起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百六十二話:0080/01/11 マ・クベ(偽)強襲

(正念場だな)

 

ソロモン艦隊出撃の報せを受け、ヘルベルト・フォン・カスペン大佐は義手となった左手を数度握り直した。

 

「質の差が出ていますな。満足に偵察も出来ておりません」

 

その様子を見てヘルベルトへ声をかけたのは、彼の僚機を務める大尉だった。

 

「練度だけの問題ではない、ソロモンには頭の回る連中が残っているのだ。必要な分だけ知らせて、都合の悪い部分は隠したのだろう」

 

ソロモン要塞より多数の艦艇が出撃。ヘルベルトへ伝えられた内容はそれだけだった。もしこれが正規軍であったなら、今頃報告した者を呼び出し叱責していたことだろう。多数とは何隻なのか、艦の種類は?向かったのはどちらへか。それらを含まないからっぽの報告では、ヘルベルトの取れる手段は限られてくる。更に言えば彼は大隊指揮官であり、要塞守備の経験など皆無だった。しかし将校と呼べる人材はネオ・ジオンにとって希少であり、要塞戦の知識を持つ人間など片手で足りる程度しか居なかった。それが教育課程の知識だけであったとしてもである。尤も、ジオン全体を見ても、宇宙空間における要塞防衛の経験を持つ者など皆無なのだが。

 

「どちらにせよ、連絡があった以上対応しなければなるまい。部隊の展開を急がせろ」

 

「了解しました」

 

この時ヘルベルトは、部隊を従来より広く薄く展開するよう指示した。ジオン軍の基本的な防御ドクトリンは先手必勝である。何故そのような防御という言葉からかけ離れた戦術にたどり着いたのかと言えば、想定される敵が連邦軍であったという一点につきる。連邦に対し人的・物的資源に劣ったジオン軍では、例え要塞に籠もろうとも数的不利を覆すことは難しく、守勢に回れば短時間で無力化される可能性が高かった。更に問題となるのが組織間の不和である。籠城とは自力での敵撃退が困難な場合に採用される戦術であり、最終的な解決は他拠点からの援軍に頼むこととなる。この点について、進撃ルートの自由度の高い宇宙空間は守備側に有利なのだが、それはあくまで友軍が来援する事が大前提である。ジオン軍は宇宙における重要拠点をそれぞれの軍が確保していた。士官交換制度の制定後こそ多少は緩和されたが、現状でもそれぞれの軍は足並みが揃っているとは言いがたい。端的に言ってしまえば、他の拠点からの援軍が期待出来ないのだ。そこに加えて宇宙空間という場所が防衛という選択肢を制限する。地上における要塞防御とは、堅牢な要塞の防御力を用いて兵力を保護し、戦力の消耗を避けつつ敵に消耗を強いる戦術である。ところが宇宙ではこの要塞の防御力があてに出来ないのである。隔壁の隣は死の空間。スペースノイドの常識は要塞にも当てはまる。こと軍事において攻撃力というものは防御力に対して往々にして優越するものであり、メガ粒子砲が実用化された現在も同様だ。要塞などと言っても所詮天然の岩盤である。火砲を集中されれば容易に破壊されてしまう。そして破孔が形成されてしまえば、その区画の気密は失われ人間を拒む領域となってしまう。このため、スペースノイドは潜在的に攻撃を受け止めるという行為を苦手としており、防御よりも回避、回避よりも先制による敵の攻撃機会の喪失を好む傾向にある。ヘルベルトの指示も、不足している情報をなるだけ早期に手に入れる事を意図したものだった。尤も、部下には言えない理由もあるのだが。

 

(ソロモン艦隊とやり合うなど不可能だからな)

 

報告に多数とあった以上、侵攻してくる艦隊はこちらより数が上だろう。勝てる見込みは無いが、かといって直ぐに逃げ出す訳にもいかない。主力であるペズンの部隊がソロモンを攻略するまでは少なくとも粘る必要がある。その為には敵の早期発見・攻撃・撃破が必須となる。展開している部隊は士気は高いが技術の拙い連中で編成されており、彼らには発見次第連絡とルナツーへの撤退を指示してある。所謂鳴子の代わりであるが、その程度の技量ならば辛うじて有していると言うのがヘルベルトの忌憚の無い評価だった。

 

「使い物になるのは我が第一中隊のみか。無様だな」

 

戦争後期にヘルベルトの大隊は大きく人員を入れ替えていた。急速に再建された宇宙攻撃軍は士官が慢性的に不足しており、これを補うためにベテラン部隊を細分化し、その下に新設の部隊をつけることで戦力の向上を計画したのだ。当初は信用出来る手札が減ることに難色を示したドズル・ザビ中将であったが、ザクレロやザクR-1型の戦力化といった装備面の充実により、想定よりも戦力が低下しないことが解るとむしろ積極的に推し進めた。ヘルベルトの預かるカスペン戦闘大隊も例外ではなく、開戦以来の人員は本人を含め1中隊のみであり、残りの2中隊は速成栽培で送り込まれた熱意ある若者である。連邦討つべしと意気軒昂していた彼らにとって連邦との終戦は祖国の裏切りであり、自ら暴走を止められるほど軍人として完成していなかった彼らが反乱へ身を投じたのは必然だったのだろう。ヘルベルト自身とて、公国の政治には思うところがある。しかし軍人として禄を食むならば国家の方針に私心から反旗を翻すなどもってのほかであるし、そうしたいならば軍人ではなく政治家になるべきだと考えている。軍とは国家に付属する暴力装置であって、自らの行いに決定権など存在しないのだから。

 

「仕方がありません。放ってしまう訳にもいかんのですから」

 

古今暴走した若年の軍人が起こすことなど知れている。その結果がどのような事になるのかもヘルベルトは十二分に理解していた。故に一人でも多くを生き残らせるには、不器用な彼にはこの方法しか思いつかなかったのである。

 

「そうだな。せめて、連中が私の死に何かを学んでくれる事を期待しよう」

 

 

 

 

アラームが鳴り響き目標宙域に達したことが解るとほぼ同時に、船体に僅かな振動が走った。

 

『それでは世話になったね。君たちの航海が無事終わることを祈っているよ』

 

接触回線が開きそんな簡単な挨拶を済ませると、あっけなく積み荷となっていた大佐は出撃していった。彼は本当に同じ軍人なのだろうか。光る尾を引いて艦から遠ざかっていくMSを操舵席から見送りながら、ウエスト伍長はそんな事を考えた。ウエストは所謂学徒志願組と呼ばれる軍人だった。志願年齢の引き下げにクラスの友人と喜んだのを彼は今でも覚えていた。そんな彼が幸運であったのは志願した先が宇宙攻撃軍であったこと、そしてMSの操縦適性が低かった事だろう。戦闘部隊への配属希望は却下され輸送部隊、旧式の駆逐艦というなんとも冴えない部署へと回されたのだが、それが結果として反乱への参加を踏みとどまらせた。

 

「やれやれ、煽てられて危ない橋を渡っちまった」

 

不機嫌そうな声と裏腹に笑みを浮かべるレオニー・ベルナール少尉を見て、ウエストは思わず声をかけてしまった。

 

「意外でした。少尉はてっきり断るかと」

 

ウエストから見たレオニー少尉は一言で表すなら不真面目であった。軍への忠誠心は無いに等しく、普段の態度も良くない。輸送艦であるペルル・ノワールは本国との行き来が多いのだが、その際に嗜好品やいかがわしいデータなどを買い付け、ソロモンで売りさばくなどという軍規すれすれの事をやるのもしょっちゅうだ。そんな彼であるから、ウエストはこの件を断るだろうと考えていた。ガガウル級のブリッジクルーは最大で5人だが、動かすだけなら一人でも出来る。ペルル・ノワールもレオニー少尉とウエストの2名で運用されていて、艦の運航も交代でやっていたからウエストだけでも足りたのだ。

 

「俺の事をなんだと思っているの、ウエスト君」

 

「ですが、普段の仰りようですと…」

 

戦闘部隊など大ハズレ、そう公言してはばからない男がレオニー少尉である。

 

「あのね、ウエスト君。もうちょっと広い目で世界を見ようよ。あの大佐が誰かくらいは知っているんだろう?」

 

「はい、総司令部のマ大佐ですよね?色々と噂が絶えない方です」

 

曰く地球方面軍の戦略を根本から立て直した、曰くあのオデッサデータの制作者である、曰く。何処まで本当か解らないが、噂の一割でも真実ならば傑物と呼べる人物だろう。

 

「じゃあ解るでしょ。あの御仁は突撃機動軍から総司令部に栄転した上に、ソロモンがあれだけの戦力を無条件で受け入れるほどドズル中将の信頼を勝ち取っていて、その上終戦交渉の参加をガルマ大佐に請われる人物だよ?どれだけザビ家に気に入られてるんだよ。そんな人間の提案を断る?そんな度胸俺には無いよ、まだ生きていたいからね。まあ、それに」

 

「それに、何です?」

 

「ちゃんと相手を見ているところが気に入ったよ。俺の冗談に直ぐ乗ったろう?正義や大義だけしか見えてない奴じゃああはいかない。俺はあのキャスバル・レム・ダイクンより大佐に付いた方が得だと考えたのさ。さて、世間話も良いがそろそろソロモンへ帰ろうぜ、ウエスト君。俺達のターンは終わり、後は基地で大佐が届けてくれる朗報を待つとしようじゃないか」

 

 

 

 

「なんだ?」

 

最初に気付いたのはソロモン方面に展開していたムサイだった。ミノフスキー粒子散布下ではレーダーが使えない分、光学的な索敵が重視される、簡単に言ってしまえば高感度の監視カメラを準備し周囲を監視するのだ。このカメラで撮られた映像は常に解析が掛けられており、不自然な光や大型のデブリなどがあれば即座に警告が出るようになっている。当然であるが、元となるデータ収集には単純に大型のレンズを多く必要とするため、索敵能力は艦艇がMSに勝る。報告も上げずに首を捻っている索敵員の所へ移動してきた艦長は、その画像を見て一瞬顔を強張らせた後、即座に叫んだ。

 

「MS隊は即応待機していたな!?直ぐに出せ、コイツは噴射光だ!ルナツーにも連絡しろ!」

 

「ですが映っているのは1つだけですが?」

 

復唱より先に寝ぼけたことを言う観測員の胸ぐらを掴んで艦長は怒鳴りつけた。

 

「馬鹿が!つまり敵は一発でルナツーに打撃を与えられる装備を使ったと言うことだろうが!」

 

幸いにして横で聞いていたオペレーターは既に己の任務を遂行していた。苛立ちを抑えきれないまま艦長は自分の席へと戻る。自分達は同志だ。ルナツーへ赴く前に出撃する全員へ向けて掛けられたキャスバル総帥の言葉が思い出される。ザビ家のような独裁は行わぬというパフォーマンスだろうが、それを真に受けた者達の態度は悪化した。総帥をして同志と言うのだから、それより格の下がる部隊長や艦長が一方的に命ずる事へ不満を持つものが現れ始めた。観測員の少尉もその口だ。彼の中でまだ定まっていないものを艦長が勝手に断定し、こちらの意見を聞くこと無く行動を指示した。それは彼にとって大いに不満の残る対応だったのだろう。今も納得のいかないという顔でモニターへと視線を向けている。こんな部下が幾人も居るのだから、艦長の心労は増すばかりだ。

 

(いかん、今は迎撃に集中を…)

 

思考が逸れ始めていることを自覚し、艦長は頭を振る。そして次の瞬間、信じがたい報告を耳にした。

 

「あ、アンノウンが進路を変更!これは、MSだと!?」

 

「MSぅ!?カミカゼか!迎撃しろ!艦をぶつけてでも止めるんだ!」

 

「そ、相対速度が速すぎて間に合いません!」

 

混乱するブリッジをあざ笑うかのように、その光は進路に割り込もうとするムサイをすり抜けてルナツーへと飛んでいく。その異様な姿を目の当たりにし、艦長は確信した。あの敵は必ず墜とさなければ、我々の計画に致命的な一撃を加えるに違いないと。

 

「MS部隊に追撃させろ!あれを絶対にルナツーにたどり着かせてはならん!」

 

MS隊が次々と発艦し、異形のMSを追いかける。それを祈るような気持ちで艦長は見送った。彼らの願いが見事に打ち砕かれたのは、その僅か数分後の事だった。


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