起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百一話:0079/11/04 マ・クベ(偽)と刻

サイド6での暮らしは、アムロ・レイにとって、拍子抜けするほど平穏な毎日だった。宣言通り何かと気に掛けてくれるマレーネとララァの存在も大きく、ほんの一月前に殺し合いをした人間とすら、挨拶を交わすほどだ。そして、彼らと触れ合う事で、自身の世界が如何に小さく閉じたものであったのかをアムロは理解した。

 

「ジオンだ、連邦だ、なんて言ってもよ。結局のところ、どっちもただの人間なんだよな」

 

食堂のテラスから中庭を眺めていると、そんなことを言いながら、向かいの席に誰かが座った。

 

「カイさん」

 

座ったのはアムロと同じく連邦に徴募され、ジオンに捕まりこの施設へ連れられてきたカイ・シデンだった。連れられてきたのはもう一人、ハヤト・コバヤシも居るのだが、今日は一緒に行動していないようだ。

 

「解りやすく悪者がいてさ、そいつをぶっ倒してハッピーエンド、とはいかんよな。現実は」

 

そう言ってカイは持ってきていたマグカップを傾ける。その言葉にアムロは静かに頷いた。住んでいたコロニーが襲撃され、当初は日常を壊したジオンを恨みもした。否、正確に言えば今でも恨んではいる。しかし、この施設で敵と呼んだ彼らと交わってみれば、害意を持ち続けることは難しかった。

 

「ここでスパイ映画だったら、気をつけろ!ハニートラップだ!とか先輩や上司が言うところだな?」

 

そう言って肩をすくめておどけてみせるカイにアムロは苦笑を返す。地上での一件で少しぎこちない関係になっていた二人だったが、この施設でカウンセリングを受け、軍務経験者と話す機会を経て、関係は修復されていた。

 

「じゃあ、トラップに引っかからないようそれぞれ担当を決めて相手を見張りましょう。取り敢えず僕はマレーネさんを見張りますね?」

 

「狡いぜアムロ!こういうのは公平にじゃんけんでだなぁ?」

 

そうじゃれ合いながら、この後の予定を決めようかと話題を振りかけたその時、唐突にそれは起こった。

 

「なん…これっ!」

 

不快、恐怖、嫌悪。明確な負の感情が間近から放たれ、アムロは思わず頭を押さえた。

 

「お、おい!アムロ!?クソッ!なんだよこのザワザワした感じは!?」

 

アムロ達には知らされていなかったが、丁度その頃ララァ・スン少尉による施術が始まっていた。不幸であったのはララァ少尉の能力が予定よりも好調だったことと、被験者の意識に想定以上のストレスが残留していたことが相まって、想定外の事態、すなわち負の思念が周囲に拡散されたのだ。

 

「こんな…人が…人が呑まれて…。だ、だめだ、そんな闇は、有っちゃいけない闇だ!?」

 

唐突に流し込まれた負の感情、それをアムロのニュータイプとしての感受性が、その根源を垣間見る。繰り返される投薬と、憎悪をひたすらすり込むような催眠処置、幾人もの仲間が壊れ、錯乱し、廃棄される。その悪夢を抜けた先に待っていたのは、輝かしい栄光などではもちろん無く。冷たい床と、無造作に転がされた、かつて友と呼んだもののなれの果て。

仮にララァ・スンがもう少し才能に乏しかったなら。あるいは偶然その場に彼女の心の支えとなる男が居なければ、治療は失敗に終わり、このようなことにはならなかったかもしれない。だが、歴史にもしもが無いように、起きてしまった事実は覆らない。

 

「おい、おい!アムロ!しっかりしろよ!?誰かっ、誰か居ないのか!?」

 

自身もふらつきながら、カイが声を張り上げる。アムロは地面に倒れ込み、か細く言葉を漏らし続ける。既に意識は混濁し、それは呪詛としてアムロの脳裏に刻み込まれた。

 

「…これが…敵。倒すべき…本当の…」

 

 

 

 

(これがニュータイプの見ている世界!?)

 

エメラルドに輝く不確かな世界。それはスペースノイドの隣人にして死の象徴である宇宙空間と似ながら、温かく包み込む光にあふれた世界だ。

優しい世界、そんな言葉がシャアの脳裏に浮かんだのもつかの間。世界は突然表情を変える。黒く塗りつぶされた視界は、心地よい浮遊感を寄る辺の無い不安に、温かかったはずの空気は絶対零度の刃となって皮膚を裂く。

 

「何なのだ!これは!?」

 

粘性を持って体にまとわりつく気配はわかりやすいとすら感じる殺意。ただ一つ確かな存在を見失わぬよう、シャアはララァと繋いだ手を強く握る。その瞬間、わずかだがシャアの鼓膜を無数の悲鳴が震わせた。

 

「これは彼女の記憶、でもそれだけじゃ無い。彼女の中に残った、彼らの残滓。…守ろうとしているのね?」

 

その声と共に、黒一色だった世界に光が戻る。それは押しつぶそうとする漆黒に比べとても小さなものだった、だが間違いなく世界に穿たれた希望だった。

 

「辛かったのね?苦しかったのね?代わってあげることも、貴方たちを助ける事も私には出来ないけれど、貴方たちが守ろうとしている彼女を守ることは出来るわ。だから、もう一度だけ、彼女をこちらに戻してあげて?」

 

この世界は、優しい光も確かにあるのだから。ララァの言葉に闇が揺らめき、うねると、小さかった光は応えるように大きく、暖かな流れを放ち出す。

 

(これは、ララァの…心か)

 

傍観者となっていたシャアを強い興奮と震えが襲う。これがニュータイプなのだ。解り合い、この暖かさで宇宙を包む者。正に亡父の語った人の革新に相応しい力を目の当たりにし、シャアは己のなすべき事を理解した。

 

「こ、こ、は?」

 

「成功です、少佐」

 

いつの間にか周囲は元の部屋に戻っており、ベッドに寝ていた女性がわずかに瞳を開き、乾いてかすれた声を上げている。シャアと繋いでいた手と反対の手で、彼女に触れていたララァが、そう安堵の声を発したことで、シャアは己の居る場所と目的を改めて思いだし、大きく息を吐き、ララァへ告げた。

 

「ララァ、私にも見えたよ。本当に成すべき事が」

 

 

 

 

「さあ、大佐。理由を言いたまえ」

 

「申し訳ございません」

 

モニターの向こうでゲンドーなスタイルの顔面凶器さんがそう聞いてくるので、取り敢えず開口一番謝ってみた。

 

「君のジョークのセンスは今一つだな。私は謝罪など求めていない。この時期に、ガルマが危険だと判断した、戦略兵器の資料を取り寄せようとした。その真意を尋ねているのだ」

 

「申し訳ございません」

 

もう一回謝ったら、総司令様のこめかみがわずかに動いた、これはアカン。

 

「大佐?」

 

いや、あのね?実は俺、結構動植物の資料とか読むの好きなんだよ。どんな生態してるかとか、どうしてそう言う生存方法に行き着いたとか、そう言うのって読むの楽しいじゃん?だからね?ちょっと愉快すぎる生態を持ってるアスタロスにも興味がわきまして…。なんて言ったら殺されるかな?

 

「実は、今次大戦とは全く関係ない点で、件の兵器に興味がありまして」

 

「謝る前にそれを話したまえ。それで、何が貴様の琴線に触れたのだ?」

 

よーしよし、取り敢えず兵器利用する気は無い事は理解して貰えたぞ。このまま思いついたことを言ってみよう。もしかしたら戦後に役立てられるやもしれんからね。

 

「ガルマ様から伺いましたあの兵器、何でも爆発的な繁殖力と同時に大量の水と栄養を消費するとか」

 

「ああ、報告書によれば試験に使ったプラントが完全に使い物にならなくなったそうだ、それがどうかしたか?」

 

「つまり、大量の水と栄養を吸収する能力がある、と言うことです」

 

「それは解っている、何に使いたいのだ?」

 

「水質の改善です」

 

「続けたまえ」

 

俺の言葉に片眉をつり上げた後、そう促すギレン閣下。よし、エコはどの時代でも批難しにくいコンテンツだよね!

 

「資料によれば荒地であってもなけなしの養分を吸い取って繁殖したとあります。そして同じ報告で土中の有毒物質…報告書では重金属も取り込んでいたと。現在の地球、とりわけ海洋は汚染が進んでおり、除塩しても農業ならばともかく飲料に使うことは出来ません」

 

「つまり貴様は、あれで海の浄化を考えたと?」

 

「これは空気や水の多くを地球に頼っている我々にとって、極めて意義のあることだと愚考いたします」

 

いや、本国に空気や水送ってて思ったんだ。これ、除塩しただけで飲用に出来たら随分楽だなと。何しろ移民の件も含めて輸送量は右肩上がりで、通常の水源だけではとても供給が追いつかない。そもそも海水の淡水化設備だってこの需要をまかなうための苦肉の策なんだよね。今は戦時と言うことで目を瞑っているけれど、これこのままだと絶対採算取れないんだよなぁ。

 

「…一考の価値はあるだろう。少なくとも兵器として使うよりは遥かにな。宜しい、君の意見は理解した」

 

後で追加の資料を送る。そう言って通信を切るギレン閣下。まったく、いつ話しても心臓に悪いな。もう報告とか全部メールで処理出来ないかな?出来ないよなぁ。

そんな埒もない事を考えていた数日後。追加の資料と称して大量の紙束と微妙な顔をしたオカマ口調な少佐殿に率いられた一団がオデッサに転属してきた。微妙な顔したいのはこっちだよ!




ギリギリ間に合った。全てGジェネが悪いのです(責任転嫁

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