我、此処にて舞い奏でる   作:音原織那

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 今回は出来る限り一気に序章を終わらせたいと思いながら書いていましたので、長めになってしまいました。
 楽しく読んでいただければ幸いです。


第十二楽章

 精霊は極めて不安定な存在である。

 改めて、暴走精霊を見て思った事だった。

 彼等の肉体は一種の精霊素と霊気で構成されている。

 しかし、霊気は八種の精霊素が内に存在しなければ瘴気へと転じてしまう物である。

 ならば、一種の精霊素に霊気を混ぜた状態である精霊は即座に瘴気へと転じなければならない。

 にも関わらず、彼等がその存在を保っていられるのは何故か。

 それは、彼等という精神、あるいは魂が少なからず関係しているのだろう。

 精霊素に宿るそれらが霊気を操るが故に、瘴気へと転ずる事なく肉体が構成される。

 だが、霊気を操る事が出来るだけの自我がなければどうだろうか?

 霊気は瘴気に転じ、その存在は霊災に近い物へと変化するだろう。

 その自我が存在しない状態こそが暴走精霊なのではないか。

 そう考えた時、目の前の精霊に可笑しな点が存在している事に気がついた。

 

 人の輪郭を保っている。

 肉体を構成する事が難しくなっているからこそ、セヴニエーラは不安定な輪郭で暴走していた筈だ。

 

 身に纏う瘴気の濃度が薄い。

 セヴニエーラの時は霊災であると感じてしまう程に濃い瘴気を身に纏っていた筈だ。

 

「……まさか、自我があるっていうのか?」

 

「暴走直後なら、可能性はあるかもしれないわね……」

 

 残念だが、僕もセヴニエーラもこの精霊がどのような経緯を辿って暴走したのかを知らない。ならば、これ以上の考察は無駄というものだろう。

 暴走精霊はゆっくりとだが確実に、フォロン達が居るであろう方向に向かって飛行している。

 その背には紅い六枚の羽が鈍く輝いていた。

 

「セヴニエーラ……」

 

 上級精霊同士、力の差は戦ってみなければわからないと言われている。

 僕はセヴニエーラに問題がないかを確認し、セヴニエーラはそれに無言で頷いた。

 今、行動する事が出来るのは僕達だけだ。

 前回のユフィンリー先輩がやってくれたように、僕に出来る事は全て行わなければならない。

 意を決し、僕は片手に持っていたハーモニカに息を送り込む。

 昼間に奏でたような物ではセヴニエーラの行動を阻害してしまう。

 精霊というのは良くも悪くも神曲に影響をされてしまうからだ。

 

 そうして、戦闘をイメージさせるような速いテンポの神曲が奏でられた。

 セヴニエーラは音の移り変わりに合わせるかのように走る速度を増していき、暴走精霊の周りを回り始める。

 暴走精霊がセヴニエーラを無視して進もうとすれば、セヴニエーラは精霊雷をもってそれを妨害する。

 精霊雷が霊力から成るのか、精霊素から成るのかはわからないが、その地面に穿たれる様は雷を思わせる。

 精霊は精霊雷を様々な形に変化させて扱う事が出来るが、セヴニエーラは細々とした事はしない。出来ないのではなく、しない。

 彼女はその力をもって単身楽団を作り上げることが出来る程に熟練した技を持っているが、限界まで俊敏に行動できるように凝縮した身体に精霊雷を纏って特攻した方が効率が良いと考えているからだ。

 多くの精霊は彼女の速度に追い付く事はできないし、そのような相手に神経を使う事こそ無駄である。

 故に彼女の力は物を作る時にこそ発揮される事が多い……らしい。

 らしいというのも、セヴニエーラが戦う姿を見るのは今回が初めてだからだ。

 基礎課程の授業というのは、ひたすら神曲を奏でる事が出来るようにする為の段階で、実戦を目的とした授業は存在しない。

 故に、戦うような機会がある筈もなく、今回が初めての実戦というわけだ。

 

 移動しながら攻撃を仕掛けているセヴニエーラだが、暴走精霊は気にしないとでもいうかの様に歩を進める。

 攻撃が当たっても、移動し続けるその姿はハッキリいって不気味だ。

 このままでは足止めにならないと、僕は神曲に意識を向けた。

 とたんにセヴニエーラは精霊雷の放出を止め、その性質を変化させる。

 ただのエネルギーから物質のような性質へと変わったソレはロープのように巻き付き、暴走精霊を縛り上げる。

 

(よし、これで暫く足止めできる!)

 

 そう考えた瞬間だった。

 

『――AAAAAaaaaaaaaa!!』

 

「あっ……」

 

 暴走精霊は縛り上げていた精霊雷を引き千切り、その勢いに任せて飛び出した。

 速度に特化したセヴニエーラからしてみれば直ぐに追い付ける速度だった。

 だが、僕の神曲がそれを邪魔していた。

 

『目の前の暴走精霊を縛り付けろ』

 

 ただそれだけの意思だった。

 だが、その意思を込めて演奏し続けてしまったが故に、セヴニエーラは束縛を引き千切られた際に再び縛り上げようと神曲に合わせて動いてしまったのだ。

 

「……クソッ!」

 

『神曲は精霊の助けにもなるが束縛にもなる』

 

 そんな風に言っていた講師の台詞が頭に過る。

 ……失敗だ。

 大事な所でやってはならないミスをしてしまった。

 ……だが、まだ終わってはいない。

 

 神曲は演奏できる。

 

 セヴニエーラも消耗していない。

 

 フォロン達の下に暴走精霊は辿り着いていない。

 

「セヴニエーラ……まだ、行けるよね?」

 

 僕はセヴニエーラと共に実習室に向かって走り出した。

 

 

◇◆◇

 

 

「ソウキさん……大丈夫でしょうか」

 

 実習室に辿り着き、単身楽団の展開を始めた所でペルセルテは呟いた。

 彼女が心配するのも無理はない。

 暴走精霊というのは、基本的に会うことがない上に破壊しか齎さないといった認識が一般的だ。

 しかも、数年前の『嘆きの異邦人』と呼ばれる神曲楽士と精霊のグループによるテロ活動の影響で、精霊自体が危険な存在であると認識している人間も少なくない。

 

「大丈夫だよ」

 

 そんな存在を友人が相手にしていると言うのに、フォロンが全く不安に感じていないのは彼の非常識さを何度も目にしてきたからだろう。

 

 入学時には普通の楽器でも神曲を奏でる事ができた。

 

 初めて単身楽団を使った時は数秒と掛からず、実習室を精霊で埋めた。

 

 一つの楽器を使い続ける人が殆どの中、コロコロと使用する楽器を変え、演奏は一定のレベルを維持し続けていた。

 

 楽器ケースを持っていないのに、気がつけば彼の手には楽器が握られていた等、自分が見聞きした内容をフォロンが話していくとペルセルテの表情は次第に和らいでいく。

 

「……本当にそんな事が出来るんですか?」

 

「流石に、実習室を精霊で埋めたっていうのは噂だけどね」

 

 だが、フォロンには彼がそれをできないとは思えない。

 そんな彼だからこそ、暴走精霊と対峙しても怪我をするような事はないだろうと思う。

 そう話したところで単身楽団の展開が終わった。

 だが、ソウキに指示されたのは此処までだ。

 これからどうすればいいのか、フォロンにはそれがわからない。

 

 単身楽団を展開したという事は、神曲を奏でるという事なのだろう。

 だが、フォロンは今までに一度として神曲を奏でられた事がない。

 そもそも、奏でる事ができていたのならば基礎課程から専門課程への進級試験に不安等感じてはいないだろう。

 

 ガンッ

 

「……え?」

 

 何かが叩きつけられるような音が実習室に響く。

 トルバス神曲学院の実習室は神曲を扱うという関係上、音が外に漏れないように防音処理がされている。

 それは当然、外からの音も通さないという事だ。

 

 ガガンッ

 

「……まさか」

 

 にも関わらず、音が実習室の中に響いている。

 勿論、室内に音源となる物などない。

 それが何を示しているか等、考える必要はない。

 

 ズゴンッ

 

 ソウキ達が敗北、あるいは精霊の足止め失敗したという事に他ならない。

 

「……ケタ…………ミツケタ!」

 

 

◇◆◇

 

 

 実習室の壁を破り精霊が突入してきた時、ユギリ・プリネシカは焦っていた。

 実際に暴走精霊を見ているわけではない。

 だからこそフォロンもペルセルテも暴走精霊が近くにいる事を実感していない。

 だが、彼女はソウキ達と同じタイミングで暴走精霊の存在を認識してしまった。

 同じように育ってきた筈のペルセルテよりも、彼女は暴走精霊の危険さを理解していた。

 理解していたからこそ、いざという時は自分が何とかしなくてはいけない。

 それは全てが終わってしまうという事を意味している。

 それでも、目の前に迫った危険から目を反らすことはできないと覚悟を決めて前を見る。

 

「……女の子?」

 

「ペルセ、問題はそこじゃないよ……」

 

 だが、彼女の覚悟は双子の姉の言葉によって粉砕された。

 確かに、紅い精霊雷で覆われていても、シルエットから少女の形態を取っている精霊である事は分かる。

 しかし、目の前にいるのは暴走精霊である。

 消滅するまで放置するか、戦って消滅させるか、神曲によって暴走状態から解放するかの三つに一つの方法でしか対処をする事ができない暴走精霊。

 そのような言葉を発する余裕などない。ない、筈だ。

 

 だが、ペルセルテとフォロンは先程まで自分が焦っていたのが馬鹿らしく思える程に落ち着いている。

 危険さを理解していないのか、なんとか出来ると考えているのか、状況を理解すらしていないのか、ソレすらもわからない。

 

 それでも――

 

 ポロン……

 

 ――フォロンは既に神曲を奏で始めている。

 奏でているのは先程と同じ、旅人が長い放浪の果てで昔の日々を懐かしむような歌だった。

 置き去りにした何かを悲しんでいるように聞こえていた筈のそれは、再会を喜んでいるかのように明るい物に感じる。

 それこそがプリネシカには意外だった。

 先程まで、神曲を奏でた事がない等と直前の歌すらも否定していた。

 だからこそ、単身楽団の設定は問題ないか、自分に精霊を鎮める事が出来るのかと不安に思い、硬直するのではないかと考えていた。

 

 だが、結果は真逆。

 力強く、自信を持って演奏するその姿は、一端の神曲楽士と変わらない。

 暴走していた筈の精霊は精霊雷の放出を弱め、徐々に身体の緊張を解き、その神曲に身を委ね始める。

 

『君はどんな曲が好き?』

 

『君を癒したい』

 

『今は君だけの為に』

 

 そんな思いが透けて見えるような神曲はプリネシカにとっても心地良い。

 佇む精霊の姿に自然な柔らかさが漂い、紅い髪がゆっくりと靡き、神曲が流れていく。

 そして。

 

「…………」

 

 プリネシカが、ペルセルテが、少女の姿をした精霊が、後から追い付いたソウキ達が、皆が無言で立ち尽くす中、最後の一音を弾いてフォロンはゆっくりと息を吐く。

 やりとげた達成感を感じたのだろう、フォロンの頬が緩む。

 それを見て、プリネシカは全てが終わった事を実感した。

 

 舞うような軽やかさで、精霊はフォロンの下へと歩き始める。

 恋の熱が冷めぬ乙女のように徐々に速度を早め、フォロンの目の前で立ち止まる。

 そして――

 

 ごんっ

 

『…………え?』

 

 ――いきなり拳を固めて彼の頭を殴り付けた。

 微笑ましい光景を見るかのように目を細めていたソウキとセヴニエーラ。

 事態がなんとかなったと思って安心していたペルセルテとプリネシカ。

 そのどちらもが目の前の光景に思考を止めた。

 

「何年待たせたと思っている?!」

 

「…………え?」

 

 そう怒鳴った少女からは先程までの危険な雰囲気は感じない。

 だが、少女の顔からは怒りと嬉しさがごちゃ混ぜになったような感情が感じられた。

 

「え……えぇ?」

 

 いきなり殴られて罵倒されたフォロンは困惑して、状況が理解できておらず、曖昧な声を漏らすだけとなっている。

 

 それを見た少女はもう一度フォロンを殴り、ため息をつく。

 

「おい、私だ。コーティカルテだ。まさか忘れた訳ではないだろうな!?」

 

「えっと…………ごめん」

 

「お前は!自分が契約した精霊の事も覚えてないというつもりか?!」

 

 そういって更にフォロンの頭を殴る少女は、既に泣き出しそうになっている。

 

「え、えぇえええええ!?」

 

 事情はわからない。

 だが、フォロンが悪いという事だけはわかった。




 明日は……いや、もう今日な訳ですが、入社式です。
 このまま仕事に入ってしまえば仕事を理由に書く速度が遅くなると考え、なんとか書き上げました。
 ……まぁ、そのぶん駄文になってしまったと思いますが。

 感想をいただければ幸いです。
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