死が二人を分かつまで-side stories-   作:garry966

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AUG×IWS2000短編 アシンメトリー

※第八戦役夜戦の妄想後日談です。当然ネタバレを含みます

 

AUG×IWS2000短編 アシンメトリー

 

 

 

≪メンタルモデルのバックアップ、インストール完了。修復が終わりました、お体を大切に≫

 

 素っ気ない機会音声のアナウンスが聞こえる。ジュースから炭酸が抜けるような音を立てて修復ポッドが開いた。視覚に飛び込んできた眩い光に顔をしかめる。だんだんと目が慣れてくると、光の正体は何の変哲もない天井の照明だと分かった。見慣れた修復施設の中に、これまた見慣れた人影がいることに気づく。

 

「AUG……!」

 

 我らが隊長、IWS2000だった。私とは対照的な白い制服に身を包んでいて、髪も白いから全身雪のように白い。いつも不安そうな表情を作っている顔が、今日は何とも言えないほど弱々しく歪んでいる。潤んで、雫があふれそうになっている瞳を私に向けていた。

 

 私がポッドから出てくるのを待ち構えていたようで、すぐさま飛びつかれた。力強い抱擁に拘束され、背中に回った腕に背中を締め付けられる。

 

「いきなり、何」

 

 驚いた私は短くそう尋ねることしかできなかった。泣く機能の備わっていない私の前で泣くなんて、嫌味のつもり? そう言おうとしたのだが、彼女に先手を打たれた。

 

「すみません、AUG……わたくしの不手際で……」

 

 私を包み込む彼女は弱々しく震えていた。

 

「……そう」

 

 私はそれだけ言うと彼女の背に手を回した。鼻をくすぐる彼女の髪から消毒液の香りがする。その香りと彼女の態度から、私は大体のことを察した。

 

 私の企みは、どうやら功を奏したらしい。

 

 

 

 

 

 銃声、銃声、銃声。閉所に響き渡るけたたましい火薬の炸裂音。聞き慣れた、私の銃が轟かせる音。いつもと違ったのは、銃口の前に立っている標的だった。喪服のように真っ黒いドレスに身を包んだ、私の副隊長、AUG。

 

 私は彼女を殺した。トリガーを引き、銃弾を撃ち出して、彼女の血肉をほとばしらせた。脳漿が壁に飛び散り、力なく倒れる彼女の姿。思い出したくない光景だ。

 

 もしも私が代わりを務められていたら、彼女の提案に従っていたら、彼女が隊長だったら。もしも、なんて意味がないと彼女に言われたばかりだけど、やはり考えてしまう。部隊の仲間を全員連れて帰る方法があったのではないかと。

 

「戦闘記録を早く提出したら? 報告書もまともに書けなくて隊長が務まると思う?」

 

「うっ……すみません」

 

 私の横でそう言うのは、他ならぬAUGだった。今回の任務で死亡した彼女はバックアップから復元された。だから作戦中のことは覚えていない。

 

 修復ポッドから出てきたAUGを思わず抱き締めてしまったことはもうひとしきりからかわれた。隊の宿舎に戻ってきた今は報告書を早く出せとせっつかれている。彼女は自分が死んだ理由を聞いてこなかったが、やはり気になるのだろう。当然のことだ。

 

 そう、私はまだあの作戦の報告書を出していない。報告書を指揮官に提出すれば、パブリックなデータベースに登録されて他の人形も閲覧することができる。もちろんAUGも含めて。それが躊躇している一番の理由だった。

 

 これは完全に私の我がままでしかない。でも、どうしても彼女に知られたくなかった。私が彼女を殺してしまったことをだ。あの場には私とAUGしかいなかった。G17とSSGにも話していない。だから、黙っていれば私が彼女を射殺したことは露見しない。

 

 わたくしはあなたを殺しました。面と向かって告白したとしても、彼女ならきっと「そう」と短く済ませてしまうに違いない。それが嫌だった。

 

 彼女を撃ち殺すという経験は、私にとってたまらなく嫌なものだった。仲間を殺すなんて考えられない。そう思ったからウェルロッド隊のヘリを撃ち落せというAUGの提案を却下して、自分一人が犠牲になるつもりだったのに。彼女は私より先に鉄血のポートに接続していて、指揮官に危機を伝えてしまった。彼女は私の決断の割を食ったというわけだ。

 

 彼女も私を殺すのは嫌だと言っていた。だから、彼女が代わりを務めた。でも、私の感じている“嫌”はきっと彼女が感じている“嫌”よりもずっと大きい。

 

 彼女は私より完璧で、優秀で、判断も的確だ。私なんかより隊長に相応しい。ドリーマーに言われるまでもなく、そんなことは分かっている。だから、犠牲になるのは私の役目のはずだった。隊長代理はAUGが務めれば問題ない。彼女ならきっと問題なくG17とSSGを連れて帰っただろう。

 

 私はミスが多い。今回の任務だって、放射線測定器を持ってきたつもりが忘れていて彼女に持ってきてもらった。挙げようと思えばそんな経験、いくらでも思い浮かぶ。つまり、彼女がいなければこの隊は成り立たない。あの優秀な副隊長が横にいなければ私は何もできないのだ。そんな彼女を犠牲にしたことがひどく堪えている。

 

 私はAUGの方が隊長に相応しいと思う。でも、彼女は本当に自分が隊長でないことを気にしていないのかも。人事は指揮官からの命令だ。彼女は皮肉を言うことはあっても、命令に逆らうことはしない……いや、今回は私の命令に逆らって私の代わりに感染したのだったっけ。

 

 とにかくだ、そんな彼女だけど今回の報告を見て気が変わるかもしれない。私が彼女の提案を却下したせいで結果的に彼女を死なせることになった。犠牲を出したことは私の責任だ。作戦の詳細を聞いてIWS2000は隊長という立場に不釣り合いな人形で、自分こそが適任だと思い直すかも。

 

 それはまったく正当な感想なのだが、私は身勝手なことにAUGにそうだと思われたくなかった。私は副隊長の彼女に支えてもらっているが、私が副隊長になったとしても彼女の代わりを務めることはできない。優秀な彼女は私の助けなんて必要ないだろうし、逆に私が足を引っ張ることになるだろう。それは今もそうだけど……。

 

 なんにせよ、嫌なものは嫌だった。彼女に報告書を読まれたくない。宿舎の端末でまとめた戦闘報告はAUGがヘリの撃墜を提案した辺りで止まってしまっていた。後には私がその提案を却下する部分が続く。そこがAUGの生死の分かれ目になった。本来は私が傘ウイルスに感染し、彼女にとどめを刺してもらうはずだった。そして復元された後にAUGが提出した報告書を読んで事の顛末を知るはずだったのに、実際は逆になってしまった。

 

「はぁ……」

 

 誰にも聞こえないよう小さく吐いたつもりの息は思いのほか大きくて、宿舎に私のため息が響き渡った。それを聞いた彼女は、「報告書をちゃんとまとめられて偉いわね。お疲れ様」と、途中で止まっている文書作成画面を指差して皮肉を言うのだった。

 

 

 

 

 

 気づけば夜になっていた。基地の敷地にはほとんど外灯がない。暗闇に包まれながら、私は一人でトボトボ外を歩いていた。私はAUGからの物言わぬ圧力に耐えかねて宿舎から逃げ出した。一体全体、何をやっているのか。自分でも分からない。

 

「ここにいたの」

 

 だからその声を聞いた時、飛び上がらんばかりに驚いた。慌てて振り向くと件の人物、AUGが立っていた。黒いドレスが闇に溶け込んで白い素肌だけが浮いているように見える。

 

「まだ報告書出してないそうね」

 

「うっ……」

 

 その通り、私が逃げ出したのはそれが理由だ。未だ決心がつかず、基地を彷徨っていた。

 

「いい加減提出しないと指揮官に怠慢だと思われるわよ」

 

「は、はい……そうですよね」

 

 それは分かっている。私は人一倍、他人からの評判を気にする性質だ。不器用なりに評価されようと頑張っている、と思う。でも、今回ばかりはどうしても……。

 

「そんなに私を殺したと報告するのが嫌?」

 

 彼女は日常の何でもないことを尋ねるみたいにパッと言い放った。私は突然心の内を言い当てられて絶句してしまう。いつのまにAUGは人形のメンタルに侵入できるようになったのだ。彼女ならそれくらいできそうな気はするけれど。

 

「自惚れが過ぎるかもしれないけど、とは言わないわ。私も嫌だったもの」

 

 彼女は小さく咳払いして私を見つめる。

 

「忘れてるかもしれないけど、私には前回の記憶はあるのよ、バックアップを取っておいたから。あなたたちは覚えていない、私以外全滅した時のことよ。その時、私はあなたを置いて逃げたわ。それが命令だったから。だから、今回のこともおおよそ察しがつく」

 

 淡々と語る彼女の目付きは鋭くて、私は射貫かれてしまったかのように動くことができない。

 

「ごめんなさい……わたくしはあなたを死なせて……いえ、殺してしまいました……」

 

 拳を握り締めて俯いて、やっとの思いで絞り出した言葉がそれだった。彼女の表情を正面から見ることができなくて目を逸らす。不器用な私にはそれ以上隠し事を続けられなかった。上手い言い訳も浮かんでこない。

 

「何を謝っているんだか……あなたなら倒したドリーマーのダミーにも頭を下げそうね」

 

 いつもの調子で皮肉を言われる。実際にはドリーマーの遺言を最後まで聞かなかったことをからかわれたのだが……それはともかく。

 

「怒ってないんですか?」

 

 おずおずと顔を上げて尋ねると、AUGはその質問こそ不躾だと言いたげに目を細めた。

 

「作戦行動中の判断を一々咎めたりしません。隊長はあなたなのだから。その判断が明らかに間違っている場合は別だけど、今回の判断は正しかったと思うわ」

 

 私をたしなめるような言葉に口を挟まずにいられなかった。

 

「ま、待ってください。あなたはその、死んでしまったのですから記憶がないはずです。わたくしの判断が正しかったなどとは言えないでしょう。事実、隊員を一人失っているわけですし、決して褒められたものではない……と思います」

 

 それも、隊長より優秀な副隊長を、だ。彼女に銃口を向けて引き金を引いたことを思い出すと背筋に寒気が走る。悪寒が胸にまとわりついているような気分だ。彼女はじっと私の顔を見て、ため息をついた。

 

「あなたがいつも気にしていたあの掲示板、今回は見ていないみたいね。大惨事を未然に防いだIWS小隊が褒め称えられているわ。一部変なのも混じっているけれど……どうせMDR辺りでしょう」

 

「そ、そうなんですか?」

 

 今回はAUGのことで頭がいっぱいでそんなこと意識している余裕がなかった。でも、そう聞かされたからと言って得意になれるほど切り替えは早くない。

 

「それに、私が死んだのは私が自発的にそう行動したからでしょう。あなたの命令ではなかったはず」

 

「えっ、どうして分かるんですか」

 

 AUGがあまりにも自信を持って言うので私は素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

「私が汚染された人形たちが乗ったヘリを撃墜するよう言った時、あなたは却下したそうね。別のやり方があるはずだと。G17に聞いたわ。あなたはそういう人形」

 

 彼女は分かり切ったことを聞くなという風に語った。ポカンと口を開けて続きを待つ私を一瞥するとまた息を吐いた。それから、少しだけ表情を緩めた。

 

「念のため、指揮官にも聞いたわ。鉄血の施設から通信をかけてきたのは私だったと。まあ、それはあなたではなく私が復元されたのだから当然ね。さっきはああ言ったけど、指揮官はあなたのことを心配していたわ、自分のことを責めていやしないかって。それはいいとして……」

 

 脱線した話題を元に戻すように彼女は小さく咳払いをした。

 

「今回死んだのがあなたではなく私だったのは、私があなたをとっさに出し抜いたからでしょう。鉄血のシステムを利用したのだから傘ウイルスに感染することは不可避。どちらかが死ななければいけない時、あなたは迷いなく自分が犠牲になることを選ぶ。あなたがそういう人形なのは分かり切ったことだわ。それなのに私が死んだというのは、私が命令に逆らって勝手にそうしたからに他ならない。私は上手くやったようね。もっとも、あなたは一人でもよくミスをするから騙すのはすごい簡単だったんでしょうけど」

 

「うっ……」

 

 何もかもお見通しだと言うように彼女は鼻を鳴らした。今まで隠し立てしてきたのは全部無駄だった上に、いつもの不注意までなじられてしまった。縮こまる私に彼女はぎこちない笑顔を向けた。

 

「傘ウイルスに感染した人形は敵、排除するのは当然のことよ。あなたの判断を非難するつもりは毛頭ないし、恨んでもいない。自分の判断の責任をあなたに転嫁するつもりはまったくないわ、当然でしょう」

 

 彼女は私に気にするなと言っているのだ。気に病むな、大したことではないと励ましてくれている。死んで記憶を失ったのは彼女の方なのに、私が慰めてもらっているというのはなんとも情けない。それでも、私の胸にしこりが依然として残っていた。

 

「AUGは……わたくしが隊長に相応しいと思いますか?」

 

「いきなり……でもないわね。もう聞き飽きたわ、それ。禅問答でもしたいの?」

 

 私の問いに対し、彼女は呆れ顔できつい言葉を返してきた。

 

「私はグリフィンの小隊を一つ消し去ろうとした。あなたはその代わりに隊員一人の損失で難局を打開した。あなたの方が正しかった、そう言ってるのよ」

 

「そうなんですが……思うところもあるんです。わたくしは自分の信念を曲げるつもりはありません。それはそうなんですが……この小隊のリーダーとしてはどちらが正しいのかな、と思ってしまうんです。自らの隊から犠牲を出すくらいならよその部隊を代わりに差し出してしまった方が、“隊長”としては正しいのではないかとも思えます。つまり、あなたのやり方で……これは信念を曲げていることになるかも……“みなさん”の範囲の問題なんです」

 

 AUGを撃ち殺したことは私の信念を揺るがせるに足る経験だった。あんなことをするくらいならウェルロッドたちを撃墜した方がよかったんじゃないかと本気で思ったし、今もその考えに後ろ髪を引かれている。

 

「馬鹿なの?」

 

 返ってきたのはピシャリと良い音が鳴りそうなほど鋭い罵倒だった。

 

「私にそんなことを聞く時点で甘えてるわ。いつまでもウジウジしないで。せっかく隊員が身を捧げたというのに、その行為の意味を疑うような発言をしないでいただけますか、隊長どの?」

 

「はい、すみません……」

 

 どちらが隊長か分からない、私はか細く謝った。

 

「あなたは私を頼り過ぎだし、無責任よ。今回の作戦であなたの方が死んでいたらG17やSSGは誰が連れて帰るのよ。私? 隊長はあなたでしょう。かっこつけたつもりでも、それは責任逃れと呼ぶの。その場合、私が報告書をまとめることになる。それが嫌だから今回は私が死んだだけ。前回と合わせて二枚も書くのはごめんだから。あなたのためじゃないわ、分かった?」

 

「分かりました……」

 

 思いっ切り説教されて隊長の面目は丸つぶれだ。元からそんなものはないけど……。

 

「早く報告書を見せてくれる? どうせ誤字があるんだから、私が見てからじゃないと出せないでしょう。どこかの隊長さんが逃げ回ったせいでまだ休めないのよ」

 

「は、はい。早くまとめます」

 

 AUGに追い立てられるように宿舎に戻る。彼女は私の判断より、私がいつまでも思い悩んでいることに腹を立てたようだった。ますます隊長に相応しくないと思われてしまったかも、などと考える暇はなく、早くしろと急き立てられながら報告書を仕上げた。彼女の添削はいつもより厳しめで、不明瞭な部分は丸ごと赤を入れて突き返された。

 

 それでも、提出は日付が変わる前に済んだ。ほっつき歩いていたせいでAUGにも、指揮官にも要らぬ心配をかけた。もちろんG17とSSGにも。

 

 AUGに言われたように、私は隊長として無責任なのかもしれない。やっぱり私には隊長なんて向いてないんじゃないか、マイナスの思考が舞い戻ってくる中、私は自分の寝床に潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 夜、宿舎は静まり返っていた。照明が落とされて黒く染まった部屋でみんな微かな寝息を立てている。私はベッドから起き上がり、音を立てないよう気をつけて足を滑らせた。彼女、IWS2000は側頭部を枕に押し付けて、小さく胸を上下させている。もみあげから伸びる長い横髪が頬を流れるようにつたっていた。

 

 私は彼女に手を伸ばし、その髪の束をすくい上げた。ふんわりとやわらかい手触りがした。綿毛のよう、と表現すると言い過ぎになる。羊毛のようだと言えばそれほどゴワゴワしていない。私はすくい上げた髪を彼女の首元にこぼした。露になった彼女の頬を眺める。

 

「あなたは嫌だった?」

 

 どれくらい? 私は静寂にかき消されるほどの小さな声で彼女に語りかけた。返事はもちろんない。

 

 彼女は今回の作戦で私を殺した。傘ウイルスに感染した私を排除するのは当然のことであり、彼女にも何とも思っていないことは告げた。しかし、心優しい彼女はそのことをずっと気に病んでいるようだった。仲間のためならば何の躊躇もなく死を選び、今回も当然そうするつもりだった彼女にとって、仲間を撃ち殺したことが相当のストレスになるのは当然かもしれない。

 

 私も、嫌だった。作戦中に死んだ私は今回の作戦に関する記憶がない。逆に、彼女たちが死亡した前回の作戦は記憶に新しく、昨日のことのように感じる。あの時、私はIWS2000を見捨てて逃げた。彼女がそう命じたからだ。部隊で唯一生き残るという役目は私が仰せつかった。

 

 隊長である彼女の命令通り私は逃げ、彼女はドリーマーに殺された。なんてことはないと思った。人形はバックアップから復元される。少しの記憶を失うだけで元通り、そう思っていた。

 

 経験して初めて分かったが、彼女を見捨てて逃げるという行為はそれはもう嫌なものだった。ドリーマーは逃げ出した私を嘲笑い、ご丁寧に彼女が死んでいく様を実況してくれた。結果、部隊は私以外全滅し、作戦は失敗した。

 

 他に可能性があったかもしれない。彼女が死なずに済む方法が何か。何でもないと思っていたものの、あの決断は私に大きくのしかかってきた。バックアップに保存すべきではなかったと思う。しなければ今回の死でまとめて忘れられたのに。忌々しい。

 

 私が今回、彼女を出し抜いて死を選んだ理由は明白だ。二度とそんな経験をしたくなかった、当然のこと。二回も彼女を死なせて、何食わぬ顔で復元された彼女を迎えるなんて正気の沙汰ではない。絶対ごめんだった。しかも彼女の報告書によれば私は作戦中、ネズミに集られた彼女の死体を目撃しているようだ。そうした考えが補強され、実行に移したのも無理からぬことだろう。

 

 私が自らを犠牲にしたのは天秤の向こう側にIWS2000が鎮座していたからで、別の誰かであったらそんなことはしていない。聞くところによれば私は早々にウェルロッド隊を撃墜するよう提案したようだ。なるほど、私らしい。私が隊長であったなら、彼女にも命令に従うよう強制していただろう。

 

 しかし、私は隊長ではない。隊長はIWS2000であり、実際の判断は傘ウイルスに感染することが確実な鉄血の通信設備を利用するというものだった。とても彼女らしい判断だ。仲間を犠牲にするくらいなら自らを犠牲にする、きっと自分以外の誰かに代わりを務めてもらおうなんてこれっぽっちも考えていなかったに違いない。

 

 だからこそ、私ではなく彼女が隊長に抜擢されたのだろう。指揮官は人形の性格をよく見ている。私はその人事に不満を覚えるどころか、称賛を贈りたいとすら思っている。IWS2000は多少抜けているところはあるが、私にはないものを持っている。仲間を決して見捨てないという信念だ。

 

 つまり、彼女は心優しいのだ。私はそんな彼女が好きだ。復元された私を見て泣き顔を作り、私を殺したことで一日中思い悩むような彼女のことが。だから、私は彼女を見捨てたことに心を痛め、自分を犠牲にするに至った。

 

 しかし、彼女の方はどうだろう。もちろん、心優しい彼女は私を殺したことに心を痛めている。でも、その痛みは私とは少し異なるのだろう。

 

 私は相手がIWS2000だったから心を痛めた。彼女はどうか。相手が副隊長だったから、同じ隊の人形だったから、同じグリフィンの人形だったから、その程度だと思う。きっと、ウェルロッドたちを犠牲にせざるを得なかったとしても、今日と同じように心を痛めていたはずだ。彼女の胸の痛みとは、信念に基づく罪悪感なのだ。私のものとは、違う。

 

 私と彼女の痛みはきっと非対称だ。私はそれが少し腹立たしくて、少し心苦しくて、少し悲しかった。非合理的な感情が湧き上がってくる。柄でもないのに今日は彼女を叱り飛ばした。馬鹿なのは私の方だ。一体何に嫉妬しているのかすら分からない。

 

 寝入っている彼女の横顔を指で押してみる。やわらかくも弾力のある頬が指を押し返してきた。

 

「私より、嫌ではなかったんでしょうね」

 

 身体が彼女に覆いかぶさるように、勝手に傾いていく。顔がひとりでに吸い寄せられて、口元が彼女の頬に触れた。私の唇よりみずみずしさを感じる艶やかな肌にほんの少しだけくぼみができて、口を離すとすぐに消えた。もう消毒液の香りはせず、ほのかにミルクの香りがしたような気がした。

 

 私はため息をつくとすぐに立ち上がった。何をやってるんだ。もし彼女が起きてしまったらどう言い訳する。向こう見ずな行動だ、本当に馬鹿らしい。私は頭を振って、逃げるように自分のベッドへ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 しんと静まり返った宿舎に衣擦れの音が響く。シーツの中に誰かがもぞもぞと沈んでいく音だ。やがてそれも聞こえなくなった。

 

 私は手で頬に触れた。今のは何ですか⁉ 目をつむっていたから確かなことは分からない。彼女に指で顔をつつかれたかと思うと、頬に彼女の前髪が降りかかってくすぐったくなった。それから、その後、指よりやわらかくて、潤いをもった何かに触れられた。状況から察するに、唇としか思えない。つまり、それは、キ、キスされたということで……ええ⁉ 一体どういうことなんですか⁉ なぜわたくしにキスを⁉

 

 頬にキス、これはそういう挨拶の習慣もあるし、そこまで変なことじゃない。AUGにされたことはないけれど……でも、寝ている私に挨拶をする理由はさっぱり分かりません! しかも、あのAUGが私に。

 

 彼女に怒られて悶々として寝られずにいたら小さな声が聞こえてきた。

 

『あなたは嫌だった?』

 

 私に問いかけるような呟きだった。この時点で寝たふりをやめて起き上がればよかったのだが、私は彼女のことを考えすぎて幻聴まで聞こえるようになったのではないかと一瞬躊躇してしまった。それから目を閉じたままでいた。

 

『私より、嫌ではなかったんでしょうね』

 

 AUGが独り言に対して出した答えがそれだった。嫌、嫌って何がですか。私よりって……私はこの通り、彼女を死なせてしまったことを悩んで眠ることすらできないというのに。どういう意味なんでしょう。私が自分の行為に後ろめたい気持ちを大して感じていないと?

 

 そんなはずありません! 私より優秀で、それでいて副隊長として私を支えてくれる彼女を犠牲にして気が咎めないはずがない。彼女がいなければ危なかった場面なんて枚挙にいとまがない。実際、今日もそうだった。彼女が横にいなくては私はやっていけない。だから、彼女の考えは不当な決め付けだ……どうしてその後にキスを⁉ その脈絡が分かりません……いつも私にずばずば手厳しい皮肉を言ってくるAUGが私にキスをする理由なんて想像がつかない。ひょっとしたら、濡れ雑巾でも押し当てられただけかも。いや、寝ている私にそんなことをして何になるのか。

 

 キスとは、友愛や愛情を相手に伝える行為だ。つまり、彼女はわたくしに愛情を……いやいや、そんなはずありません。これは妄想です。

 

 私は赤くなった頬を覆い隠すようにシーツを引っ掴んで頭までくるまった。

 

 

 

 

 

「おはよう」

 

「お、おはようございます……」

 

 朝、日が昇ってきてから私とAUGはいつものように挨拶を交わし合う。視線は自然と彼女の口元に吸い寄せられた。彼女は紅など塗らないので、唇は白っぽくて薄い。輪郭がぼやけて見えるくらい儚げな唇から手ひどい指摘や皮肉が飛び出してくるのは信じられないのだけど、余計信じられないことに昨夜はあの唇が私の頬に……。

 

「どうしたの?」

 

 私がまじまじと顔ばかり見つめていると、彼女は少し目を細めた。いつも通りの彼女で、何らおかしなところはない。

 

「い、いえ、何でもないです……」

 

 昨日よく眠れなかっただけ、なんて言いそうになり、慌てて口をつぐんだ。そんなことを言ったら昨晩起きていたことがバレてしまう。どうしてバレたらいけないのかと言ったら……とにかくバレてはいけないのだ。

 

「ボーっとする暇があったら勉強でもしたら? あなたがこれからも不手際なく、完璧に任務をこなしてくれるのなら必要ないけど」

 

「いえ、やります。やらないといけませんよね」

 

 彼女はまったくいつも通りで、変わった点は見受けられない。昨日のことは全部夢だったのかもしれない。でも、人形は夢を見ないと彼女自身に言われた。

 

「……もしよろしければ、AUGも付き合ってくれませんか? 他の隊の作戦記録を見てみます。私一人では分からないところもあると思うので」

 

 私もまたいつも通り、彼女にそう尋ねた。

 

「もちろん、喜んで。隊長にお供させていただきます」

 

 彼女もいつも通り、少しだけ表情を緩めた。いつも通りの、頼りない隊長と信頼のおける副隊長の関係に戻る。

 

 AUG、わたくしだって嫌だったんですよ、あなたを撃つのは。きっとあなたの何倍も、何十倍も嫌な気分になりました。もし、次にああいう機会があったら、いえ、隊長としてああいう展開は避けなければならないんですけど……とにかく、絶対にあなたを死なせません。

 

 前回、わたくしがあなただけを逃がし、秘密の約束を託した理由は覚えていません。でも、きっとあなたを死なせたくなかったからだと思います。グリフィンのために情報を持ち帰ってもらうというのもあったと思いますけど、きっとあなたに死んで欲しくなかったんです。たまたまあなたを選んだのではなく、何度やってもあなたにその役目を託したんだと思います。

 

 わたくしのことをわたくしより分かっていて、いつだって支えてくれるあなたのことを、ただの副隊長とは思っていませんよ、AUG。あなたはわたくしの、一番大切な……なんでしょう?

 

 とにかく、わたくしの代わりに犠牲になるような真似、次は絶対に許しませんからね。

 

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