起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百三十一話:0079/12/09 マ・クベ(偽)とこれから

「これで捕虜の移送計画は一段落か」

 

一仕事を終えた気持ちになり、俺は大きく息を吐いた。オデッサ近郊に収容所を3つ作ったものの、10万人も収容したらあっさり限界を迎えたもんで、この方法じゃ無理だと悟った俺は、移民に伴って放棄された町や村を幾つか整備、町をまるごと収容施設にすることで解決することにした。え、脱走?周囲をぐるっと30メートルほどの空堀にしてあるから、出入り出来るのはゲートのある正門だけですよ?アッグは偉大なり。連日かり出されていくお嬢さん方の目は死んでいたが。後は欧州方面軍に怒鳴り込んでアナトリア半島の居留区に収容所を併設させた。輸送船の中に詰め込んどけば良いんじゃね?とか恐ろしい提案もあったが、貴重な艦艇をそんなことに使えるかと却下した。つうか、洋上に護衛も無く輸送船なんか放置してみろ、連邦空軍さんが喜んで爆撃に来てくれるぞ?あれ?もしかしてこの提案ってそういう…。うん、見なかったことにしよう。

 

「ウラガン、収容所の状況はどうか?」

 

「今のところ問題は起きておりません。ただ、監視の兵達の間で不満が出ております」

 

「それは、仕方が無いな」

 

監視を担当しているのは、欧州方面軍から借りている歩兵部隊だ。当然先の作戦に参加した部隊だから、色々と思うところもあるだろう。

 

「仕方あるまい、欧州方面軍に追加を要請しよう。ローテーションを長くして兵の休憩時間を増やす。それと本国に連絡だ、可能であれば慰問団を幾つか派遣して貰おう」

 

捕虜虐待なんかされて、下手に暴動でも起こされたらたまったものじゃない。

 

「暫くは注意しておいてくれ」

 

そう言って俺は次のファイルを開く。それはフラナガン博士からの報告書だった。先日銀髪ちゃんことフランシス・ル・ベリエさんとオデッサに戻ってきた彼は、精力的に基地に残っていた子供達のメンタルケアに努めている。ハマーン程では無いものの、それなりに素養のあった子供達の中にはEXAMにあてられて不安定になっている子も多く居るようだ。ケアについてはまったくの門外漢なので、とにかく博士が必要だと言うものは優先して取り寄せている。大体は玩具や本なので大した負担にもならんしね。報告の内容はザメルが正式に完成したことと、アデルトルートさんが装甲材について実験がしたいというもの、それから件の子供の中にシミュレーターに搭乗するのを拒絶する子が出てきたというものだった。うーん、この辺りはちゃんと話し合っておいた方が良いだろう。フランシスさんの経過も気になるし、一度様子を見に行くべきかな?

 

「一度お話に行かれては如何でしょう?」

 

俺が固まっていると、ウラガンがそんなことを言ってくる。なんだ?明日はコロニーでも降ってくるのか?冗談にならんからヤメロ。

 

「残りの案件は基地の再建状況についての報告ですから、私でも処理出来ます」

 

え、マジでどうしたの?

 

「大佐が書類仕事を続けたいと仰るなら、無理にとは言いませんが」

 

そう言われ俺は、そそくさと執務室を後にするのだった。

 

 

「はっはっは、部下に思われておりますな。良いことです」

 

「急に変わられるとそれはそれで居心地悪く感じるのですから困ったものです。どうにも私は素直でないようで」

 

そう世間話をするおっさん達の横で、アデルトルートさんは居心地悪そうにティーカップに口を付けている。その横には柔和な笑みを浮かべながら同じく優雅にカップを傾けるフランシスさんがいた。見た感じ平気っぽいけどどうなんだろう?

 

「ベリエ女史は大分加減は良いのかな?」

 

「大佐、私のことは是非フランシスとお呼び下さい。お陰様で心身共に良好です、その節は格別のご配慮を頂きまして感謝の念に堪えませんわ」

 

そう言って笑みを深めるフランシスさん。話を聞いたらこの人、中々凄絶な人生を送っておられる。お家はオーストラリアの資産家だったのだが、北米をフィアンセと旅行中にコロニー落としで両親が他界。更に避難した先がジオンに占領されたためにフィアンセと連邦の勢力圏に逃走したのだが、その途中であろうことかフィアンセが彼女の金品を奪って逃げた。どうもこの辺りからニュータイプみたいな感覚が出てきて、それで良く口論になったのが遠因だと思われる。んで、捨てられた彼女は何とか連邦の勢力圏にたどり着いたが、身分証やら何やらを全て奪われていた彼女は不審者として拘束される。そして事情聴取中にニュータイプお得意の感性全開な話をしたもんだから精神病院に収監、ニュータイプ研究していた連中に目を付けられ人体実験を施され廃人寸前まで追い込まれたようだ。

 

…思いっきりジオンの被害者じゃねえか!

 

背中に嫌な汗が流れるのを表情に出さぬよう、必死に取り繕ってカップを傾ける。そんな俺を見て益々笑顔になるフランシスさん。正直に言おう、彼女の笑顔が凄く怖い。どう返すべきか悩んでいると、先にフランシスさんが口を開いた。

 

「そんなに怯えられては傷つきますわ」

 

「無理もないでしょう、私はジオンの軍人だ。貴女の話を聞いて怯えぬ者の気が知れません。むしろ何故貴方は私に笑顔を向けられるのです?ジオンが憎くはないのですか?」

 

俺の問いに一瞬驚いた顔になった後、手に持っていたカップへ視線を落としながらフランシスさんはしゃべり出す。

 

「ジオンの方から直接そのような言葉が聞けるとは思いませんでした。…正直に申し上げれば厭う気持ちがある事は確かです。ですが私の大切なものを奪い取ったのは連邦も同じ事。ならばより多くを奪い、その事に罪悪感を覚えている方々に身を寄せた方が賢い選択だとは思いませんか?何しろ今の私は国籍すら存在しない小娘なのですから」

 

「…成程、筋の通った話です」

 

彼女はとても聡明で理知的な人物だ。故に自身の環境を理解し、俺たちにこう言ってくれている。許さない、けれど贖罪の機会を与えてやると。もしこれが許しの言葉だったなら、俺は彼女への疑心を捨てられなかっただろう。全てを奪われて、奪った相手を憎まない人など居ないのだから。

 

「承知しました、フランシス女史。貴女の要望に最大限応えられるよう配慮します。さしあたって何か希望はありますか?」

 

俺がそう聞けば、彼女は少し首をかしげた後、とんでもねえ事を言ってきた。

 

「では、MSの操縦資格を取りたいのでシミュレーターの使用許可をください」

 

「…博士?」

 

思わず半眼になってフラナガン博士の方へ視線を向ければ、気まずそうに視線をそらして博士は口を開いた。

 

「その、ジオン国籍を得るにはどうすれば良いかと相談されまして…。手っ取り早いのが私の研究機関に軍関係者として所属させる事だったものですから」

 

「博士を責めないであげて下さい、大佐。私の希望を聞いて下さっただけなのですから。それにこんな時代ですもの、技術を身につけていた方が良いでしょう?」

 

そう笑う彼女に俺は溜息で降参の意思を示した。

 

 

 

 

「あーっと、フランシスさんのお話も済んだみたいですし、私の方もいいですかね?」

 

微妙な雰囲気となった場を壊すように口を開いたのは、アデルトルート・フラナガンだった。この種の沈黙は長引けば長引くだけ空気が悪くなる。故に少しばかりはしたないとは思いつつも、彼女は空気の読めない風を装って自分の案件へと皆の意識を誘導する。

 

「ああ、そうだな。アデルトルート女史、確か装甲材についての検証試験がしたいとの事だったが?」

 

意図を直ぐ察したのだろう、大佐が直ぐに話へ食いつく。

 

「名目は装甲としたのですが、正確に言えば構造材についての実験になります」

 

「続けてくれ」

 

「現在公国のMSはほぼ全てが超硬スチールを採用しています。開戦前の鉱物資源の供給状況であれば最も無難な選択ですが、それが最適でない事は明らかです」

 

アデルトルートの言葉にマ大佐は腕を組んで視線を下げた。先の作戦で確保された連邦軍側のサンプルはほぼ全てがチタン合金製であった。当然それを知らない訳ではないだろうから、アデルトルートが続けるであろう言葉への疑問を整理しているのだろう。

 

「確かに連邦製のMSはチタン合金製だったな。だがアデルトルート少尉、言っては何だがチタン合金は高額だし、生産量も少ない。元々航空機産業の需要から大量生産していた連邦のようには行かんと思うのだが?」

 

「大佐の仰るとおりです。ですが、それを踏まえましても今から研究を進めることが重要だと考えます」

 

断言するアデルトルートに興味を引かれたのか、大佐は無言で続きを促した。

 

「連邦、そして我が軍でもビーム兵器の普及が進んでいます。今後もこの傾向が変わらないのであれば、現行のような装甲は意味をなさなくなります。そうなればMSの防御手段は回避に重点を置いたものになるでしょう。その場合、超硬スチールは構造材として適していません」

 

体積当たりの強度において超硬スチールにチタン合金はやや劣り、ルナチタニウム合金はやや上回る性能を持つ。問題はルナチタニウムやチタン合金が、超硬スチールの凡そ半分の重量と言うことだ。当然軽ければ軽いだけ駆動系への負担は減るし、推進剤の消費も少なくなる。そして何よりアデルトルートが確信しているのが、今後のMSの進歩の方向についてだ。

 

「ゴッグに採用されていますインナーフレーム構造。今後間違いなくMSの構造はあれが主流となるでしょう。そうなればルナチタニウムの需要は確実に高まります」

 

実は注目されていないのだが、インナーフレーム構造はモノコックよりも遥かに広い可動域を有しているし、装甲を着せる構造である事から、追加のスラスターやアポジモーターを増設するのも容易だ。この特性は機体の運動性を確保する上で非常に大きなアドバンテージとなる。問題は内部容積を確保するためには高強度の構造材が必須であり、そのフレームが機体の重量において大きな比重を占めていることである。

 

「既存のルナチタニウムと比較して、同程度の強度でより生産性に富んだ合金。更に強度の向上を図る合金の二種類を作り出したいと考えております」

 

そう言い切ると、静かに聞いていた大佐は人の悪そうな笑みを浮かべ、懐から端末を取り出した。

 

「非常に興味深い内容だった、アデルトルート女史」

 

言いながら端末を操作した後、アデルトルートへと差し出してきた。

 

「好きな数字を書きなさい。君が必要とする分は私が用意しよう」

 

確実に大事になっていると心のどこかが叫んでいるが、アデルトルートは目の前の誘惑に勝てなかった。


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