起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない 作:Reppu
サイアムの爺様と固い握手の後、俺はぐったりとソファーへ身を預けた。間一髪とまでは言わないものの、中々に際どいタイミングだった。
「終戦交渉の前に気づけたのは僥倖と言わざるをえんな」
戦後交渉用の資料を纏めている間にふと思い出した自分を褒めてやりたい。更に文化財のやりとりでビスト財団と懇意にしている商会と伝手があったのも運が良かった。持つべきものは壺友である。
「しかし、宜しかったのでしょうか?」
淹れ直した紅茶を置きながら、ウラガンがそんな言葉を投げかけてきた。まあ、割と独断専行ではあるわな。あれが露見した場合、ギレン総帥は上手く使うだろうが、問題はその後だ。
「何を言っているんだ、ウラガン。私はビスト財団から壺を買い付けただけだぞ?」
少なくとも今日の面会理由はそうなっているし、公式記録にもそう記載される。後日財団に指定された場所で壺を受け取り、その場で厄介な石っころが粉々になるのを眺める事になるだろうが、そんな事は歴史には記されない事なのだ。
「大体だな、私がした与太話の様な物があったとしてだ。そんな物を主戦派の連中や、タカ派の議員が手に入れたらどうなる?あいつら嬉々として戦争を再開するぞ?」
今でもアースノイドをぶっ殺したくてしょうがない連中のことだ、そうなれば素敵な民族浄化戦争を間違いなく始める。今度はスペースノイドかアースノイド、どちらかが居なくなるまで止まらない最高にクソッタレな戦いの始まりというわけだ。超止めて欲しい。
「そもそも私はあの文言が気に入らんのだ。何なんだ、宇宙に適応した新人類というあやふやな定義は。そんなもの言った者勝ちではないか」
政治家という人種は元々明言することを嫌う性質を持っているが、これは正直ないと思う。それこそ、拡大解釈すれば、宇宙空間に自己の生存可能な空間を構築、そこに永住出来る人類は宇宙に適応出来たと言い張ることだって出来るのだ。そう、ジオニズムだニュータイプだなどと謳う必要すらない。そこから先は果ての無い解釈と認識の泥仕合である。そして往々にしてこの手の話は力を持つ者が都合の良いところで線引きがされ、軋轢と対立の温床となるのだ。本当に学ばないな!人類!
「それに人ごとではないぞ、ウラガン。あれは我々への攻撃材料にもなり得る」
「我々?スペースノイドへ対してですか?」
困惑するウラガンに俺はドヤ顔で言い返した。
「言っただろう?幾らでも解釈できる言った者勝ちな定義だと。確かに我々はスペースノイドだが、別けようと思えば幾らでも細分化出来る」
例えば世代。移民した第一世代は生まれが地球だから根源的にはアースノイドである、なんて言い張れるし、思想において連邦政府下で教育を受けている世代は思想的アースノイドだ、なんて難癖だってつけられる。そしてそんな言い訳以前に、我々はもっと近くに解りやすい区分が存在するのだ。
「なあウラガン、例えばだ。ハマーンやマリオン少尉、フランシス伍長やフラナガン博士のところに居る子供達でも良い。彼らが自らを新しい人類と言い始めたとして、同じ能力を持たない我々は果たして宇宙に適応した新人類を名乗れると思うかね?」
「それは!?」
「無論、我々の知る彼らは聡明だ。徒に混乱を招くような言動はしないだろう。だが、彼らと同じ能力を持つ者全てがそうだと、どうして言い切れる?これから先もそんな事は絶対に起きえないと誰が保証出来る?ウラガン、私はな、禍根になりそうな芽が眼前にちらついていて、摘み取らずに放置できる程でかい器は持っていないのだよ」
そもそも優秀な知覚能力や相互認識能力があったとしてだ、人が人を形成する上で施される教育から逃れられない以上、それらを処理する下地は我々と大差ない思考回路ということなる。ならばそれに過度の期待をするのは些か無責任に過ぎるだろう。
「しかし、ニュータイプとは誤解無くわかり合える人類だと聞き及んでおりますが?」
その言葉に俺は思わず笑ってしまう。以前同じ言葉をそのニュータイプの少女から投げかけられたことがあったからだ。
「それへの答えは案外単純だと思うのだがな。さて、いつまでも休憩している訳にもいかん。そろそろ、あちらも決着がつく頃だろうしね」
「工業区第3ゲート破壊されました!」
「宇宙港区第1並びに第4ゲートの爆破処理を実施!防衛に当たっていた部隊は第2ゲートへ移動させます」
「居住区より連絡です、全ての医療センターが収容限界を迎えました。以後の負傷者は別区画へ移送して欲しいとのことです」
「工業区は第3ゲートから2区画を放棄、後退して防衛線を構築するように伝えろ。緊急用の野戦病院設備がまだ残っているはずだ、スタッフと合わせて居住区へ。宇宙港の第2ゲートは隔壁が損傷していたはずだ、残存戦力は第3へ回して第2も爆破処分だ」
濃い疲労に鈍くなった頭をカフェインで強引に動かしながらエルランはそう指示を出した。もうすぐ日付も変わろうとしているが、未だジオン軍の攻撃は緩まず、また連邦政府から停戦の指示も無い。
「ついでだから、歩兵部隊はもう下げた方が良いよ。あっちはその辺りを勘定に入れて戦っているようだ」
声のした方へ視線を送り、エルランは目を見開き慌てて席を立った。
「ゴップ閣下!?お体は宜しいのですか!?」
駆け寄りそうになるエルランを手で制しながら、ゴップ大将は苦笑いを浮かべる。
「やっと一般病棟に移った矢先だよ。爺がベッドを占領しているのも気が引けてね、リハビリがてらというわけさ」
事実ゴップ大将はまだ車椅子に乗っており、副官とおぼしき大尉がそれを押していた。
「病棟の方は火傷をした歩兵で一杯だ。連中良く解っているね、とてもここ数年で出来たにわか軍隊とは思えないよ」
その言葉にはエルランも深く同意した。開戦当初、特にMSが投入されている戦場では、ジオン軍は小隊や分隊規模で連携はするが、総じて個人の技量に頼った戦い方だった。攻撃目標の選定や撃破についても、こちらがどうすれば困るかよりも、解りやすく戦果として見える方法が好まれていた。そうした点から考えれば、宇宙が主戦場だった一週間の頃のジオン軍はスタンドプレーの優劣に依存したある意味烏合の衆だったわけだが、地上へ戦線が移って以降の彼ら、取り分け欧州方面の軍隊は民主主義国家の軍隊が嫌がる戦闘を徹底的に実行している。相手をさせられる連邦軍人としてはたまったものではなかった。
(大方あいつの入れ知恵だろうが。厄介なことだ)
歴史に明るく元々策士なあの男である。その気になって戦史を幾らか読み込めば連邦軍にとって、物量というものが最大の武器であると同時に最大の泣き所である事もすぐに理解できただろう。プロパガンダであれだけこちらを挑発しながら、未だにオデッサ作戦での捕虜返還について提案すら無いのが良い証拠だ。
「連中、突入前に徹底してナパームで焼いてきますからな。こうなると対MS戦技兵は弱い」
地下洞窟や坑道といった隠れる所に事欠かないジャブローにおいて、対MS戦技兵は一定の戦果が期待されていた。何しろ敵の突入出来る場所も限られているのだから待ち伏せには向いているのだ。それが甘い見通しだったことはジオン軍に幾つかのゲートを押さえられた時点で大量の負傷者と共に証明された訳だが。
「軍施設で収容しきれずに居住区まで使ったのが痛いね。おかげで士気は最悪、まあ、我々としてはそちらの方がやりやすいかもしれないが。するんだろう?降伏」
「閣下っ!?」
目を剥くエルランにゴップ大将は肩を揺らしながら笑う。
「そんなに驚くところじゃないだろう。私は君をサイド3の駐在武官に推薦した1人だよ?ルウムからこっち、君が反戦派だったのは明白だったしね」
「それを今私に伝えて、閣下は如何なさるおつもりですか?」
「こうするのさ。君、すまないが平文で通信を開いてくれないか?」
そう言ってゴップ大将は近くに居たオペレーターに準備をさせると、気負い無い声音で口を開いた。
「ジオン軍へ告げる。私は連邦軍大将ゴップである。我が軍はこれ以上の戦いを望まない。貴軍の誠意ある行動を望む」
唖然と成り行きを見ていたエルランへ、ゴップ大将は意地の悪い笑顔で告げてくる。
「悪いな、エルラン中将。私と一緒に敗軍の将になってもらうよ?」
時計はいつの間にか0時を過ぎていた。
※あくまで作者個人の考えです。
正直、ラプラスの箱って、そんなに騒ぐ物か?と言うのが作者の考えです。
宇宙世紀憲章のオリジナルだなんだと騒いでいますが、冷静に考えるとおかしいんです。
だって、連邦政府が憲章として制定してるなら、連邦議会に承認されている訳ですから、それが刻まれた石っころなんてただのモニュメントで、議会の記録なり、公式文書なりで残っているはずなのです。
そうした記録が出てこない、つまりそれが無いという事は、あれにいくら大統領のサインが入っていようが、内閣のサインが入っていようが、連邦政府の意思決定権を持つ議会の意向を無視したリカルドおじさんの落書きになってしまい、あのオリジナルと呼ばれる石碑の法的な根拠は無いとなります。
強いて使い道があるとすれば、リカルド氏暗殺直後にリカルド氏の同士が回収、公表し、敵対派閥を一掃するくらいでしょうか?
そんな事が起きた宇宙世紀も見てみたい気がします。誰か書いてくれないかなぁ。