起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

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第百六十四話:0080/01/13 マ・クベ(偽)とソロモン攻略戦-Ⅰ-

「生産設備の作業員達は全てシェルターへ退避しているな?防衛用衛星並びに各砲台を起動、射程に入ったら撃って構わん」

 

「宜しいのですか?」

 

副官の言葉に防衛の指揮に当たっていたラコック大佐は顔を顰めた。

 

「全くもって宜しくないとも」

 

もし今の言葉を聞いたのが、自分達の司令官ならばコンソールの一つもたたき割っていただろう。そんな事を考えながらラコック大佐は答えた。

 

「好き好んで友軍を撃つ馬鹿がどこに居る?尤も、向こうは友軍などと一切思っていないだろうがね」

 

望遠で捉えた艦隊は戦闘用の陣形に移行しており、間違っても降伏をしにきた訳では無い事を明確に示していた。本来ならば降伏勧告の一つもするべきなのだが、その暇は無いだろうとラコックは考えていた。そもそもこれで降るような者ならばもっと前に、そう、手遅れになる前に反乱から身を引いていただろう。

 

(あるいはそんなことも解らん程度に頭が足りていないのかもしれないが、どちらにせよ結果は同じだな)

 

コンスコン少将の死は、彼らにとって最後のターニングポイントだったのだ。故意では無いが将官を殺傷してしまったという事実は非常に大きい。損害を被った以上、軍は躊躇無く武力行使に踏み切るからだ。目端の利く者ならばコンスコン少将が自爆であった事を理由に投降するという手段も思いついただろうが、そんなことも想像できないのが目の前の連中である。ならば、空き巣だと思っているソロモンから発せられる降伏勧告など、精々鼻で笑うのがオチだろう。

 

「副司令、敵艦隊より発光信号です!これは、連中正気か?」

 

「どうした?」

 

「はっ、敵艦隊より発光信号を確認しました。降伏勧告です」

 

「……」

 

遠い目でモニターに映る敵艦隊をラコックは見る。成程、確かに何やらしきりに発光信号を送っている。これも彼らなりに“優しい世界”とやらを作るための努力なのだろうか?

 

(違うな、あれはもっと即物的な思考だ)

 

内部的には、未だザビ家に囚われている同胞への慈悲とでも言っているのだろうとラコックは推察した。だが本音は、単純にソロモンの設備を無傷で手に入れたいと言ったところか。事実ルナツーの時とは違い、即時の降伏を求めている。一応多少は学ぶらしいと、ラコックは頬を歪めて笑った。

 

「オペレーター、返信してやれ」

 

「はっ!内容は如何致しましょう?」

 

「そうだな、“馬鹿め”とでも言ってやれ。対艦隊戦用意!ソロモンが要塞である事を連中に思い出させろ!」

 

「「了解!」」

 

返信と同時に敵艦隊が動きを見せる。こうして、宇宙攻撃軍最悪の一日は始まった。

 

 

 

 

「ラル大尉、始まったようですよ」

 

外部のモニターに繋げていたのであろう。コズン・グラハム少尉がそう告げて来たので、ランバ・ラル大尉はコックピットに持ち込んだ小説から目を離さずに返事をした。

 

「ああ、余程自信があるのだろうさ。まあ、あの腹黒大佐がそう仕向けたんだろうがな」

 

ランバの言葉に、オープンチャンネルであった事から部下達が次々と感想を口にする。

 

「敵とは言え兵には同情を禁じ得ませんな。馬鹿な指揮官に付くと死ぬことになる」

 

「我々のようなパイロットはまだしも、艦のクルーは逃げることもままならんでしょう。ぞっとしない話です」

 

「それにしても、連中凄い度胸ですよね」

 

「どう言うことだ、ステッチ?」

 

同情色の強い発言の中でそう口にしたステッチ伍長に興味を引かれ、ランバは小説を閉じると発言を促した。ランバの言葉に苦笑を浮かべながら、ステッチ伍長は口を開く。

 

「ソロモンにはラル大尉を始め、マツナガ少佐やガトー少佐といった名だたるエースが揃っているんですよ?それに教導隊もです。自分はあの大佐と訓練した連中と戦場で殺し合うなんてまっぴらご免です、命が幾つあっても足りません」

 

「ああ…」

 

「あの御仁は連中とは別の方向に頭がおかしいからな。何だよ、あの最後に言い渡された訓練は?」

 

肯定を示すアコース少尉の溜息に、呆れを多分に含んだ声音で続けたのはギーン伍長だった。彼の言うマ・クベ大佐から指示された訓練とは、アナベル・ガトー少佐の動作数値を入力された機体テクスチャの存在しない目標から発射される射撃をひたすら避けるというものだった。しかも目標は10機も存在しており、今のところ撃墜されるまで1分以上粘れているのはランバとシン少佐だけである。

 

「マツナガ少佐の説明を聞いていなかったのか?あれは対ニュータイプ隊向けの訓練だ」

 

そう言って、ランバは自機に保存されていた映像ファイルを各機へ送る。そこにはペズンで行われていたMAN-08、ペットネームエルメスの射撃試験の様子が記録されていた。その内容を無言で見続けた後、隊員達はあの訓練の意味を正しく理解し息を呑む。何故なら間違いなくエルメスはこの戦場に居るからだ。

 

「クベ大佐の作戦が当たればやり合うことは無いとのことだが、あんな訓練をさせるくらいだ、万一の時は俺達に抑えろと言っているんだろうさ」

 

「やれますかね?」

 

ランバの推測に、引きつった声音でクランプ中尉が問い返す。対してランバは不敵な笑みを浮かべ、全員へ言い聞かせるように言葉を発した。

 

「なあに、びびることは無い。見た限り射撃精度はガトー少佐に比べれば雲泥の差だ。それに考えてみろ、こっちは小隊、それも2小隊で当たれる。そうなれば一人頭に割り振れるビーム兵器の数は幾つになる?俺達は回避に専念すれば倍以上の数に数十秒耐えられるんだ。それだけあれば、本体を抑えるなんてのは楽勝だろう?あのMAはでかいしな!」

 

無論言うほどそれは簡単な事では無い。だが、彼らには精鋭としての自負があったし、何より相手の手の内が事前に知れていることは精神的な余裕を生み出した。そして、対する事を想定した訓練を積んだという事実が自信をもたらす。ランバの機体のモニターに映し出される部下の表情は、どれも兵の表情であった。それに満足しながら、しかしランバは空気を和らげるために更に口を開く。

 

「尤も、あの腹黒大佐の作戦だからな。存外本当に俺達に出番は回ってこんかもしれんぞ?」

 

 

 

 

「拒絶か、致し方あるまいな」

 

防衛施設も無傷で確保したいと考えていたキャスバル・レム・ダイクンであったが、残念ながらその目論見は達成出来なかった。尤も当初からあまり期待していなかったため、キャスバルは大して気にせずにララァ・スン少尉へと通信を繋いだ。

 

「ララァ少尉。残念ながら交渉は決裂してしまった。すまないが風通しを良くして欲しい。彼らが我々のお願いを聞きやすいようにね」

 

『承知しました。総帥』

 

そうララァ・スン少尉は柔らかく微笑み、エルメスをゆっくりと母艦であるティベ級グラーフ・シュペーから発進させた。両軍はまだ砲の射程内に相手を捉えていないが、このタイミングこそ、MAエルメスの真価を発揮する瞬間であった。

 

「流石だな」

 

モニターではなく、艦橋からそれを直接見ていたキャスバルは感嘆の声を上げる。エルメスから吐き出された6基のビット――無線誘導式無人攻撃ポッド――が瞬く間に戦場を駆け、敵の前衛を形成していた砲台や攻撃衛星、観測ポッドを次々とビームによって沈めていく。そして実戦で証明されたニュータイプの力は部隊の士気を大いに高めた。その光景に満足しつつも、キャスバルは若干の不満を覚えていた。

 

(グラナダの2号機が手に入れば文句なしだったのだがな)

 

時間は開戦のおよそ半日ほど前に遡る。ソロモンまでの最短距離を進むキャスバルの艦隊に近づいてくる艦影があった。

 

「突撃機動軍のムサイ?こちらに近づいているのだな?」

 

「はい、確認出来ました範囲で4隻。何れもグラナダ所属の艦です」

 

「グラナダか、警戒は怠るな」

 

暫くすると、こちらを捕捉したのか、向こうから通信が入った。

 

『我々はグラナダ艦隊所属の義勇艦隊であります。ネオ・ジオン軍の末席に加えて頂きたくはせ参じました』

 

聞けばグラナダはキシリア・ザビを追い詰めたものの未だ抵抗が激しく、艦隊の掌握も十分に出来て居ないのだという。しかしペズンが艦隊出撃の兆候を見せたため、少しでも加勢出来ればと、彼らが送り出されたそうだ。元々所属していた艦隊もバラバラであった事から、艦隊の名称も無く、暫定的に義勇艦隊と名乗ったのだという。

 

「心遣い痛み入る。ソロモン攻略の暁には、必ずグラナダを助勢しよう。それで、君たちの戦力は如何程だろうか?」

 

キャスバルの質問に、代表者と名乗った少佐が答える。

 

「はい、我々の戦力はご覧のムサイ4隻と搭載機としてザクR型が予備機含め20機であります」

 

「ザク?ゲルググではなくか?」

 

キャスバルが聞き返すと、少佐は悔しそうに答えた。

 

「我々はどの艦も基地守備隊に所属しておりました。敵との遭遇自体も希でしたので、ゲルググはパトロール艦隊に優先配備されておりまして。し、しかしパイロットは皆ベテラン揃いですからザクであってもゲルググ並みの、いえ、それ以上の活躍をお約束します!」

 

質問に対し、勘違いした発言を返す少佐にキャスバルは笑いながら返事をする。

 

「ああ、勘違いさせてしまったようだ。我が軍が貧乏所帯である事は知っているだろう?R型のパーツは予備が無いから、それが気になっただけだよ。君たちの活躍を疑う所ではないさ。ところで、グラナダからと言うことだが、あちらで調整されていたエルメスの2号機については何か知らないかな?」

 

話題を変える意味も含めて、キャスバルは自らが知りたかった事へと話題を変えた。

 

「エルメス?ニュータイプ用の新型MAでありますか?いえ、ルーゲンス少将から特に言伝は頂いておりません」

 

その言葉にキャスバルは落胆を覚えると同時に、ルーゲンス少将を友軍から保留へと戻す。恐らくルーゲンス少将は自分とザビ家を天秤にかけているのだろう。エルメスに関しても出し渋っているか、もしくは彼の精神性を見抜かれ協力を拒否されたのであろう。

 

(確か、調整に携わっていたのはクスコ・アル少尉だったか)

 

最悪彼女が拘束されている可能性すらある。ソロモン攻略後は、そちらも対処する必要があるだろう。そう決めながら、キャスバルは少佐と握手を交わすのだった。


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