近くのカフェは思ったより静かで一色と過ごすデートには最適な場所選びではあった。
しかし、デートで重要なのは場所選びではない。それよりも遥かに重大なことはそこでどんな雰囲気になるかなのだ。
よく男性がやりがちなのが『高いお店に連れて行けばいんでしょ』『美味しいもの食べさせればいいんだろ』と思っている人がいるが実はそうではない。確かにそれも大切なことではあるが、そこでどのような話題をし、どんな雰囲気になるかの方が遥かに最重視すべき点である。
隣から『お姉ちゃん!』とか話しかけられるような居酒屋であれば、高くても美味しくても基本はNGである。
それに、あまり背伸びをしすぎると、『この店凄くいい感じなのに楽しくないとか、この人よほどつまらない人なんだわ。』と思わせてしまうことにもなりかねない。だからこそ、難しいことなのだ。
こんな俺の苦悩も知らず、一色はメニューとにらめっこをしている。
「せんぱいはどれがいいと思いますか?」
女性は基本的に責任を取りたくない生き物だ。なので、選択はすべて男性がしてあげる必要がある。よくリードしてくれる男性がいいというのも女性自身が決めたプランにミスが生じた場合に女性は責任を感じる為、それを防ぐ策として男性に判断を委ねたがることが多い。あと『彼がどういう場所に連れて行くかで、私をどういう風に見ているかを決める』というのも判断材料としているらしい。
でも、俺が、そんなことをすると自分のアイデンティティーがなくなるのでいつも通り他力本願でいくのだ。
「一色が食べたいものでいい」
まあ、仕方ないか
「それって、、、私が好きなものをせんぱいが共有したいってことですか?」
「はっ?」
何言っちゃってんのこの子。
確かに女性は男性と比べ、自分の感情や思いを誰かと共有したいという欲求が多いのは事実だ。誰かに自分の気持ちをぶつけることでストレスを発散したり、コミュニケーションを取る生き物なのである。
「べ、別に、そんなんじゃ、ねーし」
「なんですか、そのキャラ普通にキモいです。」
まさか相手に選択をさせたことが逆さに出るとは思ってもいなかった。
なんで?リードする男性がモテるんやないの?
こいつが何を考えているかがイマイチ良く分からなくなってきた。俺の壊滅的なデートプランに嫌気が差し、自らがデートプランを練ることを選択したのか?
それに、私が好きなものを共有したい!?
まあ、一色の好きなものなら何でも知りたいし、こいつの好きなことを一緒にできたら楽しいだろうなと思ったことはたくさんある。
けれど、それは叶わぬ夢である。
これは、デートである前に模擬試験である。所詮俺は葉山の代替物に過ぎない。本来この位置にいるのは俺ではなく葉山でなくてはならないのだ。でも逆に言えば、これは模擬試験だから少しだけ葉山になりきってみるのも悪くない。
「じゃあ、ここのパンケーキ結構おすすめって入り口に書いてたから、パンケーキ頼むのはどーだ。嫌なら、別にいーけど」
パンケーキ食べたい、パンケーキ食べたい。
これが俺にできる唯一のことだった。
「せんぱいはどうしてこれにしようと思ったんですか?」
それ聞くの?どうしよう。ここのパンケーキ食べたことないから一色と同じものが食べたいとか言えないし。てか俺、弄ばれてね?
まあ、でも、今は俺、葉山だもんね?ちょっとくらいかっこいいこと言ってもいいよね?
「一色と同じ体験を共有したいから、、、」
何言っての俺?気持ち悪。ていうか、まず葉山の真似というのが気にくわない。やっぱり、慣れてないことをするのは結構無理があるな。
「せんぱい、、、、ほんと、あざといですよ、、、」
えっ?まじで?何その表情、超かわいいんだけど。
「いや、まあ、なんだ。葉山なら多分こういうことをいうんじゃないかと思ってな。あいつならこういうキザなこと、サラッと言えたりするんじゃねぇの。知らんけど、たぶん」
悪いが俺にはこういう役柄はどうしても不向きである。そもそも葉山になりきること自体が土台無理な話だ。
「じゃあ、これって、せんぱいの意志じゃないんですね、、、、」
突然一色の表情が硬くなる。まるで何かに取り付かれたように。
「当たり前だろ。俺がそんなこと思いつくわけがない。」
「じゃあ、せんぱいは、何で、私をここに連れて来ようと思ったんですか」
決まってる。一色と同じ気持ちになりたいからだ。同じ時間、同じ体験を分かち合って少しでもお前のことを多く知りたい、お前とずっと一緒にいたい。自分自身の気持ち悪さもおこがましさも理解はしている。でも、それでも、お前のことが好きなんだ。
「葉山なら無難にこういうとこ選ぶんじゃないかと思ってな。だから、別に、俺の意志はない」
今日なら行ける気がする。いつも、逃げてばかりいた。自分の気持ちを押し殺して、嘘をついて、ただ怖くて逃避していただけなんだ。でも、今は違う。すまんな一色、今日だけだ。今日は俺の思いも少しだけ言葉にして。
「けど、別に適当にかんがえ「せんぱいは私のことなんて何一つ考えてなかったんですね!!」」
思わず思考が停止した。
一色は顔に涙を浮かべ、こちらを睨み付けている。それが、嫌悪からなのか、憎悪からなのかどうかは分からないが、それが喜びや感謝などとは到底かけ離れたものだということだけは俺にも判断することはできた。
静かな空間に一人の少女の怒りとも思える俺に対する叫び声が店内にこだまする。こんなはずではなかった。俺の今日の予定にこんなマイナスな感情が入り込む余地などないはずだった。
「わたし、もう帰ります。お金はここに置いておきます。」
彼女はそう一言だけ告げると足早にその場をあとにする。『引き止めろよ!!』心の中で誰かが俺にそう囁いた気がした。けれど、あまりにも唐突な出来事に為す術もなく、ただただ彼女の後ろ姿を見つめる事しかできなかった。
恋とはいつも苦しみと喜びの狭間に存在する。