起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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さあ、いよいよきな臭くなってまいりますよ?


第百二話:0079/11/07 マ・クベ(偽)とオデッサ

「地球は我々が思うより遙かに広大で過酷だ。物も人も際限なく飲み込んでいく…か」

 

誰の言った言葉だったろう?欧州方面軍本部から送られてきたMS補充要求書をにらみながら、俺はそんな言葉をつい口にした。どこの戦線も100機単位でMS寄越せとか鬼かな?おかげでまた在庫が空になった上、基地の予備機も持って行かれた。当然それでも足りなくて、目下増産中である。まあ、無理も無い。何せオデッサ作戦が近いみたいだからな。ただ、戦力は集結していて欧州の何処かが狙われているんだけど、あちらさんの情報統制が厳しくて、情報部はおろか、俺のオトモダチにも目標地点が開示されていないそうだ。おかげで何処の戦線も自分たちが襲われたらたまらんと、必死に戦力を増強しているのだ。

 

「先日のテストの結果は劇的でしたからね。整備班の連中が悲鳴を上げてましたよ」

 

理由を知らないこともあるだろうが、そう言って笑いながらコーヒーを飲むデメジエール中佐から、以前のような焦燥感は感じられない。折角集めたMT乗りからもかなりの人数が合格してMSに転換したから、正直落ち込んでいるかと思ったが。

 

「俺が落ち込んでいないのが不思議って顔ですね?大佐」

 

「正直小言の一つくらいは覚悟していたよ。どういった心境の変化かな?」

 

そう返せば中佐は笑ってマグカップの残りを呷った。

 

「正直に言えば、寂しい気持ちはありますよ。手塩にかけた教え子で、苦楽を共にした戦友です。ですがね、あの時とは決定的に違うんですよ」

 

マグカップにおかわりのコーヒーを注ぎながら、気負った風もなく中佐は続ける。

 

「開戦前のあの不確かな中、地上でどれだけ戦えるかも解らなかったMSと、今重力戦線を支えているMSでは選択の価値がまるで違う。それに…」

 

「それに?」

 

中佐はもう一度ソファへ座ると、苦笑を浮かべながら続きを口にした。

 

「連中ね、悩んでたんです。折角パイロットになれるってのに、ヒルドルブとどっちが良いかって、真剣に悩んでるんですよ。それだけで、俺は十分ですよ」

 

そう言う中佐に俺は黙ってティーカップを掲げる。現状でもヒルドルブ隊は第二次大戦のドイツ重戦車部隊のように、オデッサを拠点として欧州全域に緊急展開する形を取っている。開戦初頭のように戦線で常に必要とされるほどの需要は今は無く、まとまった数を維持するとなるとMSより場所を取るヒルドルブは、こうした火消し役に落ち着いた形だ。まあ、今後全数退役が決まっているマゼラアタックの代替が残っているから戦場から姿を消すのはまだまだ先になりそうだ。砲兵仕様の件もあるし、案外MSより長生きするかもしれない。

 

「失礼します、大佐。特務遊撃部隊から補給を受けたいと連絡が入っております」

 

中佐とそんなほろ苦い会話を楽しんでいると、困った顔になったウラガンが入室してきた。

 

「特務遊撃隊?どこの隊だ?」

 

ここの所、再編や統合でほとんどの遊撃隊は解体されてるはずなんだけど。

 

「ウルフ・ガー隊です」

 

「…成程。理解した」

 

ウルフ・ガー隊。史実ではマ・クベが地球侵攻作戦に向けて、使い捨ての部隊とするべく編成した特務部隊だ。主な任務は偵察と後方攪乱となっているが、偵察とはMSを使っての威力偵察だし、後方攪乱もHLVで敵地に放り込むとか、コムサイで高高度から落っことすとか、もうどう考えても死ねと言っている任務ばかりである。当然であるが、人員も損耗して問題ない人間…端的に言えば犯罪者やそれに準ずる者で構成されており、特務部隊の中でも特に扱いの悪い部隊である。…ちなみにこっちの世界でも提案、編成を俺がやっている。どうしよう、顔見せた途端刺されたりしないよな?

 

「兎に角、補給の準備を。私も行こう」

 

 

 

 

「まさか補給申請が受理されるとは思わなかったな?」

 

「まだ油断できんでしょ?あれこれ言って物を渡さないなんて、連中の常套手段じゃないですか」

 

マーチン・ハガー曹長の言葉にレスタ・キャロット伍長は鼻を鳴らしながら返す。ウルフ・ガー隊の背景は地球方面軍全体に広まってしまっているので、補給は受けられても最低限、下手をすれば拒否されることもある。

 

「ですが、廃棄コンテナからの補給では限界があります。サキのザクはもう限界だし、予備部品も無い、次に誰かの機体が損傷したらもう直せませんよ」

 

部隊のメカニックを兼任しているレイ・ハミルトン伍長がそう泣き言を漏らす。

 

「定期便そのものがこっちは大分減っているからね。新型とは言わないけど、せめて機体の補充はさせて欲しいわ」

 

「まあ、あとはヘンリーの交渉次第だ。期待して待つとしようぜ」

 

 

その頃部下達の話の種になっていたヘンリー・ブーン大尉は、自身の置かれている状況に困惑していた。

 

(何故、この男が出てくる!?)

 

補給について話が聞きたいと、定番の台詞で呼び出された場所は、まさかの倉庫前で、しかも待っていた男はあのマ・クベ大佐だった。

 

「久しぶりだね、ヘンリー・ブーン大尉。息災のようで何よりだ」

 

ぬけぬけと言い放つ大佐にヘンリーはつい皮肉を口にしてしまった。

 

「お陰様で地球観光を堪能させて貰っていますよ。まあ、タイガと砂漠ばかりでそろそろ飽きてきましたが」

 

「大尉、君たちの腕は信頼している。だがはっきり言おう、君たちの人格まで信用できるほど私は楽観的では無い」

 

申請したリストに目を落としていた大佐は平坦な声でそう応じる。そこには嫌悪も嘲笑も無い。ただ、事実を事実として伝えるという事務的な感情のみがあった。大佐は続ける。

 

「貴官とその盟友であるマーチン・ハガー曹長の件は残念だと思う。あれは誰か人身御供が無ければ収まらん類いの話だったからな。だが、君の部下達は違う」

 

その言葉にヘンリーは顔の傷が疼いたような気がした。かつてキシリア・ザビの親衛隊に所属しながら、反ザビ派のクーデターに加担したと嫌疑をかけられ、政治犯に仕立て上げられたヘンリー。マーチンは無謀な訓練で新兵を8人殉職させたとなっているが、何のことは無い、当時責任者だった軍のお偉いさんが中止指示の書類を紛失したために起きた事故だった。マーチンはトカゲの尻尾にされたのだ。

けれど、他の部下はそう簡単では無い。レイ・ハミルトン伍長は間違いなく訓練学校で同期2名を殺害しているし、レスタ・キャロット伍長はどのような理由があるにせよ、強盗殺人を犯したという事実は事実だからだ。唯一サキ・グラハム軍曹が経歴に傷は無いが、死んだ兄の復讐という、危なっかしい動機で入隊している。

 

「確かに地上に降りてから今まで大人しくしている。だが人間の本質が簡単に変わる事は無い。おのれの名誉を傷つける者を殺せる。家族を守るためなら無関係な他者を襲える。…復讐の為に武器を取る。こうした人間が力を持ったとき、持たざる者へどのように振るまうか、それほど難しい予想ではあるまい?」

 

その言葉に、異を唱えるのは簡単だった。だが、唱えることにどれだけの価値があるのか。動かぬ過去の事実の前に、当事者の口から発せられる言葉は、あまりにも軽い。自然、ヘンリーは拳を握り絞めていた。軍務に忠実であった、部下にも規律を守らせた。だがそれが、規律を破れない環境であったからでは無いかと問われれば、彼自身沈黙以外の答えを持たなかったからだ。

 

「だから証明して見せたまえ、大尉」

 

下をむきかけたヘンリーへ向かい、そんな言葉と同時にファイルが放られる。慌てて受け止めてみれば、補給申請書にサインがされていた。ただし、一点だけ訂正がされている。

 

「悪いがウチには、ザクの在庫は無い。稼働機はアジアとオーストラリアに送ってしまったし、残っているのは整備隊が使っている物だから渡すわけにはいかん。だから君たちには今後、ドムに搭乗してもらう」

 

「…は?」

 

「ああ、安心したまえ、転換訓練についてはこちらから司令部に連絡しておく。訓練期間中、君の隊はオデッサ預かりになる、後で基地内用のパスを用意するから受け取りに来るように」

 

話の変化について行けず、ヘンリーは思わず困惑の声を上げた。

 

「あ、あの大佐殿?」

 

「何かな?」

 

変わらぬ鉄面皮で応える大佐に、ヘンリーは改めて確認するべく口を開く。

 

「先ほど大佐殿は我々を信用していないと仰いました。しかし、今のお話ではオデッサへの帰属に、機体の更新を許可して頂いているように聞こえるのですが?」

 

そう問えば、大佐は初めて表情を崩し、不思議な物を見る目で聞き返してきた。

 

「そう言っているつもりだが、別の命令に聞こえたかね?」

 

「訳がわかりません!信用していない私達に何故そのようなことをするのです!?」

 

ヘンリーの叫びに、大佐は先ほどの表情のまま、再び応えた。

 

「当然だ、たかが紙切れ数枚の報告で相手が解るわけ無いだろう?故に、今の私は君たちを信用しない。先ほど私はこう言ったぞ?人の本質は簡単には変わらない。だがそれは容易ではないが変化すると言うことだ。ヘンリー・ブーン大尉。君たちは地上で、過酷な戦場を生き抜いて、何も変わらずにいるのかね?」

 

意地の悪い笑みを浮かべる、信用されたいのなら、その行動で証明して見せろ。言外にそう語る大佐へ、ヘンリーは敬礼を返す。そこにははぐれ部隊の隊長はもう居なかった。

 

 

 

 

今更ザク寄越せとか何の嫌がらせかな?消耗部品は整備隊用に生産しているけど、もうライン自体は閉じちゃってるから新規で寄越せとかゲルググ準備するより手間なんですけど。まあ、そんなこと前線の人には解んないよね。とりあえず一番確保しやすいドムに乗り換えて貰うとして、暫くは基地に滞在させてある程度ガス抜きしておこう。ついでにオデッサでちゃんとしてましたよってユーリ少将あたりに話せば、他の基地の対応もいくらかマシになるはずだ。ウチでしかまともに補給受けられないとか非効率にも程があるからね。一応釘も刺したし、いきなり問題は起こしたりしないだろう。

…なんて気楽に構えていたら、欧州方面軍司令部から連絡がありまして。

 

「機体更新するなら、ついでに部隊再編でお前のところで面倒見ろ、代わりに増員予定だった守備隊の件はチャラな?」

 

などと鳥の巣頭が言いやがりまして。それ聞いたウラガンとイネス大尉が、

 

「また拾ってきたのですか?返してきなさい」

 

とか言いまして。少々、まあまあ、それなりにゴタゴタするのだが、このときの俺は知るよしも無かったのだ。




でも平常運転。

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