我、此処にて舞い奏でる   作:音原織那

5 / 18
第四楽章

 暴走精霊とは、飢餓状態にある精霊の事だ。

 飢餓状態といっても空腹であるというわけではない。

 そも、彼等精霊は精霊素と霊気を用いて作った仮初めの肉体で生活している。

 肉体の元となった生物の真似事をしなければ体調を崩す事はあるが、食事をしなければ生きていけないという訳ではない。

 食事をしなければ体調を崩すといっても、物質化を解いてしまえば問題がないし。

 なにより、仮初めの肉体は本来のソレを真似ただけであり、実際に稼働をしている訳ではないのだから。

 心臓があったとしても血を送り出しているわけではない、肺があっても酸素を取り込んで二酸化炭素を排出しているわけでもない。

 彼等はその肉体を何度でも作り直す事が可能であるし――最も人格の変化などが起きる可能性がある為、する者は少ないが――、最初に肉体を作るにあたってモデルにした存在がしなければ生きていけない行動を最低限模しているだけなのだ。

 故に、彼等は肉体的に飢餓状態に陥る事はない。

 ならば、何によって飢餓状態となっているのか。

 先程言ったように、彼等精霊は肉体を何度でも作り直す事が可能であるが故に、本質は精神、或いは魂と呼ばれる存在にある。

 勿論、物質化をしている際に傷つけられれば精霊であっても死んでしまう可能性が高いが、それは物質化をしているが故に肉体に縛られているからでもある。

 彼等が死ぬ前に物質化を解いてしまえば、最低限の窮地は凌げるし、死ぬ事もない。

 彼等が死ぬという事は精神的に死ぬという事である。

 ならばそれと同じように飢餓状態となるのも精神的に飢餓状態となっているという事である。

 さて、彼等精霊が精神的に飢餓状態となりうるものとは何か?

 

 答えは『神曲』である。

 

 精霊が糧としている神曲、それは彼等にとって麻薬にも等しい物である。

 

『其は盟約』

 

『其は悦楽』

 

『其は威力』

 

 コレは精霊が神曲楽士と契約を結ぶ際の文句の一部分である。

 トルバス神曲学院でも掲げられているこの言葉は、精霊にとって神曲を奏でる事こそが盟約であることを表している。

 そして、神曲は彼等に悦楽と力を与える。

 彼等は気に入った神曲を奏でる神曲楽士を見つけ、契約を結ぶ際に肉体を調律する。

 そうする事でその神曲を深く感じる事が出来るようになるからである。

 だが、コレこそが飢餓状態を引き起こす原因ともなる。

 調律した彼等は他者の奏でる神曲を殆ど感じ取れなくなってしまっている。

 此処で人間の場合として考えてみよう。

 麻薬を使用している人間が、麻薬が切れた際、どうなるか?

 新たな麻薬を手にするために行動を起こすだろう。

 だが、手に入る全ての麻薬に効果がないとわかれば、自暴自棄になるだけである。

 肉体こそが主体の人間ですらそうなのだ。

 精神が主体である精霊がどうなるかなど、明らかである。

 精神が弱り、思考能力が皆無となり、下級精霊ですら人間には太刀打ちする事のできない力の塊が情け容赦なく振り翳される。

 そして、その後彼等を待っているのは『死』のみである。

 勿論、ソレを回避する方法が存在しないわけではない。

 一番簡単な方法は精霊の強い意思によって、神曲を聞く中で肉体の調律を徐々にずらしていく事で契約を解除する方法である。

 だが、契約者の突然の死や、契約者が神曲を与えないような状況になってしまえば、それも変わってくる。

 暴走してしまう前に、契約者に似た神曲を奏でる人物に協力を依頼して肉体の再調律を行う方法。

 暴走してしまった後に以前の契約者よりもレベルが高い神曲によって意識を取り戻させ、急いで再調律を行う方法。

 このどちらの方法もリスクが高い。前者はいつ爆発するか知れない時限爆弾のようなものである上に似た神曲を奏でる人物が見つからなければ暴走してしまうし、後者になれば神曲を受け付けない可能性が高いのだからと殺されるか放置することによる衰弱死という結果になる可能性が高い。

 神曲楽士とはいっても人間である。

 無理に命を懸けて精霊を助ける者は少ない。

 故に、暴走してしまった精霊を助けるのは難しく、一般人が遭遇したのならば逃げ、神曲楽士が遭遇したのならば殺すか逃げるかという事が常識となっている。

 

 だが、常識というものは往々にして覆されるものである。

 

「直ぐに単身楽団の準備をするから、時間を稼いで!」

 

「えっ、暴走精霊ですよ!?」

 

「そこら辺にあるもの何でもいいからぶつけなさい!相手は意識なんかないんだから反射で迎撃するでしょ!?」

 

 無茶苦茶である。

 勿論、神曲を奏でれば学院の警備員たるウォルフィスが駆けつけるだろうし、助かるかもしれない。

 だが、暴走精霊はまっすぐこっちに向かっており、ウォルフィスが駆けつける迄の時間を稼ぐことも難しいだろう。

 常識的に考えるのであれば、神曲楽士にすらなっていない自分達は逃げて、助けが来るのを待っていた方がいいのだ。

 だが、どうにか出来る可能性がある。

 そう思ってしまったが故に、彼女は単身楽団を取りに行ったのだろう。

 さて、まずは近くにあった消火器から投げるべきだろうか…………投げれるか?

 

 

◇◆◇

 

 

 投げる物がなくなった。

 文房具であれ、椅子であれ、消火器であったとしても投げつけた訳だが……それももうできなくなった。

 いや、最後の一個に関しては煙幕になった為、かなりの時間が稼げたのだが。

 ツゲさんは慌てているらしく、先に演奏した時に単身楽団を展開した時よりも遥かに遅い速度で展開をしていた。

 

「よっし、出来た!さぁ、行くわよ!」

 

 だが、僕には不安があった。

 落ち着いて単身楽団の展開をできないような精神状態でマトモな神曲が奏でられるのか?

 もし、マトモな神曲が奏でられたとして、ウォルフィスがあの精霊を倒す事が出来るのか?

 ちらりと見ただけでも暴走精霊の羽の数は六枚、上級精霊である事がわかる。

 調べた内容によれば、中級精霊と上級精霊の力の壁は厚い。

 優秀な神曲楽士の補助があれば倒す事が出来るそうだが、現実は非常である。

 彼女、ツゲ・ユフィンリーは神曲楽士の資格すら取っていない学生である。

 ……なんとかなるのだろうか?




 今回は補足回のようなものになりました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。