それだけです。
真夜中、酔っぱらい達の喧噪どころか人っ子一人いない午前3時。一人の男性が夜道を歩いていた。相当疲れているらしく足取りが覚束なく顔色も悪い。そんな彼の前に一人の綺麗な女性が現れた。
「……は?」
訳が分からなかった。何も、誰も無かったはずなんだ。なのに、空間に亀裂が入り女性が出てきた。
「ちょっ!」
だが、重要なのはそこじゃない。いや、重要だけどそれ以上に状況がマズい。なぜなら彼女が出てきたのは車道のド真ん中。しかも、ちょうどトラックが差し掛かる所なんだから。それを見た瞬間、俺は走り出した。なぜかは分からない。ただ、彼女を助けないと!と思ったからだ。
「危ない!」
彼女の手を掴み、引っ張る。その反動で彼女と俺の場所は入れ替わり、そして俺は……。
博麗大結界が異常を示していると藍から報告があった。珍しいことだけど、まったく無い訳じゃ無い。
(霊夢も少しは気に掛けてくれても良いのに)
修復のためにスキマをくぐると何故か外の世界に来ていたの。とりあえず戻ってスキマを開き直そうと考えていると誰かがなにか叫んでいる。
(随分、低い声だけど)
こんなブサイクに声を掛けるなんてどんな人なのかと思い声の方を向くと男性がこちらに走ってくる。
(おおおお!?おお、男!?)
この世界で貴重なはずのな男性が私の手を取った。
(え"!?)
手を取られた。もう一度言おう。手を取られたのである。幻想郷トップレベルの、自他ともに認めるブサイクなのに。が、それも一瞬。彼は私の視界から姿を消し、代わりに外の世界でよく見る車が視界に入ってきた。
かつて経験したことの無い衝撃が体を襲う。体が蹴られたボールみたいに吹き飛ぶ。その衝撃で腕と足は決して曲がってはいけない方向に曲がっている。それを認識した瞬間、痛みが襲ってくる。痛すぎて嗚咽を吐くことさえできない。と同時に脳裏に浮き上がるのは今までの人生で経験。
(これが走馬燈ってやつか)
高校受験で志望校に合格できずに泣いた記憶。大学受験で志望校に合格したときの記憶。大学の他の学生たちよりも早く内定をもらってニヤニヤした記憶。こう振り返って見ると、
(薄い人生だったな)
特に親しい人が居たわけでも無い。彼女はいたが結局別れたし。だけど、もうどうでも良い。俺の人生はここで終わる。心残りがあるとすればパソコンに保存している秘蔵のデータ達だが、
(まあ、誰かの目に入ることも無いだろう)
そして、俺は意識を手放した。
「えっ、えっ。あっ」
紫はパニックになっていた。当たり前だ。出るはずのない外の世界に出てすぐに男性に触られた次の瞬間、車にはね飛ばされたのだから。いくら永い時を生きる彼女でも、こう次々と事が起こればパニックにもなる。パニックを脱し、慌てて男性に駆け寄るが見るからに死にそうだ。
(どどどど、どうすれば!どうすればどうすればいいの!?)
分からず立ち尽くす。が、そのままにしてしまえばこの男性は死んでしまう。
「永琳のところなら!」
月の賢者なら彼を救うことが出来るはずだ。彼を背負い、スキマを開く。
(お願い。死なないで!)
今後の流れとか一切、考えていません。