死が二人を分かつまで-side stories-   作:garry966

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遅刻したバレンタイン短編です。
FAMASの魅力を伝えるために書きました。


FAMASのバレンタイン大作戦

『指揮官、私が副官を務めます。毎日ローテーションしていると引き継ぎに時間がかかって非効率的です。それに私の方が他の娘よりも素早く業務をこなせます』

 

『その申し出はありがたいが、お前がずっと副官をやるとなると自由時間が減ってしまうぞ。そのためのローテーションなんだ』

 

『問題ありません。私の自由時間などより指揮官のお仕事を手伝う方が大事ですよ。部隊全体に貢献することにつながりますし』

 

『そうか。お前がそう言ってくれるなら、頼むとしようかな。FAMAS、これからよろしく頼む』

 

『はい!私がいれば百人力です!』

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 司令室であの会話を交わしてからもう半年近くになる。それでも指揮官は私を週に一度は副官から外す。少しは休暇をとれ、という配慮をしてくれているのだ。

 

「でも、お暇をもらってもすることがないんですよね……」

 

 私は部隊共有のレクリエーションルームのソファに一人腰掛けながらつぶやいた。部屋の中では他の人形たちがトランプをしたり、テレビを観たり、思い思いの娯楽を楽しんでいた。それに混じってもよかったのだが、なんだかそんな気が起こらなかった。

 

 副官に志願したのは指揮官のお仕事を手伝うことが楽しいからだ。指揮官の役に立っていると実感できるし、何よりおそばにいることができる。それが嬉しかった。部隊に貢献できるというのは言い訳で本当は下心がある。それは指揮官には秘密だ。

 

 今日は副官に他の娘が就いていると考えるとちょっぴり嫌な気持ちになる。私の知らないところで他の娘が指揮官に頼りにされていたり、笑い合っていると考えると不安になる。私って嫉妬深いのかな。私と指揮官はただの部下と上官なのだからこんなことを思うのは変だ。指揮官にバレたら副官を外されるかもしれない。私はまたため息をついた。

 

 戦場にいればこんな気持ちにはならない。そんな余裕はないし、指揮官は私に小隊長を任せてくれるので頼ってもらえていると実感できる。指揮官の命令を全力でこなせば勝利を挙げることができる。戦いから戻ってくれば指揮官は私を褒めてくれる。指揮官の評価にも貢献出来て、期待に応えることもできる。甘美な瞬間だった。

 

 戦場にいる時以外はずっと副官をやらせてもらえればそれがありがたい。でも、せっかく指揮官が私を気にかけてくれているのだから無下にするわけにもいかない。だから、休日の私は宙ぶらりんだった。

 

「あっFAMAS!やっと見つけたよ。ここにいたんだ」

 

 部屋に段ボールを抱えたFNCが入って来た。FNCは私の友人だ。指揮官のもとにいる期間は私より長いので先輩でもある。それ以前も他の部隊にいたらしいので経験も豊富だ。いつもお菓子ばかり食べていてあまり自分のことは語らないが、戦場でも頼りになる仲間だった。

 

「FNC、それは何ですか?」

 

 FNCが抱えている段ボールを見る。グリフィンのロゴがプリントされたそれは両手で抱えなければならないくらい大きい。

 

「それよりFAMAS、明日が何の日か知ってる?」

 

 FNCは私の質問を無視して言った。明日?そう言われても分からない。強いて言うなら私が副官に復帰できる日だろうか。

 

「明日はね、バレンタインデーって言うんだよ」

 

「バレンタインデー?」

 

 聞いたことのない単語だった。首をかしげているとFNCが得意げに語った。

 

「バレンタインデーっていうのはね。大切な人にチョコとかお菓子とかを贈る日なんだよ。日頃の想いを込めてね」

 

「ははあ、読めてきましたよ。私にお菓子をねだる気ですか?でも、私はお菓子を持っていませんし、作れませんよ」

 

 それを聞いてFNCは首を横に振る。

 

「違う違う。私が欲しいわけじゃないから。別にFAMASから貰わなくてもキッチンに行けば指揮官が補充したお菓子がいつでもあるしね。好きなだけ食べていいとか太っ腹だよね。まあ、そうじゃなくてさ。指揮官にお菓子作って渡しなよ。想いを込めてさ」

 

「お、想いですか!?」

 

 FNCは最近よく私をからかってくる。私が指揮官にただならぬ想いを抱いていることは隠しているつもりなのだが、お見通しらしい。そんなに態度や顔に出ているのかな。

 

「想いを伝えるにはいい機会だと思うよ。昔は人間の恋人同士が贈り合ってたらしいし。おいしいお菓子作って渡せば指揮官のハートもつかめるよ、たぶん。もう材料も買っちゃったよ。まあ、指揮官のお金だけど。いつでも好きなもの頼んでいいって言ってたしね。本当に人形に甘々だよね」

 

「恋人同士って……!べ、べつに私は指揮官とそんな関係になりたいんじゃありません!ただの部下と上官ですし……指揮官のことは何とも思っていません!いえ、尊敬できる方だとは思っていますが。そんな特別な日にお菓子を贈るほどではありません!それに今までそんなことをしていなかったのに、急にお菓子を贈るなんて変だと思われませんか!?私、お菓子なんて作りませんから!」

 

 私が慌ててそう言うとFNCはニヤニヤしながら私を見ていた。全部見透かされている気がする。顔が熱かった。

 

「えーっ、FAMAS作らないの?そっかー、残念だなー。せっかく頼んだ材料無駄になっちゃうなあ。もったいないから私が代わりに作って指揮官にあげちゃおうかな。私、たぶん部隊の中で一番お菓子作り上手いよ。指揮官が私のお菓子でメロメロになっちゃったらどうしようかなあ。毎日お菓子ねだられるかも。副官も私になったりして」

 

「う……」

 

 副官を外された私を想像する。出撃の時以外はずっとぼーっとしているのだ。そして笑い合う指揮官とFNCを恨めしそうに眺めている。そんなのは嫌だ。

 

「……やっぱり作ります」

 

「えーっ、急にどういう心境の変化なの?無理してやらなくてもいいんだよ?想いが大事なんだから。ねえねえ」

 

 FNCはますますニヤニヤして楽しそうに言ってきた。私の顔は真っ赤になっている気がする。

 

「う、うるさいですよ!いいから作り方を教えてください!」

 

「最初からそう言えばいいんだよ、素直にさ」

 

 FNCはニコニコ笑いながら言った。

 

 

 

 

 

 私たちはキッチンに向かった。グリフィン本部の中の私たちの宿舎があるフロアの共有スペースだ。今まで使ったことはないが立派な設備が整っている。大きな冷蔵庫の中には指揮官が用意してくれているお菓子や軽食がたくさん詰め込まれている。その調達も副官の業務の一つだった。経費ではなく指揮官のポケットマネーから出ている。大体いつも三分の一くらいはFNCが消費している気がする。

 

 FNCが段ボールの封を開ける中には小麦粉やチョコレート、卵などが入っていた。

 

「それで何を作るんですか?」

 

「チョコチップクッキー。たぶんチョコはいっぱい貰うだろうからね。違いを出した方がいいよ」

 

「たくさん貰う……?どうしてそんなことが分かるんですか?」

 

 そう言うとFNCは呆れた風に息を吐きだした。

 

「そりゃ指揮官人気だもん。FAMASはずっと指揮官の部隊にいるから分からないかもしれないけど、他の部隊はこんな待遇じゃないよ。私は色々な部隊を見てきたけど、お菓子食べ放題のとこなんてなかったもん。材料だって指揮官に確認もなく頼んでるし。人形に優しすぎるっていうか。だから、他の部隊から移って来た娘は指揮官のことが好きだよ。こないだ来たMk23なんてすっかり指揮官にお熱じゃん。バレンタインデーのこと聞きつけた娘はチョコ渡すんじゃないかな」

 

「そ、そうなのですか……」

 

 FNCに言われてなかったら危なかったかもしれない。副官の務めを果たしている間に他の娘が続々とチョコを渡しにやって来たら絶対に焦っていた。

 

「まあ、作り方は教えてあげるからさ。実際の作業は手伝わないけど。どうせ暇なんだから頑張って作りな。想いを込めてね」

 

 もうFNCは冷蔵庫からチョコレートを取り出してかじっていた。指で箱から材料を取り出してカウンターに並べるよう指示してくる。材料を見ていて気になったことがあった。

 

「FNC、これ全部天然物の高給品じゃあ……全部指揮官の負担になるから贈り物にならないですよ……」

 

「いやいや、FAMASの手でお菓子になれば付加価値が生まれるからさ。女の子に手作りのお菓子もらう経験はお金には代えられないよ、たぶん。それに私が勝手に頼んだんだからFAMASが気にすることじゃないって。怒られるなら私が怒られればいいし」

 

「そういうものなんでしょうか……?そういうのは贈られる側から言うのでは……?こちらから言っては図々しくないですか?」

 

「いいからいいから。早く作りなって。夜になっちゃうよ」

 

 FNCに促されてキッチンに向き直る。袖をまくってエプロンをつける。形だけ整えてみたものの、お菓子作りどころか料理すらしたことがない。FNCに視線で助けを求める。彼女はもう板チョコを平らげていた。

 

「じゃあまずバターを用意しよう」

 

「バターですね。どれくらい使うんですか?」

 

 黄色い箱に入ったバターの包みを取り出す。脂肪分たっぷりの黄色いバターだった。

 

「全部」

 

「全部!?さすがにそれはもったいなくありませんか?それにこんな量を食べたら指揮官の健康が……」

 

「いーのいーの。その方がおいしいんだから。私が言うんだから間違いない。健康なんて細かいことは気にしないの。人間にとってお菓子はそもそも健康に悪いんだからさ。健康に気を遣ったお菓子なんて矛盾してるよ。塊を一口サイズに切って」

 

 これは絶対健康に悪い量だ。包みからバターの塊を取り出してまな板に載せる。でもお菓子の作り方は知らないからFNCの意見に従う他ない。包丁を握るが、バターに触れるとべとべとしていて上手く切れない。銃剣を扱う訓練は受けているが何かを調理するために物を切るのは初めてだった。

 

「上手く切れません……形が不揃いになってしまいました……」

 

 不安を込めてそう言うとFNCが飴玉を食べながら笑った。

 

「どうせ溶かすから気にしなくていいよ。溶かしやすいように切ってただけだし」

 

 何だそうなのか。ぱっぱと切ってしまおう。まな板に形のバラバラなバターの死体が並べられた。べとべとになった手を洗いながらFNCに尋ねる。

 

「次は何を?」

 

「バターを火にかけて液状にする。小さめの片手鍋を用意して」

 

 キッチンの下の棚から同じような二つ鍋を取り出してFNCに見せる。違いはよく分からなかったが少し小さい気のする銀色の鍋が選ばれた。まな板を傾けて包丁を使って鍋にバターを流し込む。

 

「中火でバターが茶色くなるまでね。焦がさないようにへらでずっとかき混ぜてて」

 

 FNCから木製のへらを受け取る。鍋を火にかけるなんて初めてだ。ドキドキしながらコンロに置く。つまみを回すと火がついた。すぐにバターがじわじわと溶けていった。キッチンにバターの香ばしいにおいが充満する。完全に液状になったバターをへらでかき回す。バターの表面はふつふつと湧いてきた泡でいっぱいになっていた。焦がしたら大変だ。指揮官に失敗したものは渡せない。一生懸命にぐるぐるかき回す。バターが茶色っぽく変色してきた。

 

「これくらいでしょうか?」

 

「もうちょっとね。もっと濃くなったら」

 

 火にかけ始めてから数分後、バターが黒茶色になった。FNCが頷いていたので火を止める。

 

「じゃあ、それに水をちょっとだけ加えて冷ましておいて。冷めるまで他のことをしよう」

 

 言われる通りに鍋にほんのちょっとだけ水を加えておいた。

 

「次はチョコチップを作ろう。三つ用意したよ。スイートにミルクにビター。好きなの選んで。残ったのは私が食べる」

 

「え……?どれがいいのか教えてくれないんですか……?」

 

「私は指揮官の好み知らないもん。FAMASが指揮官のこと考えて選んで」

 

 急に任されると悩んでしまう。うーん、どれがいいんでしょうか。でも、指揮官は男性ですし、大人だから甘すぎないのが好みかもしれない。あまり甘いものを食べているところを見たことがない。

 

「じゃあビターにします。それでどうしたらいいんですか?」

 

「程よい大きさに刻んで。私は大きめが好きだけど指揮官はどうだろね。それも考えて」

 

 全部教えてもらえるのかと思ったけど、意外と私に判断を委ねてくる。料理のことは全然知らないので悩んでしまう。チョコチップと言ったら小さいものをイメージした。あまり大きすぎると指揮官が食べる時に邪魔になるかもしれない。とりあえず小さくカットしようか。チョコの包装紙と銀紙をはがしてまな板に置く。同じような大きさにカットしようとしても、中々上手くいかない。バターと同じように不揃いになってしまう。大きく切りすぎたものを小さくしようとしたら逆に小さくなりすぎてしまった。FNCに横目で助けを求めるが、彼女は選ばれなかったチョコの欠片を放り投げて口でキャッチするという暇つぶしをしていてこちらを見ていなかった。

 

 だいぶ時間がかかったがようやく切り終わった。改めて見ても大きさがバラバラだ。乱切りチョコレートになってしまった。

 

「こんなんでいいんでしょうか……」

 

「手作り感が出てて喜ばれるんじゃない」

 

 FNCは適当にそう言った。ちゃんと指導してくれるつもりはあるんだろうか。でも、頼んでもないのに善意でやってくれているんだから責めるのは筋違いだ。

 

「じゃあ次は生地ね。一番大事なところ。ボウルに強力粉1カップと中力粉3/4カップ入れて」

 

 その二つの何が違うのかは分からなかったが指示通りにする。粉の袋を開けてカップに入れようとしたが勢い余って大量に出た。手とカウンターが粉まみれになってしまう。

 

「スプーン使えば?」

 

 FNCが失敗してから教えてくる。そうか、少しずつやればいいのか。こんなことも思いつかないなんて恥ずかしい。粉をカップに入れてから中腰でカップをじっと見る。

 

「うーん、3/4カップってこれでいいんでしょうか。5ミリくらい多いような……?」

 

「いいよ、それくらいは別に。じゃあ次はそれに塩小さじ二杯ね」

 

「塩?お菓子に塩を入れるんですか?」

 

「そういうもんなの。味も抑揚が大事なんだよ。ずっと同じ味だと飽きちゃうからね。みんながチョコ持っていく時にクッキー持っていく理由もそんな感じだよ」

 

「はあ……?」

 

 よく分からないがまあ言う通りにしよう。これで指揮官においしく食べてもらえるなら。

 

「あと重曹小さじ一杯ね。よく膨らむように。次はバターと混ぜる砂糖を作ろう。もう一つボウル用意して。それに黒砂糖を1カップ、白砂糖を1/2カップね」

 

 カップにそれらの砂糖を入れるとものすごい量だった。こんなの甘すぎるし、健康に悪いんじゃないか?バターといい指揮官の寿命を攻撃するような量だ。

 

「やっぱり、FNC。バターも砂糖も減らした方がいいのでは……?こんなの食べたら指揮官が死んでしまいますよ」

 

「FAMASがしたいならいいけどね。FAMASが贈るものなんだし。指揮官も薄味のものが好きかもしれないし。でも、こうも思うかもね。うわ、FAMASの健康志向クッキーは薄味でおいしくないなあ。でも、これからも付き合っていかなきゃいけないから面と向かってまずいとは言えないなあ。我慢しておいしいって言っておこうかな。でも、もう食べたくないなあ」

 

「うぐぐ……」

 

 指揮官にそんなことを思われたら辛くてやっていけない。でも、指揮官の健康に被害を与えるのもどうなんだ……?

 

「指揮官の健康か、自分の欲望か、どっちかを取りな」

 

 私は悩んだ末、結局そのまま砂糖をボウルに入れた。FNCが私のそんな姿を見てニヤニヤしていた

 

「正直だね、FAMAS」

 

「いいから!続きを教えてください!」

 

「それにバニラエキス小さじ二杯とコーヒーパウダーを一杯ね。これは隠し味。でも、最大の隠し味はFAMASの愛情かな?指揮官の健康より自分の欲望を優先する歪んだ……」

 

「しつこいですよ!はい!入れました!次はどうすればいいんですか!」

 

 顔が真っ赤に染まっているのは自分でも分かった。こんなんだからFNCにすぐ見抜かれるんだろうか……。

 

「もうとっくにバターも冷めたから砂糖のボウルに入れちゃって。それからこれでかき混ぜる!」

 

 FNCは電動の泡立て器を取り出した。電源とコードでつながったハンディタイプのものだ。FNCが電源を入れてボタンを押すと轟音が鳴り響く。

 

「砂糖の粉っぽさがなくなるまでよく混ぜてね。固形っぽくなると思うから」

 

 言われた通りにする。手に振動と砂糖がガリガリと擦り潰されていく感触が伝わってくる。なかなか固まらないのでずっと泡立て器を使っていた。その間に部隊の仲間が何人か食べ物や飲み物を求めてキッチンにやって来た。キッチンを使っているのは私だけだったのでみんな奇異の目で見てきた。なんだかバレンタインデーにものすごい気合を入れているみたいですごい恥ずかしくなってきた。手作りをしているのは私だけだ。そもそもみんなバレンタインデーなんて知らないかもしれない。これで手作りを指揮官に持って行ったら重い人形だと思われないかな、急に不安になって来た。

 

「もういいんじゃない。次は卵だね。全卵と卵黄一つずつそこに加えて」

 

 手を止めて卵を手に取る。卵を割ったこともない。どれくらいの力加減でやればいいんだろう。カウンターの角にぶつけて割ろうとしたが、力を込めすぎたのか中身をぶちまけてしまった。

 

「私、やっぱり不器用でお菓子作りなんて向いてないのでは……」

 

 不安で思わず視界に涙がにじんだ。FNCは少し離れると雑巾を取って戻って来た。

 

「初めてなんだからそんなにくよくよしないの。心が折れる瞬間はまずいって言われた時まで取っておきな。まだ卵はあるんだから切り替えてもう一度ね。卵黄はスプーンで掬えばいいから」

 

 FNCはしゃがみこんで雑巾で私が汚した床と棚を拭いてくれた。もう一度挑戦してみる。今度は失敗しないように優しく何度か角で叩く。そうするとひびが入ったので中身をふちの高い小皿に落とす。黄身を傷つけないように慎重にスプーンを滑り込ませる。ゆっくりとやったのでなんとか上手くいった。落とさないように気を付けてボウルに移す。もう一個は白身ごと直接入れた。うまくいった。嬉しくて右手でガッツポーズを取ってしまった。

 

「じゃあそれを泡立て器でかき混ぜて、十分混ざったら粉を入れるよ。三分の一くらいずつ混ぜながらね」

 

 緊張してドキドキしてきた。もう結構時間がかかってしまったのでやり直しは効かないと思う。失敗したら明日は他の娘たちが指揮官に贈り物をするのを指をくわえて眺めていることになる。それは嫌だった。慎重に泡立て器を動かす。

 

「いい感じじゃない。最後にチョコチップを入れてへらでかき混ぜて。それで生地は完成だよ。完全に混ぜすぎないように。塊が残るくらいでね」

 

「は、はい!」

 

 まな板に置いておいたチョコを流し込む。チョコが均等に配置されるようにかき混ぜる。指揮官においしく食べてもらえますように、そんなことを思いながらへらを動かした。

 

「これで大丈夫でしょうか……?」

 

「うん、よく頑張ったね、FAMAS。じゃあ次はディッシャーでオーブンの天板の上に載せてね。アイスとか掬うやつだよ」

 

 FNCが金属製のトレイと道具を持ってきた。先端に半球状の金具がついており、二股に分かれた柄をFNCが握るとカシャカシャと先端から音がした。FNCがクッキングペーパーを天板に敷く。私はディッシャーで生地を掬い上げた。天板の上で柄を握ると生地が丸まって押し出された。

 

「クッキーというのはもっと平べったいものではありませんでしたっけ?」

 

「オーブンで焼けば勝手にそうなるから。大丈夫大丈夫」

 

 天板の上に生地を敷き詰める。ちょっと多くないかな?指揮官はこんなに食べ切れるのかな。でも、せっかく作ったのだから食べてもらいたいな。これは我がままかな?

 

「これでいよいよ焼くのですね!」

 

「ううん。冷蔵庫で一晩冷やすの」

 

「ええ!?そんなに待たなければいけないんですか?明日は私、もう副官の仕事をしないといけないんですが……すぐに焼いてはいけないんですか?」

 

「指揮官が起きる前にまた来ればいいよ。焼くのはそんなに時間かからないし、焼き立てのがおいしいからね。お菓子作りは手間暇かけてこそだよ。一手間加えるだけでずっとおいしくなるから」

 

 しぶしぶ天板にラップをかけて冷蔵庫に入れる。そこで懸念が頭に浮かんだ。

 

「誰かに食べられたりしませんかね!?」

 

「完成品ならともかく生地を食べる娘はいないと思うけど……」

 

「心配です……私、朝まで見張っていますよ!」

 

「ああ、そう……まあ、愛情込めればおいしくなるからね。私はまた朝来るよ」

 

 FNCはあくびをしながらキッチンを去って行った。せっかく作ったのだから指揮官に食べてもらわないと!あれには私の想いが……いやいや、指揮官への日頃の感謝の念が詰まっているんです!私は腕組みをして冷蔵庫の前に仁王立ちしていた。

 

 

 

 

 

「うわ。本当に一晩見張ってたよ。どんだけ指揮官のこと好きなの」

 

 朝早く、あくびをかみ殺して眠そうなFNCがやって来た。

 

「だ、だから!そういうのじゃありませんってば!」

 

「まあ、いいや。早く焼いちゃおう。ぼんやりしていると他の娘に先越されちゃうかもしれないしね」

 

 私は急いで天板を取り出す。ラップをはがしてオーブンに優しく入れた。

 

「180度で十数分だね」

 

「そんなアバウトな……焦げたりして台無しになったりしませんか!?もう作り直す時間はありません!」

 

「ずっと見とけばいいじゃん」

 

 必死な私を尻目にFNCは大きなあくびをした。オーブンを起動すると固くなっていた生地が段々とやわらかくなっていった。チョコもとろとろにとろけ始めた。FNCの言う通り、半球状だった生地は次第にぺたりと潰れていった。私ははらはらとしながらずっとその様子を見つめていた。キッチンにおいしそうなにおいが漂い始めた。クッキーもいい焼き色がついておいしそうな見た目になってきた。

 

 十分焼けたと思ったのでミトンをつけて天板を取り出した。

 

「FNC!味見をしてください!いつもお菓子を食べているあなたなら頼りになります!」

 

「いや、自分でしなよ。私が食べるのはなんか違う気がするし」

 

「え……でも、私の味覚がおかしかったらどうしましょう……?指揮官に変なものは出せません……」

 

「別にそんなことないでしょ。自分の味覚と腕を信じなさい」

 

 仕方がないので熱々のクッキーを手に取る。勇気を出して一口かじってみた。バターの風味が口いっぱいに広がった。砂糖をたっぷり使ったけれど程よい甘さになっている。

 

「おいしい……」

 

「ま、私がついてたんだから当然だね。はやく渡してきなよ」

 

ちゃんとおいしいものを作れた。FNCがバレンタインデーのことを教えてくれて本当によかった。感動していると一つ疑問が浮かんだ。

 

「そういえばどう言って指揮官に渡せばいいんでしょう!考えていませんでした……」

 

「普通に言えばいいじゃん。指揮官のことが好きなのでクッキー焼きましたって」

 

「そ、そんなこと言えるわけじゃないですか!そもそも違います!そういうことを望んでいるんじゃありません!た、ただ感謝の想いを伝えたかっただけで……」

 

 私が慌てて言い訳しているとFNCは真剣な表情を浮かべていた。一体どうしたのかと思って彼女を見つめているとゆっくりと口を開いた。

 

「私たち人形はさ、いつ死ぬか分からないんだから。毎日を後悔しないものにした方がいいよ。伝えたいことがあるなら伝えた方がいい。FAMASはずっと指揮官のもとにいるから見たことないかもしれないけど、私はあるんだ。仲間が死んじゃうところ見たこと。みんなすぐ復元してもらってたけどね。でも、やっぱりどこか違うんだよね。同じ記憶を持ってるんだけど、なんだか別人みたいに見えるの。死んじゃったらやり直せないんだよ」

 

 FNCがそんなことを言うのは初めてだった。何か言った方がいい気がした。

 

「で、でも。指揮官は優秀ですからきっとそんなことありません。今まで誰も欠けたことはありませんよ」

 

「そうだね。指揮官は私が知ってる指揮官の中でも一番優秀だし、失敗らしい失敗をしたこともないしね。でも、明日もそうだっていう保証はないんだよ。戦ってる以上絶対無いなんてことはないんだし。それにさ、そうじゃなくても指揮官がいなくなっちゃうかもしれないよ。優秀だから幹部候補になって前線指揮からは離れるかもしれないし。もしかしたら何の前触れもなく辞めちゃうかもよ。何で指揮官がグリフィンにいるのか誰も聞いたことないし」

 

「た、たしかに」

 

 私もそんなこと聞いたことなかったし、気にしたこともなかった。ここに着任した日からずっと指揮官はいた。それが当然だと思っていた。何だか急に怖くなってきた。

 

「で、でも。もし、もしですよ!?私が指揮官のことが好きで、それを打ち明けたとしても指揮官が受け入れてくれるとは限りません!そもそも人形と人間は全然違う存在ですし、人形は人の作った機械です。普通は人形の言うことを本気にしたりはしないでしょう」

 

「まあ、普通はね。でも、指揮官普通じゃないじゃん。人形に甘々だし。私は人形に指輪渡してるような変な指揮官たちを何回か見かけたことあるけどさ、指揮官はそっちに近いんじゃないかな。うかうかしてたら他の人形が先に指揮官から指輪もらってる、なんてことになっても知らないよ」

 

「う……」

 

 FNCがいつになく真剣に言ってきたので何も答えられなくなってしまった。

 

「まあ、結局はFAMASの選択だけどね。それでどうなっても私は責任取れないし。指揮官の前でわたわたしてるFAMAS見るのも面白いからいいんだけどさ。今はいいや。はやくクッキー渡してきなよ。冷めないうちにね」

 

 そうだった。そっちも大事なことなんだった。急いでクッキーをお皿の上に並べてラップをかける。両手でお皿を抱えてキッチンを走り出た。

 

「頑張ってね、FAMAS」

 

 FNCが後ろから声をかけてきた。そうですね、あなたに言われたことを無駄にはしません、きっと。

 

 指揮官の部屋の前で立ち止まって息をのむ。いつも副官の仕事を始める時間より数分遅刻してしまった。深呼吸をして部屋をノックする。返事がないので不思議に思ってドアを開ける。中にはMk23と指揮官がいた。

 

「はい、ダーリン。あーん」

 

 Mk23は苦笑いしている指揮官の口にハート型のチョコを突っ込んでいた。

 

「ちょっと!何をしているんですか!Mk23!」

 

 思わず声を張り上げる。振り返ったMk23は邪魔者が来た、という顔をした。

 

「げっFAMAS。あんたが来ないうちにと思って朝早く来たのに~。ダーリン早く食べて?」

 

 Mk23は指揮官の口にチョコレートを無理矢理押し込んだ。私は指揮官の机にお皿を置いて彼女を指揮官から引きはがした。

 

「ダメですダメです!もうお仕事の時間ですから!続きはお昼休みにしてください!」

 

「そんなこと言って自分も持って来てるくせに!しかも気合入った手作りっぽいやつ!私も手作りにすればよかった~!まだ全部食べてもらってないのに~!あ~ん、ダーリン!絶対また来るからね!」

 

 私は息を荒くして無理矢理Mk23を追い出した。こんなことをしてるから部隊のみんなにバレるのかな。そう思いつつも指揮官に向き直った。

 

「お……おはようございます、指揮官。実はその……バレンタインデーだと聞きまして。日頃の感謝を込めてお菓子を贈る日だと聞きました。だから、いつもお世話になっている指揮官にクッキーを焼きました。よかったら、その……食べてください……」

 

 段々と消え入りそうな声になってしまった。机の上にはMk23のハート型のチョコレートとハート型の箱が残っていた。チョコレートはどこにも歪さの見つからない完璧な品だった。箱もきれいな赤色で、金色の文字でバレンタインデーと印字してある。一方、私が持ってきたのは手作り感満載のクッキーだ。大きさも微妙にバラバラだし、形も歪だ。無地の皿に載せてラップがかかっているという有様でもある。その対比を見ると急に恥ずかしくなってきた。私もちゃんとした品を買ってきた方がよかったのかな。せめてちゃんとした包装くらいはした方がよかったかも。消え入りたくなってきた。

 

「本当か?キッチンで焼いたのか。いやあ、嬉しいな。朝食がまだだから食べさせてもらおうかな」

 

 指揮官は嫌な顔もせずにそう言ってくれた。ほっとして胸をなで下ろす。ラップをはがしてクッキーを口に運ぶ指揮官の動作をじっと見つめていた。

 

「うん、おいしいな。さすがFAMASだな。お菓子も作れるなんて知らなかった。これからはたまに作ってもらおうかな?なんてな」

 

 おいしい、そう言ってもらえてとても嬉しかった。指揮官に笑ってもらえてよかった。これでまずいなんて言われていたら卒倒していたかもしれない。

 

「実はFNCに教えてもらったんです。FNCに材料も用意してもらってしまいました。指揮官の負担になってしまいます。申し訳ありません……」

 

 指揮官に頭を下げるが、指揮官は特に気にした素振りも見せずに笑っていた。

 

「いや、いいんだよ。俺が好きにやってることなんだから。好きになんでも頼んでもいいんだ。誰かにお菓子を作ってもらうなんていつぶりだろか。嬉しいよ。ありがとう、FAMAS」

 

「は、はい!」

 

 もう感極まって泣きそうだった。こんなに言ってもらえるなんてFNCには感謝してもしきれないな。

 

「今度、お返しをしないとな。お前にはいつも世話になっているし、クッキーまでもらってしまったしな」

 

「そ、そんな!お返しだなんて。そういうつもりで渡したわけではないので大丈夫ですよ!お世話になっているのは私の方なので!」

 

「いや、ちゃんと渡すさ。それが礼儀ってものだ。そうだな、来月かな。どっかの国にはそういう習慣があったって聞いたことがある。ちゃんと用意しておくよ」

 

 指揮官は私のクッキーをぱくぱく食べてくれた。もう胸がいっぱいでろくに返事もできない。

 

 指揮官、やっぱり私はあなたのことが好きです。でも、まだその気持ちはしまっておこうと思います。FNCの言う通り早く伝えた方がいいのは分かってるんです。でも、もう少しこの心地のいい関係に甘えさせてください。このしがらみのない部下と上官という関係に。いつかは絶対に想いを伝えます。そうですね、あなたからお返しをもらったら伝えてしまおうかな。身の丈に合わない想いなのは分かっています。でも、たとえ受け入れてもらえなくたって、知っておいて欲しいんです。私があなたを好きなことを。それくらいあなたが好きなんです。どんな結果になったって、あなたに一生尽くします。私の指揮官、あなたが好きです。

 

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