死が二人を分かつまで-side stories- 作:garry966
タイトルと本文で使っているのはアラン・シーガーの詩"I Have a Rendezvous with Death"の翻訳です。
百年以上前の詩だから著作権的にも大丈夫なはずだ……
私は死神と待ち合わせる
私は死神と待ち合わせる
激しい攻防戦の最中
春がそよぐ葉陰と共に訪れ、空にリンゴの花が満ちる時
私は死神と待ち合わせる
春の青空がまた巡ってくる時
荒れた舗装道を車が駆けていく。道の凹凸がサスペンションを通じて助手席に座る私にも伝わってきた。ハンドルを握っているのは指揮官だ。アクセルを踏み込んで廃墟の中を突き進んでいく。グリフィンの制服である赤いロングコートはきっと灰色の街では目立つだろう、私は薬室に弾薬が装填されていることを確かめた。
目的の座標近く、指揮官は車のスピードを緩めた。二人で辺りを見回してあるものを探す。
「あっ、ありました」
私が指差すと指揮官は車を停めた。それは路上に放り捨てられていた。
「いたね」
私たちは車を降りた。指揮官はどこか吸い寄せられるような足取りでそちらの方に向かっていく。私は銃を構え、周囲を警戒しながら指揮官についていった。私たちがいるのはグリフィンと鉄血の支配領域の狭間にある無人地帯。頻繁に鉄血が出没する危険な場所だった。本来ならば指揮官が足を踏み入れるべきところではない。
指揮官が見下ろしているのは死体だった。グリフィンの戦術人形の死体。下半身は吹き飛ばされていて、残った部分にも銃創がたくさん開いていた。はっきり言って道路に放置されている古ぼけたガラクタのようにしか見えない。顔だけは砂で薄汚れているくらいでなんとか無事だった。しかし、私はその顔に覚えがなかった。
指揮官は車からシャベルを二つ出してきて、片方を私に差し出した。それから指揮官、彼女は道の傍らに穴を掘り始めた。刃先を乾燥した固い地面に突き入れる。デスクワーク中心の彼女が十分な深さの穴を掘る頃には日が暮れてしまうだろう。私は構えた銃をスリングで肩に吊るし、仕方なく指揮官の作業を手伝った。道に沿って建ち並ぶビル群に視線を向けたまま警戒は緩めない。コンクリートの森にいつ鉄血が現れるのか予想もつかない。
「指揮官さん、これは横領ですよ」
私はそう言った。戦術人形はグリフィンの資産、死体であっても例外ではない。人形の死体は回収され、再利用されるのが普通だ。可能ならば修理され、不可能であれば解体されて予備パーツとなる。指揮官であっても好き勝手にしていいわけではない。
「あはは、密告しないでね」
指揮官は屈託なく笑い飛ばした、そんなこと欠片も気にしていないという風に。
「笑い事でしょうか……」
指揮官は不思議な人だった。わざわざ休暇に前線まで来て、やることが穴掘りだなんて。それも発覚すれば処分を受けるようなことだ。
「みなさんに指揮官とデートしていると嫉妬されてしまいます」
私が肩をすくめて言うと指揮官はごめんごめんとはにかんだ。あながち冗談でもない。部隊の人形たちには私と指揮官が何をしているのか説明していない。人形を埋めに行ったなんて説明して噂になるといけないからだ。
みんな指揮官のことが好きだった。人手不足のグリフィンに入社した若い女性で、少女の姿をした私たちと並ぶと姉のように見える。しかし、若さによる経験不足と少し垂れた優しそうな目から頼りない印象を受けた。それでも私たちは彼女を支えていた。指揮官は人形を人間同然に扱う、いわゆる変人だったのだ。
彼女は娯楽の少ない最前線の小さな基地でも人形たちに過ごしやすくさせようと甲斐甲斐しく動き回っていた。補給が滞りがちで食事は冷えたレーションばかりという私たちのため、時には自腹を切ってまで温かい食事を調達してきてくれている。そういった小さなことの連続でも、私たちには十分だった。この人に迷惑をかけるまい、そんな連帯感が最前線という過酷な環境で私たちを繋ぎとめていた。
「AUG、君が来てくれてよかったよ。頼もしいからね」
指揮官はシャベルに足をかけながら、神妙な顔つきでそう言った。指揮官が逢瀬の相手に私を選んだのには理由がある。
「どうして彼女を埋葬するのですか?」
私は傍らに横たわる死体を見て聞いた。私は彼女と面識がない。恐らく指揮官もよく知らない人形だろう。なぜなら私たちとは別の部隊の人形だからだ。ここ、無人地帯の廃墟には戦略的に見て大した価値がない。廃屋が立ち並んでいるだけだ。しかし、グリフィンにも鉄血にも相手に街をただでくれてやるつもりはなく、プレゼンスを示すために小部隊を定期的に送り込んでいた。先日、パトロール部隊が鉄血の待ち伏せを受け、一人が死亡、死体は置いていかれた。それが彼女というわけだ。
「彼女は必死に戦ってくれたんだ。日が違えば私たちの部隊だったかもしれない。だから敬意を払わなくちゃ」
街には近隣の前哨基地からローテーションで部隊が派遣されていた。私たちの順番は待ち伏せの翌日だった。指揮官が言うようにタイミング次第では死傷者を出したのは私たちの隊だったかもしれない。
だが、私が聞きたいのはそういうことではなかった。死体の彼女は人形の意識、人格を司るメンタルモデルを失っている。しかし、人形はメンタルモデルを破壊されてもサーバーに残しておいたバックアップから復元できる。死体となった彼女もすでに復元されて戦列に戻っているだろう。
私には指揮官の行為が理解できなかった。人間は死ねばそれきり、復活することはない。だから、葬儀をもって死者を弔うのも理解できる行動だ。一方、人形は人間が望む限りいくらでも復元できる。私には地面に横たわる人形の死体が魂の抜けたガラクタにしか見えなかった。人形にとって死は日常であり、克服できるもの。一々抜け殻に敬意を払う必要はない、ましてや人間が。
指揮官が私を選んだ理由は、私が埋葬に慣れているからだった。民生人形時代の私は墓守であり、葬儀屋だった。グリフィンに来る以前、多くの人間を埋葬してきた。死体に生気を宿らせるため化粧を施し、棺に詰め込み、顧客が望む安らかな葬儀を演出する。それが私と私の所有者の仕事だった。
でも、人形を埋葬した経験はない。データを移し替えれば復元できる機械の葬式を挙げようとする酔狂な人間はいなかった。
膝の高さほどまで掘った穴に死体を横たえる。二人で亡骸に土をかけていると指揮官が口を開いた。
「この地で盛んだった宗教では、神様は自分の姿に似せて人を作ったとか。人に似た人形のことも救ってくれるかな」
指揮官はとても寂しげにそう言った。どうして親しくもない人形の死を悼むことができるのだろう。それに、彼女は間違いなく生きているのだ。バックアップから復元され、生前と連続した存在として。
「人形にとっての神は人間ですよ、指揮官さん」
私はただの葬儀屋で、神品や牧師ではなかった。死者に祈りを捧げたことはないが教義は知っている。死は永遠の命を得て復活するまでの一時的なものでしかない。神が永眠者を蘇らせてくれると信じられていた。人形の場合は人の手によって実際に生き返るのだ。わざわざ神様に救ってもらう必要はないし、死を嘆く必要もない。
「そうかな……私は対等でありたいと思ってる」
指揮官は納得できないようで苦い顔をした。指揮官は人形に対しても分け隔てなく接する。きっとそれが部隊の人形たちを惹き付ける理由だろう。でも、人形は人形、人間は人間、まったく異なる存在だ。戦術人形たちは一見すれば人間の少女のように見える。しかし、指揮官と私たちは根本から異なるのだ。まだ指揮官は分かっていない。
「……指揮官さん、静かに」
まだ何か言いたそうな指揮官を手で制して黙らせる。私は気配を感じ取った。街の中心へと続く道路の向こう、遠くのビルを見つめる。目では見えないが、何かが動いた気がした。
「どうしたの?」
指揮官の肩を掴み、地面に叩きつけるような勢いで押し下げた。直後、ブォーンと大きなハエが耳元を通り過ぎたような音が聞こえた。戦場でよく聞く、銃弾が風を切る音だ。
「姿勢を低く! 早く車へ!」
指揮官の盾になるように後ずさりしながら銃口をビルに向ける。発砲音は風切り音が聞こえて一秒以上経ってから小さく響いてきた。発砲炎も見えないくらいの距離で、ビルの何階に敵がいるか分からない。私は牽制としてトリガーを引き絞った。サプレッサーの先端にオレンジ色の発射ガスがほのかに灯る。ビルの中層階にばら撒くように制圧射撃を加えつつ後退する。
相手もこちらに向けて銃撃を続けていた。遠くから聞こえてくる銃声はおもちゃの爆竹をかき鳴らしているみたいだった。銃弾が地面に当たってピシピシと小石を散らす。勢いから見て敵はアサルトライフルが一丁、照準はまだ定まっておらず、弾着を見て修正していた。
私はマガジンの残りを撃ち切ると後ろを振り向いて走り出した。四つん這いのような姿勢で慌てて車に向かう指揮官を追い立てる。指揮官を車の陰まで護送した後、助手席に飛び乗った。
指揮官は急いでエンジンを始動し、シフトレバーをバックに入れた。車を急発進させ、スピンするように向きを変える。そのまま敵に背を向けて全速力で逃げ出した。
「長居し過ぎましたね。指揮官さん、お怪我はありませんか?」
鉄血のパトロールに気づかれた。車のエンジン音を響かせながら街の中心近くまで行ったのは不用心だったかもしれない。まあ、あの人形の“埋葬”は済ませることができた、指揮官も満足だろう。私は銃の弾倉を交換しながら指揮官の様子をうかがった。息を切らせ、緊張から抜けられていないがどこも負傷していないようだ。
「う、うん。私は大丈夫……あっ! AUG、それは」
指揮官の視線の先は私の脇腹に向かっていた。見ると私の黒い喪服に小さく赤い染みができていた。弾丸に表面を撫で上げられ、皮膚が薄く裂けてしまっている。指揮官にはショックだったようで、口を開いたまま固まってしまった。
「これくらい何でもありませんわ」
「……本当ごめん」
彼女は撃たれた私よりも深刻そうにしていた。兵器である戦術人形が少し傷ついたくらいで悲鳴を上げんばかり、指揮官はそういう人だった。この人に心配をかけないよう私たちは全力で生き残ろうとしている。大局に影響せず、出口も見えない最前線の小競り合い、そんな中で指揮官だけが私たちの戦う理由だった。
「休暇中に人形を傷つけてしまったのですから、始末書ものですね」
私がそう言うと彼女は苦笑いを浮かべた。私と指揮官、二人を乗せた車は基地へ向かっていく。そしてまた日常に戻るのだ、いつもの戦場へと。
窓の上を雨の雫がつたっていた。私は雨が好きだ。雨音を聞いていると気持ちが洗い流されるような気分になる。大地に染み込むようなしとしと降る雨も、土を抉るように叩きつける雨も好きだった。
しかし、戦場ではそうも言っていられない。外では視界を遮るほどの雨が降り注いでいる。無人地帯の街に送られた私たちはずぶ濡れになり、指揮官の許しを得て小さな民家の一室で雨宿りしていた。割れた窓から冷気と湿気が流れ込んでくる。
「少し休憩したらパトロールに戻ります。広場まで偵察して、戻りましょう」
小隊長のZas M21が言った。青空のような髪をした彼女は指揮官から厚い信頼を寄せられている人形だった。戦地にいない時はほとんど常に副官を務めている。彼女と指揮官から送られてきた新しいルートを確認した。私はZasの下、隊の班長の一人だ。
今回、上から街の広場を偵察するよう命令されている。指揮官からは広場の様子を見た後、すぐさま引き返すよう指示されていた。天候もよくない、無理して負傷者を出したくないという意図が読み取れた。私たちの作戦行動は戦術的に大した意味があるわけでもなく、示威行動に過ぎない。意味のない戦いにうんざりしている隊員も多いが、文句を言って何か変わるわけじゃない。指揮官に気苦労をかけるだけだ。
私は窓際で雨を眺めていた。同じ部隊の人形たちは雨を嫌う。でも、私は雨の中にいるのも好きだった。空から涙が落ちてきて、その只中にいるような感じがする。私は古い型の人形だから涙を流す機能が備わっていない。だから、悲しいことが会った時に雨の中にいると自分が泣いているように思えた。
「PP-19-01、今日は何読んでるの?」
XM3は壁にもたれて座っていた。頭にバンダナを巻き、ジャケットを羽織った薄い身体の人形、彼女は小隊の狙撃兵だ。待機中の暇を持て余し、横に座るPP-19-01に話しかけた。
「さっき拾った本です。戦争に関する詩集みたいで……タイトルは“私は死神と待ち合わせる”」
PP-19-01は癖毛の金髪をおさげにして腰まで垂らした本好きの人形だった。こうした廃墟に来るたびに古書を漁って持ち帰っている。本から得た変な知識を何かと信じやすく、いつも部隊に笑いを提供していた。本人はいたって真面目なつもりで笑われるのは不満のようだったが。
「読んでみてよ」
XM3は興味がある風ではなかったが、暇つぶしのつもりで朗読を促した。他の隊員からも期待の眼差しを向けられ、PP-19-01は仕方なく口を開いた。
「私は死神と待ち合わせる。激しい攻防戦の最中、春がそよぐ葉陰と共に訪れ、空にリンゴの花が満ちる時。私は死神と待ち合わせる。春の青空がまた巡ってくる時……」
「暗い」
XM3が途中で朗読を打ち切らせた。死に言及した詩であることに気づき、顔をしかめている。復元できるとは言ってもみんな死ぬのは嫌だ。メンタルモデルを破壊されればバックアップを取った時点までの記憶を失うことになる。縁起でもないと非難の視線に晒されて、PP-19-01はすごすご部屋の隅に移動して縮こまった。私は彼女のそばまで近寄って、横に座り込んだ。
「続きは?」
「えっ?」
私が聞くと彼女はきょとんと不思議そうな顔を浮かべた。
「続きを教えて欲しいんです。美しい詩だと思いましたわ」
私は他の人形たちほど死を恐れていなかった。今まで数多くの人間の死を見てきた。それと比べれば人形の死など取るに足らない。私は単純に死と美しい情景を対比した詩に惹かれた。PP-19-01は変だと言いたげだったが、小声で朗読を再開する。
「死神は私の手を取って暗闇の中に導くかもしれない。私の目を塞ぎ、息の根を止めてしまうかも。すれ違ってしまうかもしれない。私は死神と待ち合わせる。穴だらけの丘で、春が巡ってきて、牧場に今年初めての花が咲く時に……」
彼女の声と、屋根に打ち付ける雨垂れの音の合唱に聞き入っていた。一面に花が咲き誇る野原を思い浮かべる。民生人形だった頃、私は所有者と一緒に花畑に行ったことがあった。花も好きだ。葬儀を彩る花をたくさん用意しているうちに自然と好きになった。厳かな雰囲気を損なわないように目立たない白い花、あれが一番のお気に入り。死を包み込むように凛と咲いていた。灰色の戦場では花など見る機会がない。懐かしい思い出だった。
雨が上がり、私たちは外に出た。細い街路を進むと広場が見えた。四方を背の高いアパートに囲まれており、道の上がアーチ状にくり抜かれていてそこが広場へ続く門になっている。広場の真ん中には大きな噴水が置かれていた。稼働していないが石造りの立派な噴水で、周囲を腰掛けられるくらいの高さがある円形の壁が囲っている。
あまり良くない地形だと思った。遮蔽物がほとんどない。広場を囲う建物に敵がいたらこちらはいい的になってしまう。しかし、立ち止まっているわけにもいかない。Zasはこちらに目配せをした。二列縦隊で門を潜り抜け、広場に出てからV字型の隊形に展開する。頂点がZas、私はその横についた。広場は不気味なほど静まり返っており、物音一つしなかった。
「噴水まで達したら戻ります……背を見せず、後ろ歩きで」
Zasも不穏な気配を感じ取ったのか緊張した声で言う。私はアパートの窓一つ一つに目を走らせた。敵がいるかどうかは分からなかった。
もう少しで噴水に達するという時、窓の一つに光がきらめいた。複数の激しい銃声が鳴り響く。不気味な唸り声をあげながら銃弾が横を通り過ぎていった。待ち伏せだ、前方のアパートから殺意のこもった銃撃が飛んでくる。私とZasは転がるように走って噴水の陰に隠れた。ノミを打ち付けているかのように弾丸が噴水の石を砕いていく。
銃弾の雨をかいくぐり、ポジションが私の近くだったPP-19-01が噴水の陰に飛び込んできた。
「XM3が撃たれた!」
彼女の叫びを聞いて私は部隊の様子をうかがった。発砲を受けて隊形はバラバラになっている。V字の先頭にいた私たちは手近な噴水に隠れ、残りの人形たちは遮蔽物を求めて門の方まで戻っていた。門と私たちの間に人形が一人転がっている。片脚を撃たれて悔しそうに歯噛みしているXM3だった。雨でできた水たまりの中にうつ伏せで倒れている。流れる血で水が赤く濁っていた。
PP-19-01が手招きしていることに気づき、彼女はこちらに這ってこようとした。その時、射撃がXM3に向けられた。数発が水面にしぶきを上げ、一撃が彼女の腰に命中した。赤い霧がふわりと舞ってXM3は顔を歪める。突発的に走り出そうとしたPP-19-01の腕を掴んで引き止めた。
「どうして! 助けないと!」
私たちが出てこないと見た鉄血は再びXM3に銃撃を加えた。弾は彼女の腕に命中し、肉が引きちぎれた。
「くそっ! 遊ぶな……!」
XM3の叫びがこだまし、一瞬だけ広場が静まり返った。
「AUG、どう思いますか?」
Zasが聞いてくる。彼女の顔は緊迫していて引きつっていたが、声には冷静な響きがあった。
「罠ですね」
即答した。わざと急所を外している。私たちがXM3を助けるために噴水の陰から飛び出すよう誘っているのだ。敵はそれなりに練度が高い。今は前方の建物にしかいないが、側面に回り込まれたら何も遮るものがない。早急に広場から出ないとやられてしまう。
「でも、放っておくわけには……! こんな時、指揮官なら?」
PP-19-01はXM3を指差す。水たまりの赤が色濃くなっていた。XM3はこちらを見て小さく頭を振った、来るなと言うように。
「……助けに行くでしょう。PP-19-01、スモークグレネードを。XM3を連れて撤退しましょう」
Zasは指示を出し、壁から頭を出して敵の様子をうかがった。銃弾が壁の縁に飛んできてすぐさま頭をひっこめる。
「私とPP-19-01がXM3を回収します。あなたは援護してください」
私が志願するとZasは頷いた。二人でXM3を運んだ方が素早く撤収できるだろう。PP-19-01はベルトにつけたスモークグレネードのピンを引き抜き、一つを噴水の向こうに、もう一つをXM3の方に放り投げた。火薬の弾ける音と共に白煙が噴き出した。もうもうと視界を遮る煙が立ち込める。私たちは噴水から離れて走り出した。Zasはスモークの中から敵に向けて制圧射撃を始める。密封した缶の蓋を開けたような軽い発砲音が響き、擲弾が建物の窓を吹き飛ばす。
しかし、鉄血の銃撃は弱まらずかえって激しくなっていた。満ちる白煙を切り裂くように銃弾が降り注ぐ。風切り音は顔の周りにまとわりつくハエの羽音さながらだった。手探りでXM3の肩を掴み、門に向かって引きずっていく。私が左肩を、PP-19-01が右肩を掴んでいた。
急にXM3の身体が重くなった。左右均等にかかっていた力のバランスが崩れる。私はよろめいて倒れそうになった。右にいるはずのPP-19-01が手を離した、彼女の姿は煙に包まれて見えない。
「足を止めないで!」
すぐ後ろからZasの声がする。鉄血が無茶苦茶に放った銃弾で煙が凪いでいた。私は両手でXM3を引きずって門を目指した。門まで無我夢中で走り、壁の陰に身を隠す。標的を見失った鉄血の攻撃は鳴りを潜めた。引きずってきたXM3の身体を見る。彼女は胸を撃たれていた。白いインナーが真っ赤に染まっている。彼女は目を見開いたままだったが、表情から生気が失せていた。煙の中から助け出す際、鉄血の盲撃ちが命中してしまったらしい。
立ち込めていたスモークが薄れ、視界が晴れていく。ここからXM3が倒れていたところまで真っすぐ赤い血の筋が伸びていた。その途中にPP-19-01がうつ伏せで倒れている。リンクで呼びかけても応答がない。XM3を運んでいる最中、共々弾が当たってしまったのだろう。
「ダメですね……これ以上犠牲者を増やせません。撤退しましょう」
Zasが首を横に振った。XM3を回収するつもりだったが、彼女は救えず、さらにもう一人死者を出してしまった。死体を回収するために更なるリスクは負えない、それがZasの判断だった。私も正しいと思う。誰からも反対意見は出なかった。
これが私たちの日常だった。ここには草木も花々もない。あるのはコンクリートの廃墟と、死だけだ。二人はあの詩が言うところの死神と出会ってしまった。そしてまた蘇る。これこそが戦術人形である私たちの運命であり、責務であった。
XM3の遺体は回収できたが、運悪くコアに弾が当たっていた。バックアップから復元されることになるだろう。だからと言って何か変わるわけでもない。私たちは彼女たちがいないことに気づかないふりをして過ごした。私たち人形は仲間の死を直視しない。復元されて戻ってきた人形を以前と変わらぬ風に迎え入れるためだ。
宿舎に空きベッドが二つできてからしばらく経った頃、二人が戻ってきた。I.O.Pで新しく製造された身体にバックアップをインストールされてすっかり元通り。人形たちは出迎えもしなかったが、指揮官だけ基地の中庭で二人を待ち構えていた。
私は指揮官がどういう反応を見せるのか気になってしまい、遠巻きに彼女を見つめていた。
「おかえり」
指揮官はぎこちなく笑って小さく手を振った。誰か死者が出ると指揮官はいつも塞ぎ込む。気にしているのを二人に悟らせないようにしているが、拙い笑顔でバレバレだった。
「指揮官、私たちが死なないようにもっと頑張って」
XM3がわざと厳しくそう言った。彼女は慣れた様子で死に動じない。前線の人形は程度の差こそあれ皆そうなのだ。
「もぉ、またそういうことを言って。指揮官さん、ワタシたちのことは気にしなくていいですからね!」
PP-19-01がXM3をたしなめる。何か冗談が続き、笑い声が響いた。指揮官もいつもと変わらないように笑っていた。
でも、私には分かる。指揮官から死の臭いがする。葬式に参列する人間たちと同じ気配を感じた。彼女は人形の“死”に心を痛めている。なぜか胸の奥がジクリと痛んだ。誤魔化したような指揮官の笑顔にイラついた。自分がどうしてイラ立っているのか分からない。でも、確かに感情が動いた。
その後、指揮官から少しいい? と呼び出しを受けた。指揮官に連れられた先は基地から数キロ行ったところにある荒野だった。車の後部に積まれたトランクケースを開けた時はさすがに面食らった。中にXM3が収まっていたのだ。鉄血の銃弾に倒れた彼女そのままだ。
「指揮官さん、これは……」
「遺体は回収できなかったと報告して、送り返してないんだ。ただ解体されてパーツにされてしまうだなんて、そんなのは……」
箱の中の死体を眺める指揮官は悲痛な表情を浮かべ、泣きそうだった。私はそれを見て憤りがこみ上げてきた。この行為は横領だ、でもそんなことはどうでもいい。
「XM3は基地にいますよ。復元されています。本人も死んだことを気にしていません。悲しむことではありませんわ」
これはただのガラクタで、本人は別にいる。そう言い聞かせたかったが彼女は首を縦に振らなかった。
「……バックアップから復元を繰り返せば、人格に損傷を受ける可能性があるって。記憶は同じでも別人になってしまう、そう聞いたんだ」
指揮官はゆっくり吐き出すように言った。でも、そんなことは私の聞きたいことではない。
「元の彼女と復元された彼女は連続していないと言いたいのですか?」
「そうは言ってないけど……」
指揮官は曖昧に答えるが、彼女の意識の中で区別が存在していることがはっきり分かった。
「たとえそうだとしても、どうしたと言うんでしょう? 人形は所詮機械、戦いのための道具です。人格も感情も人間を真似ただけの不完全なもの。壊れたら取り換えればいい」
「違う!」
指揮官は大声をあげて私の言葉を遮った。自分の剣幕に驚いてハッとしていたが、目を伏せてポツリポツリと語り出した。
「人形だって、みんな生きてるんだ。人形にも権利と尊厳があると思う。人間と同じだよ。だから、遺体には敬意を払わないと……」
「いいえ、人形と人間は違います。まったく違う。第一、人形を戦いに行かせているのはあなたですよ、指揮官さん。矛盾しています。人形を憐れむなら自分で戦えばいい」
図星を突かれたのか指揮官は黙りこくってしまった。私はため息をつく。
「あなたを責めたいのではありません。みんなが死ぬのはあなたのため、他の人間やグリフィンのためではなく、あなたのために死ぬんです。あなたの命令だから喜んで従って、文句も言わずに死んでいく。私たちは死ぬことを恐れていない。だから、罪悪感を覚えないでください。あなたが勝手に苦しんでいる。苦しまないでください。私たちはそんなこと望んでいません」
説教をしたいわけではなかったが、結果としてすることになった。指揮官はまだ人形を率いることになって日が浅い。銃後の平和な世界なら人形を人間扱いしてもいいだろう。でも、ここは戦場だ。直視しなければならない差異もある。
「そうかもしれない……でも、だからこそちゃんと埋葬したいんだ。XM3のことも、PP-19-01のことも……彼女は戦場に置き去りだ。AUG、また街まで付き合ってくれないかな」
「指揮官……分かっていませんね。埋葬する必要などありません」
私は目元を押さえた。指揮官はこういうところで頑固だ。少し言ったくらいで考え方を変えてくれない。
「でも、彼女の遺体はあの街に……」
「あそこにあるのはただの機械部品です! 埋葬する価値なんてありません!」
つい声を荒げてしまった。私がそんなことをするのは初めてだったので、指揮官は目を丸くして驚いていた。
「私は行きません。頼むならば他の人形にどうぞ」
「AUG……」
指揮官の口から次に出る言葉がお願いから命令に変わっている気がして、私は先手を打った。
「私は従いません。不服従の責を問うなら、どうか私を武装解除してください。炭鉱に送るもスクラップにするも指揮官のお好きに」
「そんなことしない!」
指揮官は慌てて否定した。人形に面と向かって反抗されるのは初めてだったのか混乱が見て取れた。
「指揮官さん、贖罪のつもりですか? この前、鉄血に撃たれかけたばかりです。私たちだけを戦わせていることに罪の意識を感じているのなら、そんな必要はありません。そして、あなたが前線にいても役に立ちません。罪の償いにはなりませんよ。人形は人間のために喜んで死ぬんです。あなたのために、あなたの命令に従って。ですから、あなたはあなたの仕事をしてください。それがあなたの責任のはずです」
「分かったよ……」
指揮官はうなだれて弱々しい返事をした。私は指揮官を置いたまま歩いて基地に引き返した。彼女がXM3を一人で埋めたのかは知らない。知りたくもないことだった。
雨粒が傘の布地で飛び跳ねてパラパラと音を響かせる。自然が奏でるこの歌はきっとどんな演奏よりも美しい。気持ちが和らいでいく。
珍しいことに上から出撃命令が来ることなく、私たちは数日間暇をしていた。日が沈み、辺りを真っ暗闇が包み込んだ頃、雨が降り出した。宿舎の屋根で雨が弾けるのを聞いていると我慢できなくなり、私は散歩に出かけた。私の服によく似た真っ黒の傘をさして基地の敷地をゆっくりと歩く。小さく吹いた風に乗って雨の雫が私の頬を濡らした。
「AUG」
名前を呼ばれて振り向くと傘をさした指揮官がいた。手を小さく上げて挨拶してくる。
「指揮官さん……どうしてここへ?」
「やっぱり仲直りしておこうと思って。ごめん」
指揮官はこちらに歩み寄ってきて、頭をかいた。
「私が勝手に言っただけです。指揮官さんが謝ることではありませんよ」
「よく考えてみた。君が正しいよ。私の仕事は戦場に行くことじゃない。感情的になっていた。XM3にも言われたしね。君たちを守るためにも、もっと頑張らないと」
指揮官はほんのり自嘲的に笑った。
「指揮官さん、少し歩きましょう」
私たちは並んで、雨でやわらかくなった地面を歩いた。
「雨が好きです。心が穏やかになって、考えがはっきり見えてきますから」
私は傘をずらして空を見上げた。黒い雲に覆われて月が見えない。
「昔話をしましょう。私はたくさんの死を見てきました。本当にたくさんの……」
雨の中にいると特別な気持ちになる。普段なら抱かない感傷が胸に湧き上がってきた。それを指揮官と共有してみたい、そんな誘惑に駆られた。
「私は以前、ある街で葬儀屋を務めていました。指揮官さんも知っていますよね?」
「うん。君のデータに職歴が載っていたから」
「こんなことを言うのもなんですが、私はあの仕事が好きでした。私たちが携わる葬儀が故人の最期として人々の記憶に残るんです。私も、私の所有者も誇りに思っていました」
一歩一歩土の感触を確かめるように歩く。指揮官は私の言葉を黙って聞いていた。
「鉄血の反乱が起きた直後です。敵の部隊が私の街に来ました。急襲で、軍もPMCもおらず、避難勧告すらありませんでした。私の主人は私を棺の中に隠し、本人もどこかに隠れようとした。私は暗闇の中で一週間余り、街にこだまする激しい銃撃の音を聞き続けました。ある朝、ずっとけたたましい銃声が響いていたのが嘘みたいに静まり返っていたので私は棺桶から出ました。外に出てみると街はグリフィンに奪還されていたんです。そこで私が見たものは何だったと思いますか?」
指揮官は下を向いていて、答えなかった。
「死体です。死体の山でした。街のあちこちに積み上がってるんです。鉄血は街の住人をみんな殺してしまいました。今まで奴隷扱いされてきた復讐とでもいうように、老若男女を問わず皆殺しにした。そう、そこら中に銃殺された死体が……」
思い出す、私の故郷の惨状を。軍の対応が後手に回ったため、そうした虐殺が至る所で起きたのだ。鉄血人形たちはまさしく殺人機械として、完璧に、効率的に人間を処分した。
「私の所有者もそこに。私は埋葬しました。他の人たちも同じように。でも、埋めても埋めても終わらないんです。墓場の敷地が足りなくなり、道端を掘って一度に何人も埋めました。ですが、死体がなくならないんです」
私は指揮官の顔をうかがわなかった。こんな話をしてどうなるのか、そう思ったが話しておきたかった。
「いつしか静けさは消え去っていました。煙突から立ち上る黒い煤のように、ハエの大群が街を埋め尽くしていました。耳を塞いでいてもブンブンと羽音が聞こえてくるくらい、台風の中にいるようでした。そして、ウジが死体を貪る音……死体がうごめくんです、まだ生きているみたいに。一番ひどかったのは臭いでした。あの場にいなければ想像もつかないでしょう、人間からあんな臭いがするなんて。どれだけ洗っても消えないくらい身体にこびりついてしまいました」
地獄も悪夢も人形には縁のない話だが、経験するとしたらあの街に似ているのだろう。私が暮らしていた街はわずかな期間でハエと屍臭に満ちた廃墟になってしまった。
「それが私の見た死です。街全体が墓場になってしまいました。もうあんな光景は見たくありません。そのためならば喜んでこの身を捧げましょう。人間の代わりに戦場で死ねるのでしたら本望です」
指揮官は足を止めていた。私は彼女を少し追い越してから振り向いて、向かい合う。指揮官は私の顔をじっと見つめていた。しばらく口をつぐんでいたが、ぎこちない笑顔と共に口を開いた。
「君が昔の話をするなんて……初めて聞いた」
「誰にも話したことありませんでした。楽しい話ではないですから」
雨が少し勢いを増してきて、傘に打ち付ける雫の音が激しくなっていた。地面も靴がめり込むほどぬかるみ始めている。
「……私は指揮官さんに怒っていたのではありません。怖くなったんです」
「怖くなった?」
「死が、ですよ。もし前線に行っても、私は以前のようにあなたを守れません。死ぬことが怖くなってしまったから」
私は自分の感情を素直に告白した。彼女は少し驚いていたが、すぐに指揮官らしい真面目な顔付きをした。
「死ぬのが怖いなんて、そんなの当たり前だよ。恥じることじゃない。君は私なんかよりよっぽど勇敢だ」
「いいえ、違うんです。人形と人間では死の捉え方が異なります。人間は一度死ねば終わりですが、人形は何度でも復元できます。メンタルモデルを失っても、バックアップから復元された自分と以前の自分は連続しているんです。XM3とPP-19-01が平然としていられる理由はそれですよ」
指揮官に私たちの考え方を押し付けるのは気が進まなかったが、結局言うことにした。
「それなのにあなたは区別しようとする。人形の一時的な“死”を、人間のような死と捉える。復元されても私たちは連続しているんです。だから死を恐れない。もし私が戦場でメンタルモデルを失えば、あなたの中の私は死んでしまう。私は私なのに、あなたは私のことを墓から蘇ってきた死人と見なすでしょう。そんなのは嫌です。私を殺さないでください。あなたに殺されたくありません」
街で嫌というほど見た死体の山。ハエにたかられて黒くなった元人間たち。名前も分からず、誰から省みられることもなく私に埋められていった。私はあの一員になりたくない。あれらの死に安らぎはなかった。私は死に慣れているつもりだった。死など怖くないと。だが違うのだ。戦術人形として死と復元を繰り返している限り、本当の意味で死ぬことはないと思っていただけ。本当は死を人一倍恐れている。死体の山に加わり、過去になるのは嫌だ。
「もう私が知っている人間はあなただけなんです。他は全員死にました。ですから、あなたのために戦わせてください。私たちの死を特別扱いしないでください。私たちが使命を果たしている間は、私たちを殺さないでください」
「ごめん、無神経だった……」
指揮官に絞り出すような声で謝られた。雨で濡れていて分からないが、ひょっとしたら泣いているのかもしれない。私は傘を下ろして少し歩いてみた。空を見上げて、顔で力強い雨の雫を受け止める。その場でくるりと回り、唇を噛んでいる指揮官の方に振り返った。
「指揮官さん、私は泣いているように見えますか?」
雨の雫が頬をつたっていく。私は自分の主人を埋めている時も泣くことができなかった。自分が死ぬ時も泣くことはできないだろう。泣くことのできる人形が羨ましい。私も自分の感情を泣くことで表現してみたかった。
私のつぶやきを聞いた指揮官は傘を放り出してこちらに走ってきた。両手で私の背中を苦しいくらいにぎゅっと抱き締める。指揮官の頬をつたって顎から滴り落ちた雫は少しだけ温かかった。
「君を死なせないから……! 絶対に……」
指揮官は震える声でそう言った。雨は止む気配がなく、私たちはずぶ濡れになっていた。身をよじっても指揮官は私を離してくれない。人形に対してこんな本気になって、やはり変な人だった。指揮官が言うように復元を繰り返すと人格が変容していくのなら、いずれこの抱擁も私のものではなくなるのだろうか。それもまた少し恐ろしかった。
「指揮官さん、そろそろ戻りましょう。風邪をひいたら大変ですよ」
指揮官はやっと私から手を離してくれた。私の傘を指揮官の頭上にさして雨から守る。赤くなった指揮官の目を見ると自然と笑みがこぼれた。私は変わらない。人間のために戦う。この人のために。戦いから逃げるという選択肢はない。そんなつもりもない。指揮官のために戦えること、それこそが私の安らぎだ。
神はお分かりになっている
シルクの枕にもたれ、芳しい香りに包まれて
愛が脈打つ中、鼓動と鼓動、息と息を突き合わせて
幸せに眠るのがよいと
だが、私は死神と待ち合わせる
真夜中、炎上する街で
今年も春が北へ向かう時
私は自分の誓いを守る
絶対に待ち合わせを忘れない