起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百二十七話:0079/11/25 マ・クベ(偽)と祭りの後

否が応でも世界は廻る。目を開けたら横になっていて、知らない天井を見上げていました。どっかのナイーヴな少年ごっこをする間もなく、気がついた看護師さんがダッシュ、先生襲来、怒濤の診察を終えるとにっこり笑って先生が一言。

 

「過労ですから本日は一日お休み下さい」

 

そいつはとっても魅力的な提案だね、だが却下だ。戦闘の主導権は欧州方面軍に移ったとはいえまだ作戦は継続中だ、指揮官がのんびり寝ていていい時間じゃない。そう言って起き上がろうとした瞬間、先生は笑顔のまま俺の肩を掴んだ。馬鹿な!?体が動かん!

 

「先生?」

 

「健康に問題があれば、兵士の行動を制限する権限が軍医には与えられています。無論、司令官であっても例外ではありません」

 

あかん、目が笑っていない。

 

「…了解だ、先生。今日は大人しくしている、それでいいかな?」

 

「私が回復したと判断するまでです」

 

有無を言わさぬその台詞に、俺は黙って両手を上げて降参を示した。

 

 

 

 

「では、肉体に重大な欠陥が生じたという訳ではないのだな?」

 

繰り返し念を押す最高権力者に、いつも通りの声音でウラガンは返す。

 

「はっ、過労による一時的なものとのことです。念のため精密検査をしておりますが、間違いないと診断されております」

 

ウラガンの物言いに何がおかしいのか冷笑を浮かべたギレン・ザビ総帥は手を組んだまま言葉を発した。

 

「うむ、奴も人の子だったか。宜しい、オデッサ基地の指揮は暫く貴様が代行しろ。それから検査結果は総司令部へ上げるように。ではご苦労だった、大尉」

 

言葉と同時に消えるモニターへたっぷり二秒かけて敬礼を続けた後、ウラガンは大きく息を吐いた。

 

「やれやれ、全く我が大佐殿は人気者だな」

 

状況の報告を入れて半日も経たない内に、まさか総帥から確認の連絡が来るとまでは予想が出来ていなかったウラガンは、もう一度深呼吸を行い心拍数の制御を試みる。

 

(しかし、今回は肝が冷えた)

 

これまでも幾度かそうした場面はあったが、今回のように目の前で倒れられるというのは衝撃の度合いが違う。イネス大尉が冷静に動いてくれなければ、まだオデッサは混乱していたかもしれない。

 

「これでは副官失格だ」

 

それどころか、ウラガンはオデッサ基地の副司令でもある。大佐に万一があった場合、基地の統括を任される立場であり、その権限は大尉でありながら、戦闘部隊の指揮官であるシーマ、デメジエール両中佐やガデム少佐よりも上位に位置するのだ。その自分が肝心なときに動けていなかったと言うのだから笑えない。これ以上の無様はさらせない、そう気を引き締めながら指揮所へ戻ると、イネス大尉とガデム少佐が話し合っていた。

 

「おう、お疲れさん」

 

「少佐、お加減は宜しいのですか?」

 

そう問えば、ガデム少佐は面白く無さそうに鼻を鳴らした。

 

「ふん、この程度怪我の内に入らんよ。それより大佐はどうなんだ?」

 

「過労だそうです。精密検査も今のところ異常は見当たらないと」

 

「油断したな」

 

「はい」

 

考えるまでも無くオーバーワークであった大佐を、基地の誰一人として諫めることは無かった。それまでの言動や行動から、本当にダメならば自ら口にすると、誰もが思い込んでいたからだ。

 

「大事になる前に解ったのは幸いでした。今後は監視を強めると同時に、万一の場合に備えておく必要がありますね」

 

端末を操作しながら告げてくるイネス大尉の言葉の意味を正確に受け取ったウラガンは顔を顰めた。言外に今回の醜態を諫められたからだ。

 

「お見苦しいところをお目に掛けました。今後はそのようなことが無いよう努めます」

 

「それも大事だが、そもそも大佐がぶっ倒れる状況が悪いんだ。日頃からもう少し業務を分散すべきだろう」

 

ウラガンの謝罪にイネス大尉が応じる前に、ガデム少佐がそう口を挟む。確かに緊急時を想定することは大切だが、そうならないよう普段から対処するのは重要だ。

 

「そうなりますと、もう少し裏方が欲しいですね。私とウラガン大尉だけでは余裕がありません」

 

イネス大尉の発言に、ガデム少佐は腕を組んで唸る。

 

「確かに。鉱山基地の運営だけでもかなりのものだし、何より生産と開発まで含めるとな…。なあ、うちの大将はなんで大佐なんだ?明らかに役職と業務が釣り合っとらんぞ?」

 

「…総司令部に掛け合ってみましょう。問題が発生した以上、司令部も理解を示してくれるでしょう」

 

露骨に視線と話題をそらすイネス大尉に、ウラガンは迷わず続いた。

 

「そうですね。参謀とまでは言いませんが、何人か事務官を派遣して貰うだけでも違うでしょう。直ぐに連絡してみます」

 

「お、おい?お前ら?」

 

ガデム少佐の言葉に答えず、二人はそそくさと自分の仕事へ戻る。世の中には言わない方が良いこともあるのだ。

 

 

 

 

端末から報告書まで全て取り上げられた俺は、ぼけっと窓の外を眺める。天気は生憎の曇りで、この時期らしいどんよりと重たい雲が一面を覆っている。そういやコロニー落としの影響で粉塵とか大量に舞い上がったはずだから、これから下手すると数年は冷夏になるんだよな。下手しなくても飢饉とか発生するんじゃねえの?

 

「食料の補填、住居の再建、しかもまだ続く戦争か」

 

おまけに今回は一発だけとはいえ核が炸裂したからな、東欧の穀倉地帯にも影響があるだろう。そうなると、今回直接損壊しなかった地域も補償しないと不味いよな。下手に被爆者なんて出たら、今までの苦労が全部無駄になる。

 

「取敢えず、MSか何かが誘爆したことにして帰還制限か?」

 

MSと言えば概算だけど今回の作戦で喪失した機体数出てたんだよな。確か、全部で319機。実に1個師団分のMSがスクラップにジョブチェンジしてくれたわけだ。

 

「それより痛いのが、戦没者だな」

 

死者数、28938名、投入された師団数と、対峙した敵の数からすれば奇跡的とも言える少なさだ。作戦は大成功と言っても良い位に終わっているのは、報告してくれたイネス大尉の興奮した面持ちからも理解できた。だが、それで彼らが生き返るわけではない。

 

「いかんな、天気のせいか?」

 

どうにも気持ちが持ち上がらない。それだけでなく手持ち無沙汰のせいで思考だけが空回りする。窓の外の寒々しい曇天が、物言えなくなった誰かの批難を形にしたようだと感じる。

 

「…寝るか」

 

多分、気が抜けてしまったのだ。そのせいで疲れが出て、その体の不調に精神が引きずられているに違いない。ならば、まずは体力を回復させる。そうすれば、このささくれだった苛立ちも、無力感も少しは消えてくれるだろう。

 

 

 

 

「勝ったな」

 

宇宙攻撃軍、そして地球方面軍からの報告を読み終えたギレン・ザビは口角をつり上げながらそう呟いた。目論見通り欧州方面軍はオデッサの防衛に成功し、同時に宇宙攻撃軍はルナツーを陥落せしめた。宇宙の勢力図は完全にジオンに染まり、地上もその大半を押さえた。

 

(誤算は奴が倒れたことだが。まあ、ここからは最悪奴抜きでも何とかなるだろう)

 

マ大佐自身は数日で復帰できるにしても、戦火にさらされたオデッサ基地の再建はそうはいかない。周辺住民への補償も含めるならばそれこそ年単位の時間が掛かってもおかしくないだろう。しかし圧政ではなく、善政をもって統治しようと考えるならば必要な経費だ。

 

「しかしレビルめ、やってくれる」

 

意図したことではないだろうが、それでもあの一発は軍に大きな波紋をもたらした。今のところ、不幸な事故、MSの動力炉誘爆という言い訳で済ませることになっているが、もし真実が知れ渡れば世論を押さえ込むのは難しくなる。そうなれば後はなし崩しに南極条約は反故となり、その先に待っているのは人類絶滅への一本道である。

 

「使った側でなく使われた側が配慮せねばならんとは、皮肉なものだ」

 

だが老将は死に、残る主戦派で彼に代わる人材はいない。ならば早晩、連邦は交渉のテーブルにつくだろう。ずるずると引き延ばされた戦争の終わりを予想し、ギレンは自然と頬を緩めた。


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