ほんの数時間だがソファで睡眠をとり、シャワーを浴びる。疲労が暖かい水と共に流れていく。学校の間、真砂子は調査の続きがあるようでブースに向かうようだ。流石に臨時助手といっても本分は勉学で休むわけにはいかない。旧校舎の傍でわかれて教室に向かう。
「おはよう青上。」
「おう。」
「おはよう。」
いつも通りに挨拶を交わし、目の前で尋問されている麻衣を尻目に空気に……と思ったのだが袖から見える湿布に気付いた男友達に同じく尋問され始める。正直うんざりっと思った矢先に先生から呼び出しがかかる。黒田さん、麻衣と俺とくれば旧校舎の話だろう。呼び出し先の校長室に向かえば今朝分かれたばかりのメンバーがそろっている。それどころか所長が戻ってきている。また何か情報を得て帰って来たんだろう。顔を見るが悪くはなさそうだ。椅子に座ればカーテンを閉められ、球体の電球がゆっくりと点滅しだす。
「……光に合わせて息をしてください。
ゆっくりと
肩の力を抜いて……
自分の呼吸が聞こえますか
心の中で呼吸を数えてください
――所長の声が遠くなり意識が眠るように沈んでいく。
今夜、何かが起こります
――どこかで水の流れるような音が聞こえる。
旧校舎の二階にあった椅子です
椅子が動きます……
――肌を水を含んだ空気が撫でていく。
今夜は旧校舎の中に椅子はあります
――椅子……実験室……旧校舎……
――流れる。流れていく。
所長がカーテンを開ける音で意識の表層に引き戻される。
「結構です。ありがとうございました。」
精神が緊張状態から解きほぐされたような、あの水の中にいるような感覚。沈んでいるような浮いているような、漂っているような曖昧な状態。所長に麻衣が駆け寄っていったから後で聞けばいいだろう。授業に戻ろう。
旧校舎まで行けば恒例のメンバーがそろっていた。
「ちょっと!なんであの子もいるのよ。」
勿論黒田さんも居る。校長室でのことが何だったのか、それを教えてくれるまで帰らないそうだ。正直俺もあれが何だったのかさっぱりわからない。一行についていけば板張りされた実験室が見える。板にはジョンと麻衣の名前がひたすら書かれている。あの後麻衣とジョンが所長の手伝いでひたすらサイン書きをやらされていたらしい。
「んで?今日は何を見せてくれるって?」
「実験の証人になってほしいだけです。」
所長の命令でサインが無事かどうかを確認している最中、ビデオカメラを構える黒髪の人がいる。見たことはないが、所長が何も言わないところを見るに本来の“助手”なんだろう。よく見れば助手さんの周りに光が浮遊している。いつもの靄じゃないあたり
「あれ……?椅子は……?」
「……渋谷さん、椅子が動いてまっせです。」
「そうだな。」
円から向こう側の壁に、吹き飛ばされたかのように椅子が転がっている。その椅子を見てニヤリと笑う所長を見るに実験はうまくいったようだ。
「おい、ナルちゃん」
「……ご協力ありがとうございました。僕は本日中に撤退します。」
驚くメンバーを置き去りに荷造りを始める所長に坊さんと巫女さんが突っかかっていく。
「まさか事件は解決したとかいうんじゃないでしょうね!?」
「そのつもりですが。」
「また地盤沈下かしら?」
「そう。」
「は!そんじゃ実験室やらおとといの騒ぎはどう説明するよ?」
「あれはポルターガイストだ。」
ほらみろ、と勝ち誇ったように言う坊さんに所長は映像を見せる。
椅子を中央にとらえた定点カメラの映像で、今は円の中心に椅子が鎮座している。時間を進めれば椅子が小刻みに揺れ始め、揺れが大きくなり倒れた後、壁際に飛んでいく。壁際に転がった状態は部屋に入ったときに見た姿だ。
「立派なポルターガイストじゃねぇか!やっぱり除霊しねぇと」
「その必要はありません。昨日全員に暗示を掛けました。夜、この椅子が動くと。」
あー、校長室の奴は暗示だったのか。
「窓とドアには鍵をかけた。さらに板で封をした。そのうえ椅子をここに置いた。人はもちろん入れないし、無理に入れば絶対にわかる。」
「だよね。板が破れちゃうし、あたしとジョンの名前が書いてあるからとっかえらんないもん。」
「そうだ……。ポルターガイストの半分は人間が犯人の場合だ。」
「いたずらってこと?」
「バカ、一種の超能力だ。本人も無意識のうちにやってることが多い。何かの原因でストレスがたまったものが“注目してほしい”“構ってほしい”という無意識の欲求でやる。そういう場合、暗示をかけるとその通りのことが起こるんだ。」
「じゃぁ椅子が動いたのは人間の所為だってのか?」
「おそらくは。少なくとも僕は今までこの方法で失敗沿たことが無い。」
「……誰が?」
自己顕示欲。人は誰しも持っていると思うが、今回は坊さんや巫女さん、他のメンバーは違う。
『目立ちたがりね、あなた。』
『そんなに自分に注目してほしい?』
『そ、霊感があるとか言っちゃってさ。バッカじゃないの?』
『……その方の気のせいですわ。』
『いない。調査の結果も完全に白だと出ている『貴方にはわからないだけかもしれないでしょ!?』』
「……わ、たし?」
全員が後ろにいた黒田さんを凝視する。
「そんな……私がやったっていうの!?」
「他の誰より君がやったと考える方が自然なんだ。」
「君の話には最初から引っ掛かりを覚えていた。例えば戦時中病院として使われていたという話。実際に当時ここには病院は建っていなかった。だとすれば君の勘違いか……
「……っ!」
「う、嘘なんかじゃなわ!!」
責め立てられた黒田さんが顔を覆って泣き出す。
「……最初はただの霊感ごっこかと思っていた。だからポルターガイストとしか考えられない現象が起きたとき正直困った。機材の測定も原さんの判断でも霊は居ないという結果だったのに……だ。ならば原因は人間だ。たいていはローティーンの子ども、霊感の強い女性の場合もある。極端にストレスがたまった者が無意識でやるんだ。」
ローティーンの子供。麻衣と黒田さん、一応俺もか。
「……だから犯人である人物がポルターガイストの標的になることが多い。けがをすれば“同情してもらえる”“構ってもらえる”という無意識の所為だ。」
『廊下を歩いていたら急に誰かが凄い力で髪を引っ張ったの』
『逃げようとしたら首を絞められて……』
「この中でポルターガイストの被害にあったのは麻衣と黒田さんの二人。」
「あ、あたし!?え、達也は!?」
「青上は原さんを庇うために自ら飛び込んだ、と聞いたが?」
うっ、とへこむ麻衣を置いてけぼりに所長が話を進める。
「二人を比べてみれば断然怪しいのは黒田さんだ。
君は中学のころから霊感が強くて有名で周囲の注目を浴びる存在だった。君は旧校舎に悪霊が居ると言っていた。だが、単なる地盤沈下で霊などいないとなると君は信用を無くすことになる。権威の失墜は君にとってとてつもないプレッシャーを与えた。『私が悪霊が居るといったのだからいなければならない。ポルターガイストが起きなければならない。』麻衣と比べても、才能の面でも彼女は潜在的なサイキックだと思う。」
「サイキック??」
「超能力者のことな。」
話の腰を折る麻衣をそっと引き連れて離れる。
「本人も意識してないが、恐らくある程度のPKを持ってる。麻衣のために言っておくがPKとは念力のことだ。」
御親切にどうも、と何かをこらえながら言う麻衣に対して同情の笑みを浮かべておく。
「黒田さんにとって、悪霊の存在は必要だった。周囲の注目を集めるために。まあ、あと後になっては周囲の期待に応えるために。」
「……なんかそういう心理(きもち)わかっちゃうな。」
「麻衣?」
「ほんとは、誰だって「特別」になりたいと思ってる……と思うんだ。」
特別なんていいもんじゃない。いきすぎれば特別なんかじゃない“異質”だ。出過ぎた釘は打たれることなく見なかったことにされる。臭いものには蓋とはよく言ったもんだ。
「……達也??」
「……ん?真砂子ごめん聞いてなかった。」
「いえ、なんだか表情が曇っていたので……。」
「……ごめんごめん。何ともないよ。」
今は違う。俺には真砂子が居る。
皆の方に顔を向ければ巫女さんが黒田さんに噛みついている。例の釘の話だろう。あの瞬間に言わなかった所長はやっぱりいい性格をしている。黒田さんも反省しているようだし、小さいながらに謝罪もしていた。大事にならなかったしこれで手打ちって感じかな。
彼女のためにも旧校舎には悪霊が居て、皆で協力して除霊したことにした。校長は工事をしたいようだし、この回答で十分だろう。各々が撤収していく中、何となく寂しさのようなものを感じつつ授業に戻ることにした。
***
後日――
いつもと同じように授業を受けてる最中、急に麻衣が立ち上がった。
「麻衣??」
声をかけると同時に地鳴りが響き、目の端に入っていた旧校舎がつぶれるように大破していく。……地盤沈下か。忘れかけていた彼らの面影を感じて感傷に浸っていれば麻衣が教室を出ていく。何となく彼女も同じ気持ちだったのだろう。そんな気がする。
そんな喪失感のようなものを覚えて間もなく、校内放送で麻衣が呼ばれ、帰ってきた麻衣からバイトの勧誘を受けるまであと少し――