起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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世間話回。


第百四十二話:0080/01/02 マ・クベ(偽)の終戦交渉―Ⅰ―

宇宙世紀0080年。この年の始まりは宇宙世紀に記録として残るだろう。前年から続いていた我々ジオン公国と地球連邦との戦争は、1日未明に発せられた連邦軍側の声明によって一時的に停止した。後の歴史にゴップ大将の英断と記載される降伏を示唆する内容の通信に対し、ジャブロー攻略の総指揮官であったガルマ・ザビ大佐が即座に対応。幾つかの条件を提示すると、連邦政府高官は驚くほど素直に交渉のテーブルに着いた。

 

「驚きました。良くあのような提案を総帥がお許しになりましたね?」

 

明けて翌日。なる早で、とかいう無茶ぶりでコロンビアはボゴタの前線司令部に呼びつけられた俺は、準備していた資料を纏めつつガルマ様にそう告げた。

 

「拘ってあのチャンスを流すより、そちらの方が賢明だと思ったのだがね。正直サービスしすぎたかなとは思っている。先生ならどうしたかな?」

 

そう面白そうに聞いてくるガルマ様に俺は笑いながら返す。てか、先生ってなんだよ。

 

「私も出すとしたら同じ条件でしょう。民主主義国家の政治家をよく理解した条件だったと思いますよ」

 

ガルマ様が出した条件は三つ。即時停戦するならば、という前置きの下、ジャブロー内に居る全ての人員の生命の保障、軍と政府要職に就く者の免責。そして地球連邦政府存続の保証だ。何しろ地球連邦軍は地球連邦政府の軍である。たとえジャブローで総司令官が降伏を宣言しても、それは一基地の指揮官が降伏したに過ぎず、戦争を終えるには政府要人、端的に言えば連邦議会が降伏を宣言しない限り終わらないのだ。その点で言えばガルマ様の出した提案は勝利国が出す停戦の条件で言えばなめられるほど譲歩したものであったが、恐らくあれ以外では即時とは行かなかっただろう。

 

「そう言って貰えるなら、私の努力も意味があったというものだ」

 

そう言ってガルマ様は笑う。いや、実際良い条件でしたよ?連邦議員にしてみれば、軍は敗北寸前、しかも総司令…正確に言えば最上級士官がだが、戦闘放棄の意思を示した時点で、ジャブローは安全地帯では無くなってしまった。そして自分達が恨まれているという自覚はあるので、あのまま無条件降伏を言い渡したら多分ジャブローを犠牲にして逃亡。またどこぞに潜伏して連邦政府を名乗りつつ、ひたすら交戦してきたことだろう。何せ負けて政府が解体されたら、生活の保障が無くなるどころか、それこそ戦犯として命すら危ういのである。

ジオン公国的には戦後統治として連邦政府を解体するなんて政治的にも経済的にもあり得ないんだが、そこまで見通せるような人間はどうも居なかったようだ。ついでに言えばこの内容に飛びついた連中ははっきり言ってこの先長くないと思う。

何故かって?だって我々が保障したのは今現在の生命の安全と、今次大戦の責任追及の放棄、連邦政府の存続なのだ。ちょっと頭が回る人間なら、政府の存続と自身の政治生命の存続がイコールでは無いと解るだろうが、残念ながらジャブローへ逃げこめたような高官達は、親から基盤を受け継いだ大物が殆どだ。人間、自分が当たり前に持っているものが唐突に無くなるなど、想像する事は難しい。特にそれが自身の努力の如何に関わらず与えられたものであるほど、その傾向は顕著になる。

 

「次の選挙は荒れるでしょうな。まあ、他国の政治体制に口出しなど内政干渉も甚だしいですから、我々の知ったことではありませんが」

 

精々我が国と仲の良い人物が当選してくれることを祈るくらいだ。是非我が国の政治家の皆さんには、そう言う人間が当選できるよう努力して頂きたいものである。

 

「そうだな、この交渉が終われば後は政治の領分だ。…大佐はそちらへの転身は考えていないのか?」

 

ガルマ様はザビ家の人間だからね。今でこそ軍人なんてやってるけど、後数年もしないでそっちに移動することになるだろう。俺はって?

 

「今ですら手に余るのです。魑魅魍魎跋扈する政界など私ごときではとてもとても」

 

本物のマさんならむしろそっちの方が合っていたんだろうけどね。俺ごときじゃ、精々この戦争のネームバリューで1年、次の選挙の時までにメッキが剥がれて落選するのが目に見えている。それに今ですらこんなに疲れるんだ。これ以上を背負うなんてのは俺には身に余る。

 

「これからそっちに行く人間に言う台詞じゃないな。まあ、それもこれもこの交渉が無事済んでからだが。頼りにしているよ、大佐」

 

あまりプレッシャー掛けないで下さいますかね?

 

 

「…揃ったようですな。始めましょう」

 

向かいの席に座っていたのは、軍服が3人に背広が3人。南極条約の事を思い返せば、随分と寂しい陣容だ。まあ、だれも敗戦の責任なんて取りたくないだろうから、押しつけあって限界まで人数が絞られたんだろう。軍服組はともかく、背広組なんて始まる前から燃え尽きたように真っ白だし。静かに開始を宣言したゴップ大将に視線を送りつつ、俺は挙手した。

 

「では、最初に宜しいか?」

 

「どうぞ」

 

「まず確認しておきたい。これは終戦に向けての事前交渉という認識だが宜しいか?」

 

俺の言葉に一瞬軍服の1人が体を強張らせるが、気にした風も無くゴップ大将が答える。

 

「我々としてもそのつもりだ」

 

「成程、承知した。では、端的に。我々の要求は5つ、我が国の独立の承認。地球での資源収集権。地球残留者の退去。今大戦の賠償。そして貴国の軍事力の制限だ」

 

俺の言葉に息を呑む背広組。前回は強気に行って失敗しているからな。ここは謙虚に行くぜ。

 

「こちらとしても、人類が滅びるのは本意ではない。まあ、そちらにはそうでない方も居たようだが…。今は違うのでしょう?」

 

南極条約は守り続けているからな。その辺りの誠意は示せているだろう。

 

「独立については確約致しましょう。しかしそれ以後の要求については、それだけの言葉では明言は致しかねます」

 

当然だね。

 

「では詳細に。1点目の資源収集権ですが、今後地球は連邦並びに我が国の共同管理とします。その上で我が国の領有内での開発並びに資源の収集をさせて頂く」

 

俺の言葉に、軍服の1人が思いっきりガン付けて来る。てか、なんであんたがそこに座ってんだよ?

 

「共同管理?冗談は止して頂こう。地球は我が連邦政府の領土である。禍根を残さぬ為にも領土は戦前への回復が妥当だ」

 

三白眼に鷲鼻、既に頭髪はほぼ真っ白。手元の資料に一回だけ視線を向けて、間違いなく彼である事を確認しながら口を開いた。

 

「そちらこそ何を言っているのかな、ジャミトフ・ハイマン大佐。不完全なコロニーを我々に押しつけておいて、その生命線は握って離さぬなどという言葉の何処に、我が国の独立を保証する意思を見つければ良い?少なくともコロニーがアーコロジーとして完成するまでは、我が国独自の水、空気の採掘権を確保するというのがそれ程出鱈目かね?」

 

「だが、此度の大戦で地球は随分と傷ついた。貴殿の言う正当な権利で過度な開発をすれば、それこそ地球は死の星になる。そうなれば連邦市民は如何すればよい?国民の安全が保障されない内容は容認出来ない」

 

そうなれば、また戦争だぞ?解ってんのか?そんな言葉を視線に込めつつこちらを睨むジャミトフ大佐。おーおー、過激派エコロジストの割には頭使ってくるじゃねえか。だが残念だったな、お前さんが会議に出てくるって確認出来た段階で対策済みだ。

 

「今のように地球に住み続ければ、でしょう?」

 

「何?」

 

「次に出した要求を覚えておいでかな?」

 

「貴様…」

 

はっはっは、伊達に一年近く軍人やってねえぞ。お前さんくらいのガン付けなんて屁でもねえぜ!どっかのスカーフェイスゴリラや陰険眉なしの方がよっぽど怖いわ!物理的に俺を殺せるからな!そんな事を思いつつ俺はニンマリと笑って見せる。

 

「そう、地球残留者の退去だよ。確かに現状の居留地を残したままであれば不可能だろう、まさか連邦市民に増えるなとも言えないしね。ならば我々と立場を同じにして頂けば良い。無論、直ぐには難しいだろうから、今後50年を目安に退去を実施して頂きたい。一度やったこともあるのだし、それ程難しい事ではないだろう?」

 

「そ、それは!?」

 

思わずと言った形で声を上げるスーツのお一人。おっとまだ俺のターンだぜ?

 

「そもそもの話、此度の大戦も貴方がた連邦政府が当初の公約を反故にしたのが遠因でしょう?次の諍いを起こさぬ為にも、ここは互いの立場を合わせておくのが賢明だと愚考しますが?」

 

まあ、心理的にはキツイだろうが正直悪い話ではないと思うんだよね。今回の戦争でうちが勝ったという事実は、他の宇宙移民だけでなく、ルナリアンや木星圏にも影響を確実に与える。具体的に言えば連邦政府の軍事力という権威の失墜だ。そうなれば、地球居留者に対する風当たりは確実に強くなる。具体的には地球環境の保全全般に関わる資金は全て居留者負担とされてもおかしくない。加えて、彼らが元々提唱していた環境保護の観点からすれば、重工業や化学産業はいずれコロニーが主導していくことになるから、いずれ地球の産業は農業と資源輸出になる。それにしたって、既に農業コロニーやアステロイドベルトからの資源採掘がある程度採算が取れている状況を考えれば、明るいとは言いがたい。残るは金融とITくらいだろうが、それだってインフラの維持を考えれば態々地球に残っている意味は薄い。はっきり言って今後地球にしがみつけばしがみつくほど立場は悪くなっていくわけだ。何しろ独立さえ認められてしまえば、こちらはコロニーだって造りたい放題、人口だって増やし放題である。まあ、簡単に増えるとは思えんが、そこは福祉の充実に血道を上げる政治家にでも期待するとしよう。

 

「第一、重要な事ですが。仮にこれを蹴ったとして、戦後貴国は大過なく運営できるとお考えですか?」

 

俺の言葉に言葉を詰らせる背広さん達。でーすーよーねー。何せ敗戦国として賠償しつつ国内を復興させ、国民を食わせていくわけだが、どれをするにも先立つものが必要だ。ここで重要なのが、地球連邦政府が、今回独立したジオン公国を除けば人類の統一政体という点である。そう、彼らには金を無心する相手が、自国民以外存在しないのだ。無論巨大な彼らであるから内需だけでも相応に経済は回せるだろう。しかし今回の戦争で、彼らは一番都合の良かったコロニー在住者という低所得者層をジオン軍に粗方殺されきっている。おまけに軍事力というカードの価値が下がった状態で、残ったルナリアンや文字通り裏切り者のサイド6が果たして戦後の増税に首を縦に振るだろうか?下手をしなくても第二、第三の独立を誘発するのは目に見えている。何せ課税の理由が、特権階級の生活復興なのだから。少なくとも俺なら切れる。

 

「宇宙移民を再開するとして、貴国からはどの程度援助が期待出来るだろうか?」

 

細めた目でそうゴップ大将が口を開いた。さあ、ここからが正念場だ。




もうちょっとだけ続くんじゃ。

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