「取り合えず、名前と住所は?」
先程の公園から目と鼻の先にある交番で、僕は警察官の男と向き合っていた。
「土御門 奏希……福井県おおい町」
……何か問題のある行動をしただろうか。
警官に怒られるほどの事をした覚えはない……と思う。
「ツチミカド ソウキ……っと、ん?フクイケ……ってどう書くんだ?」
……福井県でわからないのかな?いや、わかるよね?
「悪いな……って、こりゃニホン風か?ってことは凰都ヴィレニスだな。初めからそう言えっての……めんどくせぇ」
ニホン風?
凰都ヴィレニス?
「んで、トルバスのケセラテ自然公園まで来て神曲を演奏した……と。いや、神曲自体は良い出来だったと思うぜ?お前くらいの年齢にしては」
トルバス、ケセラテ自然公園、神曲……知らない単語ばっかりだ。
「だがな、今年から法改正されちまったんだわ。特定の場所を除いた場所で神曲を演奏するには許可が必要になっちまってなぁ」
その後も警察官の男性は話を続けていく。
なんでも、九年ほど前に起きたらしい嘆きの異邦人による事件とやらで甚大な被害が出たために、今年になって漸く、神曲楽士(ダンティスト)の資格取得や神曲に関する法整備が整ったんだそうな。
「あー……愚痴になっちまってすまんな。俺ら精霊からしてみりゃ嫌な事件だったんでな」
まぁ、よくはわからないが町中で演奏する事は問題があったらしい。
こちらが悪いのならば謝るべきだ。そう、父さんにも母さんにも教えられてきた。
「ごめんなさい」
「まぁ、次は気を付ければ良いさ。んで、お前さんの保護者は何処に……」
「あぁ、すみません。私がそちらの子の保護者です」
一番聞かれたくはない事を警察官が聞こうとしたその時、眼鏡を書けた優しい顔立ちの男性が姿を現した。
「ん、なんだ。あんたが保護者だったのか……なら、町中で神曲を演奏しちゃならん事くらいわかってるだろうに……」
「いえいえ、その子は今日来たばかりで直接会うのは初めてなんですよ。まぁ、事前に伝え忘れていたのは事実ですが……何せうちでは演奏は当たり前ですし」
「とはいっても、一部の限られた場所でだけだろうに……」
「それでも、ですよ。さ、行きましょうか?」
話は終わりとでも言うかのように、男性は僕の手を取って歩き始めた。
◆◇◆
「さて」
交番から離れ、長い柵が続く道に出たところで男性は立ち止まった。
「んー、何から話すべきでしょうか……取り合えず、此処が何処であるかという事からにしましょうか」
そういって、男性は優しげな笑みを浮かべて話し始めた。
此処はポリフォニカ大陸と呼ばれる大陸で、今まで僕が居た世界とは別の世界であるらしい。
なんでも、僕が居たというケセラテ自然公園には千年ほど前に、異世界とこの世界を繋げる事の出来る泉があったそうな。
その泉があちらの世界に繋がった時に、偶々男性の契約精霊が感知したんだとか。
「……精霊とか契約精霊ってなんですか?」
「あー……そこからですか。この世界には八種類の色の種から成る精霊と呼ばれる存在がいまして、彼等は人間の善き隣人でありますがその力は強大です」
その強大な力を持った彼等が人間の善き隣人足り得る理由の一つが人の奏でる神曲を糧にしている部分があるからだという。
そして、気に入った神曲を更に深く糧にするために契約という形で自身の在り方をその神曲を奏でる人間に合わせ、調律していく。そうすることで、更に強大な力を振るう事も可能になるらしい。
「じゃあ、…………なんて呼べば良いんでしょうか?」
「そうですねぇ、学院長とでも読んでください」
質問をしようとして、今まで名前を聞いていなかった事を思いだしてきいたのだが……名前は教えてくれないらしい。
「……学院長さんも精霊なんですか?」
警察官に会ったときから思っていた事ではあったが、彼も学院長さんも体に光を纏っているのだ。
警察官は青色、学院長さんは翠色。そして、学院長さんの近くにいる人の輪郭をしている物も翠色。
「いえいえ、私は人間ですよ?」
かなり驚いたような顔をしてから言われても説得力が無い気もするけど、気にしない方がいいのだろう。
「へぇ……それで、僕は元の世界に帰れるんですか?」
「んー……流石にわかりませんねぇ。昔はかなり力を持った精霊に力を借りて繋げていたそうですから」
「そうですか。じゃあ、僕はこれからどうすれば良いんでしょう?」
「おや、思っていたよりも落ち着いてますね」
「まぁ、予想はできていましたし」
何せ泉が使われていたというのが千年前、今現在は使われていないとでも言うような口ぶりだ。
予想できないわけがない。
「取り合えず、私経営している学院の見学をしつつ、この世界を学んではいかがですか?生活費や学費は私が負担しますので」
「……嬉しい話ではあるんですが、なんでですか?」
この人とは初対面である。
初対面の人間に対してそこまで親切にしてくれる人間など存在しない。
少なくとも、親戚の人間はそうだった……。
ならば、この人は何を僕に求めているんだろう。
「そうですねぇ、条件として15才になったら必ず私の経営しているトルバス神曲学院に入学することというのはどうでしょう?」
……僕は神曲が演奏できていたという。
術が出来なくても神曲が演奏出来るというのなら、それも良いかもしれない。
「わかりました」
そう言うと学院長さんはホッとしたような顔で笑いながらこれからよろしくお願いしますと言って、再び歩き始めた。
この作品での学院長さんは何処か腹にイチモツ抱えつつもお人好しな感じをイメージしています。