ただ思うがままにー凍結ー   作:Etsuki

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電波少女は堕ちていく

私たちの夏が終わった。

 

別に負けて終わった訳じゃない。

圧倒的な実力で私たち黒森峰は優勝した。

 

ただ、そこには私の想像していたような血湧き肉躍るような戦いが無かっただけだ。

優勝したことは嬉しいけど、砲撃大会で頂点を勝ち取った時のような興奮は沸き起こる事は無かった。

 

それから、私の中学生最初の一年は瞬く間に過ぎていった。

文化祭や、体育祭は楽しかった記憶がある。

テストはみほやエリカに教えて貰って兄と似ても似つかない程の高得点をとった。

 

エリカになんでそんなに努力できるのかと聞かれた事もあったが、戦車道が好きだからと答えた。なんだかんだ戦車道は私の続けてきた物の中では一番長い物だ。それだけ戦車道が好きだし、やってて楽しい。最近は少しつまらないけど。

戦車道はいつものようにチームとしての練習をこなして、自身の砲撃の精度を上げていくだけだ。

それもほとんど必要ないのだが。

 

 

そんな感じで私の中では不完全燃焼の一年間だった。

兄は高校に入り、私たちは中学二年生になった。

まほ隊長の西住流はその後も練習形態を変える訳でもなく、そのまま続いていった。

 

兄は充実した生活を送っていたようだが、私は唯一砲撃の練習をしている時が楽しかった。

試合で使う場面など全くないのに、みほと延々とできないことをできるようにしようとする努力は楽しかった。

高校の祝賀会でも兄貴もぐるぐる巻きにされて吊るされていった時は不覚にも笑ってしまった。

中学二年生の生活も自身の力を戦車道で活かすことができないという点を除いては楽しかった年だった。

 

エリカと兄はほとんど仲直りして、みほにオタク文化を教え込んで、エリカと夜中までゲームしたり、美容について盛り上がったり、二人でみほをおめかししたりした。

そんな何気ない日常って感じだったんだ。

 

けど、その日常が歪む時っていうのはある日突然訪れるものなんだ。それを回避することなんて、誰にだってできやしないんだ。

 

例え地獄を見るのだとしても、その運命は受け入れるしかないんだ。

 

 

 ⬛️

 

 

 

ここは、何処だろう?

意識が覚醒してくるとともにそんな考えが頭をよぎる。

「おい!#$〆%いつまで寝てる!早く起きて操縦桿を握れ!敵が来たぞ!」

 

ギャラギャラと戦車が動く音ともに後ろから低い男の声がする。

 

「すみません!車長殿!」

 

私のすぐ近くでまた男の声がする。

いや、違う、これは……

 

「敵、8時の方向!数6です!」

 

「クソ!こちらは連戦でろくに整備もできてないんだぞ!味方の援護も期待できないというのに……!」

 

車長の男が冷たい鉄の塊を叩く。

いや違う、戦車のハッチを叩いんたんだ。

私は気づけば何故か戦車に乗っていた。

 

「#@$€、当てれるか?」

 

「ハイ!車長殿、射程圏内であります!」

 

「よし、合図を共に停止、再度合図を出したら右前方の敵を撃て」

 

「「了解」」

 

その言葉と共に車両の中に緊張が走る。

戦車に乗っている者全員が生唾を飲み込み、腕に力が入る。

ピリピリとした緊張が走り、自身の震えを誤魔化そうと興奮してくるのが分かる。目が血走っていくのが分かる。

けど、そのどれもが異常なことで、普段の戦車道とはかけ離れている事を感じる。その事に意味のわからない恐怖を感じた。

何分、何十分経っただろう?いや、もしかしたら数十秒しか経ってないのかもしれない。そう錯覚してしまう程の重圧の中、私、いや彼は操縦桿を強く握り引金に指をかける。

冷たく硬いはずの金属が、自分の体温で熱くなり、これから起こる事に対してあまりにも脆いように感じた。

 

狙いを定めている敵の姿がどんどん大きくなる。

敵はまだこちらに気づいてないようだ。明後日の方向を向いている。

 

Halt(停止)

 

車長の合図と共に戦車が静かに停止する。

敵戦車の砲塔がゆっくりと回転している。

あれが完全に向こう側を向いた時に合図をだすのだろう。

彼は緊張でうまく動かない指にいつでも撃てるよう力を込める。

その瞬間、車長が息を吸う音が聞こえた。

 

Feuer(撃て)!!」

 

その合図と共に彼は引金を引いた。

 

ズドンッッツ!!

 

いつも乗っている戦車の砲撃音より、より重く強く、恐ろしい砲撃音が響いた。

それと共に彼が叫ぶ。

「一両撃破!装填急げ!」

 

「車両もう1発撃ってから前進しろ!左方向に射線を切るように動け!砲手!こちらにより早く砲塔を回せる相手から撃破しろ!」

 

「了解!」

 

横で弾が装填され終わった音が聞こえた。

彼は即座に引金を引いた。

 

腹に響く重々しい音と共に敵車両が煙を吹いた。

 

「2両撃破!」

 

車長も最早こちらを気にする余裕はない。

戦車が急発進する。

彼はその衝撃を気にする余裕もなく次の相手に狙いを定める。

敵の戦車も攻撃された事にやっと気づいたのか戦車が動きだす。

弱点である側面を晒さないように、動き始める。

 

「3秒したら戦車を止めろ!停止射撃だ!確実に仕留めろよ!」

 

車長の怒声が響く。

 

その声に腕が震えた。

 

3…2…1

 

戦車が急停車する。

彼は砲塔の向きを敵の方向に合わせる。

 

「Feuer!!」

 

車長のその声に反応し、彼は反射的に引金を引く。

砲撃の音が響く。

 

しかし、その弾は致命傷なりえなかった。

有効打ではあったが、撃破するには一歩届かない。

なぜなら、敵戦車は完全にこちらへ砲塔を向けたからだ。

撃たれた弾は前面装甲を凹ませるだけだ。

 

VorVor(前進前進)!!!」

 

車長がまた叫ぶ。

しかしそれはさっきの何倍も鬼気迫っている声だ。

 

「距離を保ちつつ進め!すぐ近くに障害物がある!そこで射線を切れ!」

 

怒声と砲撃音が聞こえる。

近くで体を震わす程の音が聞こえる。

砲弾が近くに着弾したんだ。

戦車道で感じる衝撃なんかとは比べ物にならない程恐ろしく感じる。

相手の対応も予想以上に早い。

敵の攻撃に恐ろしい程の殺意を感じる。

戦車の装甲を通しているのに、敵の怒気を間近で感じるか

わからない、こんな感情…向けられたことなんてない…!

 

敵の砲撃の雨を縫って岩に身を隠す。

 

岩に砲撃の当たる音が何発かし、不意に止まった。

 

「右から車体を半分だけ出せ、出したらすぐ引っ込めてもう一度だせ、そしたらすぐに砲撃だ」

 

「了解」

 

車長と付き合いの長い操縦手だ。

車長の思い通りに動かすだろう。

 

戦車が動きだす。

岩に身を隠しているだけだ、すぐに車体が出る。

 

出た、彼はすぐさま敵を確認する。

敵の砲塔がこちらを向いている。

それを確認した瞬間戦車が岩陰に身を隠す。

砲弾が飛んでくる。

着弾と同時に舞い上がった土煙りが戦車にパラパラと降りかかる。

そんな事を気にしてはいられない。

 

岩から車体がまた出る。

敵戦車は先程こちらに何発も砲弾を撃ってきた。

装填までに時間がかかるだろう。

 

見えている視界が岩から敵戦車の蔓延る荒野に移り変わった時、彼は先程仕留め損なった敵に照準を定める。

 

停止、引金に指をかけた、引いた。

 

腹の底に響く重低音が響いた。

何かの爆発音と共に何かが失われた音を聴いた。

 

それを確認してすぐに戦車が岩陰に身を隠す。

 

「次、後退して岩の反対側から砲撃しろ!」

 

車長の指示が飛ぶ。

すぐさま戦車が動き始めた。

装填手もすぐ次の弾を込め始める。

 

反対側に出た。

装填が完了した音も聞いた。

後は敵に狙いを定めるだけ。

 

けど、私はそこで強い違和感を感じた。

 

全車両が私たちが砲撃していた地点に向かって前進している。

 

「馬鹿なヤツラだ。全車両まとまって攻めてくるなんて、挟み撃ちにでもすればよかったものの!」

 

違う、それは罠だ!

私の本能が全力で警鐘を鳴らす、けど、この体は私のものじゃない、この体は名も知らない彼の物だ。

 

「おい!馬鹿!岩陰を狙え!早く!戦車も全力後退しろっ!!」

 

車長がいきなり操縦手の背中を蹴りまくる、私に鬼気迫りながらも青ざめた顔で指示を出してくる。

 

彼も私もその意味がら分からなくて、でも何かがヤバイと察して、岩陰に照準を合わせる。

それと同時に理解した。

車長がそこまで焦る意味が。

 

「総員、衝撃に備えろおおおおおお!!!?」

車長の怒声が聴覚を支配する中で、私の視界の端には、パンツァーファーストを構え、修羅の顔をした敵兵の姿が映った。

 

何故我が軍の武器を?

そんな疑問も刹那に消えた。

 

引金を咄嗟に引いた。

 

咄嗟に引けたのは奇跡としか言いようがない。

 

しかし、その奇跡は最良の結果をもたらしてはくれなかった。

 

無慈悲にもパンツァーファーストは発射された。

 

衝撃、轟音、叫び声、全てが混ざりに混ざって分からなくなった。

でも、何よりも分からないのは瞼の裏にこびりついてしまった、あの男の深淵が見えない程に、殺意の篭った目だ。

 

その瞬間、私の感情は爆発した。

 

分からない、分からない、分からない!なんでそんな目をする!何故そんな目ができる!なんなんだ!なんなんだ!私が何をしたっていうんだ!なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ!戻せ!こんな殺意と狂いきった感情が支配する場所なんかいたくない!!

 

叫ぶ、私は叫ぶ、けど、現実は止まらない、この狂いきった夢は一向に止まる気配がない。

 

ハッ!夢!!?そうだ、これは夢だ!夢なんだ!!そう!これは夢なんだ!だから、終われ!早く!終われ!

 

願う!願う!願う!

 

けど、それは叶えられることのない願いだった。

 

衝撃、戦車の中がシェイクされる。

体制が不安定だった装填手が頭をぶつけて失神する。

通信手も気を失った。

パンツァーファーストを持っていた敵は爆散した。

けど、これで危機が去った訳ではない。

むしろ、これからだ。

 

「車長!履帯が切れました!!」

 

「ファック!ファック!ファック!!」

 

車長が絶望的な状況で叫ぶ。

 

「操縦手!お前は弾を装填しろ!暇があったら伸びてるやつを叩き起こせ!砲手!早く砲塔を回転させろ!!」

 

「やってます!!」

 

けど砲塔にもダメージがあって、回転速度が落ちている。

絶望的な状況だ。

 

「敵戦車来るぞ!!」

 

車長が絶望への言葉を叫ぶ。

その瞬間、戦車が揺れた。

 

鼓膜が破れそうな程の着弾音が脳を揺らす。

 

しかし、砲塔が完全に敵に向いた。

 

「死ね!!クソどもが!!?」

 

彼は自然とそう叫んでいた。

車長の金切り声はいつのまにか聞こえなくなっていた。

 

彼は引金を引いた。

敵を一両爆破した。

 

敵戦車が肉薄してくる。

そのまま、こちらに体当たりしてくる。

 

二両目も体当たりしてくる。

 

戦車がひっくりかえる。

 

履帯はキレた、装填手は気絶した、操縦手も気を失った。

通信手も頼れる車長の声も聞こえない。

 

弾が装填されないから砲手は何もできずにただ無力だ。

 

それでも彼は狙い続けた、引金を引き続けた。

 

「来るなっ!来るなっ!!来るなっ!!?」

 

カチャン、カチャン、カチャン。

 

虚しい音が響く。

 

頼もしい砲撃音は聞こえることはない。

 

不意に砲塔が動く音が聞こえた。

 

コンッと砲口が車体の下面にぶつかった。

 

「嫌だっ!嫌だっ!死にたくない!死にたくない!!」

 

そうだ!死にたくない!死にたくない!

死ぬのは嫌だ!痛いのは嫌だっ!!こんな悪意を向けられるのは嫌だっ!!?

 

私は悪いことなんかしてないっ!殺さないでっ!殺さないでっ!

 

 

不意に、死の音を感じた。

 

足元から熱量を感じた。

 

砲撃の音だ。

 

私が聞き慣れたはずなのに、全く違う別の音に聞こえる。

 

そうか

 

戦車はスポーツをするものでも、楽しむ物でもない。

 

人を殺す物なんだ。

 

人を簡単に殺せる道具なんだ。

誰かに、恐怖と絶望を与え、人を狂気に陥れる死の象徴なんだ。

 

 

 

怖い。

 

怖い。

 

怖い。

 

 

私は今まで何を扱ってきたんだろう?

 

私はなんの技術を磨いてきたんだろう?

 

私は何をしたくてこんな事をやっていたんだろう?

 

漠然とした恐怖が、自身のやってきた事への恐怖が、私を覆い尽くして支配する。

 

ああ、そうか、死ぬんだ。

 

 

そう理解した時、灼熱の赤が私の視界を染め上げた。

 

私は、悪意の炎に焼かれて、悶え苦しんで、絶望の中で、死んだんだ。

 

 

 

⬛︎

 

 

 

 

私は、ベットの上で、涙を流しながら、目を覚ました。

 

ベットの、柔らかい感触が、ここが戦車の中ではないと物語っている。

涙が頬を流れる感触が、私が生きている事を証明する。

 

下段のベットで寝ているみほの吐息が、ここに悪意がない事を理解した。

 

 

けど、私はもう、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦車なんて、見たくなかった。


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