GWに更新できなくて私自身も絶望の最果てに行進してましたがなんとか踏み止まりました
何はともあれ本当にお待たせしました、愛と苦痛の花束を、第四話でございます
しんと静まった倉庫で僕は自分のISと向き合っていた。
「……久しぶりだね『閻魔』」
真っ黒な装甲をそっと撫でながらそう呟く。そしてこの黒を見る度に思い出す。僕が今ここにいる理由を。
「全ては復讐のために」
十年前。全てを奪われたあの日から僕は憎悪していた。女を。そして父親のような男を。
束と千冬さんに助けられ、平穏を手に入れてからもその気持ちは変わらなかった。
それどころか、その平穏な生活の上に何層にもわたって温もりが積み重なっても僕の心に残ったこの黒いシミは寧ろ存在感を増していった。
そして今も、それは変わらない──変わらない、ハズだった。
「……全部、先輩のせいだ」
たった一週間と少しだ。その短い期間の間に、僕の心にあったドス黒い何かを、僕がずっと原動力としてきた泥のような
何故なのか?そんなのはわからない。理屈では測れない。ただ確かな事が一つだけあった。
「これは──ずっと昔の……」
忘れかけていた昔の事。母さんが、父さんがまだ近くにいた頃の思い出。日差しの下で笑っていた──
「…………」
だが、指から伝わってくる冷え冷えとした鉄の感触は僕を一気に現実まで引き戻す。
「うん…そうかもね。復讐心は何も変わらないよ、閻魔」
僕はそうやって自分を律してきたしこれからもそうする。憎しみに躍らされている訳では無い。憎しみを、糧にしているだけだ。
「少なくとも、母さんをこの手で殺めるまでは……」
手元のスマホが振動して僕に試合開始の合図を出した。
「さあ行こうか、閻魔」
首元についている漆黒の首輪をなぞりながら僕は倉庫を後にした。
「へ?先に僕とセシリアさんが?」
僕がアリーナに到着した頃には既にみんな揃っており、出し抜けに千冬さんにそんなことを言われた。確か当初の予定では三機体による三つ巴の戦いだったハズだ。
「ああ、そうだ。一夏の機体は既に届いてはいるが最適化をしなければならないからな」
最適化には確かに多少の時間を有する。流石に最適化もされないうちから操れるほど専用ISの操縦は優しくない。
「納得しました。僕は別に構いませんよ」
「わたくしもそれで構いませんわ……慧さん、負けませんから」
「………うん、僕も負ける気は無いよ」
戦闘のことを考えるとどうしても歯切れが悪くなってしまう。僕は果たして周りの期待に応えられるような試合ができるのだろうか。
今朝背中を押してくれた先輩の笑顔が脳裏をよぎった。
「……慧さん?体調が優れないのですか?」
「あ、ううん。平気だよ」
「そうですか。それでは、わたくしは先に行っていますわ。いい勝負にしましょうね、慧さん」
「うん」
僕の目的は復讐だ。その為に必要だと判断した知識は全て取り込んできた。問題点はこの知識が『搭乗者を殺すこと』に偏っていることだ。
控え室に向かいながら一人考える。
世間一般でのISはあくまで競技に使う乗り物、そのものを使って闘うことはあれども命の奪い合いをするものであるとは思われていない。
知識を持つ軍事学者であればその限りではないが、そんなのは極々少数だ。お偉いさんの教育方針により、大半の人間はISが人を殺す可能性を考えていない。
それの善し悪しは置いといてその原因の一つは絶対防御、という機能がISには必ず搭載されている事。それはISに搭乗するパイロットに外的な要因による命の危機が発生した際にIS自らのシールドエネルギーを用いてパイロットの身体と命を護る、という機能だ。
競技に使われる前は宇宙開発の為に設計されただけの事はあり、例えば全方位からミサイルが直撃してもパイロットは生きている、なんていう実験結果も出ている(公表されてはいないがこれの被検体は僕だった。勿論僕自身が率先して立候補しただけで千冬さんも束も大反対した)。
さて、そんな一見万能に見えるシールドエネルギーだが、幾つか抜け道がある。その一つが一点突破だ。
やり方は簡単、先ず機体に大出力の砲撃を浴びせる。当然絶対防御が発動して搭乗者を守る。そしてその直後にこの砲撃の間を縫って一点のみに絶対防御を集中させる。
なまじ絶対防御は凄まじいエネルギーを消費しているだけあって非常に頑丈だ。だが、その分小回りが利かない。全体を守りながら細かい部分を分厚くするなどという芸当は幾ら束の設計とはいえ不可能だったらしい。
そして僕の専用機『閻魔』の数少ない正規武装の一つである『剣山』はその一点突破を可能にする。瞬間的にブーストすることで絶対防御を貫通させ、その刃を直接搭乗者へ突き刺す。
とはいえ、それも今回は使えない。これは連携攻撃だからだ。砲撃を行うための
そうすると、僕の機体が今回出せるパフォーマンスは多く見積っても全体の二割程度だろう。
全開の僕であればセシリアさんに遅れをとることは無いだろうが、ここまで手枷足枷が多いと厳しくなる。
「できることなら……使いたくはないんだけど…」
奥の手の『同調』を使っても五分で戦えるかどうかだ。一夏と戦うことを考える余裕なんてない。
(僕はどうしてこんなに真剣になってるんだ…?そもそも手を抜いて負ければ済む話じゃないか。元々クラス代表なんて辞退したかったのに)
考えてみればそうだ。では全力で戦わなきゃいけない理由は?
「また…………先輩のせいか…」
再び先輩の笑顔が脳裏に浮かび心を揺り動かす。そして同時に今朝のやり取りが頭の中で再生される。
今朝、いつもの様に起きてきた先輩と共に、トーストとハムエッグといったとてもシンプルな朝食を食べていた。
「ねえ、慧君」
「なんです?」
「ええっと………今日が試合よね?」
「はい、そうです。先輩も見に来るのですよね?」
「もちろんそのつもりよ……でも、その……」
珍しく先輩にしては歯切れが悪い。
「?どうしたんですか?」
「いやー……あはは。一週間ずっと仕事に付き合わせちゃったからさ…大丈夫なのかなーって」
苦笑いをする先輩の目は所在なさげにキョロキョロと忙しなく動いていて、本当に気まずいのだと僕に理解させる。イタズラを叱られた
「え?!ちょっと、私結構気にしてたんですけど?!笑うなんて酷いわよ!」
「ふふっ、そう思うなら仕事を溜め込まないで下さいね。先輩」
「うぐっ……」
その一言でトドメをさされたのか、先輩はテーブルに突っ伏した。
「まあ、真面目な話。操縦技術だけなら僕は先輩にも負けません。だから一週間ISに全く触れなかったからといって鈍ったりしません」
「慧君………」
「それに──そんなことを言い訳にしたら、先輩にかっこ悪いところ見せちゃいますよ」
「えっ………」
………ん?あれ?と今の言葉、深く考えずに口に出したがと思い返す。
聞きようによっては『僕は先輩にかっこいいところを見せたい』っていうことなのでは?
目の前の先輩は顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせている。言葉が出てこないらしい。
僕自身も何故この顔が熱いのかなどわからない。ただ、強烈な羞恥があるのは確かだ。
「あっ、そろそろ時間です。先に行きますね!」
「えっ、慧君?!」
僕は火照った顔を誤魔化すように食器を片付ける。カバンを持って──。
「待って、慧!」
いきなり呼び捨てにされ、思わず動きを止める。振り返ると、肩に手を置かれた。
「先輩……?」
困惑する僕に笑顔を浮かべながら先輩は言う。
「頑張ってね、慧。応援席で見てるから。かっこいいところを私に見せて?」
「……はい」
その頬にはまだ朱が残っていたが、いや、残っていたからこそなのか…先輩の笑顔は、とても綺麗だった。
「約束……かな」
自分が全力で戦わなきゃいけない理由を再確認しながら拳を握る。どんな形だとしても、例えそれが望まぬ戦いでも、僕は先輩と約束した。
かっこいいところを見せると。
それなら、負けるわけにはいかない。否、例え敵わなくとも最後まで諦めるわけにはいかない。
「来い──閻魔」
僕の身体に、黒々とした金属がまとわりつく。そして目元までをバイザーの様に覆うと視界がより鮮明になる。室内の細かいホコリまで見える程度には。
「さあ、行こう………今だけは──今日だけは、先輩の為に戦おう」
その言葉に、まるで返事をするかのように機体が輝く。不思議なものだ、ISはただの機械のはずなのに。
アリーナへと続く通路を閻魔で駆ける。飛び出した僕が見たのは──…。
「なんなんだこの観衆は………」
隣に立ってモニターを睨む人がこめかみを抑えた。その呟きに、私は苦笑いしかできない。先生が見る画面の先にはアリーナを埋め尽くす程の生徒いる。
「ごめんなさい、織斑先生。十中八九私のせいです」
その言葉にギロ、と先生に睨まれ私の背を冷や汗が流れる。同時に、この人も慧の事を大切に思ってくれているのだと改めて実感する。
「説明してくれるんだろうな、更識?」
「私が彼に会う為に彼の教室まで行っていたのはご存知だと思います。それで『生徒会長が新入生に一目惚れした』と噂を流され、それに過剰反応した……私のファンが『生徒会長に相応しいのか見定めてやる』と息巻いていた矢先、彼とセシリアさんの決闘が決まったものですから………」
「その連中が我先にとアリーナに駆け込んできた、と」
「そういう事です」
「…………はぁぁぁぁ」
さらに深く溜息をつく先生にどう謝るべきなのかしら……。
「いや、いい。お前は謝るな。有名になるとはそういうことだ。ただ、その分今後の慧を守ってやれ。今はともかく日常で女に囲まれたらまたパニックを起こしかねん」
「…はい!」
ここに居るのは織斑先生、私の二人だけだ。一夏君と箒さんはISの最適化の為、山田先生はそれを見守る為に控え室に行っている。
今なら、聞いてみてもいいかもしれない。
「………織斑先生」
「どうした、更識」
「慧は……セシリアさんに勝てると思いますか?」
「………」
その質問に織斑先生は腕を組み沈黙した。そしてその沈黙が一分くらい経った頃重々しく口を開いた。
「恐らく、八代が本気でセシリアと戦えばセシリアは五分と持たないだろう。それだけ八代の操縦技術は抜きん出ているからな。だが、そうすればセシリアは確実に死ぬ」
死ぬ、その一言に頭の奥が痺れる。が続いた先生の言葉に私は安堵した。
「勿論、八代にそれらの行為は事前に禁止しているから万に一つもあいつがそんな暴挙に出ることはありえんよ」
「そう……ですか」
「ただ、それを抜きにすると八代は極端に弱くなる。アイツの身に付けた力は『戦うための力』ではなく『殺すための力』だ。お前ならこの二つの違いは理解できるだろう。
それに今回、奴のメイン兵装は最終調整段階にあるため使えない。つまり八代はほぼ丸腰でセシリアに挑む必要が出てくる」
「それじゃあ………!」
「八代に勝ち目は殆どと言っていいほど無いだろうな」
「そんなっ……!」
私が今朝彼に向けた言葉は、そうだとすれば重りでしか無かったのだろうか。彼を苦しめるだけの結果に終わってしまっているのだろうか。頑張れなんて、そんなことを言われる前から彼は満身創痍だったというのに。
「……………」
「そんなに悲観するな、更識。八代が負けると決まったわけじゃない。お前の八代への思いはその程度なのか?」
「違います!そんなわけ──」
反射的に口を次いで出た言葉に織斑先生は笑みを浮かべた。
「なら、どっしり構えて信じてやれ。お前が信じる慧を」
その想いは、とても大切なものだから。
そう言って寂しそうに笑った織斑先生は何か遠くのものを見ているように思えた。
その目の奥に映る何かを読み取ろうとした時、画面の向こうから景気の良い声が聞こえてくる。
『さあ!!いよいよ彼の登場だ!入学二日目から我が校最強に見初められた白髪の貴公子、寡黙な振る舞いと全員の度肝を抜く自己紹介にハートキャッチされた女子生徒も多かったと聞きます!
果たしてそんな彼の実力や如何に?!一年一組、八代慧!!』
その言葉と同時に、ハッチが開き中から彼が飛び出してくる。そして手馴れた動作で飛行しながら地面に着地する。
巻き上げられた砂煙が収まり、私の目が捉えた彼の機体は──唯黒かった。
戦闘回に入れませんでした…次回戦闘パートです
また近いうちに更新できればなと思っておりますのでもう少々お待ちください