隣でたえのギターを聞く。いつもと変わらない、変わらないけれど心地の良い音でもある。俺は目を瞑りながら余韻に浸った。うん、良い音だ。
たえはギターを弾き終えるとギターをスタンドに立てた。その時、俺の視界にある物が入った。俺の視界に入った物、それは指だった。そう、たえの指が切れていたのだ。
指が荒れていたり、マメが出来ているのは努力をしているという証でもある。だが、俺から見ればたえの指は荒れているというよりも切れているようにしか見えない。何だろう、見ていると痛々しくて俺の心もズキズキしそうだ。
「たえ、ちょっと指いいか?」
「指?いいけど、どうかした?」
「ちょっとな。もしかすると指切れてるのかなと思ってな」
俺がそう言うと、たえは無口になり固まった。これは図星だな。たえは天然であっても核心を突かれると固まる癖がある。こういうところは変わらないな。まぁ、こういうたえも好きだが……。
それはさておき、絆創膏とハンドクリームを探すか。まだ十一月なのに、空気は乾燥している。多分、指の切れは乾燥が原因かもしれない。たえの手がカサカサになるなんて洒落にならない。
机の引き出しを開け、絆創膏とハンドクリームを探すが、見つかったのは絆創膏だけだった。ハンドクリームが無い、そういえば使い切ったんだ。忘れていたなんて、俺は何をしているんだ。
「ごめんたえ、絆創膏しかないんだけどいいか?」
「いいよ。その顔はハンドクリームが無いってことだよね?顔に出てるよ」
「え、顔に出てたか!?俺って分かりやすかったっけ……」
顔に出てる、たえに言われるって相当だな。そんなことを思いながらたえに絆創膏を渡した。とても痛々しいけど、今の俺にはこれくらいのことしか出来ない。とりあえず、ハンドクリーム買いに行くか。
▼▼▼▼
ハクはハンドクリームを買って来ると言った。ハクに絆創膏を貼ってもらったけど、これは応急処置でしかない。指がカサカサになって来ているのは気づいていた。ハクには黙っておこうと思ったけど、彼に隠すことは出来なかった。
――やっぱり、ハクは何でもお見通しだ。
私はそう思いながら口元を緩ませた。そんなことを思っていると、手が包まれたような気がした。もしかして、手を繋いでくれたのかな?そうだったら、私はどうしたらいいんだろう……。
「ねえハク、手……繋いでくれたの?」
「ま、まぁそうなるな。たえの手、見てて痛々しいっていうか、包んであげなきゃなって思ってな」
「そうなんだ……あ、ありがと……」
どういたしまして、とハクは恥ずかしげに言った。どうしよう、気まずい。こんな時どうしたらいいだろう。香澄だったら何て言うかな。いや、香澄を例にしてもしょうがない、ここは話をしよう。話をすればこの状況を切り抜けるかもしれない。
話をしようとしたけど、何も思いつかなかった。頭が真っ白になっていた。はあ、私何やってるんだろ。普段はこんなことにはならないのに、今日はおかしい。調子が悪いのかな?そうだ、調子が悪いだけなんだ。
私は調子が悪いだけ、と自分に言い聞かせ、ハクの手を握った。大丈夫、大丈夫だ。私は大丈夫!
――多分……。
▼▼▼▼
薬局でハンドクリームを買った後、楽器店に寄ることにした。たえが買う物があると言ったからだ。買う物と言っても弦とピックだけだ。俺は店内に飾ってある楽器を見ながら待つことにした。
待つこと五分、たえが会計を済ませて来て戻ってきた。後は家に戻るだけだ。戻ったらたえの指を何とかする、もう少しの辛抱だから耐えてくれよ。
「たえ、指痛むか?」
「今は大丈夫かな。ほら、この通り」
「どれ……」
たえは両手を開いて俺に見せた。人差し指の第一間接がぱっくりと開いている。早く手当てしてあげないとまずいな。これじゃあ練習するのは厳しい。治るのは結構掛かるが、絆創膏を貼るなりしてどうにかするしかない。応急処置程度でしかないが、無いよりは増しだろう。
家に着き、部屋に入る。ビニール袋からハンドクリームと絆創膏を出して机に置いた。たえが見つめている。何だ?一体どうしたんだ?
――何だろう、いやな予感がする。気のせいじゃなさそうだな。
「たえ、俺を見つめてどうしたんだ?」
「ねえハク。ハンドクリームなんだけど、ハクが塗ってくれないかな?」
「え?」
今なんと言った?何を言ってるんだこのウサギは……。俺がたえの手にハンドクリームを塗る?普通自分で塗るよな、なのに人に頼むって、こいつは俺を殺す気なのか?
俺はたえに塗ってくれと言われて約五秒くらい固まってしまった。こんなこと言われたら固まるに決まってる。それも彼女に言われたのだ。ここで断ったら別れるからねとか言われるに違いない。それだけは回避したい。
別れると言われたくない、俺は意を決して承諾した。こうなったら自棄だ。もう、どうにでもなれ!
「わ、わかった。じゃあ手、出してくれるか?」
「ありがとハク。大好きだよ!」
――それは反則だろ。ああもう、このウサギは!
▼▼▼▼
正直恥ずかしかった。だって、ハクにこんなこと言うのはやめた方がいいかなと思ったからだ。現にハクの耳は赤くなってるし、手が震えてる。そもそも人にクリームを塗るって、私はどうかしてる。
ハクの手が私の手に触れる。冷たい。冷たいけど、包まれてるようで暖かい。暖房は付いてるけど、心が暖かいから問題ないかな。
暖かいのはいいけど、くすぐったい。人にクリームを塗ってもらうのは初めてだ。今ならハクの耳を舐められるかもしれない。いや、私は何を言っているんだ。
「ハク、くすぐったいよ」
「ごめん!初めてだからどうやればいいのかわからなかったんだ。痛くない……よな……」
「大丈夫、痛くないよ。むしろ冷たいかな」
よかった、とハクは言った。安心してるけど、ハクの手は未だに震えている。こういうことは初めてって言うけど、本当はわかってるんじゃないかな?わかってるとしたら酷いことだ。
二分くらいしてハンドクリームを塗り終えた。一言で言うと恥ずかしかった。恥ずかしかったけれど、気持ちよかった。口に出したらハクにからかわれそうだ。口に出さないように気を付けよう。
とりあえず練習する時は用心しよう。ハクからも怪我はするなよ、と言われた。指切れたらまた頼もうかな。たまにはハクにやってもらうのも悪くない。
「たえ、何ニヤニヤしてるんだ?」
「へ?ニヤニヤなんてしてないよ!ハクの見間違いなんじゃいかな。アハハ……」
「いや、ニヤニヤしてたな。口元隠せてなかったぞ」
隠せてないってそれを言われたら私の負けだ。それに反論も出来ない。ハクの前でニヤニヤするのはやめよう。やめようって言ってもまたやるかもしれないから無理かも。
私はもう少しポーカーフェイスを出来るようにしよう。これ以上ハクに言われたら心が折れちゃいそうだ。せめてニヤニヤは隠さないといけない。下手したら沙綾に色々聞かれそうだ。
おたえはポーカーフェイス上手そうだけど、不器用なおたえもいいよね