起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない 作:Reppu
「大佐達はもうソロモンに着いたでしょうか?」
溜息と共にそう口にしたのは、同じく待機任務に就いているジュリア・レイバーグ少尉だった。大佐本人や、最大の強敵であるシーマ・ガラハウ中佐に絶対出会わない事を良いことに、朝から乙女モード全開である。
「着いたら連絡の一つもくれるでしょう。それよりジュリア少尉、あと何回その話をするつもりですか?」
「何回とは?」
「自覚がなかったのですか。せめて覚悟くらいはさせて欲しかったのですが」
恋する乙女というヤツはこれ程までに恐ろしい兵器になるのか。そうセルマ・シェーレ少尉は戦慄した。ちなみに冒頭の台詞は、セルマが数え始めてからでも既に20回を超えている。
「それにしても、シャア・アズナブル少佐は一体何を考えているのでしょうか?」
凍りかけた空気を変えるように、ミリセント・エヴァンス少尉が事の発端となった人物の名を挙げた。それに直ぐ反応したのはフェイス・スモーレット少尉だ。
「え、言ってたじゃん。邪悪な人たちを粛正したいんでしょ?その邪悪な人がどこに居るかは知らないけどね」
「私は全部が全部判らないって訳じゃなかったな」
「どう言う意味ですの?ミノル少尉。まさか貴女」
フェイス少尉の物言いに反応して呟いたミノル・アヤセ少尉にジュリアは剣呑な雰囲気を振りまく。マ大佐の子飼と認識されている彼女達は、基地内で特別な扱いは受けていない。だがそれはこの場所だからの幸運であると言うことも理解できていた。何しろ彼女達の実家はダイクン派から鞍替えした者や、新興でザビ家に近づいた者達だからだ。実際終戦直後の辺りを境に実家から連絡の頻度が上がったり、もっと直接的に自身の元へ使いがやってくることもあった。そういう接触があったという事実だけでも十分監視対象にはなるし、最悪拘束されても文句は言えない。平時の民間であるならば人権がどうだという問題にもなるだろうが、ここは軍隊で彼女達は殺傷能力を有した兵器の担い手である。疑わしきを罰さなかった代償が友軍の命となるのだから予防は健全な行動だ。事実、そうした者から接触があったと自己申告した北米のダグラス・ローデン大佐は謹慎を言い渡され、一時的にではあるが任務を解かれている。接触してきた反乱軍であるランス・ガーフィールド中佐は近しい人間と姿をくらませてしまったが。
「だって見たでしょ、あの極東の研究施設の映像。自分がされる側だと思えば、あれが出来る連中を邪悪と言っても不思議じゃないよ」
「彼らが正しいと?」
「言い分に否定できない部分はあるってだけの話。大体、結論が相手の排斥ならやっていることは一緒じゃない。でも問題は、あれを聞いたのが軍人だけじゃないって事だよ」
その危険性については、全員が良く理解していた。非常に滑稽な話であるが、ジオン公国はああ見えて民主主義国家だ。何しろギレン総帥は国民の支持を得て今の役職に就いたし、国民から選出された議員とそこから組織される内閣によって国家は運営されている。それがたとえギレン・ザビの傀儡に過ぎないとしても、形は民主主義である。そしてその国民の多くが政治に対し真剣であった事も悪い方向へ向かった。紐解けば独裁者の多くは現状に不満を持った民衆が、強力な指導者を求めた結果誕生するのである。そんな民衆の前に弱腰の現政権を批難し、敵対者を徹底的に叩くなどという指導者が現れればどうなるか。国民が困窮していたなら冷笑と罵倒に迎えられただろう。正義より実利が勝るのだから。だが今のジオンは?
「聞き心地の良い言葉に煽動されるのは証明済みって訳かぁ。…あれ、結構笑えない状況?」
「大佐が動いた時点で察そう?フェイス」
「…それに、私達が思っている以上にダイクン派の手は長いと思う。私達みたいなのにまで声が掛かるのが良い証拠」
オデッサ基地に所属している兵士が軍内でも一目置かれているのは事実だが、かといって発言権があるわけでも、他の兵権を握っているわけでもない。あくまで彼女達は他から見て腕の良いだけのパイロットに過ぎないのだ。その程度の人間まで把握し連絡をつけられる、それは軍内部の文字通りあらゆる場所に同調者がいることを示していた。本国との通信も未だ回復していおらず、彼女達は一様に表情を暗くする。それを吹き飛ばすように宣言したのはジュリア少尉だった。
「心配ありませんわ!大佐が何とかしますもの。私達は普段通り、己の務めを果たせばいい。そうでしょう?」
「認識の甘さを痛感したな。私も所詮小娘か」
キシリア・ザビ少将の立てこもった先は、グラナダでも最深部に位置する緊急避難用の司令部施設だった。同市が建設された当初から備えられていたそれは、外部から侵入を防ぐと言う点に於いて非常に有効であったが同時に問題も存在していた。ミノフスキー粒子環境下での運用を想定されていなかったが為に、外部への連絡手段がなかったのだ。
「申し訳ありません、閣下。このような事態となってしまい…」
そう謝罪したのはノルド・ランゲル少将だった。グラナダにおける公国軍戦力の中核であるグラナダ艦隊を統括する立場にある彼は、多数の離反者を出した現状に責任を感じているのだろう。そんな彼に対し、キシリアは苦笑交じりの言葉を返した。
「いや、仕方が無いだろう。私もよもやルーゲンス少将が裏切るとは思わなかったからな。…むしろ裏切るとすれば私は貴様達の方だと思っていたよ」
公国でも屈指の基盤を持つグラナダは、施設全般を統括している基地司令であるルーゲンス・バリチェロ少将と艦隊戦力を指揮するノルド・ランゲル少将の二人に権力が分散していた。キシリアを含め一つの拠点に少将が3人といういびつな権力構造は、しかしノルド少将が一歩引き、キシリアがザビ家の人間として上に立つという構造で問題無く機能していた。その姿勢からノルド少将がザビ家と一定の距離を保とうという考えであると認識していたキシリアにしてみれば、自身が信頼していたルーゲンス少将が裏切り、むしろノルド少将に助けられた現在は自身の不明を突きつけられているに等しい。そしてその気分を助長させているのは少将の存在だけではなかった。
「外部に繋がる連絡路は全て押さえられています。流石はルーゲンス少将と言うべきでしょうか、厄介なものです。それから申し訳ありませんが特戦隊の人間から陸戦経験のある者を数名抽出致しました。万全とは言えませんが、少なくとも無手よりは幾分ましでしょう」
しきりに端末を操作しながらそう報告してくるのはキリング中佐だ。彼自身はザビ派で間違いないのだが、その中でも厳密にはギレン派と呼ばれる人間であり、少なくとも表向き政敵となっているキシリアに味方をする理由は少ない。だが現実は反乱発生直後からキシリアに付き従い、士官の交換研修で知己を得たグラナダ特戦隊のマレット・サンギーヌ大尉を伝手に同隊を掌握。現在キシリアの周囲では最も実働部隊を確保している人物となっている。
「助かる。しかし良いのか?中佐。私を助けたなどと知れたら兄上に叱責されるやもしれんぞ?」
礼と共に思わずキシリアはそう聞いてしまった。思いのほかルーゲンス少将の離反が効いており、精神的にささくれ立っているからだろう。失敗を自覚したが、既に発してしまった言葉は消えない。どうフォローすべきかキシリアが悩んでいると、面白く無さそうにキリング中佐が口を開く。
「私はジオン公国軍人です。反乱に対処するのは当然の事ですし、その為に最上位者を護衛することは当然でしょう。今回は偶々その対象がキシリア閣下であったと言うだけのことです。むしろ、この状況下で上官を見捨てて逃げる人間がどこで信用されるというのですか?」
凡そ上官に取るべき態度ではなかったが、それが何処かあのオデッサの大佐を思い出させ、キシリアは頬を緩めた。
「失言だった中佐、許して欲しい。…しかしこのままではジリ貧だな」
緊急用の施設だけあり、日用品や医療物資は相応の備蓄があるが、如何せん武器弾薬はほぼ存在しない。思えばこうした施設の陸戦隊用軍需物資備蓄を廃止し維持費の削減を提案、実行したのはルーゲンス少将だった。どうやら彼らは随分前から相応に準備を進めていたらしい。集めて監視をしているつもりが、まんまと一杯食わされたキシリアは思わず唇を噛みしめるが、それで事態が好転するわけでもない。そんな彼女を見て溜息交じりに口を開いたのは、キリング中佐だった。
「そう悲観する事ばかりではありません。連中が蜂起するならばまず頭、即ち閣下とギレン総帥を押さえにかかるはずです。流石にその二つが音信不通になれば、ある程度の戦力が独自に動くでしょう。特に裁量権があるドズル閣下が座視するとは考えられません。あのような演説を見た後では尚のことでしょう。それに」
「それに?」
視線を上げ問い返すキシリアに、キリング中佐は冷たい笑みを浮かべて言い切った。
「何も裏切るのはあちらの専売特許ではないのですよ」
「艦隊の連中はどうかね?大佐」
そう聞いてきたルーゲンス少将に対し、フォン・ヘルシング大佐は背筋を伸ばし答えた。
「はい、若干名の抵抗は出ましたが現在は大人しくしております。艦と切り離したのが大きいでしょう」
「ランゲル少将は良い指揮官だからな、部下がそうなるのも無理はない。艦隊の掌握は大佐に任せる」
ルーゲンス少将の言葉に、ヘルシングは眉を寄せた。
「申し訳ありません、説得には時間が掛かります」
現在ルーゲンス少将の下で艦隊を指揮しているのはヘルシングだ。その彼が説得に回った場合、どうしても部隊の即応性は低下する。無論、基地守備隊として幾らかの戦力は有しているが、これらはあくまでMS部隊を中核とした基地の直掩部隊である。相手が艦隊を投入してきた場合、十分な対応が取れるとはヘルシングには思えなかった。
「構わんよ。今、大佐が考えていることを当ててみるかね?貴官は説得に時間を掛けている間に敵が来たらどうするか、と考えてるのだろう?問題無い。何故ならこのグラナダに艦隊を送れる戦力は居ないからだ。正確には、貴官の考えるような即応せねばならない艦隊がだがね」
「理由をお伺いしても?」
更に問えば、不敵な笑みを浮かべてルーゲンス少将が持論を口にする。
「あの演説の後、本国との通信が途絶えている。おそらくアンリ・シュレッサー准将がクーデターを成功させたのだろう。ならばア・バオア・クーの連中はギレン大将と首都の奪還を優先する。故にここグラナダを先に攻撃する可能性は低い。それよりも我々が警戒すべきはソロモンの宇宙攻撃軍だ。これと相対するには現在の戦力ではとても足りない。ドズル中将の事だ、こちらの戦力が少ないと見れば、躊躇無く潰しに来るだろう。それをさせないためにも数が要る」
鮮やかと言って良いほど素早くグラナダを手中に収めた指揮官とは思えない消極的な策にヘルシングが表情を曇らせると、ルーゲンス少将は真剣な表情で言葉を続ける。
「積極的にザビ家を討たないのは不満かね、大佐?確かに今回の戦争、ザビ家は勝ちすぎた。今の我が国は正にザビ家の思うままだ。この姿の何処にジオンがある?だが、あのキャスバル・ダイクンの言葉もまた軽い。若者の主張ならば良い、麻疹のようなものだからな。だが、国を背負う者としては落第だ」
「少将は反乱に与さぬと仰るのですか!?」
思わず声を上げたヘルシングに対し、ルーゲンス少将は変らない声音で返してくる。
「逸るな大佐。私はこの基地の司令として、ジオンの軍人として最善を尽くす必要があるのだ。キャスバル・ダイクンが器を示せば良し。示せぬのであればグラナダは本国を奪還する友軍を支援するだけだ。…どちらにせよキシリアには舞台から降りてもらうがね」
反乱に合流する場合、大兵力を有するグラナダの意向をキャスバル・ダイクンは無視できない。逆に討った場合でも、基地を纏め公国の窮状を救った自分達をザビ家は軽視出来なくなる。どちらに転べどルーゲンス少将、延いてはダイクン派の権力強化に繋がると言うのが少将の考えだった。
「上手くいくでしょうか?」
「その為の戦力掌握と、身柄の確保だ。頼んだぞ大佐」
その言葉にヘルシングは黙って敬礼をした。
いつもの世間話回。