起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百四十四話:0080/01/04 マ・クベ(偽)と燠火

「ああ、終わったなあ」

 

明けて翌日、あてがわれたホテルの部屋で、俺はのんびりとソファに伸びていた。だらしない?いいじゃん、戦争終わったんだから。

 

「終わってみればあっけないものですなぁ。あたしゃてっきり、この戦争の何処かでくたばるものだと思っていましたが。いやはや、人生とはどうして解らないもので」

 

そう言いながら楽しそうにキャビネットからウィスキーを出しつつシーマ中佐が笑った。どうでも良いが、その酒後で俺が支払うんですけど。

 

「全くだ。俺なんていよいよジオン柏葉付星十字章持ちだぞ?一体どんな冗談だって話だぜ」

 

とは言いつつももの凄い良い笑顔でルームサービスを片っ端から頼んでいるのはデメジエール中佐だ。日も高いどころか、まだ10時も回っていないのに、二人は完全に酒盛りの態勢だ。だから、そのルームサービスも俺が後で支払うんだけど!?

因みにデメジエール中佐が授与される勲章はジオン国防軍発足から数えても100人も貰っていないという有り難い勲章である。話を聞いた時、後ろでビグ・ザムのパイロット達が切なそうにしていたのが印象的だった。ビーム攪乱幕のせいで全く仕事が出来なかった彼らは、完全にジャングル観光に来ただけになってしまった。うん、強く生きろ。

 

「くれるというなら貰っておけばいいさ、名声も年金も増えて困ることはそうそう無いからね」

 

「年金ですか。…そういえば、大佐はこれからどうなさるんで?」

 

どうするって。

 

「明日の調印式が終わったらオデッサに戻るよ。捕虜の移送もあるし、何より基地を縮小するからね。近隣住民への仕事の斡旋や、出来ればジオンへの移民を勧めたいと思っているが」

 

「と言うことは、軍に残るのですか?」

 

そう聞いてくるデメジエール中佐に、俺は首を横に振る。

 

「いや、今ある仕事が片付いたら退役するよ」

 

この一年近く戦争に参加してきたわけだが、正直もうお腹一杯だ。生活は不規則だし、命は狙われるし、何より我慢ならないのは気楽に買い物へ出かけることもできない事だ。文明的で文化的な人間がやるべきでない仕事である事は間違いなかろう。

 

「幸い、父が店を残しているからね。それを継ごうと思っている」

 

「店?パン屋ですか?」

 

何でだよ。

 

「いや、古物商だよ。生憎父はその手の才能に乏しくて、祖父から継いだ店を傾けてしまったから、私は食うために軍に入ったというわけだ。ここなら食事も給料も出るし、図書館も使いたい放題だからね」

 

まあ本物のマさんは、そこで文化より政治に興味を引かれたみたいだけど。

 

「ははあ、前々から色々と知っているとは思いましたが、そう言った背景で。しかし、大佐が辞めるとなると、私も考えねばなりませんなぁ」

 

グラスの中のブランデーをくゆらせながら、ちょっと遠い目をしたシーマ中佐がそんなことを言ってくる。

 

「ん?中佐は何も心配ないだろう?オデッサでも屈指のMS部隊を率いてるエースなんて、むしろ軍が手放してくれないさ。むしろ身の振りを考えるのは俺だよ。流石にヒルドルブもお役御免だろうからな」

 

交渉の結果、ジオン側が得た領土は北米とヨーロッパ周辺、それからアフリカの北部だった。占領していた範囲からすれば、実に3分の1程まで縮小しているが、その分環境再生に支払う分担金も少ない。その辺りを報告したら、今後のためにギレン総帥は昆布をベースとしたアスタロスの改品種の研究を指示したらしい。絶対連邦に恩を売るつもりだろう。まあ、海なんてどこも繋がっているから、こちらの近海だけ水質改善しても意味ないしな。ナイス判断と言って差し上げよう。

話がそれた。そんなこんなで、当然ながら地球方面軍は規模を縮小する事になったので、大幅な人員整理がなされる予定だ。ちなみに欧州方面軍は現在の半分まで縮小される。ジャブロー攻略に便乗しようとしたが、結局ベルファストを落とせなかった上に、部隊に損害を出したユーリ少将は本国に栄転、代わりに返還される東南アジア方面からノリス大佐が准将に昇進した上で着任する事になっている。アジア方面軍のバウアー少将が、大佐を引き抜かれて嫌そうな顔をしていたのが印象的だった。オデッサも当然規模を縮小するのだが、どうもデメジエール中佐は、もう自分に出番は無いと思っているようだ。だが残念、ジオンは兵無しなんだなぁこれが!

 

「その意見に関しては、双方考えが甘いと言うのが私の評価だな」

 

そう言って俺は、二枚の書類を二人に差し出す。

 

「大佐、これは?」

 

訝しげに視線を向けるシーマ中佐に、運ばれてきたクラッカーをつまみながら笑って答える。

 

「シーマ中佐にはガルマ大佐直轄に編成されるタスクフォースへの転属要請、デメジエール中佐には欧州方面軍の特務大隊への転属要請だな」

 

規模が小さくなる分を練度と装備で補おうというのは、誰もが考える定番である。そして重力戦線における文字通りの最精鋭である二人が、そう簡単に地球から足抜け出来るわけがないのだ。ふはははは!君たちは私の様な幾らでもすげ替えの利く人材ではないのだよ!

 

「シーマ中佐はともかく、俺もですか?」

 

「ジャブローでの戦果から、ヒルドルブは砲兵としてかなり注目されているのだよ」

 

何せダブデと同じ火力を補給を含めて10数名で発揮できるのだ。しかもガウや下手すればコムサイでも運べるという手軽さで。今次大戦から、ガルマ様は砲兵の必要性を痛感したらしく、ダブデやギャロップの削減に烈火のごとく怒り狂った。んで、困った総司令部は、本来同時に削減、というより解体予定だったヒルドルブの部隊を全て残存させることで何とかガルマ様に削減を認めさせたのである。ギャロップこそ少数残されるが、ダブデは全て解体、新たなコロニーの礎となる予定である。そんな訳で、ヒルドルブの第一人者たるデメジエール中佐は間違いなく定年まで地上暮らしになるだろう。最悪その後もオブザーバーとかで縛り付けられるかもしれん。

 

「つまり、軍はまだまだ中佐達を必要としていると言うことだな。その事は頭の片隅にでも入れておくと良い。…これまで割を食わされたんだ、ちょっとくらいたかってやっても罰は当たらんさ」

 

そう言って笑うと、俺もキャビネットからグラスを取り出し酒を注ぐ。うん、日の高いうちから飲むアルコールは最高だな!

 

 

 

 

「久しぶりだな。一体どんな風の吹き回しかね?」

 

声に棘が混じることを自覚しながらも、ダグラス・ローデン大佐は態度を改めることなく、そう来客に問うた。

 

「なすべき時が来ました」

 

些かの動揺も見せずにそう答える相手に、更に苛立ちを募らせながら、ダグラスは手を止めて相手を見据える。

 

「時が来た?これは滑稽だ。全てが終わった今、何を成すと言うのだね?」

 

ジオン・ダイクンの望んだスペースノイドの自主独立。その悲願は既に達成されたのだ。たとえそれが、自らと違う派閥に属するものの手によってもたらされた結果であっても、ダグラスは歓迎すべき事だと考えていた。

 

「仰る通り、事はなりました。…故に次はその事実を正しき意思の下へ戻すときです」

 

「正しい、意思?…まさか、貴様ら!?」

 

地球に亡命したダイクンの遺児。その内兄の方は不幸な事故により死亡したが、妹はまだ健在だ。本人は名前を変え、こちらからの干渉が無いため忘れられたと考えているようだが、未だに周囲にはダイクン派の人間が密かに護衛に付いている。尤も、ダグラスのようなダイクン派でも穏健な者、端的に言えばザビ家の命令に従っている人間には、その所在すら開示されていないのだが。

 

「このたびは大佐にご協力頂きたく参りました」

 

こちらの意思などまるで考慮せず言いつのる相手に、ダグラスは自然と拳を握った。友人であるカーウィン議員が投獄された際。彼が何とかその娘の安全を確保するべく奔走していたとき、彼らはその手を差し伸べることは遂になかった。そして彼が少女の安全の見返りにザビ家へ協力すれば、今度は裏切り者と後ろ指を指す。そのような態度を取りながら、いざ必要となれば仲間だと言って平然と無心するその姿勢に、ダグラスは彼らから急速に心が離れているのを自覚した。

 

「お引き取り願おう。今の話は聞かなかったことにする。それが私が出来る最後の譲歩だ」

 

「…残念です」

 

そんな感情を微塵も見せずに、男は席を立つと静かに退出していった。その後ろ姿を見送り、ゆっくり1分程閉まった扉を睨み続けた後、ダグラスは深くため息を吐き、眉間を指でほぐした。

 

「…正しい意思の下へ、か。もっと早くに聞きたい言葉だった」

 

そう呟きながら、ダグラスは切り捨てた未来を思う。ガルマ・ザビ大佐に請われ、北米の治安維持部隊を統括しているダグラスの手元にはMS2個大隊を中核とした1個師団程度の戦力がある。規模としては大したことがないように思えるが、この構成員の大半は北米在住者を中心とした義勇兵だ。土地に詳しく、また近隣住民が極めて協力的であるため、少人数であっても治安維持が可能であるが、同時に彼らは敵となった場合、対処が困難という性質も持っていた。何しろ周辺の住民はほぼ間違いなく味方になる。そうなれば、相手は文字通り街一つを相手に戦うことを強いられるのだ。住民との軋轢を徹底して避けているガルマ大佐にとって、これほどやりにくい相手はいない。仮にダグラスが敵に回ったなら、最低でも一ヶ月は北米方面軍を行動不能にする自信がある。

 

「宜しかったのですか?」

 

執務室に併設された秘書室から音もなく入ってきたジェーン・コンティ大尉が、静かに問うてくる。表向き、ザビ家からの監視という立場にある彼女だが、その内実が異なることは、外人部隊の頃の古参達には周知の事実だった。努めて明るくなるよう、喜劇俳優のように肩をすくめながらダグラスは口を開く。

 

「軍人なんぞ長くやるものじゃないな。何でも殴って解決しようとする」

 

そう言いつつ思い出したのは、どうにも食えないオデッサの基地司令の言葉だった。

 

「政争だったら幾らでも付き合ってやったんだがな。私も有権者の一人だ、貴重な一票を投じたとも」

 

「大佐…」

 

目尻を下げるジェーン大尉に、苦笑しながらダグラスは続ける。

 

「我々には言葉があり、それを伝える手段が幾らでもあるんだ。私は彼らと同じ道は歩けんよ」

 


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