起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない 作:Reppu
「順調のようだな」
ヘルベルト・フォン・カスペン大佐から送られてきた報告を確認しながら、キャスバル・レム・ダイクンは微笑んだ。
「はい、ですがやはり推進用の核ペレットが不足しております。エンジンの修復も含めますと地球落着まで1ヶ月は掛かることになりますが?」
「構わない。むしろもう少し遅くても良い、カスペン大佐には時間が掛かっても確実にエンジンが動作するよう作業を進めさせてくれ」
首を傾げる副官に、キャスバルは笑って見せる。
「ルナツーの質量は膨大だ、先の戦争で落下したコロニーとは文字通り桁が違う。はっきり言ってしまえば、動き出した時点であれを止める手段は一つしかない。だが公国にはその手段すら残されておらんのだよ」
外的な破壊での対応は落下までの時間ではとても足りない。故に落下を防ごうとするならば直接ルナツーを制圧し、再加速による軌道修正しか方法はない。そして開戦初頭の軍事作戦で、手持ちの核ペレットを核攻撃用に軍事転用し使い切ってしまった公国は、たとえルナツーを確保しても肝心の軌道修正に用いる推力が確保出来ない。そうなれば核ペレットを保有している連邦政府に泣きつかざるをえない。だが、それすらも不可能な状況に公国は陥っている。
「アンリ・シュレッサー准将、同志とするに申し分ない能力だ。おかげでこちらは戦いに集中できる」
昨日、本国から合流した艦艇に乗っていた首都防衛師団の使いを名乗る大尉から齎された情報は、キャスバルの計画を大きく後押しするものだった。本国の政治的機能の麻痺、そしてギレン・ザビの暗殺。残念ながら後者は親衛隊によって阻まれているが、既に居場所は特定しており成功は秒読みだということだ。また、グラナダは沈黙しているが、こちらもダイクン派の人間が動いていることは間違いなく、少なくともネオ・ジオンにとって不利益となる行動は暫く起こさないであろうという事も同時に伝えられていた。
「現段階で我々が最も警戒すべき相手はソロモンだ。だがそれは相手が万全に準備を整えてのことだ、故に不十分のまま出てこざるを得ない状況を用意する」
「それでルナツーを…」
「動き出したら止められないのなら、動き出す前に止めるしか方法はない。せいぜい慌てて出てきてくれる事を期待しよう」
出てこないならばそれまで、ルナツーを本当に落とせば良い。少なくともそちらの対応で戦力を拘束出来る。それからもう少ししたら親切な情報提供者を月から地球に送ってみるのも面白いとキャスバルは考えた。
――ネオ・ジオンの行動を公国は自国の利益となるため黙認している。ルナツー落としを妨害していないのもその為だ――
少しでも頭が働けば笑ってしまうような内容だ。だがアースノイドとスペースノイドという立場の差が、そして敗戦という事実が大いに連邦の目を曇らせてくれる事だろう。そうなれば現状の構図も大きく揺らぐ、理想的なのは公国と連邦が相互不信により、再び磨り潰し合ってくれることなのだが。
「ふふ、欲張りは良くないな。まずはソロモン、あれをどうにかするとしよう。それよりドレンからの報告は無いのか?」
追撃に出て既に4日、相手にニュータイプがいた事を含めてもドレンの艦隊が敗北するとは考えづらい。しかし、現状を考えるとそれが最も現実味のある答えだった。
(ドレンが連絡する間も無く全滅するような相手。にわかに信じがたいが…)
「はい、まだありません。追加の部隊を編成いたしますか?」
そう返してくる副官に、一瞬キャスバルは悩んだが、首を横に振り別の指示を出した。
「いや、今ではあの程度の部隊は捨て置いて構わない。基地内の結束も十分に示されている。それよりもルナツーへ増援を送る。…カイ少尉を呼んで貰えるかな?」
シャアがルナツーを動かそうとしている。その事態に対応するべくこちらも大慌てで準備を進めているのだが、問題はいつでも来て欲しくないときにやってくる。
「馬鹿をお言いでないよ、博士。百歩譲って大佐の分のMSは用意するが、それでもそいつはあり得ない。大体YMSって事は試作機だろう?試験も終わっていないような機体に大佐を乗せるわけにゃいかないよ!」
突っぱねるシーマ中佐の声に猛然とエリー女史が噛み付く。因みに乗る本人である俺は蚊帳の外だ。はい、そうです。俺も前線に出るにあたり、MSを準備すると言うことになったわけですが、その機体を何にするかで絶賛討論中なのです。
「この2号機は量産検証用の機体です!試験全般とトラブル出しは1号機で済ませています!第一ソロモンで用意出来る機体なんてゲルググのB型が精々じゃないですか!相手と互角の機体の方がよっぽどリスクが高いと考えますが!?」
「良いんだよ!大佐は出撃しないから!」
「アレが出撃しないわけ無いでしょう!」
「……」
シーマ中佐なんで黙ってしまうん?いやまあ、出撃する気だけども。
「ふむ、それだけ自信のある機体ならば、1機こちらに回して貰えないだろうか?大きく機体性能が離れていてはロッテも組みにくい」
そう横から入ってきたのはアナベル少佐だった。ところで少佐が僚機発言をしたところで何やら寒気がしたんだが。空調の調子でも悪いのかな?
「…少佐は部隊の指揮があるだろう?博士、僚機はあたしがやるから機体はこっちに寄越しな」
「問題ありません中佐殿、オデッサでの経験を活かし、教導隊の指揮は大尉以上の者であれば誰でも問題無く可能です。むしろ大隊を指揮なさる中佐の方が指揮に専念なさるべきでは?」
「はっはっは、そのオデッサが根城の海兵隊があたし抜きになったら木偶になる連中だと?ここは上官を立てときな、少佐?」
オールドタイプの俺でも解るくらい、何故か火花を散らす2人。なんだ、あんだけ言っといて本当は新型が欲しかったのか。まったく素直じゃないなぁ。そう思いながら視線をさまよわせると、こちらを見ていたハマーンと目が合った、一瞬間の抜けたような顔をしていた気がするが、直ぐに彼女は微笑むと訳の解らない事を口走る。
「大佐はそのままでいて下さい。その方がライバルが増えそうにないので」
あれ?もしかしてハマーンもギャン狙い?すげえな、大人気じゃん。
「あー。申し訳ないのですが、1号機は渡せません。…正確に言えば誰にも動かせないんですが」
申し訳なさそうに口を開いたのはエリー女史だった。所で今聞き捨てならん事を口にしませんでしたかね?
「技量を疑われているのかな、博士。これでも色付き程度には信頼されているのだが?」
「…いやまて少佐。オデッサじゃ良くあたしが実機のテストをしていたんだ。博士もあたしの腕はよく知っている。その上でその物言いと言うことは、その1号機、言葉通りの意味ってことかい?」
シーマ中佐の問いに黙って頷く博士。
「…1号機はコックピット周りをゲルググから流用したんですが、耐G機構の性能不足で、その、パイロットへの負担が少々大きくてですね?」
視線を逸らしながらそう答える博士に、半眼になったアナベル少佐が質問を続ける。
「具体的には?」
「最大加速試験でテストパイロットを務めていたデュバル少佐の肋骨が折れました。重傷だそうで、現在本国で入院中です。あ、でも2号機は大丈夫ですよ!ネヴィル大佐が協力してくれまして、MAに搭載する高耐Gモデルのコックピットを採用してます!理論上問題ありません!」
問題大ありなんですけど。
「中佐、やはり大佐には部隊の指揮に専念頂くべきではないでしょうか?」
「そうだねぇ。座席に鎖で繋いどくかい?」
「待つんだ2人とも。何事も憶測で決めるのは良くない。ここは一つ試しに乗ってみて決めるのはどうだろうか?」
何やら怪しい方向に話が纏まりだしたので慌てて口を挟む。すると俺の提案に、何故か非常に冷たい目を返してくれる2人。オイオイ止めろよ、美人に睨まれるとか変な扉開いちゃったらどうしてくれる。
「ではこうしましょう。これから私達と演習をして、それに大佐が勝ったなら全て大佐の言う通りに致しましょう」
ほう、いいのかい?
「いいだろう。それで君たちの気が済むのなら付き合おう。どうせなら慣らし運転もしたいしね」
「成程、では教導隊からも私と第一小隊を出しましょう」
え?
「安心して下さい、艦艇は2隻までにしますよ。お前達聞いたな?MS乗りは全員シミュレーター室に集合、今日こそは負けられないよ!」
「「応っ!!」」
そう威勢良く返事をすると即座に部屋から出て行く小隊長の皆さん。俺、敵と戦う前に殺されるかもしれん。
お盆が…終わる。