無患子は三年磨いても黒い
「うわー!すごい家!!」
旧校舎の一件からSPRに雇われていくつかの助手業をこなしたが、今回は豪勢な一軒家に来ている。少し前、事務所に来た依頼でいわば“幽霊屋敷”の調査だ。家の壁には一部ツタが這っていてそれも相まって雰囲気はとてもいい。勿論、意味合いはいい意味だ。出そうという意味ではない。玄関のインターホンをならせば女性が出る。あらかじめアポを取っていたためかすんなりと応接間まで案内された。
「
応接間には気の強そうな女性、義姉の香奈さん。質のいい洋服に身を包んだ可愛らしい女の子、礼美ちゃん。そして義姉に比べていくらか柔らかそうな雰囲気の女性、典子さんが迎えてくれた。典子さんは事務所に相談に来た本人でもある。その相談内容も“家が変なんです”とざっくりとしていたが、具体例を出せば普通ではない。“壁を叩く音”“ドアの開閉”“家具の揺れ”……数えだせばキリが無かった。しかも一家の頼り手である男性の兄は海外出張で、家を留守にしている。いくら大人とはいえ女性二人では心細かったのだろう。
「責任者はどなた?」
「僕が所長の渋谷一成です。」
「……あなたが?」
今まで行ってきた調査でも同じような反応をされてきた。それも当然だろう。肝心の所長は16歳。不安が出てくるのも当然だろう。
「まぁいいわ。本当に……その、幽霊の仕業なの?」
「それを調査するのが我々の仕事です。以前受けた依頼では、“幽霊の仕業”と言われていたのが単なる地盤沈下の所為だった、などありますから。」
「……そう。私はこの異変が収まるならどっちでもいいわ。」
客間の一室を借りてベースを組み込むために車から機材を運び込む。
「……青上さん、大丈夫ですか?」
「リンさん、すいません。なんだか移動で疲れてるのかな……。機材の運びは大丈夫です。無理そうならちゃんと言いますんで、お願いします。」
「それならいいのですが……。」
正直この家は変だ。直線の川の途中に急に沼があるような不自然さ。淀みの中にいるような気持ち悪さ。分龍のおかげでなんとか行動はできてるが、正直
***
「モニターの接続に異常はありません。」
「……ポルターガイストの仕業じゃないのかなあ?典子さんの話だと。」
「おっ、いっちょ前のクチ聞くようになったな。バイトちゃん。」
「ゴーストハントだっけ?相変わらず大げさねえ。この機材の山!どーせ地霊かなんかの仕業よ。」
今回は予定の開いていた
「あたしは人間の仕業だと思うなあ。」
「あーら言うじゃない。」
「まあ聞いてよ。ポルターガイストの半分は人間が犯人である場合でしょ。それってストレスのたまった女性であることが多い。この家でその可能性のある女性……。義理の姉と折り合いの悪い妹……。つまり!」
「典子さんかあ!?」
「なーるほど。香奈さんって結構キツそうだもんねえ。」
「麻衣。悪いけどその線は薄いと思うぜ?典子さんもローティーンというには聊か育ちすぎてる。」
「そうだ。麻衣にしては考えてはいるが、素人の浅知恵だな。典子さんは二十歳。
所長の一撃で轟沈した麻衣はそそくさとブースから出て行った。自分も荷運びがひと段落したし、少しお茶でも入れようと準備を始める。ケトルは持って来ているが沸かすようの水は持って来てはいなかったため、台所に水を貰いに行くことにした。あらかじめ教えられていた台所まで行けば香奈さんがトレーにお菓子とジュースと用意していた。
「あなたは……。」
「青上と申します。すいませんが、水をいただけないですか?」
「いいわよ。気にせず入れてって?……あなたもそうだけれど、お宅の所長さん結構お若いのね。」
「僕は肉体労働担当のバイトなんであんまり関係ないんですが……。所長はちゃんと本物ですよ。今まで何件かアルバイトしてきましたけど今のところ解決できなかった件はなかったですから。それに
「そう。とりあえずは安心したわ。正直、お若いと不安で……。なんだかごめんなさいね。」
「大丈夫ですよ。皆さん毎回そんな反応されますから。」
「じゃあ私は典子にお菓子を渡してくるわ。何度か歩み寄って入るのだけど、礼美ちゃんにはやっぱり嫌われているみたいで。」
「結婚は難しいですから……。頑張ってください。」
“台所は好きに使ってちょうだい”と言い残して香奈さんは典子さんにお菓子を渡しに行った。ケトルの中に水を入れブースに戻る。ブースにはまだ麻衣以外が残っていた。ケトルのスイッチを入れる前にちょっとした
「皆さん何か飲みますか?」
「お、気が利くじゃねえか。」
「ちょうど喉が渇いたとこだったわ。」
所長とリンさんは返事がなかったが無言は肯定とみなし、大き目の紙コップとホルダーを用意する。もう一つのポットにティーバッグを何個か入れる。ちなみにこれは麻衣が用意したティートラベルセットだ。こんなとこは気が利く癖になんで勉強に回さないのか……。ま、そこも利点なんだろうけどな。紅茶をいれたカップを各々に渡す。勿論、リンさんと所長の分も傍に置いた。リンさんにちらりと横目で見られて、すぐに画面に戻ったが無言で笑顔のまま見つめる。数秒たった後小さく“ありがとうございます。”とこぼし、カップに口をつけるのを見届けてからソファに戻る。紅茶に口をつければ呪いの効果もあったのか気持ち悪さが引いていく。この程度で効果があってよかった。
***
「リンさん、異常はないですか?」
『右へ数センチ動かしてください。』
所長と麻衣が“暗示”を行っている最中、俺はカメラを設置していた。ちなみに坊さんと巫女さんは家の中、外を歩き回っている。その設置を半分終えブースに戻る。なぜ半分かというと単に時間が無かったからだ。それに暗示の時間が迫ってるせいもある。
「動きは?」
「ありません。」
画面をにらめっこしているリンさんに所長が問う。それを何度か繰り返した後階段を駆け下りる音がして香奈さんがブースにかけこんでくる。
「ちょっときて!!」
「どうしましたか?」
「いいから早く!!」
急いで向かった礼美ちゃんの部屋はすべての家具が斜めになっていた。勿論こんなレイアウトだったわけではない。ベッド、ラグ、ドレッサー、タンス……。すべてが斜めになっている。ラグに至っては上に家具が乗ったまま移動していて。一種の奇妙さすら覚える。
「礼美ちゃんを寝かしつけようと思ってきてみたらこうよ!!どうなってるの!?こういうことがおさまるように来てくれたんでしょ!!」
「そこ子がやったんじゃないでしょうね。」
「ちょっと綾子!できるわけないでしょ!?」
正直、この中でも
「とりあえず部屋を調べてみたいのですが。」
「どうぞ!私たちは下にいますから。さ、礼美ちゃん。」
「……礼美じゃないもん。」
「うん。違うもんね?」
「どう思うよ、ナルちゃん。」
「こんなことが出来る人間が居たらお目にかかりたい。……何の痕跡もない。人間には無理だな。」
『キャァァァァ!!!』
今度は別室から、しかも今の声は香奈さんだろう。
「どうしたの!!…………なにこれ。全部逆向き……。」
今度はすべて逆向きになっている。ラグ、ソファ、テーブル。クローゼットや棚は開き戸が壁に向かうように反対になっている。
「ナル……カーペット……。家具が乗ったまま裏返しになってる。」
「……。」
「……やれやれ。これはポルターガイスト決定だな。」
「そんなのわかり切ってるわよ!問題は犯人でしょ!?絶対地霊の仕業よ!明日にでもあたしが払ってやるわよ。」
巫女さんは自信満々に当てがわれた客間に帰って行った。
「我らが巫女さんの自信は何処から来るんだか……。」
「確かにな。……どうしたナルちゃん。えらく考え込んでるな。なんか気になることでもあるのか?」
「……反応が早すぎると思わないか?」
「確かに。心霊現象は部外者を嫌う、でしたっけ。」
「そうだ。無関係な人間が入ってくると一時的にナリをひそめるはずだ。」
「そうなの??」
「まーな。TVの心霊番組でもよくあるだろ?有名な幽霊屋敷に取材に行ってもたいがい何も起こらないっての。」
「普通は反応が弱くなるものなんだ。すごいラップ音がすると聞いていってみれば軋み音程度だったり。それが反対に強くなるということは……」
「反発。」
「ぼーさんもそう思うか。」
「ああ。この家、俺たちが来たのに感づいてハラたててるな。しかも、いきなりあんな大技見せてくれるってこたァ、ハンパなポルターガイストじゃねえ。」
「……手こずるかもしれないな。」
そして翌朝、例の暗示の花瓶は動かなかった。人の仕業じゃないとなると霊の仕業が濃厚になった。
感想感謝です。
またもや直接打ち込みです。