起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百二十九話:0079/12/04 マ・クベ(偽)と準備

朝の冷えも一段と強まるなか、皆様如何お過ごしでしょうか?マです。オデッサは本日も相変わらずの曇り空、吹き抜ける風は冷たく乾燥していて、びっくりするくらい外に出たくありません。でもワタクシ、基地司令ですから、そうも言ってられない事もあるのです。

 

「全く、こんなもの預けられても困るのだが」

 

ため息を吐きながら、基地の最外苑に設けられた施設を眺める。施設なんて言っているが、そこにあるのは大量のテントとそれを囲むように建てられた有刺鉄線を使ったフェンスだ。そう、ここはオデッサ作戦で降伏した捕虜達の収容施設だったりする。知っての通り作戦は一応成功したわけだが、ここでちょっとした誤算があった。

 

「既に第一、第二収容所は収容限界。仮設も間に合わず、取敢えずテントで雨風を防いでいるが…。本国の回答はどうか?」

 

連邦軍は先の作戦で、こちらが想定していなかった浸透戦術を行ってきた。それによる直接的な被害は軽微だったが、問題はこちらの作戦が成功した後だった。予定ではもう少し纏まって後退している筈だったのだが、こちらの勢力圏に深く食い込んでしまったが為に、多くの部隊が師団や旅団規模で、酷い部隊だと大隊規模で撤退不能に陥ってしまった。中には文字通り全滅するまで戦った部隊もいたようだが、殆どの部隊は退路を断たれた時点で降伏、結果として我が軍は100万に達しようかという捕虜を抱え込む事になってしまった。最大の失敗はグディニャで輸送船を片っ端から沈めたことだな。あれで撤退が遅れて殿をしていた20個師団近くが降伏してきた。追撃したのは欧州方面軍だから、捕虜も欧州方面軍で面倒を見るもんだと思っていたら、ここで安定の鳥の巣頭登場である。

 

「どうせ基地の再建で区画整理するんだろ?こっちからも工兵派遣するから収容所そっちに作ってくれ」

 

そら纏めて作った方が効率良いけどさ!ご丁寧に総司令部の許可まで取り付けて居やがったから拒否も出来ん。哀しきは宮仕えの身よ。

 

「準備は進めているようですが、難しいでしょう。移民用のコロニーですら不足していますから」

 

眉を寄せて報告してくれるイネス大尉に、俺は溜息を吐きながら言葉を返した。

 

「そうか、しかし困ったものだな」

 

南極条約で捕虜の扱いは定められていて、当然虐待や拷問は出来ない。嗜虐趣味なんてないから好き好んでしたいとは思わんが、ここで重要なのが虐待に強制労働が含まれることである。大昔なら鉱山とスコップ鶴嘴辺りで仲良くして貰えただろうが、上記の理由からそれも出来ない。つまりオデッサは、100万人規模の無駄飯食らいを抱え込んだことになる。更に恐ろしいのは、間違いなく今後も捕虜が増える事である。何せいまだに潜伏、逃走している部隊が居るからだ。折角直してるのにサボタージュされたり、最悪帰郷させた市民相手に略奪なんぞされたらたまったものではない。治安維持も支配者の大事なお仕事だ。

 

「取敢えず、簡易宿舎の追加を陳情するか」

 

捕虜を凍死させましたなんてなったら、総帥閣下に何を言われるか解ったもんじゃ無い。冬期装備を配布していなかった連邦軍を恨みながら、俺はもう一度溜息を吐いた。そういえば移民で思い出したけど、核の被害は思っていたよりも遥かに軽微で、幸いにして俺が思っていたような穀倉地帯への被害や、汚染による帰還困難者とかは出なかった。それでもワルシャワは壊滅状態だし、リヴィウなんて文字通り更地にされたからな、復旧には年単位の時間が掛かる上、冬期に入った今の状況で仮設住宅暮らしは堪えるだろう。それぞれの市長さん達に謝罪と説明をしたら、結構多くの住民から宇宙移民の申請があった。まあ、仕事も住む場所も補償されるわけで、いつまた戦火に晒されるか解らない故郷よりマシだと考える人も居るだろう。そうでなくてもこのまま順調にジオンが勝利すれば、地球居留者への風当たりが強くなっていくことは間違いないのだ。ならば出来るだけ早く宇宙へ移った方が安全だという判断かもしれない。

 

「移民の方が当然優先だからな、暫く連邦将兵諸君には耐えて貰おう」

 

 

 

 

「トラヴィス中尉、お戻りになっていたんですね!」

 

その声に一瞬体を強ばらせたトラヴィス・カークランドであったが、それをおくびにも出さず笑顔で振り向いてみせる。声の主は違わず、トラヴィスがその生存を切望した人物だった。

 

「おう、久し振りだな曹長。お互い無事で何よりだ。ん?悪い、昇進したんだな。おめでとう少尉」

 

真新しい階級章に目を細めながら、そうトラヴィスが祝いの言葉を口にすると、階級章の持ち主であるヴィンセント・グライスナー少尉は照れくさそうに笑顔を浮かべた。

 

「はい、ありがとうございます。と言っても自分は、ガデム少佐殿の尻にくっついていただけなのですが」

 

「生き延びているだけで上等さ。…死んじまったら、何もできないんだからな」

 

降伏後、今作戦におけるヴィンセント少尉の任務について基地司令から伝えられていたトラヴィスは、苦笑しながらそう口にする。トラヴィスの思考は、基地司令との会話に引き戻された。極めて危険な戦いだった。そう前置きを置いて説明する大佐の顔は、信じられないことに強い後悔があらわれていた。

 

「君との約束を破る形になった。本当にすまない」

 

謝罪の言葉が飛び出たときは、最早何が起こったのか解らなかったほどだ。思わず真意を尋ねれば、不思議そうな顔で大佐は答えた。

 

「君と私は約束をした。約束とは契約だ、ならばそれを守るのは当然のことだろう?」

 

あまりに当然の事のように喋る大佐を見て、トラヴィスは益々混乱する。

 

「…まさか、あんたは本当に約束を守るつもりだったのか?」

 

そう口にすれば、大佐は眉を寄せて答えた。

 

「当然だろう、第一取引を持ちかけたのは私だぞ?私は悪人だが、それ故に契約の重要性は理解しているつもりだ」

 

随分とお人好しな悪人も居たものだ。その時の大佐の顔を思い出し、こみ上げてきた笑いを堪えていると、不思議そうな顔になったヴィンセント少尉が問うてきた。

 

「中尉?どうされたんですか?」

 

「ああ、愉快な大佐殿を思い出していたんだ。良かったな、少尉。兵隊の最大の不幸は上官を選べないことだが、幸いにして俺たちの上官はまともな部類だ。随分と変わり者だがな」

 

「その点は完全に同意致します。中隊規模の戦力と互角にやり合える一個人など、同じ人間かも疑わしい」

 

「おいおい、上官侮辱は良くないぞ?聞かれたらどうするつもりだ?」

 

「正論だな、問題は既に私が聞いていることだが」

 

笑おうとした顔が引きつるのを自覚する。振り返ればそこには想定通りの人物が立っていた。

 

「歓談中の所すまないが、君の連れてきた連中について相談がある。良いかな中尉?」

 

笑顔で問う大佐に対し、トラヴィスはただ頷くことしか出来なかった。

 

 

 

 

上官の悪口は軍の定番とは言え、注意してほしいものである。古き良き時代ではないので鉄拳制裁なんかはしないけど。執務室のソファに向かい合って座ったところで、俺は溜息交じりに中尉へ告げた。

 

「中尉、意見交換を止めるつもりはないが上手くやってくれ。聞いてしまったら咎めん訳にはいかん」

 

大体なんだよ、人間じゃねぇって。強化ガラスより繊細な俺のハートが傷つくじゃないか。

 

「はっ!申し訳ありません」

 

皮肉を言ったらすっごい真面目に返されたでござる。大佐知ってるよ、これ絶対反省してないやつだ。まあ、作戦指揮への懐疑や、方針への不満でなければ、騒ぎ立てるほどのことでもない。この程度許容してみせるのも上に立つ人間の度量の内だろう。

 

「宜しい、では本題だ。君たちが持ち帰ってくれた機体は量産型を除き、全て本国での解析に回す。幸い先の作戦で量産機の部品はそれなりに回収できているから、君たちには残した機体でアグレッサーを務めて貰う」

 

「アグレッサー…、まさか実弾演習の的になれとかは言いませんよね?」

 

こやつは俺のことをなんだと思ってんだ?

 

「心配しなくとも普通の任務だよ。まあ、それなりに風当たりは強いだろうが、少なくとも前線で戦うよりは安全だろう。ついては君を特務少佐に任ずる、連れてきた連中は君に預けるから上手くやりたまえ」

 

特務少佐というのは、言ってしまえば限定免許みたいなものだ。基本的な権限は元の階級のまんまだが、専任している部分、今回のトラヴィス中尉であれば、アグレッサー部隊としての任務においてのみ少佐相当の権限を与えられると言うものだ。正式な任官と違って、俺みたいな基地司令や艦隊司令なんかが任命出来るという使いやすさの反面、給料は元の階級と変わらないという、軍の暗黒面を垣間見ることができる制度である。ウラガンが作ってくれた名簿を見ながらそう告げたら、何やら複雑な表情になるトラヴィス中尉。いや、気持ちは解るが、流石に佐官にはねじ込めないぞ?

 

「大佐は、俺たちがまた寝返るとは思わないので?」

 

「あるいは、私を騙してダブルスパイを働くとかかね?」

 

そう言って俺は腕を組む。正直彼らの能力ならそれくらい出来るだろうが、出来るとやるには大きな乖離がある。そして彼らの現状を考えれば、その答えは明白だ。だから俺は笑いながらそれを告げる。

 

「確かに君たちの能力ならそれも可能だろう。だが、それで君たちにどんな利益がある?」

 

今の状況で連邦軍に与するにしても、彼らへのリターンはあまりにも少ない。無論法外な報酬でも用意すれば解らないが、少なくともトラヴィス中尉に関して言えば、金銭や地位より明確に優先するものがある。故にそのカードがこちらの手の内にある以上、彼が寝返るという選択肢は存在しない。そして察しの良い中尉が、連帯責任を理解できていない訳がなく、その状況で共にこちらへ身を寄せたと言う事実が全てを語っている。

 

「以前、信用するが信頼はしないと言ったね?訂正しよう、君の人となりを私は信頼している。だから君は裏切らないと私は確信する」

 

ドヤ顔で言い放つと、トラヴィス中尉は諦めた笑みを浮かべ両手を上げた。


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