「いち、康一、しっかりしろよ、康一!」
がくがくと揺さぶられて目を覚ました僕を心配そうに仗助君が覗き込んでいる。ぼんやりとした痛みは残っているけれど、反射的に手を当てたところにはすっかり傷はなくなっている。それでも、垂れ流された流血のあとはぼんやりとした湿り気として残っていた。
学ランだからわからないだろうけど、掌にはかすれた赤がこびり付く。どうやら仗助君がスタンドっていう超能力で僕の傷を治してくれたらしかった。きょろきょろとあたりを見渡すと知らない天井が広がっている。貧血なのか、気絶していたからか、ちょっとふらつきながら体を起こした僕に、ほっとした様子で仗助君は安どのため息をついた。
「よお、グレートに危なかったなぁ、康一。気が付いてくれてうれしいぜ。ところでよぉ、指は何本に見える?」
「え?あ、えと、5本?」
「そうだ、5本だぜ。大丈夫そうだな、たてっか?」
「う、うん。あれ、僕、たしか入り口のところで矢を刺されたんじゃあなかったっけ」
「あんときのやっべえ状況から、思いっきり悪化しちまったのよ。今はその屋敷ン中だぜ、康一。さっさとトンずらしてえとこだが、逃がしてくれっかなあ、億泰の兄貴は」
いってえなあ、くそ、と仗助君はぼやいた。億泰君はたしか僕たちの前に立ち塞がった少年に命令していた屋敷の住人が叫んでいた名前のはずだ。仗助君の言葉から察するにお兄さんだったようだ。
なんだって僕たちはここにいるんだろう、と仗助君を見上げても、仗助君はわけわかんねえと思うけどオレから離れるなよと教えてくれない。痛みをこらえるように傷を庇う仗助君の腕から、ぽたぽたと血が滴っていることに気付いた僕は、ようやく仗助君が僕を助けるために一戦交えたことを悟った。
なんてことだ、僕が好奇心から屋敷に近付いたりしたばっかりに。後悔が顔にでてたらしい。ごめんよ、と謝った僕に、仗助君はなっさけねえ顔すんなよ、男だろと笑った。さっきからあたりをしきりに気にしている仗助君は、懐からライターを取り出した。そして、しゅぼ、と点火する。
あたりが煌々と明るくなった。ネズミでもいるのか、さっきから物音がする。僕は身を固くした。仗助君はもう位置がわかっているらしく、まっすぐに手をかかげる。古ぼけた屋敷のすすけた壁を何かが通り過ぎて行った。さがってろ、といわれて僕は邪魔にならないよう距離を取る。仗助君の背後から、突然何かが出現した。
「うわあっ!?」
思わず声を上げてしまった僕に、ぎょっとした様子で仗助君とその何かが振り返る。僕はますます驚いて飛びのいてしまった。拍子につまづいて転んでしまう。いたたたた、と僕は尻餅をついた。大丈夫か康一?と仗助君が聞いてくる。なにかあったのかと心配してくれるのはありがたいんだけど、仗助君が近付いてくるとそいつも僕を見てくるからちょっと怖い。
仗助君の傍らで戦闘体勢を崩さないままあたりを警戒している人型の半透明な幽霊みたいなそれは、僕を不思議そうに見下ろしていた。なんとも奇妙な幽霊だった。人型だ。身体の至る所にハートマークがあしらわれていて、あごに数本のパイプが刺さっている。
強烈な色をしているから、目がちかちかした。僕の視線が仗助君じゃあなくて、隣にいるやつだと気付いた仗助君は驚いた顔をして僕を見下ろした。手を差し伸べられて、僕はおそるおそる立ち上がった。
「もしかして、こいつが見えてんのか?康一」
「う、うん、みえるよ。いきなり仗助君から現れたから驚いたんだ」
「なんてこった、今まで見えてなかったのにいきなり見えるようになっちまったのか!」
「あの、もしかして、それが承太郎さんのいってたスタンドってやつ?」
「ああ、そうだぜ、康一。こいつがスタンド。stand by me そばにいるモノっツー意味があるらしいぜ」
「ってことは承太郎さんにもあるの?」
「っつーかよぉ、虹村兄弟も使えるみてーだぜ。見えるんなら話ははえーや、もし怪しい影があったら教えてくれ。見えねえやつを守んなきゃいけねえってのは面倒だからよ!」
わかったよ、と頷いたものの、突然見えるようになった理由がさっぱりわからない僕は疑問符をうかべるしかない。スタンドという言葉自体は承太郎さんと仗助君が初めて会ったところに遭遇したときに、耳にしたから知ってはいたけれど、僕は今までみたことがなかった。
仗助君たちがスタンドで殴りあいをしたときも、はたから見てると承太郎さんの帽子に一瞬で亀裂が入ったり、ロゴやデザインそのものがゆがんでしまったりする超常現象がおきていた。それに突然承太郎さんが瞬間移動したり、凄まじい勢いで承太郎さんと仗助君が殴りあいをしているようにしかみえなかった。
今までとの違いは僕があの矢で射られたかどうかだけだと思う。もしかして、僕もスタンドっていう超能力が使えるようになっちゃったのかなあ、という淡い期待がよぎって、僕はあわてて打ち消した。今はそれどころじゃあない。
仗助君の誘拐された友達を助けるのと、ここからなんとか逃げ出すことが先じゃあないか。何を考えてるんだ、僕は。情けない妄想に駆られている間にも、仗助君は必死で闇の向こうに潜んでいる何かを捜している。僕もそろりそろりと階段に急ぎながら、追っ手の気配に神経をとがらせることにした。かすかな音が耳を掠める。
「仗助君っ、あそこに何かいるよっ!」
「なんだかすばしっこい奴がいるみたいだな。あんだけちっちゃいやつなら、オレのスタンドで一発だぜ」
隠れてろ、と階段に押し込まれた僕は、転がるように踊り場まで降りていく。仗助君がスタンドを出現させて、ライターの火であぶりだされた小さな追っ手めがけて攻撃を仕掛けた。天井に潜んでいたそいつは、迷彩柄の服を着た重装備の軍人だった。
人形サイズの拳銃を構えたかと思うと、スコープをのぞいて僕たちめがけて発砲してくる。サイズこそ小さいものの、思いのほか威力があって、ぶれた銃痕が床を焦げ付かせる。影が蠢いていることに気付いた僕たちは青ざめた。一体じゃなかった。
たくさんいるのだ。たくさんのライフルを持っている!そして仗助君の持っている唯一の光源めがけて一斉に発砲してきたではないか。仗助君!と声を荒げた僕に気付いてくれた仗助君のスタンドは、あいつらよりもずっとスピードが速かった。仗助君からもぎ取ったライターが宙を舞う。
一瞬でハチの巣になったライターが消し炭になった。流れ弾がこっちにまで飛んでくる。僕たちはあわてて下に降りた。
「おいおいおいー、あんなのありかよっ?!スタンドってのは一人に一体じゃあないのか!?ありゃあ反則だぜ!これが億泰の兄貴のスタンドなのかっ?!G・Iジョー人形みたいな兵隊しやがって!しかもM16のカービン・ライフル?!マジモンのライフルなんか使ってんじゃあねーぞ、どんだけアブねえスタンド使いなんだよぉっ!」
どういう精神構造してんだ、こいつっと仗助君はまくしたてながら僕に急げ急げと急かしてくる。転がるように階段を駆け下りながら、仗助君のスタンドは僕たちに危害が及ばないようにと片っ端から小人サイズの重戦車を薙ぎはらう。
それでも、飛び道具を扱うスタンドに仗助君の近距離でしか攻撃できないスタンドは相性が悪いようで、どうしても防ぎきれずにスタンドが被弾する。ダメージが返ってきてるようで、仗助君の身体が次第に傷だらけになっていく。仗助君のスタンドは自分を直すことは出来ないはずだ。
どうしよう、このままじゃあ仗助君が死んでしまう!僕は歯がゆさをにじませながら、必死で逃げ場所を捜した。窓を蹴破って逃げようと思ったら、無数のヘリが待ち構えていた。その先には戦車。まるで誘導されてるみたいだった。けど、それしか逃げ場がない。
僕たちはじわじわと追い詰められていった。足を止めたら、下半身が吹っ飛ばされる威力の銃撃が僕たちを襲うのは目に見えている。破壊されていく二階。瓦礫だらけのハチの巣という惨状、たちあがる砂埃を掻い潜りながら、僕たちはどんどん部屋の奥へを進んでいった。
そこには虹村形兆という少年が待っていた。バッド・カンパニーという極悪部隊を率いる司令官は、容赦なく僕たちを追い詰める。この屋敷に立ち入ったものは誰であろうと生かして返さないという冷酷な指令を突き付けて、鉄壁の守りをもつ幾何学模様の行進が僕たちに迫りくる。
仗助君のスタンドが何人も破壊したはずなのに、本体である彼には全くダメージが無いらしい。グレートな能力だなおいと仗助君は舌打ちした。スタンドがみえる僕にきづいた彼は、僕がスタンド能力に目覚めていることに驚きこそしたものの、能力を見せて気にいったら生かしてやると挑発してきた。
なにかの能力を捜しているという彼は、仗助君のスタンドの弱点である射程距離を指摘して、一定の距離を保って僕たちのところには近寄ってこない。でも、完全に包囲されている。仗助君は気丈にふるまっているけれど、その体がぼろぼろなことは僕が一番よく知っている。
僕を庇っているせいだとしっている。挑発になんか乗るんじゃあねえぞ、と仗助君は僕を庇うように立ち塞がってくれるけれど、彼は仗助君の能力がお気に召すものではないらしく眼中にないのか容赦なく威嚇発砲をかましてくる。弾き飛ばした弾丸がそれて窓ガラスが割れた。
それでもなおやめようとしない仗助君にイラついたらしい彼は、僕の目の前で仗助君目掛けてすべての軍隊に一斉砲撃を命じた。やめろぉーっと僕は声を上げた。僕の中から何かが爆発する感覚が生まれる。何かが生まれた気がした。ごとん、ごろごろごろと、と僕たちの前に白い煙を上げている卵が転がった。
「な、なんだ……たまご?」
「へ?」
「ありがとよっ、康一!よくわかんねえが助かったぜっ!」
仗助君のスタンドが僕から生み出された大きな卵を投げてよこす。一斉砲撃を受けてひびが入ってしまったとはいえ、まったく傷ついていないそいつは僕の腕の中に納まった。どうやらこいつのおかげで仗助君は九死に一生を得たらしい。
僕の腕の中でひび割れた穴の向こう側で何かがうごめいているのを感じて、僕は息を飲んだ。卵はまったく動かない。仗助君のスタンドやバッドカンパニーみたいに人型ではないから、どんな能力を持っているのか僕はさっぱりわからなかった。
おそるおそる彼を見ると、食い入るように僕の卵のスタンドを見つめている。僕はタマゴを守る親鳥のようにそいつを抱きしめたまま後ろに引き下がった。攻撃が通用しない頑丈すぎる卵を前に、バッドカンパニーは警戒体制のまま沈黙を保っている。仗助君はスタンド使いはスタンド能力を把握するまでが大変だから気にするなと笑った。
「これで終わりだよ。期待してもらって悪いけど、これ以上は僕だって分からないんだから」
僕は彼を見上げた。仗助君がゆらりと立ち上がる。そして不敵に笑った。
「康一に拾ってもらった命だ、易々とくれてやるわけにはいかねーぜえ。億泰の兄貴よお、この家ぶっ壊すくらい派手におっぱじめてもいいんなら、受けて立つっすよぉ?」
危ないから康一は絶対にそこから動くなよと仗助君は言った。そこからは僕は全く感知できない戦いが繰り広げられていた。耳をつんざく轟音、爆音、銃声、戦争映画ですらお目にかかれない凄まじい攻撃の集中砲火が仗助君に襲い掛かった。
ただでさえ満身創痍の仗助君の脚を集中攻撃する部隊。ガードしようとした腕を吹き飛ばそうとする無数の敵意。そして、仗助君の脳天を吹っ飛ばすと予告した彼の言うとおり、バッドカンパニーの猛攻が続く。完璧な作戦だった。
大切なトモダチを誘拐された挙句、僕たちまで危険にさらされた。これは後から聞いたことだけど、その友達を誘拐するためにたくさんの人が犠牲になった。しかも父親のいない仗助君にとって大切な家族であるお母さんまで犠牲になりかけた。積み重ねられた激情のくすぶり。
それがここで大爆発を起こした仗助君がいる時点で、遂行が不可能だったという点に目を瞑ればの話だけれど。
仗助君のスタンドは凄まじいラッシュですべての猛攻をしのぎ切ったのだ。すごい、と言葉さえ憚られるような気迫があった。まるでモーゼの海渡りのようだった。バッドカンパニーの軍勢が仗助君のスタンドによって弾き返されて破壊され、形状が記憶合金のように戻って軌道を変える。まるでビデオの逆再生のようだった。
弾丸は銃の中で爆発した風を軌道に発射されるものだから、どうしても発射される前にどこかが欠ける。仗助君の能力を受けた弾丸は元に戻ろうとして、元にあった場所に吸い寄せられるように飛んでいく。
本来発射されるべき銃口にそれらがそっくりそのまま吸い寄せられたらどうなるか。しかも速度は保ったままで。バッドカンパニーたちの悲痛な悲鳴が響き渡った。奇妙な集中砲火の花火が巻き散る。
そうはさせるか、と彼は仗助君の機動力を奪うために足を狙った。仗助君のスタンドはその腕力が最大の武器だ。どうしても目線よりはるか下方からの攻撃は注意が散漫になる。うぐ、と仗助君は片膝をついた。
あわてて駆け寄ろうとした僕は、来るんじゃあねえぞ、と先を制されてしまい歩みを止める。仗助君はにいと笑った。ぼたぼたぼたと仗助君の腕から抉られたへこみが見えてしまい、僕は見ていられなかった。それでも、来るな康一と怒気を当てられてしまう。
仗助君のスタンドも一気に精度が鈍くなる。やっぱりスタンドは本体である仗助君が満身創痍なせいで上手く能力が発揮できなくなってきたのだ。このままじゃあ仗助君が死んでしまう!僕は一向に沈黙を守っているスタンドの卵にイラついて、そのままぶつけてしまうかと振りかぶった、その時だった。
無情にもバッドカンパニーのミサイル、砲弾、射撃の一斉攻撃が敢行される。だめだ、間に合わない!卵を投げつける暴挙に出ようとした僕は、力任せに投げつけた。仗助君は笑った。
「忘れたのかい、億泰の兄貴よぉ。オレのスタンドは破壊したもんを直せるんだぜえ?」
仗助君自身の腕にスタンドが貫通する。それによって生じた傷は蘇生しないまま、一気に仗助君が苦痛にゆがむ。そのかわり、吐き出されたのはさっき動きを封じるために打ち込まれたミニマムのミサイル。粉砕された破片がすべて蘇生される。
そして、渾身の力を込めてぶんなぐられたそれは、一気に形状を元に戻し、かつてたどった軌道に戻る。発射される瞬間に置き忘れた欠片とひとつになるために、発射された記憶を頼りに逆再生となったミサイルは凄まじい勢いで彼のところに飛んでいった。
勝利を確信していた彼の慢心さ故の敗北だった。調子に乗って前に前に歩んでいたからだ。仗助君が口笛を吹く。
「几帳面な割に忘れっぽいなら、メモッとけよなぁー。おめー、そのミサイルどっからうったか覚えてるか?今、おめーが立ってるところにいたアパッチだろうがよぉー!」
どごおん、と凄まじい爆音が響く。直撃は免れたものの、超至近距離からの爆風に吹っ飛ばされた彼ははるか遠方に弾き飛ばされる。僕たちは今の隙を狙ってあわててその場を後にした。
「康一、早いとこそのスタンドひっこめろよっ!もし億泰に見つかって、ガオンってされちまったらおめー死んじまうぜっ!」
「ひっこめる?ひっこめるってどうやるの?」
「どうって、その、あれだ、気合で何とかしろよぉっ!」
「そんなむちゃくちゃなっ!」
とっても大きなスタンドの卵を抱えながら、僕は必死で仗助君たちと共に後を追った。さいわいバッドカンパニーは本体である彼が気絶したおかげで忽然と姿を消している。今がチャンスだった。
早い所この屋敷からおさらばしたいところだけれど、虹村兄弟の危険性を身を以て体験した今となっては、誘拐されてどこかに監禁されてると思われる仗助君のトモダチのことが心配だ。それに僕を射ったスタンドを発現させる矢も気になる。
どっかに隠されてしまったみたいだから、捜さないといけない。仗助君は血相が悪い。血を流しすぎちまったかなあと冷や汗を浮かべながら、仗助君は虹村兄弟には父親がいるということを今思い出したらしくて青ざめていた。
家族の誰かがスタンド使いになると、適性がある人間は自然とスタンド使いになるみたいだから父親がスタンド使いの可能性が固い。虹村兄弟のスタンドを説明してくれる仗助君から察するに、よっぽど凶悪な能力を持ってるにちがいない。
僕たちは虹村兄弟の父親に会わないことを祈りながら、まだ足を踏み入れていない三階に足を進めた。
そして僕たちは、屋根裏部屋にて、バッドカンパニーに監禁されていたジョルノ君を発見することになる。突然消えた監視役の兵隊たちに戸惑いながら、ふらつく足取りで逃走を試みていた彼と鉢合わせしたのである。
憔悴しきった顔で僕たちを見たジョルノ君は、まるで美術室に飾ってある石像のようだった。血の気が失せていて、今にもぶっ倒れそうな位疲労困憊している様子がうかがえる。身体を引きずりながらむりやり歩いてきたらしく、安心したせいで緊張感がきれたのか、そのまま崩れ落ちるように壁をずるずると伝って座り込んでしまった。
目立った外傷はないし、暴力を振るわれていた形跡もない。ただ精神的に追い詰められていたようで、酷い顔をしていると仗助君は心底驚いた顔をした。何をされたんだ、と聞いてもジョルノ君は口と閉ざして首を振る。言いたくないようだ。
弓と矢を知らない?ときいた僕に、ジョルノ君は瞬きをした。仗助君が僕についてかいつまんで説明してくれる。そして、ようやく僕はジョルノ君がぶどうヶ丘学園中等部の2年生であり、僕より2つも年下なのにずっと身長が高い少年だと気付いて愕然とするのだった。
「見かけによらず結構度胸があるんですね、君。やる時はやるというか、無謀というか」
肩を担がれて弓矢を隠してある場所まで案内してくれたジョルノ君は、どこかあきれた様子で僕を見た。お前が言うなとすかさず仗助君が茶々を入れる。ジョルノ君はどういう意味です、とにらむけど、よーく考えてみろよと仗助君は意地悪に笑った。
僕はかいつまんで説明を受けているから、ジョルノ君がひとのこと言えないのはよくわかった。
ジョルノ君はため息まじりに説明を始めた。虹村形兆が所持している矢は、ある隕石によって矢じりが造られている。その隕石に触れた者は大半が高熱からくる昏睡状態に陥り、最終的に死に至ったため、未知のウィルスが付着しているのではないかとの噂がたえない。
真相はそのスタンドの矢が行方不明のため検証することができないため仮説にすぎないが、生き残った者は例外なく超能力に目覚めた。それがスタンドである。だから、隕石に存在するウィルスと共存できた者が、そのウィルスによってご褒美としてスタンドを発現させるのではないかといわれている。
基本的にスタンドは「闘争心」や「自分の身を守る」といった意志に反応して現れるため、性格が穏やかな普通の人間がスタンド能力を得てしまった場合、ウィルスに適応して共存関係になったとしても、普通はそのまま死に至る。
仗助君にジョルノと呼ばれた少年は、虹村形兆本人から聞かされたのだという情報をそっくりそのまま、つらつらと僕に説明してくれた。さすがにここまで懇切丁寧説明してもらえれば、僕がどんな状況に置かれていたかなんて嫌でもわかる。
今さらながらにどばっと吹き出す冷や汗をぬぐいながら、僕は背中合わせだった死という恐怖に体を震わせた。
「誇っていいと思いますよ、君の強運を」
それは主に「なおす」という特異な能力を持つ仗助君と友達になっていたこと、そして今ここに仗助君がいることについてなんだろう。すぐに分かった。こくこくと僕はうなずいた。緊張感に体が固まってしまって、のどがすっかりからからになっている。
スタンドの矢に射られた時、発熱したり、意識が憔悴したりする症状すらなかった僕は、そのままゆるやかに動脈を抉られたことで出血多量で死ぬはずだった。僕はスタンドの矢を射られた時点で、死ぬことが決まっていたはずなんだ。
つまり、僕はスタンドを発現できるだけの資格がなかったことを意味する。でも、仗助君が助けてくれた。虹村兄弟の囮に使われた僕を奪還して、ここまで連れて来てくれた上に、スタンドの力で治してくれた。おかげで僕は今ここにいる。スタンドの矢に射られたことで発生する死の結末が抹消された状態でここにいる。
「きっと仗助が瀕死寸前の康一を助けたことで、ウィルスが君に適性があると勘違いして、中途半端な形で覚醒したんじゃあないですか」
「っつーことはよぉ、康一もスタンド使いっつーことになんのか?」
「ええ、そうでしょうね。スタンドを目視できるのはスタンド使いだけのはずですから。もっとも、使いこなせるかどうかは本人次第だと思いますけど」
「だってよ、康一。あのな、スタンドの使い方ってのは簡単だぜ。自分の身を守ろうとするとか、アイツを懲らしめてやりたいって気持ちになりゃあいいんだよ。そうすりゃあ、あとは本能だぜっ。おまえの精神力独特の能力がばばーんっと出るはずだ」
「そ、そんなあーっ、んなこと急に言われたってわけが分かんないよっ!」
「こればっかりは僕も仗助も似たようなものです。幼少期に発現したせいで発動するのは、呼吸するくらい簡単なんだ。感覚で覚えてるせいで説明するのが難しい。承太郎さんに相談した方が良さそうですね」
「えー、そうかあ?そんな難しくねえだろ」
「ばばーんとか言われてもわかんないよ、仗助君!」
ジョルノ君は静かに笑った。さらっと呼び捨てにしないでほしいな、と不満を告げると、仗助君も便乗して抗議する。
生まれは海外でも育ちは日本で、日本国籍を持っているれっきとした日本人であるとばれてしまったジョルノ君はバツの悪そうな顔をした。わかりましたよ、先輩、と投げやりにジョルノ君は指をさす。
「ここです。ここにスタンドの矢と弓がある」
逃げるのに精いっぱいでそこまで頭がまわらなかった、とジョルノ君はぼやいている。仗助君はぎょっとした。しれっとした顔をして抜け目ないのがジョルノ君の性質だとよく知っているせいだろう、ありえないポカをやらかしたジョルノ君の精神状態がますます心配になったらしい。
大丈夫かよおめーと覗き込んでいる。そして、ひでえことしやがるぜとうなった。中学生らしいしまったっていう顔を垣間見た僕は、むしろ人間離れした外見を持つ石像が人間なんだと認識出来て安心できたんだけどなあ。
さすがにいわないでおいた。がちゃりとドアノブを回すジョルノ君が立ち止まった、どうした?と仗助君が聞く。
「僕のスタンドは、生命を作り出す能力です」
「へえ、そうなんだ」
「そりゃしってるぜ。いきなりどうしたんだよ」
「いつだったか、どうやるんだと仗助先輩がいったじゃあないですか。いい機会だから説明しますけど、まずは植物や動物をイメージするんです。そしてイメージを、その卵の殻みたいに型にするんだ。そして、そのなかに生命エネルギーを注ぎ込む。水風船みたいに満たすんです。基本的に僕から離れたそいつらは、相手にされたことを返すスタンドをもった生き物として独立して、生きていくことになる。僕がスタンドを引っ込めても、もうそいつらは死にません。でも、満たしている水がなくなったら死ぬ。もしくは、僕がわざとその水風船に針をさすイメージで、そいつ単体の能力を解除したら死ぬ。元に戻るんだ。僕がここに連れてこられた時、虹村形兆という人は、僕にこう言ったんです」
がちゃりと音がして、ドアが開く。ぎいいいい、と悲鳴を上げた古びたドアの向こうにほっそりとした腕を見つけた僕はぎょっとした。ジョルノ君は何気なくそいつを拾い上げて、金色に光るスタンドを発現させてふれた。
ほっそりとした、どんどん腐りといていく運命の男の腕はもとの姿に戻った。驚かせんなよお、と仗助君はぼやいた。ジョルノ君の手には木材が握られている。
「人間をつくることは出来るのか」
余りにも倫理的にタブー視されていることを問われたジョルノ君の心情は察するに余りある。ひとつ、ひとつ、バラバラになった死体のように、部分ごとに造られた人体を回収してはもとの物体に戻していくジョルノ君は真顔だった。
あまりにも無機質だった。表情はうかがえない。どうやら精巧なものが出来るまで延々造らされていたようだ。僕たちは顔を見合わせた。
「結論から言うと、NO、でした。今の僕の能力の限界ですね」
淡々とジョルノ君はいう。そして、木材がたくさん山積みになっているところに乱雑に投げ入れた。
「正しくは、ニンゲンの身体は出来ました。出来るようになりました。でも、それは赤ん坊といった方が正しい。僕のいうことを聞く生きた人形にすぎませんでした。それは人間じゃあない。人間の形をしたもっとおぞましい何かです。でも、そいつはあっという間に死にました。僕の精神が耐えられなかったから。スタンドが問答無用で水風船を割りました」
おぞましい実験だったとジョルノ君は言った。
「人間を造れるのか、とあの人は言ったんです。僕は必死で作りましたよ。死にたくはなかったので。でも、つなぎ目同士がどうしてもくっつかないんです。バラバラのままくっつかない。生命エネルギーがなくなったあとも、中を満たすものが調達できないとそれぞれの部分が緩やかに死んでいくんです。なんだって僕は死体を作っているんだろうと発狂したくなりました。できない自分がもどかしいです」
僕たちはかける言葉が見つからなかった。
「あの人がいうには、スタンドは思い込みってのが大事なんだそうです。僕が出来るんだと思い込むことができるほど無知なら、こんなに苦労はしなかったでしょうね。僕は宗教的な団体が母体の児童養護施設で育ったんですよ、先輩。人間は神によって創られたと考えている人たちに育ててもらったんですよ、僕は。人間をつくることは神になり代わろうとする愚か者のすることだ、と幼少期から刷り込まれてきた僕にできるわけないじゃあないですか」
「もういい、もういいんだぜ、ジョルノ。聞いたオレが悪かったよ。ここであったことは見なかったことにする。だからさ、お前も忘れろよ、な?」
「そうだよ、ジョルノ君。君はなんにも悪いことなんか、しちゃあいないんだよ。心配なんかいらないって。さ、行こうよ」
ジョルノ君から表情はうかがえない。僕はジョルノ君の精神が異常をきたしやしないかとちょっとばかり心配になったのだった。ありがとうございます、優しいんですねと他人事のように笑うジョルノ君に一抹の不安を覚えながら、僕たちはスタンドの矢を発見することになる。
お前はここで待ってろと屋根裏の階段付近にジョルノ君を待たせて、僕たちはスタンドの矢を無事に回収したのだった。その矢先、さらに奥の隠し部屋にじゃらじゃらという鎖の音を見つけた僕たちは立ち止まった。動物のような蹄の音がする。なんだろう、と立ち止まった僕は、突然現れた肉の塊に引きずり込まれてしまった。
1987年、日本はプラザ合意をきっかけに発生した円高を生まれて初めて体験した。誰もが日本経済の実力だと錯覚した。冷静さを欠く、浮かれた10年が始まった。あまったお金が土地や株につぎ込まれ、土地や株が値上がりし、資産が増えて、みんな気が大きくなった。消費も増えた。バブル経済のはじまりだ。その波に乗り切れなかった運の悪い男の成れの果てがここにいるのだと彼は言う。
今から12年前、虹村兄弟が6歳、3歳だったころに遡る。会社経営の父親と共に暮らしていた虹村兄弟は、東京に住んでいた。2年前に病気で母親がなくなっていたため、二人は母親をアルバム越しでしか覚えていないらしい。
経営していた会社はうまくいかなくなり、倒産し、膨大な借金をかかえることになった虹村兄弟の父親は自己破産、すべてを失った。にもかかわらず、或る時からろくに仕事もしなくなった父親は、急に羽振りがよくなった。
宝石類や貴金属、札束が転がり込んでくるようになった。そして、虹村兄弟は父親に連れられて、縁もゆかりもない東北地方のこの街に大豪邸を建てて、まるで逃げるように東京を後にすることになる。
当時、世界中からスタンドの才能がある人間を集めていたDIOに魂を売った虹村兄弟の父親は、今となっては分からないスタンドの能力を持って、なにかの任務を遂行していたらしい。金のために雇われたはずの虹村兄弟の父親になぜ肉の芽を埋め込まれたのかは不明のままだ。
肉の芽を埋め込まれたスタンド使いは大きく弱体化する傾向にあり、DIOは極力避ける傾向にあったようだから、おそらく戦力的なスタンドでなかったことは確かである。
しかし、裏切り行為を警戒せざるをえない、凶悪なスタンドだったのか、二人の子供を抱える父親がもつ家族愛がDIOによからぬたくらみを予感させたのかもしれない。いずれにせよ、ジョナサンのスタンドであるハーミットパープルを使えていた以上、虹村兄弟の父親が肉の芽から逃れる術は無かった。
日本には波紋使いがいない。それに波紋は一般人が耐えられないため、よほどの熟練した使い手でなければいずれにせよ、待っているのは死のみだった。虹村兄弟の父親も肉の芽を植え付けられた数年後には死ぬことが分かっていたのだろう、資産はたくさん残していた。
仗助君とジョルノ君が原因不明の高熱から生還したその日、虹村家はそれ以上の悲劇に見舞われた。
1987年の2月上旬、小学校への進学を控えた彼は説明会から帰宅したとき、泣いている億泰君を発見して、父親の暴力を察知して身構えた。でも、そこにいたのは台所の隅でこの世のものとは思えない絶叫をしながら、苦しみぬいている父親。
DIOが死んだことで、額に埋め込まれていた肉の芽が暴走して、虹村兄弟の父親と同化しはじめ、僕たちの目の前にいる不死身の怪物に姿を変えてしまった。
12年間、屋根裏部屋の一室で鎖につないだまま、誰にもばれない様に隠し続けることになった虹村兄弟は、必死で父親を元に戻す方法を捜した。そして10年間、すべてを調べ上げた二人は、スタンドの矢と弓を入手することになる。
絶対に渡さねえと息巻いている形兆先輩は、凄まじい殺気を僕たちに向けてきた。治すスタンド使いを捜すためにか、と悲痛な顔をしている仗助君が直したばかりの写真を抱いて泣いている肉の塊に手を伸ばす。僕は声を殺して泣いている形兆先輩に気付いて、目を逸らした。
おめーが治してくれるってか、と半泣きの声は諦めに満ちている。仗助君のスタンドがふれる。仗助君の視線の先には4人家族の虹村家がいる。ゆるやかに皮膚が伸びていって、本来あるべきところまで戻っていき、髪の毛と同化していた醜い顔の輪郭がはっきりわかるようになった。
すごいや、と歓声を上げようとした僕だったけど、仗助君の表情は暗い。やりきれない顔をした仗助君は静かに首を振った。仗助君がスタンドの力をやめた途端、ぶくぶくとふくれあがった肉の塊があっという間に虹村兄弟の父親を化け物に変えてしまう。
再生能力が早すぎるんだ。だろうな、と形兆先輩は初めから期待していなかったようで、乾いた笑を漏らしている。二人がスタンドを発現したのは、父親を殺すため。でも、バッド・カンパニーの最新鋭兵器は全く役に立たない。億泰君のザハンドは手のひらサイズの削りを延々に繰り返さなければならず、再生能力と相殺してしまい、堂々めぐり。
つんざく悲鳴と父親を殺そうとしている事実に億泰君が耐えきれず、途中で心が折れてしまった。永遠に醜い肉の塊として生きていく運命にある父親は、いつか虹村兄弟が死んだあと一人ぼっちになってしまう。それだけは避けたい。せめて目の前で死んでいくのを見届けたいというゆがんだ愛憎を抱えながら、形兆先輩は泣いていた。
「殺すスタンド使いよりよぉ、治すスタンド使いを捜すっツーんなら、手伝ってやってもいいぜ?そっちのほーがいいんじゃあねえか?なあ?」
優しい仗助君の言葉に、きっと睨みつけた形兆先輩は低い声でうなった。てめえらに何が分かる、と差し出された手を弾き返し、形兆先輩はふらふらとした足取りで立ち上がる。
「そりゃあオレたちがとっくの昔に通ってきた道だ。治癒能力っつーのは精魂が優しいやつじゃあねえと発現しねえんだよ、あほんだらァ。始めこそ、同情してくれたやつらに頼んでスタンドの矢を射ったぜ。みんな死んじまったがな。結局スタンドを発現すんのは精神的に確立したもんがあるやつに限られちまう。善良なやつらより、犯罪者のやつらの方がよっぽど確率がたけえんだよッ。甘ったれたことぬかすんじゃあねえぜッ」
あまりにも残酷な事実に僕たちは絶句するしかない。打ちひしがれたんだろう、きっと。だからあまりにも残虐な方法をとるしか残されていなかった。それほどまでに、虹村兄弟は追い詰められていたんだ。
「今年に入ってから、この街の行方不明者は何人だと思う?81人だ。異常な数字だぜ。平均の8倍もある。常態化しちまってるせいでこの異常な数値に特別な関心を払うやつらはいなかったが、お前らは気付いちまった。そうだ、そのうち何人も手をかけたのはオレたちだ。オレは何があろうと後戻りすることは出来ねえんだよ。スタンド能力がある人間をみつけるために、何人の命を奪ってきたと思ってやがるッ。今さら遅えんだよォッ!」
「そんなことやってみなくちゃあ分かんねえだろうがよぉ。承太郎さんのこと知ってるみてえだし、なんならオレが掛け合ってやってもいいんだぜ?だから、その弓と矢をこっちに渡しなよ、億泰の兄貴」
「空条承太郎と繋がってる時点で、てめえらは信用ならねえんだよ、ふざけんじゃあねえぜっ!あの男の背後にいるSPW財団が慈善団体じゃねえことは、東方仗助、おめーも見てるはずだぜ?アンジェロの件でな。勘違いしてんじゃあねえぞ、てめえはよォっ!」
「ああ、よーくしってるぜ。でもな、あの人がDIOの手下だったからって理由で、助けを求めてきた人間を拒否するような人間じゃあねえってことくらいはわかってんだ、こっちはよ!」
仗助君がいうには、SPW財団はアメリカの石油王が巨万の富によって設立した財団であり、主に医療に力を入れている。その中には超常現象を扱う部門があり、ジョースター家とDIOとの因縁を憂いた創始者が、過酷な運命を背負う彼らを助けるためにという遺言によって設立されたものらしい。
原因不明の病気で苦しむ人間の治療や介護をしながら、新しいスタンド使いの情報をジョースター家に提供して、バックアップしているとのこと。
承太郎さんがこの街にやって来たのは、スタンド使いが急増しているからであり、アンジェロからスタンドの矢の存在が明らかになったから。SPW財団は6本あるはずのスタンドの矢を血眼になって探しているらしい。
形兆先輩がいってるのは、アンジェロが逮捕されたのは自動操縦型だったスタンドを脱出不可能な容器に入れて冷凍保存されたからだってことらしい。アンジェロはスタンドと本体の感覚が共有しているから、精神だけが窒素によって冷却された空間に監禁された状態にあるのと同じ。
低体温症と壊死する身体を延命し続けるため、病院から出られることは二度とない。はっきり言って死刑囚には生ぬるい最期だとおもうけど、そのSPW財団に関わっている人間の大半がDIOの犠牲者を家族や友人、同僚に持っているとなれば形兆先輩が危惧するのは無理もないなあって思った。
SPW財団は各地に支部がある一枚岩とはいかない、あまりにも大きな組織だ。
かつてDIOに魂を売った人間が助けを求めたところで、人道的な支援を派遣された人間が行えるのかまでは保証できない。世話をするのも人間だ。奉仕者じゃない。肉の芽についての研究結果をSPW財団が握っていると言うことは、その研究の被験者になった人間がたくさんいたってことになる。
創始者が暗黒街の出身者で、勢力を拡大するためにマフィアみたいな暗部ともかかわりをもっていたみたいだから、仗助君が承太郎さんから教えてもらってない大人の事情も形兆先輩は知っているようだった。
10年もの間調べ上げてきた中で、形兆先輩が入手してきた確かな筋の情報では、少なくとも父親を預けられるような環境じゃあなかったってことだろう。
虹村兄弟は天秤にかけて、父親を生贄に捧げて保護下にはいるという選択肢を選ぶことができなかったんだ。監視下に置かれることが我慢ならなかったんだ。たった二人だけで完結してしまった世界では、どうしても思考回路は硬直化するし、視界は狭くなっていく。
じりじりと追い詰められていった末の凶行だと思うと、僕は言葉にすることができなかった。ばたん、と音がして、僕たちは振り返る。そこにはぐしぐしと涙をぬぐう億泰君がいた。いたのかよ、とバツ悪そうに仗助君はつぶやいた。どかどかと歩いてきた億泰君は、形兆先輩の弓をひいた。
「もうやめようぜ、兄貴」
「億泰、てめえ」
「なあー、こんなことはよぉー、もうやめにしようぜ、もうやめようぜ、なあ。仗助のいうとおり、おやじは治るかもしれねーなあ、肉体は戻んなくてもよー、心と記憶は戻るかも知れねえぜ?」
「なに掴んでやがるんだ、億泰」
「兄貴ぃ」
失望する眼差しを向けられて、億泰君は尊敬するお兄さんに拒絶されたと悟って表情を曇らせた。
「バカだ、バカだとは思ってたが、ここまで馬鹿だとは思わなかったぜ、この野郎。進歩なき人間は生きる価値がねえと何度も言ったよなあ?億泰。どけ、億泰。おめーはおれに刃向ったな。この瞬間からおめーはおれの弟じゃあねえ。躊躇なくオレはお前を殺せるんだぜっ」
乱暴に押しのけられた億泰君はよろめいた。その隙をねらって、弓から億泰君を振り落とした形兆先輩の弓ひく先にはジョルノ君がいた。それでも億泰君は食い下がる。しばらくの押し問答、小競り合いがつづいた。
「動くんじゃあねえぞ、汐華初流乃。てめーもこれで終わりだな。DIOの息子でありながら、ジョースター家の血をひくてめーをSPW財団がほっとくわけがねー。汐華家がおめえを引き取らなかったのは、つまりはそういうことだ。売られたんだよ、てめーはよ」
え、と思わず僕たちは目を丸くした。ジョルノ君がDIOの子供だって!?ジョルノ君は形兆先輩直々に教えてもらったから、ととんでもない爆弾を投下しながら、静かに予想はしていましたよ、とつぶやくのみで口を真一文字にむすんだ。
仗助君は大慌てで耳を貸すなと声を張り上げている。形兆先輩は自棄になったのか声を張り上げている。彼の手元から億泰くんがスタンドの矢を奪い取ったのだ。
「いいことを教えてやるよ、汐華初流乃。空条承太郎は、お前の父親であるディオ・ブランドーを殺した男だ。一番の理解者が仇とは笑えるな」
「億泰の兄貴、てめえ、なんつーことをっ!!」
「オレは事実を教えただけだ、何を怒ってやがる。いずれはわかることだろうがよ」
ただわかるのは、虹村形兆という人は、心の底からDIOを憎んでいるんだということだけだった。もちろんそんな男に魂を売った父親の自業自得だし、逆恨みもいい所であり、ジョルノ君はむしろ犠牲者といってもいい立場だと分かっている。
この人はあまりにも頭がよすぎた。いつでもメリットとデメリットを考えられる上に、リスクを最小限にしようとするあまり、希望を抱く前に頭が理解をしてしまい、すがることができない。それでも、人の心は理解と一番遠い所にある。
それが唯一人間らしいところとして残ってるんだとしたら、あまりにも悲しい現実だ。ジョルノ君は目を伏せて何も言わない。ジョルノ君は表情があまりにも乏しい、もしくは意図的に隠している。
それでも、まだ14歳の中学生だ。それなのに、涙腺は死んでしまったかのように、全く水分がわいてこないし、顔の筋肉は凍りついたように能面のままだ。それでも形兆先輩は心底満足そうに笑った。ジョルノ君は静かに目を向けた。
「空条さんが僕の父親であるDIOを殺したのであれば、仇なのは事実でしょうね。しかし、空条さんがDIOを殺したことで、僕が生き残ることができたのは事実です。奇妙なことですね。復讐に値する人間でありながら、命の恩人なんて。」
しばらく、嫌な沈黙がおちた。
「おい、おめーらよ、ちょいとばかしききてえんだが、いいか?」
ふと天井を見上げた仗助君がつぶやく。みんなの視線が集中した。
「おめーらの他にまだ身内はいるのかよ?」
「身内?!おれたちは3人家族だぜ!?」
「窓に指紋!誰かい……コンセントの中から……まさかレッド・ホット・チリ・ペッパーかっ!?くそっ、億泰、どけえっ!ぼさっとつったってんじゃあねえぜっ!」
「あ、兄貴っ!?」
「ぐあああああああああああああああああああっ!!」
兄貴いいいいっと億泰君の悲鳴が響く。あわててみんな向かおうとするのだが、コンセントから出現したスタンドは、凄まじい発光と熱をまき散らしていて近づけない。目をやられた僕たちはまともに直視することすら出来なかった。
がふ、と真っ赤な液体が散布した。形兆先輩の形がどんどん曖昧になっていく。これは電気だ。電気と同化していくんだ。ジョルノ君と仗助君、億泰君がスタンドを出現させるのはほぼ同時だった。
なんとか引き離そうとするも、くるんじゃあねえっと形兆先輩のバッドカンパニーが僕たちを近づけまいと威嚇射撃をしてくる。どういうつもりだよ、と億泰君は叫んだ。引きずり込まれてえのか、このダボガアッ、どこまでも足手まといしやがって、くそガッと形兆先輩は怒鳴りつけた。
「この弓と矢は頂くぜ、利用させてもらおうじゃあねえのっ!あんたにこの矢で貫かれたことで目覚めたスタンド使いのこのオレがなあっ!!」
耳をつんざく悲鳴が聞こえてくる。あっというまにコンセントに吸い込まれていった形兆先輩を追いかけて、億泰君は屋上に繋がる隠し階段に一目散にかけていく。僕たちも慌てて後を追った。け、ちょ?とたどたどしい言葉でつぶやかれた言葉が耳に痛い。
すっかり暗くなり始めた屋上に辿り着いた僕たちは、打ちひしがれた様子で崩れ落ちている億泰君を発見した。震える指の先には電線に絡まって逆さ吊りにされている感電死した遺体。仗助君は肩を叩いた。あまりにもあっけない幕切れだった。
足手まといといわれたけれど、最後の最後に億泰君のお兄さんとして、あの人は億泰君を庇ったんだ。きっとあの人は億泰君を殺せない人だったんだと僕は思いたい。男泣きする億泰君を慰める仗助君を見つめながら、僕はジョルノ君とともに立ちつくしているしかなかった。