起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百三十七話:0079/12/22 マ・クベ(偽)とブラウ・ブロ

「さて、やるか…」

 

仕事を終えて普段ならシミュレーター室へ向かっている時間だが、未だ俺は執務机に向かっていた。先ほどの通信の後、本当に送られてきたブラウ・ブロの資料について確認するためである。

技術部に丸投げしようかとも思ったが、一応名指しされた以上、頭に入れておく必要があるだろう。そもそもあれは実験機の筈だから、実戦配備するのに修正が加えられているかもしれないし。

 

「なんて思っていた事も有りました」

 

記載されている内容は大凡俺の知識と合致していた。分離機構、有線式メガ粒子砲、鈍重な本体を強力なスラスターで強引に駆動。うん、ブラウ・ブロだね。

 

「コンセプトが野心的に過ぎるだろう」

 

サイコミュを使用したオールレンジ攻撃の概念実証機、それは解る。パイロットが貴重だから脱出機構で生存性を確保したのも納得だ。ただ、動作チェックをするだけで良いはずのオールドタイプによる操作機能を態々サブコックピットにしたのは何でかと問いたいし、分離後の独立行動機能を加えた理由もわからん。ついでに言えば、脱出用のブロックである中央部に搭載されたメガ粒子砲。これ、分離後サイコミュユニットが切り離されるから固定砲としてしか使えない上、ジェネレーターも大幅に出力が落ちるから、数発撃つと射撃不能になる。

 

「そもそも、何故脱出ユニットに武装を付ける!?」

 

前世において、富士の総合火力演習を見学した際の事だ。演習後の展示場で偵察ヘリを間近で見る機会があったのだが、その時不思議に思い隊員の方へ質問したことがある。

 

「何故、戦闘ヘリのようにチェーンガンやバルカンで武装しないのか?」

 

同機にはハードポイントがあり、対空ミサイルを搭載出来ることを知っていたため、余計疑問に思ったためであったが、隊員の方の説明は実に納得できるものだった。

 

「偵察機は生きて帰り、情報を届けるのが最も重要な任務です。ところが、人間は心理的に逃げ回る事に強いストレスを感じます。だから戦う手段があると、逃げるより相手を排除しようという方向に思考が向いてしまうのです。だから最初から戦う装備を持たせないのです、そうしたら逃げる以外の選択肢が無いでしょう?」

 

至言である。そしてその方の意見が正しいのなら、脱出ユニットに武装を施すなど論外だ。そんなことをするくらいなら少しでも機体を軽くして、1秒でも早く逃げ出せるよう工夫するべきだ。

 

「ついでに言えばパイロットを逃がさねばならない状況だというのに、分離した他のブロックに継戦能力を付与してどうする?捨て駒にでもする気か?」

 

原作だと確か、他のブロックが破壊された後、生き残っていた右ブロックだけ逃げたんだっけ?実際の運用だとコアモジュール以外に人乗らんのだから、完全に無用な機能だろう。ちょっとやりたいことを詰め込みすぎだ。実験機ならばいいが、これを実戦投入するのは問題だろう。俺は通信機のボタンを押し、イネス大尉を呼び出した。

 

「すまない、本国のネヴィル大佐と話がしたいのだが連絡は付くだろうか?」

 

 

 

 

ネヴィルはここの所気分が良かった。先のルナツー攻略戦において彼が主導したMA、ビグ・ザムが多大な戦果を上げ、更にジャブロー攻略へ投入されることが決まったからである。既に機体は現地に届けられ現在組み立て中とのことであるから、早晩ジャブローはビグ・ザムによって陥落するだろう。自伝に書くべき内容が増えてしまったな、などと考えながら、部下の提出してきた図面のチェックをしていると、通信担当の職員から声を掛けられた。

 

「大佐、オデッサのマ・クベ大佐より通信が入っております」

 

「大佐から?解った、直ぐに出よう」

 

通りかかった部下に通信室へ紅茶を持ってくるように伝えると、ネヴィルは足早に通信室へと入る。チャンネルを繋げば、そこには久しぶりに見る陰気な男が映っていた。

 

「お忙しいところ申し訳ありません、ネヴィル大佐」

 

「いえいえ、他でもないマ大佐の話となれば最優先で聞く必要があるでしょう。今日はどのような御用向きですかな?」

 

何時もとは違う態度に、ネヴィルは気を引き締める。目の前の男は良き同僚ではあるが、同時に油断ならない宿敵でもある。しおらしい態度もこちらの油断を誘う手かもしれない。

 

「実は、ネヴィル大佐に折り入ってお願いがありまして。ブラウ・ブロはご存じですか?」

 

「ええ、存じています。アレが何か?」

 

身に覚えのある名前が出たことで、ネヴィルは訝しげに聞き返した。知っているも何も、ブラウ・ブロの開発チームを統括していたのはネヴィルだ。キシリア・ザビ少将の提唱するニュータイプ部隊が運用することを目的とした、サイコミュ主体の機動兵器。ブラウ・ブロはそのテスト機だ。

 

「ご存じなら話は早い。早急に機体の回収並びに改善を…」

 

「待って頂きたいマ大佐、一体何の話ですかな?回収?それに改善とは?」

 

製造した試作機2機は、それぞれグラナダとペズンでテストをしているが、現地からトラブルの報告は来ていない。第一あれはあくまでサイコミュ兵器のデータ収集を目的としたテスト機で、本命は別にある。そちらも既に1号機はほぼ完成していて、後はパイロットに合わせて機材の調整をするだけだ。かみ合わない会話にネヴィルが待ったを掛けると、同じく察したのであろうマ大佐は、事の発端を端的に説明してきた。

 

「実はあの機体が実戦部隊に配備されるようなのです」

 

「馬鹿な!そんな決定を一体誰が…!」

 

そう言いかけて直ぐにネヴィルは下手人に思い至った。当初2機ともグラナダで試験をするはずであった所を、追加の指示でペズンへ送り出した男。そもそもネヴィルにそんな指示が出せる人物は多くない。

 

(アアールゥベェルトォ!!あの、日和見の昼行灯がぁ!!)

 

事の真相は調べてみれば実に単純だった。ジャブローの攻略が開始され、戦争の終結が現実味を帯びた現在、総司令部内にニュータイプ部隊の創設を強く主張する者達が居た。曰く、ジオニズムの体現者であるニュータイプを陣営に参加させることは、宇宙移民に対する格好の宣伝材料になる他、そうした者達を差配できる立場にジオン軍を置くことで、自らが優良種であることの証明となる。と言うのが彼らの主張である。本当のジオニストに聞かれれば殴りかかられても文句の言えない主張であるが、少なくとも彼らは大真面目にそれを本気で言っている。当初はそれほどでも無かったのだが、ここ1ヶ月ほどは特に精力的に活動していた。ブラウ・ブロや本命となるニュータイプ専用機、エルメスの開発についても彼らから非常に強力な支援があったこともネヴィルは記憶している。彼らはどうしても今大戦中に部隊を創設したいのだろう。なぜなら戦争が終われば確実に大規模な軍縮が行われる。そうなれば部隊の新設など話にもならないだろう。そうなってしまえば、彼らの手からニュータイプ部隊設立の立役者、という功績がこぼれ落ちることになる。それを避けるために部隊としての様式、つまりは人員と装備が揃っている事にして無理矢理部隊を発足させようというのだ。つまりブラウ・ブロは本命が揃わないが故に、間に合わせとして部隊に配備されたのだ。

 

「ああ、つまり?その崇高な使命に燃えたジオン軍人どもの功績の為に間に合わせで送られた機体だと?」

 

「…ここの所、開発本部へかなりの資金や物資が融通されていましたからな。その辺りを交渉材料にシャハト少将を口説いたのでしょう」

 

黙り込み、両手で顔を覆うマ大佐を見て、ネヴィルは自身も奥歯を強く噛みしめた。彼は自信家であり、自身の手がけた装備に問題があるとは一切考えていないが、それはあくまで、彼が想定した運用を行っている範疇での事だ。車を作ったのに、水中を走らせようとしたら止まった、問題だと騒がれても困るのである。何より、自身の作品が誤った使い方で不当な評価を受けるのは我慢ならなかった。故にネヴィルの思惑と、マ大佐の考えは目的は違えど方向は一致する。

 

「ブラウ・ブロは試作機です。故に実戦で運用するとすれば、性能不足は否めません。これらを解決するためには幾らかの時間が必要でしょう」

 

「ネヴィル大佐の仰る通りかと」

 

こちらの意図を理解したのだろう。マ大佐が妖しく目を輝かせながら追認してきた。

 

「幸い、開発に携わっていた者達は手が空いております。機体をグラナダに持ち帰るのは難しいですから、ペズンに彼らに向かって貰い、現地改修というのは如何だろうか?」

 

「名案かと。どの位の期間が掛かるでしょうか?」

 

白々しい問いに、ネヴィルも平然と言ってのける。

 

「さて?あれはあくまでテスト機ですからな、実戦に耐えうるだけの改修となると、かなり手を入れる必要があるでしょう」

 

現地改修という名目ならば、機体は当該部隊の預かりとなる。これならば体裁上は部隊を名乗る事が出来るだろう。当然改修中の機体を使用させるつもりはネヴィルには毛頭無い。

 

「成程、そうなると随分時間が掛かりそうだ…。それこそ、本命の機体が間に合う程度には」

 

「ええ、連中は不満かもしれませんが仕方がありません。技術者として、要求水準に達していない機体を渡すわけには行きませんからな?…ああ、そうです。どうせですからマ大佐の所見も今のうちにお聞かせ願えますかな?前線での経験の長い大佐のご意見なら反映しない訳にも行きませんからな?」

 

ネヴィルの言葉の意味を正しく察した大佐が頬をゆがめた。

 

「そうですか、では、遠慮無く。まず気になるのは武装の少なさです。特に主砲を切り離した後、本体が丸腰なのは問題だと考えます」

 

その言葉に、ネヴィルは黙って頷いた。事実それは開発部でも問題視されており、後継機であるエルメスでは母機に主砲が追加されている。尤もこれは、有線式よりも更に武装を喪失する可能性が高い無線式であることも鑑みての決定だが。

 

「特にこの機体のような大型機であれば、近接防御火器の装備は必須と言えるでしょう。運動性が低い事も考慮すれば、狙って当てることは難しいですから面で相手を押さえ込む装備が理想的です」

 

「散弾、あるいは濃密な弾幕を形成できるだけの火砲が必要だと?」

 

「はい、欲を言えばそれすらくぐり抜けて来る敵機を想定した装備も欲しい。例えば、全身をカバーできるアームなどで取り付かれても掴んで投げ飛ばせる、そんな物があると良い」

 

「アームですか」

 

「引き剥がせれば何でも構いませんが、使用回数に制限がない方が理想的ですね。また、連邦軍はビーム攪乱幕を多用します。これに対抗するためにビーム兵器以外の武装もあると心強い。逆に防御面ではこちらも対ビームを想定した機構が必須であると考えます」

 

「道理ですな、両軍共にMSですらビーム兵器を有して居る以上、対策は必要でしょう。ただそうなると機体容積が不足する公算が高い」

 

顎に手をやり考え込むネヴィルにマ大佐は笑いながら答える。

 

「現状で既にでかいのです、今更多少大きくなったところで大した差は無いでしょう。ならばいっそ、サイズには拘らず必要な装備を積むべきです」

 

事実、現在のブラウ・ブロは格納出来る艦艇が無く、自力で航行するか曳航されるかで移動している。ならばマ大佐の言うとおり、サイズに拘る必要は薄く感じられた。

 

「そうなると運動性は諦めることになりそうですな?」

 

「元々あのサイズに回避を要求するのがおかしいのです。それならばいっそ装甲とIフィールドあたりで耐える構造にした方が現実的だ。私からはこんな所です。如何でしょうネヴィル大佐?」

 

そう言って微笑むマ大佐に、ネヴィルはゆっくりと紅茶を一口飲んで答えた。

 

「大変貴重なご意見でした。全て仰る通り…、などと大言は吐きませんが、可能な限りご希望に沿えるよう努力しましょう」

 

言いつつ、ネヴィルの頭は激しく今後のスケジュールを組み立てていた。今回の意見はブラウ・ブロだけで無く、エルメスにもある程度反映させる必要があるだろう。既に機体が出来上がっている1号機はブラウ・ブロと同じく現地改修とするにして、2号機以降は出来れば設計段階から手を加えたい。

 

(やれやれ、容易では無いことだが、致し方あるまいな)

 

残りの紅茶を楽しみながら、ネヴィルはそう不敵に笑う。さあ、今日も祖国に貢献だ。書くべき自伝の項目がまた増えてしまうがそれも仕方が無いことだ。ジオンの明日はネヴィルの双肩に掛かっているのだから。




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