起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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赤い人回。


第百四十七話:0080/01/06 マ・クベ(偽)と滅びるもの―Ⅱ―

「大義…」

 

シャア・アズナブル少佐の呟きに、マーサはゆっくりと頷いてみせる。独立戦争に勝利したことでザビ家の権威は確固たるものとなった。仮に今、彼が復讐心のみでキャスバルの名乗りを挙げても、ついてくる者はごく近しい人間と狂信的なダイクン信者だけだろう。残念ながらそれでは足りない。マーサの思い描く成果を得るには全くもって足りていない。故に彼女はこのキャスバルという器に投資する。望む未来を引き出す為に。

 

「此度の戦争で、ザビ家は確固たる地位を築きました。ダイクン氏暗殺の確たる証拠が無い以上、彼らをその事で糾弾する事は難しい。ですから、今の貴方には彼らを排斥するだけの大義がない」

 

「つまり、貴女の言う商品とは、その大義だと?」

 

「お話が早くて助かりますわ。そうです、私がお売りするのはこちらですわ」

 

そう言って素早く端末を操作すると、マーサはその画像を見るよう少佐へ促す。

 

「これは…。石碑、ですか?」

 

恐らく箱の存在を知らなかったのだろう。怪訝そうにそれを見る少佐へ、マーサは説明を始める。

 

「ええ、殆どの人間にとって、これは只の石に過ぎない。けれど持つべき者が持てば世界を覆しうる力となります」

 

「随分と大きなことを言う。そして、私がそうだと?」

 

そう聞き返す少佐にマーサは大仰に頷いてみせる。

 

「この世界に貴方以外居ないでしょう。尤も、貴方が…」

 

「ダイクンである事を示せば…、でしょう?」

 

未だに迷う男に少し焦れながら、それでも努めて冷静にマーサは説く。

 

「では、このまま歴史に埋もれますか?お父上を、母君を手に掛け、貴方から全てを奪い去ったザビ家がスペースノイドの解放者として記憶に刻まれるのを、ただ指をくわえて見ていると?」

 

「それは…」

 

「今、今なのですよ、キャスバル・レム・ダイクン!ご家族の無念を、ダイクン氏の理想を、スペースノイドの真なる独立を成すのは今をおいて他に無いのです!」

 

最後の一押しとばかりに声高にマーサが主張すると、少佐は暫く目をつぶった後、低い声で尋ねてきた。

 

「成程、貴女の言い分は理解できた。だがそこに貴女達の利が無い。商人から出た利の無い話。これを私はどう考えるべきかな」

 

「私達の利ならありますわ」

 

そう言ってもう一度端末を操作する。

 

「私達が乗ってきました輸送船。もう中身はご覧になったでしょう?」

 

そう言って見せたが、マーサが乗ってきたのは元々連邦から発注のあった改造船舶だった。コロンブス級を連結して簡易空母として運用できるようにしたものであり、制宙圏がジオンに掌握されたために、アナハイムのドックに放置されていたものだ。その中にMSと可能な限り武器弾薬を満載してペズンへと赴いていた。

 

「投資ですわ、キャスバル・レム・ダイクン。代わりに貴方が勝った暁には、ジオニックとツィマッド、それにMIPを頂きたいわ」

 

「成程、そして全ての兵器をアナハイムが握ると?まさしく死の商人そのものだ」

 

苦々しく答える男に、マーサは艶然と嗤う。

 

「考え方を変えるべきですわ。私がその立場につけば、戦争は全て経済でコントロール出来る。そして、私が選んだパートナーは貴方だわ」

 

「…了解した。貴女方の支援を有り難く頂こう。暫くはこちらに?」

 

僅かな沈黙の後、そう聞いてきた男にマーサは、営業用の顔に戻り否定の言葉を口にする。

 

「まだまだ物が入り用でしょう?今回はお暇させて頂きますわ。次に会うときは、是非素顔の貴方と向き合いたいですね」

 

「善処しよう。中尉、客人がお帰りだ。シャトルを用意してくれ」

 

 

 

 

「良かったのですか?少佐。あの人、とても危ない人だわ」

 

中尉と連れだってマーサ・ビスト・カーバインが出て行った部屋に、暫くしてララァ・スン少尉が現れる。その姿に微笑みを返しながらシャアは告げる。

 

「世界を変えるには、どうしても力が要る。そして私達の力はあまりにも小さい。なに、一時のことさ。彼らもまた、我々の目指すべき先には不要な人々なのだから」

 

その言葉に、ララァ少尉は小さく微笑んだ。

 

「可哀想な人ね」

 

「ああ。だが、必要なことだ。人は愚かだからね、痛みが無ければ変われんのさ。…さて、そろそろ始めるとしようか」

 

そう言うとシャアはサングラスを置き、席を立った。

 

 

終戦を告げたハンガーには多くの人間が詰めかけており、その興奮と緊張で否応無しに場の空気は暖まっていた。それを肌で感じつつ、急遽用意された演説用の壇上へ登ると、シャアはゆっくりと周囲を見回し、口を開いた。

 

「この放送を聞く、全ての方へ。私はジオン公国軍総司令部隷下、ニュータイプ特別編成部隊を預かる、シャア・アズナブル少佐であります」

 

そう言いながら、シャアは敢えて身につけたマスクを取り払う。

 

「だが、同時に知って貰わなければならないことがある。それは私がもう一つの名を持つことだ。…キャスバル・レム・ダイクン。かつてスペースノイドの独立を夢見た男、ジオン・ズム・ダイクンの息子。それが私だ!」

 

場の空気は既に熱い程で、身につけたグローブの中は少しだけ湿り気を感じさせる。その空気に後押しされながら、シャアは次の言葉を紡ぎ出す。

 

「私は今、ジオンの意思を示す者として語らせて貰う。無論、ジオンとは、簒奪者によって歪められた公国のことではない。父の語った、より正しき人類のあり方を、その有り様を体現した新たなる人類の一員としてである。顧みて欲しい。此度の戦争で多くの人間が傷ついた。その根源が何であったのか」

 

こちらを見るアムロ・レイ少尉やカイ・シデン少尉の視線に不敵な笑みで応えつつ、演説を続ける。

 

「それは、一部の古き人々の欲望に根ざしていたことは疑いようのない真実である。地球に住まい、スペースノイドを邪魔者だと宇宙へ放り出し、惰眠を貪る連邦政府は言うまでもない。彼らが戦火に焼かれたのは、時代の必然であったと言えるだろう。だが、その裏で嗤う者達を見逃してはならない!これを見ろ!」

 

そう言ってシャアは後ろに置かれていたシートを掴み、力任せに引く。一瞬、白いシートが宙を舞い、その後ろから幾らかの傷の入った石碑が姿を現わした。

 

「これは地球連邦憲章、そのオリジナルである石碑である。そしてこれこそが、連邦政府のスペースノイドへの考えそのものであり、簒奪者たるザビ家の悪意を示す、確たる証拠なのだ!」

 

そう言いながらシャアは石碑の一点を指す。

 

「本来宇宙移民とは、来たるべき未来を担う新人類の揺り籠と期待されていた。それはこの文章からも明らかであり、良識ある人々が肯定していたことは、石碑に刻まれている事実から疑うべくもない。しかし!この真実は連邦政府自身の手によって闇へと葬られた!それが暗黒の80年を生み出した罪は重い。そして!」

 

シャアは自らを映すカメラへ向かい指を指す。

 

「その悲しみを巧みに操った者達が居る。ザビ家だ!父を弑逆し、サイド3の権力を欲するだけに飽き足らず、全スペースノイドを支配するべく全人類に未曾有の戦火をもたらした!だけでなく!スペースノイドの独立を謳いながら自らの意に沿わぬと見るや、多くの同胞を抹殺した!そして見ろ!」

 

強く握り絞めた拳が演台を叩く。だがシャアは痛みを感じなかった。

 

「この石碑を以てすれば、此度の戦争は全く不要だった!我々はただ、本来あるべき権利を主張すれば良かったのだから!それを彼らは、自らの権力を確固たるものにするという私欲のために、戦争という災禍を引き起こした!これを邪悪と呼ばずなんとするのか!彼らを見ろ!」

 

そう言うや、シャアはアムロとカイを壇上へと招く。

 

「戦況に窮するや、連邦軍は非道なる人体実験を少年少女へ施し戦場へと引きずり出した!彼らはその生き証人である!にもかかわらず!ザビ家は自らが勝利すると手のひらを返し、それまで悪と呼んだ連邦と手を結ぶという!このように人類に罪を犯した人々を免責するとまで言う!その意図がザビ家の権力を確固たるものにするためである事は明白である!これは、この戦禍を身に受けた人類に対する明白な裏切りであることは疑いようがない!」

 

歓声が耳朶を打つ。その高揚に背を押され、シャアは拳を掲げる。

 

「諸君!人類諸君!今後このような愚かな行為が行われないため!このような悲しみが生まれないために、私はここに誓う!スペースノイドでも、アースノイドでもない。真なる邪悪を討ち滅ぼし、人類恒久の平和を実現すると!」

 

次々に突き上げられる拳、鳴り止まぬ歓声。それを受けながらシャアは両手を広げ、声高に宣言した。

 

「我々は偽りのジオンではない!古き欲望に決別し、人類の未来を開くものである!我々はネオ・ジオン!全ての古く悪しき者達を打ち払う剣である!諸君!心ある人類諸君!共に世界を変えようではないか!誰もが悲しまぬ、未来のために!」

 

 

 

 

基地の食堂で優雅にソバ食ってたら、見知った赤いのが突然テレビに現れて、いきなり演説かまして来やがった。ゆっくりとどんぶりを持ち、汁をすする。うん、ちゃんとウドンとソバで汁を別けているな。その細やかさが嬉しいね。なんて現実逃避をしてみても、いつまで経っても赤い奴が消えやしない。

 

「野郎!やりやがった!!」

 

厄介事は、まだ終わりそうにない。




カツオ出汁だけなのでやや片手落ち。

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