起きたらマ・クベだったんだがジオンはもうダメかもしれない   作:Reppu

172 / 181
今更ですがUA9000K突破有り難うございます投稿。


第百七十一話:0080/01/14 マ・クベ(偽)とブービートラップ

「本当に来たな」

 

アナベル・ガトー少佐は呆れと驚きのない交ぜになった声を発した。確かに説明を聞く限り彼らがこの宙域に現れる公算は高いと感じたが、それでも実際に言葉通りに敵がやってくれば驚きを感じるのは無理からぬ事であった。

 

「まったく、これで落ち着いてくだされば言うことはないのだが」

 

トリガーへ指をかけながら、彼女は思わずそう呟いた。件の人物はと言えば、意気揚々とMSに乗り込んでコロニーの中へと入っていった。当然のように最前線へ大佐が出る事に全員が難色を示したが、当の本人は平然と言って返してきた。

 

「どうせ戦闘が始まれば全体の指揮など執れはせん。ならば艦に残っていても私など壺一つ分の価値もない、見ていて楽しいものでも無いしね。艦の扱いはウィリアム大尉の方がずっと上手いのだから、ある戦力は有効に使うべきだろう?」

 

これは何を言っても聞かない奴だな。先日の格納庫での大佐と中佐のやりとりを思い出しながら、その場に居た全員が説得を諦めた。そもそも部隊の総指揮官であると言う点に目をつぶれば、大佐は間違いなく個人としてこの部隊の最高戦力である。特に――本人は何故か嫌な顔をしていたが――あのギャンという試作機に乗ってからの大佐は文字通り隔絶した戦闘能力を有している。

 

「成程、思っていたよりも数が多い」

 

ソロモンでの挟撃の作戦を聞いた段階で、大半の人間は逃げられて2~3隻、悪ければ旗艦1隻が何とか逃げてくる程度であろうと考えていた。

それがどうか。アナベルの前に現れた艦隊は10にこそ届かないものの、8隻という相応の戦力を有したまま逃げおおせていた。

 

「尤も逃げるだけで手一杯、…ほう?」

 

覗いていたモニターの中で敵艦隊の動きが急に活性化するのを見て、アナベルは思わず口角を上げた。オデッサでの経験から随分鳴りを潜めているが、彼女は本来武人と言った類いの人種である。暗礁宙域に入っているのに警戒用の直掩機も出さずに居る敵艦隊に内心蔑みすら覚えていた。その相手がそれなりに骨があると理解し強者と戦える喜びに思わず笑ってしまったのだ。

 

「成程、確かにマリオン少尉並みに勘が良い。だが遅かったな」

 

そう呟くと同時にアナベルはライフルのセーフティを解除する。試製対艦用ビームライフル、通称ビッグ・ガンと呼ばれるこの装備は、本を正せば公国が独自に開発していたビームライフルである。エネルギーCAPシステムの開発に難航していた公国がメガ粒子砲をそのままサイズダウンする形で設計したため、MSの標準装備とするには大型かつ重量が過大であり、その上発生する熱を逃がすために取り付けられた冷却ユニットからの排気が激しく、MSの挙動を邪魔してしまうという携行火器としては全く使い物にならない代物だった。開発に失敗したとは言えない技術陣がその大出力と長射程を強調し、一応狙撃銃としてソロモンに数挺が納められたが、要塞に設置して運用するのであれば固定の砲台で十分であったし、艦艇で運用するにも艦砲の方が優秀と、どうにも使い道が無く倉庫に押し込まれていた物である。見つけた大佐が嬉しそうに運び出しているのを見た時、なんとも言えない気持ちになったのをアナベルは覚えている。それがどうだ、状況が整えられればこの装備は何処までも厄介な牙となる。

 

「貰った!」

 

叫ぶのと同時にトリガーを引けば、極めて高く収束された光条が砲身から吐き出される。試射の経験もあるアナベルは既にその光景を見ていたが、それでもその研ぎ澄まされたと言っても過言ではない鋭さと弾速は思わず見惚れるほどだった。単縦陣から慌てて回避行動に移っていた最後方のムサイ、その左エンジンに狙い通り着弾したビームはその力を十二分に発揮し、エンジンを跡形も無く吹き飛ばした。爆発と推力の突然の偏向に制御を失ったムサイは、近くに浮遊していたデブリにぶつかる。そして二度目の爆発がムサイを襲った。

 

「ここはもう私達の庭だぞ?さあどうする!」

 

僚艦の爆発を見て正しく状況を悟ったのだろう。デブリを気にせず動こうとしていた他の艦は慌てて周囲のデブリを機銃で撃ち始める。幾つかはそのまま破壊されるが、中には明らかに不自然な爆発を起こしたり、はたまた機銃が当たっただけで破裂するバルーンまで存在する。ここで漸く最初の損傷を負ったムサイからMSが出てくるが、即座にアナベルの放った射撃が無力化する。彼女の技量であれば一撃で吹き飛ばすことも容易であったが、敢えて損傷機を増やすように射撃を続ける。6発目のビームが隊列の中央に位置していたチベの一番砲塔を吹き飛ばした所でビッグ・ガンがぐずり始めた。見れば冷却剤が尽きかけており、砲身が過熱でゆがみ始めていた。

 

「潮時か」

 

最初に覚えた蔑みも、敵の動きから感じた興奮も消え失せ、アナベルの心中には強い憤りのみが残っていた。当初の大佐の想定では、ビッグ・ガンは撃てて1~2発という事だった。敵艦もビーム攪乱幕を持っている筈であったし、何よりビームでの射撃は位置を特定しやすい。射程が長いと言ってもMSの装備としての範囲の話であるから、敵艦砲の応射を受けることは必至となってしまう。それらを踏まえて出された答えが、先制で2発、敵の最後尾2隻を行動不能とすることで敵艦隊の後退を妨害すると言うものだった。

 

「想定より損害を与えてしまったが、問題あるまい。敵の戦力が減って困ることは無いからな」

 

呟きながらアナベルはビッグ・ガンとの接続を切り、有線チャンネルへ呼びかける。

 

「さあ、第二段階だ。獲物を追い立てるぞ、全機起動!奴らに悪夢を刻みつけてやれ!」

 

アナベルの檄を受けて、周辺のデブリに潜んでいたMSが次々と飛び出す。ほんの数秒前まで待機モードどころか、主機すら落としていたとは思えない素早い動きで敵艦隊へと向かう。それに続きながら、アナベルは憤怒の形相となりながら呟いた。

 

「コンスコン少将の思いは無駄には出来んからな。命は勘弁してやろう。だが、戦士としてはここで死んでいけ!」

 

 

 

 

「少佐、お願いします。出撃許可を」

 

「ララァ、無茶を言うな。君は明らかに疲弊しているし、何よりエルメスも限界だろう?」

 

格納庫にたどり着いたララァ・スン少尉は、愛しい思い人へ向けて懇願していた。

 

「グラナダが恭順すれば、あそこで造っている2号機以降が手に入るでしょう。なら今は出し惜しみをするべきではないのでは?本人も望んでいるのですから許可しては?」

 

助け船を出してくれたのは、撤退中に乗り込んできたアリソン・ジーヴ少佐だった。正直気味の悪い色をまとった彼女がララァは苦手だったが、今はその援護を素直に受ける。

 

「ジーヴ少佐。あの機体は君が思うほど容易なものではないのだ。ここまでに彼女は予定より大幅に出撃を重ねている。これ以上は彼女自身の身が持たない」

 

「…そうなのか、少尉?」

 

「いいえ、少佐。しょう…、キャスバル総帥はお優しいですから、過保護になられているのです。私の体調はなんら問題ありません」

 

「と、本人は申しておりますが。戦力的にもエルメスはコロニー内で使えません。損傷艦の護衛を考えれば彼女が適任と愚考しますが」

 

「だが、エルメスは万全ではあるまい?」

 

苦しげにそう言い返すキャスバル総帥に若干の罪悪感を抱きながら、しかしララァは言い切った。

 

「確かにビットは消耗しております。ですがまだ8機残っておりますし、本体に損傷もありません。行けます」

 

強い焦燥感に襲われながら、それでもララァはキャスバルの言葉を待った。彼の能力ははっきりと言ってしまえばララァの足下にも及ばない。だから先ほどから露骨に送られてくるプレッシャーも、良く解らないがなんとなく嫌な感じがする程度にしか感じていないだろう。そのくらいのことでも、自らの身を案じて出撃指示を躊躇ってくれるキャスバルにララァは確かな愛情を感じていた。だからこそ彼を守る為にララァは口を開く。

 

「総帥が私の事を案じてくださっているのは良く解っているつもりです。ソロモンでも私の負担にならないようにあのようなご指示をしたのでしょう?おかげで負担も少なく頭痛もありません。守って頂いた分、私も守りたいのです」

 

無人の砲台や人工衛星のみを指定した攻撃指示。おかげで覚悟していたような手に掛けた相手からの感情にさらされる事無くこの場に立っていた。故に彼女は、本当の意味で戦うと言うことを理解しないまま、再び戦場へ出ることとなる。なってしまう。

 

「解った。残ったものを頼む。ララァ」

 

キャスバルの言葉に笑顔で頷くと、ララァは機体に素早く乗り込み即座に出撃した。艦隊は既にテキサスコロニーの宇宙港に侵入していたので、後続の艦の横をすり抜けて宇宙空間へ飛び出せば、そこには損傷した味方のムサイを嬲るように攻撃しているゲルググ達の姿があった。

 

「退きなさい!」

 

エルメスの後部に設けられたハッチが開き2機のビットが飛び出す。本来12機のビットを機体内に、更に改修で主翼に設けられたパイロンへ左右3機ずつ搭載できる能力をエルメスは持っていたが、先のソロモン戦で何機かのビットを喪失しており、現状動かせるのは報告したとおり8機。しかも損傷したビットを回収した際にエルメス側のエネルギー充填機構が損傷してしまい、機内に搭載出来るのは4機となってしまっていた。幸い主翼のパイロンは無事だったので残りのビットも持ち出せてはいるが、パイロンには充填能力が無いため撃ち切れば機内に収容する必要があった。これ以上のビットの喪失を嫌ったララァは先に機内のビットを使うことで収容スペースを空けておこうと考えたのだ。

だがここで思わぬ事態が彼女を襲う。ララァはスペースを空けるために、機内のビット全てを射出するつもりだったが、反応して飛び出したのは2機。機体のトラブルを疑うが、特にエラーは表示されていない。彼女は気付いていなかったが、実は護衛も無しに敵の攻撃が届く範囲に身を置いたのはこれが初めてであり、更に露骨なプレッシャーを浴びながらなどという状況は文字通り未知の世界だった。彼女にとって同じ能力を持つものは常に仲間だったからだ。

 

「駄目ですよ、ララァ姉様?」

 

かけられた言葉に反応し、ララァは射点に着いていたビットを強引に退避させる。射撃の機会は失われたが、おかげでビットを失う事は避けられた。機体を翻し、ララァは声のした方向、即ちプレッシャーを放ち続ける相手へと向き直る。果たしてそこには彼女の思っていた通りの相手が隠れる事すらせずに虚空に身をさらしていた。

 

「ブラウ・ブロ。やはり貴女なのね?ハマーン」

 

浮かび上がる異形に、ララァは震えそうになる手を必死で押さえる。配備された当初から奇天烈な形状をした機体であったが、ペズンからいなくなった時の姿、即ち今目の前にある姿は更に禍々しさを増しており、ハマーンのプレッシャーも踏まえて周囲の空間がゆがんでいるようにさえ錯覚する。

 

「はい、大佐にララァ姉様を止めるよう頼まれたんです。姉様、素直に投降してくだされば怖い思いはさせなくて済みますよ?」

 

言いながら、機体の中心に上半身だけを生やしたゲルググが、その手に持っていたビームライフルをエルメスへと向ける。それを合図に、ララァは無言でエルメスを加速させた。ブラウ・ブロの悍ましい姿が眼前一杯に広がる。まるでおとぎ話に聞いたキメラのようだとララァは思った。大元となったブラウ・ブロに巨大なスカートのようなものが下から生えており、コアユニットのあった部分には先ほど述べたとおりゲルググの上半身が生えている。以前は唯一の攻撃手段だった有線式メガ粒子砲はそれぞれ一回り大きな旋回砲塔式のメガ粒子砲に変更されていて、巨大なスカートにはドラム缶のようなものが左右に幾つもくくりつけられている。そのどれもが、以前は単体の兵器であった事が察せられるため、そのような感想になるのだろうと、場違いな事を考えながらその横を通り過ぎる。エルメスよりも火力の充実したあれを艦隊に近づけさせるわけにはいかない。ララァの決死の陽動が始まった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。