起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百九話:0079/11/17 マ・クベ(偽)とオデッサ作戦―2―

「へっ、呆れるような物量だね」

 

日の出と共に始まった連邦軍の攻撃は、港湾施設と市街地を傷つけぬよう細心の注意の払われたものだった。それ以外は全てを灰燼に帰す勢いではあったが。

 

「まったく、オデッサの魔法使い様々だな」

 

ジャイアント・バズのスコープを利用して状況を確認していた兵士がそう返した。彼らは欧州の北方方面軍に所属する兵士であり、今現在更地に均されている海岸の防衛を指示された部隊の一員だった。もし、オデッサからこの地域への攻撃が警告されていなかったら、あるいは、その後誘引することが提案されていなければ、間違いなく自分たちはあの火力と正面からぶつかっていたと言う事実が、安堵と共に今の軽口を誘発していた。

 

「来たぞ」

 

たっぷり30分掛けて行われた準備砲撃の後、航空機の援護の下、揚陸艦が次々と海岸に殺到する。砲撃を免れた幸運なトーチカや市街地の屋上に設置された対空砲が健気な反撃を行うが、次々と投下される爆弾によって無力化されていく。

 

「こりゃだめだな」

 

幾つかの揚陸艦が触雷し座礁したり、吐き出された61式戦車が生き残っていた地雷で吹き飛ばされるが、全体の数からすれば、正に微々たる損害だ。

 

「連中が市街地に入ったら合図だ、間違えるなよ?」

 

「了解」

 

返事をした兵士は、市街地に敵が十分入ったことを確認するとドムの左腕を操作し、信号弾を打ち上げた。

 

「よし、逃げるぞ!」

 

敵を前に、戦いもせずに背を見せる。軍人として無能にも見える行動を取りつつ、彼らはしかし、笑顔のままだ。

 

「まあ、最初くらいは花を持たせてやるとするさ」

 

捨て台詞を残し、兵士達の操るドムは、連邦軍に見とがめられることなく撤退していった。

 

 

 

 

「報告します。パウル少将より入電!第35師団は橋頭堡を確保、損害は軽微!引き続き地点の防衛及び索敵を継続する、以上です!」

 

その言葉に控えていた参謀達が安堵の溜息を漏らすと、口々に好き勝手なことを言い始める。

 

「まずは成功、ですな」

 

「これで、ゴップ大将の警告は杞憂だったと証明されました。閣下、進撃のご指示を」

 

「連中はこちらの陽動にかかりました。この上は迅速な行動こそ作戦の趨勢を決定します、閣下!」

 

「しかし、あまりに簡単に過ぎないか?こちらが上陸するのをまるで妨害できていないではないか。何か裏があるのでは?」

 

「だがこちらの陸上戦力をみすみす上陸させるメリットは無い。ならば本当に迎撃したくとも出来なかったのではないか?事実多少は抵抗があったのだろう?」

 

「その抵抗も急ごしらえのトーチカと地雷原だと言うではないか。明らかに手抜きの戦力だぞ?やはり何かあるのでは…」

 

「事前偵察によれば、ある程度の港湾施設のある港は全てこれらが増設されていたそうだ。つまり連中はこちらの進撃ルートを読めていないし、何よりこちらが本命だと気付いていない」

 

「例の欺瞞情報に上手くかかってくれたか」

 

「エルラン中将の方は揚陸すら手間取っているそうじゃないか。戦力を完全に囮部隊へ差し向けているとみて間違いあるまい」

 

「決めつけるのはまだ尚早だ」

 

静かに、だが通る声でヨハンは告げる。

 

「作戦は最初も最初、我々はまだ欧州に足すら付けていない」

 

それに、あの男が易々とこちらの策にはまるとも思えない。口にこそ出さなかったがヨハンは胸中でそう付け足した。

 

「兎に角確保出来たのなら各部隊の揚陸を開始させよう。強力な陸戦兵器も運んでいる内はただの的だからね」

 

そう言って望遠モニターに映る町並みに視線を向けた途端、激しい炎と巨大なキノコ雲がモニターを焼いた。唖然としてそれを眺めていると、幾らか遅れて爆発音が届いた。

 

「なっ!?」

 

言葉に詰まっていると、慌てた様子でオペレーターが駆け寄り、参謀の一人にメモを手渡す。それを見た参謀は肩をふるわせながら、怒りを押し殺した口調でヨハンに報告をしてきた。

 

「報告、いたします。先ほどの爆発は敵の仕掛けたブービートラップとのことです。市内のあちこちに仕掛けられている模様。安全確保のため、今暫くお待ち頂きたいとの事です」

 

「パウル少将に伝えてくれ。まだ始まったばかりだ、焦らんように、とな」

 

結局、その後揚陸するまで3時間を要する事になり、その間繰り広げられる参謀の実の無い議論にヨハンは大いに悩まされることになるのだが、沈黙を貫く以外にヨハンは選択肢を持たなかった。

 

 

 

 

「まずは予定通り、と言うところでしょうか?」

 

報告書を読み上げ、そんなコメントを添えてくれるウラガンに俺は黙って頷いた。

 

「集積した物資を運ぶ都合上、どうしても相応の規模の港湾施設が必要になる。大部隊になればなるほどな。レビルはあれで堅実な戦いを好むからな、安全が確保されるまで全ての部隊を安易に上陸はさせない。先行する部隊もその分足が鈍れば、それだけ彼らが罠に飛び込んでくれる確率が高まるというものだ」

 

「掛かるでしょうか?」

 

「来るよ、間違いなくね」

 

戦い、と言うよりも人間には流れや勢いがある。そして動く人員の数が増えるほど、それを統制する事は難しくなるものだ。たとえレビルが危険を察知したとしても、大多数の指揮官を騙せれば、攻勢を止めるという選択肢は採れなくなる。どうせ出撃前に散々檄を飛ばしているだろうしな。

 

「連中は必殺を狙ってその巨躯を動かした。だがその巨体こそが自らの首を絞める。物量戦に持ち込もうと考えた時点で、彼らは失敗しているのさ。アレでは頭が止まろうとしたところで、手足が勝手に動いてしまう」

 

連邦軍は強い。特に個々の連絡が十分にでき、少数で有機的に動けるような状況を整えられたなら、ジオン軍は為す術もなく食い散らされていただろう。その意味で言えば、物量戦しか選択できなくなっている時点で、彼らの強みの半分は潰せている。まあ、その半分でも史実では蹂躙されたわけだが。

 

「しかし、指揮官はあのレビルなのでありましょう?流石に最高司令官の言ともなれば、従うほか無いかと」

 

「そうなれば、戦うことすらなく、レビルは表舞台から消える。この戦いが始まった時点で、彼らは欧州に分け入らずに帰るという選択肢を自ら潰しているのだよ。将の都合で背水の陣とは、いやはや、連邦の兵には同情を禁じ得んな」

 

最悪、あの勘の良い髭爺がNTのような感性でこちらの罠を看破したとして、強権を発動して逃げたとしてもだ。その場合連中はあれだけの兵員を動かしておいて、碌な戦果も挙げずに逃げ帰る事になる。もちろん士気は下がるだろうし、行動に消費した資材も人員も完全に無駄にする事になる。ついでに付け加えるなら既にゼーフント付の潜水部隊をバルト海に移動させたから、万一撤退するにしても、さぞかし愉快なことになるだろう。つまり逃げ帰っても髭爺は引きずり下ろせる。戦死よりも効果は薄いだろうが、それでも和平派が勢いづくのに十分な要因になるだろう。

 

「精々、久しぶりの欧州を堪能して貰おうじゃないか。たっぷりとな?」

 

 

 

 

漸く上陸の叶ったヨハン達を待ち受けていたのは、頭の痛くなる報告だった。

 

「空港施設は軒並み破壊されております。格納庫すら機能しておりません」

 

「市街地の掃討は完了しました、こちらも大型の施設はインフラのみならず施設そのものも破壊されています。接収は困難かと」

 

「港湾施設ですが、倉庫は無事でしたが、クレーンがどれも爆薬を仕掛けられております。現在解除作業を続けて…」

 

そこまで言ったところで、港湾区画から爆発音が轟いた。

 

「…焦らなくて良いから、確実に解除するよう徹底させてくれ」

 

ヨハンは顔を覆いたくなるのを懸命にこらえながら、そう指示を出した。

 

「敵はハラスメントに頼っております。先行しておりますパウル少将からの連絡でも、殆どの部隊が碌に交戦もせず後退していくと。ただ、撤退時に地雷等の嫌がらせは受けているとのことです」

 

「では、予定地点までの進出は難しいか」

 

スクリーンに映し出される地図を見ながらそうつぶやくと、別の参謀が端末を操作しながら口を開いた。

 

「はい、いいえ閣下。35師団は当初の予定通りに移動しております。このまま行けば想定通りに進出可能です」

 

「どう言うことか?」

 

「はい、敵の抵抗が想定より少なく、その分早く進めているとのことです」

 

「想定よりも、少ない?」

 

怪訝な顔になるヨハンに対し、報告をした参謀が続ける。

 

「当初の想定では、敵がこちらの囮に掛かっていないことを前提としておりましたから、現在の状況は不自然ではないかと考えますが」

 

「エルラン中将は何か言ってきているか?」

 

その言葉に別の参謀が応じる。

 

「はい、揚陸した第32師団が敵長距離砲により甚大な被害を受けたと。どうやら連中、ダブデも向こうへ回しているようです」

 

その言葉に興奮の混じった小さな歓声が上がる。ジオンの陸上戦艦であるダブデの存在は、欧州を打通する上で、極めて大きな障害だと考えられていた。それが、囮部隊の方へ現れたのだ。

 

「ダブデの機動力はビッグトレーの凡そ半分。我々を阻みたくとももはやこちらへ向かうことは叶いません。航空機による報告では少なくとも2隻が確認できています」

 

「閣下!これはまたとない好機です!今のうちに35師団に陸上打撃群を合流させ、一息に敵防衛線を打通するべきでは!?」

 

積極的な攻勢を進言する作戦参謀に対し、渋面を作ったのは航空参謀だった。

 

「待ってくれ、先ほど報告にあった通り空港が破壊されていてエアカバーが出来ない。航空機の支援無しに徒に突出しては、敵の思うつぼだ。連中、もしかすればそれを狙って空港を破壊したのかもしれん。陸上打撃群はこちらの最高戦力だからな」

 

上手い言い方だとヨハンは航空参謀の評価を上げる。単艦でも相応の防空能力を持つヘビィ・フォーク級ならば多少の航空攻撃に対しても十分に対応できる。しかし、ガウクラスの空爆に耐えるのは難しいし、何より例のデカブツの件もある。

 

「航空参謀の言う通りだ。私も艦の性能は信頼しているが過信は良くない。第一オデッサはあのアッザムが初めて目撃された場所だ。油断は出来ん」

 

ここの所北米とアフリカでしか目撃情報は無いが、色々と引っかき回してくれたあの男のことだ、何機か隠してタイミングを窺っていないとも限らないとヨハンは考えた。

 

「スケジュール通りに進んでいるなら、問題ない。焦らず、確実にいこう」

 

まずは、確実に足下を固める。そう胸の内で決定しつつ、ヨハンは帽子の位置を正した。戦いは始まったばかりである。




まだだ、まだ焦る時間じゃない(フラグ

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