいな箱を、わたしのお腹に押しつけるの。さっき塗った薬のおかげで、それはとてもぴったりわたしに密着してくるわ。その時、モニターにわたしの身体の中が映し出されるの」

 

双葉はすでにつわりといわれる症状に見舞われているらしい。バターと脂と卵と豚のにおいが、家中にこもってて息ができない。朝目が覚めたら、そのすさまじいにおいが身体中に染み込んできた。

 

口も肺も胃もひっかき回されて、内臓がぐるぐる渦を巻いていた。どうしてうちには、こんなににおいがあふれてるのか。なんでもかんでも気持ち悪いにおいを振りまくのか。あらゆるものがにおうの。一つのにおいがアメーバみたいにどろっと広がって、別のにおいがそれを包み込んで膨張して、また別のにおいがそれに溶けていって、……もうきりがない。

 

においがどんなに恐ろしいものか分るだろうか。逃げられないのだ。においのない場所へ行きたい。病院の無菌室みたいな所。そこで内臓を全部引っ張り出して、つるつるになるまで真水で洗い流したい。

 

つわりはずぶ濡れのブラウスのように、じっとり彼女に貼りついている。彼女は今、神経もホルモンも感情もバラバラになっているのだ。

 

「私ね、転校するの。汐華君と同じ時期ね」

 

「転校ですか」

 

双葉はうなずいた。

 

学校に通えなくなり通信制高校に編入することになるらしい。妊娠中は生活ががらりと一変するので、精神的負担も大きいし正直学校に通う事すら困難になる。

 

どんな形でも良いから学校を卒業して欲しいと母親からいわれたらしい。学校に行かずに卒業資格も無いまま成人してしまう方が後で苦労すると。将来的に子供を食べさせていかなきゃならないので、できるだけ条件の良い仕事に就くためにも最低限高卒資格は取らなければならない。

 

母親は双葉にいったという。

 

「お母さん、昔はパート先で採用面接に立ち会ったこととかあるから分かるんだけど、女の子で中卒なんてその時点でアルバイトでも不採用決定よ。あなたがお腹大きくなって学校行くの恥ずかしいと思う気持ちと、自分の子供が他所の子と比べてみすぼらしい服を着ているのを見るのと、どっちが辛いかよく想像して考えてごらんなさい」

 

そういわれたそうだ。

 

「自分の子供にダサい服なんか着せたくない。自分でアルバイトして買ってあげたいと思っても採用してもらえないなんて悲しい。頑張って今学校に通う」

 

通信制高校は全日制高校とは違って基本が自宅学習なので、課題をする以外の時間を使って病院に通いながらでも単位を取ることができる。

さらに出産をした後でもそのまま自宅学習を行うスタイルで子育てをしながら通うことが可能。

 

乳幼児期はとにかく睡眠時間すらまともに確保出来ない状態だから、先生に相談して半年間は休学することになる。

 

「たった1週間でそこまで決めたんですか、すごいな」

 

「未練じゃあないの。このこのために私は学校に行くの。それは私のためでもあるし、琢馬さんのためでもある」

 

琢馬さん、か。

 

「僕も学校に行かなくちゃあいけない。アルバイトもだ」

 

「母さんの再婚相手、牧場しているの」

 

「琢馬も手伝いに?」

 

「ああ」

 

琢馬はうなずいた。呪いは祝福に変わったのかもしれない。少なくても、今この瞬間の二人を見て僕はそう思うのだ。

 

「汐華君も遊びに来てね」

 

「琢馬に聞きますよ」

 

「僕に聞くのか」

 

「僕も手探りなんだ。家族が増えるかもしれないから」

 

僕の言葉に琢馬は驚いたように目を見開く。

 

「僕を引き取りたい人がいるんですよ。念の為言いますけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日誰かしらお見舞いに来てくれるので僕は退屈しない日々をすごしていた。空き時間には仗助先輩が遊びに来いよというものだから、談話室でだべっているのだ。

 

普通はこれくらい時間がかかるんだなあと骨がくっつくまでギブスやらなんやらをしている仗助先輩は恐ろしいことをいっていた。人のこといえねーじゃねえかというジト目には気づかないフリをした。

 

そういえば鈴音さんに吉良吉影について説明するには鉄塔をもっていった方が早い訳だがバラして蝶に運ばせたらいいのか相談した方がいいのかもしれない。そんなことを話していると空条さんがやってきた。雑談している僕達をみて少し安心したようだ。そして世間話は脱線に脱線をかさねていくことになる。

 

「えっ、空条さん帰らないんですか?」

 

「帰れると思うのか?論文書く時間もろくに取れなかったんだが」

 

「......ああ」

 

「秋までに提出すりゃ大目に見てやると言われたからな、付き合ってもらうぜジョルノ」

 

「あんたもですか、空条さん......。露伴先生も電波虫についてうるさくてたまらないってのに」

 

電波虫という言葉に空条さんはうんざりという顔をした。首を傾げる僕達に空条さんがいうのだ。見舞いがてらもってきた話はふたつあるのだと。

 

いい話は帆波一家が苦しんできた奇病についてスピードワゴン財団が本腰入れて調べ始めたこと。前途多難だが大きな一歩だ。

 

悪い話は電波虫の一部が社王町に逃げ出してしまい、交通事故といった被害がではじめていること。もはやスピードワゴン財団の手にはおえず、新種の虫ということで連日メディアが取りあげている。駆除に行政は四苦八苦しているようだ。

 

「ニュースが最近防虫剤の売り切れがあいついでるってのはこのせいか!バラエティばっか見てたから気づかなかったぜ」

 

「そうだったんですか、知らなかった。テレビつける暇もないくらい見舞いに人が来るので」

 

「お前らも退院したら手伝ってもらうからな。今から覚悟しておけよ。ただでさえ人手が足りてねえんだからな」

 

「うげっ......マジっすか......おれ課題山ほど出てるんすけど......」

 

「僕もなんですが......」

 

「安心しろ、俺もだ。やれやれだぜ......後始末の方が長引いちまうとは思わなかった......」

 

どこか疲れた様子の空条さんに僕はご愁傷さまですとだけいっておいたのだった。

 

「ところでドナテロは?」

 

「あー、やつは今頃現場検証に駆り出されてるだろうな」

 

「またですか」

 

「ああ、まただ。その分休みや特別報酬は出すから頑張って欲しいもんだぜ。スタンドの矢が見つからねえもんでな」

 

不穏な空気を残しながらも、たしかに社王町に平和は訪れたのだとぼくらは実感したのだった。

 

「空条さん」

 

「なんだ」

 

「この前話したように、あの石化する奇病について、定期的な調査書見せてもらえるんですよね」

 

僕の言葉に空条さんはニヤリと笑った。

 

「それがお前からの条件だからな」

 

「えっ、なんか約束したのかジョルノ」

 

「ええまあ、そんなところです。新しいアルバイト先が見つかったんだ」

 

「まじで?いーなあ......ほんとゴールド・エクスペリエンスは使い勝手いいよな」

 

「クレイジーダイヤモンドもなかなかだと思いますよ」

 

「もっと楽な金稼ぐ方法が欲しいんだよ、おれさ......」

 

僕は笑った。仗助先輩のように明日の予定を呑気に話すような気軽さで語り合える友人や、雲を掴むような壮大な夢やふるさとにあこがれるように堪えがたい希望なんてものは無縁だと思っていた。

 

甘い夢想が大きく破綻して10年になる。希望のあるところには必ず試練がある。それでも大きく広がる入道雲のような夢を描いてみるのも悪くは無いのだと、今僕はたしかに考えているのだ。

 

当面の僕の望みは「石化する奇病を治す」という望みよりももっと果敢はかない空想だ。寝ても起きても祈りのようにこの一つの望みを胸の奥深く大事にかきいだいているのだ。

 

目標を凝視するあまり、あたかもそれが実景であるかのように幻視や幻覚に襲われることもあるが、スタンド能力において思い込みはなによりも大切な要素だからそれでいい。

 

望みというものは、意地になって詰め寄りもなければ、現実は応じて来もしないのだと学んだ。夢にみるほど恋いこがれてみたところで仕方がない、猫が汽車に乗りたいと思うようなものだと思っていた僕はもう世界のどこにもいやしない。

 

僕は今、夢がある。汐華初流乃には夢がある。それはもっとどろどろして、もっと強く、とてつもなく美しいはずの「人間」というものに対する夢だった。

 

「医者にでもなるのか?」

 

「さあ、まだわかりません。空条さんだって14で将来の夢なんて決めてなかったでしょう?」

 

「なんで決めつけてんだ、ジョルノ」

 

「だってジョースターさんが言ってましたよ。18のころはまだ趣味は船や飛行機に関する本を読むことくらいだっていってましたよ。いつから海洋冒険家になろうと考えたんです?」

 

空条さんは眉を寄せた。

 

「ジジイ、また俺に無断で勝手なこと吹き込みやがって」

 

「えっ、なんの話っすか?」

 

「なんでもねえ」

 

「空条さんが帰れないなら、ジョースターさんも帰れないはずですよ、仗助先輩。色々話を聞いてみたらどうです?楽しい話をたくさん聞けますよ」

 

「へー」

 

「おい、ジョルノ」

 

「特に空条さんたちがエジプトのカイ」

 

「これ以上いうと入院が長引くぜ」

 

「......言ってる傍からスタープラチナで殴るのやめてくださいよ」

 

僕は一瞬意識がとんだ。

 

しばらくして大丈夫か?と心配そうにのぞき込む仗助先輩と不機嫌そうに睨みつける空条さんがみえた。

 

ここから先は誰にとっても未知の領域だ。地図はない。次の角を曲がったところに何が待ち受けているか、曲がってみなくてはわからないし、見当もつかない。

 

深い池に石を放り込むとどぼんと大きな音があたりに響き渡るように、このあと池から何が出てくるのか、僕たちは固唾を呑んで見守っている状態なのだ。

 

僕がこれから迎える未来も、迎えない未来もあるということだ。未来はいくつもの枝葉に分れている。過去と現在についてはこのとおり。未来については「おそらく」である。

 

ひたすら進み入ろうとするその世界は、果てしなく、はるかかなたの渾沌未分の世界である。

 

まだ起こっていないことを検討するのはむずかしいだろう。

 

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