起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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久しぶりにあの子が登場。


第百四十六話:0080/01/06 マ・クベ(偽)と滅びるもの―Ⅰ―

ツィマッド社がペズンに与えられている混沌としたラボに、思い詰めた顔の客人が来たのは少佐が終戦を全員に告げてから1日が経過した後だった。本来であれば基地を挙げてのお祭り騒ぎになっていても不思議でないのに、基地内は物々しい空気に支配されていて、一部のふてぶてしい連中を除けば何処か落ち着きのない様子だ。戦争は終わったというのに、ここだけが臨戦態勢を解かずにいるように思える。ただ、その中で実働部隊の人間には自室待機が命じられていたので、客人の行動は明らかに命令違反であり、本来ならば部隊長である少佐へ連絡すべき事柄であったのだが、状況は客人に味方した。否、彼女の能力を考えれば、最善の状況で動いたというのが正解だろう。

 

「どーしたんです?少尉」

 

顔馴染みであり、体格も――本人は極めて不本意に思っているが――似ているエリーが、来客に尋ねる。その表情から、普段の世間話で無いことは容易に想像がついた。故に入室と同時に入り口をロック、更に監視カメラや集音機器に対してダミーデータを走らせる。この程度が出来なければ、ツィマッドの技術者は名乗れない。

 

「先に謝っておきます。ご免なさい、皆さん」

 

そう言って桃色のツインテールを大きく振りながら、少女は深く頭を下げた。この時点で全員がただ事ではない事態に巻き込まれたと自覚する。何故なら。

 

「すっごく聞きたくないですが、もう聞かないって選択肢はないんでしょーね。それで、魔法使いの愛弟子は一体どんな厄介ごとを持ち込んできたんです?」

 

半眼になりながら、エリーはハンドサインで即座に部屋にあるPCからデータの消去を実行できるよう用意させる。常に身につけて持ち運び可能な小型端末にバックアップを取っておくのは、彼女達にとっては常識だ。即座に実行された作業により、部署にあったPCはどれも実行キーを押すだけで、只の箱に成り下がる準備を整えた。その様子を困った笑顔で見ながら、ハマーン・カーン少尉は口を開く。

 

「皆さんには、私と脱走して貰います」

 

「…何だって?」

 

厄介ごとは覚悟していたが、自分の命が掛かっている事実に頬が痙攣するのをエリーは自覚する。相変わらず彼奴の関係者はツィマッドの厄介者のようだ。

 

「多分、アズナブル少佐は反乱を起こします。今逃げないと、良くて拘束。最悪協力を強要されて、拒否すれば命はありません。まあ、仮に生き残っても反乱に加担したら国家反逆で死刑ですけど」

 

笑いながらそんなことを平然と口にするハマーン少尉に、頭を押さえながらエリーは特大の溜息をもって返事とし、大声で叫んだ。

 

「プランD!持てるものは全部リュッツォウに積み込んでください!店じまいですよ!」

 

ペズンから一隻のムサイが出港したのは、それから1時間後の事だった。

 

 

 

 

「順調な滑り出し、とはいかんか。ままならんものだな」

 

「しかし脱走した者はごく僅かです、実働部隊からは2名のみ。それ以外の人員は全員総帥へ帰順しております」

 

その一人が、よりにもよってニュータイプ部隊の人員である事が、極めて重大な問題なのだが、シャアはそれを口にすることが出来なかった。動くと決めた以上、迷いは傷口を広げるだけの行為だからだ。

 

「機材の喪失についてはどうか?」

 

「はい、改造中でありましたMAが一機、それからツィマッド社へ提供していたムサイ一隻が。それからムサイに搭載されていました、ツィマッドの試作機が奪取されたようです」

 

その言葉にシャアは眉を寄せる。

 

「待機中の機体に喪失は無いのか?」

 

「は、はい。逃げるのに手一杯だったのでありましょう。破壊の形跡はありませんでした」

 

(やはり、オールドタイプではこの辺りが限界か)

 

付き従っている部下へ、失望しながらシャアはそれを隠して告げる。

 

「相手を甘く見ない方が良い。ラボは蛻のからだったのだろう?それだけの手際だ、ソフト面でトラップを仕掛けている可能性が高い」

 

「それは…、申し訳ありません、少佐。直ぐにチェックをいたします」

 

自身の思いつかなかった可能性を指摘され、部下の中尉は萎縮してしまう。それを見てシャアは再び口を開いた。

 

「それからビームライフルの充電器をよく確認しておいてくれ、今後の補給を考えれば、我々にとってビーム兵器が戦力の生命線になる。敵がそこに手を出さないとは思えん」

 

「…はい、重ね重ね申し訳ありません。この失態は必ず挽回してみせます!」

 

表情を強張らせる中尉にシャアは敢えて笑って見せる。

 

「そう硬くなるな、中尉。誰にも得手不得手はあるものだ。私だって口では言っても、実際の機器がどう細工されたかなど考えつかん。だが君たちは出来る、つまるところ我々は互いに補いあい、同じ目標へ向かう者。正に同志というやつだ」

 

そんな言葉を受け、中尉はその目に尊敬の色を浮かべる。シャアは自身の言葉が期待通りの成果を上げたことに満足し、彼の肩を叩くと移動用のアームを掴んだ。

 

「さて、私は来客の相手をせねばならん。中尉、ここはよろしく頼む」

 

返ってきた敬礼に笑顔で返礼しながら、シャアは次のことを考える。

 

「さて、ルナリアンが私に何の用事かな?」

 

 

 

 

マーサ・ビストは通された応接室で、出された茶に手も付けず静かに相手を待っていた。

 

(これでカーディアスとの対立は決定的になった。けれど所詮あれは走狗、主が死んだ今、大した事は出来ないでしょう。さて、問題はダイクンの忘れ形見がどれほどのものかということだけれど)

 

後が無い、とまでは言わないが、それでもこの失点が大きいことは確かであり。役員会では既にマーサとその夫について退陣させるべく画策している連中がいる。その急先鋒であるオサリバンの顔を思い出し、マーサは僅かに眉を寄せた。

 

「お待たせして申し訳ない、カーバイン女史。本日は私に火急の用件だと伺いましたが」

 

「それ程待ってはおりません。お目にかかれて光栄ですわ、赤い彗星、シャア・アズナブル」

 

そう言って手を差し出しながら、その顔を見る。そして以前タブロイドで見た姿との相違に、マーサは己の投資が成功することを確信した。しかし勇み足とならぬよう、その点についても確認を行う。

 

「普段されているマスクもミステリアスで素敵ですけれど、今のサングラス姿もお似合いですわね、何かご心境に変化でもあったのかしら?」

 

「…ええ、あれは戦友が作ってくれたものでして。実は私は光彩異常なのですが、戦場でサングラスでは不便だろうと。以前は常在戦場のつもりで普段から着けていたのですが、終戦しましたから、それを戦友にも伝えようと思いまして」

 

「そうなのですか」

 

入手していた情報と合致する当たり障りの無い言葉を口にする相手に、微笑みながらマーサは少し困った表情を作った。

 

「だとしたら、私は無駄足だったようですね」

 

「無駄足?」

 

「ええ。実はそのお姿を見た瞬間、柄にも無く心が躍りましたの。ああ、いよいよキャスバル・レム・ダイクンが立つ日が来たのかと」

 

「…何の事だろうか」

 

明確に放たれる殺気を、マーサは平然といなして見せる。この程度で怯んでいては、アナハイムの重役は務まらない。

 

「ですから、勘違いです。シャア・アズナブル少佐?」

 

そう言って席を立つマーサに、シャア少佐は剣呑な視線を向けてきた。

 

「この場で私にそれを告げて、無事に帰る事が出来ると思っているのかね?」

 

その言葉にマーサは艶然と微笑んで見せた。

 

「出来るでしょう。敵を討つことを諦め、名を捨て、別人に成り代わった腑抜けの貴方が、どのような理由で私を殺せるのです?」

 

「言ってくれる。そのような小物であればこそ、衝動的に凶行に及ぶとは思わないのかな?」

 

「無理でしょう。私が死ねば、最初に疑われるのが最後にあった貴方だわ。仮に小物であったとしても、そのリスクが解らないほど愚かではない。だからこそ、私は貴方をパートナーにと考えたのですから」

 

そう嗤うマーサに、厳しい表情のまま、少佐はため息を吐くとソファへ深く身を預け、告げてきた。

 

「つまり、貴女はシャアである私には用はなく、キャスバルの私に商談を持って来たと?」

 

「ご理解頂けて何よりですわ」

 

十分な回答にマーサは再び席へ着く。そして切り札となる端末を机の上へと置いた。

 

「今がお父上の無念を晴らす最後の機会。名を明かせば立場は手に入る。力だって持っている。けれど貴方にはまだ足りないものがあります」

 

「伺おう」

 

「大義です」




年齢的にマーサが結婚してねえのはないな。と考えてケッッコンさせました。

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