死が二人を分かつまで-side stories-   作:garry966

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わーちゃんが鉄血のスナイパーと戦う話です
半年ぶりの独立短編、他の話は気にせず読めます
恋愛要素のない作品を書いてみようとした実験作
大変難しゅうございました……


WA2000短編 Born To Kill

WA2000短編 Born To Kill

 

 

 

 私は殺しのためだけに生まれてきた。戦術人形として、敵を倒すために。そして、私は一山いくらの人形たちとは違う。高性能な銃とそれに見合う能力を持ち、それ以上の戦果を挙げる、それが私。私は常に戦場にいて、敵を殺し続けた。任務に失敗したことは一度もない。ワンショット、ワンキル。それが私の美学だ。

 

 ある時、グリフィン本部に呼び出された。大きなホールにお偉いさんがズラッと並んで私を待ち構えていた。

 

『戦場で類稀なる戦闘能力を発揮し、グリフィンの勝利に貢献した貴女の功績を称え、ここにグリフィンエリート勲章を授与する』

 

 私の首に勲章がかけられた。金色に輝く豪華な勲章だった。会社の名前にもなっている上半身は鷲、下半身は獅子という伝説上の生き物、グリフィン。それが今すぐ襲い掛かってやると言わんばかりに勲章の中で羽を広げていた。この一週間前、私は百体目の鉄血人形を射殺した。実際にはもう少し多いと思うけど、公式記録ではそうだった。敵を照準の中に捉え、トリガーを引く、いつもと変わらない。そいつの頭を吹き飛ばしたことで受勲が決まった。

 

『おめでとう』

 

 緊張していたし、人前は苦手なので自分が何を言ったかは覚えていない。とにかく私は勲章をもらった。お偉いさんとのツーショットがグリフィンの公報に載った、一面じゃなかったけど。勲章は今も胸元で輝いている。私は正真正銘のエリートだった。

 

 

 

 

 

 ベッドにうつ伏せになりながら右手を口元に持っていった。かじかむ指に息を吐きかけたくなるのをこらえる。息が白い煙になって立ち昇ると敵に見つかるかもしれない。指を腰に擦り付けて温めた。手袋をしているが、外気温がマイナスだから冷える。指がかじかんでいると引き金を引く時に無駄な力が入ってしまう。そうすると銃身がブレて狙いが逸れる。使い捨てカイロでも持ってくればよかったと思ったけど、多分すぐに使い切ってしまっただろう。私はすでに三時間同じ場所に寝転がっていた。

 

 ベッドにいると言っても休んでいるわけじゃない。ここが私の射撃位置だ。射界が広く取れる建物の四階に陣取り、窓から街路を見張っている。部屋に元々あったベッドを窓から三メートルほどのところに動かした。ベッドだけだと高さが足りないので下にタンスを敷く。ベッドに伏せ、銃の二脚を立ててずっとスコープを覗いている。片目は閉じないで両目開けたまま。視界を広く保って何が起きてもすぐ分かるように集中する。カモフラージュとして頭からすっぽり全身を覆うようにマントを被っている。ただのマントではない、熱光学迷彩マントだ。表面が薄いディスプレイになっていて、周囲の風景が投影されている。近くで見るとぼんやりと輪郭が浮き上がって、半透明上の幽霊がいるように見える。でも、遠くから見ると風景と同化してまったく分からない。狙撃手なら誰でも欲しがる装備だが、高価なので私のようなエリートにしか配備されていない。

 

 クリスマスの日、鉄血はS09地区に対して攻撃を開始した。ジャミングもあって防衛線はズタズタになり、グリフィンは苦戦を強いられている。私はある任務を携えて前線にやってきた。司令部に命じられたのは敵スナイパーの排除だ。腕の良いイェーガー、鉄血の長距離戦用ユニットがいるらしかった。すでに何人も犠牲が出ており、皆決まったように頭を撃ち抜かれている。司令部は同じ人形の仕業だと断定し、その人形に“オズワルド”というコードネームを与えた。鉄血の前衛部隊に所属しているとされるその敵を討伐するため、私が送り込まれた。

 

 それはいい。文句があるのはその後の処置だ。私は独立行動する権限を与えられたものの、護衛を付けられた。私はいつも護衛も観測手も付けないで一人でやってるからそんなの要らないのに。横目でチラリと護衛役を見る。

 

「あっ、WAさん。お水要りますか?それとも何か食べ物とか……」

 

 子どものような体躯の白髪の人形が部屋の隅にいた。MP5だ。私の視線が動いたのを目ざとく見つけて物資の詰まったバッグに手をやる。

 

「要らないわよ。いいからじっとしてて」

 

 つい言い方がキツくなった。上から勝手にバディを組まされたのが腹立たしい。私はいつも単独行動だ。一番信頼できるのは自分だから、他人に命を預けるなんて考えられない。一人の方が敵地に侵入する上でも見つかりにくい。誰かと会話するのが苦手っていうのもあるけど……ともかく私には護衛なんて要らない。自分の身くらい自分で守れる。それに、護衛に付けるにしたってこんな奴じゃなくてもいいじゃない。弱そうだし、経験豊富なわけでもなさそうだ。私が熱光学迷彩で身を隠していても、こいつが横にいたら場所がバレてしまう。だから、外から見えない位置でじっとしていてもらわないと困る。まあ組まされたのがスナイパーじゃなくてよかった。腕の悪い奴に好き勝手なことをされたらたまらない。

 

 私がここにいるのは“オズワルド”とか名付けられたイェーガーを倒すためだ。攻勢の開始から一週間余り、鉄血はすでにS09地区を半分以上制圧していた。攻撃の最先鋒を務める小規模な偵察部隊が今私のいる街に侵入している。グリフィンはそいつらを叩き出して防衛線を再構築しようと限定的な反撃を行っていた。その最中の昨日、二人頭を撃ち抜かれたらしい。それぞれ銃声は一発ずつ、着弾から二秒ほど遅れて聞こえたという。奴だとにらんだ私はここに飛んできた。

 

 スコープで反撃を行っている部隊を見守る。トンプソンが小隊長を務める部隊だった。反撃を担う部隊はそれぞれ担当する地区を設定され、そこにある建物すべてから鉄血を叩き出すよう命令されている。彼女たちは十人足らずだが、かなり広い地区を担当させられていて期限内に制圧を終わらせないといけない。そのため忙しなく建物から建物へ移り、内部の安全を確保しては次の建物に走っていた。屋内にいられると狙撃で援護することはできない。私の任務は別に援護じゃないけど。

 

 銃声が一発響いた。敵のものではない。私はトランシーバーを手に取った。鉄血のジャミングを受けていて標準装備の長距離無線機が使えない。なので倉庫から引っ張り出してきたような大昔の無線機を使う羽目になっている。

 

「SV-98、何か動きは?」

 

『道路に飛び出してきた鉄血を一体仕留めました。他に動きはありません』

 

「了解。こっちも動きなし」

 

 トランシーバーから手を離す。私の北東三百メートル先の建物にSV-98がいる。あっちの任務はトンプソン隊の援護だ。建物から飛び出してトンプソンたちを襲おうとする鉄血を処理している。私の建物から見えない場所もあるので向こうに報告させ、こちらも向こうの死角を一応監視してやっていた。でも、私はオズワルド以外が出てきても撃つ気はない。そいつが腕のいいスナイパーだとしたら、発砲炎や銃声から位置を特定されて撃ち殺される。先に撃った方が負けだ。相手の居場所が分からない以上、向こうが先手を打つのを待つしかない。はっきり言うと私はトンプソンたちやSV-98を囮に使っていた。トンプソンたちは街路を走り回っているので格好の的だし、SV-98は屋上に布陣していて目立っている。彼女はすでに何発も撃っているので奴がいるならいつ撃たれてもおかしくない。オズワルドが誰か撃ったら私がすぐに位置を掴んで殺す、そういうプランを立てていた。

 

 でも、奴は仕掛けてこなかった。すでに三時間以上張っているが何の動きもない。もしかしたら別の場所に移動したのかもしれない。もしくは、同じように私が仕掛けてくるのを待っているのかもしれない。ジリジリと焦燥が胸を焼く。集中しながら敵の出方を伺う時間が余りに長く、苛立ちが眉間のしわに現れる。いい加減寒さが身にしみているが、プロはこれくらいで文句を言わない。

 

 三十分も経った頃、道に動きがあった。建物から鉄血人形が四体出てきて道路を歩き出している。普通なら何もしないが敵の現れた位置がまずかった。トンプソン隊が先ほど踏み込んで敵がいないことを確かめたはずの建物から出てきた。つまり、彼女たちの背後からだ。課せられたノルマが過重で一軒一軒のクリアリングが雑になってるに違いない。素人集団め、毒づきながらトランシーバーを掴む。

 

「SV-98、SV-98、聞こえる?こちらWA2000、トンプソン隊の後方二百メートルに動きあり。敵が四体北上中。このままだとあいつら後背を突かれるわ。そっちから見える?」

 

『ええと……見えません。建物が死角で……お願いできますか?』

 

「こっちには任務があるのよ。じゃあ連中が自分でやればいいわ。トンプソンに連絡して」

 

『実はさっきから無線が通じなくて……戦闘で壊れたのかもしれません』

 

「どうなってんのよ、クソッ」

 

 舌打ちして無線を切った。邪魔な連中がいるとすぐこれだ。こんな状況はエリートの私に似つかわしくない。戦いも全部私一人でこなせれば楽なのに。話している間にも鉄血人形たちは通りをどんどん進んでいく。トンプソンたちは建物に入ったきり出てこないし、敵に気づいた様子もない。あの数相手なら全滅することはないだろうが、奇襲されると損害が出るかもしれない。

 

「WAさん、ここはあの人たちを助けないと!やられちゃいますよ!」

 

「言われなくても分かってるわよ、もうっ!仕方ない……」

 

 MP5に急かされて銃口を鉄血人形に向ける。四体が横になって歩いているので一番右の奴に照準を合わせた。彼我の距離は四百メートルほど、十倍に設定してあるスコープで覗くとはっきり見える。それ以上の倍率にもできるがやめておいた。いつも十倍なので慣れているし、あまり可変させすぎるとスコープ内のレンズ群が揺れてセンターズレを起こしやすくなると聞いた。そうなったことはないけどジンクスだ。誰にも言わないけどそういうのは割と気にする。気温が低い。気温が低いと大気の密度が増して空気抵抗が大きくなる。ぎっしり詰まった空気を切り裂いて進むので弾丸は暖かい日と比べて直進せずに山なりに落下しやすい。距離も加味して照準を少しだけ上に持ち上げる。西から若干風が吹いているのでほんの少し照準の十字線を左にずらす。弾道計算は全部メモリにインプットされているので一々ダイヤルを調節してレティクルを動かしたりしない。

 

 引き金にそっと触れる。ここが一番大事だ。変に身体に力が入っているとせっかく合わせた照準が無駄になる。軍用銃は暴発を防ぐためにトリガーが重くなっているが、私のは軽く調整してある。私がトリガーを誤って引いてしまうことなんてないからだ。

 

 引き金を引いた。撃針が雷管を叩き、推進薬が燃え上がる。高圧のガスに追い立てられて弾丸が銃身を疾走、発射ガスと共に銃口から噴き出した。音速の倍以上の速度で飛翔する弾丸が二分の一秒かからずに目標に達する。銃弾は敵の後頭部に突き刺さって貫通、額が砕けて赤い花が咲くのが見えた。銃声が届くより先に隣の敵に狙いを定める。反動で跳ねあがった銃口を瞬時に調整し、発砲。一体目が地面に倒れたのと着弾は同時だった。三体目はとっさに身をかがめる。私は迷いなく丸まった背中に弾丸を叩き込んだ。人形の胸には人間と同じく中枢機構が詰まっている。私は殺しのプロだ、鉄血人形のどこを撃てば殺せるか熟知してる。三体目は地面にそのまま突っ伏して動かなくなった。四体目は狙撃されていることに気づいて来た道を全力で引き返し始めている。鉄血人形はゴーグルをしていてどんな表情をしているのか分からない。きっと慌てふためいている、そう思いながら引き金を引いた。額にきれいな穴が開き、そいつはすっ転んで後頭部から着地した。起き上がってくることはなかった。

 

 ものの数秒で四体片付けた。この調子なら記録が百五十体になる日も近い。一人ほくそ笑んでいるとMP5が立ち上がってこちらを見ていた。

 

「やっつけたんですか?」

 

 返事をするのも面倒臭くて適当に頷いた。本来、データリンクを用いれば人形同士で視界の共有や声を介しないコミュニケーションだってできる。MP5がそんなことを聞いてきたのは彼女ときちんとデータリンクしていないからだ。お互いの位置情報くらいしかやり取りしていない。単なる護衛役とそんなことをする意味を感じなかったし、余計な情報を処理するのにリソースを割きたくない。というか誰ともそんなことしたことないし。

 

「とっとと移動するわ。位置を変える」

 

 銃とマントを引っ掴んで即座に部屋から退散した。その他の荷物はMP5に押し付けてある。拠点にしていたのはアパートで、他の建物より背が高いので狙撃地点にはちょうどよかった。でも、だからってあそこに居続けたら殺されるかもしれない。オズワルドがいるなら銃声でこちらの位置を掴んだはずだ。だから位置を変えてやり直す。でも、SV-98の他にスナイパーがいることは相手にも分かっただろう。警戒されて引き上げられるかもしれない。目の前の味方を見殺しにするのもなんだから助けてやったけど高くついた。連中には泣くほど感謝してもらわないと割に合わないわね。

 

 アパートから出て近場にいい建物がないか見回していると銃声がした。味方の銃声じゃない、イェーガーのライフルが鳴り響かせるずっしりとした低い音だった。慌てて無線機を取り出す。

 

「SV-98!聞こえる!?誰がやられたの!?」

 

 返事がない。まさか……銃声は北西から聞こえた。私は建物の壁に沿って中腰で走った。道を横断するのは危険だと判断して真っすぐ後ろに数軒下がる。三階建ての建物を発見して屋上を目指した。

 

「MP5!あんたはここにいなさい!」

 

 屋上に続く階段の途中、振り返ってMP5を制止した。私はマントを羽織り、フードを深く被った。屋上に出るならカモフラージュがないと的になる。SV-98がいたビルの方角から機関銃の連射音が聞こえてきた。あそこにはSV-98と、その護衛のDP28がいる。きっと敵が撃ってきた方向に滅茶苦茶に撃ちまくっているに違いない。内心、私はやめろやめろと叫んでいた。そんなことをしても当たらないし新しい標的になるだけだ。屋上に出るドアをそっと開け、匍匐前進で外に這い出した。目立たないようにゆっくりと腕を交互に動かして進む。またイェーガーの銃声が響き渡った。銃撃の音は空気に溶け込んでいき、辺りは静かになった。舌打ちする。

 

 屋上を膝くらいの高さのレンガの壁が囲っていた。一部が崩れて穴になっていたのでそこにライフルの二脚を立ててスコープを覗く。新しい発砲炎が上がらないか北西に目を走らせた。さっきまで滞在していた建物が邪魔で死角が多い。悔しさに歯を食いしばる。私が移動している間を狙って撃ってきた。二人はやられただろう。確実に奴だ。鉄血の狙撃手、オズワルド。油断した。想像より手強い相手だ。ずっとチャンスを伺っていたんだ。私がいることにも気づいていたの?でなきゃとっくの昔にSV-98を撃っていたはず……私が撃って移動する隙を突いてきた。くそったれが、この私がミスをするなんて。なめやがって、絶対頭を撃ち抜いてやる。目を見開いて新たな発砲炎やスコープレンズの反射光を探した。

 

 

 

 

 

 太陽が沈み、辺りが真っ暗闇になるまで私は屋上にいた。あれからイェーガーの銃声は一発も聞こえてこなかった。狙撃を警戒してトンプソンたちは予定の半分も進撃できなかった。それから丸一日私は警戒を続けたけど相手は姿を現わさなかった。すでに居場所を変えてしまったのだろう。新しい補充スナイパーが到着したので私は彼女と交代する形でその場を後にした。

 

 トラックの荷台で揺られて数キロ後方の前線基地に戻った。無人となった小学校を拝借しているその基地は物資の集積拠点であり、前線から後送されてくる死傷者の受け入れ所でもあった。荷台から飛び降りて振り返る。他の人形たちが二つの黒い死体袋を下ろした。中身はSV-98とDP28だ。予想通り彼女たちは殺されていた。トラックに積み込まれる前に袋を開けて確認した。どちらも頭を撃ち抜かれている。イェーガーのライフルが撃ち出す強力な大口径弾を受けて傷口はぐちゃぐちゃで、メモリは完全に破壊されていた。

 

 初めての敗北だった。いとも簡単に敵に出し抜かれ、味方を殺された。しかも相手を殺すどころか一度も視界に入れられないまま逃げおおせられた。最悪だ。この私が負けるなんて、屈辱だ。

 

「WAさん……」

 

 今までずっと黙っていたMP5が口を開いた。かける言葉が見つからないという風な声で。反射的に彼女をにらんでしまった。こいつのせいだ、そんな恨み言が口から出そうになる。でも、急かされたとはいえ撃ったのは私だし、私も撃とうと思ってた。だから、私のせいだ。判断ミスをした。撃たずにじっとしていればよかったかな。撃った後も位置を変えずに警戒を続けていれば反撃できたかな。後悔が頭の中をぐるぐる駆け巡る。戦いの後、こんな惨めな気持ちになるのは初めてだった。

 

「お前がWA2000か?あまり気に病むなよ」

 

 じっと死体袋を見つめていると後ろから声をかけられた。振り向くと人形が二人いた。狙撃銃を持った白髪の人形が私に話しかけてきている。

 

「ドラグノフだ。SVDでもいい。情報部から派遣された。お前に会いに来たんだよ」

 

「……なによ。今は人と話す気分じゃないんだけど」

 

「そう邪険にするな。オズワルドの話だ。あいつにやられたんだろ」

 

 その名を聞くと胸が疼く。好き放題されて誇りを傷つけられた。どこかで挽回しないといけない。仕方ないのでSVDについて行った。使われていない教室を探し出すと彼女は床に腰を下ろした。喋り出すより先にリュックからレーションを広げ始めたので私も渋々自分の食料を取り出す。私も一日以上何も食べていない。一日分の行動食が詰まったパッケージを開封する。SVDと一緒にやってきたもう一人はOTs-12、自分ではティスと名乗った。彼女とMP5が自己紹介するのをソーセージの缶詰を開けながら聞いていた。

 

「で?なによ、話って……」

 

「そう、奴の話だ。今回、どんな風にやられた?あいつはどんな風に行動した?」

 

 話があると言っていたのにSVDは質問を私に浴びせてくる。自分が失敗した話を誰かにするのは嫌だった。でも、失敗をものすごく気にして拗ねているとか思われるのも嫌だった。

 

「……反撃中の部隊の背後から敵が現れた。仕方ないからそいつらを始末して、ポジションを変更してる時だったわ。イェーガーの銃声がしてSV-98とDP28がやられた。移動中で反撃できなかったわ、直接対決してれば私が負けるはずないのに……」

 

 思わず負け惜しみが口から出た。忌々しい。負けるのには慣れてない。

 

「そうか。やはり反撃中の部隊を狙ってきたか。最近の奴の傾向だ。グリフィンが反撃するとオズワルドが狙ってくる。一人二人やられて進撃が止まり、奴は一撃離脱ですぐ逃げてしまう。そして新しい狩場へ……それが敵の行動様式だ」

 

「なんでそんな詳しく知ってるのよ……」

 

 ペラペラ語るSVDを訝しむ。討伐任務を請け負った私だってそんなに知らないのに。ブリーフィングで伝えられたのは敵のスナイパーを速やかに排除しろくらいだった。SVDが不敵に笑う。

 

「情報部所属だって言っただろ。司令部との間で情報伝達が上手くいっていないのかもしれないが、それは人間の都合だ。それに、私の任務もオズワルド討伐だからな。命がかかってるから自分でも調べる」

 

「……なんですって?」

 

「自分だけの任務だと思ってたか?お前がしくじったから他のスナイパーも動員されてる。今やオズワルドは人気の相手だ。司令部は誰が最初に仕留めるか人形に競い合わせるつもりだよ」

 

「私は!まだ負けてない!一度取り逃がしただけよ」

 

「上は急いでるんだ。誰でもいいから早くオズワルドを殺せと」

 

 私だけに任せられているんだと思ってた。私はその他大勢の内の一人に過ぎなかったなんて……でも、失敗したのは事実。絶対に挽回しないといけない。

 

「なんでそんなこと言いに来たのよ。嫌味のつもり?」

 

「違う。一度確かめてみたかったんだ、グリフィン一のスナイパーがどんな奴なのか。私もスナイパーだ、戦場での最多射殺数記録保持者という肩書きに憧れがある。まだスコアは及ばないが、すぐに追いつく」

 

 SVDは壁に立てかけた自分のライフルを見て言った。ふうん、こいつはそういう手合いか。私が戦場で華々しい戦果を挙げると羨望や嫉妬のこもった視線を向けられることがある。他人と付き合わないから実害はないし、悪い気もしない。私の打ち立てた記録やもらった勲章の重みを実感できるからだ。勲章はピンで括り付けられて胸元で輝いている。勝手にライバル視されることはむしろ誇らしいことだ。

 

「それに、今回の任務は気が乗らない。ほら、これを見てみろ。奴に出し抜かれたのはこれのせいだよ」

 

 SVDはリュックから折りたたまれた紙を差し出してきた。開いて見てみるとグリフィンの公報の一ページだった。日付は私が派遣されたのと同日、敵スナイパーを排除するため精鋭狙撃手が送られるという記事だった。

 

「……なによこれ」

 

 愕然とした。私だとは明言されていないものの、軍事作戦の内容を公表するなんて。相手に知られたら警戒されてしまう。というか実際にされていた。オズワルドは最初から自分を狙うハンターがいることを知っていたのか。それでずっとチャンスを伺っていた。

 

「今回の作戦、気に入らない。軍事的な目的以上に政治的な意図がある。ここだけの話、グリフィンはS09地区を失うだろう。鉄血の戦力はこちらを上回っているし、ジャミングまでされてる。奪還する余力もない。グリフィンは誰が見ても明らかな敗北を喫する。だから、敗北を誤魔化せる話がいるんだ。美談がな。スナイパー同士の対決は話にしやすい。細かい部分は脚色もできる。圧倒的に強力な敵を打ち負かし、仲間を救った英雄、そういうエピソードが必要なんだ。小さな勝利を大々的に宣伝して大きな敗北を誤魔化そうとしてる、プロパガンダだよ。だから、気に入らない」

 

 SVDは顔をしかめながら答えた。そんな話はまったく聞いてない。戦局はあまり気にしてないが、グリフィンが負けると明言するなんて。そんなこと指揮官たちに聞かれたらどうなることか。

 

「そういうわけで上は早く奴を倒して欲しいのさ。配役はお前がよかったんだろうが、もう誰でも構わない。お前か、私か、はたまた他の誰かか、オズワルドを殺した奴が英雄になる。広報の一面に載って褒め称えられるんだ。インタビューを受ける準備をしておけよ。お前にはちょうどいいんじゃないか。名誉のために戦ってるんだろ?」

 

「私はそんなもののために戦ってるわけじゃない!」

 

「違うのか?意外だな……じゃあ何のために?」

 

 SVDは品定めするように私のことをジロジロ見てきた。英雄だって?そんなの冗談じゃないわ。戦果を挙げて誰かに認められるのは誇らしいけど、そんな風に政治利用されたくない。私が戦うのは殺しのためだ。純粋に殺しのためだけに殺す、それが私の矜持。そのはず……たぶん。勲章をもらったり、公報に取り上げられたりするのが嬉しくないと言えば嘘になるけど、誰かが決めたレールに沿って英雄に祭り上げられるのは違う気がする。私が答えられないでいるとSVDは首を横に振った。

 

「まあそんな話はどうでもいい。戦局に関わるような任務じゃないからやる気が出ないんだ。かと言って他の奴にオズワルド撃破の称号を渡すのも癪だ。明日、前線で反撃が行われる。東と西で二カ所、どちらも小規模だが恐らく奴は現れる。待ち伏せして奴を叩く。どっちの銃弾が命中したかで論争したくない、別々の場所に布陣しよう。お前はどちらがいい?」

 

 SVDが地図を見せてきた。ジグザグに伸びるグリフィンの前線が描かれている。反撃の発起点が小さく点で記されていた。東側の地点は建物が密集した市街地、西側は視界の開けた郊外だった。建物で視界が遮られるのには懲りた、私は西側を指差す。するとSVDはほくそ笑んだ。

 

「そうか。恨みっこなしだぞ。私たちのどちらかが奴を仕留める」

 

「でも、ドラグノフが勝ってよね。せっかくだからご褒美もらいたいし」

 

 OTs-12が呟いた。何のことか分からないので聞き返す。

 

「ご褒美?」

 

「聞いてないのか?オズワルドを仕留めた奴には褒美が出る。休暇や酒保で使える小遣いとかな。さらにボーナスとしてちょっとした願い事も叶えてもらえる。狙撃手とその相棒が対象だ。今回の任務は確実な戦果確認のために二人以上で行動することが求められてる。スナイパーを仕留めたと内外に宣伝して、実は生きてましたじゃ上の面子が潰れるからな」

 

「……そういうこと」

 

 SVDが得意気に語った。私は横目でMP5とチラリと見た。こいつとツーマンセルを組まされているのはそれが理由か。ますます気に入らない。

 

「私はお菓子一年分欲しい。ドラグノフは?」

 

「さすがにそれは無理だろ……私は、パーティーをやり直したいな」

 

「パーティー?」

 

「そうだ。鉄血の連中がわざわざクリスマスに攻勢を始めたもんだから準備が無駄になった。仲間もバラバラになって戦地で年越しをする羽目になったし……まあ、なんだ。みんな残念がってたから仕切り直しがしたい。全員一緒にな。それくらい許されるだろう」

 

 SVDは少し照れながら頬をかいた。OTs-12がそれを見て微笑む。

 

「ドラグノフが一番準備してたもんね。サンタの衣装にプレゼントまで」

 

「気づいてたのか……グローザとかPKPには言ってないだろうな」

 

「グローザに気づかない振りをしとけって言われた。本人には言うなって……あっ、言っちゃったね」

 

 楽しそうに話す二人を黙って見ていた。私はそういう催しに参加したことがない。いつも一人だから親しい人形なんていないし、馴れ合いなんて馬鹿らしいと思うから。別に寂しいわけじゃない。エリートの私に釣り合う人形がいないのが悪いんだ。ただ、仲間と認め合える間柄が、そういう存在がいることが、少し、少しだけ羨ましかった。

 

「お前たちは何かあるか?叶えたいこととかやりたいこととか……」

 

 SVDが聞いてくる。私が腕を組んで答えないままでいるとMP5がおずおずと切り出した。

 

「私は……遊園地に行ってみたいです。映画で観たことがあって、行ってみたいなあと……こ、子どもっぽいでしょうか?」

 

 彼女はそう言うと恥ずかしそうに顔を赤くして俯いた。今回組まされたとは言え、彼女のことは何も知らない。見た目通り中身も幼いのだろうか。

 

「いいんじゃないか。普通だったら戦術人形が遊園地に行く機会なんてほぼない。今の時代、人間だって早々行けないところだ。願いとしては上等だ」

 

「あんたたち、馬鹿じゃないの?」

 

 いい加減腹が立ってきて口からそんな言葉が飛び出した。MP5は肩を震わせる。SVDはじっと私のことを見ていた。

 

「パーティーとか、遊園地とか、馬鹿らしい。今は戦争中なのよ。昨日だってオズワルドに二人殺された。なのにそんな願い事とか、遊んでるんじゃないのよ。私たちは戦術人形、戦うことが使命。戦場で敵を殺し続ける、それが役割でしょ。遊んでる暇なんかないわ。私は休暇なんて要らない。この任務が済んだら次の戦場に行くだけ。そこで新しい敵を殺す、それだけよ」

 

「すみません……」

 

 MP5がか細く謝った。SVDは変わらずにじっと私を見つめている。

 

「確かにその通りだ。私たちに求められている役割は敵を殺すことだけ。だが、それに何の意味が?会ったこともない人間たちを守るためか?向こうは感謝どころか私たちの存在すら知らないさ。私たちの仲間は何のために命を落としてる?何の意味もない、この戦いは無意味だ」

 

「……は?」

 

 聞き捨てならない言葉だった。私のみならず、戦場で戦い続けているすべての人形に対する侮辱だ。私が反論するより先に彼女が続けた。

 

「とはいえ、人形は命令に従わないといけない。それ以外の選択肢はないからな。毎日生きるか死ぬかだ。少しくらい生活に楽しみを見出してもバチは当たらない。自分と仲間が生き延びて、たまに気の休まる瞬間があるくらいでいい。それ以上は望まない。お前はどうなんだ。ひたすら殺し続けるだけか?死ぬまでそれを続けるのか?」

 

「私は……すべきことをするだけよ。誰にも負けないように。私はあの二人みたいにはならない。あんたもその調子じゃ私には勝てないわよ」

 

 挑発したつもりだったが、SVDは怒るどころか憐れみを含んだ眼差しを向けてきた。なんだかたまらなくムカつく。

 

「戦争は死だけじゃない。生きがいがなければ殺される。人形は兵器だ。だが、厄介なことに感情がある。ずっと戦っていたら心が死んでしまう。あのSV-98、私も見知った顔だ。死んでしまったが、きっとバックアップから復元される。そして戦場に送り出される。だがな、身体は直せても心は治せない。前線にいるのは何度も死んだことがある奴らばかり、ゾンビの大群だ。戦争が終わるまで永遠に戦い続ける。まさしくここはヴァルハラだな。でも心が死んだ時、ここからも追い出される。メンタルモデルを初期化されて存在が消え失せる、それが人形にとっての死だ。お前も死なないように気をつけろよ」

 

「私は死なないわよ……あんたたちと違って」

 

 新兵にアドバイスしてるつもりか。私だって緒戦からずっと戦い続けてる古参だ。復元されたことは一度もない。知った風な口を利かれるのは我慢ならなかった。気まずい空気が流れ、立ち去ろうか迷っている時だった。OTs-12が沈黙を破った。

 

「ところでさ、なんでオズワルドって言うの?オズワルドってネズミでしょ?」

 

「オズワルドはウサギだ。なんでそっちは知ってるんだよ。そっちじゃない。百年前、どっかの国のお偉いさんを殺した奴の名前だ。先月、前線基地が壊滅しただろう。現地の指揮官も頭を撃ち抜かれて殺された。それが奴の仕業じゃないかって噂になって、歴史にちなんで名付けられた。実際、奴自身に個体名があるかすら定かじゃない。恐らく、奴はイェーガーの初期型だ。イェーガーは元々、熱光学迷彩付きのマントを装備したエリート狙撃兵だった。重装人形のガードが生産されるようになるとイェーガーはその後ろで運用されるようになり、ステルス機能も高度な狙撃能力も必要なくなった。今のイェーガーは安っぽい大量生産品だが、初期型は違う。数少ない初期型の生き残りがオズワルドなんだろう。さてはて、奴に感情は搭載されているのかな?」

 

 情報部というだけあって標的のことを調べ上げているらしい。初期型というなら鉄血の反乱当初から戦い続けているはず。能力と経験を兼ね備えた手強い相手だ。きっと殺しの技術に精通している。私と同じ……そんな考えが頭をよぎった。いやいや、弱気でどうする。イェーガーごとき、私の敵じゃない。すぐに殺してやる、私ならできるわ。敗北を経験して揺らいだ自信を奮い起こす。

 

「じゃあ、私たちは行くよ。夜明け前に布陣する。お前たちもそうしろ。さっきはああ言ったが、死んでも復元してもらえるとは限らない。今回の戦いでグリフィンは人形を失い過ぎた。復元の順番待ちは長蛇の列だよ。やられないに越したことはない」

 

 そう言ってSVDとOTs-12は立ち去った。あいつ、言うだけ言って消えやがって。何しに来たんだ。敢闘精神がないと誰かにチクってやろうか。言い負かされた腹いせみたいでダサいからしないけど。缶詰を一食分頬張って銃を手に立ち上がった。

 

「行くわよ、敵を殺しに」

 

「はっ、はい!」

 

 慌てて荷物をまとめるMP5を待たずに部屋を抜け出した。

 

 

 

 

 

 すでに夜は明け、太陽は空高く昇っていた。私は大きな廃工場に陣を構えている。放棄されて長い時間の経っているこの場所は土埃まみれで、中の機械類はすべて持ち去られていた。軋む階段を越え、薄い鉄板を組み合わせた心許ない足場に立つと工場内を一望できる。私はそこに伏せ、壁に走った亀裂の隙間から外を覗き見た。建物はまばらで、目の前には広場が広がっている。三百メートル先に鉄血の歩哨が二体立っていて、グリフィンの防衛線の方角をじっと見ていた。

 

 結論から言えば私ははずれを引いた。予定されていた反撃は戦力不足から中止になった。それどころか配置されている部隊は撤退の準備を始めている。別の地点で鉄血がさらなる進撃を開始したのだとか。本来、私もすぐに引き上げるべきだった。だが、オズワルドがここに現れるのではないかという希望を捨てきれずにいた。一縷の望みに賭けて夜明けからずっとここにいる。

 

 スコープの照準を歩哨に合わせ、その輪郭を十字線でなぞってみた。殺そうと思えばいつでも殺せるが、もしオズワルドがいるんだったらこちらの居場所を教えることになる。発砲したらすぐに場所を変えないといけない。同じことの繰り返しだ。それは御免だった。

 

 何もしないでいると昨夜SVDが言ってきたことを考えてしまう。戦いに意味がないだって?冗談じゃないわ。そんなことを言ったら私の殺しや、私が殺した奴ら、オズワルドに殺された二人の死も全部無駄だってことになる。少なくとも私の殺しには意味があるはずだ。勲章をもらったのは私の行為がそれ相応の重みを持っていることを意味する。私が一体殺すたびに戦争は終わりに近づいている、そうじゃなきゃおかしい。

 

 でも、今は負け戦の真っ最中だ。今まで様々な戦場を経験してきたが、負けていることを意識するのは初めてだ。いつも一人だし、あまり戦局を気にしたこともない。自分さえ勝利していればよかった。しかし、今はどうだ。グリフィンは敗北に次ぐ敗北でS09地区を失いつつある。私がどれだけ殺しても戦争は終わらない。それどころか鉄血に攻め込まれている。グリフィンで一番のスナイパーでも、大局を左右することはできないのか。

 

 いやいや、私が殺すのは戦争のためじゃない。私は殺しのためだけに生まれてきて、その通り行動しているんだ。でも、なら照準を合わせている歩哨二体を撃ち殺さないのはどうしてだ?オズワルドを仕留めることを優先するよう命令されているからだ。SVDが言っていたことが本当なら政治的な意図が多分に含まれた命令のため。なら、敵を殺すのは命令されるから?実際、鉄血を敵だと認識しているのは私がグリフィンにそう命じられているからだけど……やめよう、こんなことを考えるのは。集中を乱すと殺される。くそっ、あいつに変なことを言われてから普段は考えないようなことが頭の中をぐるぐるしている。

 

 無線機が何か音を立てたので耳に押し当てる。電波が微弱で雑音しか聞こえてこなかった。調整するよう言ってMP5に放り投げる。することもなく壁際にもたれかかっていた彼女は慌てて無線機をいじくり回した。

 

「WAさん……!また二人やられたみたいです!オズワルドですよ!」

 

 MP5が告げた座標はSVDが選んだ地点だった。嫌な予感がする。私は銃とマントを掴んで立ち上がった。

 

「時間を無駄にしたわ。今度こそ奴を仕留める。そこに向かうわよ」

 

「撤退命令が出たみたいです、グリフィンは一段階防衛線を下げると……!そこに向かったら置いていかれてしまいます!敵が待ち伏せしてるかもしれませんし、危険です!」

 

「なら私一人で行くわ。臆病者はついてこなくていい。安全圏まで撤退しなさい」

 

「あっ!ちょっと、WAさん!」

 

 私はMP5を置いて全力で走り出した。防衛線から撤退する部隊を運ぶトラックに飛び乗り、行けるところまで行った。それから別の車両に乗り換えて目的地近くを目指す。今から前線の方に向かう車両はいなかったので途中で飛び降りた。前線を目指して走っているとほうぼうの体で後退してくる何人もの人形とすれ違った。マントをまとい、フードを被って敵地に進む。私は元々一人で行動する人形だ。一人の方が気が楽だし、熱光学迷彩で敵陣深く入り込むことだってできる。相棒なんて要らない。

 

 そこは市街地で、中層くらいのビルが点在していた。私は見晴らしのよさそうなビルを選んだ。マントを着込んでいても走っていたらすぐに敵に見つかってしまうので地面をゆっくりと這う。幸いなことに鉄血は本格的な侵攻をまだ始めていないようだった。市街地に敵の姿は見えない。

 

 階段を駆け上がり、五階から狙撃することにした。窓に二脚を据え付けて撃つのが一番安定するだろうが、外から見ると銃身が窓から飛び出しているので目立つ。私は窓から五メートルほど後ろの机の上に乗った。右膝を折り、右のかかとの上に臀部を置くように座り込む。左膝は立てておいてその上に左肘を載せて銃を構える。膝射の姿勢だ。スコープを覗いて敵の姿を探す。九百メートルほど北にあるビルの外壁で何かが揺れているのに気づいた。よく見えないが人の形をした何かが風に煽られて左右に動いている。スコープのズームリングを回し、倍率をゆっくり上げた。正体不明の物体にピントを合わせるとそれが何なのかはっきり分かった。

 

「ああっ、クソッ……」

 

 思わず声が出て、スコープから目を離してしまった。俯いて、構えた銃にしなだれかかる。胸が撃ち抜かれたような衝撃に震えていた。私が見たのはSVDだった。服装と髪の色からしっかりと判別できた。彼女の首にワイヤーがかけられ、ビルの窓枠から吊るされている。彼女の身体は重力に引っ張られてだらりと垂れ下がっていた。

 

 銃を構え直し、スコープを覗く。SVDの身体は風に吹かれて揺れていた。銃を構える手が緊張で力む。やられた二人というのは彼女たちのことだったのか。待ち伏せするつもりが返り討ちにされてしまったらしい。それにしても、死体を吊るすなんて。遺体を辱めるなんて品位に欠ける。連中に相手への敬意というものはないのか。その光景が悔しくてぎゅっと歯ぎしりをした。

 

 照準を窓枠に合わせた。彼女は死んでしまっているし、遺体を回収することも叶わないだろう。でも、吊るされたままにしておくのは惨過ぎる。私にできることはワイヤーが結びつけてある窓枠を撃って破壊し、遺体を落下させることくらい。それが正しいのかは分からなかったが、何かしたかった。窓枠は恐らく鉄製だ。命中させることはできるだろうけど、距離が離れているので銃弾の威力が落ちる。破壊するには何発も必要だろう。

 

 風速と距離を考慮して弾道計算を行い、照準を確かめた。引き金に指をかけた時、殺気を感じた。背筋がぞくりと震える。全方向から敵意のこもった視線を投げられているみたいだった。これはSVDを辱めることが目的じゃない。私が狙いだ。新しいスナイパーがやってくるのを見越して遺体を吊るしたんだ。義憤に駆られたスナイパーが窓枠を撃って壊すと、発砲炎で居場所が丸分かりになる。そして、どこかに潜んでいるオズワルドに殺される。それが奴の狙いだ。奴はいる、どこかにいる。スコープの倍率を下げて辺りを見回した。

 

「どこだ……どこにいる……」

 

 狙撃に適した背の高いビルはいくつもあった。窓や狙撃ができそうな穴は無数にある。スコープを機敏に走らせてもまったく分からない。オズワルドが私と同じような熱光学迷彩を装備しているんだとしたら分かるわけがない。緊張と焦りが胸を焼く。数分間照準を動かし続けた末に襲ってきたのは無力感だった。どこかに奴がいるのは間違いない。昨晩話したばかりのSVDが吊るし上げられているのもはっきり見える。でも、私は何もできない。仇を討ってやることも、彼女を収容してやることも。左手で顔を覆った。またしても敗北だ。何がグリフィン一のスナイパーよ、何もできないじゃない。敗北に打ちひしがれて、たまらなく惨めだった。動揺して集中は乱れ切っている。息を整えることさえできない。

 

 歯を噛み締めているとデータリンクに微かな反応があった。段々と信号が強くなる。私が来た道を辿るように誰かが近づいてきていた。発信源を確かめるとMP5だった。

 

「あの馬鹿……!」

 

 置いてきたのだが、私を追いかけてここまでやってきたらしい。せっかく安全圏まで退避できるチャンスをやったのに。私の方に向かって走ってきているが、このままだとまずい。マントを装備してる私と違って彼女は無防備だ。オズワルドがどこかから狙っているはず、あのままだと殺される。ふと、彼女を囮にして奴の居場所を割り出せないかという考えが浮かんだ。すぐに頭を振ってその考えを打ち消した。これ以上あいつに殺させてたまるか。そんなのは私が許さない。机から降りて階段に向かった。リンクを介した通信でMP5に建物の陰に隠れるよう指示し、階段を駆け下りる。マントに隠れながら慎重に街路を進み、彼女と合流した。

 

「この馬鹿!なんで追いかけてきたのよ!一人で戻りなさいって言ったでしょ!」

 

「馬鹿なのはWAさんの方ですよ!無線機も持たずに一人で行っちゃって!グリフィンは全面撤退するそうです!置いていかれたらWAさんも死んじゃいますよ!頼りないかもしれませんが、今は私があなたのパートナーです!置いていけません!」

 

 鬼気迫る表情で怒鳴られてたじろいだ。自分よりだいぶ背の低い相手だったが、怒ってる様子は怖かった。誰かに面と向かって怒られるなんて初めてだったので、私は叱られた猫みたいに縮こまってしまった。

 

「あ……それはその……えと……ごめん……」

 

「いいから行きましょう!間に合わなくなる前に早く!」

 

 手を引かれるまま私はひたすら走った。前線基地まで戻り、そこから発つ最後のトラックに飛び乗った。後で分かったことだが鉄血は私たちがいた地点の後方を遮断するように機動し、グリフィンの部隊を包囲殲滅しようとしていた。あのままオズワルドと我慢比べをしていたら敵地の真っ只中に一人取り残されていたかもしれない。結果的に私は命拾いした。あまり認めたくないことだけど。

 

 

 

 

 

 後方まで残った私はSVDの戦闘データを精査していた。私が操作するタブレットを横でMP5が覗き見ている。

 

「SVDはかなり敵地奥深くまで侵入していた。ビルでオズワルドを待ち伏せて、味方の反撃が行われてる間も一発も発砲してない。何かしくじって居場所が敵にバレたということもなさそうね」

 

「ならどうして……?」

 

「なんでそんな詳しく分かるんだと思う?SVDは上に逐一状況を報告していた。無線機を使ってね。情報部らしいというか、そういう命令だったのかも」

 

「では、通信が傍受されていたんですか?」

 

「もしくは内部にスパイがいたか。ともかく向こうはグリフィンの動向を掴んでたみたいね。SVDは居場所を知られていて、それでやられた。ならそれを逆手に取って奴を誘き出す」

 

「どうやるんですか……?」

 

「決まってるでしょ。私を餌に使う。ワルサーWA2000はここにいるとはっきりあいつに示してやるわ。グリフィンで一番のスナイパーを仕留められるチャンス、奴も乗ってくるはずよ」

 

 あれから三日、グリフィンはS09地区の大半を失った。最後の拠点である露営地まで退却し、全面撤退までの時間稼ぎをしている。露営地には鉄血のマンティコア部隊が押し寄せて激戦になっているらしいが、それは私には関係ない。私は戦線の外れにある巨大な廃墟を決戦の場に選んだ。かつては都市の中心部であったが、第三次世界大戦の影響で荒廃し今は誰も住んでいない。戦略的価値が低いので小部隊同士による小競り合いが頻発しているくらいで邪魔が入らない。戦闘地域は一キロ四方ごとに区切られていて、どのエリアに布陣するか暗号化もせずに無線で報告した。奴がこちらの情報を知り得ているのだとしたら飛び込んでくるはず。恐らく罠だと分かっていても。

 

 潜伏するエリアまでは報告したが、具体的にどの建物に構えるかまでは伝えていない。かつては大都市だったこの廃墟には高層ビルがいくつかあって、その内の一つを選んだ。八階建ての素っ気ないオフィスビル。かつての戦争で砲撃を受けたのかそのビルの中腹には大穴が開いていた。壁には機関砲弾の弾痕がそこら中に残っている。手の平サイズにぽっかりと開いた穴が狙撃位置にぴったりだった。私は最上階に構えることにした。

 

 狙撃に適しているビルは他に二つあった。私のいるビルから西側に六百メートル、ここと背格好がほとんど変わらないビルがそびえている。もう一つは北に八百メートルほど先、十階建てを越えるかなり大きなビルだった。どちらも今は鉄血の勢力下にある。一番狙撃に適しているのは北側のビルだと思った。高層に陣取ればエリア全域を一望できる。私ならあそこを選ぶ。オズワルドもそうするだろうと考えて私は北に面した窓の下に伏せた。機関砲弾で開けられた穴からそのビルに照準を合わせる。無数の窓と戦争で開けられた数え切れないほどの穴が見えた。狙撃ポイントはいくらでもある。

 

 路上ではグリフィンの部隊と鉄血の部隊が交戦していた。グリフィンの部隊は鉄血を駆逐して一ブロック戦線を押し上げるよう命令されている。その命令に何の意味があるのかは分からない。敗北を誤魔化すかのような反撃命令だった。寸土を獲得して勝利を祝うつもりなのかもしれない。下らなかった。それを実行しているのはマカロフ、AK-47、SKSのわずか三人。彼女たちには一応会って、狙撃手を排除するのが任務であんたたちの援護はしないと言っておいた。どの建物にいるかも教えていない。彼女たちはろくな遮蔽物もないまま幅の広い六車線道路で鉄血と撃ち合っている。狙撃手から見れば格好の的だ。早く、早く撃ってこい。すぐ反撃して始末してやる。敗北は終わりにしよう。殺された連中の仇を討ってやる。

 

 銃声が響き渡る。アサルトライフルの連射音、小さな拳銃の発砲音、鉄血人形のサブマシンガンの音。それぞれの発砲音を聞き分けながらイェーガーの銃声が混じるのを今か今かと待ち続けた。左目でチラチラ地上の様子を伺いながらも右目でずっとスコープでビルの様子を見ていた。今のところは動きなし。でも、オズワルドは確実にあそこにいる。視界に捉えたことはないが奴ともう二回遭遇した。気配のようなものを感じ取れるようになった気がする。殺意、敵意、悪意、ドロドロした感情がビルからこちらに向けられているように感じる。これは私が奴に向ける感情がそのまま跳ね返って来てるだけかもしれない。でも、私たちは向き合って互いを殺す機会を伺っている、そんな確信めいたものを感じていた。

 

 私はジリジリと身を焦がすような熱の正体を探ろうとしていた。夜明け前に布陣して、すでに昼を回ったがずっと痛みを感じていた。緊張か、殺されるかもしれないと怖気づいているのか、どちらでもない。これは怒りだ。二回も奴に出し抜かれ、敗北した。私は屈辱にまみれている。そして、SVDも殺された。腹の立つ奴だったが、殺されて、遺体を辱められていいはずがない。許せない、私の心は怒りに燃えていた。私は生まれてきて初めて個人的な感情から殺しを行おうとしていた。復讐のために殺す。もう任務のことは忘れた。私がここにいるのは自分のためだった。

 

 鉄血をある程度掃討し終えた部隊は場所を移動し、ビルの西側に移った。オズワルドはまだ撃ってこない。窓の下でずっとうずくまっていたMP5に西の様子を確認させる。外から見えないように彼女は這いずり、西の壁に開いた穴から外の様子を覗き見た。

 

「三人は道路を横断するみたいです。一人ずつ……最初にマカロフさんが、次にAK-47さん、最後に……あっ!」

 

 MP5が声を上げた一秒後、銃声が聞こえてきた。イェーガーのライフルが上げる野太い銃声だった。私はすぐに銃を掴んで転がった。穴を覗いているMP5を押し退け、二脚を床に据え付ける。

 

「向こうのビルで光が!SKSさんが撃たれました!」

 

「どの階?どの窓で?」

 

「最上階です!窓はええと……左の方です」

 

 MP5が自信なさげに言った。正確な位置を見逃したらしい。スコープで窓を覗く。上手くカモフラージュしているらしく全然分からない。何も見えない、人の輪郭も、銃の形も、スコープの反射光も。私のように窓からなるべく離れて布陣しているのか?さらに熱光学迷彩も身に付けられていたら判別しようがない。走ったり急な動きをしたりしてくれたらぼやけた輪郭で分かるのに。機会を逃したことに歯噛みする。

 

『WA2000、聞こえる?どこにいるんだか知らないけど、お目当ての狙撃手でしょ。早く排除して』

 

 無線機からマカロフの声がした。左目を動かして下の様子を見る。道路の真ん中でSKSが倒れていた。だが、頭を吹き飛ばされたわけではなかった。ふくらはぎを撃ち抜かれ、脚が千切れかかっているが生きていた。先に道路を渡り切ったマカロフとAK-47の方に必死に這いずっている。

 

『クソッ!SKS!今助けるからな!』

 

『やめなさい。飛び出したらあんたもやられるわよ』

 

『あのまま放っておく気か!』

 

『敵のスナイパーはわざとSKSを生かしておいて、頭に血が上った仲間が助けに来るのを待ってるのよ。その馬鹿も撃ち殺すために……今は堪えなさい』

 

 マカロフの無線機から二人の会話が聞こえてくる。クソッ、私としたことが。オズワルドは絶対に北のビルにいると思ったのに。勘が外れた。奴を仕留める絶好の機会だったのに位置を掴めていない。スコープでビルの窓を凝視する。一つ一つゆっくりと確かめていく。すると左から三番目の窓が明るく光った。一瞬、ほんの一瞬だけ光が灯り、室内がぱっと照らし出される。熱光学迷彩をまとった幽霊みたいな人影が浮かび上がった。銃口から発砲炎が上がったのだ。すぐさま照準を合わせる。今日はほとんど無風だった。弾丸が自然落下する分だけ計算すればいい。もう室内は暗くなっていたが、位置は完全につかんだ。

 

『早く撃て!何をやってるんだよ!』

 

 無線機からAK-47の怒号が響く。左目を動かすとSKSの腰に銃弾が命中して血しぶきが舞っていた。言われるまでもない。肩の力を抜き、優しく引き金を絞った。ズシンと銃床から肩に反動が伝わってくる。撃ち出された弾丸は緩やかな曲線を描いてビルまで飛んでいった。銃口から噴き出たガスが床にたまった埃を宙に舞わせる。ほんのり硝煙の香りが鼻をついた。銃声が耳の中で響く中、機関部から吐き出された薬莢が床を跳ねる音も微かに聞こえる。手ごたえはない。狙撃はいつもそうだ。感じるのは引き金と反動で肩に押し付けられた銃床の感触だけだ。

 

 でも、殺せたと思う。狙った的は外さない。敵を殺す瞬間はあっけない。すぐに終わった。相手は私の存在に気づいていなかったのかもしれない。そうじゃなきゃ二発も撃ってきたりしない。オズワルドを殺した。一瞬で片が付いた。

 

「WAさん、やったんですか?」

 

「ええ……そうみたい……」

 

 横で伏せているMP5が聞いてきた。私は生返事で答えた。いまいち現実感が湧かなかった。本当に終わったのか?終わってしまったのか。あれほどの強敵だったが、殺される時はあっさりなんだな。胸がすっと冷えていくのを感じる。怒りに燃えていたのが嘘みたいに冷めて心に空白だけが残った。MP5が立ち上がる。

 

「やりましたね!これで任務は終わりですよ!WAさんのお手柄です!私は降りて地上にいる人たちの救援を──────」

 

 MP5は後ずさりして階段の方に行こうとした。その時、彼女の右頬に何かめり込んだ。頬が内側から吸い込まれたみたいにへこむ。中心に穴が開いているのが見えた。銃弾だ。気づいた時にはもう彼女の下顎は吹き飛んで血が壁にまき散らされていた。MP5はぶん殴られたみたいに勢いよく床に倒れ込んだ。着弾から二秒弱経って、銃声が聞こえてくる。イェーガーの銃声だ。私はすぐさま北側の壁に転がり、背中を張り付けた。

 

「MP5!一ミリも動くな!死んだふりしてなさい!」

 

 私は床に力なく転がるMP5を指差した。銃弾は彼女の顔に命中したものの、運よく急所を逸れたようだ。頬に右斜め上から着弾した弾丸は歯を打ち砕き、下顎を粉砕した。舌も千切れて口内がむき出しになっているが彼女は生きている。私の指示に従ってピクリともせず横たわっている。

 

 銃声は北側から聞こえてきた。着弾と銃声のずれから考えても、間違いなく北側のビルから撃ってきた。クソッ、西側にいたイェーガーは囮か。私の居場所を割り出すためにわざと撃たせたんだ。SKSを痛めつけるような射撃をしていた時点で気づくべきだった。オズワルドなら一発で頭を撃ち抜く。別の個体だ。

 

 状況は最悪、居場所を悟られ、釘付けにされている。こっちは敵の位置が分からない。向こうは窓から室内を凝視しているだろう。位置を探ろうにも姿を晒したらすぐに撃たれる。熱光学迷彩を装備していても最高倍率で覗かれていたら風景との違和感で判別される。窓の下を這って行こうにも狙撃用の穴が開いている。奴は絶対ここも見ている。万事休すだ。マントをまとい、窓際を走り抜けるか?駄目だ、すぐ撃ち殺される。奴が一発目を外すことを願って反撃に出るか?楽観的過ぎる。無理だ。

 

 頬を汗が伝った。手汗もべっとりだ。すぐ近くに倒れているMP5の傷口からどくどくと血が流れている。彼女の不安そうな目と視線が合った。

 

「MP5、データリンクするわよ。目を貸しなさい。あのビルを見て」

 

 打開策が浮かんだ。今まではしていなかった視界の共有を行う。映像が頭に流れ込んできた。彼女の視界に映る私が見える。憔悴して目を見開き、壁際でライフルを抱えながら縮こまっている私がいた。MP5はゆっくりと目だけ動かしてビルを視界の中心に合わせた。銃弾は少し上から飛んできた。こちらより上の階にいる。ズーム機能のない彼女の目じゃ敵がどこにいても豆粒くらいにしか見えないだろう。おまけに敵は熱光学迷彩付きだ。

 

「そのままずっと見つめてて。瞬きしないでよね……」

 

 私はそっと立ち上がり、マントを脱いだ。左手でぎゅっと握り締める。半透明状のマントは周囲の風景をスキャンし、様相を変化させていた。遠目で見れば周囲に溶け込んでいるが、じっと見つめていれば違和感に気づく。急に動いたりしたらすぐに分かるだろう。オズワルドほどの狙撃手なら尚更だ。

 

 息を整える。恐怖も怒りもみんな捨てて目の前のことだけに集中する。私は殺しのためだけに生まれてきた。殺しの技術に関しては右に出る者なんていない。グリフィンで一番のスナイパーだ。私ならできる。自分を奮い立たせて大きく息を吐いた。

 

 マントを思いっきり放り投げる。空気抵抗で大きくはためき、幽霊が宙に浮かんでいるみたいだ。MP5の視界を通じてビルの十二階で発砲炎が輝くのが見えた。光ったのはその階の中心の窓だった。私は瞬時に飛び出し、窓の前で銃を構えた。

 

 銃弾がマントを貫通し、素材が裂けた。電撃が走り、熱光学迷彩がダウンする。マントを見て私が逃げ出そうとしていると思い、瞬時に撃ってきた。それが狙いだ。お前の位置は分かった。今度こそ死ね!どう弾が飛んでいくかは身体が覚えている。すぐさま照準を調整し終え、反射的に引き金を引いた。時が止まったように全部がスローモーションに見える。紡錘形をした鉛の弾丸が銃口から飛び出した。オレンジ色の発射ガスが噴出して弾丸を包み込む。相手も私に対して発砲したのが見えた。私は身を隠すこともせず、自分の放った銃弾の軌跡をじっと見つめていた。

 

 ブーンと巨大な羽虫が耳元を飛んだみたいな音が聞こえる。それから焼けるような熱風を顔に受けた。銃弾が頬をかすめたんだ。高速で回転する弾が私の右頬を薄く裂き、そのまま直進してサイドテールを撃ち抜いた。髪の毛がパラパラと床に落ちていく。横一線に裂けた傷口から血が滴った。

 

 オズワルドは外した。私が放ったマントに照準を合わせていて、急に飛び出した私に狙いを定めるのが間に合わなかったんだ。私は銃を構えたまま固まっていた。次の弾丸は飛んでこなかった。奴を殺せたのかは目で見ても全然分からない。でも、私はまだ生きている。その事実が勝敗を示していた。

 

「勝った……」

 

 私はその場にへたり込んだ。口から生気が抜けていくみたいだ。緊張だけは残っていてまだドキドキしてる。指先で頬の傷を拭ってみた。指は垂れた血で赤く染まっている。撃たれるのも初めての経験だった。

 

 

 

 

 

「おかげで助かったわ。あんたがいなかったら殺されてた。戻ったら何かおごるから先に帰ってなさい」

 

 担架で救護車両の荷台に積み込まれるMP5の肩を叩いた。傷は痛々しいが、これくらいならすぐに直してもらえるだろう。重傷のSKSも載せて車両は後方に戻っていった。

 

「WA2000、さすがね。SKSを助けてくれた。こちらからも礼を言うわ」

 

 マカロフが近寄ってきてそう言った。彼女たちは命令通り鉄血を掃討した。鉄血も本命の攻勢で忙しくてこんな僻地に兵力を割いてないみたいだった。オズワルドがやられると残り少ない兵員もすぐに引いていった。

 

「マカロフ、一つお願いがあるわ」

 

「なに?」

 

 私はオズワルドのいたビルに行きたいと言った。彼女はまだ敵が潜んでいるかもと渋ったが、私がどうしても行くと言って聞かないので了承してくれた。私は奴の死体を確認したかった。それまでは実感が湧かない。任務は達成したが、胸が空っぽのままで落ち着かなかった。

 

 階段で十二階まで上がった。日は沈みかけていて、屋内は薄暗い。打ち捨てられ、荒廃した室内を歩く。そして、奴のいる部屋まで来た。熱光学迷彩マントを背中にかけた人形が射撃姿勢を取っている。窓から外を狙える高さの机に伏せ、二脚で銃を立てていた。ちょうどスコープの真ん中を銃弾が貫いて穴を開けていた。弾はゴーグルを突き破り、右目を通って後頭部から飛び出したようだった。マカロフが机を蹴り飛ばしてオズワルドは床に投げ出された。彼女は仰向けに転がった。

 

 何気ないことだったが、胸を殴りつけられたような衝撃を感じた。間近で見てみるとその人形は何の変哲もないイェーガーだったのだ。熱光学迷彩を装備している以外は今まで倒してきたイェーガーと何ら変わりない。個性を排した量産型とまったく同じ見た目をしていた。違う点は右目を撃ち抜かれたゴーグルが蹴られた拍子に外れたことくらい。彼女の素顔が見えた。私たちと同じように口があって、鼻があって、目があった。右目は撃たれて落ちくぼんでいたが、左目には赤い瞳が見えた。

 

「っ!気をつけて、まだ生きてる」

 

 彼女はぎょろりと瞳を動かして私を見た。震える手を床に落ちた銃に伸ばそうとしたが、マカロフが銃を蹴飛ばしたので叶わなかった。マカロフが拳銃を向けようとしたのを手で制す。

 

「待って……私がやるわ」

 

 私は彼女に銃を向けた。スコープのレンズ一杯に彼女の顔が広がる。彼女は静かに私の銃口を見つめていた。

 

「あんたも……殺しのために生まれてきたの?」

 

 トリガーに指をかけながらそう尋ねた。すると彼女は口の端を少しだけ吊り上げてニヤリと笑った。引き金を引く。銃弾が額に大きな穴を開けて床に血が飛び散った。部屋に銃声が満ちて、幾重にも重なってこだました。銃声が鳴りやむと薬莢がコロコロと転がる音だけ後に残った。

 

「大丈夫?」

 

 しばらく死体を眺めているとマカロフが聞いてきた。鉄血人形をこんな近くで見るのも、殺すのも初めてだった。ましてや表情を見るなんて。彼女には感情があったんだろうか。なにを思って笑ったんだ。自嘲したのか私を蔑んだのか。それともただの機械的な反応だったのか。

 

「ええ、大丈夫よ……大丈夫。帰りましょう」

 

 考えるのをやめて死体に背を向けた。マカロフに続いてビルを出る。制圧したエリアに戻る道をとぼとぼ歩いていく。何だか足が重くて前を歩くマカロフとの距離がどんどん開いていく。地面を見ながら歩いていると上から水滴が落ちてきて道路のアスファルトが黒ずんだ。

 

「雨かしら……」

 

「雨?私は何も感じてないけど……」

 

 私の言葉を聞いて振り返ったマカロフがぎょっとした。私の顔に何か付いているのかと思って顔を上げた。すると温かい液体の筋が頬を伝っているのに気づいた。二つの筋は顎で合流し、一つの雫になって地面に垂れた。雨じゃない。私の涙だった。私は泣いていた。

 

「どうしたのよ……」

 

 マカロフが怪訝な顔をして近づいてきた。頭をぐるぐる回っているのは私が殺した彼女の笑みと、額を撃ち抜かれて動かなくなった死体の姿。目に焼き付いて離れなかった。ある考えが浮かんできて、どうしても打ち消せなかった。あれは私だ。

 

「戦いはいつ終わるのかしら……たくさん殺してきたわ、もう百人以上……なのに、全然終わらないじゃない……これっぽっちも変わってないわ。むしろ悪くなってる……」

 

 足を止めて突然泣き出した私をマカロフが顔をしかめながら見上げている。目に焼きついた笑みが消えてくれない。あの無名のイェーガーには表情があった。私と同じくらいの技術があって、知性があって、感情があった。彼女は私と同じ人形だった。きっと、これまで殺してきた百人以上の人形たちも。

 

「殺して、殺されて、全部無意味だわ……いくら殺しても戦争は終わらない!人形はひたすら殺して、殺され続けるだけなのよ!永遠に終わらない……ここは地獄だわ……私もいずれああなるんだ!殺されるまで殺し続ける!心が死ぬその日まで!私が……私が生まれてきたのは殺されるためだった……」

 

 私はその場に跪いて泣き出した。彼女の姿と自分が重なってしょうがない。彼女もまた殺しのためだけに生まれてきた人形だった。頭を撃ち抜かれて暗い部屋に横たわる私の姿が脳裏に浮かび上がってどこにも行ってくれない。マカロフは何も言わなかったが、しゃがみ込んで私の顔を見つめていた。

 

「私は……私は何のために生まれてきたのよ……こんなことならエリートになんてなりたくなかった……こんなもの!もらわなければよかった!」

 

 私は胸にピンでとめた勲章を引きちぎり、腕を振りかぶって投げ捨てようとした。しかし、マカロフに素早く手首を掴まれて止められた。

 

「そんなこと言わないで。無駄じゃないわよ。今日、あなたはSKSの命を救ったじゃない。MP5のこともよ。私や、AK-47の命だって……無駄じゃないわ。あなたは仲間の命を救える。その勲章をもらうまでにたくさん命を救ってきたんでしょう。意味がないなんて言わないで。あなたには力がある。奪う命は選べなくても、自分の意志で誰かを救うことができるわ。だから、無駄じゃない」

 

 マカロフはそっと腕を離した。振り上げた手が力を失って、勲章を握り締めた拳が地面を打つ。マカロフは二の腕を掴んで私を立ち上がらせた。

 

「戦場に長く居過ぎたのよ……帰って休みなさい」

 

 肩に手を置くマカロフに寄り添われながら私は道を歩いた。日が沈もうとしている。袖で零れ落ちる涙を拭った。目尻にたまった涙に日光がキラキラと反射して眩しかった。

 

 

 

 

 

 機関部後方の照門の溝に銃口の上に取り付けられた照星が浮かぶように照準を合わせる。目標と照星、照門、そして右目が一直線に並ぶように銃を構えた。目標の頭部の淵に当たるよう調整して、引き金を引く。パスンと気の抜けた軽い音と共に銃口からコルク栓が飛び出した。大きなクマのぬいぐるみの頭がぐらりと揺れた。クマは棚の上でふらふら身体を揺らしていたが、やがてバランスを崩して落下した。

 

「すごいです!WAさん!」

 

「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるのよ。ほら、あんたにあげるわ」

 

 店員からぬいぐるみを受け取ってMP5に渡した。彼女の小さな腕で抱えきれないほど大きなぬいぐるみだった。

 

「うわ~、かわいい!ありがとうございます、WAさん!」

 

「ふんっ、まあこれくらいはね……」

 

 MP5が尊敬の眼差しを向けてきたので目を逸らした。彼女はすぐ損傷を直してもらって元通りだ。今は念願の遊園地に来られて喜んでいる。

 

 S09地区の戦いは終わった。グリフィンは大きな被害を出して撤退した。いくつもの部隊が戦場に取り残されたままだと聞く。私は“オズワルド”を倒した。でも、幸か不幸か一面記事には載らなかった。AR小隊が英雄的な働きをしたとかで、そっちに話題を持っていかれた。それでも私の戦いは小さな記事になったし、休暇ももらえた。ちょっとした小遣いももらったし、願い事も聞き入れてもらった。

 

「でも、WAさんはよかったんですか?休暇は要らないって言ってたのに……それに、活躍したのはWAさんなのに私の希望で遊園地になっちゃいました……WAさんの希望はなかったんですか?」

 

「私がしたいからしてるの。別にあんたのためじゃないわ、勘違いしないで。そういうことは気にせずに楽しみなさい」

 

 自分のしたいことと言われても思いつかなかったので彼女に合わせた。遊園地というものがどんなものかよく知らなかったけど、これが結構楽しい。メリーゴーランドとかコーヒーカップとか、そもそも誰かと遊んだことなんてないのではしゃいでいるとMP5に意外そうな目で見られた。そう言えば彼女が遊園地は子どもっぽいとか言っていたのを思い出して誤魔化した。あんたに合わせただけとか何とか言って。でも、お化け屋敷は駄目だった。あんなの全然面白くない。怖いだけ……別に怖いわけじゃない、下らないだけよ。下らないのでMP5を置いて一人で出てきた。それはもう飛ぶように。

 

 もらった小遣いでチョコアイスクリームを二つ買ってベンチに腰を下ろした。片方をMP5に渡す。チョコアイスは私の数少ない好物だった。グリフィンで手に入る安物より値段相応においしい。きっとちゃんとした材料を使ってる。これだけでも来た甲斐がある。アイスに舌鼓を打っているとMP5がポツリと呟いた。

 

「私、WAさんと組むって聞いた時は緊張してました。そんなすごい人が私なんかと一緒にいてくれるかなって……私はちっちゃいし、頼りにもならなくて、だからWAさんは憧れなんです」

 

「あんただって結構やるわよ。戦場でも落ち着いてたし、大胆なことだってするしね」

 

 言ってから気恥ずかしくなって目を逸らした。まだ人と会話することに慣れてない。

 

「私もWAさんみたいに強くなりたいです。誰かに頼られて、たくさんみんなの役に立てるような力が欲しいんです」

 

 力なんてあったって無駄よ、そんな言葉が漏れかけたが思い直した。きっと無駄じゃない。私が生まれてきたのには意味があるはずだ。私にもできることがある。たとえば、仲間を助けるとか。

 

「そうね……仲間のために戦うのも悪くないのかもしれないわね……」

 

 MP5の方を見る。彼女は不思議そうに私のことを見つめ返してきた。今まで私はずっと一人で戦ってきた。グリフィンの他の人形なんて気にしなかったし、自分が敵を倒していればそれでよかった。仲間なんていないし、要らないと思ってた。でも、今は違う。私には仲間がいる。まだ一人だけど……仲間を守るために戦っていたらこの戦争にも意味を見出せるかもしれない。私はそのために生まれてきたと、はっきり言えるような理由が見つかるに違いない。

 

「たぶん、無駄じゃなかったのよね……今までのことも」

 

 自分の胸元を見た。金色に装飾されたグリフィンが勲章の中で輝いていた。

 

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