起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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今月分です。


第百五十四話:0080/01/07 マ・クベ(偽)と方針

「大佐!」

 

パトロール艦隊に護衛されつつ逃亡してきたムサイへ接舷し人員数と安否を確認するべく乗り込んだら、いきなり良い匂いに抱きつかれた。

 

「久しぶりだね、ハマーン。怖い思いをさせてしまったようだ」

 

俺がそう言うと、ハマーンは頭を振ったかと思えば、愛らしい笑顔で否定してきた。

 

「いいえ。大佐が来てくれると解っていましたから、ちっとも怖くなかったです」

 

そんなことを言って頬を胸元に擦り付けてくるハマーン。なんだろ、前世の実家にいた猫を思い出すな。一人暮らしをするようになってから年に数回しか帰らなかったけど、それでも覚えていて喉を鳴らしながらすり寄って来たっけなぁ。そんな懐かしさも手伝って思わず頭を撫でようとしたタイミングで、ハマーンがやんわりとつままれ俺から離された。

 

「少尉、気持ちはわからんではないのだが、今は急を要する。感動の再会は落ち着いてからにしてくれないかい?」

 

お前もだぞ、仕事しろ。無言ではあるが冷たいジト目で雄弁にそう訴えてくるシーマ中佐に向かって、俺は咳払いをして誤魔化しつつ、口を開いた。

 

「そうだな、今は仕事を片付けよう。ハマーン少尉、ブリッジへ案内してくれるか?」

 

「はい大佐。こちらです」

 

頬を膨らませたハマーンは恨めしげにシーマ中佐を見ながらそう言うと踵を返して移動を始めた。直ぐに付いていこうとしたら、何故かシーマ中佐に割って入られた。

 

「大佐、少しはデリカシーと言うものを覚えて下さい」

 

え?俺なんかしちゃいました?

 

「…ええ、ええ。そう言う方でしたなぁ。まあいいから私が先です」

 

どうにも解らんから、後ろから付いてきてくれていた海兵隊の隊員に聞いたら、気まずそうに答えてくれた。

 

「あー。ほら、思い出して下さいハマーン少尉の恰好。…スカートだったでしょ?」

 

唐突であるが、ムサイは公国軍の台所事情が思い切り反映された艦である。何が言いたいかと言えば、基本的に重力ブロックなどという部分は存在せず、艦内の移動は移動用グリップに掴まって動くことになる。当然引っ張られるのは腕なので無理のない姿勢を取れば、水の中を泳いでいるような恰好になるわけだ。つまりあのまま付いていけば、眼前に少女の神聖なるデルタ地帯が!…危うく性犯罪者になるところだった、後でシーマ中佐に酒でも差し入れよう。

 

 

 

 

「つまりここからソロモンを目指すと?」

 

「パトロール艦隊から推進剤の補給は受けられますし、MAもザンジバル級で牽引すればそれ程無茶な行程ではありません。何より現状明確な宇宙の味方拠点はソロモンしかないのです。他に選択肢はないでしょう」

 

「こちらは安全なら何でも構いませんが、お客様はどうなんです?」

 

ブリッジに集まったメンバーは各拠点の位置を示したモニターを眺めながら、それぞれの意見を出しあう。中心になっているのはマ大佐で、その脇にシーマ・ガラハウ中佐、逆側にはエリーとネヴィル大佐が陣取っている。そしてマ大佐の希望でハマーン少尉も同席していた。エリーの口にしたお客様とは、遅れて合流してきたザンジバル級に乗艦していた少将の事だ。この場にいる最上級階級の人間として行動指針の場にくらい出てきても良いのではないかとエリーは思うのだが、それをマ大佐が口にしたところ嫌そうな顔で拒絶していた。

 

「今いるメンバーは俺以外全員オデッサ組じゃねぇか。そんなところに階級だけぶら下げた俺が出て行っても無駄に混乱させるだけだ。出発前に言ったろう?移動中は全部お前に任せる」

 

職務放棄に等しい発言であったが、何故かマ大佐以外の面々はとても良い顔をしていた。

 

「こちらに任せると仰った以上文句は言わんでしょう。少将はあれで兵思いの方ですから」

 

あれだけ無茶振りされていてそう流せる辺りに、やはりジオン軍の大佐という人種はどこか欠陥を抱えているのではないかと不安になったが敢えて指摘はしなかった。どうせしたところで首をかしげられるだけで終わるのが目に見えていたからだ。

 

「ならば何も問題はないな、急ぎソロモンへ向かうとしようじゃないか。今のままではブラウ・ブロが満足に整備も出来ん。ああ、それとマ大佐。済まないがそちらの艦に移っても良いかな?牽引する艦にいた方が何かあったときに都合が良いだろうし、そろそろこの艦の茶葉が切れるのでね」

 

マ大佐は最後の言葉をジョークと受け取ったようだが、エリーは最後の言葉こそネヴィル大佐の本心であると確信していた。そして緊張感のないやりとりに不満さえ覚え始めた頃にマ大佐が笑いながらエリーへ向かって口を開いた。

 

「その様子ならもう緊張は解けましたかな?エリー女史、今更ではあるが礼を言わせてください。貴方の英断によって我々は大事なものを守ることが出来た」

 

その言葉の意味を、ハマーン少尉の命だと解釈したエリーは面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

「知らない仲じゃないんです。見捨てるほど薄情だと思っていたんですか?」

 

そう返せば、大佐は頭を振り否定する。

 

「薄情だなどと思っていません。だが自身の命も秤に乗ると理解した上で、なお行動できる人間は少ない、驚くほど少ない。だからこそ未来を救った貴方に感謝を述べるのです」

 

「未来なんて大げさな」

 

頬が熱くなるのを自覚したエリーは大佐から視線を逸らし、敢えて斜に聞こえる声で言い返す。だが大佐は不敵な表情で答えた。

 

「大げさでも何でもありません。ニュータイプとしてダイクンの名を継ぐものが口にした台詞を聞いて、なお否を唱えた少女。ハマーン少尉という存在は、文字通りニュータイプと呼ばれる人々の未来を救ったに等しいのです」

 

「ニュータイプの、未来?」

 

言葉の飛躍に、エリーは困惑しつつ大佐の言葉を待つ。

 

「あの男の宣言がニュータイプの総意であるとされたなら、この先に待つのはニュータイプとオールドタイプの絶滅戦争です。そして絶対数で劣る彼らは必ずオールドタイプに屈し、皆殺しにされるでしょう。文字通りにね」

 

「そんな、こと」

 

「ご存じないのですか?今貴方の目の前にいるのは50億の命を奪った惨劇の片棒を担いだ男です。その私が断言する、人は恐怖から逃れるためならば、欲のためならば何処までも残酷になれる。私自身、奪った命に対して大した痛痒を感じていないのが何よりの証拠だ」

 

狂気と呼ぶには、大佐の目はあまりにも冷え切っていた。だからこそ、彼の言葉がどこまでも本心であると嫌でも理解できてしまう。

 

「ハマーンはあの演説に異を唱えた、その行動を以ってね。つまりダイクンが口にしたようなニュータイプと彼らは異なる存在だと言う生きた証拠だ。ハマーンが賛同しなかったという一事を以って、彼らはわかり合えてなどいないという事実を世界に突きつけることが出来るのだから」

 

「興味深い意見だ。だが大佐、彼女達の特別な力はどう説明する?私は見たぞ、サイコミュによる超人的な力を。あれがニュータイプではないと?」

 

黙って聞いていたネヴィル大佐が、そう口を挟む。それに対しマ大佐は肩をすくめて皮肉げに頬を歪めた。

 

「それこそたちの悪い冗談です。一体いつからニュータイプの定義がサイコミュに反応することに置き換わったのです?誰が言い出したのかは知らないが、そう勝手に名付けて本来の全く関わり合いのない二つを混同している可能性は?ダイクンの提唱した曖昧なニュータイプの定義のどこにサイコミュに対応しそれを扱えることが証明であるなどと解釈できる文言が?」

 

あまりな物言いに、エリーはその定義においてニュータイプとされた少女を思わず見てしまう。靴のマグネットを切って無重力に身を任せていた少女は、エリーと目が合うと苦笑を返してきた。

 

「特別な力を持った人間、認めましょう。だがそれは断じてニュータイプと同義などではない。故に我々は彼を否定し、拒絶し、そしてニュータイプという意味をもう一度返さねばならない。曖昧で、あやふやで、そして人々の希望となった言葉へとね」

 

「待って下さい、大佐。つまり貴方は」

 

その言葉の意味を理解したエリーは、慄きながらも確認せずにはいられなかった。そしてそれが間違っていないことを、大佐は宣言する。

 

「キャスバル・レム・ダイクン。彼には偽りのニュータイプとして死んで貰う」

 

 

 

 

「そうか、少将は亡くなられたか。惜しいな」

 

報告書に目を通しながら、そう呟くキャスバル・レム・ダイクン総帥へ向け不動の姿勢のままヘルベルト・フォン・カスペンは報告を続ける。

 

「拘禁されていた同志は無事でしたが、造船ドックとMSの生産設備は絶望的との事です。外的な損傷は無く、内部も生産設備とドック以外は無事でしたから、少し修理をすれば駐留くらいは出来るだろうと技術部が申しております」

 

「つまり現状では戦略的価値のない手間だけ掛かる石ころという事かな?」

 

「…申し訳ありません」

 

謝罪するヘルベルトに対し、キャスバル総帥は微かに笑いながら否定の言葉を口にする。

 

「いや、大佐は良くやってくれた。少将の忠節を見誤った私の落ち度だ、気に病まないで欲しい」

 

「はっ、有り難うございます」

 

あっさりと掛けられた言葉に内心歯がみしながら、それをおくびにも出さずにヘルベルトは敬礼をしてみせる。如何な理由があれど主君として仰いだならば忠義を尽くすのが軍人であると彼は考えていたからだ。

 

「ふむ、しかし拠点としては使えないか。かといってただ懐に置いても無駄に体力を持って行かれる」

 

「しかし、放棄も容易ではありません。連邦の行った要塞化でルナツーは想像以上に頑強です。地力が違う以上、そのまま放り出せば、奪取された後再建されるのは目に見えています。それに…」

 

「それに?」

 

「次にルナツーの指揮官になる者が、コンスコン少将ほどの傑物であるという保証はありません」

 

目先の功績のためなら後のことなど考えない、そんな輩が居座ったなら目も当てられない。そうなれば少将の死はまさしく無駄なものになってしまうだろう。

 

「ままならんな。容易には捨てられず、持ち続けるには重すぎる。因みに無能な指揮官が入ったとして、連中が基地機能を復旧させた後にこちらが再奪還することは出来るかね?」

 

「不可能とは申しませんが難しいでしょう。自爆するという方法が既に取られた以上、次の指揮官も不利と見れば躊躇いますまい。いたちごっこになれば、先に息が上がるのは我々です」

 

「成程良く解った、有り難う大佐。ではルナツーは上手く捨てることにしよう」

 

碌でもないことを思いついた者特有の表情を浮かべる総帥の言葉に、不安になったヘルベルトはつい聞いた、聞いてしまった。

 

「上手く捨てる、でありますか?総帥、如何なお考えが?」

 

「外観は無事だと言ったな、ならば残っているだろう?移動に使った核パルスエンジンが」




何がとは言いませんがまた増えているみたいですですね。皆さんもお体にお気をつけ下さい。俺?先日食あたりして上司に呼び出されましたよ!

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