起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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今週分です。


第百六十話:0080/01/10 マ・クベ(偽)と無謀

「どう言うことよ!これは!?」

 

受け取った通信を数回読み返し、マーサ・ビスト・カーバインが放った第一声はそれだった。ネオ・ジオンによる隕石落とし。その内容を含む通信が送られてきたのは日付も変ろうかという時間で、マーサ自身ももうすぐ帰宅するというタイミングだった。

 

(あの小僧!余計なことをしてくれる!!)

 

マーサにとって、ネオ・ジオンとは、言ってしまえばカンフル剤だった。戦勝国であるジオンを疲弊させると同時に、連邦内部へ軍事的危機感を与えMSの調達を拡大させる。彼らはその為の撒き餌であり、まかり間違っても後援するべき相手でもなければ運命共同体でもない。手頃な神輿を持った丁度良い泡沫組織、故に多少のてこ入れとして投資はしたが、それも連邦からの受注が復活すれば十分に取り返せる程度の事だった。

 

「なんて馬鹿なの、人類を滅ぼすつもり!?」

 

コロニーを落としても連邦は戦い続けた。ならば彼らを滅ぼすならより強力な力を用意すればいい。幸運なことにマーサは富裕層であり、カーバインに嫁ぐまで地球で過ごしていた。だから不幸なことに、スペースノイドの抱く地球への憧憬とそこへ住まう人間への憎悪を理解することが出来なかった。無論スペースノイドであっても、それなりの立場の人間であるならば、己の住む人工の大地がどれほど地球に依存しているかを理解している。公国が終戦交渉の場で地球に領地を欲した事からもそれは明白だ。だが、多くの無思慮な人間は自分が呼吸し、水を飲むという当たり前が如何に多くの事柄によって成立しているかなど想像の埒外であり、コロニーという切り離された場所にいるという先入観が、それらに地球が関わっているなどと理解できないのだろう。だからこんな馬鹿な事を思いつける。戦争で落ちたコロニーとルナツーでは説明するのすら馬鹿らしいほど質量に差があるのだ。仮に落ちれば、シドニーが消えたなどという生やさしい結果で終わらないことは明白だ。

 

「直ぐに連邦へ連絡を…いえ、それでは間に合わない可能性もある。では公国に?」

 

数分の逡巡は時間にして僅かであったが、マーサの運命を決めるには十分すぎる時間だった。

 

「欲を掻いたな、マーサ・ビスト」

 

荒々しい足音と共に武装した男達が部屋へと押し入り、それを連れてきた人物が不釣り合いなほど落ち着いた声音でマーサへ告げる。

 

「メラニー会長っ!」

 

マーサは思わず腰を上げかけるが、向けられた銃口によってその行動は阻まれた。その様子を見ながら、表情を変えること無くメラニー・ヒュー・カーバインが口を開いた。

 

「残念だよ、マーサ・ビスト。君がもう少し欲望を制御できる人間だったなら、このような終わりではなかったのだが」

 

「まだです!この情報を連邦へ渡せば―」

 

「そうだな、今の君が助かるにはそれしかない。だが残念ながら、君には二つの視点が抜けている」

 

そう言いながら男は態々片手を持ち上げ二本の指を立ててみせる。

 

「一つ目は我が社。テロリストと内通した人間を連邦の要人へ臆面無く送りつけるなど、我が社の信用に関わる。故にそのような行動は社の最高責任者として看過できない」

 

丁寧に指をおりながら、男は変らない口調で淡々と話す。それが純粋なる事実のみを突きつけている事をマーサは否応なしに理解し、彼女は目の前が暗くなるのを感じた。

 

「もう一つは公国だ。君はまさか、あれだけ簡単に終戦交渉を終えた彼らが連邦内に伝手が無いと、この事態を何一つ知らせず動いているなどと、本気で思っているのかね?」

 

その言葉に愕然となるマーサを見て、男は初めて表情を崩す。そこにあったのはマーサへの怒りでも憐憫でもなく、ただただ落胆だけが刻まれていた。

 

「私も耄碌したな、ものの価値を正しく計れないとは。…連れて行け」

 

「会長っ!私は!」

 

素早く近づいてきた男達に拘束されながら、それでも諦めきれずにマーサはメラニーへ声を投げかける。だが返ってきたのは完全な拒絶だった。

 

「ああ、それから彼女はサイアム・ビスト氏の殺害へ深く関与している疑いがある。入念に取り調べてくれ、これも我が社を守る為だからね?」

 

 

 

 

「成程解りました。大佐はやはり馬鹿なのですね?」

 

模擬戦を終え、今後の作戦についてブリーフィングをしたらいきなりディスられた。アナベル少佐も言うようになったな、以前なら上官に馬鹿とか絶対言わなかったのに。一体誰だ、彼女をこんなにしたのは。

 

「よく言ったよ、少佐。そして残念だが大佐は平常運転だ。あれは本気で言っているねぇ」

 

「成程。やはり馬鹿なのでは?」

 

こやつら本人の前で言いたい放題だな。

 

「言うほどおかしいかね。私としては最も効率の良いプランを提示させて貰っているつもりなのだが」

 

言い返す俺に対して、半眼になったシーマ中佐とアナベル少佐が即座に反論してくる。

 

「ええ、ええ。それが出来れば効率的でしょうなぁ?MS1機と駆逐艦でルナツーを攻略する、なんてことが本当に出来ればですが」

 

「大昔の英雄譚ではないのですよ?指揮官先頭どころか単騎駆けなど、非常識と言われても仕方ないでしょう」

 

そうだね、俺もドズル閣下が一人でペズンに行くとか言ったら止めるわ。ぐう正論ってやつだな。だがこのマ、引かぬ、媚びぬ、顧みぬ。

 

「なに、少しばかり先行するだけだよ。君たちには後詰めをして貰うとも」

 

現段階のルナツーの修理状況は不明だ。だがほんの10年前に使用したことを考えればあまり楽観は出来ない。それに、

 

「相応の規模を用意して出撃となれば相手に察知される可能性が高い。彼らがこちらに敵わぬと考え、計画の前倒しなどされては目も当てられん。それに私だって正面から殴りかかるほど無謀では無いさ」

 

そう言って俺は端末に今回使用する装備を表示させた。

 

「敵の戦力とやり合う必要など、今回に限れば何一つ無い。我々の目的はルナツーの移動阻止であって、制圧でも守備戦力の撃滅でもないのだからね。だから、連中の一番して欲しくない事をしよう」

 

ドズル中将と報告を聞いた後、俺は違和感を覚えていた。仮に本気でルナツーを地球に落とすつもりなら、もっと上手くやるんじゃないかと言うことだ。文字通り成功すれば乾坤一擲どころか人類滅亡まっしぐらという強力な武器を扱うにしては、些か行動が雑に過ぎる。そもそもエンジンの修復をこちらに察知されている時点で事を隠蔽する気が無いように感じられるし、報告によればルナツーの守備戦力が増強されている気配もない。うん、これ絶対ソロモンから戦力引きずり出すための囮だわ。問題はあの脳みそお天気な金髪坊やが囮でも実際に動かしかねない事である。だから、戦力を送らねばならないのは間違いないのだが、ご丁寧に向こうの思惑通りに動いても面白いことにはならないだろう。そして状況から推察すれば、恐らく彼らが狙っているのは、こちらの隙を突いてのソロモン攻略であろうと言うのが俺とドズル中将の結論だった。

 

「連中の狙いはこちらの戦力が整わない状態でルナツーへ引きずり出し、その隙に手薄となったソロモンを攻略すると言ったところだろう。恐らく落下作戦に真実味を持たせるために小規模な増援があるだろうが、基本的に狙いは隕石落としでは無く戦力の誘引だ。だから、それに態々付き合ってやる必要は無い」

 

そう言って俺は画面をつつく。

 

「幸いにして諸君が証明してくれたとおり、ギャンの速力をもってすれば敵の防空網を突破することも難しくない。何せ連中は君たちより遥かに格下なのだからね。そして接近してしまえばコイツの出番だ」

 

画面には追加のプロペラントタンクと不格好に280ミリバズーカを鈴なりに取り付けたギャンが映されている。

 

「大佐、これはまさか…!?」

 

察しの良いシーマ中佐が驚いて目を見開いた。おう、そうだよ。

 

「ソロモンへ来たのはやはり正解だったよ中佐」

 

既にジャイアント・バズが実弾装備としては主流となっている現在、なぜこれがソロモンに残されていたのか。答えは単純にして明快、ソロモンに配備された核武装がコイツだけだったからだ。南極条約で核の使用は禁止された?そうだね、連邦との戦争に核兵器を使うのは御法度だ。けれど、条約には何処にも新たな弾頭の製造禁止とは記されていないし、まして弾頭の廃棄や貯蔵についての取り扱いの項目もない。地上のオデッサ基地ですら水爆をミサイルの弾頭に入れたまま放置していたのだ、放射能汚染に対する意識の薄い宇宙空間ではもっと扱いはぞんざいだ。この装備にしても、通常の武器庫の奥に何の封印処置も無く放置されていたしな。そして、ネオ・ジオンとの戦闘を考えた場合、相手は連邦ではないから、そもそも条約の適用外となってしまうのだ。なんと言うかこの条約色々と不備がありすぎると思うんだが、締結した連中はなんでこれで平気だと思えたのだろうか?

 

「今の連中は食い詰めの海賊と大差ない。この状況でエンジンを破壊した場合、彼らに再度修復するだけの物資も時間も残っていないのだよ。空き巣狙いを働かねばならぬほど、既に彼らは弱っているのだからね」

 

周囲を見回しながら俺は言葉を続ける。

 

「故に我々は少数でルナツーを襲撃、エンジンのみを破壊し離脱する。施設の制圧も敵の排除も必要ない。むしろ精々戦力分散の足かせとしてルナツーをしっかり守って貰おうじゃないか」

 

俺の言葉に幾人かは頬を引きつらせた。それを無視して俺は自分の考えを口にする。金髪坊やが何を思って反乱を起こしたのか、彼の中にどのような葛藤があるのか、今の俺には正直に言ってどうでも良いことだ。興味も無い。だから、

 

「人類の平穏を邪魔するというのなら、容赦しないとも。たとえそれがどんな存在であってもね」


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