葬式はこれで3度目になる。1度目は僕の母親。2回目は......。
オリオン座流星群は明るい流星群のひとつで、毎年10月19日から23日の間に東の空で見られる。オリオン座の中でふたご座との境界付近に放射点があり、比較的速度が速いため、明るい流星が多くみられる。
母天体はハレー彗星で、約3000年前のハレー彗星の塵による。なお、5月に見られるみずがめ座エータ流星群もハレー彗星を母彗星だ。
国立天文台の情報によれば、流星群ピークである「極大」を迎えるのは10月21日の20時頃とされていた。S市天文台の公式ホームページにも、同じことが書かれているので、全国とほぼ同じだと考えて大丈夫だと彼はいった。
「どこに行くんですか?」
極大、一番星が見える時間帯、となる10月21日の夜に月が見えないので、月明かりに邪魔されることなく流れ星を楽しむことができ、1時間に15個ほど流れると予想されている。
流星がくる期間だけで考えれば、10月2日~11月7日の約1ヶ月間は観測が可能だが、ただピーク時と比べると、流星の数は確実に少なくなってしまう。できれば「極大」がくる日に観測できるよう、準備しておくことが大切らしい。
よく「オリオン座流星群を見るためには、東の空を見たほうがいい」と解説されているサイトが見受けられるが、これは間違い。基本的にはどの方角からも観測することは可能だ。
特にS市のような「都市部が明るい」地域だと、夜でも街から放たれる光が尋常ではない。最初から「東の空だけ見上げていよう!」として方角を定めてしまうと、簡単に見失ってしまう。
S市天文台でも紹介されているように、寝転がって空全体を眺めるような場所をさがして観測するのが一番。また、流星群は放射点を中心に全天に流れるので、放射点のある星座の方を見ているだけではいけない。寝転がって空全体を眺めるようにしなければならない。
天体観測を行うために必要である“鉄板の場所”の原則は、以下の通り。
街の明かりがこない、真っ暗な場所。ある程度、他より高いところ。できるだけ視界が広い。これに沿った場所を選んでいくようにすれば、S駅中心から行くようところであっても観測することが可能になる。まあ、要は街明かりのない所に行け!ってことだ。
S市近郊から行けるオススメの穴場スポットはいくつかある。
まずはスキー場からも近い、泉ヶ岳。定番のスポットなので人は多いが、やはり夜空を眺めるのにいい場所であることに違いない。駐車スペースも広く、ここから観測することも可能なので、車で行く人にとっては絶好のスポットになる。
次は泉ヶ岳に行く途中にある、七北田ダム。その近くにある展望公園が、星の観察スポットとして挙げられる。周囲が暗い道が続くので、天体観測できそうな場所を探りながら行けるのもポイント。
また、釜房湖周辺にある釜房ダムもよさそうだ。中心街から車で30分ほどで行くことが可能なので、そこまで遠くに行きたくない!って人にもおすすめできる。
夜空も夜景も楽しむことができることでオススメなのが、名取市にある「海の見える丘公園」。夜景の光を一望できる場所がある一方で、奥の方ではゆっくり夜空を鑑賞できる“オイシイところ”だけを取ったスポットとなっている。
だが彼が僕を案内したのはいずれでもなかった。
人っ子一人通らない早寝の暗い横通りには、狭く咽喉のようになった往来がある。小広く引込んだ道には、高いアパルトマンの間の谷底のような狭い露路、街道のほうから閑静な住宅街にはいる白い道すじがある。
そこを横切り進んでいくと、よそよそしい表通りよりもどこか親しみのある、汚い洗濯物が干してあったりがらくたが転がしてあったりむさくるしい部屋が覗いていたりする裏通りが姿を表す。普通の通行人のための路ではないような暗い星の冴えた小路がある。
大きな通りを外れて街燈の疎らな路へ出る。月光は初めてその深祕さで風景を照していた。横に切れた路地は大通りから1本入ると、めまいのように夜が暗かった。
僕は彼に促されて、化粧品を蝶に変えた。夜でも見栄えがする大きな蝶だ。ふわりと舞い上がった蝶を追いかけて、僕と彼は歩き始める。
僕は庭のブロック屛をのりこえて「路地」に下りた。 「路地」とは言っても、それは本来的な意味での路地ではない。正直なところ、それは何とも呼びようのない代物なのだ。正確に言えば道ですらない。
道というのは入口と出口があって、そこを辿っていけば然るべき場所に行きつける通路のことだ。 しかし「路地」には入口も出口もなく、それを辿ったところでブロック屛か鉄条網にぶつかるだけのことだ。それは袋小路でさえない。少くとも袋小路には入口というものがあるからだ。
近所の人々はその小径をただ便宜的に「路地」と呼んでいるだけの話なのだ。
道幅は一メートルと少しというところだが、垣根がせりだしていたり、いろんなものが路上に置かれていたりするせいで、体を横に向けないことには通り抜けられないところも何ヵ所かある。通りと通りを結ぶ近道のような機能を果していた。
高度成長期になってかつて空き地であった場所に家が新しく建ちならぶようになってからは、それに押されるような格好で道幅もぐっと狭くなりその道はまるで放棄された運河のように人知れずとりのこされ、利用するものもなく、家と家を隔てる緩衝地帯のような役割を果している。
路地をはさむようにして建った家々は、まるで比重の異なる液体を混ぜあわせたみたいに、はっきりとしたふたつのカテゴリーにわかれていた。ひとつはゆったりとした広い裏庭を持つ昔からの家のグループで、もうひとつは比較的最近建てられたこぢんまりとした家のグループだった。
その先に蝶が舞い降りる。
「これは......」
10歳の僕には刺激が強すぎる陰惨な光景が広がっていた。そこには湿っぽい臭いを放っている死体があった。腐敗した杏の匂いに近い死体の臭気は新聞紙を通して触れる死骸の硬さがあわれだった。
彼は何も言わず縄を渡してハシゴを下ろし、ぎいぎいさせながら降りていく。僕も続いた。
僕は目を閉じて、自分が死んでいくところを想像してみる。すべての肉体機能が停止し、最後の息がすうっと肺から出ていく。最後の息というのは、思っているよりもずっと硬い。まるで軟式のテニスボールを喉から吐いているみたいな感じがする。
何かを言おうとして口を動かしている。しかし、かすれた声は不鮮明で、ほとんど理解することができない。
吐き気をもよおすほどの死肉の腐臭が立ち込め、全身が丸太のように硬直した死体は柔らかい作りかけの粘土細工のように生々しい。目や鼻から一筋二筋、血の流れている凄惨な死体はきたならしい漆喰の人形のような女のむくろだった。
黒焦げの死骸はどこにさわってもぼろぼろと毀れる灰の人形に過ぎない。彼女は凍りついた無感動とでもいったようなものを身に纏っているだけだった。
化粧品がかたりとおちる。
彼は静かに拾い上げる。
「ありがとう、ジョルノ」
聞こえてきたのは鼻声だった。後ろからは肩を震わせる彼しかわからない。僕はじっと見ていることしかできなかった。
「僕が探していたものがようやく見つかった。僕の記憶ではどうしても場所が特定できなかったんだ、君のおかげだ。君のその不思議な力のおかげで僕は」
「..................!」
僕は目を見開いた。彼の、琢馬の目には、煌々とほの暗いものが浮かんでいたのである。
それは宿題を終わらせるために通っていた図書館での出来事だ。
淀んだ紙の匂いがする図書館では、学生の大半が積み上げた本の影でまどろんでいる。閲覧室全体が、一斉のまどろみに襲われているのだ。書架が林のように並び、僕と彼を覆い隠している。
彼の横にはさほど大きくはないがずっしりと重たい本、かび臭い革表紙の重い辞典、本の紙が粗末で、六十年余りの歳月に朽ち葉色に変色している文庫本が伏せたまま置いてある。
映画化が決まったばかりのインクもにおい立つような新刊本、話題の肩の凝らない気楽な読み物の横では黄ばんだページをめくる生徒がいる。僕の記憶が正しければ、教科書みたいに偉そうに分厚い説明書だ。中身も面白くない。
周りから距離を置くために一番奥のテーブルに僕らは移動したはいいものの、所在なげに黙ってしまった。図書室は底のほうに気持ちの悪い暗流を潜めながら造り笑いをし合っているような不快な気分に満たされた。
長く続く沈黙が当然ひき起こす一種の圧迫を僕も感じてうろたえたらしく、なんとかして彼との間の気まずさを引き裂くような、心の切なさを表わす適当の言葉を案じ求めている。
要点を心の中で整頓するらしくしばらく黙っていた。彼は絶え入るように声を細めて言葉を結ばぬうちに口をつぐんでしまった。そのあとには沈黙だけがふさわしいように口をつぐんでしまった。
「見つからない?見つからないって、あの?なにいってるんですか、琢馬」
深淵よりも深いため息と沈黙の先で彼は頷いた。
「これを頼りにもう一度いってみたが、ダメだった」
彼の瞬間記憶能力を凝縮したような追体験装置を片手に彼はいうのだ。これを読むと彼の記憶を読者は追体験できるらしいので、僕とあの夜に遺体を探しに行ったことが詳細に載っているはずなのにだ。これと逐一確認しながら追尾すればいずれ目的地にたどり着くはずだったのに。
「どうやっても辿り着かない。おかしい、おかしすぎる」
僕も頷いた。唇がからからだ。
「だから僕はひとつの結論に辿り着いた。彼女は自殺したわけでも事故で死んだ訳でもない、出られなかったんだ」
「スタンド能力に目覚めなければ突破できない密室ですか」
「彼女は見殺しにされたのだ、餓死するその瞬間まで。これは殺人だ。そう考えれば僕が生まれた瞬間から捨てられるまでに周りから聞こえてきたすべての音の説明が矛盾なくできる」
彼がスタンドの本を握る手が白んでいる。
今、彼の中にはとどろくような思いが胸のなかに渦巻いている。降りつもって、この街をうめつくして、窒息するほど降りつもるほどに。この憎悪は一生忘れないぞと思う顔がある。笑顔で窒息しそうになる気持ちを幸福な人間は知らないだろう。僕は感化されて胸の中では呼吸のとまりそうな窒息感におそわれる。
彼の目は恐ろしい催促をやめない。それにその目の恨めしそうなのがだんだん険しくなって来て、とうとう敵の顔をでもにらむような、憎々しい目になっていく。
あの死体にはたしかに身の毛がよだつほど邪悪な悪意が存在していた。彼がそれほどまでに固執する女性に僕は検討も付かなかったが、なんとなくわかった。
「だからジョルノ、頼みがある」
「なんですか?」
「彼女を運んで欲しい」
僕は頷いた。この掃き溜めのような密室から哀れな彼女を救い出さなくてはならない。舞い上がった蝶の先には、オリオン座流星群が見えた気がした。
花にたわむれている蝶は粉雪のように軽い。むやみにせっかちに飛び回る。頭に白い羽毛をつけ、銀粉を全身にぬって片脚をかるく上げて、今、空中に飛び上ろうとする美しい踊子を想わせた。ロバみたいに大きな蝶や白い蝶のむれは白い花畑のように数を増して来た。
黒い蝶はぴたりとまり、ぴたりと、はねをとじた。あるいは弓弦のように引きしぼった大きな蝶の羽が浮遊する。二本の触角だけが絹糸のように白かった。ふらふらと宙をさまよってきて、彼女の青いワークシャツの肩にとまった。
蝶は恐れることを知らないように、そこで眠り込んだ。たくさんの蝶が、初めも終わりもない意識の流れを区切る束の間の句読点のように、あちこちに見え隠れしていた。見たこともない南国の蝶が花にとまった。蝶はカラフルな大きな羽を折り畳み、安心して眠り込んでいる。
役目を終えた瞬間にすぐ近くの生垣に遺体の断片たちが転がっていった。
この時の僕はこれで名前も知らない女性が報われると思っていた。彼の大切な人が救われたとばかり思っていた。だがそういうわけではないらしい。
入れかわり立ちかわりやってくる弔問客は、晩骨のそばで通夜をして、それからすぐ忘れて、さっさと自分の日常にかえってゆく。昆虫のような強靭さを持っているように、僕には見えた。影のようにひっそりとした参列者に紛れて僕は葬儀に参列したのだ。焼香の先で初めて見た女性は彼とよく似ていた。
粛々と進む行列の先で、僕は彼と対面した。
遺体は、棺桶に窓がない。
長きに渡る失踪ののちの発見だ、本体は警察に最初に運ばれたからだという。今は目立たない一画にある、死体安置部屋の目立たない小部屋に安置されているらしい。移動式のベッドの上に仰向けに寝かされ、白い布をかけられても、腐敗はごまかしようがなく、初めて対面した両親は卒倒したという。
彼はたんたんと教えてくれた。窓のない真四角な部屋で、白い壁を天井の蛍光灯がいっそう白く照らしていた。腰までの高さのキャビネットがあり、その上に置かれたガラスの花瓶には、白い菊の花が三本さしてあった。花はおそらくその日の朝に活けられたのだろう。壁には丸形の時計がかかっていた。埃をかぶった古い時計だが、指している時刻は正確だった。
それは何かを証言する役目を担っているのかも知れない。そのほかには家具もなく装飾もない。たくさんの老いた死者たちが同じようにこの簡素な部屋を通過していったのだろう。無言のままここに入ってきて、無言のままここを出て行く。
その部屋には実務的ではあるが、それなりに厳粛な空気が大事な申し送り事項のように漂っていたと。
彼によれば実際の火葬は数ヶ月後らしい。大往生ならば煙となって空に立ち上り、雲に混じり、そして雨となって地表に降り、どこかの草を育てることを喜ぶかもしれないが程遠い。
「人が死んだ後の手続きはあっけないほど簡単だった。でもこれが葬式というものだったんだな」
彼は参加者を見つめながらいう。生前に何があったとしてもすべてを忘れて、その場を共有している全員が悼んでいる、惜しんでいる、心から悲しみ、 冥福を祈っている。
両親はもう年老いているのにさらに老け込んで見えた。悲しみは喪服の全身から淡く立ちのぼり、ある種の覚悟したことを感じさせた。2人の喪服は茶器のうわぐすりのように2人の迫力ある悲しみと決心の文様を彩っていた。
頭を下げ、声を小さく僕は耳を疑うような話を聞き返した。
「......事故死?」
「そうだ、事故死だ」
「これだけ不自然な遺体なのに事故死?」
「ああ、出産した形跡があるのに赤子の遺体が発見されず、出血多量ではなく餓死で死んでるのに事故死だ」
僕は沈黙するしかない。おかしい、あまりにもおかしすぎる。なにかの圧力を感じざるを得なくなる。それは彼も同じようで難しい顔をしている。ただでさえ乏しい顔が石像のようになっていた。
密室のことを説明できなければ無駄だと僕は悟った。
僕にできることは何も無かった。ただ13年間行方不明だった一人の女性の死を発見したことを年齢より老けこんだ両親から感謝された。
「僕がぶどうヶ丘高校に進学できた理由がわかったんじゃあないか?」
参列者が少ない葬式にて慰問ではなく親族側にたっていた彼を見れば嫌でもわかった。
それから4年の歳月が流れている。
「急にどうしたんだ、ジョルノ」
「実は......」
一連の話を聞いた彼は冷ややかに僕を見た。
「スピードワゴン財団か......」
しばし考え込んだ彼だったが小さく首をふる。
「考えさせてくれないか、ジョルノ。なかなか愉快なことになっているのはわかったが、さすがにすぐ答えは出せそうにない」
「わかった」
僕が話し終えると、しばらく二人のあいだに沈黙が下りた。未解決が確定した殺人事件についての殆んど何のとりかかりもない話のあとにいったいどんな種類の話題を持ちだせばいいのか、僕にも彼にも見当がつかなかった。彼はスタンドの本の縁を指でなぞる。僕はやはりスタンドの話なんてするべきではなかったのだ。
そして3度目の葬式がはじまる。
首謀者である虹村形兆という青年の感電死によって、あっけなく幕を閉じた半年にも及ぶ僕の連続誘拐未遂事件の真相は闇の中に葬られてしまった。主犯格がぶどうヶ丘学園高等学校の3年生であることを証言できるのは、実行犯である片桐安十郎。
でも、アンジェロはスタンドが所在地から200メートル圏内の建物を買い上げたSPW財団によって厳格に保管されている。普通ならアンジェロはスタンドを使っての脱走はできないから、刑務所に送致されて裁判を受け、今度こそ死刑が執行される。
そのスタンドの管理方法が結構えげつないせいで、感覚共有しているアンジェロは仮死状態に置かれている。そのせいで病院から出られないため、刑が執行されることはないかもしれない。寿命が尽きるのを待つ方が早そうだ。だからまともな証言ができる状態ではない。
目撃者である仗助先輩、康一先輩、そして被害者である僕だけだ。でも、僕たちは警察の取り調べに対して、スタンドや虹村兄弟の父親のこと、どうして形兆先輩が僕を誘拐しようとしたのか、という真相には一様に口を閉ざした。
しらない、わからない、としらをきりとおした。その結果、形兆先輩は僕の保護者の車を盗難して、僕を虹村邸に監禁していたという警察が把握していた事実だけが残る。死人に口なしという形で容疑者死亡のまま書類送検、不起訴処分という形で事件は決着することになった。
犯行動機や行動に関しては警察側が勝手に補完したので、僕の養父と片桐安十郎が主犯格、虹村形兆先輩はそれに加担した共犯者という位置づけになった。億泰先輩は、僕が虹村邸に監禁されていた時間帯は、ぶどうヶ丘学園高等部に登校していたことがアリバイとして成立したことで、今回の件に関しては無関係ということですぐに釈放された。
ほとんど形兆先輩の指示通りに動いていただけの億泰先輩は、その行動の意味を全く理解していなかったこともあって、警察はどうやら億泰先輩の関与を見い出せなかったらしい。形兆先輩がスタンド使いを量産するために、刑務所に侵入した証拠はスタンドを使ったため残っていないし、億泰先輩がザハンドで抹消したから、物的な証拠は全く残っていないのが現状だ。
だから、真相とは程遠い立場で形兆先輩は書面に事実として残ることになったのだった。形兆先輩の感電死も不審死極まりない状況であるにも関わらず、一刻も早く事態を収拾したい警察の思惑が働いたらしく、自殺という形で決着したのはさすがに驚いた。
容疑者が死亡している以上立件できない警察が捜査を続けるのはドラマや小説の話だけの話らしい。保護者の彼は苦い顔をしていたから、SPW財団あたりから圧力がかかったのかもしれない。
僕たちが沈黙を守ったのは、僕たちの連絡を受けて駆け付けた空条さんの指示だ。一連の事件がスタンドという超常現象が複雑に絡み合っている以上、非現実的な現象を目視できない人間に物証としてスタンドを提供することは不可能との判断だった。
スタンドの矢と弓が形兆先輩が生み出したスタンド使いに奪われたこともあって、SPW財団側はますます表ざたにすることができなくなったのだろう。一夜明けて、保護者の彼に迎えに来てもらった僕は、大事を取ってそのまま警察病院に数日入院する羽目になった。
わたしは、結局、一度も君を守ることができなかったな、すまないと頭を下げられた時にはさすがに堪えた。カウンセリングをうけたおかげで、精神的には回復したから、翌週には中学校に復帰した。久しぶりに登校した僕を校門前で待っていた仗助先輩と康一先輩がつげたのは、形兆先輩のお葬式の誘いだった。
虹村家は父親が自己破産したとき、親戚筋に相当迷惑をかけたことで、完全に縁がきれてしまったようだった。この10年間億泰先輩は、一度も親族とあったことがないらしく、物心ついたころにはこの街にいた億泰先輩は、全く連絡先をしらないありさまだった、とは仗助先輩の談である。
みんなで虹村邸を懸命に探し回ったらしいが、形兆先輩がひとつ残らず処分してしまったようで、なしのつぶて。肉の芽と同化してしまった父親のことを考えると、その方が結果的によかったのは悲しいところだ。
それでも、せめてお葬式くらいはしないといけない、と思った仗助先輩は、東方巡査を頼ったらしい。朋子さんが子供のころに奥さんを亡くしている東方巡査くらいしか、お葬式の段取りなんてわかるわけがなかったからだ。
事情を聞いた東方巡査は快諾、いろんな段取りを代行してくれて、お通夜とお葬式と火葬をこの街の風習通りに行うことになったらしい。こうして僕は生まれて初めてお葬式に参列したのだった。とても小さな式だった。
そして、その数日後、僕は仗助先輩と一緒に社王グランドホテルに向かったというわけである。アンジェロが派手に暴れたせいで、空条さんが宿泊していたシングルルーム階層が絶賛改装工事中だ。僕たちが案内されたのは、ダブルルームをデラックスシングルとして格上げしてもらった部屋だった。
社王グランドホテルも赤字覚悟とはいえ、行方不明になったスタンドの矢と弓を回収するまで長期滞在するつもりの上客を逃す気は全くないらしかった。ルームサービスを頼む電話を終えた空条さんが、僕と仗助先輩が座っているソファの向かいにどかりと腰を下ろした。
「………スタンドをあの矢で貫かれたというのは、ほんとうなのか?」
僕は静かにうなずいた。まじかよー、と仗助先輩がぼやく。
「まあ、そりゃそうか。ジョルノに限って、なんのメッセージも残さねえで、無抵抗なまま拉致されるわけないもんなァ。おかしいと思ったぜ」
「アンジェロの背後にいるのは、もっと大きな組織だと思ってましたから、気付くのに遅れたんです。まさか高校生だとは思わなかった。正直、残党の過激派が僕を祀り上げるために画策してたか、SPW財団あたりが僕を殺しに来たのかと思ってたもので」
「さらっととんでもねえこというなよ」
「DIOという男はそれだけのことをしたってことですよ、仗助先輩」
「そりゃそうだけど、おめーには関係ないじゃねーか」
「ほんとですよ、いい迷惑です」
「形兆からすべて聞かされたらしいな」
「ええ、あなたが僕の命の恩人であり、親の仇でもあるという奇妙な関係であることを最悪な形で暴露されました。僕は仗助先輩にとっての大叔父であり、空条さんのひいお爺さんだってこともね。でも、正直、僕にはどうでもいいことだ。DIOは死んだ、それまでの男だった、それは運命だったってこと、それくらいしか僕にはわからない。DIOという男から受け継いだものは、僕のために使わせてもらう。それだけです」
「そうか」
「ええ」
「それがおれたちに立ちふさがるものじゃあねえことを祈ってるぜ、汐華初流乃」
「そうならないことを祈ってますよ、僕もね。あなたたちを相手にするのは骨が折れそうだ」
「頼むからこっええ会話をにっこにこしながらしないでくれよー、逃げたくなっからよー」
空条さんがにやりと笑った。この人が仏頂面を崩して、喰えない笑みを浮かべるのは初めてな気がする。案外ノリがいいのかもしれない。くだらないブラックジョークの応酬に応じてくれるくらいの余裕はあるようだ。僕も唇の縁をつりあげる。
静かに弧を描いた僕に、空条さんはふんと鼻で笑った。仗助先輩はもーやだぜこの人たちとでも言いたげな顔をして、ようやくやってきたルームサービスの応対をするために、そそくさと腰を上げた。
「スタンド使いにスタンドの矢が刺さるとどうなるんだ?なにか気付いたことがあるなら教えてくれ」
「まずは、スタンドを初めて発現したときのような状態になりました。原因不明の高熱に襲われて、昏睡状態になるんです。そのあと、スタンドが暴走状態に移行しました。僕の場合は、スタンドがうまく制御できないころみたいに、生命エネルギーが逆流するんです。スタンドの力が僕に跳ね返ったんです。すべての感覚が何十倍にも過敏な状態になって、しかもすべてがゆっくりになるんです。虹村邸に連れてこられるまで、無理をして戦闘をしたんですが、何十倍も痛みが増幅された上にゆっくりになっててろくに戦えなかった。その間、僕は無防備なままだったので、バット・カンパニーのサンドバック状態でしたね。あのときは本気で死んだ方がましだった。もっとも、これは僕のスタンド能力の暴走の仕方です。他の人の場合はちがってくるんじゃあないですかね」
「そのあと、どうなった?」
「スタンドの能力に変化が生じました」
「変化?進化したわけじゃなく?君のスタンドは発現する時期こそ仗助と同時期だが、スタンドを認識したのはここ最近だろう。そのせいかまだまだ成長の余地があるように思う。それとはまた違うのか?」
「ええ。成長という意味では、たしかに反射機能が任意で付けられるようになった。でも、これとはまた別の能力ですね」
「仗助が言ってたパーツの作成か」
「ええ、その通りです。今まで僕のスタンドは、生命そのものを生み出すことはできました。でも、その一部分だけを作成することは出来なかったんです。簡単にいうと、バナナの樹をつくることで、バナナの樹と葉と果実はできるけれど、バナナ単体はどうしてもつくれなかった。バット・カンパニーに包囲された中で、人体作成を強要されるという極限状態に置かれていたとはいえ、まさか出来るとは思わなかったんです。不思議なことに、バナナの木は反射機能を任意でつけることができるんですが、パーツであるバナナの果実にはそれを造るのは不可能です。反射機能は僕が生み出した生命が本能としてもっているものですから、持たないやつは生命とはいわない。もっとなにか、生きている人形のようなものですね」
「なるほど。能力の延長上にしては、ずいぶんと変質するようだな」
「ええ、完全なる物体ですね。なにせ、僕のスタンドによって、違う生命を生み出すことができました。僕のスタンドが生命を生み出せるのは、物体のみです」
「その気になればキメラを造れそうだな、DIOがそうしたように」
「僕が児童養護施設で暮らしてなければ、が付きますよ。無意識のうちに刷り込まれた価値観は、今の僕を為してることにはかわりない」
「なるほどな。やれやれだぜ、もし君がDIOのもとで育てられていたらと考えると末恐ろしくなるな。間違いなく、君はおれ達の前に立ち塞がったにちがいねえ。殺さなきゃいけなかったかもしれないな」
「そうですね、その場合、きっと僕は肉の芽を植え付けられているか、DIOに精神を乗っ取られてスペア扱いだったでしょうから。きっと救いはないですよ。たらればはやめませんか。無駄なことは嫌いなんだ、無駄だから」
「まったくだ」
空条さんはプリンスのロゴがはいっている帽子を目深にかぶって笑った。仗助先輩が歪に変形させたうえに、ぱっくりと真っ二つにしたつばの帽子ではなく、真新しい。どうやら新しい帽子をお取り寄せしたようだ。もしくは帽子屋で買ったのだろうか。
仗助先輩の弁償というわけではなさそうだ。おわりっすか?と仗助先輩が僕たちに流れる雰囲気を察知して戻ってきた。並べられた3つのカップに、思い思いに好みのミルクと砂糖を入れた僕たちは、ブレイクタイムに入った。
「そういやあ、一応、ジョルノの事件は解決したわけだけどよー、おめーはいつまでぶどうヶ丘学園にいれるんだ?」
「とりあえず、夏休みまでだから、一学期いっぱいはこっちに通うつもりです。中途半端な時期に転校すると、成績を付けてもらえなくなるんですよ。僕が通ってた公立は2年生の成績を重視する学校だったので、3年生に進学するときに困りますから」
「へー、そりゃよかった。てっきりすぐにでも転校しちまうのかと思ったぜ」
「施設の人たちはすぐにでも帰って来いって言ってるので、時々顔を見せなくっちゃあいけないんですけどね。さすがに施設からぶどうヶ丘学園は遠すぎるから、しばらくはあの人のお世話になるつもりです」
「じゃあ、しばらくは遊べるってわけだ。改めてよろしくな、ジョルノ」
「ええ」
僕はコーヒーを一気に飲み干した。仗助先輩の期待に満ちたまなざしが空条さんに向かう。僕たちが空条さんのところに訪れた最大の理由が、ここにある。もともと僕たちはスタンドに名前がなくても不自由さは感じていなかった。別になくてもいいものを、改めて考えるのも面倒で億劫になってしまう。
それは良くないことだと指摘したのが言い出しっぺの空条さんだったのだ。スタンドは精神の力、名前を付けることでより強い意志をもつスタンドとすることができるともっともらしい理由を上げられる。
空条さんが出会ってきたスタンド使いはスタンドに名前を付けている。僕たちが少数派であることを強調されると、日本人気質な仗助先輩はあっさりなびいた。何でもいいから付けてみろ、といわれたはいいものの、急にそんなことを言われてもどうしようもない。
あーでもない、こーでもない、と延々悩み続けた僕たちは、ダメもとでお願いしてみたのだ。そう言うの苦手だから承太郎さんが名付け親になってくれ、かつてあんたのスタンドの名前を付けてくれたという占い師のように。そしたら、案外乗ってくれたのである。
今日、僕と仗助先輩のスタンドに、名前が付くのだ。空条さんはもったいぶってニヤニヤしている。今日は機嫌がいいらしい。
「仗助、お前のスタンドの名前が決まった」
「そうっすかぁー、やった!なんかうれしいっすねえ。なんつー名前なんすか?」
「クレイジー・ダイヤモンドだ。今日からお前のスタンドは、クレイジー・ダイヤモンドだぜ。お前の性格はついていけねえほどに、クレイジーだからな。同じ血統の者同士、スタンドの名前に共通点があった方が良さそうだと思ったんだ」
「かっけー!ありがとうございます、承太郎さん!よっしゃ、今日からお前はクレイジー・ダイヤモンドだぜ。さすがは承太郎さん、こいつがピンクだから、ピンクフロイドにも掛けてるんすね!プログレもいいなあって言っといてよかった!」
喜んでもらえてうれしいらしく、空条さんは満足そうにコーヒーを飲んだ。そうか、空条さんはピンク・フロイドみたいなプログレバンドが好きなのか。じゃあ、僕のスタンドの名前もピンク・フロイドからとられるんだろうか、と考えてみる。
そんなバンドがあるのか、と他人事のように考えている空条さんがいるとは知らないまま、TUTAYAによっていいかと聞いてくる仗助先輩に僕は頷いた。
「ジョルノは、ゴールド・エクスペリエンスでどうだ。おれにとって、その金髪はDIOの子供だと強烈に意識させるものだ。なにせ、ジョナサン・ジョースターは黒髪、日本人の母親との間に生まれたなら、普通は金髪は生まれるわけがない。だが、仗助から聞く限り、ジョルノはたしかにジョースターの血統でもあるらしいからな。君がどういう人間かを判断するのは、君がこれから開拓していく道をもって判断することにすると決めたぜ」
「なるほど、わかりました」
「プリンスの名盤じゃあねーか!しかもジョルノにぴったりだぜ、こいつぁグレートだ!」
「え、そうなんですか?」
「プリンスのアルバムにはな、カムっていうアルバムとゴールド・エクスペリエンスっていうアルバムがあってな、「死と再生」っつーテーマがコンセプトなんだよ。もちろん、ゴールド・エクスペリエンスは再生がテーマのアルバムな。プリンスは所属先の事務所と対立して、カムを発売してから、プリンスって名前を捨てて死んだことにしちまうんだ。そんで、このマークでしばらく音楽活動することになるんだけどよ、その第一弾がゴールド・エクスペリエンス、プリンスって名前を捨てて、新しい自分として作り出したアルバムなわけだ。ジョルノのスタンドは生命を生み出すだろ、ぴったりじゃあねえか」
よかったな、って仗助先輩が笑う。僕は空条さんの意図をようやく把握して、ありがとうございますって笑った。もちろん、空条さんがそこまで考えてなかった、たんなる恐ろしいほどの偶然の一致だっただけだなんて僕たちは知る由もないのだ。
いよいよ邦楽しか聞かないんだと言い出しにくい雰囲気になってしまった空条さんは沈黙するけれど、もともと口数が少ない人だから僕たちは全く気づかなかったのだった。