彼女からの依頼   作:みるみるみるとん

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遅れすぎて、すみません。


四話

 

 

 

 

柄にもなく感情を露にしてしまいました。

 

いつもの私はこれほどまでに自己管理能力が無い女の子ではありません。怒鳴るつもりなんて毛頭ありませんでした。あざとくてかわいいそんな女の子を演じるつもりでした。

けれど、せんぱいが自らの意思で選ばずしたデートコースというレールの上を歩くのが気持ち悪く、思わず逃げてしまいました。せんぱいはあんな私を見て何を思ったのでしょうか?

ワガママだと感じたでしょうか?嫌悪を感じたでしょうか?

いずれにせよ、気持ちがいいものではなかったことは確かです。

 

 

本当に取り返しのつかないことをしてしまいました。

 

 

秋の酷しい風が疲弊した心に追い討ちをかけるように吹き付け、私を戒め、罰を与えるかのように心と体の体温を奪っていく。

依頼をしたのは私なのに。せんぱいはそれにただ従っただけ。悪いのはもちろん私で、せんぱいのミスなんて何一つない。

今までだって、どんな時でも私を助け、困った時は王子様のように駆けつけるそんなせんぱいに、私はいつもすがっていた。欲しいものは何でも手のひらの上に届けてくれる。私はそれを黙って握りしめるだけ。まるでサンタクロースのような存在。願ったものを何でも届けてくれるせんぱいはもう私の心の中にはいない。

 

日が傾き、風の強さが増し、寒さがより一層際立つ。こんな日に限って私を家まで送ってくれるせんぱいはいない。温かくて優しい大きな背中。寒いからと嘘をつき、離さないようにと必死にしがみついた、いつかのせんぱいとの帰り道を思い出した。

 

「さむい、、、、、」

 

思わず出た言葉は秋風と共にかきけされ、私のぽっかり空いた心を容赦なく締め付けていく。長くあてられた、か弱い私の体は芯まで冷えきり、せんぱいがいない一人きりの帰り道がこれほどまでに苦しいものであったことに驚きを隠せずにいる。当たり前の日常が消えてしまう日々を私の幼い心は想像することさえできずにいた。悲しみと悲嘆が入り交じるこの感情をどう表現すればいいのかさえも分からず、独り寂しく怯え、耐えることしかできませんでした。

 

 

 

お願い誰か助けて、、、、、

 

 

 

 

 

 

「やあ、いろは、こんなところでどうしたんだい」

 

弱った私に優しく声をかけてくれたのはいつものせんぱいではありません。

葉山先輩は、そう一言告げると私の首にマフラーを巻いてくれました。私の心と体を締め付けていた痛みが少しずつ紐解かれていき、妙な心地よさが体中を駆け巡っていきました。

 

「ありがとう、、ございます、、、、」

 

せんぱいではないかと刹那期待をしてしまいましたが、今の私にはそんな事を言う資格などありません。本当にワガママな女の子ですね。

 

「どうか、したのかい?顔色が悪いね」

 

きっとこの人は悪意というものを知らないのかもしれません。それほどまでに美しく清らかな心を持っています。だからこそ、誰もがこの温かさを求めて、依存してしまう。けれど、それでは私の存在意義は?

 

優しさなしでは生きてはいけない、私はいつから脆弱で未熟な女の子になってしまったのでしょう。

私がせんぱいに求めたぬくもりは私が作り出したただの幻想、決してせんぱいが求めたぬくもりとは似ても似つかないおぞましい何か。

 

「実は、、、、」

 

私は心中の想いをすべて彼に打ち明けてしまいました。

 

 

 

「なるほど、君は自分の願いに嘘をついているんだね。」

 

願いに嘘?

 

「彼と共に歩むべきレールからはずれ、自らの望まないイバラの道を歩こうとしている。それはいろはが本当に欲しいと思った本物とは違う気がしないかい?」

 

本物。それはせんぱいが欲しがったもの。たとえ努力を積み重ねても、存在するかどうかさえも分からない虚構の願望。せんぱいですら手にいれることができないものを私なんかが求めていいはずがない。

 

「けれど、せんぱいのレールの上を歩くのは、、、、私じゃ、、、」

 

「じゃあ、いろはが変えてしまえばいいんだ。自身が望んだレールではないのはいろはがそれを望んでいないからだよ。」

 

私が?そんなはずはありません。この人は明らかに間違っています。

 

「正直に生きていくことは恐ろしい。その恐怖は誰にだってあるものだよ。けれど、恐れて行動しないことは、同時に自らの希望を投げ捨てしまうことになる。」

 

理屈ではわかります。しかし、私じゃ勝ち目がありません。本物が分からない私は、彼にそれを与えることはできません。勇敢と無謀は全く別のものです。

 

「いろはならきっと、彼の本物になることができるはずだ。彼が望んだレールの先にはきっと君が立っているはずだよ。」

 

なぜ彼はこれほどまでに全てを理解したように諭すのでしょうか。

 

「欲しいものがあれば願ってもいいんだ。たとえ道を踏み外したしても、また一からやり直せばいい。もがき苦しみあがいて悩むんだ。そうでなくては本物じゃない。」

 

彼には私が本物を手にすることができると分かっているのでしょうか。

私の願いはせんぱいと共に道を歩むこと。

それにはせんぱいともっと深く関わらなければいけない。あなたの本物になるために私はあなたと一緒に居たい。そんな儚い想いを心に秘め、また一歩ずつ歩みを進める。

 

「いろは!!!」

 

葉山先輩が叫び声を上げたのは、私が赤信号で交差点に飛び込もうとした為です。不注意とはいえ一歩間違えれば、命の危険さえありました。

 

「願いを叶えるんじゃなかったのか!」

 

「ごめんなさい」

 

突然のことではありましたが、結果として葉山先輩と抱きあう形になってしまいました。けれど、不思議なことに以前のような妙な胸の高鳴りはありません。

 

「す、すまない!!」

 

葉山先輩も事情を察したようで、すぐに私から後ずさりをしました。

 

「いえ、、、、ありがとうございました」

 

「事故には気を付けて、それじゃ、俺は帰るよ」

 

ほんの少しの間とはいえ、葉山先輩が私を抱きしめるなんて昔の私であれば喜びできっと夜も眠れなかったことでしょう。

 

もし、こんなところをせんぱいにでも見られたらと思うと少し怖くなってしまいました。早くお家に帰るとしましょう。そうして私が交差点の向かいに目をやった時、

 

「えっ?何で、、、、」

 

その向かいには独り悲しげな表情をしたせんぱいが立っていました。

 

「っ!」

 

せんぱいは私と目が合うと我を忘れたかのように走り去っていきました。

まさか、見られた?

 

「せんぱい!待って!!」

 

私は必死になってせんぱいを追いかけました。しかし、乙女の私が叶う相手では当然なく、どこかへと姿を消してしまいました。

私の行く先にはいつもせんぱいがいます。柔らかな表情で私に手を差し伸べてくれる。けれど、今はもう、、、、

 

 

 

私の願いは、もう届かない、、、、、

 

 

 


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